2022 Volume 42 Pages 356-364
目的:地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く感情を解明し,その特徴を考察する.
方法:研究デザインには,質的記述研究デザインを採用した.半構造化面接法を用いて,地域のサークルや老人クラブに所属する中高年者13名からデータを収集し,分析した.
結果:対象者は,男性6名,女性7名であり,年齢は60歳から91歳の範囲であった.また,認知症者と接したことのある者は12名(92.3%)であった.分析の結果,40コードを導出した.これらのコードは,24サブカテゴリ,13カテゴリを形成し,最終的に,自己の認知症発症に抱く感情を表す6コアカテゴリが明らかになった.それらは,【恐怖】【懸念】【脅威】【否認】【諦め】【安心感】であった.
結論:認知症に関する否定的な知識および見解が,地域に在住する中高年者に自己の認知症発症への否定的な感情を抱かせる可能性が示唆された.認知症に関する正確な知識の普及と専門職による良質なケアの提供が求められる.
Purpose: This study examined the emotions associated with the development of dementia among the middle-aged or older adults living in community.
Methods: A qualitative descriptive research method was adopted in this study. Data were collected through semi-structured interviews from 13 middle-aged or older adults who belonged to several clubs.
Results: The participants were six men and seven women aged 60–91 years. Twelve participants (92.3%) had contact with people with dementia. Consequently, 40 codes, 24 sub-categories, and 13 categories were formed, and the following six core categories representing the emotions associated with developing dementia among the middle-aged or older adults living in community were identified: (a) fear, (b) apprehension, (c) threat, (d) denial, (e) despair, and (f) relief.
Conclusions: The middle-aged or older adults worry about dementia due to unfavorable knowledge. Thus, there is a need to promote sufficient knowledge about dementia among the middle-aged or older adults and provide good care via professionals for people with dementia.
認知症施策推進大綱策定により,認知症を持つ人(以下,認知症者とする)が希望を持って自分らしく暮らせる社会の実現に向け,様々な施策が推進されている(認知症施策推進関係閣僚会議,2019).一方,30歳から39歳の日本人の約半数は,「認知症になると身の回りのことができなくなり,介護施設に入ってサポートを受ける必要がある」,70歳以上の日本人の15%は,「認知症になると,症状が進行し,何もできなくなる」とイメージしていると回答した(内閣府政府広報室,2015).これらは,日本人が認知症発症に否定的な印象を持つとともに,認知症者の生きいきと暮らす実像(日本認知症本人ワーキンググループ,2018)が社会に定着するには至っていない可能性を示唆する.認知症を過度に心配し,生活に支障をきたす「物忘れ恐怖症」や「物忘れノイローゼ」が増加しているとの報告(新里,2017)は,これを裏付ける.
海外に目を転じると,近年,認知症発症への懸念の程度を示す“Dementia Worry”(以下,DWとする)に着眼した研究が存在する.DWを概念化したイギリスの研究は,中年期と高齢期の人のDWが強く,DWが懸念や心配に位置づく反応から,強迫観念や恐怖症に位置づく反応まで多様であることを明らかにした.また,イギリス人の31%が他の重大な健康障害よりも認知症を恐れていると回答し,これは,DWががんへの恐怖に次いで強く,55歳以上の者に限るとDWが最も強いことを明らかにした(Kessler et al., 2012).同様に,ドイツ人のDWを解明した研究は,人々の34%が認知症への少しの恐れ,21%がいくらかの恐れ,16%が重度の恐れを感じていることを明らかにした(Hajek & Koenig, 2020).さらに,アメリカの健康な高齢者におけるDWと神経心理学的パフォーマンスの関連を解明した研究は,DWが強いほど,高次の複合的な実行機能が著明に低下することを明らかにした(Caugie et al., 2021).これらは,海外には未だ認知症を発症していなくても強いDWを抱く者,それにより生活の質が低下し得る者が存在することを示す.一方,日本の超高齢社会の急速な到来や社会保障制度などの特徴は,諸外国のそれとは異なるため,認知症を発症していない日本人中高年者が認知症発症に抱く感情もまた諸外国とは性質を異にする可能性がある.中高年者が自己の認知症発症に抱く感情を明らかにできれば,認知症発症への感情に即した支援提供に寄与し得るとともに,認知症と共生する社会の構築に向けた,より効果的な施策のための示唆を得られる可能性がある.
