2023 Volume 43 Pages 126-132
目的:看護師によるエンゼルケア実施後の遺体トラブルの発生頻度と,エンゼルケアに関する葬儀担当者から看護師への要望を明らかにする.
方法:看護師がエンゼルケアを行った遺体を過去3ヶ月に20件以上担当した葬儀担当者2,538名を対象に,自己記入式質問紙調査を実施した.回答のあった215名のうち,110名分を分析した(回収率8.5%,有効回答率4.3%).
結果:過去3ヶ月に遺体トラブルを経験した葬儀担当者は75.5%であった.遺体トラブルの発生頻度は「開口(29.4%)」,「その人らしくない髪型(23.6%)」など,顔まわりのトラブルが多かった.葬儀担当者は看護師のエンゼルケアに対して様々な要望を持っていた.
結論:看護師のエンゼルケアには多くの課題があることが示唆された.故人の尊厳を守り,遺族へのグリーフケアにつなげるためにも,看護師はエンゼルケア技術の向上を図る必要がある.
Objectives: To reveal the frequency of troubles with the condition of bodies of deceased people after postmortem care by nurses and the requests of morticians concerning postmortem care.
Methods: A self-administered questionnaire survey on postmortem care by nurses was conducted with 2,538 morticians who had embalmed more than 20 bodies in the last 3 months. We collected 215 respondents, and 110 valid responses were analyzed (response rate: 8.5%, valid responses rate: 4.3%).
Results: The rate of morticians who experienced troubles with the deceased person’s body in the past 3 months was 75.5%. The most commonly reported trouble was related to the face, such as “opened mouth (29.4%)” and “the hair style not suiting the deceased person (23.6%).” Morticians expressed various requests for nurses’ postmortem care.
Conclusion: This study suggests that nurses’ postmortem care has many issues. To protect the dignity of deceased people and provide grief care for the bereaved family, nurses should improve postmortem care skills.
エンゼルケアとは,亡くなった患者の遺体に医療的処置,清拭,更衣,整容などを行うことである.看護師が行うエンゼルケアは,故人となった患者の尊厳を守り,遺された家族の心を癒すグリーフケアとしての重要な意義を持つ看護技術である(森田・牛島,2011).一般的に医療施設では,看護師によるエンゼルケアが完了すると,患者の遺体は葬儀担当者によって搬送される.そのため,看護師は実施したエンゼルケアの成り行きを評価する機会がない.
先行研究(小林・和田,2015;登喜,2016;矢野,2017)では,葬儀担当者が経験したことのある遺体トラブルとして,「出血」,「悪臭」,「開口」,「体液漏出」などが報告されている.これらの先行研究では,葬儀担当者が経験したことのある遺体トラブルの種別は明らかになってはいるものの,それぞれの遺体トラブルがどの程度発生しているのかについては明らかになっていない.また,これらの先行研究の一部(小林・和田,2015;登喜,2016)では,「体液漏れのないように」,「男性のメイクへの配慮不足」,「死後硬直前の詰め物」など,看護師のエンゼルケアに関する葬儀担当者からの要望の概略が紹介されているものの,要望の具体的な内容が示されていない.
したがって本研究は,看護師がエンゼルケアを実施した遺体に,どのようなトラブルがどのくらいの頻度で発生しているのか,および,看護師のエンゼルケアに関して,葬儀担当者はどのような要望を持っているのか明らかにすることを目的とした.これらが明らかになることによって,遺体トラブルを予防するための具体的な示唆を得ることができ,看護師のエンゼルケアの質の向上によって,亡くなった患者の尊厳をより一層守り,遺族のためのより良いグリーフケアにもつなげることができると考えられる.
横断研究
2. 対象(図1)2021年4月時点で全日本葬祭業協同組合連合会に加盟している事業所に所属する葬儀担当者のうち,看護師がエンゼルケアを実施した遺体を過去3ヶ月に20件以上担当したことのある葬儀担当者2,538名とした.1,269社の事業所責任者宛てに研究協力依頼文書を送付し,各事業所から条件に合致する2名の対象者候補を選出してもらうため,計2,538部の無記名自己記入式質問調査票を配布した.回答があったのは215部(回収率8.5%)であり,そのうち,過去3か月の遺体取り扱い件数の記載などに不備があったものなど105部を無効回答とし,有効回答110部を分析対象とした(有効回答率4.3%).
