2023 Volume 43 Pages 770-775
公益社団法人日本看護科学学会(JANS)では,看護学を専攻する若手研究者による国際学会での発表や海外研修などの機会を増やすことで,若手研究者の活性化と育成を図り,将来の看護学の発展を奨励することを目的として助成事業を2021年度から行っています.
このたび,2名の会員が本助成により海外留学を実施しましたので,日本看護科学学会の学会誌である「日本看護科学会誌」に海外留学の報告を掲載しました.
担当理事:池田真理(若手研究者助成選考委員会 委員長)
田中真木
Maki Tanaka
名古屋大学大学院医学系研究科 Nagoya University, Graduate School of Medicine
E-mail: mtanaka@met.nagoya-u.ac.jp
2021年度日本看護科学学会若手研究者が海外留学するための助成金を獲得した.その目的は,2022年4月~2023年3月までUniversity of Alberta,Faculty of NursingにVisiting Professorとして在籍しながら,現地の看護教育を概観し,自身の研究計画書のブラシュアップを図ることであった.その内容について報告したい.
留学先のUniversity of Albertaはカナダのアルバータ州エドモントン市にあり,5つの広大なキャンパスに200以上の学部,500以上の大学院プログラムを持つカナダでも有数の総合大学である.世界中から40,000人以上の学生が学び,筆者が所属したFaculty of Nursingは,University of AlbertaのメインキャンパスであるEdmonton Clinic Health Academy(ECHA)にあり,学部と大学院(修士・博士)を持つ.2023年QS世界ランキング(QS World University Rankings, 2023)においてUniversity of AlbertaのFaculty of Nursingはカナダ国内1位,世界ランキング5位であり,教育,研究において高い実績を持つ.2022年春まではCOVID-19の影響で多くの授業がオンラインとなり,キャンパスも立ち入りが制限されていた状況であったが,筆者が滞在した以降は徐々に規制が緩和され,授業もその多くが対面で始まっていた.2022年末はコロナ禍以前の様相に戻っていたが,滞在したアルバータ州では医療従事者は引き続き感染対策をとるよう情報が出されていたのが印象的であった.よって,簡易な打ち合わせを含む会議はすべてオンラインであった.
Edmonton Clinic Health Academyの概観
筆者は留学前看護大学に教員として所属していたため,University of Albertaの看護基礎教育には興味があった.幸いに,現地の受け入れ教員がかかわる基礎看護学や看護倫理,看護技術演習,その応用である成人看護学演習や母性看護学演習,4年間の教育課程の集大成である看護統合実習を見ることができた.そこには,日本の教員同様に科目のシラバス作成から評価までを丁寧に行う教員の姿があった.一番やりがいがあるのはシラバスを作成するときだ,という看護教員もいた.筆者は自身の教授活動が看護学生のその後のキャリアにどのように影響を与えたのかを知るときにやりがいを感じることがあったため,その教育者のシラバス作成という視点は新鮮であった.
外気温-30℃でも屋内は暖かな図書館
実際の授業では,多様なルーツを持った学部生が看護を学ぶ姿を見た.その中で,学習に何らかの困難を持つ学生への支援をAccommodationsと示し,小テストや定期試験の時間の延長,レポート提出期限の延期といった便宜が図られていた.参加したある講義では,130名を超す履修生の中で,Accommodationsの申請希望は約15%を占めていた.申請には理由書や診断書の添付が必須であり,授業を管理するための教員専用サイト内でその詳細を確認することができた.比較的申請者が多い印象であったが,講義内において学生たちは積極的に発言する姿勢があった.すべての授業はオンライン管理されており,授業資料や試験,出席だけでなく講義内での質問,臨地実習での毎日のフィードバック,臨地実習指導者とのやり取りに至るまでWeb上で実施されていた.
また,大学院のゼミに参加し,看護学だけではない教育学,経済学,薬学,公衆衛生学などの修士や博士課程の学生が多用な視点で議論をしている様子も見学した.そこでは,看護学以外の他分野の学生は研究における知識が豊富であり,自身の分野だけではない,社会学の知識が基盤としていることに気づいた.それを尋ねると,「我々のテーマや分野は違うが,これらは全て誰のために行っている?社会貢献だろう.看護は特にそれが明確な分野ではないのか」と意見をもらった.それを聞いた時,他分野からみた看護について知ることができたとともに,看護研究者として社会に貢献できることは何かを思考し続ける姿勢を学ぶことができた.
