2022 Volume 42 Pages 717-725
目的:集中治療室(以下ICUとする)に緊急入院した患者が回復意欲を実感していくプロセスを明らかにする.
方法:ICUに緊急入院した成人患者9名に,回復意欲を実感した体験を中心に半構造化面接を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて質的に分析した.
結果:ICUに緊急入院した患者は,どうすることもできない現実に直面する中で【自律した自己の喪失】を経験し,回復意欲が低下した状態となる.そこから【回復している確信】などの影響を受け,【自律した自己の回復】,【自律した自己の高まり】へと変化しながら,患者は回復意欲を実感していく.こうした変化は,《自律した自己の再獲得》のプロセスであることが示された.
結論:回復意欲は《自律した自己の再獲得》の中で,自律した存在であることを取り戻しながら高まっていく.回復意欲を実感していくプロセスの促進に,身体的回復の促進などが関連することが示唆された.
Purpose: This study aimed to identify the process of realizing motivation for recovery in emergency patients admitted to intensive care units(ICUs).
Methods: Semi-structured interviews were conducted with nine adult emergency patients admitted to the ICUs, focusing on their experiences of recovery motivation. The interview data was analyzed, adopting the Modified Grounded Theory Approach.
Results: Emergency patients admitted to ICUs who experienced an initial <loss of autonomous self> during their helpless state had a lowered motivation for recovery.
Henceforth, the patients began to realize the motivation for recovery, changing to <recovery of the autonomous self> and <increase in the sense of autonomous self> under the influence of the <certainty of recovery> and other factors. The changes were shown to be a process of «restoring the autonomous self».
Conclusions: The motivation for recovery increases as an individual regains autonomy in «restoring the autonomous self». Therefore, promoting physical recovery is essential for facilitating the process of realizing motivation for recovery.
集中治療室(以下ICUとする)に入院した患者は,手術や重症疾患による過大な侵襲の影響を受け生命の危機的状況となるため,ICU看護は生命の維持に重点が置かれていた.しかし,集中治療医学の進歩によってICU患者の生命予後は大きく改善した.その結果,ICU退室後の生活に目が向けられるようになってきている(Bemis-Dougherty & James, 2013).その理由にはICU退室後もPost intensive care syndrome(以下PICSとする)と呼ばれる身体機能障害,うつ・PTSDといった精神障害などの後遺症が残り,QOLが低くなることが関係している(Oeyen et al., 2010).そのため,ICU入室中からPICS予防に向けたケアを実施していくことが推奨されている(Devlin et al., 2018).
近年,PICS予防に関する研究が数多く実施され,鎮静剤の影響を減らすために人工呼吸器装着下であっても浅い鎮静深度で管理する方法や(Shah et al., 2017),筋力低下を防ぐためにICU入室早期から離床やリハビリテーションを実施することの効果が検証されている(Schweickert et al., 2009).しかしながら,患者は疼痛,挿管による咽頭不快感や言語的コミュニケーション障害,不眠,不安,恐怖,コントロールの喪失,孤独感,無気力などの様々な身体的・精神的苦痛を体験している(Novaes et al., 1997;So & Chan, 2004).そのため,ICUにおいて浅い鎮静深度で人工呼吸器装着患者を管理するためには,以前にも増して患者の精神的ケアが重要であることが報告されている(和田ら,2018).また,ICU入室早期からリハビリテーションを実施していくことは容易ではない.特に過大侵襲に伴い倦怠感が強く,挿入物や創傷による苦痛を伴う中でリハビリテーションを実施することは非常に困難である.丸橋(1990)は,患者が合併症予防目的でリハビリテーションを実施するためには,意欲が大きく影響を及ぼし,意欲を高めることが活動性の増加に繋がると述べている.また,ICUでの危機的状況を乗り越えるために,意欲が支えになることが明らかとなっており(茂呂・中村,2010),患者の回復を促進し,苦痛を乗り越えるために意欲が重要な役割を担っていると言える.
