Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Concept Analysis of Nurse Self-Sacrifice
Sachiyo Nakamura
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2023 Volume 43 Pages 842-851

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Abstract

目的:「看護師の自己犠牲」の概念の構造を明らかにし,看護実践上での概念の活用性を検討する.

方法:Rodgers & Knafl(2000)の概念分析方法にて,5つのデータベースを用いた33文献を対象とした.

結果:【患者のために自分を差し置く行動】,【看護師としての肯定的な価値づけに基づく行動】,【身を粉にしてでも働くという選択】という3つの属性,4つの先行要件,3つの帰結が示された.

結論:「看護師の自己犠牲」は,「看護師としての肯定的な価値づけに基づいて,身を粉にしてでも患者のために自身を差し置いてとる行動」と定義された.本概念は,職務上での闇雲な自己犠牲は愛他心とは異なるものと捉え直す機会の提供や心身の健康を脅かす恐れのある組織風土の変革へ有用性が示唆された.

Translated Abstract

Aims: The aim of this study was to clarify the structure of “nurse self-sacrifice” and examine the concept’s applicability in nursing practice.

Methods: The study utilized Rodgers & Knafl’ (2000) approach for concept analysis and analyzed 33 references obtained from five databases.

Results: Based on the analysis, three attributes of nurse self-sacrifice were identified, namely prioritizing the patient’s over one’s own interests, exhibiting behavior that positively values being a nurse, and working oneself to the bone. Additionally, four antecedents and three consequences were extracted.

Conclusions: Nurse self-sacrifice was defined as a behavior that prioritizes the patient’s interests over one’s own interests based on positively value as a nurse. A better understanding of nurse self-sacrifice can help differentiate it from altruism and prompt a reevaluation of self-sacrifice in the workplace. This can also facilitate changes in organizational culture that can jeopardize workers’ physical and mental health.

Ⅰ. 緒言

これまで,医療・福祉・教育など対人援助に携わるあらゆる分野において「自己犠牲」という概念が存在してきた.自己犠牲とは,「相手や仲間の利益を促進するために,自己利益を放棄すること」(Van et al., 1997)と定義されており,対人援助職においては他者の利益を優先する状況において自己犠牲的な行動がしばしば問題視されている.また自己犠牲は,「人間は必ず自分にとってよりよいと思われる行為を選ぶ」という行為原理に基づけば,個人主義と行為選択の合理性は同時に成り立たせることはできない(田村,1997)とする主張もあり,自己犠牲という概念自体が人間の行為として矛盾を孕んでいると言える.

ケア倫理の中でギリガンは,女性の思いやりの発達段階(Gilligan, 1982/1986)において,第2段階に自己犠牲の道徳を持っていることを示している.ここでは「自己犠牲は善」と捉えられているが,第2段階から第3段階への移行期の危機として,他人を傷つけることが間違いであるというだけでなく,自分を傷つけることを善とする自己犠牲の道徳的判断を批判できなければならないという主張もある.自己犠牲は対人援助場面において職業倫理を遂行する上では時に規範的な行動としてみなされる場合もあると考えられ,特に看護師は女性割合が高いことから母性としての思いやりが自己犠牲を許容させてきた恐れがあると推察する.

看護において自己犠牲という概念を概観すると,明確に定義がなされてはいないものの,自己犠牲は元来より看護のあり方として美徳とされる風潮(石田・勝眞,2007)がある.また,看護師の援助規範を測定する尺度においては,4つの下位尺度のうち自己犠牲規範意識が高い傾向(山本・清水,2012)が示されている.看護師は,患者の生命が危機的状況にある場合にはそれを守る責任と義務が生じることから,時に自己よりも患者を優先すべき状況があり,この職業的な特徴が自己犠牲的な行動を生じさせている可能性があると推察する.しかし,たとえ看護師は患者の生命と尊厳を重んじる立場であったとしても,闇雲に自己犠牲を伴う行動をとることは自己の尊厳を脅かすことにも通じ,専門職としての倫理的行動とは必ずしも言えないと考える.

また近年ではCOVID-19感染流行に伴って医療職に対する社会からの期待と要求が入り混じる中,労働環境の変化や感染リスクを理由とした離職(日本看護協会,2020)があがっており,これは規範意識を盾に奉仕性が自己犠牲に転じるといった危機的状況とも言えることから,看護師は医療提供体制の担い手として時に自己犠牲を要求されている実情も浮き彫りになっている.これらのことから,看護師が自己犠牲的に仕事に携わることで,自身の健康を思慮することができずに心身の健康を害する可能性が考えられる.