看護技術演習が行われたSkills lab
今回の留学目的である批判的実在論Critical Realism(以下,CR)は,社会にある複雑性を説明する科学哲学である.CRの提唱者バスカーはCRを説く前に研究におけるOntologyの必要性を伝えていた(Bhasker, 2020).まさにゼミでの中心的議論は,研究手法ではなく,いかにOntologyが大事か,という議論に焦点があった.各人のテーマに先行し,研究の知を創造するためのEpistemologyやPositivism,Constructivismの前にそれらをEmancipationするOntologyが必要であり,それなくして研究手法の議論はあり得ないということであった.これは,私が留学前から疑問に思っていたことを,このゼミに参加した修士,博士の学生たちは具現化していた.やはりOntologyを思考することは看護研究になくてはならないことであり,その経験はCRを用いた研究計画書を完成させる強い動機となった.
Simulation 演習の様子
1か月に1度,MentorであるDr. Alex ClarkとDr. Jude Spiers 2名の教員とCRの理解,CRを用いた研究のディスカッション,そこからCRを用いた研究計画書の作成という流れでミーティングを行った.CR研究者であるDr. ClarkよりCRのTenet,Principleを教え込まれた.CRは目に見える事象ではなく,その背後にある目に見えない「構造」こそが重要であり,CRの理論を用いて,意図的にそうした「構造」を明らかにする必要がある,という.それらは,Empirical Domain,Actual Domain,Real Domainに分類され,Empiricalは我々が観察可能な目に見える,数字に示すことができるドメインであり,Actualはその研究の問いがEmpirical Domainでは示しきれない他の要因を指す.Real DomainはCRの特徴的な部分であり,我々の知り得ないところに実態はあるとするドメインであり,それを置くことで,研究の問いはそのReal Domainに近づくことができるようEmpirical Domain,Actual Domainを駆使し,アプローチされる.Real Domainは強い力を持ち,Actual Domainを突き動かすものであり,「世の中の私たちの知識は独立して存在し,社会現象は因果関係を含めて理解される」のである.そこで,自身の研究に立ち戻ると,身体抑制が研究テーマである.これを日本の他の研究者に話すと,「抑制するかしないかではないのか」と2極化した反応が多い.国外文献では,身体抑制は長きに渡り医療現場で使用されており(Smithard et al., 2022),多くの身体抑制の実施は看護師によって行われる(Siegrist-Dreier et al., 2022).また,精神科,急性期,小児科など多くの領域にわたり議論されている(Moyles et al., 2023;Cui et al., 2023;Pértega et al., 2023).その中で日本は世界的にみて急性期病院において身体拘束が多用されている状況であり(菅野・叶谷,2021),認知症を持つ高齢患者の増加,COVID-19など多くの社会的影響を受けていることが文献より明らかとなった(Nakanishi et al, 2018;Okuno e al., 2021).研究ミーティングから,数値的に世界的にも多い身体抑制だが,その背景には多くの社会的構造,身体抑制の予測因子が影響しているのではないか,という仮説が明らかとなった.それは世界の国々,文化の文脈で明らかにすべきであり,身体抑制を減少させるための様々な取り組みはその構造を基盤としない限り無に帰すことも明らかとなった.
以上,簡単ではあるが留学の報告とする.滞在の延期を考えるほど今回の留学は見るもの聞くものすべてが貴重であった.また,日本という国を出ることで,再度自身の国を俯瞰し見つめ直す機会となった.今後の自身の教育研究に繋げてゆきたい.
倫理的配慮:引用は著作権に配慮し,文献の引用は正確に明記した.
謝辞:この留学に関わったすべての方々に感謝申し上げます.
利益相反:なし
Bhaskar, R. (2020): Critical realism and the ontology of persons, J. Crit. Realism, 19(2), 113–120.
Cui, N., Yang, R., Zhang, H., et al. (2023): Using the evidence to decision frameworks to formulate the direction and strength of recommendations for adapted guidelines of physical restraints in critical care: A Delphi study, Intensive Crit. Care Nurs., 76, 103382.
菅野眞綾,叶谷由佳(2021):急性期病院における身体拘束を軽減するための看護管理に関する文献検討,日看管理会誌,25(1), 129–138.
