Journal of Japan Academy of Nursing Science
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ISSN-L : 0287-5330
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Obstacles Faced by Nurses in Care Activities for Dementia Patients at an Acute Care Hospital and the Process to Overcome Such Obstacles
Atsuko SugiokaMitsuyo KomatsuYuriko SugiharaHiromi Kobayashi
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2022 Volume 42 Pages 688-697

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Abstract

目的:急性期病院にて認知症ケアを推進する看護師(以下,推進者)の活動上の障壁と克服過程を明らかにする.

方法:推進者11名を対象に3~4名毎のフォーカスグループインタビューを行い,質的統合法(KJ法)にて分析した.

結果:推進者は,急性期病院にて【葛藤しつつ身体拘束に頼る土壌】と【温度差による行き詰まり】の2つの障壁を認識しており,これらに通底していたものは病院組織の認知症ケアを後回しにしてしまう価値観であった.しかし【推進者の思いを基盤とした活動】と【チームを基盤とした活動】の両面からの活動の結果,【組織的な成果の実証】に至っていた.その支えに【活動継続のための原動力】があった.

結論:推進者は障壁に対し,自身の信念の体現と全体へ波及するチーム作りという活動を継続し,原動力をもって長期的計画の段階的実施により成果を実証していた.この過程には組織による推進者への支援が不可欠である.

Translated Abstract

Purpose: To identify obstacles faced by nurses (hereinafter referred to as promotors) in the promotion of care activities for dementia patients at an acute care hospital, and the process to overcome such obstacles.

Method: Focus group interviews targeting 11 promoters were conducted in groups of 3–4 persons. Results were analyzed using the qualitative synthesis method (KJ method).

Results: Promotors were aware of two obstacles, namely “conditions which relies on physical restraint to handle conflict” and “reaching a dead end due to varying degrees of enthusiasm” at the acute care hospital. This was due to an underlying sense of value of postponing dementia care. However, as a result of the activities that have the characteristics of both “activities based on the intentions of the promotor” and “activities based on the team”, “verification of organizational achievement” was eventually achieved. A support called “driving force to continue activities” was present in proof of the result.

Conclusion: Regarding obstacles, promotors expressed their own conviction with a driving force, and continued activities called team formation that spread to all, and verified achievement through phased implementation of a long-term plan. In this process, support for the promotors through an organization was essential.

Ⅰ. はじめに

超高齢社会の我が国では,認知症の人は500万人を超え,65歳以上の約7人に1人が認知症と見込まれ(厚生労働省,2019a),2025年までに「認知症の人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会」の実現が期待されている(厚生労働省,2015).特に身体合併症やけが等で入院する認知症患者も著明に増加しており(厚生労働省,2019b),急性期病院における認知症の人への対応は喫緊の課題である.

2010年代前半,一般病棟の看護師は,認知症ケアの知識や経験不足(湯浅,2012),「認知症の人の入院・治療が安全にスムーズに行えない」等様々な困難に直面していた(小山ら,2013).このため,新オレンジプランでは看護師の認知症ケアの基礎知識と対応力の向上および施設内での伝達を目的とした「看護職員の認知症対応力向上研修」が位置づけられた(厚生労働省,2015).さらに,翌年には診療報酬改定による「認知症ケア加算」が導入され,「加算2」を算定するには,すべての病棟に,指定された研修を受けた看護師を複数名配置することが要件とされた(内田,2016).これにより多様な機関で要件を満たす認知症ケアの研修(以下,認知症研修)が開始され,急性期病院の看護師の知識不足の解消と,ケアの普及および改善が期待された.

