2022 Volume 42 Pages 446-455
目的:非糖尿病性保存期CKD患者の病気認知の特徴より,病気認知タイプを分類化すること.
方法:非糖尿病性保存期CKD患者に対するインタビュー調査により明らかにした病気認知の特徴を,ヘルスビリーフモデルの構成要素をもとに事例-コードマトリックスにまとめ演繹的に分析した.
結果・結論:健康行動に『利益感』を認める事例と認めない事例に分類でき,さらに『障害感』『行動』より,利益感あり群は3タイプ(A~Cタイプ),利益感なし群は2タイプ(D・Eタイプ)に分類した.Aタイプは「自己管理を生活に取り入れ堅実に実行できるタイプ」,Bタイプは「揺らぎながらも自己管理行動を生活に取り入れ実行するタイプ」,Cタイプは「自己管理への不本意さをもちながらも指示に服従するタイプ」,Dタイプは「病気が納得できず自己管理を実行するが,虚無感があるタイプ」,Eタイプは「病識がなく十分に自己管理が行えていないタイプ」であった.患者タイプに応じた教育内容や教育方法を検討する必要性が示唆された.
Purpose: This study aimed to classify types of disease perceptions of patients with non-diabetic chronic kidney disease (CKD) in the conservative phase—based on the characteristics of the patient disease perceptions.
Methods: An interview survey was conducted for non-diabetic CKD patients in the conservative phase to understand the characteristics of the patient disease perceptions. The interview data were deductively analyzed by summarizing the characteristics in a case-code matrix based on the components of the Health Belief Model.
Results and Conclusions: Patient health behaviors were classified into groups with or without the patient “perceived benefits” of adherence to behavioral advice. Further, focusing on “perceived barriers” and “behaviors”, the group “perceived benefits” were classified into three types (A to C), and those without such feelings into two types (D and E). Type A patients “consistently adopt and practice self-management in their life,” type B “adopt and practice self-management in their life with unstable feelings,” type C “follow instructions despite unwillingness to self-manage,” type D “practiced self-management although they cannot accept their illness and have a sense of emptiness,” and type E “have no awareness of illness and cannot fully practice self-management.” The findings suggest the necessity to consider the contents and methods of educational support depending on the patient type.
2002年に米国腎臓財団が慢性腎臓病(Chronic kidney disease,以下CKD)を提唱し,その概念は日本にも定着しつつある.CKDは心血管疾患の発症による死亡のリスクおよび,末期腎不全に進行するリスクが非常に高い.末期腎不全に進行すればなんらかの腎代替療法が必要となる.日本透析医学会統計調査(2020)によると,2020年現在,慢性透析療法を受けている患者総数は347,671人であり,そのなかでも新規導入患者数は40,885人と依然として増加傾向にある.厚生労働省(2018)は,腎疾患対策検討会報告書を発出し,全体目標として「CKDを早期に発見・診断し,良質で適切な治療を早期から実施・継続することにより,CKD重症化予防を徹底するとともに,CKD患者(透析患者及び腎移植患者を含む)のQOLの維持向上を図る」ことを掲げている.そのための具体的指針として,2028年までに年間新規透析導入患者数を35,000人以下に減少させるという成果目標を設定し,CKDを早期に発見・診断し,良質で適切な治療を早期から実施・継続できる診療体制を構築することを目指している.透析予備軍である早期CKD患者へ適切な支援が提供されることにより透析導入を予防または遅延することができれば,患者QOLは向上し医療費は抑制されると推測されることから,より効果的な支援策を考案し,実践することが求められる.
早期CKDであるステージ3から4の患者にはほとんど自覚症状がない(杉田,2008)ために,健康行動への動機づけが希薄となり,患者個々がセルフケア能力を高め,療養生活を継続することが困難な状況にあると推測できる.大浦・田中(2003)は,CKD患者のセルフケア行動に対する傾向として,食事療法の実施など自ら日常生活を改善するよりも,医療従事者や薬物療法に頼ろうとする傾向が強い特徴があったことを明らかにしている.また上星ら(2012)は,CKD患者へのEASEプログラムによる教育効果を検討する中で,CKD患者の通院頻度が1回/月~1回/3ヶ月と教育を実施する機会自体が少ないことを指摘しており,このことはCKD患者教育の課題となると考えられる.また井上・林(2009)は,CKD患者が腎機能低下を自覚しているか否かが,透析導入可能性の自覚化につながっていたことを明らかにしたうえで,患者の行動変容を目指して知識の提供や腎機能に応じた療養生活指導にすぐに着手するのではなく,まずは患者自身が腎機能の低下や腎機能の低下に伴う療養生活,療養生活に伴って生じる苦痛を正しく自覚できているかどうかを見きわめることが重要であると述べている.つまり,教育手法や内容に重きを置く患者教育ばかりでなく,患者の病気の捉え,つまり病気認知を把握し,その状態に合わせた看護支援の方策を検討することが必要だと考える.Leventhal et al.(1980)は病気の自己調節モデルのなかで,病気の予防と対処における患者の行動は,患者自身の病気の表現,つまり病気認知が影響を与えると述べた.病気認知は,QOLやうつ傾向,コンプライアンスや生存率にまで影響していることが明らかになっており(Chilcot, 2012),患者が持つ病気認知を明らかにすることは,患者教育を行う上で非常に重要であると考える.