看護においては,意欲に関して回復意欲といった用語が頻繁に用いられており,「麻酔や手術によって低下したり喪失した機能を取り戻したい,よくなりたいと思う積極的な気持ちである」と定義されている(丸橋,1990).このことから回復意欲は患者が回復に向けた行動を実施していくための原動力と捉えられている.しかしながら,この定義は研究によって明らかにされたものではなく,定義の根拠が示されていない.ICU入室中の患者の回復意欲に関して,小林・下平(2014)は心臓手術患者の回復意欲を構成する要素を明らかにする中で「回復意欲を持つことによって喚起される行動」をカテゴリーとして抽出している.また,回復意欲を高める要因を検討した研究がほとんどであり,現状では回復意欲そのものは十分に明らかにされていない(土居ら,2014;小泉ら,2000;茂呂・中村,2010;小林・下平,2014;小河ら,2003).さらに,ICUに緊急入院した患者では,心の準備ができていない状態での入院になることや順調な回復過程を辿ることができない場合もある.そのため,緊急入院した患者は不安などの精神的ストレスを抱きやすく,不安定な状況によって回復意欲を実感しにくいことが考えられる.杉田(2004)が,急性心筋梗塞発症後から患者が回復する過程で,「生き抜く意欲」が支えとなっていたと報告しているように,ICUに緊急入院した患者においても回復に向けて様々な苦痛を乗り越え,活動性を高めていくために患者の意欲を高める看護ケアが求められている.したがって,ICUに緊急入院した患者を対象として回復意欲を実感していくプロセスを明らかにすることは,ICUに緊急入院した患者を支え,回復に向けた援助のあり方を検討する上で重要な意義がある.
以上のことから,回復意欲の変化する過程や回復意欲に影響する要因,およびそれが変化することで生じる結果などの関係性から,ICUに緊急入院した患者が回復意欲を実感していくプロセスを明らかにすることを目的とする.
本研究は修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ:Modified grounded theory approach(以下,M-GTA)を用いた質的研究である.
2. 調査期間2016年5月1日~2016年12月16日
3. 研究参加者と選定理由研究参加者は,集中治療が必要と判断されICUに緊急入院し以下の条件を全て満たす20歳以上の成人患者とした.1)ICU在室日数が2日以上,2)意思決定能力を持ち研究の趣旨についての説明を理解できる,3)意識障害がなく会話でコミュニケーションが可能,4)記憶を回顧できる.除外基準は体験を振り返ることの負担や認知機能障害の可能性を検討し,精神疾患,自殺企図や重篤な抑うつ症状がある患者,頭部外傷・脳血管疾患患者,認知症患者,終末期患者,言語的コミュニケーションをとることができない患者とした.
4. データ収集方法インタビューガイドに沿って半構造化面接を用いてデータ収集を行った.インタビューガイドは先行研究を参考にするとともに,急性期看護の経験があり研究に精通している研究指導者,急性期看護の経験のある教員とディスカッションを行い作成した.インタビューガイドの内容は,入院してからの体験と経過,回復意欲を実感した場面,回復意欲が変化したと感じた場面,回復意欲に影響していると思う事柄などとした.また,面接はICU退室後,インタビューに耐えることができると病棟看護師長が判断できる状態まで身体的・心理的に回復した時期に,原則1回とし30~60分間,病院内の個室で実施した.研究参加者から承諾が得られた場合,ICレコーダーに録音した.
5. 分析方法本研究は,木下のM-GTAの分析プロセスに沿って分析を行なった.M-GTAは,データに密着した分析によって理論を生成するアプローチで,人間と人間が直接的にやり取りをする社会的相互作用に関わる研究や,研究対象とする現象がプロセス的性格をもつ研究に適している(木下,2003).回復意欲は人間と人間の相互作用を含んだ様々な要因の影響を受ける.そして,刻々と変化する回復過程の中で,その状況変化の影響により回復意欲も変化するプロセス的特性をもつことからM-GTAを用いた.分析焦点者は「ICUに緊急入院した患者」とし,分析テーマは「患者が回復意欲を実感していくプロセス」とした.
分析は逐語録を熟読後,分析焦点者,分析テーマと照らし合わせ関連する文脈を抽出,解釈し,概念を生成した.データは分析ワークシートを活用し継続的比較分析によって,解釈が偏る危険性を防いだ.生成した概念間の関係性を検討し関係図を作成した.複数の概念の関係からなるカテゴリーを生成し,カテゴリー間の相互の関係から分析結果をまとめ,回復意欲を実感していくプロセスについてストーリーラインを検討した.適用性の確保のため見いだされた概念について可能な限り詳細に記述した.また一貫性,確証性の確保のため,研究の全過程において,研究指導者,およびM-GTAの手法を用いた研究が学術誌に原著論文として掲載された経験をもつM-GTAに精通する教員との定期的なディスカッションを行い,スーパービジョンを受けた.
