Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Self-Analysis and Coping With Auditory Hallucinations in Patients With Schizophrenia—Family Influences—
Kayo Kusaka
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2023 Volume 43 Pages 689-697

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Abstract

目的:統合失調症患者が幻聴を体験している時に,家族からどのような反応を得るか,その反応によって患者が幻聴に対してどのように自己分析し対処しているのかを明らかにすること.

方法:家族と同居している幻聴の経験がある統合失調症患者10名に半構成的インタビューを実施し,修正版グラウンデッドセオリーアプローチを用い分析した.

結果:〈家族に理解されない悲嘆への自己防衛〉にもがきながらも,自分にとって一番身近な家族に助けを求め〈幻聴への対応を家族と協働〉する.その過程で家族の愛情に支えられながら〈幻聴との共存〉から《幻聴から逃げない自分》を獲得していた.

結論:家族の影響を受けながら《幻聴から逃げない自分》を獲得するプロセスは,家族にぬくもりの希求をし,家族から心配される実感を得,家族の愛情に支えられながら,幻聴が聞こえる現実から逃避せず,心を改革し自分らしい生活への可能性を見出していくための挑戦である.

Translated Abstract

Purpose: This study aimed to determine the reactions received by patients with schizophrenia from their families when experiencing auditory hallucinations, as well as the self-analysis and coping of patients with their auditory hallucinations following these reactions.

Methods: Semi-constructive interviews were conducted with 10 patients with schizophrenia experiencing auditory hallucinations who live with their families and were analyzed using a modified grounded theory approach.

Results: Patients sought help from their closest family members and collaborated with them in dealing with auditory hallucinations while struggling with “self-protection against grieving not understood by family members.” Furthermore, the patient was able to “coexist with auditory hallucinations” and thus “become a person who does not run away from auditory hallucinations,” with the support of the family’s love in the process.

Conclusion: The process of acquiring a “self that does not run away from auditory hallucinations” under the influence of family members is a challenge for patients to seek warmth from their family, feel their concern, be supported by their love, not escape from the reality of auditory hallucinations, and constantly reform their mind and find the possibility of a life that is theirs.

Ⅰ. 緒言

統合失調症の陽性症状のひとつに幻聴がある.抗精神病薬で消退する幻聴もあるが,慢性に持続することもしばしばである(遠藤ら,2018).複数の声が患者のことを三人称で噂し合っているのが聞こえるもの,自分に向って話しかける幻聴の声の主にこちらから話しかけると先方から応答があり,先方と対話できるという形のものもある.統合失調症の幻聴には,悪口,批評,干渉,命令など被害的内容のものが多いが,ほめ言葉,冗談,卑猥な言葉,教導,神の言葉などもある.幻聴の経験開始時は,ほとんどの患者は思考と声を区別することが困難である(Yttri et al., 2022).患者は幻聴に対し,独語,空笑,流涙,命令による自傷他害など様々な反応を示し,幻聴の命令に基づいて行動することは,精神状態の全体的な重症度と相関する(Yttri et al., 2022).幻聴がもたらす影響として,自暴自棄で絶望的な認知から生じる危険行動,幻聴を回避しようとする危険な対処(則包,2013)などがみられ,声が社会的孤立に影響している(Mawson et al., 2011)との報告もある.一方,冷静かつ論理的な方法として,人とのつながりを深めることで幻聴に対処(則包・白石,2014)しようとし,他者との社会的関係が対処能力を促進させる(Mawson et al., 2011)ことが示唆されている.

また,家族関係の質が統合失調症と診断された人の再発を予測するという指摘もある.家族に理解してほしい思いを抱きながらも,家族に相談できない,家族の統合失調症への理解の乏しさを体験している(藤本・川口,2008).統合失調症患者は,身近な人の支えを得る一方で,身近な人に頼りすぎないという自立と依存のバランスに悩み,失敗や傷つき体験を繰り返す(春日・清水,2018).過度に批判的または,巻き込まれすぎの家族と一緒に暮らしている人の方が有意に再発率が高い(ウィリアムズ,2004)ということが明らかとなっている.患者とともに病気と日々付き合っていかなければならない家族は,患者にとって治療的な環境であり(仲尾ら,2016),統合失調症患者にとって家族は重要な役割を担っている.