ところで,人々の健康行動予測のためのモデルの一つに健康信念モデル(Health belief model,以下HBM)がある.HBMは,1950年代に米国公衆衛生局の社会心理学者によって開発された,人々が病気の予防,発見,コントロールに必要な行動を行うかどうか,なぜ行うのかの予測に役立ついくつかの基本的な要素が含まれているモデルであり,罹患可能感,病気の深刻感,行動に伴う利益感と障害感,行動のきっかけの5つの要素から構成されている(Glanz et al., 2015/2018).個人の修飾因子である年齢や性別,経済状況や,人生経験上培われてきた感知感覚(病気を病気ととらえる力)や価値観などがHBMの各要素に影響を与え,個人が病気である状態をどのように認知するかによって,健康行動を実践するか否かに影響を与えていると考えられる.これらのことから,患者個人が病気である状態をどのように認知するか,つまり病気認知が健康行動実践を左右していると考えられることから,患者の病気認知をHBMの視点から明らかにすることは意義あることである.
本研究は,非糖尿病性保存期CKD患者がもつ病気認知の特徴を分析し,事例間における類似性や相違性を検討することで,病気認知タイプの分類化を試みる.病気認知を分類することで,病気認知タイプに応じた看護支援を検討することが可能となる.
本研究は,非糖尿病性保存期CKD患者の病気認知の特徴を分析し,病気認知タイプを分類化することを目的とする.
本研究では,非糖尿病性保存期CKD患者に対するインタビュー調査から得られたデータを質的データ分析法にて帰納的に分析し,病気認知の特徴を明らかにした.さらに,それらの結果をHBMの構成要素を基軸に置いた事例-コードマトリックスにて演繹的に分析することで病気認知タイプを分類化した,質的記述的研究である.
1. 対象者本研究は,腎臓内科専門医が在籍し,腎臓内科外来に専属の透析認定看護師が配置されている1施設より研究協力を得た.研究対象者は,原疾患が非糖尿病であり,CKDステージ3~4にある保存期CKD患者を対象とした.
本研究では,自らについて語ることができ,自立した日常生活を営んでいる患者を対象とした.自らについて正確に語ることが困難であろうと思われる精神疾患や認知症の診断を受けている患者,後期高齢者にある患者は除外とした.また,糖尿病患者は除外とした.その理由として,1型糖尿病は絶対的インスリン欠乏に陥る病態であり,若年期からインスリン治療を必要とする.西尾・中條(2014)は,青年期1型糖尿病患者の“病む”病気体験として,時間が経過しても病気を捉え直すことができず,意識を肯定的に向けることができないことを明らかにしている.また2型糖尿病患者は,長い経過のなかで,合併症により重症化することがあるなど,非糖尿病患者に比べ長い経過をたどり,病期の起伏がある疾患である.さらに,2型糖尿病という診断によりスティグマを抱えることが明らかになっており,加藤(2016)は,その影響は治療開始後の自己管理行動に及び,長年にわたる闘病生活において,2型糖尿病患者が社会的サポートを受けることを難しくしている,と述べている.これらのことから,糖尿病であること自体が病気認知になんらかの影響を及ぼす可能性があると考え,本研究では除外することとした.
2. データ収集研究対象者の選定方法は,主治医である腎臓内科医より研究の許可を受諾したのち,腎臓内科外来専属の透析認定看護師から研究対象者の紹介を受けた.その後,研究対象者に対し,研究者が直接文書と口頭で研究の趣旨を説明し,研究を依頼し同意を得た.インタビューは,外来通院日や患者の都合に合わせ1回1時間程度実施した.インタビュー内容は,対象者の承諾を得たうえでICレコーダーに録音し,逐語録とした.
インタビュー内容は,HBMの構成要素を念頭に置き,①病気であることが分かったきっかけ,②病気について医師や看護師から受けている説明内容,③説明を聞いてどのように感じたか,④病気になった理由をどのように考えているか,⑤周りに同じ病気を持つ人がいるか,⑥病気が進むとどのようなことが起こると考えているか,⑦自分の病気をどのようにコントロールしているか,⑧この先,どのように生きていきたいか,の8項目を半構成的に質問した.なお,事前に研究メンバーにプレテストを行い,得られる回答とHBMの構成要素との間に齟齬が生じないかを確認し決定した.
3. データ分析方法質的データ分析法によりデータ分析を行った.
質的データ分析法は,物事や出来事について単に記述するだけでなく何らかの形での説明を提供することができる概念モデルを作り上げ,またその概念モデルをもとにして報告書ストーリーの骨格を明らかにして「再文脈化」の道筋をつけていく上でしばしば重要な手がかりを提供する方法である(佐藤,2019)ことから,本研究目的を達成させるために最適かつ合理性のある研究手法である.
1)各事例の逐語録を熟読し,病気認知に関する記述とその対処に関する記述を抜き出し,一つ一つの意味を理解し縮約したものを定性的コードとした.