認知症ケア加算導入後,認知症看護認定看護師や老人看護専門看護師等を構成員とする認知症ケアチーム設置を要件とした認知症ケア加算1の算定病院では,ケアが改善したとの結果が報告されている(深堀ら,2018).さらにケアチームの活動成果も明らかとなってきた(鈴木ら,2018).しかし,認知症ケア加算算定の8割以上を占めるケア加算2の算定病院(厚生労働省,2019c)において,推進役を担うのは認知症研修を修了した看護師である.ケア加算2を算定した病院の看護管理者を対象にした全国調査では,研修修了者の認知症ケアに対する知識,意欲や態度への効果は高く評価されたが,実践への反映やリーダーシップ,組織的取組みへの発展に対する効果は十分ではなかったことが明らかとなっている(北川ら,2018).さらに,研修修了者がその知識を活かし,チーム内で知識・技術や価値観を共有するには困難や障害があることも明らかとなっており(小松ら,2017),推進役を担う看護師に対するスーパーバイザーの存在,行動の後押しなど研修修了後の次の段階の支援が不可欠と提言されている(湯浅,2017).海外においても,スタッフの教育および訓練不足だけでなく,身体的ニーズを優先し,個別な対応を許さない風潮といった個人および組織のケア文化も認知症ケアへの障壁として特定されている(Houghton et al., 2016).そして,組織的課題として病院方針の再調整やリーダーシップスタイルの変更などに取り組む必要性が明らかにされたところである(Scerri et al., 2020).

つまり現在,我が国では認知症ケアの知識を得た研修修了者による推進の途上にあるが,病棟文化や組織的な課題といった大きな障壁の中で活動していることが考えられる.研修修了者がそれらの障壁をどのように認識し,どのような活動を行っているか,その具体的内容を明らかにすることは,急性期病院の認知症ケアの普及および改善の資料となり得ると考える.

そこで本研究では,研修修了者であり認知症ケアを推進する役割を担う看護師(以下,推進者)が認識した活動上の障壁と,それを克服するための活動を明らかにすることを目的とした.

Ⅱ. 用語の定義

1. 急性期病院

認知症の人が病気やけが,事故などによって,急激に身心の健康が損なわれ,様々な症状を呈する一定の期間に,早期の状態安定に向けた医療を提供する一般病院,特定機能病院(一般社団法人日本老年看護学会,2016),地域医療支援病院とする.介護・療養病床のみの病院,また小児・緩和ケアのみを対象とする病院を除く.

2. 認知症ケアを推進する活動(以下,活動)

推進者が,認知症の人が尊厳を保ちながら,認知症の本人も家族も安心して治療を受け療養できる看護を目指し,所属する施設において認知症ケアの普及や改善という目的を達成するように努める活発な働きかけを示す.

3. 活動上の障壁

推進者が活動する際に,実行が難しいと苦悩する事柄(困難)や進行の妨げになる事柄であり,それらが多数積み重なり壁となって立ち塞がっている状況を示す.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究参加者

研究参加者は,老人看護専門看護師や認知症看護認定看護師の資格を保有していないが認知症研修を受講し,所属施設の看護管理者から紹介された認知症ケアを推進する役割を期待され,現在も実践している看護師とした.

2. データ収集期間

2020年8月7日から8月12日

3. データ収集方法

近畿厚生局の[届出受理医療機関名簿(2019)]からA県内の本研究で定義する急性期病院に該当する129施設に,対象者の紹介依頼文書を送付した.次に,紹介された参加者に研究の趣旨を説明し,研究参加と匿名化での公表に同意の得られた者にインタビューを実施した.研究参加者のより自由な発言を促しあらゆる面からの意見を収集するため,相互作用による意見の引き出しが期待でき,複数の担当者と研究参加者での構成により発言へのプレッシャーを少なくできるフォーカスグループインタビューを設定した.通常,フォーカスグループインタビューは,1組を6~12名で設定することが一般的(安梅,2001)であるが,多人数では関わり合いのレベルが低くなる傾向(Holloway & Wheeler, 2002/2006)にあることから,1組3~4名の人数とした.グループは,様々な職位や看護師および推進者としての経験年数を持つ参加者で構成されるよう調整し3組を設定した.インタビュアー(研究者)以外に記録・観察者を1人設定し,研究参加者の非言語的な動きを察知して声を掛けるなど,参加者全員が自由に発言できるよう心掛けながら,インタビューガイドを用いて1組60~90分程度で半構造化インタビューを実施した.質問内容は,所属施設で認知症ケアの推進役を担うことになった契機,活動の実際,その中で感じた推進者としてのやりがいおよび自身や病棟・病院組織全体に対する障壁,障壁を克服した過程,今後の展開や期待することから構成し,経験や思いを語ってもらった.