このように自己犠牲はある側面では美徳とされ,看護師の健康を妨げる恐れや看護師として自律的に職務を全うする姿勢に揺らぎを抱かせる要素はありながらも,その概念については十分に整理されていないことから,看護師の自己犠牲という概念の構造を明らかにする必要がある.これにより,看護師自身が自己犠牲という自己の尊厳を蔑ろにする恐れのある傾向を認識し,自己の仕事に対する姿勢を再構築するきっかけとして意義があると考える.

Ⅱ. 目的

「看護師の自己犠牲」の概念の構造を明らかにし,看護実践上での概念の活用性を検討する.

Ⅲ. 研究方法

1. データ収集方法

和文献においては,医学中央雑誌,CiNii,Google Scholarをデータベースとして用い,キーワードを「看護師」and「自己犠牲」とした.英文献においては,CINAHL,PubMedをデータベースとして用い,キーワードを「Nurse」and「Self-sacrifice」とした.「看護師の自己犠牲」は歴史的な背景も影響する可能性を考慮し,文献の年数は指定しなかった.また,「自己犠牲」という概念は他の学問分野においても倫理的問題の1つとして扱われてきた背景から,看護学に限らず他の学問分野の立場からも「看護師の自己犠牲」を概観するため,文献の種類および文献が扱われている分野についても制限しなかった.以上の条件で和文献287件,英文献63文献まで絞り込みを行い,抄録のみの文献および「看護師の自己犠牲」に関する状況が記述されていない内容の文献を除外した結果,和文献および英文献合わせて26文献を抽出した.Rodgers & Knafl(2000)の概念分析方法を用いるにあたっては,少なくとも30文献をサンプルサイズとしていることから,抽出した26文献の引用文献リストを参考にハンドサーチした7文献を含め,最終的には和文献23件,英文献10件の計33文献を分析対象とした.

2. データ分析方法

本概念は,社会背景や文化によって流動的に変化することが予測される概念であったことから,分析方法にはRodgers & Knafl(2000)の概念分析方法を用いた.検索した文献を精読し,「看護師の自己犠牲」の属性,先行要件,帰結として読み取れる記述を抽出し,それぞれのコーディングシートを作成した.属性,先行要件,帰結について,前後の文脈の意図を考慮しながら内容の類似性や相違性に従ってサブカテゴリー・カテゴリーへと抽象化をした.

分析の過程において,「看護師の自己犠牲」について想像できる体験をもつ大学院生や看護倫理学に精通する研究者から助言を受け,分析の妥当性を確保した.

Ⅳ. 結果

「看護師の自己犠牲」に焦点化して取り上げている文献は数限られるものであったことから,「看護師の自己犠牲」として読み取れる記述がある文献も分析対象として採用した.「看護師の自己犠牲」の属性,先行要件,帰結として得られた結果を以降で示す.なお,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〈 〉,代表的なコードを「 」で表す.

1. 属性(表1

1) 【患者のために自分を差し置く行動】

【患者のために自分を差し置く行動】は,〈患者のために自分自身は後回し〉,〈患者のニーズに応えるために取るべき選択〉という2つのサブカテゴリーで構成された.〈患者のために自分自身は後回し〉は,「自分は後回し」,「自分よりも患者を優先すること」などのコードから構成された.また,〈患者のニーズに応えるために取るべき選択〉は,「患者の健康援助のためにはいとわない」,「患者のニーズに応えて自分のニーズを差し置いてケアを提供すること」などのコードで構成された.このカテゴリーは,患者を優先する意識が先行することで,自分自身を後回しにする行動が示されていた.