2)定性的コード間の関係性を検討し,意味内容が類似したものをコードとした.さらに抽象度を高め,概念的カテゴリーとした.
3)各事例から導き出された概念的カテゴリーを縦軸,横軸にHBMの構成要素である『罹患可能感』,『病気の深刻感』,『利益感』,『障害感』,『行動のきっかけ』の5要素と,対処行動である『行動』を置いたものを事例-コードマトリックスとして作成し,事例間における類似性と相違性について検討した.
4. 用語の定義片山ら(2008)は病気認知を,病気をどのように知覚するか,また,個々の症状・兆候からどのような表象を作り上げるかなど,病気全般にわたる観念であると説明した.さらに,患者が「私が体験した,私の病気」として固有のイメージを形成し,それがその患者の自分の病気に対する病気認知であるとし,このイメージによって病気やそれに伴って生じる問題を判断し,それらに対して対処行動をとる(片山ら,2010)と述べている.これを参考に,本研究における病気認知とは,患者の病気の見方や捉え方のことであり,患者の病気への対処行動を方向付けるもの,と定義した.
本研究におけるHBMに基づく各用語を以下のように定義した.
罹患可能感:CKDと診断されるまでや,何らかの異常を指摘されたときに抱いていた自分の健康への認識のこと.
病気の深刻感:何らかの身体的な異常を指摘されたことや,CKDと診断されたことで,今後どのようなことが起こりえるかと捉えたか.
利益感:自己管理行動からどのような利益が得られると考えているか.
障害感:自己管理行動を起こせないことの原因や理由のこと.
行動のきっかけ:自己管理行動を開始したきっかけのこと.
行動:実際に行っている自己管理行動のこと.
アドヒアランス行動:患者が治療方針や自己管理行動の意味を理解し,納得し,自らの責任で積極的に行動している状態のこと.
以下,HBMの構成要素を指す部分について,『 』で記す.
5. 倫理的配慮本研究は,国際医療福祉大学倫理審査委員会の承認を得て行った(19-Io-133, 21-Ig-83).
6. 真実性と信憑性の確保インタビュー中に,対象者の発言を言い換えて繰り返し確認することで,真実性を確保した.また,分析の過程においては,質的研究の専門家よりスーパーバイズを受けるとともに,複数の大学院生によるディスカッションを重ねることで,データの信憑性の確保に努めた.
研究対象者は,男性11名,女性3名の計14名であり,平均年齢は61.6歳であった.インタビュー回数は全員1回であった.事例の概要を表1に示す.
事例 | 年齢 | 性別 | 疾患名 | インタビュー時点のGFR | 職業 | インタビュー時間(分) | 原疾患診断後の通院歴 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
a | 70代 | 女性 | 右腎動脈狭窄 | 20.9 | 無職 | 85 | 約2年 |
b | 70代 | 男性 | 膜性腎症 | 48.1 | 無職 | 61 | 約20年 |
c | 50代 | 女性 | 多発性嚢胞腎 | 23.6 | パート職員 | 61 | 約20年 |
d | 40代 | 男性 | 悪性高血圧 | 33 | 会社員 | 75 | 約10年 |
e | 60代 | 男性 | 慢性腎臓病 | 29.5 | 無職 | 52 | 約2年 |
f | 50代 | 男性 | 多発性嚢胞腎 | 30.1 | 会社員 | 65 | 約10年 |
g | 50代 | 男性 | 悪性高血圧 | 48 | 無職 | 90 | 7年 |
h | 60代 | 男性 | IgA腎症 | 50.8 | アルバイト | 50 | 5年 |
i | 50代 | 男性 | 腎硬化症疑い | 52.7 | 会社員 | 51 | 6か月 |
j | 70代 | 男性 | 腎硬化症疑い | 33.2 | 無職 | 61 | 10か月 |
k | 60代 | 女性 | 巣状増殖性糸球体腎炎 | 35.4 | 自営業 | 66 | 14年 |
l | 50代 | 男性 | 悪性高血圧 | 26.3 | 会社員 | 72 | 11年 |
m | 60代 | 男性 | ネフローゼ症候群 | 49.8 | 嘱託職員 | 42 | 17か月 |
n | 50代 | 男性 | 良性腎硬化症 | 45.7 | 公務員 | 49 | 1年 |
事例-コードマトリックスを作成する前段階として,各事例の病気認知と自己管理行動について質的データ分析法にて分析した.ページ数の関係上,本論文に14例すべての事例分析を掲載することはできないが,代表事例として事例aの分析を示す(表2-1,表2-2).