インタビューは,新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け,リモート(Zoomを使用)にて実施した.インタビュー内容は承諾を得てZoomの録画機能およびICレコーダにて録音し,逐語録を作成して分析データとした.

4. データ分析方法

推進者の活動上の障壁と,それを克服する過程であるデータを見落とすことなく統合し全体像を構築していくために,混沌とした質的情報を統合して秩序を見出す仕組みを持つ質的統合法(KJ法)を用いた(山浦,2012).分析手順として,まず各組の逐語録を1つの意味毎に区切り,それを抽象化しすぎないように研修参加者自身が使っている言葉をできるだけ残して1枚のラベルに志が1つになるように元ラベルを作成した.次に,ラベルを順不同に並べて何度もラベルの内容を読んだ上で,類似ラベルを2~3枚集めてグループ編成し,集まった内容を表現する表札ラベルを作成した.表札ラベルの番号は,グループ編成の段階が上がる毎に「A00X」「B00X」と表示した.表札ラベルと残った一匹狼のラベルを用いながらグループ編成のプロセスを繰り返し行い,5~7枚になった時点で最終ラベルとした.最後に,最終ラベルの内容のエッセンスを凝縮した表現の「シンボルマーク」をつけ,ラベル同士の関係を「関係記号」と「添え言葉」を使い構造化した空間配置図を作成した.シンボルマークは,空間配置図におけるラベルの位置づけを「事柄」,内容を「エッセンス」とした二重構造とし,【事柄:エッセンス】として表示した.

本研究は組毎の分析であるため,各組毎の個別分析を行った後,統合する総合分析を行うにあたり,2段前では抽象度が高くなりすぎている可能性があったため,3段前のラベルを用いて,個別分析の中の具体性を残しつつ抽象度が高すぎないレベルでの分析プロセスを心がけた.

分析の信憑性を高めるために,研究者は質的統合法(KJ法)の研修に参加し分析過程の手法の修得に努めた.また,グループ編成から空間配置図作成の過程において研究者間で意見が一致するまで議論を繰り返し,質的統合法(KJ法)に精通し,研修で教示している研究者のスーパーバイズを受け分析を行った.

5. 倫理的配慮

本研究は,同志社女子大学「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会の承認を得た後(承認番号:2019-27),研究参加者および所属施設の看護管理者に,研究目的と方法,研究参加・途中撤回の自由,匿名性の確保および個人情報の保護,結果の公表等について口頭および書面にて説明した上,書面にて研究参加の同意を得た.得られたデータは匿名性,安全性を確保し厳重に管理した.

Ⅳ. 結果

1. 研究参加者の概要

11施設の看護管理者から紹介された11名の推進者に協力を得て,3組のインタビューを実施した(表1).各組の編成は,インタビューが可能な日程を調整して行った.参加者は20~50歳代ですべて女性であり,看護師経験年数は3年~32年(平均21.5年),推進者としての経験年数は4ヶ月~6年(平均2.3年)であった.職位や所属施設の規模とも幅広く,認知症ケア加算算定病院は10施設であった.3組のインタビュー時間は73~88分間であった.

表1  研究参加者の概要
参加者 年齢 経験年数 所属病院 推進者としての経験年数 職位 インタビュー時間 ラベル数
規模 認知症ケア加算(2020.3月)
A 1組 40歳代 22年 500床以上 加算2 6年 副主任 88分 157枚
B 40歳代 25年 500床以上 加算1 2年 師長
C 20歳代 3年 500床以上 加算1 8ヶ月 スタッフ
D 2組 40歳代 20年 100~199床 加算2 5年5ヶ月 主任 73分 130枚
E 50歳代 30年 100~199床 加算2 2年 師長
F 50歳代 32年 300~399床 加算1 3年 臨床指導者
G 50歳代 21年 20~49床 加算2 1年4ヶ月 スタッフ
H 3組 40歳代 19年 100~199床 未加算 4ヶ月 副主任 74分 138枚
I 50歳代 30年 50~99床 加算2 2年 看護部長
J 40歳代 27年 300~399床 加算2 1年4ヶ月 師長
K 20歳代 4年 500床以上 加算1 2年4ヶ月 スタッフ