表1 

「看護師の自己犠牲」の属性

カテゴリー サブカテゴリー 代表的なコード 文献
患者のために自分を差し置く行動 患者のために自分自身は後回し ・自分は後回し
・自分よりも患者を優先すること
Ericson & Strandberg(2007)荻野(2005)奥野ら(2016)Pask(2005)Smith et al.(2022)
患者のニーズに応えるために取るべき選択 ・患者の健康援助のためにはいとわない
・患者のニーズに応えて自分のニーズを差し置いてケアを提供すること
Boyden & Brisbois(2023)Ebrahimi et al.(2022)石井・佐々木(2007)米満ら(2012)
看護師としての肯定的な価値づけに基づく行動 前向きな価値づけで自身を突き動かすもの ・期待や要求以上に自分をつき動かすもの
・仕事に対して前向きに価値を見出して行動する
Ericson & Strandberg(2007)小林ら(2020)
愛他心に基づく無償奉仕 ・無償奉仕をすること
・他者を援助しようとする愛他心に基づく行動
石田・勝眞(2007)大日向(2004)Pembroke(2016)佐藤(2019)佐藤(2020)柴田ら(2007)
身を粉にしてでも働くという選択 負担でも身を粉にして働くという選択 ・疲れ果てた状況でもケアを提供する
・負担を背負って必要以上の仕事をすること
Heydarikhayat et al.(2022)奥野(2008)佐藤(2019)庄司・水野(2021)Zhang et al.(2018)

2) 【看護師としての肯定的な価値づけに基づく行動】

【看護師としての肯定的な価値づけに基づく行動】は,〈前向きな価値づけで自身を突き動かすもの〉,〈愛他心に基づく無償奉仕〉という2つのサブカテゴリーで構成された.〈前向きな価値づけで自身を突き動かすもの〉は,「期待や要求以上に自分をつき動かすもの」,「仕事に対して前向きに価値を見出して行動する」などのコードで構成された.また,〈愛他心に基づく無償奉仕〉は,「無償奉仕をすること」,「他者を援助しようとする愛他心に基づく行動」などのコードで構成された.このカテゴリーは,看護師として前向きな意味で行動へと突き動かすことに加えて愛他心が根底となった肯定的な価値づけに基づいた行動として示されていた.

3) 【身を粉にしてでも働くという選択】

【身を粉にしてでも働くという選択】は,〈負担でも身を粉にして働くという選択〉という1つのサブカテゴリーで構成された.〈負担でも身を粉にして働くという選択〉は,「疲れ果てた状況でもケアを提供する」,「負担を背負って必要以上の仕事をすること」などのコードで構成された.このカテゴリーは,どのような状況であっても負担を背負って身を粉にしてでも働くことが示されていた.

2. 先行要件(表2

1) 【個人の特性】

【個人の特性】は,〈共依存傾向の強さ〉,〈貢献思考の高さ〉,〈自己を見失っている状態〉という3つのサブカテゴリーで構成された.〈共依存傾向の強さ〉は,「対人援助職には共依存的傾向の者が含まれること」,「共依存的傾向が強く強迫的に他者への貢献をしてしまうこと」などというコードで構成された.〈貢献思考の高さ〉は,「愛他心や社会への貢献思考が高いこと」,「人を気遣う傾向が自己犠牲を組み込んだ献身を示すこと」というコードで構成された.〈自己を見失っている状態〉は,「『世話』『思いやり』『気づかい』というものが,過剰すぎて自分自身を見失うこと」,「自己の異常に気づけない程に自身を見失っている状態」などというコードで構成された.このカテゴリーから,他者へ尽くすことで自己の存在価値を見出そうとする共依存的な傾向や自身を見失わせるほどに他者へ尽くす貢献志向を有する個人の特性が示された.