地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く感情を解明し,その特徴を考察する.
研究デザインには,質的記述研究デザイン(南・野嶋,2017)を採用し,質的データの収集法には,対面による半構造化面接法(舟島,2018)を用いた.質問項目には,対象者の特性として,年齢,性別,認知症者と接した経験の有無,認知症という病気やその症状に関する知識を問う項目を設定した.続いて,自らの認知症発症に抱く感情を問う質問として,「自分が認知症を発症することについてどのような感情を持っていますか.それはなぜですか.」を設定した.これにより,対象者の多くは,自己の認知症発症に抱く感情を「〇〇だから,認知症を発症することについて△△と感じる.」というように語った.
対象者の許可を得て,面接内容をICレコーダに録音するとともに,ノートに記録した.データ収集期間は,2020年10~12月であった.
2. 対象者先行研究は,精神的苦悩や記憶の変調を自覚する40歳以上の者のDWが強いことを明らかにした(Bowen et al., 2019).また,成人期にある人は,40歳以降,形態機能的,心理社会的変調を来す傾向がある(舟島・望月,2017).以上を根拠として,本研究の対象者は,認知症の診断を受けていない40歳以上の地域住民とした.
対象者の探索には,便宜的標本抽出法(Polit & Beck, 2004/2010)を採用した.A県のフラダンスサークルおよびB県の老人クラブの代表者の許可を得て,活動終了後の構成員に研究目的,方法,倫理的配慮等を説明した.次に,同意のあった者を対象として,活動場所およびその建物内の部屋を用いて面接を行った.なお,高齢化率はA県が約25%,B県が約30%であり(内閣府,2020),A県とB県は隣接している.
3. 分析方法面接後,IC レコーダの録音内容を逐語化,データ化した.次に,録音内容を繰り返し聴取するとともに逐語録を熟読し,逐語録から「自己の認知症発症に抱く感情とその理由」の内容1種類を語る語のまとまり,文章を1コードとして導出した.その際,語りを可能な限り忠実に表現した.その後,コードを同質性,異質性により分離,統合してサブカテゴリを形成し,「自己の認知症発症に抱く感情」の性質の共通性を発見,命名して,カテゴリ,コアカテゴリとした.なお,感情を表すカテゴリ名は複数の文献(Plutchick, 2001;Ackerman & Puglisi, 2019/2020)を参考にした.また,データ収集から分析の最終段階まで「自己の認知症発症に抱く感情」という一貫した視点に立ち,現象を記述しているか,カテゴリ名が現象を忠実に反映しているかを共同研究者とともに複数回反復して検討した.
同様に,認知症に関する知識についても,IC レコーダの録音内容を逐語化,データ化した.次に,録音内容を繰り返し聴取するとともに逐語録を熟読し,その意味内容に基づき,認知症に関する知識を対象者の特性として分類した.
4. 分析結果の信憑性の確保結果の信憑性(Polit & Beck, 2004/2010)を確保するため,次の手続きを経た.すなわち,インタビューガイドの作成により,聞くべき内容を網羅し,共同研究者である面接者4名の面接内容を一定にしたほか,受容的な態度により傾聴する等,面接者の面接技術の向上に努め,測定用具としての能力を高めた.
また,共同研究者は,次の3要件を備えた者により構成した.それらは,①主に老年看護学および地域看護学領域に精通する看護学研究者であること,②認知症者および中高年者を対象とする看護実践の経験を有し,「地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く感情」を容易に想起できること,③質的研究の経験を有する研究者であることであった.
5. 倫理的配慮サークル等の代表者には,対象候補者への説明にあたり,研究参加を拒否する権利について十分に説明することを通し,参加への自由意思を尊重するとともに,参加への強制力を排除するよう依頼した.また,対象者には,研究目的および方法とあわせ,研究参加により不利益を受けない権利,プライバシーの権利を保障する方法等について口頭,文書により説明し,遵守した.さらに,参加を決定した対象者から同意書に署名を得たほか,同意撤回書の提出により同意を撤回する機会を保障した.以上の倫理的配慮を伴う研究計画は,名古屋大学大学院医学系研究科及び医学部附属病院生命倫理審査委員会(承認番号2020-0065),岐阜県立看護大学研究倫理委員会(承認番号0255),愛知医科大学看護学部倫理委員会(承認番号220)の承認を得た.