6. 倫理的配慮研究参加者が意思決定できる状態か,研究の説明を受ける意思があるかについて研究協力施設の担当者が確認後に,研究参加者の紹介を受けた.研究者から研究参加者に,研究の趣旨と匿名性の保持,自由意思での参加,途中辞退の権利,結果の公表等について書面と口頭で説明し,研究参加の意思確認を行い書面にて同意を得た.インタビューは研究参加者がICUから退室し30~60分程度の面接に応じることができる状態まで回復した時期に行うことで,安全の確保に努めた.なお本研究は神戸市看護大学倫理委員会の承認(承認番号:2016-2-06)を得て実施した.
研究参加者は9名(男性8名,女性1名)で,年齢は平均72.0 ± 9.23歳,ICU入室期間の中央値は5日,診療科は心臓血管外科4名,循環器内科3名,消化器外科,呼吸器内科の患者が各1名であった.また,インタビュー時間は平均54.0 ± 12.0分,インタビュー時期の中央値はICU退室後10日目であった.
2. ICUに緊急入院した患者が回復意欲を実感していくプロセスのカテゴリー 1) 分析結果分析の結果,1つのコアカテゴリー,10のカテゴリー,38の概念が生成された(表1).コアカテゴリーを《 》,カテゴリーを【 】,概念を〈 〉で示している.ICUに緊急入院した患者が回復意欲を実感していくプロセスは,コアカテゴリーの《自律した自己の再獲得》のプロセスであり,それは,【自律した自己の喪失】から【自律した自己の回復】,【自律した自己の高まり】へと段階的に変化していくものであることが明らかとなった.また,【自律した自己の喪失】から【自律した自己への高まり】へと変化する際,【現実に直面する中で湧き上がってくる葛藤】,【見通しの模索】,【開き直り】,【回復している確信】が影響していた.これらの関係性についてストーリーラインを用いて以下に示す.
コアカテゴリー | カテゴリー | 概念 |
---|---|---|
自律した自己の再獲得 | 【自律した自己の喪失】 | 〈身体状況の低下を自覚〉 |
〈不快な症状に気持ちが奪われる〉 | ||
〈周囲の環境による集中力の欠如〉 | ||
〈附属物による身体的束縛感〉 | ||
〈自分一人では何もできない無力感〉 | ||
〈自分自身の行動に対する主導権の喪失感〉 | ||
【自律した自己の回復】 | 〈苦痛の自己調整法の獲得〉 | |
〈医療者の言葉がけによる行動の必要性の理解〉 | ||
〈行動の中で「できる」を掴む〉 | ||
〈看護師の後押しによる患者行動の自立化〉 | ||
【自律した自己の高まり】 | 〈主体的に行動できる自信の取戻し〉 | |
〈回復するために今できる努力〉 | ||
【現実に直面する中で湧き上がってくる葛藤】 | 〈日常生活を取り戻す願望〉 | |
〈他者の負担になりたくない思い〉 | ||
〈これまでの自分ではなくなることへの憤り〉 | ||
【見通しの模索】 | 〈不確実な状況に対する不安〉 | |
〈緊急入院後の状態変化の模索〉 | ||
〈突然発症した自覚症状に対して何が起きているのかを模索〉 | ||
〈入院経過の中での現状や今後についての模索〉 | ||
【開き直り】 | 〈回復のためと思い苦痛を伴う治療に対する諦めの感情〉 | |
〈何が起きても仕方がない認識〉 | ||
〈向き合う以外の選択肢はない認識〉 | ||
〈落ち着いて自分の身に起きていることを見ることができる冷静さ〉 | ||
【回復している確信】 | 〈命が助かったことへの安堵感〉 | |
〈他者からの声掛けで回復を実感〉 | ||
〈回復兆候の自覚〉 | ||
〈自分の頑張りに対する期待に応じた結果を実感〉 | ||
【命を助けてくれた医療者への信頼感】 | 〈患者の苦痛に寄り添うケアに対する安心感〉 | |
〈助けてくれた医療者に対する感謝〉 | ||
〈看護師の献身的な態度に感謝〉 | ||
〈看護師の日常生活援助による支え〉 | ||
〈医療者との信頼関係〉 | ||