分析対象選定の流れ
2021年6月上旬から7月中旬
4. 調査内容対象者の基本属性(性別,年齢,勤務地域,勤務年数,看護師がエンゼルケアを実施した遺体を過去3ヶ月に取り扱った件数),過去3ヶ月の遺体トラブルの経験の有無をたずねた.また,過去3ヶ月に取り扱った遺体について,先行研究(伊藤,2009;小林・和田,2015;登喜,2016;矢野,2017)をもとに,一般的に起き得ると設定した28項目の遺体トラブルの発生件数をたずねた.さらに,看護師のエンゼルケアに関する要望を自由記述形式でたずねた.なお,医療施設から搬出される遺体は,特殊な感染管理や司法解剖が必要な場合を除き,原則として看護師が何らかのエンゼルケアを実施しているため,対象者には医療施設から引き取った遺体を想定して回答してもらった.
5. 分析方法対象者の基本属性と過去3ヶ月の遺体トラブルの経験の有無について基本統計量を算出した.また,28項目の遺体トラブルの発生頻度を算出するために,全対象者が取り扱った各遺体トラブルの総件数を全対象者の過去3ヶ月の遺体取り扱い総件数で除した.さらに,エンゼルケアに関する葬儀担当者から看護師への要望は,自由記述をもとに意味内容の類似性に基づいて分類した.
6. 倫理的配慮本研究は,東京医療保健大学ヒトに関する研究倫理委員会による承認を得て実施した(承認番号:33-6).対象者には,研究の趣旨,個人情報の保護,自由参加の保証,結果の公表等について文書で説明し,調査票の返信をもって同意とみなした.
対象者の年齢層は40歳代が47名(42.7%),勤務地域は関東地方が27名(24.5%),勤務年数は11~15年が26名(23.6%)でそれぞれ最も多かった.また,看護師がエンゼルケアを実施した遺体を対象者が過去3ヶ月に取り扱った平均件数は38.0 ± 26.4件であった.
n(%) | |
---|---|
性別 | |
男性 | 86(78.2) |
女性 | 24(21.8) |
年齢層 | |
10歳代 | 0(.0) |
20歳代 | 7(6.6) |
30歳代 | 17(15.5) |
40歳代 | 47(42.7) |
50歳代 | 35(31.8) |
60歳代 | 3(2.7) |
70歳代以上 | 1(.9) |
勤務地域 | |
北海道地方 | 8(7.3) |
東北地方 | 18(16.4) |
関東地方 | 27(24.5) |
中部地方 | 11(10.0) |
近畿地方 | 15(13.6) |
中国地方 | 7(6.4) |
四国地方 | 8(7.3) |
九州・沖縄地方 | 16(14.5) |
勤務年数 | |
0~5年 | 17(15.5) |
6~10年 | 13(11.8) |
11~15年 | 26(23.6) |
16~20年 | 9(8.2) |
21~25年 | 22(20.9) |
26~30年 | 10(9.1) |
31~35年 | 3(2.7) |
36~40年 | 7(6.4) |
41~45年 | 0(.0) |
46年以上 | 2(1.8) |
過去3ヶ月の遺体取り扱い件数a | 38.0 ± 26.4(20~130) |
a 平均値±標準偏差(最小値~最大値)
看護師がエンゼルケアを実施した遺体において,過去3ヶ月に何らかの遺体トラブルを「経験した」と回答した葬儀担当者は83人(75.5%),「全く経験しなかった」と回答した葬儀担当者は27人(24.5%)であった.
3. 看護師によるエンゼルケア実施後の遺体トラブルの発生頻度(表2)一般的に起き得ると設定した28項目全ての遺体トラブルが発生していた.また,主な遺体トラブルの発生頻度は,「開口」(29.4%),「その人らしくない髪型」(23.6%),「その人らしくない髭」(18.9%),「その人らしくない口紅」(18.3%),「頭皮・頭髪の汚染」(17.9%)であった.