Moyles, J., Hunter, A., Grealish, A. (2023): Forensic mental health nurses’ experiences of rebuilding the therapeutic relationship after an episode of physical restraint in forensic services in Ireland: A qualitative study, Int. J. Ment. Health Nurs., online first, 1–13. doi: 10.1111/inm.13176
Nakanishi, M., Okumura, Y., Ogawa, A. (2018): Physical restraint to patients with dementia in acute physical care settings: Effect of the financial incentive to acute care hospitals, Int. Psychogeriatr., 30(7), 991–1000.
Okuno, T., Itoshima, H., Shin, J., et al. (2021): Physical restraint of dementia patients in acute care hospitals during the COVID-19 pandemic: A cohort analysis in Japan, PloS One, 16(11), e0260446.
Pértega, E., Holmberg, C. (2023): A systematic mapping review identifying key features of restraint research in inpatient pediatric psychiatry: A human rights perspective, Int. J. Law Psychiatry, 88, 101894.
QS World University Rankings 2023, Retrieved from: https://www.topuniversities.com/.(検索日:2023年6月21日)
Siegrist-Dreier, S., Barbezat, I., Thomann, S., et al. (2022): Restraining patients in acute care hospitals—A qualitative study on the experiences of healthcare staff, Nurs Open, 9(2): 1311–1321.
Smithard, D., Randhawa, R. (2022): Physical restraint in the critical care unit: A narrative review, New Bioeth., 28(1), 68–82.
八木街子
Machiko Saeki Yagi
自治医科大学看護学部/看護師特定行為研修センター School of Nursing/ Training Center for Nurses Pertaining to Specified Medical Acts
E-mail: msyagi@jichi.ac.jp
2021年8月1日から2023年3月31日まで,ハワイ大学医学部SimTikiシミュレーションセンター(SimTiki Simulation Center, John A. Burns School of Medicine, University of Hawaii at Manoa)にて研究員として,研究,教育,臨床実践の探求をおこなった.その経験について紹介する.
大学院博士課程在籍時より,教育工学が教育機関や医療機関での教育設計に積極的に組み込まれている米国にて,カリキュラムデザインや実際の教育内容について研究内容を深化させたいという希望があった.同時に,医療職の教育を担う立場として力不足を感じており,教育・臨床実践能力も強化したいという思いもあった.そこで,研究力と教育・臨床実践能力の強化と視野の拡大を目的として,以前より研究等で連携していたハワイ大学シミュレーションセンターへの留学を決意した.
留学に際して2019年から受け入れ先との調整を開始したものの,新型コロナウィルス感染症の感染拡大により留学期間を調整する必要があった.その間もSimTikiシミュレーションセンターのセンター長であるDr. Benjamin Bergによる研究指導を受けながら,渡航準備が整った2021年7月に渡米した.留学期間は1年の予定で申請していたが,州内の感染症対策による活動の制限による影響を考慮した結果,2023年3月末まで延長することになった.
私が渡米した時期は新型コロナ感染症の影響を強く受けており,対面での打ち合わせやトレーニングには,マスク着用,フェイスシールドの着用,人数制限など状況によって対応を変えながら実施されていた.「患者安全のためにトレーニングを止めない」というミッションのもと,医学生だけでなくその他の医療職の継続教育が積極的に実施されており(図1),その活動に参画することができた.また,毎日センターに行くことで,Dr. Bergやその他のスタッフと研究や教育,日本とアメリカの文化や考え方の違いなどをミーティングというよりも“chat over(おしゃべり)”のような感覚で気兼ねなく意見交換できたことは非常に有意義だった.日本にいると,考えている構想を誰に話していいのか分からないまま,業務に追われて熱を失うことも多かったが,共通の興味関心を持つ集団に入ることで専門的な話を専門家に相談できる大きなメリットを享受できたと感じている.
脱出ゲームを用いた患者安全に関するチームトレーニングの様子
日本で論文化する時間がなかった研究をまず先にまとめることから始め,その後に次の研究を進めた.いずれもTechnology-enhanced Learningというシミュレーションや遠隔学習を用いた看護技術教育に関わる内容であり,都度Dr. Bergよりアドバイスをもらいながら論文化を進めることができた.追加のデータ収集も日本と米国同時に実施できたので,その成果を今後論文化していく予定である.