概念的カテゴリー | コード | 定性的コード |
---|---|---|
体調変化に悪いという感覚もてず | 健康に疑う余地なし | 若いころの正常な血圧 |
出産後も体調に変化なし | ||
仕事や育児に忙しくとも健康な日々 | ||
年を重ねても続いた忙しい日々 | ||
腎機能低下へ抱く訝しさ | 不健康の指摘はない定期的なかかりつけ医受診 | |
問題ないと言われた近医の受診 | ||
専門医に紹介するといわれて過ごした数年 | ||
腎機能低下指摘への楽観 | 腎臓機能低下指摘も自覚症状なく大変なことと思わず | |
紹介病院まで示されず大したことではないと思う | ||
腎臓が悪いという感覚が全くなく暢気に構える | ||
体調変化を疑えず | 倒れるのは体力低下のせいだとみなす | |
倒れてしまっても休んでいれば治る程度の軽さ | ||
食事作りが億劫になり多くなった外食 | ||
自分だけではない,加齢による食欲低下 | ||
腎不全への漠然とした悪印象 | 友人の姿から抱く腎不全の悪印象 | 体力がなく何もできないみたいだった腎臓を患う友人 |
相当塩分を控えてもむくんでいた腎臓を患う友人 | ||
腎臓を患う友人を回想し,無理ができず大変なのかという漠然とした思いをもつ | ||
不確かな腎代替療法への心配 | 痛いのではないかと思う娘から勧められた腎移植 | |
今から考えておかないと慌ててしまうと心配する透析のこと | ||
透析開始後の生活リズムはどうなるのかという心配 | ||
透析中の4時間は何をすればいいのかという心配 | ||
長持ちさせたい腎機能 | 長持ちさせたい腎機能 | 残り30%の腎臓の機能をいかに長持ちさせるか |
病院に行くたびに気になる検査値 | ||
大変だがいい状態を維持したいという思い | ||
気がゆるむ自己管理への心配 | 気がゆるむ自己管理への心配 | 自己管理を褒められ気が緩み,食事や生活が適当になってしまうのではないか |
主治医から言われた残存腎機能は半分だが,そのほかはいい状態という言葉 | ||
予期せぬ診断へのショック | 予期せぬ診断へのショック | 腎不全と診断されたショック |
インフルエンザの受診なのに受けた腎不全の診断 | ||
腎不全の診断でよぎる透析治療 |
概念的カテゴリー | コード | 定性的コード |
---|---|---|
情報に右往左往しながらも懸命に取り組む自己管理 | 自己防衛のための情報操作 | 腎不全の友人に病気について根掘り葉掘り聞かない |
ネットの情報で腎生検を受けないと決める | ||
腎生検を怖いと思う | ||
友人の意見に左右される服薬 | 友人からのアドバイスに内服がいい加減になる | |
飲み忘れがなく服薬できている内服 | ||
友人の勧めで服薬を再開する | ||
友人からの貴重な情報収集 | 看護師の友人に腎不全について相談する | |
サイトから生活上の注意点を学ぶ | ||
周りの人たちと健康に関する情報交換をする | ||
はたから見たらわがまま生活 | 予定があっても半日は休む | |
はたから見たらわがままな生活を送る | ||
見直す食生活 | 腎不全の診断で生活を見直す | |
食事指導を受け,食事を意識する | ||
食事制限のバランスを受診のたびに聞く | ||
自己管理に一生懸命 | 味付けを半分にする | |
鮮度の良いものを食べる | ||
最初から半分の量にする | ||
毎日血圧を測定する | ||
食事を手作りする | ||
自己流でカロリー計算をする | ||
栄養失調になるほどカロリー制限をしてしまう | ||
慎重になる現状把握 | 残存腎機能の計算をしてみる | |
残存腎機能を計算する方法も出ていたため自己流で計算した | ||
食事内容を栄養士に確認する | ||
薄味への定着 | 薄味になれる | |
味付けの差に気づく | ||
味噌汁を減らすことの影響を知る |
各事例から導き出された概念的カテゴリーを縦軸に,HBMを構成する各要素を横軸に置きマトリックスを作成した(事例-コードマトリックス).マトリックスをもとに検討した結果,自己管理行動に『利益感』を認める事例と,『利益感』を認めない事例に分けることができた.そこで,『利益感』を認める事例を利益感あり群,『利益感』を認めない事例を利益感なし群とし,さらにそれぞれの事例を比較検討した.利益感あり群の事例には,『障害感』と『行動』に類似性と相違性を認めたため,『障害感』『行動』をもとに3タイプ(A~Cタイプ)に分類した.利益感なし群の事例も同様に,『障害感』『行動』をもとに2タイプ(D・Eタイプ)に分類した結果,Aタイプ~Eタイプの5タイプを導き出した(表3).HBMの5要素と『行動』に付随した各タイプの概念的カテゴリーを集約し,概念名を生成し,概念名に対する定義を記した.以下に示す.なお,概念名を【 】,定義を〈 〉で示した.