表2 

「看護師の自己犠牲」の先行要件

カテゴリー サブカテゴリー 代表的なコード 文献
個人の特性 共依存傾向の強さ ・対人援助職には共依存的傾向の者が含まれること
・共依存的傾向が強く強迫的に他者への貢献をしてしまうこと
江塚(2011)泉澤(2009)森・長田(2007)荻野(2005)佐藤(2012)
貢献思考の高さ ・愛他心や社会への貢献思考が高いこと
・人を気遣う傾向が自己犠牲を組み込んだ献身を示すこと
Pask(2005)Pembroke(2016)柴田ら(2007)Zhang et al.(2018)
自己を見失っている状態 ・「世話」「思いやり」「気づかい」というものが,過剰すぎて自分自身を見失うこと
・自己の異常に気づけない程に自身を見失っている状態
大日向(2004)Pask(2005)佐藤(2015)佐藤(2012)Zhang et al.(2018)
望ましい看護師像 看護師としての規範意識の高さ ・看護師の特性として「自己犠牲的規範意識」が高いこと
・看護に携わる者に共通してある規範意識
Boyden & Brisbois(2023)Ebrahimi et al.(2022)石田・勝眞(2007)逆井・松田(2009)佐藤(2019)柴田ら(2007)
専門職としての高い使命感 ・献身的な使命感や熱意が強い
・専門職としての社会的使命・責任を自覚し,個人の品行を高く維持する背景にあること
Asakura(2007)江塚(2011)Heydarikhayat et al.(2022)小林ら(2020)松原・畑(2023)奥野ら(2016)
我慢すべき正しい行いとの認識 ・暴力があっても患者のために自分が我慢すべきとの認識を持っていること
・時には適切であり,受け入れられているとの認識があること
Borimnejad et al.(2018)米満ら(2012)
社会的な背景 愛他心を要求されてきた宗教的背景 ・宗教的な影響として愛他を要求されること
・宗教的な背景に基づく歪んだ精神によって形成されたもの
大日向(2004)Pembroke(2016)
看護の心構えとされてきた歴史的背景 ・主体的な思考ができない盲従するだけの看護職が歴史的に生み出された
・博愛や自己犠牲を看護の心構えとする歴史的な背景があること
Ericson & Strandberg(2007)大日向(2004)逆井・松田(2009)
高い女性割合に基づいたジェンダー特性 ・自己犠牲してでも周囲との関係性を重視する女性のジェンダー特性があること
・ジェンダー特性を盾にして労働力搾取が正当化されていること
Asakura(2007)早川(2021)佐藤(2020)佐藤(2015)
職業として持たれてきた聖職イメージ ・聖職イメージがあること
・自己犠牲もいとわない職業として古くから聖職視されていること
早川(2021)石田・勝眞(2007)石井・佐々木(2007)Pask(2005)Urban(2014)
組織の特性 身を削ることが当然としての組織風土 ・健康への危険因子があっても人々のために役割を担う場合があること
・身を削ることが当然として組織文化として受け継がれていること
石井・佐々木(2007)佐藤(2020)田中ら(2015)
過酷な労働環境 ・仕事の多忙な状況があること
・ストレス多い出来事が連続して起こる労働環境
奥野(2008)Zhang et al.(2018)

2) 【望ましい看護師像】

【望ましい看護師像】は,〈看護師としての規範意識の高さ〉,〈専門職としての高い使命感〉,〈我慢すべき正しい行いとの認識〉という3つのサブカテゴリーで構成された.〈看護師としての規範意識の高さ〉は,「看護師の特性として『自己犠牲的規範意識』が高いこと」,「看護に携わる者に共通してある規範意識」などというコードで構成された.また〈専門職としての高い使命感〉は,「献身的な使命感や熱意が強い」,「専門職としての社会的使命・責任を自覚し,個人の品行を高く維持する背景にあること」などというコードで構成された.さらに〈我慢すべき正しい行いとの認識〉は,「暴力があっても患者のために自分が我慢すべきとの認識を持っていること」,「時には適切であり,受け入れられているとの認識があること」というコードで構成された.このカテゴリーから,使命感や規範意識の高さに後押しされることで,望ましい看護師像が示された.

3) 【社会的な背景】

【社会的な背景】は,〈愛他心を要求されてきた宗教的背景〉,〈看護の心構えとされてきた歴史的背景〉,〈高い女性割合に基づいたジェンダー特性〉,〈職業として持たれてきた聖職イメージ〉という4つのサブカテゴリーで構成された.〈愛他心を要求されてきた宗教的背景〉は,「宗教的な影響として愛他を要求されること」,「宗教的な背景に基づく歪んだ精神によって形成されたもの」というコードで構成された.また,〈看護の心構えとされてきた歴史的背景〉は,「主体的な思考ができない盲従するだけの看護職が歴史的に生み出された」,「博愛や自己犠牲を看護の心構えとする歴史的な背景があること」などのコードで構成された.さらに,〈高い女性割合に基づいたジェンダー特性〉は,「自己犠牲してでも周囲との関係性を重視する女性のジェンダー特性があること」,「ジェンダー特性を盾にして労働力搾取が正当化されていること」などのコードで構成された.加えて,〈職業として持たれてきた聖職イメージ〉は,「聖職イメージがあること」,「自己犠牲もいとわない職業として古くから聖職視されていること」というコードで構成された.このカテゴリーから,歴史や文化,ジェンダーに基づいた社会的背景が示された.