臨床において,幻聴に左右されている患者に対し,家族が症状と共存する患者そのものを受け入れ穏やかに見守っている場合や,家族も患者と同様に症状に影響され,焦りや苛立ちを露わにしていることもある.それぞれの患者・家族間の相互関係は多種多様であるが,どのような場合においても患者にとって一番身近な存在である家族から受ける影響は大きく,それは幻聴に対する自己分析や対処にも影響を与えていることが推察される.

これらのことより,統合失調症患者が他者との社会的関係において一番身近で重要な存在である家族との関わりの中で,幻聴をどのように自己分析し対処しているのかに焦点を当てた研究を行うことは,新たな知見が得られ意義深いと考える.患者を受容し,家族と共に幻聴とうまくつき合っていく手がかりを得ることは,幻聴を体験し苦悩している統合失調症患者に対する支援への示唆となる.また,患者を支える家族への支援を考える際の手がかりとなると考える.今回,統合失調症患者が幻聴を体験している時に,家族からどのような反応を得るか,その反応によって患者が幻聴に対しどのように自己分析し対処しているのかを明らかにすることを研究目的とした.

Ⅱ. 研究方法

1. 対象者

病床数500床以上を有する総合病院であるA病院の精神科に外来通院中もしくは入院中で,家族と同居しており,3か月以内に幻聴を経験した統合失調症患者10名.自分にしか聞こえない声が幻聴であることを受容していると主治医が認識している患者で,研究への参加に主治医の許可がある者とした.

2. 用語の定義

幻聴に対する自己分析:幻聴に対して感じている感情,幻聴の捉え方,幻聴によってもたらされている身体反応について,自分がどのように認識しているのか,その内容.

幻聴発生時:初回に限らず,その都度,患者が幻聴を知覚,体験した時.

3. データ収集方法

先行研究や臨床経験に基づき,統合失調症患者が幻聴に対しどのように自己分析し対処を行っているのか,また患者が行う幻聴に対する自己分析や対処に家族がどのような影響を与えているのかを分析できる内容となる半構成的インタビューガイドを作成した.インタビュー内容は,「普段,声が聞こえることを家族にどのように伝えていますか?」「〇〇さんが声に聞き入っている時や困っている時に,どのような声をかけてくれますか?」「家族が〇〇さんに声をかけてくれた時,どう思いますか?」など11項目とし,すべて幻聴の体験に関する内容とした.自分にしか聞こえない声を幻聴であると受容している患者を対象としているが,患者自身が声として幻聴を知覚した時点から捉えるため,インタビュー時は幻聴を声と表現し実施した.研究対象者の研究への参加について主治医の許可を得て,半構成的インタビューガイドを用い,研究者が精神科外来もしくは精神科病棟のプライバシーが確保できる個室の面談室で15分から45分程度面接を実施し,承諾を得てICレコーダーで録音した.データ収集期間は,2018年4月から2019年3月であった.

4. 分析方法

幻聴を体験している患者に対し,家族が何らかの反応を示し,その家族の反応によりまた患者の幻聴に対する対処に何らかの影響を与える.この対象とする現象が対人相互作用に基づきプロセス性があることから,質的帰納的分析法である修正版グラウンデッドセオリーアプローチ(M-GTA)を用いた.分析焦点者を「幻聴に関し家族から何らかの影響を受けている幻聴を持つ統合失調症患者」とし,分析テーマを「家族の反応を得て,幻聴に対しどのように感じ,認識し,どのように対処していくかのプロセス」とした.分析は,逐語録を熟読し分析テーマに関連する個所を抽出し分析ワークシートを作成した.分析ワークシートを用いてデータを解釈し,概念生成を行った.次に,概念同士の関係性や意味内容を検討しカテゴリーを生成した.最後に,カテゴリー間の関係性を検討し図式化し,ストーリーラインを作成した.分析は,精神看護を専門とし質的研究の経験豊富な研究者にスーパーバイズを受け,結果の信頼性と妥当性を確保した.