利益感有無 | タイプ | 事例 | 罹患可能感 | 病気の深刻感 | 利益感 | 障害感 | 行動のきっかけ | 行動 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
利益感あり群 | Aタイプ | タイプの特徴:自己管理を生活に取り入れ堅実に実行できるタイプ | ||||||
b | 病気診断への納得 | 透析患者の姿から連想するつらさ | 妻の協力への報恩 | ― | 慮る身内への影響 | 頑張りすぎずに忠実に守る栄養指導 | ||
f | 遺伝性の嚢胞腎への納得 | 父親を回顧し抱く透析の大変さ | 透析遅らせ願う長生 | ― | 遅らせたい透析導入 | 苦にならない減塩習慣と水分出納管理 | ||
m | 過剰な塩分摂取への思い当たり | 避けたい透析後のつらさ | 腎機能回復へもつ希望 | ― | 透析導入への回避切望 | 極力実践したい塩分制限と水分摂取 | ||
概念名 | 診断への納得 | 透析回避への切望 | 透析予防で願う長生 | なし | 現状維持必要性の自覚 | 堅実な自己管理 | ||
定義 | 病気の診断を,自分自身の生活習慣や遺伝と結び付けて考え,納得し受け入れていること | 透析治療を受ける人の姿や話から,透析を受けることが自分の人生に大きな影響を及ぼすことを連想し,透析だけは絶対に避けたいと考えていること | 自己管理行動がとれていることに確信があり,現状維持できれば透析が予防でき,人生を楽しんで生きることができると考えている | 自己管理行動を起こせないことの理由は見いだせず | 現状を維持することが透析予防につながることを自覚し,現状維持のための行動をとることができた状態のこと | さまざまな自己管理行動をしっかりと堅実に実行している | ||
Bタイプ | タイプの特徴:揺らぎながらも自己管理行動を生活に取り入れ実行するタイプ | |||||||
a | 体調変化に悪いという感覚もてず | 腎不全への漠然とした悪印象 | 長持ちさせたい腎機能 | 気が緩む自己管理への心配 | 予期せぬ診断へのショック | 情報に右往左往しながらも懸命に取り組む自己管理 | ||
i | 病名ない不健康の無自覚 | 生活を制限する透析への恐怖感 | 緩徐な進行がもたらす長生 | 体調崩すほどの自己管理の極端さ | GFR低下への焦燥 | 体調を崩すほどストイックに取り組む自己管理 | ||
j | 異常値あっても気にならず | 生活を制限する透析への恐怖感 | 願う腎不全進行阻止 | 食事生き甲斐の止められないことへの懸念 | 悪化契機の熱中症 | プロットした血液データより判断する自己管理 | ||
概念名 | 不健康を感知できない無頓着 | 腎不全・透析に対する恐怖心 | 透析予防への希望 | 自己管理への心もとなさ | 不健康状態への気がかり | ひた向きな自己管理 | ||
定義 | 若いころは健康だったという確信があり,何らかの異常を指摘されたり,体調不良があっても,不健康であるという位置づけはせずに健康を捉えていること | 透析に対する漠然とした知識があり,透析が生活に及ぼす影響を想像し,透析だけは避けたいという思いを抱いていること | 現状を維持することで透析を回避したいと考えていること | 医療者や友人からの情報に対し,それが正しいものか誤っているものか,また,どこまで行うべきものなのかなどの範囲がはっきり認識できていない | 病気の診断や検査値の変化を目の当たりにし,不健康な状態を認識し行動を始めた状態 | 指示されたことや,取り入れるべきものと判断した自己管理は実践しているが,揺らぎが生じることがある | ||
Cタイプ | タイプの特徴:自己管理への不本意さをもちながらも指示に服従するタイプ | |||||||
e | 腎臓以外は健康体 | 生死を左右する透析への恐怖 | 心底にある透析を避けたい思い | 薄味の食事への馴染めなさ | 一気に悪くなったクレアチニン値 | 服従し言われるがままに従う自己管理 | ||
h | 血尿は体の疲れでやむを得ない | 行動制限される透析への不快感 | 現状維持が透析予防 | 減塩食への馴染めなさ | 腎炎と聞きよぎる透析 | 馴染めぬも工夫する減塩 | ||
l | 血圧が少し高いが問題なし | 保険に入れないほどの病気であることへの衝撃 | 望む現状維持 | 自己管理内容の釈然としなさとプレッシャー | 明日は我が身の透析患者 | やれる範囲でやっている自己管理 | ||
n | 薬服薬による気のゆるみ | 透析導入による人生への憂慮 | 健康維持は家族のため | 血圧コントロールの不可抗力感 | 病気共生の必要性への気づき | 体調改善によりゆるむ自己管理 | ||
概念名 | 不健康を感知できない無頓着 | 腎不全・透析に対する恐怖心 | 透析予防への希望 | 自己管理の不本意さ | 不健康状態への気がかり | 自分なりに従う自己管理 | ||
定義 | 若いころは健康だったという確信があり,何らかの異常を指摘されたり,体調不良があっても,不健康であるという位置づけはせずに健康を捉えていること | 透析に対する漠然とした知識があり,透析が生活に及ぼす影響を想像し,透析だけは避けたいという思いを抱いていること | 現状を維持することで透析を回避したいと考えていること | 自己管理を行うことに十分な納得ができておらず,不本意ながら行動を起こしている状態 | 病気の診断や検査値の変化を目の当たりにし,不健康な状態を認識し行動を始めた状態 | 自分の意志に関係なく,医療者からの指示に服従し自己管理を行っている | ||