【家族との深い絆】 | 〈頼りになる家族がいる安心感〉 | |
〈家族が傍にいることの安心感〉 | ||
〈家族のために頑張る思い〉 | ||
【障害や疾患を持ちながら日常生活を取り戻すための折り合い】 | 〈仕事や趣味を実現するための思い〉 | |
〈障害とともに生活していくことへの意識〉 | ||
〈生活習慣を変更する前向きな検討〉 |
患者はICUに緊急入院し,身体機能の低下など患者自身ではどうすることもできない現実に直面する.そして,無力感や喪失感といったネガティブな感情を抱く中で,自分が自律した存在であり続けることができない【自律した自己の喪失】を経験し回復意欲を実感できない状態となる.この段階ではこれまで営んでいた日常生活を失ってしまう現実と直面し,【現実に直面する中で湧き上がってくる葛藤】が生じる.また,【見通しの模索】を行い不安の軽減を行っていく.さらに現実を受け入れざるを得ないものと認識し,現実に向き合うために【開き直り】,気持ちの切り替えを行っていく.これらが促進要因として働くことで,患者は現実に向き合い始め,【自律した自己の回復】の段階へと移行していく.しかし,患者の気持ちは揺らぎやすく,見通しが立たない状態が続くと再び【自律した自己の喪失】の段階へと後退する.【自律した自己の回復】の段階では,苦痛に対処する方法を獲得する中で自律した存在であることを取り戻し,回復意欲を実感していく.身体状況の変化や他者からの声掛けで【回復している確信】を得ることや【見通しの模索】,【現実に直面する中で湧き上がってくる葛藤】が促進要因として影響することで,【自律した自己の高まり】の段階へとプロセスが進行していく.しかし,回復の実感が得られないことが続いたり見通しが立たない状況が続くと,再び【自律した自己の回復】の段階や【自律した自己の喪失】の段階へと後退する.【自律した自己の高まり】の段階では,回復するために苦痛に対処しながら,リハビリテーションを実施していた.その結果,〈主体的に行動できる自信の取戻し〉をする中で,自己価値を認めていくことでより回復意欲を実感していく.
ICUに緊急入院した患者が回復意欲を実感していくプロセス
これらがコアカテゴリーである《自律した自己の再獲得》のプロセスとなる.このプロセスが促進された結果,患者は回復意欲を実感しながら,【障害や疾患を持ちながら日常生活を取り戻すための折り合い】をつけていくこととなる.【命を助けてくれた医療者への信頼感】や【家族との深い絆】は入院生活全体を支えており,《自律した自己の再獲得》のプロセスを促進する要素となる.
3) カテゴリーおよび概念カテゴリーと概念の詳細について述べる.なお,「斜字」は具体例,(アルファベット)は研究参加者を示す.
(1) 【自律した自己の喪失】【自律した自己の喪失】は緊急入院後,自律した存在であり続けることができなくなる段階である.患者は体力の低下や運動障害が生じることで,〈身体状況の低下を自覚〉する.また,痛みなどの自覚症状によって〈不快な症状に気持ちが奪われる〉ことや,他の患者や医療者の声・機器の音などの〈周囲の環境による集中力の欠如〉,緊急入院後に気管挿管チューブ,点滴,膀胱留置カテーテル,心電図などの〈附属物による身体的束縛感〉などを感じ,〈自分一人では何もできない無力感〉や〈自分自身の行動に対する主導権の喪失感〉をいだき自尊感情が揺らいでしまう.その結果,自律した存在であり続けることができず回復意欲を実感できない状態に陥る.「傷の消毒,血圧,心電図.次から次.はい,Fさん,胸開けて,傷口オッケー.ちょっと場所変えるよ.床ずれにならんようにな.ほんで,枕置いて,はい.能動的なことあらへん.受け身ばっかりやん.そうやろ.次から次.ご飯よ.なんとかってさ.」(F)