その他,新型コロナウィルス感染症のパンデミック下でも継続したシミュレーション教育が実施された米国におけるシミュレーションセンターの管理・運営に関する調査をするために,所属施設であるハワイ大学シミュレーションセンターに加え,Chaminade Universityなどの州内の看護系大学に帰属するシミュレーションセンター,Cleveland ClinicのSimulation and Advanced Skills CenterやUPMC Health SystemとUniversity of Pittsburghを母体とするWinter Institute for Simulation, Education, and Research(WISER)での現地調査を実施した(図2~4).この経験は,施設の見学といった情報収集という目的だけでなく,同じ興味関心を持つ研究者とのつながりを強め,今後の関係性を構築するよい機会になったといえる.
Nurse Anesthetistsに対する挿管トレーニング
Cleveland ClinicのSimulation and Advanced Skills Center内のシミュレーションルーム
Physician AssistantやFamily Nurse Practitionerと一緒に実施した縫合のトレーニング
国内でのシミュレーション教育の普及を妨げる要因としてシミュレーション教育に従事する教育者の不足がある.そこで,Dr. Bergや他の研究員と協働し,パンデミック以前に対面で実施していたシミュレーション教育者育成コースをLearning Management System(LMS)であるmoodleを基盤とする遠隔学習にデザイン変更し,運用の上,その効果測定を実施した.これは,カリキュラムデザインや実際の教育内容に参画できる良い機会になり,留学の目的の達成につながった.
その他に,ハワイ大学シミュレーションセンターの母体であるJohn A. Burns School of Medicineの医学生やHawaii Pacific Healthに所属する医療職の継続教育の支援や,海外からの留学生への医療英語や米国の医療制度に関するレクチャーにも参画することができ,教育に関わることで私自身が再度学ぶことができたと感じている.その他に,留学期間内にシミュレーション教育者の認定資格であるCertified Healthcare Simulation Educator®(CHSE®)とMoodle Educator Certificateを取得し,シミュレーション教育ならびに遠隔学習の専門家としての基盤を構築することができたと考える.英語で試験を受ける経験は初めてだったので,合格した際には久しぶりに自分に自信が持てた.良い経験になり,NCLEX-RNの合格の基盤にもなった.
これらの教育活動の結果,2023年4月からJohn A. Burns School of Medicine, University of Hawaii at Manoaの助教(非常勤)の立場も得ることができたことも留学による大きな成果だと感じている.
3) その他臨床実践能力の維持・向上,ならびに文化人類学的な理解を深めるために実際に医療現場にて活動を行った.施設としては,主に州内のFamily Nurse Practitionerのclinicにて研修を行うとともに,Hawaii Pacific Health系列病院であるStraub Hospitalでは手術室看護や看護師の継続教育を中心に研修を行った(図4).早期退院に付随した看護師による退院指導の内容,ホームレスや移民,minorityへのサポート,薬剤依存に対するケア,HIV患者へのケア,銃創による外傷ケア,移植医療の現状など,米国の特徴的な医療の状況を具体的に理解できたことは非常に有意義であり,その実践に必要な教育設計の理解にもつながった.
私はこの留学で,研究者・教育者,そしてただの人としての人生設計について時間をかけて再検討する時間と機会を得ることができた.留学中に多くの人と関わり,その人生観を聞くことによって帰国後の方針を具体的に抱くことが可能になり,選択肢も多くなった.留学によって考え方が変わり,思考に余裕ができたのは大きな成果であると感じている.全く別の環境に身を置くことで,日本の良さも分かった.今後は留学で得た経験を活かして所属施設の看護師特定行為研修センターでの医療者教育や研究活動に精進するとともに,海外で学ぶ希望がある方たちへの支援・日本で学びたい海外の方への支援にも視野を広げて微力ながら関わっていきたいと考えている.
本留学に際し,本学会の「若手研究者が海外留学するための助成」により留学費用の一部を支援していただいた.留学には思わぬ出費も多く,円安が進み為替をみて戦々恐々としていた私にとって大変大きな支援だった.ご支援を受け,挑戦できたことも多かった.心より御礼申し上げます.
謝辞:本稿で報告した留学に際し,本学会若手研究者助成「若手研究者が海外留学するための助成」により支援を受けた.ご支援に心より感謝申し上げる.
利益相反:なし