利益感なし群 | Dタイプ | タイプの特徴:病気が納得できず自己管理を実行するが,虚無感があるタイプ | ||||||
c | 診断への腑に落ちなさ | 透析治療必要性への腑に落ちなさ | ― | 嚢胞腎の制御不能感 | 確かにある嚢胞腎 | できなさに妥協する自己管理 | ||
d | 処方薬がないので病気じゃない | 仕事継続の障壁になる透析への拒否感 | ― | 高血圧への太刀打ちできなさ | 避けたい呼吸困難 | 意味づけのない自己管理 | ||
概念名 | 病気であることの無自覚 | 透析必要性へのあきらめ感 | なし | 自己管理への虚無感 | 症状出現による病気知覚 | 妥協する意味づけのない自己管理 | ||
定義 | 病気の診断や出現する症状があるものの,なぜそのような病気になっているのか説明がつかず,納得できていない | 透析治療を人生の終わりととらえ,いつか迎える透析治療に対しあきらめ感をもっている | 見いだせず | 自己コントロールが困難な病気であると捉え,今以上の自己管理はできないと考えている | 体に起きている現象から病気の存在を目の当たりにしたことで,行動せざるを得なくなった状態のこと | 自己管理は実践しているものの,意味づけできなかったり,満足に実践できていないと捉えている | ||
Eタイプ | タイプの特徴:病識がなく十分に自己管理が行えていないタイプ | |||||||
g | 受け継ぐ高血圧は仕方なし | 人並みの身体でいたいという思い | ― | 理解しても実現できないもどかしさ | ― | 理解しても実現しない自己管理 | ||
k | 腎機能異常はいつものこと | 病名に興味なし | ― | 塩分摂りすぎがちょうどいい | ― | 言われるがままの検査通院 | ||
概念名 | 病気認識の大雑把さ | 病気重大性に対する漠然さ | なし | 行動しないことへの自己擁護 | なし | 従えることのみ従う自己管理 | ||
定義 | 病気や異常値に対して細部は捉えずに,大まかに把握すること | CKDの進行により生じる事柄について正確に理解できていないか,または,理解できていたとしても自分のこととしてとらえておらず,重大性に欠けている | 見いだせず | 積極的な自己管理行動を行わないことに対する理由を明確にすることで,現在の自分を正当化しようとすること | 見いだせず | 自己管理に積極性はないが,医療者からの指示には従おうとしている |
Aタイプは3事例から構成されていた.Aタイプが捉える罹患可能感は【診断への納得】と命名し,〈病気の診断を,自分自身の生活習慣や遺伝と結び付けて考え,納得し受け入れていること〉と定義した.病気の深刻感は,【透析回避への切望】と命名し,〈透析治療を受ける人の姿や話から,透析を受けることが自分の人生に大きな影響を及ぼすことを連想し,透析だけは絶対に避けたいと考えていること〉と定義した.利益感は,【透析予防で願う長生】と命名し,〈自己管理行動がとれていることに確信があり,現状維持できれば透析を予防でき,人生を楽しんで生きることができると考えている〉と定義した.障害感については見いだせなかった.行動のきっかけは,【現状維持必要性の自覚】と命名し,〈現状を維持することが透析予防につながることを自覚し,現状維持のための行動をとることができた状態のこと〉と定義した.行動は【堅実な自己管理】と命名し,〈さまざまな自己管理行動をしっかりと堅実に実行している〉と定義した.障害感を見いだせなかったのは,唯一Aタイプのみであった.
3事例の特性よりAタイプは「自己管理を生活に取り入れ堅実に実行できるタイプ」であった.
2) BタイプBタイプは3事例から構成されていた.Bタイプが捉える罹患可能感は【不健康を感知できない無頓着】と命名し,〈若いころは健康だったという確信があり,何らかの異常を指摘されたり,体調不良があっても不健康であるという位置づけはせずに健康を捉えていること〉と定義した.病気の深刻感は【腎不全・透析に対する恐怖心】と命名し,〈透析に対する漠然とした知識があり,透析が生活に及ぼす影響を想像し,透析だけは避けたいという思いを抱いていること〉と定義した.利益感は【透析予防への希望】と命名し,〈現状を維持することで透析を回避したいと考えていること〉と定義した.障害感は【自己管理への心もとなさ】と命名し,〈医療者や友人からの情報に対し,それが正しいものか誤っているものか,また,どこまで行うべきものなのかなどの範囲がはっきり認識できていない〉と定義した.行動のきっかけは【不健康状態への気がかり】と命名し,〈病気の診断や検査値の変化を目の当たりにし,不健康な状態を認識し行動を始めた状態〉と定義した.行動は【ひた向きな自己管理】と命名し,〈指示されたことや,取り入れるべきものと判断した自己管理は実践しているが,揺らぎが生じることがある〉と定義した.
3事例の特性よりBタイプは「揺らぎながらも自己管理行動を生活に取り入れ実行するタイプ」であった.
3) CタイプCタイプは4事例から構成されていた.Cタイプが捉える罹患可能感と病気の深刻感,利益感はBタイプと共通していた.障害感は【自己管理の不本意さ】と命名し,〈自己管理を行うことに十分な納得ができておらず,不本意ながら行動を起こしている状態〉と定義した.行動のきっかけは【不健康状態への気がかり】と命名し,〈自己管理を行うことに十分な納得ができておらず,不本意ながら行動を起こしている状態〉と定義した.行動は【自分なりに従う自己管理】と命名し,〈自分の意志に関係なく,医療者からの指示に服従し自己管理を行っている〉と定義した.