2. 分析結果

組単位の分析に用いたラベルは130~157枚であった.総合分析は,ラベル66枚を用い,5段階を経て6枚の最終ラベルとなった.なお,シンボルマークは【太字】,象徴的なラベル例は「斜体(ラベル番号)」,最終ラベルの内容は〈 〉,ラベル番号は( )で示す.最終ラベルには,【事柄:エッセンス】という二重構造を用いたシンボルマークを作成した(表2).その上で,最終ラベルの関係を構造化した空間配置図(図1)を作成した.

表2  総合分析のシンボルマークと最終ラベルおよびラベル例
シンボルマーク【事柄:エッセンス】最終ラベル ラベル例(ラベル番号)
【葛藤しつつ身体拘束に頼る土壌:多忙な状況下での医療安全の優先】
急性期病院では,看護師はみんな多忙な状況と医療安全の優先という大儀名分に押され,認知症患者への身体拘束に対して葛藤を抱えつつも容認する土壌が根強くある.(E005)
病院では,術後は生命の危機であることから,場合によっては4点柵や薬剤による鎮静など身体拘束を行うといった安全を優先する現状がある.(059)
身体拘束解除に反対していた先輩も身体拘束に頼る病棟を変えたい自分も,みんな病棟の忙しい状況と身体拘束をしないケアとの間に葛藤を抱えている.(A004)
【温度差による行き詰まり:時間を要する成果の実感とサポート不足】
認知症ケア実践は,成果を実感できるまでに時間を要するゆえに後回しにされてしまう上,不十分なサポート体制によりスタッフとの温度差が埋まらず,行き詰まりを抱えている.(E001)
知識の活用に応用が必要な認知症ケアは,経験知が少なく早く正解を知り解決したい若い看護師にとっては理解しづらく興味を引きにくいものであり,ケアの必要性や面白さが伝わらないやるせなさを感じている.(026)
認知症ケアは,個々の興味の度合いに左右される上,委員会の活動も後回しにされたり目標を変更されたりと広まりにくく,現状として浅い取り組みにとどまっている.(B015)
認知症ケア加算算定の動きの中で,初期の研修修了者である自分が中心に様々な活動や発信を行ってきたが,相談の場がないため,専門家の異なる視点が知りたいと思うほど,自分一人の発想で進めることに迷いや戸惑いが生じている.(027)
【推進者の思いを基盤とした活動:その人らしいケアへの強い関心と信念】
活動に対する思いは,経験や研修参加による強い関心とその人らしく過ごせるケアを実践したいという自己の強い信念に基づいている.(E002)
多忙な中で認知症患者に対し,高圧的に対応する人や逆に看護師自身がストレスを溜める人,迷いなく身体拘束をする人などがいる病棟での無策な現状に,どうにかしなければという思いに駆り立てられている.(A018)
急性期病棟は,認知症患者にとって変化と制限の大きい環境であるが,その中でも後輩のモデルになるような,患者が落ち着いて過ごせる環境作りや関わりを絶えず模索し実践している.(D007)
【チームを基盤とした活動:多彩なメンバーを核としたチーム作り】
活動には,関係性を重視した専門家を含む多彩なメンバーを中心としながら,成功体験の波及により仲間が増えていくといった全体としてのチーム作りが重要である.(E003)
活動を推進するには,反対者も含め,先輩,後輩を問わず様々な人から意見が出され,話し合える場を持つことができるチームづくりが重要である.(B005)
認知症への対応には,相談できる専門家との繋がりや近隣病院との連携が助けとなっており,具体的でタイムリーな相談ができる関係性作りが活動の成果である.(B006)
活動を進める上で,看護師本人たちが気付かない成功体験を言葉にして伝えたり,皆の前で褒めたりして意図的に表面化させることを大事にしている.(A007)
【活動継続のための原動力:仲間や上司の支えと思い描く将来像】
活動成果の蓄積に加え,わかりあえる上司と仲間の存在,院内外へのケアの向上と拡大という将来構想が,推進活動を継続する原動力となっている.(D005)
困ったり行き詰まった時は,同じ研修を受けた人など言える人には愚痴をこぼし,方法を考えたり,上司である師長や思いをよく理解し師長ともつないでくれる副師長に特に相談するなどして対処している.(020)
これまでにも認知症ケアが深まるように活動してきたが,将来的には院内デイの立ち上げや認定看護師のラウンド同行,在宅・地域への拡充,後輩の育成など活動の幅を広げていく構想を持っている.(A012)
【組織的な成果の実証:長期的計画の段階的実施を経たプロセス】
活動の成功例では,課題・ニーズ把握と長期的計画の段階的実施,具体的成果の発信という一連のプロセスを経ることで組織的な成果が実証されている.(E004)
身体拘束解除に向けて,外した時の患者の反応を示し,病棟に合わせた時間に外すようにするなど,出来ることから段階的に進めて成果の実績がある.(A001)
活動を進めるには,予測介入活動で転倒転落件数が3年かけて減少したように,現在の問題である術後せん妄についても評価スケールを用いてデータをとって予測介入や判断を何ケ月単位で浸透させるよう動き始めている.(008)
図1 

