2022 Volume 42 Pages 494-500
目的:「日本におけるヤングケアラー」の概念の定義と概念図を示す.
方法:Rodgersらの概念分析の手法を用いた.和文検索データベースを使用し,関連するキーワード検索を行った結果,35文献が分析対象となった.
結果:属性は【多様なケア】【過重な役割と責任】【家族を維持する努力】【複雑な感情】【置かれた状況への無自覚】,先行要件は【家族システムとダイナミクス】【未充足のケアニーズ】【隠された存在】,帰結は【自己存在の意味づけ】【家族内の負の円環】【子どもとしての成長発達への影響】【社会的・経済的基盤形成への影響】【社会的損失】【ケアラーの潜在化】を抽出した.
結論:日本におけるヤングケアラーとは,『家庭で代行的・情緒的ケアなど多様なケアを行い,過重な役割と責任を担っている18歳未満の子ども.彼らは家族を維持する努力をする中で,複雑な感情を抱きつつも,自分が置かれた状況に無自覚な場合がある』と定義した.
Objective: The purpose of this study is to present a definition and conceptual diagram of the concept of “young carers in Japan”.
Method: The Rodgers method of concept analysis was used. Some Japanese text search databases were searched for relevant keywords, and 35 articles were identified and analyzed.
Results: The attributes identified were Various types of care, Excessive roles and responsibilities, Striving to maintain the family, Complex emotions, and No awareness of the situation. The antecedents identified were Family system and dynamics, Unmet care needs, A concealed existence. The consequences identified were Making sense of one’s own existence, A negative cycle within the family, Impact on one’s growth and development as a child, Impact on building a social and economic foundation, Social loss, Carers tend to be invisible.
Conclusion: Young carers in Japan “Children under the age of 18 who have excessive roles and responsibilities, providing a variety of proxy and mental health care at home. While striving to maintain their families, they grapple with complex emotions but are not aware of the situation they are in.” Information needs to be shared with individuals providing support to those carers and issues with and specific forms of support need to be discussed.
わが国においては,埼玉県がケアラー支援条例を制定(埼玉県,2020)したことを機に,ケアラーへの社会的関心が高まっている.ケアラーとは従来の言葉に置き換えれば,介護者に相当するインフォーマルなケアの担い手である.ケアラーが注目される背景には,高齢者の増加や,世帯人数の減少,家族ユニットの変化といった社会状況が影響しているとされる(澁谷,2017).
同様の課題を有する諸外国では,先行して具体的な支援策が展開されている.英国は,「国民保健サービス及びコミュニティ・ケア法」(1990年),「介護者法」(1995年)を制定し,介護者に対して個別のサービス提供を行っている(三富,2000).また,豪州は「ケアラー貢献認識法」(2010年)を制定し,全国的な支援を実施している(木下,2013).日本でも介護保険法等の一部改正(厚生労働省,2017)を行い,介護者支援の施策を開始している.介護離職ゼロの実現にむけた取り組み等も行われているが,多くは高齢者介護を前提にした介護者支援に偏り,包括的なケアラー支援の立法化や体制はまだ十分ではない.
特に,子どもや若者といったヤングケアラーへの対策は始まったばかりである.厚生労働省(2022)は「一般に,本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子ども」をヤングケアラーとしている.平成29年の就業構造基本調査(総務省,2018)では,30歳未満の介護者は210,100人と報告されており,自治体でも,近年ヤングケアラーに関する調査が実施されている(さいたま市,2021;大阪府,2021).先行調査ではヤングケアラーに対する医療福祉専門職の関心は高いが,そのニーズが深く考慮されていないことも指摘されている(澁谷,2014).さらに英国では,ヤングケアラー支援の推進にあたり,関係する職員等間の連携が課題(澁谷,2017)として挙げられている.ヤングケアラー支援には,保健,医療,福祉,教育分野などの多くの専門職者が関わるため,支援者間でその状況や課題についての認識の共有を図ることが重要である.そこで本研究では,ヤングケアラー支援を検討するにあたり,支援者間の基礎的資料として活用できるよう,現在の「日本におけるヤングケアラー」の概念について可視化し,定義を明確にすることを目的に概念分析を行った.