対象者は,面接後に同意を撤回した1名を除く13名(男性6名,女性7名)であり,その年齢は,60歳から91歳の範囲であった.面接時間は,合計106分,平均8分12秒,分析対象となった逐語録は,27,046文字であった.対象者の特性を表1に示す.
性別 | 男性6名(46.2%)女性7名(53.8%) | |
年齢 | 平均72.4歳(60~91歳の範囲) | |
所属 | フラダンスサークル 8名(61.5%) | |
老人クラブ 5名(38.5%) | ||
認知症者と接した経験 | あり | 12名(92.3%) |
なし | 1名(7.7%) | |
認知症という病気やその症状に関する知識(具体例)(複数回答) | 認知症の中核症状 (同じことを何度も言う,服の着脱や料理ができなくなる,方向音痴になる等) |
11名(84.6%) |
認知症と認知症者の特徴 (くも膜下出血が認知症の原因となる,根治しない,認知症者は周囲への迷惑や不安,恐怖等が分からなくなる等) |
9名(69.2%) | |
分からなくなることによる社会生活上の困難 (徘徊により警察沙汰を起こす,常識がなくなる,自分勝手になるため会話に入れない等) |
9名(69.2%) | |
人間としての尊厳保持困難状態 (家族が認知症者の存在を恥じる,目立たないように認知症者を匿う,大切にされない等) |
5名(38.5%) | |
認知症の原因と予防法 (夫婦関係悪化により認知症を発症する,規則正しい生活が認知症の進行を遅らせる,地域における役割が認知症発症を防ぐ等) |
4名(30.8%) |
認知症に関する知識として,対象者は,次の5種類を語った.その5種類とは,「認知症の中核症状」「認知症と認知症者の特徴」「分からなくなることによる社会生活上の困難」「人間としての尊厳保持困難状態」「認知症の原因と予防法」であった.具体的には,同じことを何度も言う等「認知症の中核症状」を語った者は11名(84.6%)であった.また,くも膜下出血が認知症の原因となる等「認知症と認知症者の特徴」,徘徊により警察沙汰を起こす等「分からなくなることによる社会生活上の困難」を語った者は各9名(69.2%)であった.さらに,家族が認知症者の存在を恥じる等「人間としての尊厳保持困難状態」を語った者は5名(38.5%)であった.そのほか,夫婦関係悪化により認知症を発症する等「認知症の原因と予防法」を語った者は4名(30.8%)であった.
2. 地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く感情を表すカテゴリ分析の結果,対象者13名の語りから,自己の認知症発症に抱く感情を表す40コードを導出した.これらのコードは24サブカテゴリ,13カテゴリを形成し,最終的に,地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く感情を表す6コアカテゴリを形成した(表2).その6コアカテゴリとは,【恐怖】【懸念】【脅威】【否認】【諦め】【安心感】であった.次に,これらの感情を詳説する.なお,〈 〉,《 》,[ ],【 】はそれぞれ,自己の認知症発症に抱く感情を表す語り,サブカテゴリ名,カテゴリ名,コアカテゴリ名である.