急性期病院において認知症ケアを推進する看護師の活動上の障壁と克服過程

1) 総合分析における最終ラベルについて(表2

(1)【葛藤しつつ身体拘束に頼る土壌:多忙な状況下での医療安全の優先】

推進者は,「病院では,術後は生命の危機であることから,場合によっては4点柵や薬剤による鎮静など身体拘束を行うといった安全を優先する現状がある(059)」中で,「身体拘束解除に反対していた先輩も身体拘束に頼る病棟を変えたい自分も,みんな病棟の忙しい状況と身体拘束をしないケアとの間に葛藤を抱えている(A004)」というように,身体拘束が患者に悪影響を与えることを理解しつつも事故防止という医療安全を優先し,他のスタッフだけではなく自身も身体拘束に頼ってしまう土壌に苦悩していた.

(2)【温度差による行き詰まり:時間を要する成果の実感とサポート不足】

推進者は,「認知症ケアは,個々の興味の度合いに左右される上,委員会の活動も後回しにされたり目標を変更されたりと広まりにくく,現状として浅い取り組みにとどまっている(B015)」など,認知症ケアの特性から伝達に苦労したり,スタッフとの間に温度差を抱えたりしていた.さらに,「認知症ケア加算算定の動きの中で,初期の研修修了者である自分が中心に様々な活動や発信を行ってきたが,相談の場がないため,専門家の異なる視点が知りたいと思うほど,自分一人の発想で進めることに迷いや戸惑いが生じている(027)」状態にあり,体制が整備されていてもサポート不足の状況が認知症ケアの普及を妨げていた.

(3)【推進者の思いを基盤とした活動:その人らしいケアへの強い関心と信念】

推進者は,「多忙な中で認知症患者に対し,高圧的に対応する人や逆に看護師自身がストレスを溜める人,迷いなく身体拘束をする人などがいる病棟での無策な現状に,どうにかしなければという思いに駆り立てられている(A018)」心情にあり,多忙であってもその人らしく過ごせる認知症ケアを実践したいという強い信念を持っていた.それゆえに,「急性期病棟は,認知症患者にとって変化と制限の大きい環境であるが,その中でも後輩のモデルになるような,患者が落ち着いて過ごせる環境作りや関わりを絶えず模索し実践している(D007)」と,信念に基づく認知症ケアのモデル実践が伝わるよう行動化に努めていた.

(4)【チームを基盤とした活動:多彩なメンバーを核としたチーム作り】

推進者は,「活動を推進するには,反対者も含め,先輩,後輩を問わず様々な人から意見が出され,話し合える場を持つことができるチームづくりが重要である(B005)」と考え,メンバー構成の考慮に加え,忌憚なく意見交換できる関係性の構築にも尽力していた.「活動を進める上で,看護師本人たちが気付かない成功体験を言葉にして伝えたり,皆の前で褒めたりして意図的に表面化させることを大事にしている(A007)」点も,意図的に言語化し具体的なケア方法や成果を伝え承認することで,仲間を増やしていくチームづくりの一環であった.