5. 倫理的配慮

対象者に本研究の主旨,研究参加の自由意思,参加の拒否をしても不利を受けない権利,個人情報の保護,収集したデータは本研究のみで使用し他へは一切漏れのないこと,学会や論文での発表の可能性を同意説明文書を使用し説明し署名にて同意を得た.また,本研究への参加に同意後もいつでも参加の撤回や中止を行うことができることを説明した.本研究は,徳島大学病院看護部臨床研究倫理審査員会の承認を受け実施した(承認番号2018-84).

Ⅲ. 結果

1. 研究参加者の概要(表1

対象者は,32歳から60歳(平均年齢44.8歳)の統合失調症患者10名(男性5名,女性5名)であった.病歴は,2年から38年(平均21.8年)であり,1名は急性期,9名は慢性期の患者であった.全員に入院歴があった.同居家族は,両親が6名,母親が3名,兄が1名であった.インタビュー時間は,一人一回実施し,15分から47分(平均31.4分)であった.

表1 

研究参加者の概要

性別 年齢 病歴 入院歴 同居家族
A氏 40代 23年 父親,母親
B氏 50代 38年 母親
C氏 30代 15年 父親,母親
D氏 30代 15年 父親,母親
E氏 30代 2年 父親,母親
F氏 40代 17年 父親,母親
G氏 30代 18年
H氏 60代 37年 母親
I氏 40代 26年 父親,母親
J氏 50代 27年 母親

2. ストーリーラインと結果図(図1

分析の結果,1つの《コアカテゴリー》,6つの【カテゴリー】,21の〈概念〉が生成され,家族の影響を受けながら幻聴から逃げない自分を獲得するプロセスが明らかとなった.幻聴を経験した時に,【幻聴発生の自己分析】を行うことが,統合失調症患者の幻聴に対する対処の第一歩であり,その過程で,【自己コントロールできない幻聴の存在】にぶつかり,苦しみ思い悩み勇気を出して【家族に幻聴の告白】を行う.しかし,幻聴を経験したことのない家族は状況理解や受容に苦渋する.患者は,【家族に理解されない悲嘆への自己防衛】にもがきながらも,やはり自分にとって一番身近な家族に助けを求め,家族もまた患者に寄り添い【幻聴への対応を家族と協働】する.その過程で家族の愛情に支えられながら【幻聴との共存】から,《幻聴から逃げない自分》を獲得していた.

図1 

家族の影響を受けながら幻聴から逃げない自分を獲得するプロセス

3. プロセスを構成するカテゴリーと概念

コアカテゴリーを《 》,カテゴリーを【 】,概念を〈 〉で示す.構成概念よりデータの一部を抜粋し『 』で提示する.

1) 幻聴発生の自己分析

〈辛い経験が幻聴のきっかけ〉,〈劣等感がもたらす幻聴〉,〈幻聴が聴こえる状況〉,〈治療への不確かな手ごたえ〉の4つの概念で構成された.

〈辛い経験が幻聴のきっかけ〉

『思い出して聞こえてきます.私が離婚して実家に帰ってきて居場所がなかった時期とかあって.独りぼっちになったような感じがして.誰も頼れないっていうような.離婚して,やっぱり人間じゃないみたいな感じで扱われるというか,「バカ」って言われるというか.』(A氏)と,いじめや人生の分岐点になるような,昔の辛かった経験が幻聴のきっかけとなっているのではないかと考えていた.

〈劣等感がもたらす幻聴〉

『今の劣等感というか,実際容姿が劣るし服装もしょぼいみたいな,そこをけなされているのが聞こえる.(中略)歳は50代やけども,精神年齢がなんか人からも言われたんやけど,中高生で止まってるみたいな.』(B氏)と,幻聴が容姿や服装,年齢相応に精神的な成長を遂げていないことなど,自分自身の劣等感からもたらされると感じていた.