4) 【組織の特性】

【組織の特性】は,〈身を削ることが当然としての組織風土〉,〈過酷な労働環境〉という2つのサブカテゴリーで構成された.〈身を削ることが当然としての組織風土〉は,「健康への危険因子があっても人々のために役割を担う場合があること」,「身を削ることが当然として組織文化として受け継がれていること」などというコードで構成された.また,〈過酷な労働環境〉は,「仕事の多忙な状況があること」,「ストレス多い出来事が連続して起こる労働環境」などというコードで構成された.このカテゴリーから,身を削ってでも職務を担うことが当たり前と考えられている組織風土や過酷な労働環境などの組織の特性が示された.

3. 帰結(表3

1) 【心身の消耗】

【心身の消耗】は,〈心身の疲労〉,〈ストレスの自覚〉,〈仕事に対するバーンアウト〉という3つのサブカテゴリーで構成された.〈心身の疲労〉は,「心身の疲労を生じやすい」,「看護師自身が自覚しない疲労」などというコードで構成された.また〈ストレスの自覚〉は,「些細なことにもストレスを感じる」,「ストレスに発展する」などのコードで構成された.さらに〈仕事に対するバーンアウト〉は,「バーンアウトに繋がる可能性がある」,「『職務への燃え尽き』を意味するバーンアウトに至る可能性が高い」などのコードで構成された.このカテゴリーから,疲労やストレス,バーンアウトといった心身の消耗を来すことが示された.

表3 

「看護師の自己犠牲」の帰結

カテゴリー サブカテゴリー 代表的なコード 文献
心身の消耗 心身の疲労 ・心身の疲労を生じやすい
・看護師自身が自覚しない疲労
Boyden & Brisbois(2023)Ebrahimi et al.(2022)江塚(2011)松原・畑(2023)Pembroke(2016)佐藤(2020)佐藤(2015)佐藤(2012)田中ら(2015)Zhang et al.(2018)
ストレスの自覚 ・些細なことにもストレスを感じる
・ストレスに発展する
石田・勝眞(2007)小林ら(2020)松原・畑(2023)Pembroke(2016)庄司・水野(2021)米満ら(2012)
仕事に対するバーンアウト ・バーンアウトに繋がる可能性がある
・「職務への燃え尽き」を意味するバーンアウトに至る可能性が高い
Borimnejad et al.(2018)江塚(2011)Ericson & Strandberg(2007)早川(2021)石田・勝眞(2007)泉澤(2009)小林ら(2020)荻野(2005)森・長田(2007)逆井・松田(2009)Zhang et al.(2018)
患者との関係性における揺らぎ 患者との距離感での混乱 ・他者の責任領域に踏み込む可能性がある
・被援助者との共依存的関係の形成を助長
江塚(2011)森・長田(2007)奥野ら(2016)
患者からの暴力の許容 ・患者からの暴力発生に至りやすい
・暴力を受ける
Ebrahimi et al.(2022)米満ら(2012)
仕事を継続することへの障害 離職意図の芽生え ・離職意思が芽生える
・離職意図が生じる
石田・勝眞(2007)田中ら(2015)Heydarikhayat et al.(2022)
専門職としての自律性の低下 ・主体性のない看護職が生み出された
・専門職としての自律的姿勢を欠く恐れ
大日向(2004)高田ら(2016)
仕事意欲の低下 ・仕事に対する意欲の低下
・労働意欲の低下
石田・勝眞(2007)奥野(2008)庄司・水野(2021)米満ら(2012)

2) 【患者との関係性における揺らぎ】

【患者との関係性における揺らぎ】は,〈患者との距離感での混乱〉,〈患者からの暴力の許容〉という2つのサブカテゴリーで構成された.〈患者との距離感での混乱〉は,「他者の責任領域に踏み込む可能性がある」,「被援助者との共依存的関係の形成を助長」などのコードで構成された.また,〈患者からの暴力の許容〉は,「患者からの暴力発生に至りやすい」,「暴力を受ける」などのコードで構成された.このカテゴリーから,患者への責任領域に足を踏み込み過ぎることで距離感に混乱を招くことや,患者からの暴力を許容してしまうといった関係性における揺らぎを生じさせる恐れが示された.