(5)【活動継続のための原動力:仲間や上司の支えと思い描く将来像】

推進者は,「困ったり行き詰まった時は,同じ研修を受けた人など言える人には愚痴をこぼし,方法を考えたり,上司である師長や思いをよく理解し師長ともつないでくれる副師長に特に相談するなどして対処している(020)」と相談しやすく事が運びやすい相談先を選び,仲間と共に問題に対処していた.同時に,「これまでにも認知症ケアが深まるように活動してきたが,将来的には院内デイの立ち上げや認定看護師のラウンド同行,在宅・地域への拡充,後輩の育成など活動の幅を広げていく構想を持っている(A012)」ように,次の目標や活動の場の拡大といった将来像を抱きながら活動を続けていた.

(6)【組織的な成果の実証:長期的計画の段階的実施を経たプロセス】

推進者は,「身体拘束解除に向けて,外した時の患者の反応を示し,病棟に合わせた時間に外すようにするなど,出来ることから段階的に進めて成果の実績がある(A001)」と自身も成果を実感し,自部署の認知症ケアの状況や課題に応じて柔軟に活動していた.そして,「活動を進めるには,予測介入活動で転倒転落件数が3年かけて減少したように,現在の問題である術後せん妄についても評価スケールを用いてデータをとって予測介入や判断を何ケ月単位で浸透させるよう動き始めている(008)」ように年単位の成果を見出し,長期的な計画をもとに活動を推進していた.

2) 総合分析の空間配置図について(図1

最終ラベル同士の関係を探って空間配置し,最終ラベルとシンボルマーク,関係記号と添え言葉を用いて図解化したものが図1である.まず,ラベル同士の関係から見出された構造をシンボルマークの【事柄】を使って説明する.

急性期病院において,認知症ケアを推進する看護師の活動上の障壁として【葛藤しつつ身体拘束に頼る土壌】と【温度差による行き詰まり】の2つの側面が抽出され,これらに通底していたものは病院組織の認知症ケアを後回しにしてしまう価値観であった.しかし,【推進者の思いを基盤とした活動】と【チームを基盤とした活動】の両面の特徴を持つ活動の結果,【組織的な成果の実証】に至っている.さらには【組織的な成果の実証】は【活動継続のための原動力】によって支えられていた.

以上の構造が明らかとなったが,これらを最終ラベル6枚によりストーリーで表現すると以下のとおりである.

〈急性期病院では,看護師はみんな多忙な状況と医療安全の優先という大儀名分に押され,認知症患者への身体拘束に対して葛藤を抱えつつも容認する土壌が根強くある〉(E005).さらに〈認知症ケア実践は,成果が実感できるまでに時間を要するゆえに後回しにされてしまう上,不十分なサポート体制によりスタッフとの温度差が埋まらず,行き詰まりを抱えている〉(E001).

しかし,推進者の〈活動に対する思いは,経験や研修参加による強い関心とその人らしく過ごせるケアを実践したいという自己の強い信念に基づいている〉(E002)一方で,〈活動には,関係性を重視した専門家を含む多彩なメンバーを中心としながら,成功体験の波及により仲間が増えていくといった全体としてのチームづくりが重要である〉(E003)側面がある.さらには〈活動成果の蓄積に加え,わかりあえる上司と仲間の存在,院内外へのケアの向上と拡大という将来構想が,推進活動を継続する原動力となっている〉(D005)ことで,〈活動の成功例では,課題・ニーズ把握と長期的計画の段階的実施,具体的成果の発信という一連のプロセスを経ることで組織的な成果が実証されている〉(E004).

Ⅴ. 考察

急性期病院における推進者の活動上の障壁とそれを克服する過程の活動の特徴,および成果に至ったプロセスと推進者への支援方法について考察する.