サブカテゴリ | カテゴリ | コアカテゴリ |
---|---|---|
基礎疾患が認知症を誘発する可能性による認知症発症への恐怖 | 基礎疾患があることによる認知症発症への恐怖 | 恐怖 |
日常生活機能の段階的喪失による認知症発症への恐怖 | 認知症とその症状による認知症発症への恐怖 | |
他の疾患との比較による認知症発症への恐怖 | ||
身の回りの大切なことが分からなくなることによる認知症発症への恐怖 | ||
自分が分からなくなることによる認知症発症への恐怖 | ||
他者に迷惑をかけるようになることによる認知症発症への懸念 | 他者への迷惑を予測した認知症発症への懸念 | 懸念 |
他者の介助を受けることに伴い迷惑をかけることによる認知症発症への嫌悪 | ||
排泄の介助を受けることに伴い迷惑をかけることによる認知症発症への嫌悪 | ||
介護施設入所を希望するほどの他者への迷惑の予測による認知症発症への懸念 | ||
理性喪失に伴い他者に迷惑をかける認知症者への同情による認知症発症への懸念 | ||
認知症者家族の苦労への同情に伴う自家族への迷惑の連想による認知症発症への懸念 | ||
子供世代への介護負担の予測による親としての認知症発症への懸念 | 他者への負担を予測した認知症発症への懸念 | |
配偶者に介護負担をかけることによる認知症発症への懸念 | ||
自立した排泄ができない自己への嫌悪による認知症発症への懸念 | 発症後の自己嫌悪による認知症発症への懸念 | |
家族に関わる記憶を失うことの予期による認知症発症への怯え | 認知症とその症状による認知症発症への怯え | 脅威 |
問題解決能力低下予期による認知症発症への怯え | ||
認知症発症時期を予期できないことによる認知症発症への脅威 | 発症を予測できないことによる認知症発症への脅威 | |
発症までの身辺の問題解決を焦るほどの認知症発症への怯え | 備えを迫られるほどの認知症発症への怯え | |
予防策への関心が高まるほどの認知症発症への怯え | ||
認知症を発症してはならないという強固な決意 | 認知症を発症しない決意 | 否認 |
認知症発症を直視しないほどの無視 | 認知症発症への無視 | |
認知症発症への思考を放棄することによる開き直り | 認知症発症への開き直り | 諦め |
発症が不可抗力であることに伴う認知症発症への観念 | 認知症発症への観念 | |
専門職による認知症者への援助改善に伴う認知症発症への安心 | 専門職の援助による認知症発症への安心感 | 安心感 |
【恐怖】
このコアカテゴリは,〈恐れはいつもあります.乳がんやってるもんだから,抗がん剤の副作用で足のしびれは全然治らなくて血流が悪くて,だから認知症になっちゃうんじゃないかなとか〉〈日常全てができなくなるのではとか,そういうことが恐怖ですね.趣味にしても,家事にしても,徐々に徐々にっていうのは目に見えないだけに,何がってことはなく全般に恐怖です〉等の語りによる《基礎疾患が認知症を誘発する可能性による認知症発症への恐怖》《日常生活機能の段階的喪失による認知症発症への恐怖》等のサブカテゴリから形成した.
地域に在住する中高年者は,がん治療などと認知症発症を関連させて[基礎疾患があることによる認知症発症への恐怖]を抱く,認知機能を段階的に喪失する状況を予測して[認知症とその症状による認知症発症への恐怖]を抱くなど,自らの現状や認知症の特徴に起因して,自己の認知症発症に恐怖を感じていた.
【懸念】
このコアカテゴリは,〈やっぱりみてたときに父なんかも結構ひどかったから,そういう点で迷惑をかけるようになったらもう施設に入れてっていうふうには言ってます〉〈自分の子供に(負担が)かかるから,孫がまだ小さいので,それは避けたい.いろんなことをやってもらわなきゃいけなくなるっていうのはあれかなって思います.トイレなり,お風呂の介護だとか〉等の語りによる《介護施設入所を希望するほどの他者への迷惑の予測による認知症発症への懸念》《子供世代への介護負担の予測による親としての認知症発症への懸念》等のサブカテゴリから形成した.
地域に在住する中高年者は,身近な他者の手を煩わせ迷惑をかけることを心配して[他者への迷惑を予測した認知症発症への懸念]を抱く,他者の重荷になることを心配して[他者への負担を予測した認知症発症への懸念]を抱くなど,日常生活に援助が必要となる多様な状況から,自己の認知症発症に懸念を感じていた.
【脅威】
このコアカテゴリは,〈きっと自分が分からなくなるんでしょうね.あなた誰っていう言葉がありますね.例えば,自分の子供でも,あなた誰って言われたときに,言われたほうは,えっ,どうしようになりますよね〉〈これはもう覚悟しなあかんなと思ってます.覚悟ということは,家内やみんなにも迷惑かけずに,(自分自身を)始末したいと思うんです.それだけです〉等の語りによる《家族に関わる記憶を失うことの予期による認知症発症への怯え》《発症までの身辺の問題解決を焦るほどの認知症発症への怯え》等のサブカテゴリから形成した.
地域に在住する中高年者は,認知症という病気を威力として,[認知症とその症状による認知症発症への怯え]や[備えを迫られるほどの認知症発症への怯え]を抱くなど,心の平衡を揺さぶられ,自らの認知症発症に怯えを感じていた.