分類 | 遺体トラブル | 発生総数(件)a | 発生頻度(%)b |
---|---|---|---|
開口 | 開口 | 1,227 | (29.4) |
整髪不足 | その人らしくない髪型 | 986 | (23.6) |
頭皮・頭髪の汚染 | 749 | (17.9) | |
髭の整容不足 | その人らしくない髭 | 792 | (18.9) |
その人らしくないエンゼルメイク | その人らしくない口紅 | 767 | (18.3) |
その人らしくないファンデーション | 749 | (17.9) | |
その人らしくないアイシャドウ | 721 | (17.2) | |
その人らしくないチーク | 689 | (16.5) | |
異臭 | 口からの異臭 | 667 | (16.0) |
開眼 | 開眼 | 592 | (14.2) |
体液漏出c | 点滴やドレーンなどの抜去部からの体液漏出 | 478 | (11.4) |
点滴やドレーンなどの抜去部以外からの体液漏出 | 312 | (7.5) | |
不適切な詰め物による鼻からの体液漏出 | 228 | (5.5) | |
不適切な詰め物による口・気管切開部からの体液漏出 | 198 | (4.7) | |
不適切な詰め物による肛門・ストーマ・膣からの体液・便の漏出 | 134 | (3.2) | |
不適切な詰め物による耳からの体液漏出 | 72 | (1.7) | |
詰め物のはみだし | 鼻からの詰め物のはみだし | 466 | (11.1) |
耳からの詰め物のはみだし | 205 | (4.9) | |
詰め物による変形 | 不適切な詰め物による鼻の変形 | 73 | (1.7) |
不適切な詰め物による口の変形 | 52 | (1.2) | |
圧痕 | 合掌バンドなどによる手首の圧痕 | 502 | (12.0) |
顎バンドなどによる顔の圧痕 | 320 | (7.7) | |
皮膚の乾燥 | 顔の乾燥 | 465 | (11.1) |
身体の乾燥 | 420 | (10.0) | |
皮膚の汚染 | 皮膚・陰部の汚染 | 339 | (8.1) |
衣服の乱れ | 帯紐が縦結び以外の結び方 | 427 | (10.2) |
衣服の乱れ | 351 | (8.4) | |
和装の襟合わせが右前 | 257 | (6.1) |
a 対象者が経験した各遺体トラブルの総件数(複数選択)
b 対象者が経験した各遺体トラブルの総件数÷対象者の遺体取り扱い総件数(4,180件)
c 出血を含む
葬儀担当者は,看護師の実施するエンゼルケアに様々な要望を持っており,それらは看護師にエンゼルケアとして「行ってほしい要望」と,「行ってほしくない要望」に分類された.「行ってほしい要望」としては,「閉眼・閉口処置をしてほしい」,「眼球の乾燥を防いでほしい」などがあげられた.「行ってほしくない要望」としては,「圧迫痕が残りやすいため,顎バンドを使用してほしくない」などがあげられた.
分類 | エンゼルケアの要望 |
---|---|
閉口 | 閉口処置をしてほしい |
エンゼルメイク | 化粧をしてほしい |
ファンデーションはパフではなく筆で塗ってほしい | |
男性の方のポイントメイクはもう少し薄くしてほしい | |
クレンジングをしてから保湿,メイクをしてほしい | |
保湿 | 保湿をしてほしい |
アルコール成分を使用していないボディークリーム,ワセリンなどで保湿をしてほしい | |
ベビーオイルなどで顔の保湿をしてほしい | |
閉眼 | 閉眼処置をしてほしい |
義歯 | 義歯を入れてほしい |
家族が希望されているのであれば,義歯を入れてほしい | |
体液漏出防止 | 鼻・耳・口からの体液漏出防止をしてほしい |
医療器具抜去部aからの体液漏出防止をしてほしい | |
体液漏出防止のために,浮腫がある場合は厚めに保護をしてほしい | |
点滴過多による水疱の処置をしてほしい | |
詰め物 | 詰め物をしっかりと詰めてほしい |
詰め物を適切に行ってほしい | |
口に詰め物をしてほしい | |
鼻・耳の詰め物を丁寧にしてほしい | |
鼻の中に高分子吸収剤を入れる場合は,奥へ入れてほしい | |
エンゼルケアの実施 | エンゼルケアを実施してほしい |
エンゼルケアを実施していない病院や施設でも実施してほしい | |
エンゼルケアの統一 | エンゼルケアの仕方を統一してほしい |
エンゼルケアのマニュアルを作成してほしい | |
医療的処置 | 腹水の処置をしてほしい |
医療器具抜去部aの処置をしてほしい | |
裂傷などで体液漏出の可能性があれば,処置をしてほしい | |
体液漏出防止のために傷口の処置は必要以上に気を遣ってほしい | |
情報提供 | 遺体の取り扱いに関する情報提供をしてほしい |
遺体に感染リスクがあれば情報提供をしてほしい | |
開眼・開口に関する情報提供をしてほしい | |
金属・ボルト,ペースメーカーの有無についての情報提供をしてほしい | |
浮腫や褥瘡,感染症,出血・出血傾向の有無についての情報提供をしてほしい | |