1. 急性期病院における推進者の活動上の障壁

推進者は,まず病院や病棟において【多忙な状況下での医療安全の優先】を理由に,認知症患者への【葛藤しつつ身体拘束に頼る土壌】が根強くあることを認識していた.急性期病院は患者に対し,治療を行い病気やけがから回復させるという役割を負っている.しかし,侵襲を伴うため患者の安全管理を優先し,悪影響を与えると理解している推進者自身も身体拘束に頼ってしまい葛藤している現状があった.先行研究においても,認知症の人に十分関わる時間のなさ(小山ら,2013)や,限られた時間と人員で業務をこなさなければならず,安全面から拘束を正当化する『ケアの文化』があること(Houghton et al., 2016)が指摘されている.本研究においても,急性期病院の多忙で余裕のないケア環境と,安全や業務を優先し認知症ケアを後回しにしてしまうケア文化が活動上の障壁の1つであることを示している.

また推進者は,スタッフや病院組織との【温度差による行き詰まり】の状況を,活動上の障壁の1つであると認識していた.認知症ケアは,患者の人柄や背景,環境などの影響要因を考慮し対応を考える必要があるため,ケア方法を探り成果を実感するのに時間を要してしまう.そのため,認知症ケアは他の患者と同じ看護が通用しない,時間を要する問題のあるケア(小山ら,2013Digby et al., 2016)と認識されている.本研究においても,そういった認知症ケアの特徴がスタッフとの温度差を生み出す要因となっていたことが窺える.加えて,認知症ケアへの理解が進みにくいゆえに,病院組織とも活動に対する温度差を抱えており,【サポート不足】の現状があった.長く認知症ケア加算算定という病院組織の動きの中で活動をしている推進者も,相談の場がなく一人の発想による活動に迷いや戸惑いを抱えていた.このことは,病院組織自体も認知症ケアの優先順位を高く出来ていない状況にあることを示していた.

多くの急性期病院が2016年度以降,認知症ケア加算算定の体制を整えている.しかし本研究の結果から,推進者の活動に対するサポート体制は十分とは言えず,推進者は病院組織の認知症ケアを後回しにしてしまう価値観により通底している2つの障壁に苦悩をしていることが明らかとなった.

2. 克服過程における活動の特徴

このような障壁に対し,推進者は継続した活動により組織的な成果の実証に至っていた.まず推進者は,葛藤を抱きながらも病棟の認知症ケアの現状に強い関心を持ち,制限ある環境下でも患者がその人らしく過ごせるケアを実践したいという強い信念に基づいて活動を行っていた.例えば,患者が落ち着く関わり方を絶えず模索し実践するという認知症ケアの考えを行動化し,スタッフに意図的に発信することなどである.推進者が活動の基盤とする信念は,目指すべき認知症ケアの方向性を示している.変革の方向性を伝えるには,実践し体現することが必要と言われている(Bennis & Nanas, 2007/2011).体現することで変革の可能性を示し,活動と推進者自身への信頼を築かせることができる.信念を行動化し周囲に示す活動は,変えるべきケアの方向性を示すと共に,活動と推進者への信頼を高め,スタッフの行動を変える戦略の1つであった.

また一方で推進者は,専門家に相談できる体制作りや,皆で話し合えるチームを基盤とした活動を並行して行っていた.組織の変革にはチームが必要である(Kotter & Cohen, 2002/2003).推進者は時に反対するスタッフも巻き込みながら,近隣病院の専門家と相談できる体制を構築するなどといった核となるチームを作っていた.加えて,カンファレンス等において,先輩後輩を含め誰しも忌憚なく意見を出し合えるような環境作りを行ったり,スタッフ本人が気付かないケアの成功体験を皆の前で褒めるなど意図的に表面化したりしていた.成功体験の発信は,変化したケア行動を承認し,周囲に認知症ケアの方法や成果を具体的に伝える方策であり,それにより仲間を増やしていた.限られたメンバーだけでなく病棟全体へ波及するチーム作りという活動は,病院のサポート不足を補い,温度差を埋めスタッフの行動を変えるもう1つの戦略であった.

加えて,これらの活動の継続には,仲間や上司の支えと活動の将来像という原動力が存在していた.推進者は上司を巻き込むというトップダウン型アプローチも利用しつつ,仲間に愚痴をこぼしながら方法を共に考え対処していた.また,活動の将来像というケア変革の目標を明確にしていたことにより,具体的な計画立案および継続した活動が可能となっていた状況が窺えた.本研究により推進者の戦略およびモチベーション維持の基盤を示すことができた.