【否認】
このコアカテゴリは,〈絶対になっちゃいけない.やっぱりお義母さんみて,あれだけしっかりしていた人がこうなっちゃうと,どうしても人間としての尊厳がなくなる.普通の病気だったら,それはないもんだから〉〈基本的にはならないと思ってます.なんでかといったら,なるって考えると,なった方向しか考えないようになっちゃう.なった人を見るよりも,健康でいる人の生活を真似してみる.正直言って,自分でなったらと考えたことはないです〉等の語りによる《認知症を発症してはならないという強固な決意》《認知症発症を直視しないほどの無視》のサブカテゴリから形成した.
地域に在住する中高年者は,認知症発症を現実的に仮定することから目を背け,[認知症を発症しない決意]をしたり,[認知症発症への無視]をしたりして,自らの認知症発症の可能性を認めたくないと感じていた.
【諦め】
このコアカテゴリは,〈認知症になったらなった時というか,そのへん図太いというか,いい加減というか,なると心配しとったら生活できません〉〈とにかくあんまり先のことって自分の思い通りには絶対ならないので,今を精いっぱい生きてけば,楽しく生きていけばいいんじゃないか〉等の語りによる《認知症発症への思考を放棄することによる開き直り》《発症が不可抗力であることに伴う認知症発症への観念》のサブカテゴリから形成した.
地域に在住する中高年者は,認知症発症にはなす術がないという無力感に伴い,[認知症発症への開き直り]をする,[認知症発症への観念]を抱くなど,自らの認知症発症への諦めを感じていた.
【安心感】
このコアカテゴリは,〈以前に比べて認知症の方に対する(専門職による)ケアが非常に良くなってきている.以前は介護している方が大きな声出してたのが,今は介護する方が非常に穏やかに認知症の方に接するようになってきて.以前のような(認知症発症への)恐怖はあんまり最近は現場見てると感じなくなってます〉の語りによる《専門職による認知症者への援助改善に伴う認知症発症への安心》のサブカテゴリから形成した.
地域に在住する中高年者は,良質なケアに期待して,[専門職の援助による認知症発症への安心感]を感じていた.
本研究の結果,地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く6種類の感情が明らかになった.その6種類とは,【恐怖】【懸念】【脅威】【否認】【諦め】【安心感】であった.次に,自己の認知症発症への感情に即した支援の提供ならびに認知症と共生する社会の構築を目指し,これら6種類の感情の特徴を個々に考察する.
第一に,地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く6種類の感情のうち,次の5種類に着眼する.その5種類とは,【恐怖】【脅威】【否認】【諦め】【懸念】である.中高年者が自己の認知症発症に抱くこれら5種類の感情とその理由および認知症に関する知識を含む対象者の特性を併せて検討したところ,次のことが明らかになった.それは,「分からなくなることによる社会生活上の困難」「人間としての尊厳保持困難状態」等の認知症に関する否定的な知識が,自己の認知症発症への【恐怖】【脅威】【否認】【諦め】【懸念】という感情を抱かせる可能性である.本研究の対象者には,「認知症者は徘徊により警察沙汰を起こす」「目立たないように家族が認知症者を匿う」など,認知症の症状や生活への影響を否定的に理解している者も存在した.また,自己の認知症発症にこれらの感情を抱く理由として,他者への迷惑や負担を予測したり,症状を仮定して自己嫌悪に陥ったりするなど,認知症に関する否定的な見解を示す者も存在した.
「恐怖」とは,自らの安全が脅かされる状況に直面した時に起こる感情である(見田,2012).本研究結果の【恐怖】は,地域に在住する中高年者が,がん治療などと認知症発症を関連させて認知症発症に恐怖を抱いたり,認知機能を段階的に喪失する状況を予測して発症を恐れたりして,心理的安全を脅かされたことにより生じた感情であった.また,地域に在住する中高年者が認知症という病気を威力として怯え,心の平衡を揺さぶられて【脅威】を感じ,その脅威を回避するため,防衛機制(氏原ら,1992)などの方法により解決を試みていることが推察された.【否認】とは,この防衛機制の1種でもあり,外的な現実を拒絶して不快な体験を認めず(中島ら,1999),外側の刺激からも内側に起こる反応からも同時に目を背け,その葛藤にからむ内外の体験すべてをかき消す作用である(加藤ら,2011).本研究の対象者には,「自分は認知症にならない」「絶対に認知症になっちゃいけない」などと自身は認知症を発症しないという強固な決意を持つ者も存在した.このことは,地域に在住する中高年者には,認知症に関わる情報という外側からの刺激および自らの認知症発症の仮定という内側に起こる反応から目を背けている者が存在する可能性を示す.認知症施策推進大綱は,認知症予防の一環として,認知症の発症遅延や発症リスク低減,早期発見,早期対応を推進している(認知症施策推進関係閣僚会議,2019).しかし,このように自らの認知症発症の可能性に【否認】の感情を抱くことには,認知症を発症した際,早期に適切に対処できにくくするという危惧も生じる.