(2) 【自律した自己の回復】【自律した自己の回復】は患者が自己をみつめ,再び自分自身が自律した存在であることを取り戻し始める段階である.リハビリテーションや排痰は苦痛を伴うものであったが医療者の支援によって〈苦痛の自己調整法の獲得〉をしていた.また,〈医療者の言葉がけによる行動の必要性の理解〉をし,活動範囲が拡大する中で,一人でできるようになってきている〈行動の中で「できる」を掴む〉感覚を感じていた.その結果,〈看護師の後押しによる患者行動の自立化〉が促進されていた.そして,自律した自己が回復する中で回復意欲を実感していた.「えーとね,リハビリなんかでも始めは,自信がないでしょ.それがやってみると案外できるんで,そういうところから出てきます.」(G)
(3) 【自律した自己の高まり】【自律した自己の高まり】は患者が主体となり行動することや調整することができることで,自信を取り戻していく段階である.その際,患者は〈主体的に行動できる自信の取戻し〉や,回復したいという気持ちから〈回復するために今できる努力〉を考え,食べる量を増やすように努力したり,ベッドから出られない状況の中でも足を動かしたり,ベッドから出た際はリハビリテーションを実施したりと,主体的な行動をおこなっていた.そして,その中で患者が自己価値を認めていくことによって,自律した存在であることが高まっていく段階となる.「そう.人によって目標は違うだろうけど,例えば,藤浪投手が160 kmを出すまでに,どんだけかかるかなと一緒で,その人にとって,自分がこれがしたいから,これまでに何ヶ月でいけるかなっていう目標値であって,日常生活だけなら,明日,帰ったらいつでもできるじゃないですか.」(A)
(4) 【現実に直面する中で湧き上がってくる葛藤】このカテゴリーには,緊急入院し現実に直面する中で入院前に行っていた趣味や仕事などの〈日常生活を取り戻す願望〉,体力の低下を感じることで家族や従業員に負担がかかってしまうことを心配し〈他者の負担になりたくない思い〉,寝たきりなることや障害が残ることで〈これまでの自分ではなくなることへの憤り〉を感じ,その状況を避けなければならないという思い,などが含まれる.「入院したら,早く退院したい.職場にも戻りたいし,好きなゴルフもやりたいし,スキーもやりたいし.そのために,どうやったらいいかって考えているだけだよ.きっかけはないよ.そんなもの.」(A)
(5) 【見通しの模索】このカテゴリーは緊急入院という〈不確実な状況に対する不安〉に対して,自覚症状や環境の変化を観察し〈緊急入院後の状態変化の模索〉,〈突然発症した自覚症状に対して何が起きているのかを模索〉,〈入院経過の中での現状や今後についての模索〉などを行う中で,自身の状態や今後の経過を把握しようとすることである.「自分でちょっと不安やったけど.再手術かなと思うてたしな.…中略…だから,耳で情報だけは入れとったけどな.自分なりに回復傾向にあるなとは感じるわな.言葉遣いみててな.」(D)
(6) 【開き直り】このカテゴリーは,緊急入院によって変化した身体状況や,周囲環境に対して〈回復のためと思い苦痛を伴う治療に対する諦めの感情〉,〈何が起きても仕方がない認識〉を持つ中で,現実に〈向き合う以外の選択肢はない認識〉や〈落ち着いて自分の身に起きていることを見ることができる冷静さ〉を自覚し,諦めや我慢といった思いから,現実に向き合う気持ちへと切り替えを行っていくことである.「痛みは我慢するしかないでしょ.…中略…あるもんはしょうがないよな.向き合うしかないじゃないか.我慢はしないですよ.向き合うしかないんだから.」(A)
(7) 【回復している確信】このカテゴリーは〈命が助かったことへの安堵感〉を感じること,家族や医療者など〈他者からの声掛けで回復を実感〉すること,挿入物が減ることや痛みが軽快することで〈回復兆候の自覚〉をすること,リハビリテーションを頑張れば活動範囲が広がるといった〈自分の頑張りに対する期待に応じた結果を実感〉することを繰り返す中で,回復しているという確信を獲得していくことである.「うん.Fさん顔つきが変わってきたね.ってこうや.パパ顔つき変わってきたね.そうか,鏡でみるやん.こないして,顔洗った時にも.自分でそないに思えへんねんけど.他人が見たら違う顔の表情が出てきたとかな.」(F)