3) 【仕事を継続することへの障害】

【仕事を継続することへの障害】は,〈離職意図の芽生え〉,〈専門職としての自律性の低下〉,〈仕事意欲の低下〉という3つのサブカテゴリーで構成された.〈離職意図の芽生え〉は,「離職意思が芽生える」,「離職意図が生じる」などのコードで構成された.また〈専門職としての自律性の低下〉は,「主体性のない看護職が生み出された」,「専門職としての自律的姿勢を欠く恐れ」などのコードで構成された.〈仕事意欲の低下〉は,「仕事に対する意欲の低下」,「労働意欲の低下」などのコードで構成された.このカテゴリーから,離職意図が生じることや看護師という専門職としての自律性の低下,仕事に対する意欲の低下によって仕事を継続することに障害をきたす恐れが示された.

4. 「看護師の自己犠牲」の概念モデル(図1

本概念分析によって得られた,先行要件,属性および帰結の構造について概念モデルとして示す.

図1 

「看護師の自己犠牲」の概念モデル

5. 関連する概念

「看護師の自己犠牲」に関連する概念には,「愛他的行動」があると考えた.「愛他的行動」とは,他人のためになることをしようとする内発的に動機づけられた自発的な行為(Eisenberg & Mussen, 1989/1991)と定義されており,自己よりも他者に利益をもたらす行動という点では自己犠牲との類似性が示されていると考える.また,愛他的行動は行為者の動機として愛他性が含まれることに特徴があり,行為者の動機が利己的な場合には愛他的行動とは区別される.本研究の結果においても,自己犠牲という行動の動機の中には愛他性が含まれてはいたが,相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出そうとする共依存傾向も示されたことから,利己的な動機も含まれる可能性があった.また,自己犠牲はその最終的な結果として自己の健康や尊厳を脅かす要素を孕んでいることから,善き行いとして自発的になされた行動であったとしても,向社会的行動にはあたらないという点において相違性があると考える.

Ⅴ. 考察

1. 「看護師の自己犠牲」の定義

Rodgers & Knafl(2000)の概念分析を行った結果,「看護師の自己犠牲」には,患者のための愛他心や看護師としての価値づけに基づくものとして前向きな要素が組み込まれていることが分かった.しかし,自己犠牲は正しい行いとの洗脳や思い込みから看護師としての自律的姿勢を阻害しうる否定的な要素も含まれた.また帰結においては,前向きな要素に基づいて選択した行動であったにもかかわらず,自己の健康を脅かし,看護師としての存在目的を見失わせる結果を招きかねないことも示された.「看護師の自己犠牲」は一見すると,看護師として望ましい姿であり愛他心に基づいた尊くも善き行いに読み取れる側面はあるが,度が過ぎる行いは自身の健康や尊厳を損ないかねない行動として,先行要件や帰結にあたる前後の過程にも着目していく必要があると考える.

これらの結果に基づいて,本研究では「看護師の自己犠牲」を「看護師としての肯定的な価値づけに基づいて,身を粉にしてでも患者のために自身を差し置いてとる行動」と定義した.

2. 「看護師の自己犠牲」のモデルケース

「看護師の自己犠牲」という概念の理解を深めるため,本概念を象徴する1つの場面を具体例として以下のモデルケースを示す.

Aさんは,一般病棟に勤める看護師であった.COVID-19が世界的に流行したことによって,医療職に対する社会からの期待と要求が入り混じる情勢に至り,看護職においてもいかなる時にも職務を全うすることが求められる社会的風潮に見舞われた.一部の職場では,患者の対応に多忙さを極める中であっても,皆が頑張っているのだから多少身を削ってでも仕事をすることが看護師として当たり前の行動のように考える組織風土がみられるようになった.その影響もあり,Aさんはどんなに疲れ果てた状況でもこれ以上の人員不足を出すまいと心に決め,休むことなく身を粉にしてでも働く姿勢を貫いていた(【身を粉にしてでも働くという選択】).Aさんは看護師になる以前から,誰かの役に立ちたいという高い貢献志向を持っており,他者へ尽くすことによって自身の看護師としての価値を確認する傾向があったことも相まって,自分がどんなに苦しい状況にあっても患者を優先的に考えて行動する性格の持ち主であった(【患者のために自分を差し置く行動】).そのため,心身の疲労やストレスを感じていながらも,「きっとこの行動は看護師として自分がとるべき正しい行いのはずだから,今は耐えるしかない.」と前向きに自身に言い聞かせながら仕事をしていた(【看護師としての肯定的な価値づけに基づく行動】).ところが,徐々にこれまでの仕事に対する意欲を感じることができなくなっていき,同時に看護師という立場なだけでいかなる時にも我慢して耐えることだけが専門職として自律的に職務を遂行する立場の望ましい姿なのだろうかと疑問を抱くようになった.そして,このまま仕事を辞めてしまったら楽になれるのではないかとの離職意図が芽生えるようになっていった.