3. 長期的計画の段階的実施を経たプロセスと活動支援

推進者は病棟の状況に合わせた長期的な計画と,出来ることから開始するという段階的実施を経て,具体的な成果発信というプロセスを辿っていた.例えば,病棟のスケジュールに応じて身体拘束を可能な勤務帯から外すことを提案し,成果の実感を促しつつ日数を徐々に増やすことで無くせたり,転倒転落の予防活動を年単位で進め,3年後に件数減少という成果を示せたりしていた.推進者は成果を焦ることなく状況分析と可能なケア行動の抽出を行い,短期目標に向かい1つ1つ成果を蓄積してきた状況が窺えた.そして,実証された組織的な成果の発信により,組織との温度差の解消に繋げていたと考える.

そして,今回明らかとなった克服過程を順調に辿るには,病院組織の活動支援も重要である.本研究結果により,推進者の活動には本人の関心と信念に基づいた実践およびチームの存在,相談できる仲間の存在の必要性が示されている.そのことから,病院組織が推進者の活動および実践力を高める学びを積極的に承認し,専門家や推進者同士といった仲間との繋がりを築く支援をすることが1つとして挙げられる.また,認知症ケアは成果の実感や実証に時間を要するため,推進者の長期に渡る活動を忍耐強く見守り,励ます姿勢を持つことも支援の1つになると考える.変革のプロセスにおいて文化の変化は最後にくる(Kotter & Cohen, 2002/2003)と言われており,急性期病院にある認知症ケアを後回しにしてしまう価値観の変化は,推進者の活動成果が実証されたその先に認められるものである.推進者とそれを支える病院組織の働きの両立により,急性期病院における認知症ケアを普及および改善がなされると考える.

Ⅵ. 結論

本研究の結果から,以下の3点が明らかとなった.

1.推進者の活動上の障壁には,急性期病院のケア環境や文化と,成果の実感に時間を要する認知症ケアの特徴およびサポート不足状況も含むスタッフや病院組織との温度差による行き詰まりという2つの側面が存在していた.これらは病院組織の認知症ケアを後回しにしてしまう価値観により通底していた.

2.推進者は障壁に苦悩しつつ,認知症ケアへの自身の信念に基づいた活動を体現しながら,様々なメンバーで忌憚なく話し合える関係性を築き,成功体験を積み上げ病棟全体に波及するチーム作りという活動を行っていた.仲間や上司の支えと将来像という目標を原動力とし,出来ることから始める長期的計画の立案と段階的実施を経たプロセスを辿り,組織的な成果の実証に至っていた.

3.推進者が順調に克服過程を辿るには,病院組織が専門家や推進者同士といった仲間との繋がりを築く支援の他,推進者の活動と実践力を高める学びを積極的に承認し,成果の実証に至るまで見守り励ます関わりが重要である.

Ⅶ. 研究の限界と課題

本研究は,A県内の急性期病院の推進者11名のデータ分析であり,限られた地域や参加者の傾向が反映されている可能性がある.また,グループ編成において様々な職位の人で構成したことや,リモートでのインタビューであったことから,発言に制限がかからなかったとは言い切れない.加えて,今回の調査では改善に至らない病院の現状は明らかには出来ていない.今後は,調査対象を拡大し本研究結果をもとに影響要因等を調査し,推進者の活動を支援し,組織の支援体制づくりを提案することが課題である.

付記:本研究は同志社女子大学大学院看護学研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.

本論文の内容の一部は,第41回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞:本研究にご協力くださいました研究参加者の皆様,また参加者をご推薦頂きました看護管理者の皆様に心より御礼申し上げます.また,本研究にあたりご指導くださいました先生方,および貴重なコメントを頂きました査読者の先生方に感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:ASおよびMKは研究の着想およびデザイン,データ収集,分析,解釈,原稿作成までの研究プロセス全体;HKはデータ分析,解釈,原稿への示唆;YSはデータ解釈,原稿への示唆.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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