(8) 【命を助けてくれた医療者への信頼感】このカテゴリーは,医療者に対して〈患者の苦痛に寄り添うケアに対する安心感〉,〈助けてくれた医療者に対する感謝〉,〈看護師の献身的な態度に感謝〉を感じる中で,〈看護師の日常生活援助による支え〉が患者の入院生活の支えとなり,〈医療者との信頼関係〉が構築されることである.「知っている看護師さんがきてくれたら,心が落ち着くもん.…中略…看護師さんと仲良くなって,色々しゃべれるようになってから.神経内科の薬が減ったで.ごっつい飲みよってんから.減ったわ.ちょっと落ち着いたからかな.」(F)
(9) 【家族との深い絆】このカテゴリーは,〈頼りになる家族がいる安心感〉や〈家族が傍にいることの安心感〉が入院生活の支えとなり,〈家族のために頑張る思い〉を感じることである.「やっぱり家のものが一生懸命ね.傍におってくれたし.ちょっとでも元気になって,喜んでくれよったらあれやし.」(E)
(10) 【障害や疾患を持ちながら日常生活を取り戻すための折り合い】このカテゴリーは,〈仕事や趣味を実現するための思い〉を持ちながら,患者が身体状況の低下や障害を持ちながら生活していくために,〈障害とともに生活していくことへの意識〉を持ち,〈生活習慣を変更する前向きな検討〉を行いながら生活習慣の変更や新たな手技を覚えていくことを受け入れ,日常生活を取り戻すために気持ちの折り合いをつけていくことである.「今はおしっこが出ないことが気になっていたけど,どうやらやっぱりと自己導尿しないといけないことが,…中略…家族に出してもらうって元気やのにオシッコだけ取ってくれって言うわけにもいかないないし.」(C)
コアカテゴリーの《自律した自己の再獲得》は【自律した自己の喪失】,【自律した自己の回復】,【自律した自己の高まり】へとプロセスが進行する.【自律した自己の喪失】では,身体状況の低下や日常生活行動を医療者に依存しなければならないことで,自分の行動に対する自律性を失い,自尊感情が脅かされ,怒りや無力感を感じていた.その中で,患者は自律した存在であり続けることができない状態におかれる.ICUでは身体損傷,手術,心機能の低下・呼吸不全といった身体機能の変化,回復の遅延,役割の喪失などにより自己概念や自尊感情が脅かされることが報告されている(本山・久間,2010).特に,緊急入院のように突然の予期しない入院や,見通しの立たない状況では肯定的な感情を持ちにくく,回復の目途が立たないことに対して不安が募り,患者は自尊感情の揺らぎをより一層感じることとなる.そして,自尊感情が脅威にさらされることは無力感や絶望感に繋がる.自律性とは人が本来持っている欲求であると言われており(滝澤,2012),自尊感情の低下や,自律性の欲求の障害が回復意欲を実感することを困難にすると考える.次に,プロセスは【自律した自己の回復】,【自律した自己の高まり】へと進行する.杉田(2004)は,急性心筋梗塞患者が助かることを目指すプロセスの中で,コントロールを再獲得していることを報告している.このことから,ICUに緊急入院した患者も,行動に対するコントロールを失った状態から,コントロールを獲得していくプロセスを辿ることが予測される.本研究でも患者は,【自律した自己の回復】の段階で,最初は歩けるかどうか分からなかったが,歩けたことで回復を自覚するとともに,回復意欲を実感すると述べていた.さらに,【自律した自己の高まり】の段階では,自覚症状が出ないように食事摂取量や摂取方法を調整したり,歩けるようになるために普段から歩くように心がけ,患者は主体的に〈回復するために今できる努力〉を行っていた.このように患者が行動に対するコントロールを取り戻し,主体的に行動できるようになることが自律性の欲求を満たすことや,自尊感情を高めることにつながる.その結果,回復意欲を実感していくことにつながっていると考えられる.