〈幻聴が聴こえる状況〉

『大勢がいる時には聴こえない.一人でドライブしている時とか一人の時が多いかな.』(A氏)『テレビ,ラジオを聞いたら聞こえます.』(H氏)と,一人でいる時,テレビやラジオを聞いている時,仕事でみんなと話をしている時など,それぞれに幻聴が聴こえる状況を認識していた.

〈治療への不確かな手ごたえ〉

『あんな状態でよく仕事に行っていたなって.病院変われば良かったですね.もっと早く入院っていう手があることを分かっていたら良かった.そしたらもっと違っていたかもしれないですね.』(A氏)『薬が効いてる気がしないんですよね.周りから見たら先生や看護師さんから,症状はましになってきとうって言われますけど,自分ではそんな実感ないんですよ.一生治らないんじゃないかって思うんです.』(E氏)と,過去の治療によってもっと違った結果になったかもしれないという後悔や,薬の効果が実感できず一生治らないのではないかという治療への不信感を抱いていた.

2) 自己コントロールできない幻聴の存在

〈精神状態が幻聴に影響〉,〈対処できない幻聴〉,〈幻聴と妄想の融合〉,〈幻聴に支配された自傷行為〉の4つの概念で構成された.

〈精神状態が幻聴に影響〉

『その時の自分の状態とかにもよるんですけど,なんともなくほんと軽く受け流せる時と,思いっきり落ち込んで調子が悪いとかいうのがあって.(中略)結構引きずりますねぇ.』(C氏)『特に焦っとる時とか,いやこれ困ったなぁって時に聞こえてくるような気がします,悪い内容が.(中略)良いとこを言ってくれたり,褒めるようなこと.自分ができたという時とか,いい感じやなぁという時とかに言う気がします.自分の気持ちと関係はあると思います.』(D氏)と,自分の精神状態によって,良い内容の幻聴が聴こえたり,悪い内容の幻聴が聴こえたりし,精神状態によって幻聴を聞き流せる時と,聞き流せない時があると感じていた.

〈対処できない幻聴〉

『先生の声で「死ね,死ね.」って言われるからきつかったです.幻聴なのか幻聴と違うのか,その境がわからないですね.寝てる時に,「死ね,死ね.」言われましたから,どうしようもないですよね.』(E氏)『あのねぇ,完全には僕の覚えている限りでは方法論はないですよ.普通に考えたら対処はない.』(G氏)と,幻聴なのか幻聴ではないのか境界が分からず,受け流すことも出来ず落ち込み,方策が見いだせずどうすることもできないと感じていた.

〈幻聴と妄想の融合〉

『自分が自分の視線を通して操られている感覚.感情がなくなる感覚があって,思い込みがどんどん頭に入ってきて,自分で考えることができなくなりました.幻聴が入ってきたら死ねってイメージさせられて,死ななあかん方向に持っていかれる妄想になるんです.幻聴が妄想につながっていくんです.』(E氏)と,幻聴が妄想につながり境界が分からなくなり,監視されているような,自分が壊され操られているように知覚していた.

〈幻聴に支配された自傷行為〉

『「死ね,死ね.」言うけんね,ほんまに手首をカッターで切ったりとかしよったこともあって.言われたけんその通りやらなって感じで,落ち込んでしてしまう.もうそんなこと言われたくない,もう嫌.こんなんだったら死んでしまおうかなって,行動してしまったりしました.』(D氏)『「死になよ.死んだら楽になるよ.」って聴こえてきて,そうしそうになる時がありますね.』(E氏)と,幻聴の内容通りに従わなければならないと思ったり,もうそのようなことを言われたくない,死んだ方が楽になれると思ったりし,幻聴に影響され自傷行為に及んでいた.

3) 家族に幻聴の告白

〈他者への確認〉,〈家族への相談〉の2つの概念で構成された.

〈他者への確認〉

『なんか聞こえたことがあった時に,「この声とこの声と聞こえるんだけど,お母さんに聞こえる?」と聞いたことがあります.』(A氏)と,声が聴こえてくることを家族にも聴こえているのか確認していた.