裂傷などで,体液漏出する可能性がある場合は情報提供をしてほしい | |
体液漏出の可能性があれば事前に情報提供をしてほしい | |
医療器具抜去部aなどの注意した方が良い点を教えてほしい | |
不自然な体勢での硬直について情報提供をしてほしい | |
家族のことなどの情報を共有してほしい | |
その他 | 清潔にしてほしい |
眼球の乾燥を防いでほしい | |
裂傷などにより皮膚が損傷している場合は包帯をあててほしい | |
3~4日程度腐敗を止めてほしい | |
吐瀉物に過剰反応を示す家族への対策をしてほしい | |
病院間で情報共有をしてほしい | |
搬送には振動が伴うことを考慮してほしい | |
火葬までの日数を考慮してほしい |
a 点滴,ドレーン抜去部を含む
分類 | エンゼルケアの要望 |
---|---|
閉口 | 技術が必要となるため,閉口は看護師に行ってほしくない |
本人の物品なら,閉口されていないのにタオルを取ってほしくない | |
バンド | 圧迫痕が残りやすいため,顎バンドを使用してほしくない |
圧迫痕が残りやすいため,合掌バンドを使用してほしくない | |
詰め物 | 時間経過とともに膨らんで出てきてしまうため,鼻の中に高分子吸収剤は入れてほしくない |
時間経過とともに膨らんで出てきてしまうため,高分子吸収剤を使用してほしくない | |
技術が必要となるため,詰め物は看護師に行ってほしくない | |
その他 | パウダータイプのファンデーションを使ってほしくない |
「口や耳からの出血は葬儀屋が処置をする」というような間違った情報提供を家族にしてほしくない | |
葬儀社の仕事がなくなるため,エンゼルケアのスキルを上げてほしくない | |
葬儀社でエンゼルケアを行っているため,看護師にエンゼルケアをしてほしくない |
本研究の結果から,一般的に発生し得ると設定した28項目の遺体トラブルの発生頻度が明らかになった.先行研究(小林・和田,2015;登喜,2016;矢野,2017)においても同様の遺体トラブルが生じており,葬儀担当者は看護師のエンゼルケアによって発生した遺体トラブルに日常的に対応している現状が示唆された.
看護師が医療施設でエンゼルケアを実施してから,葬儀・告別式までには平均して4日以上の時間が経過することから,看護師は,医療施設から搬出する時点ではなく,より長期的な時点においても遺体トラブルが発生しないようなエンゼルケアを実施する必要がある.
2) 発生頻度の高い遺体トラブル本研究の結果から,顔まわりの遺体トラブルが特に多く発生していることが明らかになった.一般的に,患者の遺体は医療施設から搬出された後,自宅で寝具に横たわらせたり,葬儀施設で納棺したりする状態でしばらく安置されるが,いずれの場合でも,顔は遺族や参列者が見たり,触れたりできる状態となることが多い.こうしたなかで,顔まわりの遺体トラブルは故人の尊厳を著しく損なうだけでなく,遺族や葬儀参列者の死別のイメージにも悪影響を及ぼしかねないため,看護師にはより適切なエンゼルケアが求められている(小林,2012).葬儀を取り仕切る葬儀担当者はこうした価値基準によって顔まわりのケアを重要視し,遺体トラブルの判断基準が特に厳重であるため,顔まわりは遺体トラブルとして認識されやすい部位であると考えられる.
遺体トラブルの発生頻度が最も高かったのは「開口」であった.下顎呼吸をはじめとする臨死期特有の努力呼吸によって,開口した状態で臨終を迎えることが多い.枕や布製の用具で下顎を閉口した状態に固定するケアは一般的に行われているが,加齢や羸瘦によって口輪筋が衰弱していると,下顎の硬直が持続せず,閉口処置を実施した後に再度開口してしまう(伊藤,2013).そのため,閉口処置をすぐに解除せずに,顔面のうっ血などに注意しながら,なるべく長時間下顎を固定する方法が望ましい(伊藤,2013).
また,次いで発生頻度の高かった「その人らしくない髪型,髭,口紅」,「頭皮の汚染」は,整容に関する不適切なエンゼルケアによってその人らしさが失われる遺体トラブルである.先行研究(上野,2011)においても,その人らしくない状態である故人との対面は,受け入れがたい経験になり得るため,その人らしい状態に整容することが重要とされている.
次に,「その人らしくないエンゼルメイク」など顔まわりのケアについては,故人や遺族のイメージを反映するためのエンゼルメイクに必要なメイクアップ技術が不足していることが一因と考えられる.エンゼルメイクの専門家を外部講師として招聘し,看護師を対象に研修を開催している医療施設も増えてきており(小林・和田,2015),エンゼルメイクは適切な知識と技術演習によって,質が向上しやすいエンゼルケアのひとつである.具体的に,口紅については一律の色味を選択するのではなく,女性であれば普段の化粧で使用している口紅の色,男性であれば赤みのあるベージュや茶色を使用することが推奨されている(小林,2015).ファンデーションは,死後の身体変化に伴い皮膚色が蒼白,黄土色になるため,血色を補うためにオレンジ系,赤系,ピンク系の肌色を使用するとよいとされる(小林,2015).