3. 概念の特徴

「看護師の自己犠牲」の特徴として,自己犠牲という概念自体は国内外においてあらゆる分野や場面で触れられているものの,本概念を直接的に取り上げている文献は数少ないものであり,「看護師の自己犠牲」の記述は看護の歴史的変遷や看護倫理教育,組織風土の構築やジェンダー特性を論じる際に関わってくる問題の1つとして取り上げられていた.このことから「看護師の自己犠牲」という行為自体は自然に生じるようなものではなく,歴史や文化などの影響を受けて看護師としての求められるべき姿を位置づけてきた社会的な背景や組織の特性,貢献思考の高さなどの個人の特性や看護師として捉えている望ましい姿との認識などから影響を受けた上で行為選択に至る概念であると考えられる.

また,本概念は看護学において探究されていると推察していたが,実際には社会学(佐藤,2020佐藤,2015),心理学(荻野,2005逆井・松田,2009),教育学(江塚,2011大日向,2004)など他分野からも議論されていた.自己犠牲という概念は,医療以外でも援助関係が形成される対人場面において同様に生じている.しかし医療現場では,患者の生命の選択に居合わせる場面が数多くあることから,自身を後回しにして他者への愛他心をもって貢献する在り方が,その表裏一体に自己犠牲的に行動する姿勢とも混同されることで,時と場合によって倫理的ジレンマを生じさせる事象として他分野からも興味深く探求されてきたと推察する.愛他心をもって貢献的に他者へ関わるという行為は,その境界が不明瞭なまま先行要件で示された社会的な背景や組織の特性,個人の特性などに背中を押されることで自己犠牲へと転じる恐れがあると考える.このような自己犠牲という行為は,愛他的に他者と関わるという看護師として求められる姿勢との境界が不明瞭であることによって,いかなるときにも自らを犠牲にして他者に奉仕することは看護師としては正しき行いにあたるというような合理性を纏ってしまった恐れがある.そして,知らず知らずのうちに自己犠牲を選択していることに看護師自身が気づけずにいたことが,これまで本概念が探求されて来なかった要因であると推察する.