〈家族への相談〉

『仕事中に上司からきついことを言われて,涙が勝手にでてきてそこからおかしくなりましたね.(中略)「死にたい」「死ね」とか聞こえます.「頭が妄想に襲われて,死ね死ねうるさい.」って母親に言って,ウロウロしながら泣いていました.』(E氏)『お父さんやお母さんに「死ね,殺せ,父親を殺せ,近所の人を殺せ.」って聴こえるって話しました.』(F氏)『父親と母親に相談したんですよ.そしたら精神科かからないか,病院かからないかって言うんで行くことにしました.』(I氏)と,声が聴こえてくることや内容をいつもそばにいる家族に相談していた.

4) 家族に理解されない悲嘆への自己防衛

〈家族に理解されない幻聴〉,〈家族の反応に対する自己防衛〉の2つの概念で構成された.

〈家族に理解されない幻聴〉

『「ほんなん聞こえるわけない,何言よるん.」ってお母さんに言われてしまって,しょぼーんです.声が聴こえると言うこともあるんですけど,もう他の人にはあんまり言わなくなりました.みんな信じてくれないから辛いなぁと思いました.なんか,もう鬱陶しいなぁっていう感じで思っとるんちゃうかなぁって思いました.』(D氏)と,声が聴こえてくることを家族に話した時に,「全然聞こえない.」と言われたり,ちょっとバカにされていると感じたり,鬱陶しいと思われていると感じた時など,理解されないことに対する悲しみを感じていた.

〈家族の反応に対する自己防衛〉

『自分のこととしてしまいこんどこってそれはあります.言っても,同じ返事かなぁと思って.それだったら,余計傷ついてしまうので,信じてくれんと思って.もうガードっていうのか,自分が傷つかんように,余計傷つくのだったら言わんといた方がいいかなと思って言わんようになったって感じです.これも自分の対処です.』(D氏)と,家族に幻聴が聴こえることを話した時に,鬱陶しいと思われていると感じたり,信じてもらえないと感じたりした経験から,自分が傷つかないようにガードするために,家族に話さないようにするなどの対処行動をとっていた.

5) 幻聴への対応を家族と協働

〈幻聴を家族が理解〉,〈家族にぬくもりの希求〉,〈家族から心配される実感〉の3つの概念で構成された.

〈幻聴を家族が理解〉

『よく母親に聞いてもらうんですけど,こんなことがあったとか言ったら,「それは幻聴だ.」と言って,(中略)止まって休憩するといらないことを考えるんで,「ゆっくり動き続けな.」とうちの母親はよく言うんです.試してみています.』(C氏)と,家族が患者の話に耳を傾け,家族からそれは幻聴であると教えられたり,対処方法を提案されたりすることで家族に理解されていると感じていた.

〈家族にぬくもりの希求〉

『手を握ってくれたりとか,スキンシップしてくれたりとか.寝る時とかにも怖い時もあるので,「手を握って.」って言って握ってもらったりはします.長生きしてもらいたいですね.』(A氏)『母に泣きつきましたね.一人で寝られなくて.(中略)母が「どうしたん,どうしたん?」って背中をさすってくれたりして落ち着きます.』(E氏)と,家族にそばでいてもらい,手を握ったり,スキンシップをしてもらったりすることで家族のぬくもりや安心感を求めていた.

〈家族から心配される実感〉

『心配してくれているありがたさはわかりました.(中略)それがあるけん,年月も歳月もそうなんでしょうけど,大分幻聴が落ち着いてくれて,わーわーしゃべれるようになって,今の安定があるなと思って.支えがあって今の自分があるなと思って.』(J氏)と,そばにいてくれる家族の愛情や心配してくれているという思いを感じとっていた.

6) 幻聴との共存

〈自分にとってプラスとなる幻聴〉,〈声に支配されない工夫〉,〈幻の声であることを自分で確認〉,〈専門職への相談〉,〈内服の必要性を実感し継続〉,〈自己改革による幻聴との関わり方の獲得〉の6つの概念で構成された.