4事例の特性よりCタイプは「自己管理への不本意さをもちながらも指示に服従するタイプ」であった.
4) DタイプDタイプは2事例から構成されていた.Dタイプが捉える罹患可能感は【病気であることの無自覚】と命名し,〈病気の診断や出現する症状があるものの,なぜそのような病気になっているのか説明がつかず,納得できていない〉と定義した.病気の深刻感は【透析必要性へのあきらめ感】と命名し,〈透析治療を人生の終わりととらえ,いつか迎える透析治療に対しあきらめ感をもっている〉と定義した.利益感は見いだせなかった.障害感は【自己管理への虚無感】と命名し,〈自己コントロールが困難な病気であると捉え,今以上の自己管理はできないと考えている〉と定義した.行動のきっかけは【症状出現による病気知覚】と命名し,〈体に起きている現象から病気の存在を目の当たりにしたことで,行動せざるを得なくなった状態のこと〉と定義した.行動は【妥協する意味づけのない自己管理】と命名し,〈自己管理は実践しているものの,意味づけできなかったり,満足に実践できていないと捉えている〉と定義した.
2事例の特性よりDタイプは「病気が納得できず自己管理を実行するが,虚無感があるタイプ」であった.
5) EタイプEタイプは2事例から構成されていた.Eタイプが捉える罹患可能感は【病気認識の大雑把さ】と命名し,〈病気や異常値に対して細部は捉えずに,大まかに把握すること〉と定義した.病気の深刻感は【病気重大性に対する漠然さ】と命名し,〈CKDの進行により生じる事柄について正確に理解できていないか,または,理解できていたとしても自分のこととしてとらえておらず,重大性に欠けている〉と定義した.障害感は【行動しないことへの自己擁護】と命名し,〈積極的な自己管理行動を行わないことに対する理由を明確にすることで,現在の自分を正当化しようとすること〉と定義した.行動のきっかけ,利益感は見出されなかった.行動は【従えることのみ従う自己管理】と命名し,〈自己管理に積極性はないが,医療者からの指示には従おうとしている〉と定義した.
2事例の特性よりEタイプは「病識がなく十分に自己管理が行えていないタイプ」であった.
本研究では,保存期CKD患者の病気認知とその対処について,質的データ分析法による各事例分析より抽出した概念的カテゴリーをもとに,事例-コードマトリックスにて検討し,5タイプの分類を得た.それぞれのタイプの特徴と看護への示唆について述べる.
1. 利益感あり群の特徴と看護への示唆利益感あり群に該当したA~Cタイプについて述べる.
Aタイプに該当した3事例は,自ら治療計画に積極的に参加し,必要な自己管理行動をとることができていたことから,最もアドヒアランス行動がとれていたタイプと判断できた.橋本(2013)は,アドヒアランスを高めるためには,患者が自身の行動が治療の中で重要な役割を担っていることを認識してコントロール感を高めることが重要であると述べている.Aタイプの3事例は,【診断へ納得】し,透析だけは絶対に避けたいという『病気の深刻感』から,回避行動として自己管理行動を重要な役割の一つとして位置づけたことが『利益感』となり,アドヒアランスが高まった可能性が示唆された.アドヒアランスに影響する要素として,性別や年齢,社会文化的特徴や既存の疾患に関する知識,家族および環境条件などが影響を及ぼすことが明らかになっている(Dilek & Semra, 2015)が,『罹患可能感』や『病気の深刻感』,『利益感』などの病気認知との関係性を明らかにした研究は見当たらなかった.今後は,良好なアドヒアランス行動をとる患者のコンピテンシーやアドヒアランス行動への影響因子などを明らかにするなど,研究知見の蓄積が必要と考える.
また,Bタイプに該当した3事例は,【自己管理への心もとなさ】を『障害感』にもちながらも【ひた向きな自己管理】という『行動』を実践していた.この心もとなさを減ずるためには,患者教育による適切な情報提供がなされる必要があると考える.しかし,在院日数の短縮化や病院機能分化による看護師不足により,十分な患者教育ができる環境にないことが指摘されている(勝山・芥川,2012).2020年度診療報酬改定において腎代替療法指導管理料を算定できるようになり,療法選択時の情報提供には患者教育の時間が確保できるようになったが,療法選択を必要とする前の早期CKDの段階から,十分な患者教育が実践できるような支援体制を整える必要があろう.
一方Cタイプは,A・Bタイプと同様に,自己管理行動に【透析予防への希望】という肯定的な利益感をもっていた.しかし,【自己管理の不本意さ】を『障害感』にもち,自己管理行動に対して釈然としなさを抱えながらも医療者の言葉に服従するという受動的態度が見受けられた.宗像(2004)によると,態度には認知的要素と感情的要素があり,態度の認知的要素は個人のかかわる状況に対する知覚的,認知的反応であり,正しいや誤っているなどの信念の言語的反応によってとらえられるものである一方,感情的要素は個人のかかわる神経的,感情的あるいは道徳的反応であり,好き,嫌いなどの感覚や規範意識の言語的表現によってとらえられるものである.本研究におけるCタイプに属する患者の『障害感』には,自己管理行動に対する否定的な感覚的態度と,否定的な判定的態度が混在していた.片山ら(2010)は,病気によってマイナスの影響があると考えたり,病気を理解していない人はネガティブな感情をもつ傾向にあると述べている.このような感情は,否定的な病気認知につながっている可能性があり,自己管理行動の継続を左右する因子となりうると考えられることから,正しく病気を理解できるよう働きかける必要がある.