ヤングケアラーの概念は,時代や社会状況の変遷に伴って変化していくと考える.本研究では,概念は時間や状況に応じてダイナミックに変化していくものであるとする哲学的基盤に基づき,概念の特性を明らかにするRodgers & Knafl(2000)の概念分析の手法を用いた.
2. データ収集方法日本ケアラー連盟の定義に基づき18歳未満をヤングケアラーとした.対象文献は原著・解説・総説とし,期間は2011~2021年とした.データベースはCiNii,J-Stageを使用し,キーワードは「ヤングケアラー」「家族介護者」とした.医中誌Webは([家族介護者]/TH)and(CK=小児:新生児~18歳)を検索式とした.検索の結果59件を抽出し,日本のヤングケアラーに関する内容を含む35件を最終的に分析の対象とした.
3. 分析方法文献ごとにコーディングシートを作成し,概念の性質を示す属性,概念に先だって生じる出来事を示す先行要件,概念が生じた結果として起こる出来事を示す帰結について,該当する記述を抽出しコードを付した.その後,すべてのコーディングシートから内容の類似するコードを集約し,上位のカテゴリー化を行った.最終的にその結果を踏まえて,概念図作成と概念の定義を行った.
属性,先行要件,帰結について整理し,これらを概念図で示した(図1).なお,カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは[ ]で示す.

日本におけるヤングケアラーの概念図
ヤングケアラーは親や家族の代わりに,調理や清掃などの家事援助,移動の介助や与薬などの家族の介護,金銭の管理や支払い,日本語が第一言語でない家族のための通訳などの[代行的ケア](澁谷,2012;中津・廣田,2013;北山・石倉,2015;松崎,2015;堀越ら,2017;土屋,2017;宮川・濱島,2018;安倍,2019;斎藤,2019;河西,2020;亀山,2021;渡邉,2021)を担っている.また,これらの手段的ケアだけでなく,親の感情の受容や励ましなど[情緒的ケア](澁谷,2012;北山・石倉,2015;安倍,2019;斎藤,2019;河西,2020;蔭山ら,2021;亀山,2021;渡邉,2021)を日常的に担っているものもいる.
2) 【過重な役割と責任】ヤングケアラーは多様なケアを遂行するために[費やされる時間](澁谷,2012;宮川・濱島,2018;安倍,2019)が多く.自分のための時間をとることができない.また,子どもが担う域を超えた[手伝い以上の仕事](北山・石倉,2015;斎藤,2019;蔭山ら,2021)をしており,[大人と同等の責任](横瀬,2016;河本,2020;渡邉,2021)を引き受けることもしばしばある.
3) 【家族を維持する努力】ヤングケアラーは家族を維持するために,[親への気遣い][親以外の家族への気遣い](澁谷,2012;森山ら,2018;宮川・濱島,2019)をしている.彼らはケアを要する家族がいることを隠そうと努力している.その[秘密の保持](土屋,2017;塩澤,2017;安倍,2019;羽尾・蔭山,2019;蔭山ら,2021;宮川・濱島,2021)が,家族が否定されることから自分たちを守ることに繋がっている.
4) 【複雑な感情】ヤングケアラーは,時に現状から逃避したいという感情やケアを必要とする人に巻き込まれる恐怖感のような[否定的感情](中津・廣田,2013;田野中ら,2016;土屋,2017;奥山,2018;藤田・遠矢,2019;田中,2020;蔭山ら,2021)を抱いている.さらに逃避感情を抱いたことに関して罪悪感を抱き,自尊心が低下することもある.相談する友人や大人がいなく,孤独感や疎外感,将来への漠然とした不安をもっている.一方で,周囲からはよい子であるとみられることもあり,達成感などの[肯定的感情](澁谷,2012;奥山,2018;森田,2020)をもつヤングケアラーもいる.