〈自分にとってプラスとなる幻聴〉

『怖いだけでもないので,なんて言うんだろ会話もしてくれる時もあるので,聞こえてこなかったら寂しいっていうのもあるんですよ.会話は誰ともしなかったので,声が一つの情報源であったというか.自分がプラスに思っていただけで,周りから見たら違うかったのかもしれないですけど.』(A氏)と,幻聴と楽しい会話をすることもあり,聞こえてきて欲しいと思ったり,聞こえてこないと寂しいと思ったり,声を一つの情報源として捉え自分にとってプラスになるとも考えていた.

〈声に支配されない工夫〉

『自分でもこれは必ず幻の声だと思うことにしまして,誰もいないからですね.脅し文句を言われたらこちらも脅し文句を言うことにしたんです.心の声で跳ね返す.よけ切れないなと思ったらね,強く跳ね返す.』(I氏)と,幻聴に振り回されないように,現実の声ではない幻の声であると思い,はねのけたり聞き流したり試行錯誤を繰り返していた.

〈幻の声であることを自分で確認〉

『自分に聞こえよるはずの幻聴の音の発生源を確認する程度のことはした方がいいと思うんですよ.自分の安心につながるんですよ.音声の発生源,音が流れる場所はここだから,でもここはただ単にラジカセを置いてラジカセから音声を流しているから,これを結局幻聴として受け取っていて悪口やと思い込んでたんかなぁてところで結論が出るんですよ.だから,恐れずに調べてみるべきですよね.』(G氏)と,幻聴との付き合いの中での試行錯誤から生まれた,自分に聞こえている幻聴の音の発生源を確認するということで自分の安心につなげていた.

〈専門職への相談〉

『先生は,「目の前にいないのに聴こえてくる声はみんな幻聴と思ったらいい.」って言ってくれるんですけど,結構そう思うのが難しいんですよ.やっぱり,まじまじと聴こえるんですよ.担当の看護師さんが,「それは幻聴ですよ.」ってよく言ってくれます.そうしたら落ち着くんですよ.』(C氏)と,専門職に話すことによって,相手に自分を理解してもらい,幻聴への対処をアドバイスしてもらい安心感を得ていた.

〈内服の必要性を実感し継続〉

『前は飲んだり飲まなかったり,薬調整しよう時はすごいやっぱり幻聴がひどくて,もうすごい落ち込んだりいろいろしてました.(中略)自分で薬飲まなかったら,次調子悪くなるなっていうのがもう分かってきたので,きちんと薬飲もうっていう気持ちになって飲めるようになったんです.』(D氏)と,薬を飲まなければ調子が悪くなるという経験から,薬の効果や必要性を実感し内服の継続につなげていた.

〈自己改革による幻聴との関わり方の獲得〉

『逃げに転じてしまったら,もうその音がする度に恐怖におののいてお店から逃げ出すようになっちゃうし(中略),自分の方が下がる下がるっていうのに慣れてしまったらもう生活できんようになっちゃいますよね.(中略)自分の方で壁を作って自分は精神病患者だからこれより外に出たらあかんって,枠の中に自分を固めて.(中略)悪口言われるのが怖いと言って趣味は持たんとか,平常な普通の人のようなノーマルな人間ですって自分を取り繕わんでも,そこそこ打ち込める何かを持つと,かなり気持ちとしては変わるんじゃないかぁと思って.精神病患者さんの家族は僕の場合だけじゃなくて,みんなサポートしてくれてる人が多いと思います.だから精神病患者も可能性を見出していかないといけないと思いますねぇ.』(G氏)『自分の中で自分自身の自己改善というか.幻聴って言うのは自分の心の声でしょ.無意識のね.自分の心を改革して,無意識を意識にして.(中略)逃げたくないってことと,逃げられないってことと両方あるんやけどね.だけど,治すためには取り組まないかんと思うて.』(H氏)と,幻聴が聞こえる現実からの逃避や,精神疾患患者という自分で作った壁によって自分の生活する世界を狭めず,家族の支えのもと,常に自分の心を改革して自分の可能性を見出していくための挑戦を行っていた.