また,【諦め】は,地域に在住する中高年者が自らの認知症発症になす術がないという無力感を抱いていることを示す.実際には,認知症の診断後,認知機能の改善と生活の質の向上を目指し,薬物療法,非薬物療法等を組み合わせてさまざまな支援が行われており(日本神経学会,2017),このことは,地域に在住する中高年者による認知症発症への【諦め】が,明確な情報の不足に起因することを推察させる.また,認知症がどのようなものなのか,認知症発症にどのように対処可能なのかということを明確に特定できれば,自らの認知症発症への【諦め】を改善し得る可能性がある.
各国の人々の認知症に関わる知識や理解をシステマティックレビューにより解明した研究は,認知症の原因に関する根拠のない言い伝えの残る少数民族や人種の集団において,認知症に関する知識が特に普及していないことを明らかにした(Cahill et al., 2015).また,アメリカ人の固定観念がDWに及ぼす影響を解明した研究は,加齢への固定観念がDWを強化することを明らかにした(Molden & Maxfield, 2017).一方,ドイツの中高年者におけるDWと心身の健康状態の関連を比較した研究は,精神的苦悩や記憶の変調の自覚とDWは関連するものの,身体的健康の危険因子とDWは関連しないことを明らかにした(Bowen et al., 2019).また,韓国人のDWとその関連因子を比較した研究は,次のことを明らかにした(Ryu & Park, 2019).それは,中年者のうち,女性,高卒以下の学歴の者,家族機能不全の者,高齢者のうち,身体疾患を多く持つ者,家族機能不全の者,経済的に自立していない者のDWが強いことである.これらの先行研究は,DWには身体的,精神的,社会的な因子が複雑に関連するとともに,社会の制度や文化等の背景が色濃く影響することを示唆する.また,日本には,「世間」「恥」などの固有の文化が存在することから(見田,2012),これらの文化が日本人のDWに影響している可能性を示す.
以上,認知症に関わる不確かな情報や固定観念は,正しい知識の普及を阻むことから,認知症者に関わる専門職には,認知症に関する正しい情報や知識の普及を推進する役割の遂行が求められる.また,認知症発症後になす術がないと諦めるのではなく,適切な治療やケアを受けられるということを人々に一層周知する必要がある.さらに,認知症への正しい理解を促すための支援に向けては,その国の歴史や文化も反映した個別的な対策が必要である.
残る【懸念】は,地域に在住する中高年者が,自己の認知症発症により他者に迷惑や負担をかけることを心配するという感情である.人生の最終段階における医療に関する意識調査は,一般国民の約80%が,「認知症が進行して身の回りのことに手助けが必要となり,衰弱が進んできた場合,医療機関または介護施設で過ごしたい」と回答したこと,そのうち約75%が,その理由を「介護してくれる家族等に負担がかかるから」と回答したことを明らかにした(人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会,2018).これは,人々が,認知症により日常生活への援助が必要となる状況を家族等への負担と知覚し,迷惑をかけることを懸念して,回避したいと考えている可能性を示唆し,本研究の結果を裏付ける.