2. 回復意欲を実感していくプロセスに対する【開き直り】の影響ICUに緊急入院した患者は【開き直り】の気持ちを示していた.【開き直り】に関する文献は救急・集中治療領域では見当たらない.しかし,山川(2006)は,うつ病患者の回復過程における認識を研究した結果,回復過程の中でネガティブな感情から開き直る段階があり,開き直る段階の後に治りたいという意思と行動が生じることを明らかにしている.また,越智(2010)はターニングポイントの概念分析を行った結果,ターニングポイントを「それまでとは異なる喪失,離脱,移行を伴う出来事が起こり,その出来事に対する喪失感を伴う感情を示し,その出来事に対処する過程で現実認知を繰り返し,過去のとらわれからの解放が起こり,自己変容,他者との関係の変化,価値の転換が起こるプロセス」と定義している.ICUに緊急入院した患者は,気管挿管や行動制限によって自分の意思で動くことができない状況,挿入物や創部による痛みなど,これまでとは異なる出来事を経験する.それらに対して怒りの感情や諦めといった喪失感を示すが,現実認知を繰り返す中で自己変容や価値の転換が起こり,気持ちの切り替えが生じてくることとなる.本研究でも【開き直り】の気持ちを示した患者は,痛みなどの苦痛に対して〈向き合う以外の選択肢はない認識〉を持ち,苦痛を伴う治療の中でも前向きな気持ちを持ち続け,リハビリテーションや日常生活を取り戻そうとしていた.このことから【開き直り】は,諦めや我慢といったネガティブな感情や,否定的な思考から気持ちの切り替えを行い,前を向くためのプロセスとなり,現実に立ち向かっていくために必要な要素と考える.また予定手術を対象とした研究では【開き直り】に関する概念はなく,ICUに緊急入院した患者に特有の要素であった.その理由には,予定手術患者は手術前にオリエンテーションがあり,手術に関して見通しを持った状態で入院することや,手術を受けるかどうか選択する段階で心理的な葛藤を経験することで(小林・下平,2014),前もって手術や入院に対する【開き直り】をした状態で入院することが影響していると考える.
3. 回復意欲を実感していくプロセスを促進するケアの検討ICUに緊急入院する患者は,生命の危機状態にあり,患者自身で生命を維持することが困難となる.また,本研究の結果から〈身体状況の低下を自覚〉することが【自律した自己の喪失】に影響していることが明らかとなっている.そのため,看護師は生命の維持や,全身状態の改善,二次的合併症の予防のためのケアを提供し,患者の身体的回復を促進する必要がある.また,患者は現状把握が困難になるため,今どのような状況にあるのか情報提供を行うことや実施する処置やケアについて説明し,実施後の結果についてフィードバックする必要がある.情報提供を行うことは【見通しの模索】や現実認知の促進に繋がり,【開き直り】の気持ちの醸成に影響する.さらに患者は自尊感情の低下を自覚しており,まずは自尊感情を脅かしている要因をできる限り除去することが必要になる(本山・久間,2010).その上で患者の自我を強める関わりを行い,自尊感情の低下を防ぎ,自尊感情を取り戻していく必要がある.自我を強めるケアとして,上泉(1994)は寄り添う,安全の保障,患者の努力への評価を行うことが重要と述べている.これは〈患者の苦痛に寄り添うケアに対する安心感〉と関連しており,患者の苦痛を理解して関わることは安心感につながる.患者が行った努力について褒めたり,ねぎらいの言葉をかけることは〈行動の中で「できる」をつかむ〉ことや,〈主体的に行動できる自信の取戻し〉に影響する.
本研究では研究参加者に偏りがあり女性が少なく,多くが高齢者であった.男女では家庭内での役割が異なる可能性があるため,家族や社会生活に対して異なる価値観を持っている可能性がある.さらに発達段階が異なる場合もICUでの入院経験に対して異なった認識を持つ可能性があるため,様々な年齢層や性別の患者を対象とする必要がある.さらに研究参加者が9名と少なく,結果を一般化する際に検討の余地があると考える.また,本研究はICU退室後に面接を実施しており,面接時に研究参加者が想起できた出来事に限られている.今後はICUでの参加観察を行って得られた情報も含むことで,より詳細なプロセスが明らかになると考える.
ICUに緊急入院した患者が回復意欲を実感していくプロセスは,《自律した自己の再獲得》のプロセスであり,その結果,【障害や疾患を持ちながら日常生活を取り戻すための折り合い】が生じる.《自律した自己の再獲得》のプロセスは【自律した自己の喪失】から,【自律した自己の回復】,【自律した自己の高まり】へと進行していく.そして,患者が行動に対するコントロールを取り戻し,主体的に行動できるようになることが,自律性の欲求を満たすことや,自尊感情を高めることにつながり回復意欲を実感し高めていくこととなる.
付記:本研究は,神戸市看護大学大学院看護学研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.また,第37回日本看護科学学会学術集会において発表した.
謝辞:本研究にご協力いただきました施設の皆様,快くインタビューに応じてくださった研究参加者の皆様に感謝いたします.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YWは研究の着想,データ収集,分析,論文作成までを一貫して行った.EKは,研究の着想,研究方法,分析と論文の批判的検討を行い,論文執筆に貢献した.データの分析・解釈に当たっては,著者間で十分に協議・検討を重ねた.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.