5) 【置かれた状況への無自覚】ヤングケアラー自身は[ヤングケアラーの認識の欠如](宮川・濱島,2019;蔭山ら,2021)があり,具体的な支援を求めない.これは[見えないサイン](蔭山ら,2021)のため,置かれた状況が通常と異なっていることを他者から指摘されることもなく,無自覚を助長させている.
2. 先行要件【家族システムとダイナミクス】は,ヤングケアラーを生み出す家族状況を示す.介護や養育を要する人,精神的不調のある人,あるいは病気や障害で長期的な[ケアを要する家族の存在](澁谷,2012;澁谷,2014;田野中ら,2016;松原,2018;宮川・濱島,2018;佐藤,2019;森田,2020;蔭山ら,2021;浦田,2021)があり,大人の[家族構成員の不足](澁谷,2014;北山・石倉,2015;青木,2018;安倍,2019;亀山,2021)がおきている.ヤングケアラーは普段から手伝いなどの[家族内役割](北山・石倉,2015;田中,2020)を担い,[家族からの期待](澁谷,2012;中津・廣田,2013;森田,2020)もある.子どもは家から出ることはできず,[離れることのできない物理的距離](澁谷,2012)にいなければならない.何らかの要因で大人が役割を果たせない状況の時に,[家庭内ケア力の不足](澁谷,2012;澁谷,2014;北山・石倉,2015;土屋,2017;青木,2018;松原,2018;斎藤,2019;森田,2020;亀山,2021;浦田,2021)があり,その家族に【未充足のケアニーズ】が生じる.家族の状況によっては,[長期的で多様なケアニーズ](青木,2018;安倍,2019;斎藤,2019;森田,2020;滝島,2020;蔭山ら,2021)になる場合もある.
ヤングケアラーには[発見の困難さ](森田,2016a;宮川・濱島,2018;安倍,2019;松浦,2019;斎藤,2019)がある.この背景には,子どもはケアを受ける者であるという社会的通念,家庭内の仕事を担うのは女性というジェンダーバイアス,子どもの権利を保障する認識の欠落といった,[家族規範による拘束](澁谷,2012;澁谷,2014;松崎,2015;青木,2016;松浦,2019;宮川・濱島,2019;森田,2020;河西,2020;亀山,2021;渡邉,2021)がある.また,[家族の閉鎖性](澁谷,2012;松原,2018;安倍,2019;松浦,2019;斎藤,2019)や[社会的スティグマ](松原,2018;河西,2020)も,ヤングケアラーの問題に立ち入れない状況を作りだす.これらの理由により,ヤングケアラーは【隠された存在】となりやすい.
3. 帰結ヤングケアラーには,ケア体験から【自己存在の意味づけ】をする者もいる.[役割の受容](塩澤,2017;渡邉,2021)や,[自己成長](田中,2020;渡邉,2021)を感じ,ケア体験により家族の絆が形成されると感じる場合もある.反対に[親子関係の逆転](北山・石倉,2015)や,いつかは親やきょうだいのようになるのではという[過剰な同一視](滝島,2020)に苦しむ者もいる.期待にも応え続けなくてはならない[ゴールの見えないケア](澁谷,2012滝島,2020)は,【家族内の負の円環】を助長することになる.ヤングケアラーがケアを担うことは,[人格の形成・社会性の発達への影響](北山・石倉,2015;青木,2018;安倍,2019;松浦,2019;滝島,2020;蔭山ら,2021;渡邉,2021),[生活満足度・主観的健康観への影響](青木,2016;青木,2018;宮川・濱島,2018;宮川・濱島,2021),[健康の喪失](奥山,2018;佐藤,2019;河西,2020;渡邉,2021)や[学びの喪失](北山・石倉,2015;横瀬,2016;青木,2018;安倍,2019;滝島,2020;渡邉,2021;浦田,2021)といった【子どもとしての成長発達への影響】を及ぼす.また,[ライフコースの選択への影響](北山・石倉,2015;横瀬,2016;斎藤,2019;森田,2020)や,社会的孤立もおこりやすく,将来の【社会的・経済的基盤形成への影響】が懸念される.