2. 利益感なし群の特徴と看護への示唆利益感なし群に該当したDタイプ・タイプについて述べる.
DタイプとEタイプの『罹患可能感』を比較すると,いずれのタイプにも病気であることへの認知が乏しいという共通性があった.自分自身の不健康状態を認知する感覚のことを感知感覚という.宗像(2004)は感知感覚を自らの健康のために条件づけられ,強化されている習慣の中の手がかり(刺激)のことと定義している.感知感覚は,さまざまな影響を受けながら人生の中で培われていく能力である.病気を自己管理するにはまず,自分が病気であると認知することが病気とともに生きることのスタート地点であると考えると,自分が病気であると認知できることが自己管理行動を実践するために必要不可欠な要素であると考える.藤田ら(2020)の糖尿病患者における病気認識の調査では,24.1%の患者が診断から維持透析開始までの時期で病気を認識していない時期があったことを明らかにしている.本研究における対象者は糖尿病患者ではないものの,長期にわたる慢性疾患という意味では共通性があることを考慮すると,病気を病気として捉えることをしない患者は一定数存在するものと考えられる.特に自覚症状に乏しいCKD初期段階においては,いかに『罹患可能感』を高め,『病気の深刻感』をもてるかが重要であると考える.保存期CKD患者におけるD・Eタイプに該当する患者に関わる際には,意図的に感知感覚が強化できるような支援を検討する必要があると考えられる.
また『病気の深刻感』を比較してみると,Dタイプの事例は〈透析治療必要性への腑に落ちなさ〉や〈仕事継続の障壁になる透析への拒否感〉を抱いていたことから,透析治療の必要可能性を受け入れることができていなかったと考えられた.病気への不適応は,うつ状態や不安に直接的に関連することが明らかになっている(Knowles et al., 2014)ことから,Dタイプの患者は,病気の進行とともに透析の必要性が高まるにつれ,うつなどの精神的な問題を発症しやすい状態にあると考えられる.Aggarwal et al.(2017)は,CKD患者のメンタルヘルスの問題は患者のQOLに関連するため,メンタルヘルス関連の問題を発症するリスクが高いCKD患者の特定が必要であると述べている.本研究におけるタイプ分類は,このようなメンタルヘルスリスク患者の特定にも活用できる可能性がある.また,このようなタイプ患者への教育には,フィアアピールを避ける必要がある.人は恐怖心を煽られると,その危険性を否定し,偏った情報処理を行い,メッセージから目を背けるといった防衛的反応を引き起こすことがあり(Abraham & Kools, 2012/2018),Dタイプ患者はこのような防衛的反応を示す可能性が高いと考えらえるため,教育を実施する際には,透析という脅威ばかりを強調するのではなく,望ましい行動と行動により得られる有益性を教示していく必要がある.
本研究は,インタビュー時点で研究対象者が病気をどのように捉えているのかを,HBM構成要素と行動の視点で分析を行った.HBMは行動予測に役立つモデルであり,本研究より得られたタイプ分類から,患者の行動予測は可能であると考えられるが,それだけで行動変容を目指せるものではないことに研究の限界がある.さらに,本研究では対象者を非糖尿病患者に限定したことで,研究協力施設から紹介を受けた事例が14例と少なく,非糖尿病のなかでも,指定難病疾患や比較的自覚症状が出現しやすい疾患が混在しているなかで病気認知タイプを分類した.今後は,対象者を拡大し例数を重ねることで,病気認知タイプ分類の精度を高めるために引き続き研究を重ねていく必要がある.
・保存期CKD患者の病気認知タイプは,利益感あり群では3タイプ(A~Cタイプ)に,利益感なし群は2タイプ(D・Eタイプ)に分類できた.
・Aタイプは「自己管理を生活に取り入れ堅実に実行できるタイプ」,Bタイプは「揺らぎながらも自己管理行動を生活に取り入れ実行するタイプ」,Cタイプは「自己管理への不本意さをもちながらも指示に服従するタイプ」,Dタイプは「病気が納得できず自己管理を実行するが,虚無感があるタイプ」,Eタイプは「病識がなく十分に自己管理が行えていないタイプ」であった.
・病気認知のタイプに応じた患者教育の必要性が示唆された.
付記:本論文の内容の一部は,第16回日本慢性看護学会学術集会で発表した.
謝辞:本研究の遂行にあたり,研究にご参加いただきました研究対象者の皆様,ご協力ご指導いただきました皆様に心よりお礼申し上げます.
本研究は,日本慢性看護学会の研究助成および,文部科学省科研費(基盤研究C)(21K10726)の 研究助成を受け実施した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:JKは研究の着想から論文作成まで研究全体を総括した.CNは,研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.