Ⅳ. 考察

統合失調症患者が幻聴を体験した時,幻聴に左右された感情変容や身体反応,それに伴う行動化がみられるだけでなく,幻聴のきっかけや幻聴の発生状況を自己分析していた.【幻聴発生の自己分析】を行うことが,統合失調症患者の幻聴に対する対処の第一歩であった.幻聴発生時の語りは,患者それぞれに過去の幻聴体験を想起した語りと,現在聞こえる幻聴体験に対する語りが混在しており,現在の幻聴発生体験や自己分析は過去の幻聴発生体験の影響も受けていると推察する.〈辛い経験が幻聴のきっかけ〉となる,〈劣等感がもたらす幻聴〉であると自己分析しており,トラウマにより声の内容とその心理的影響が強く形成(Berg et al., 2023)されている.しかし,患者は常に幻聴に翻弄されているのではなく,主体的な対処を行っている(則包,2013).幻聴への対処を自己で試みる中で,〈幻聴と妄想の融合〉や〈幻聴に支配された自傷行為〉など自己制御不能な【自己コントロールできない幻聴の存在】に苦悩し思い悩み,【家族に幻聴の告白】を行っていた.しかし,幻聴を経験したことのない家族は状況理解や受容に苦渋する.その過程で,〈家族に理解されない幻聴〉に戸惑い,悲嘆し自己防衛を図っていた.則包(2013)は,幻聴が現実に聴こえることに対する戸惑いが見られ,相反する認知のせめぎあいによる動揺が,患者の精神的負担を増加させる一因となる可能性があると述べている.本研究においても,幻聴という自己の認知が家族に否定され理解されないという現実が葛藤となり,大きな精神的負担へとつながり,自己の精神状態の安寧を図るためのコーピングとして【家族に理解されない悲嘆への自己防衛】を行っていたと考える.看護師は,この患者の葛藤や自己防衛にいたる心情を十分理解した上で,【幻聴への対応を家族と協働】する患者・家族に寄り添ったケアを考えていく必要がある.

川添(2017)は,母親は子どもの異常行動が示す意味を理解できず,どう判断し対処してよいのかに苦悩しながらも,対処を求められる瞬間を子どもと必死になり関わりあっていたと報告している.患者の幻聴に左右された異常行動を目前にしたり,患者から幻聴の告白をされたりした時,そばにいる家族もまた状況が理解できず,どのように対処して良いのか分からず苦悩し,その家族の反応が家族に理解されない悲嘆へとつながっていた.世話する家族は統合失調症患者に対して偏見が生じ,それが批判的態度につながると推察されており(松田・井上,2020),偏見を生じさせないような医療者の家族への関わりも重要となる.家族が患者の疾患やその対応に不慣れな場合,ネガティブな感情表出(Expressed Emotion: EE)が起こりやすく,家族の性格的なものや病理とは異なり,病気という困難によってもたらされるコミュニケーションの歪みの投影であると考えられている(岡本・萱間,2017).家族は,患者のケアに大きな力を発揮することができる存在であると同時に,患者のケアを行うことによってさまざまな影響を受ける存在であることを十分理解しておく必要がある.医学的知識や薬物療法に関する知識のみでなく,家族が統合失調症の発症や症状に影響する心理社会的要因についても理解しているかどうかが重要であると考えられており(松田・井上,2020),時には患者と家族をつなぐ架け橋として,患者の思いや状況を看護師が代弁し家族に伝えたり,家族間でお互いに語り合える場の提供を行ったりすることも求められる役割であると考える.患者のために何かしたくても,どのように対処して良いのか分からず苦悩する家族に対し,看護師は患者の背景や資源として家族を捉えるだけでなく,ケアの対象として捉えなければならない.川添(2017)は,医療者が母親に対して行うべき援助は,状況の改善を目指して挑戦していることへの擁護と励まし,支援の正当性を保障すること,そして母親の支援が子どもの病状回復に役立っていることを認識できるような助言が必要であると述べているように,医療者が家族を理解し家族支援を行う必要がある.