このようなヤングケアラーの増加は,社会全体の[労働力の損失](森田,2016b;松浦,2019)となる.また,ヤングケアラーへの無理解が,[社会的排除の助長](松崎,2015;森田,2020)をすすめ,【社会的損失】は大きくなる.一方で,家族内でケアが常態化すると[ケアラーの固定化](青木,2018;安倍,2019;宮川・濱島,2019;斎藤,2019;河西,2020)がおこり,当面は[ケアニーズの充足](安倍,2019)がなされる.ヤングケアラーが[生きづらさの表出困難](斎藤,2019;河西,2020)な状態にあると,【ケアラーの潜在化】が進む.
属性の結果から,日本におけるヤングケアラーとは,『家庭で代行的・情緒的ケアなど多様なケアを行い,過重な役割と責任を担っている18歳未満の子ども.彼らは家族を維持する努力をする中で,複雑な感情を抱きつつも,自分が置かれた状況に無自覚な場合がある』と定義した.英国では「家族メンバーのケアや援助,サポートを行なっている18歳未満の子ども」「多くのケアや重要なケアに携わり,大人がするとされているようなレベルの責任を引き受けている」(Becker, 2000)とされている.日本の行政では,彼らが担っているケアの程度や役割について記されていることが多い.本研究では,さらに彼らの心情が特性として抽出された.今回の対象文献には,精神的不調のある親をケアする子どもに関する文献が多く,彼らの肯定的感情も明らかになった.澁谷(2020)は,ヤングケアラーの置かれている状況の厳しさだけが焦点化される単純な構図に警鐘を鳴らしている.ケアをする/されるの範囲を超えて,家族間で互いに影響を与え合っていることへの理解の重要性を指摘している.英国では,ケア体験の両面的な心情を査定するツールも使用されている(Cares Trust, 2012).彼らの複雑な感情を理解しながら,個別の対応を丁寧に検討する必要があると考える.
先行要件では,日本の子どもの権利保障やジェンダーに関する考え方が背景にあることが示された.日本は,子どもの権利や意見に対する考慮を著しく制限しているとの指摘がある(日本弁護士連合会,2020).また,性別役割分業のシステムが依然として存在し,家庭内の無償労働の分担には格差がみられる(鈴木,2017).これらは,社会全体の価値観のほかに,地域によっても異なると考えられる.地域性を踏まえた支援方法の検討も必要である.
2. 本概念の有用性と課題ヤングケアラーに関わる看護職は多様に存在する.それぞれの看護職が,関係する専門職と共にヤングケアラーの全体像を理解するために,本概念を共通言語として活用できると考える.また,個々の事案を検討するにあたり,先行要件や属性のカテゴリーを,査定の枠組みとして使用することが期待される.今後は帰結から予測される影響を考慮し,長期的な個別支援(堀越ら,2017;松原,2018)や,家族全体へのアプローチ(斎藤,2019;河本,2020)において,具体的な対策を行うことが課題となると考える.
本研究の限界として,未知のヤングケアラーの課題が存在する可能性があげられる.諸外国においては,ヤングケアラーを生み出す家族状況として,ひとり親,貧困,少数民族,薬物・アルコール依存や精神障害などの困難を有している家庭など多様な報告がされている(柴崎,2005).日本においても同様の家族状況が先行要件となっていると推測されるが,調査研究が未だ少ないと考えられる領域もあり,事例を網羅的に検索できていないと考える.今後は,諸外国の社会状況を踏まえたヤングケアラーの状況との比較分析も通して,日本の課題をより明確化していく作業をすすめたい.
本研究では日本におけるヤングケアラーの概念分析を行った.その結果から,日本におけるヤングケアラーとは,『家庭で代行的・情緒的ケアなど多様なケアを行い,過重な役割と責任を担っている18歳未満の子ども.彼らは家族を維持する努力をする中で,複雑な感情を抱きつつも,自分が置かれた状況に無自覚な場合ある』と定義した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:筆頭著者FTは,研究の着想およびデザイン,データ収集,分析,原稿執筆までの全過程に関与した.HA,RT,NM,YUおよびMKは,研究デザイン,データ収集,分析,原稿の作成に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.