2. エンゼルケアに関する葬儀担当者からの看護師への要望 1) エンゼルケアとして看護師に行ってほしい要望葬儀担当者が看護師にエンゼルケアとして「行ってほしい要望」には,「閉眼」や「閉口」といったエンゼルケアの基本的または初歩的な内容も多く含まれていた.エンゼルケアを一般的な手順通りに実施していると回答した看護師は33.3%で,過半数を上回る看護師が独自の方法や,手順に沿わない方法でエンゼルケアを実施していたことが報告されている(大野ら,2015).エンゼルケアは必ずしも画一的な手順ではなく,遺体の状態や故人と遺族の意向を尊重した個別的なケアが必要であるが,時間経過に伴う遺体の変化(伊藤,2009;上野,2011)を理解し,根拠をふまえ個別性にそって応用していく必要が示唆された.
2) エンゼルケアとして看護師に行ってほしくない要望葬儀担当者が看護師にエンゼルケアとして「行ってほしくない要望」には,本来実施するべきエンゼルケアではあるが,不充分または不適切に実施するのであれば差し控えてほしいという趣旨の意見もあり,看護師が実施したエンゼルケアが,不必要な遺体トラブルを引き起こしていると葬儀担当者が認識していることが明らかになった.遺体トラブルの詳細な経緯や看護師のエンゼルケアとの正確な因果関係は不明であるが,看護師は葬儀担当者からのエンゼルケアに対する不信感を払拭できるように,本研究で紹介した閉口を促す方法,口紅やファンデーションの色選びなど具体的な改善策を講じる必要がある.
3) エンゼルケアに関する葬儀担当者からの看護師への要望本研究の結果から,葬儀担当者は看護師のエンゼルケアに関して様々な要望を持っていることが明らかになった.本研究へ寄せられた要望は,様々なケースに対する葬儀担当者の意見であり,一つ一つの要望の可否や妥当性は検証できないものの,故人と遺族のために,葬儀担当者は遺体トラブルの発生しないエンゼルケアを看護師に求めていることが推察される.看護師にとって,葬儀担当者はエンゼルケアを協働で行う他職種である(登喜・伊藤,2016).看護師は,本研究で明らかになった葬儀担当者からの率直な要望を真摯に受け止め,エンゼルケアの質の向上に努めなくてはならない.
看護師がエンゼルケアにかける平均的な時間は約30分間であり,この実施時間に対して7割以上の看護師が満足していない(森田・牛島,2011).臨床においてエンゼルケアに割くことのできる時間には限りがあるが,看護師はエンゼルケアが故人の尊厳や遺族のグリーフケアとしての重要なケアであることを念頭におき,エンゼルケアの質を向上していく必要がある.
遺体トラブルに関する定義はなく,本研究における遺体トラブルの判定は各葬儀担当者の主観的な評価であり,必ずしも同一事象に対する同一評価ではない.また,対象者の記憶にもとづいた回答であり,想起バイアスが生じた可能性もある.さらに,対象者数が少ないため結果を一般化するには限界がある.
今後は遺体トラブルの判断基準を明確にし,より多くの対象者に調査していく必要がある.なお,本研究は葬儀担当者を対象としたが,エンゼルケアは故人と遺族のためのものであることから,今後は当事者である遺族や存命中の患者・家族にも焦点を当てて研究していくことが望ましい.
本研究で調査した結果,以下の3点が明らかになった.
1.一般的に発生し得ると設定した28項目の遺体トラブルが発生していた.
2.発生頻度が高い遺体トラブルは,「開口」(29.4%),「その人らしくない髪型」(23.6%),「その人らしくない髭」(18.9%)であり,全て顔まわりであった.
3.看護師のエンゼルケアに関して,「行ってほしいこと」と「行ってほしくないこと」に分類される様々な葬儀担当者からの要望があった.
付記:本研究の一部は第42回日本看護科学学会学術集会にて発表した.
謝辞:本研究を行うにあたり,調査に協力して下さいました対象者の皆様に心より感謝申し上げます.
利益相反:本研究は開示すべきCOI関係にある企業・組織および団体等はない.
著者資格:MK,KA,TA,HSは研究の着想およびデザイン,データ収集・分析,原稿の作成までの研究プロセス全体に貢献;TTは分析解釈,研究プロセス全体への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.