先行研究によると,精神障がい者は,喪失と辛苦の後に試行錯誤と取捨選択を繰り返す経験をしていた(藤森ら,2016)と述べられている.本研究においても,患者は幻聴への対処に試行錯誤を繰り返す中で,家族に理解されない悲嘆から自己防衛するという対処機制を取捨選択しながら終着点の見えない状況において,安心できる居場所として家族にぬくもりの希求をしていた.他者から気にかけられる喜びは,生きる意味の集積の原点となる(余傳・國方,2020).精神障害者にとっては,自己を作る場があることで自分とは何者なのかを考えアイデンティティを確立し,発達課題の達成が促進される.このように感じることのできる居場所の存在が重要であり,社会参加への関心を高めることにつながっていると考えられている(糸島・井上,2017).統合失調症患者が家族の影響を受けながら《幻聴から逃げない自分》を獲得するプロセスにおいて,居場所としての家族の存在は欠かすことが出来ない良き理解者であり協働者である.自分の居場所である〈家族にぬくもりの希求〉をし,〈家族から心配される実感〉を得,家族の愛情に支えられながら,幻聴が聞こえる現実から逃避せず,常に自分の心を改革し,自分らしい生活への可能性を見出していくための挑戦を行っているのだと考える.この過程で,統合失調症患者はアイデンティティを確立し,発達課題の達成に向き合い,家族という居場所から更なる社会というコミュニティでの居場所を模索するリカバリーへの一歩につながるのではないかと考える.リカバリー途上にある患者を家族だけでなく,地域の保健師や訪問看護師,ピアサポーターなど社会で支えていくシステム作りも必要である.

今回本研究において患者は,家族の影響を受けながら【幻聴との共存】の中で試行錯誤しながら,幻聴に対する自己分析を繰り返し,対処方法を見出していた.症状をなくすことに焦点をあてるのではなく,症状と共に生活していくことを受け入れ(高妻,2019),精神症状に自分なりに対処し,自分なりの折り合い方を身につけることを実践している(春日・清水,2018).発症から人生の新しい意味の発見に至るまでの経験は,当事者がこれから人生を歩んでいく上での方向性や軸となりうる貴重なものと考えられている(木村,2019).統合失調症患者の幻聴が聞こえる現実から逃避せず,これまでの人生を乗り越えてきた経験は,更なる挑戦への大きな支えとなる.この家族の影響を受けながら《幻聴から逃げない自分》を獲得するプロセスは,今後幻聴を体験し苦悩している統合失調症患者に対する理解や支援への示唆となったと考える.また,孤立しがちな家族が社会との繋がりを維持できるような配慮と家族の体験を理解し支持的な支援をすることが重要な鍵(木村ら,2021)となるため,患者の側面から見えた家族の苦悩や対処を家族支援の一助としたい.

Ⅴ. 研究の限界

本研究の対象者は,一施設に外来通院中もしくは入院中の患者10名であり,地域性や家族構造への偏りが結果に反映された可能性が考えられる.今後,地域や施設を拡大し対象者数を増やし,家族構造の差異にも着目し研究を継続していくことが必要である.

Ⅵ. 結論

患者は家族の影響を受けながら【幻聴との共存】の中で試行錯誤しながら,幻聴に対する自己分析を繰り返し,対処方法を見出していた.この家族の影響を受けながら《幻聴から逃げない自分》を獲得するプロセスにおいて,居場所としての家族の存在は欠かすことが出来ない良き理解者であり協働者であった.〈家族にぬくもりの希求〉をし,〈家族から心配される実感〉を得,家族の愛情に支えられながら,幻聴が聞こえる現実から逃避せず,常に自分の心を改革し自分らしい生活への可能性を見出していくための挑戦を行っていた.今後は,患者への支援と共に,患者を支える家族もケアの対象として捉えた支援を行っていくことが必要である.

付記:本研究の内容の一部は,第42回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞:本研究にご協力いただきました研究参加者の皆様に心より感謝申し上げます.

利益相反:本研究に利益相反は存在しない.

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