本研究の対象者の多くは,認知症者と接した経験を有する者であった.認知症者との接触経験とDWに焦点を当てたアメリカの研究は,認知症者との接触の経験が,認知症や記憶力低下への恐怖や不安を緩和することを明らかにした(Kinzer & Suhr, 2016).また,親が認知症者であるオランダの中高年者による加齢に伴う経験を解明した研究は,親が認知症者である中高年者には,自身の精神的な健康を重視するようになるという経験をする者がいることを明らかにした.また,親の認知症を自身の加齢と関連させ,自身も認知症を発症するのではないかと心配したり,自身の終末期の意思決定に関心を払ったりする経験をする者もいることを明らかにした(Gerristen et al., 2004).これらは,実際に認知症者と接することが認知症への理解に向けて有効であるとともに,生きいきと暮らす認知症者と実際に接するという経験が,認知症への理解を促進し,地域に在住する中高年者が抱く【懸念】のみならず,【恐怖】【脅威】【否認】【諦め】という感情をも緩和し得る可能性を示す.しかし,本研究の対象者には,家族等の身近な認知症者と接した経験を有するにも関わらず,認知症者本人が不安や恐怖を知覚せず,周囲に迷惑をかけていると感じていない等と理解している者も複数名存在した.認知症者と身近に接するだけでは,認知症への正確な理解には至らない場合があり,認知症への正確な理解が社会に浸透するためには,認知症者との接触のみならず,上述のように専門職からの正しい情報の提供が有効である可能性がある.
先に述べたように,2019年に認知症施策推進大綱が策定された(認知症施策推進関係閣僚会議,2019).これにより,認知症を発症後も希望を持って暮らせる社会の実現を目指し,認知症者本人やその家族による情報発信,正しい知識の普及がより強力に推進されているが,これらの施策が施行されてまだ日は浅い.本研究の結果は,認知症に関する知識が人々に広まりつつあるものの,未だ十分とは言えず,正しい理解の普及に向け,専門職による継続的な活動が求められることを示唆した.
第二に,地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く6種類の感情のうち,【安心感】に着眼する.地域に在住する中高年者は,専門職による良質なケアに期待して,自らの認知症発症に安心を感じていた.認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)(厚生労働省ら,2015)を根拠として,2016年の診療報酬改定に認知症ケア加算が新設された.認知症ケア加算は,身体疾患により入院した認知症者への適切な医療を評価することを目的とし,病棟における認知症者への対応能力とケアの質を向上させるため,専門的知識を有する多職種の協働に対して加算する診療報酬である(厚生労働省,2016).これらは,認知症者への良質なケアが報酬により評価されることを通し,専門職によるケアの質がさらに改善するとともに,安心などの認知症発症への肯定的感情を人々にもたらす可能性を示す.また,認知症と共生する社会の構築に向けては,認知症者への良質なケアの根拠となり得る研究成果を累積し,この研究成果に基づく制度を整備することおよび良質なケアを適切に評価する仕組みを整備することが有効である可能性を示唆する.
本研究の対象者は,サークルや自治会等に所属しており,その活動を通した社会との活発な関わりが,認知症に関する知識および自己の認知症発症に抱く感情に影響した可能性がある.今後,量的手法により地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く感情を解明する際には,多様な背景を持つ者を対象に含む必要がある.
また,本研究は,【恐怖】【懸念】【脅威】【否認】【諦め】【安心感】の感情を持つ中高年者が地域にどの程度存在し,過去にどのような認知症者とどのように接した経験を持つのか等の詳細な背景を解明していない.これらを明らかにできれば,認知症者との接触経験や介護経験の有無,社会的背景等に応じて,認知症への正しい理解を促すための個別的かつ科学的な支援の検討に寄与し得る.今後,本研究の質的分析による成果を基盤として,量的手法を用いてこれらを解明することは,認知症発症への感情の関連要因に即した支援提供に向けた重要な課題である.
1.本研究は,地域に在住する中高年者が自己の認知症発症に抱く6種類の感情を明らかにした.その6種類とは,【恐怖】【懸念】【脅威】【否認】【諦め】【安心感】であった.
2.地域に在住する中高年者の認知症に関する否定的な知識および見解が,自己の認知症発症への否定的な感情を抱かせる可能性が明らかになった.
3.認知症発症に抱く否定的な感情を緩和するため,認知症に関わる専門職には,認知症に関する正しい情報や知識を一層普及させるとともに,認知症者に良質なケアを提供する役割の遂行が求められる.
付記:本論文の内容の一部は,第41回日本看護科学学会学術集会において発表した.
謝辞:研究の趣旨を理解し,ご協力くださった中高年者の皆様に心より感謝申し上げる.なお,本研究は,JSPS科研費 JP19K11275の助成を受けて実施した.
著者資格:ANはデータ収集および分析,原稿執筆,RU,NFはデータ収集および分析,KS,MK,MTは分析および原稿作成,JHは研究の着想およびデザイン,分析,原稿作成に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.