4. 概念の有用性

「看護師の自己犠牲」は帰結において,心身の疲労(Ebrahimi et al., 2022江塚,2011佐藤,2015佐藤,2012)やストレス(石田・勝眞,2007米満ら,2012Pembroke, 2016小林ら,2020),仕事へのバーンアウト(Borimnejad et al., 2018荻野,2005森・長田,2007小林ら,2020)を招くことや,離職意図(石田・勝眞,2007田中ら,2015Heydarikhayat et al., 2022)を生じさせるものとして結果が示された.これらは,看護師の仕事に対するモチベーションの低下や倫理的問題に気づき立ち向かうための倫理的感受性を低下させる恐れがあることから,看護実践上での自律的な判断と根拠ある看護ケアの実施に影響を与えるものと推察する.本概念分析では,「看護師の自己犠牲」にはその根底に看護師としての規範意識や専門職としての高い使命感などといった前向きな動機づけが生じていた.しかし一方では,愛他心を要求されてきた宗教的な背景(大日向,2004Pembroke, 2016)や,自己犠牲を看護の心構えと位置付けてきた歴史的な背景(Ericson & Strandberg, 2007逆井・松田,2009),身を削ることが当然のことと理解してきた組織風土(佐藤,2020田中ら,2015)なども自己犠牲が生じる要因として位置づけられ,本人が意図しない動機づけにも影響されてきたと考えられる.自己犠牲は,肯定的な意味では看護を行う者にとっての美徳として元来から受け継がれてきた側面があり,一見すると前向きにも解釈できる意味づけが自己犠牲という行いに合理性を持たせてしまった可能性があると推察する.高田ら(2016)は,看護師は仕事の動機を奉仕や献身の意識に置く(聖職志向)のではなく,自分の知識や技術を行使する義務の意識に置く(職務志向)ことが,専門職としての看護師に求められる特性として述べていることから,この聖職志向に傾くことで場合によっては自己犠牲を許容する恐れが懸念される.対人援助職において愛他心を持って他者へ関わることは必要な心構えにあたるが,聖職志向を重んじるあまりに自己犠牲的に行動することの危機として,自らを差し置くことへの抵抗感を薄れさせ,専門的な知識や技術をもってして自律的に判断して行動する看護師としての姿勢を阻害する恐れが考えられる.葛生(2013)は,「ケア観念の欠如した正義は利己に傾き,正義観念の欠如したケアは自己犠牲に傾く」と述べている.また細見(1999)は,「患者の権利の尊重は,医療者の自己犠牲を要求するように見えるが,医療者の権利が守られていなければ,患者の権利も守られない」とも述べている.看護師として患者の生命を優先する状況において自己犠牲を伴う行動は,一見するとケア倫理として適切な行動と判断されたとしても,一個人として正当な権利を擁護できない状況であるならば正義に即した行動にはあたらないと考える.加えて,自己犠牲は現代のあり方として個々の人権を尊重する思想に逆行しており,患者の権利だけではなく看護師自身の権利も尊重されることで,守られるべき一個人として自己を肯定的に捉えることが自己効力感としての自信の高まりに結び付くと考える.西園ら(2009)は,自己効力感と看護師の自律性との関連を示しており,自己効力感の高まりは看護師として患者の状況を的確に捉えて自律的に判断した根拠ある看護ケアの実践に寄与することが期待される.以上から本概念を理解することは,自らを闇雲に犠牲にして職務に従事することが愛他心とは異なる立ち位置にあることを捉え直す機会の提供となり,概念の実際的な活用においては看護基礎教育をはじめとした実践上での倫理観の形成に有用であると考える.看護基礎教育では現行の看護倫理教育の内容に加え,自己犠牲という概念が看護師の健康と幸福にいかなる影響を与えるのかを教育の場において思考する機会の提供として活用可能であると考える.また自己犠牲の認識や行動傾向のリスク評価を行うアセスメントツールの開発にも活用可能である.多忙を極める日々の状況の中では,自己の行動傾向や認識を捉える機会を持つことは非常に困難である.特に,自らを安易に犠牲にする傾向を持つ者は帰結で示された心身の健康を脅かす状態に至る恐れがあることから,自己犠牲の行動傾向や認識についてのリスク評価と行動変容を促す機会の提供が求められると考える.

また,本概念は組織風土の変革においても有用であると考える.近年,医療従事者の体調不良時の出勤に関しては,COVID-19感染流行以前に比べると出勤を控えるようにとの措置が図られるようになったものの,現状でも人員不足などの背景から容易に休養を取ることが出来ない状況も少なくはない.今村ら(2022)は,COVID-19流行以前の医療従事者を対象とした調査において,体調不良時でも出勤した経験をもつ者は対象者の67%にあたることを報告しており,その理由に「人手の心配」や「同僚への迷惑」,「同僚は体調不良でも働いている」という内容があげられている.また,仕事において体調不良などによる急な休暇を取ることに関しては,そのコントロール感不足が心身のストレスと関連がある(渡邊ら,2022)ことが示されている.体調不良による組織の欠員は,代替え者が限られる業種においては常なる問題であるものの,休みを取れない雰囲気が看護師の健康状態を脅かす要因とも捉えられる.小西ら(2007)は,職場で「和」が「同」と混同されると,「波風を立てるな」という拘束要因となることを述べており,体調不良時でも組織へのしわ寄せを懸念するあまりに仕事を優先することは,主体性の低い組織においては闇雲な自己犠牲の容認に至らしめる恐れがあると推察する.そのため,心身の健康へ影響を与えるような自己犠牲的な働き方については,定期的な人員編成や業務負担の見直しによって組織の風通しを良くするとともに,一人一人が組織風土による弊害が起こることを認識しながら同調を減らす努力が求められると考える.

5. 研究の限界と今後の課題

「看護師の自己犠牲」という概念は,看護の歴史的変遷や看護倫理教育,組織風土の構築やジェンダー特性を論じる際に関連する問題として補足的に触れられているものであり,国内外において「看護師の自己犠牲」を直接的に論述した文献は非常に限られるものであった.そのため,看護実践上で自己犠牲がどのように認識されて生じているのか具体的な状況は明らかにはならなかったことが本研究の限界である.

今後の課題として,本研究の結果として示された「看護師の自己犠牲」の先行要件,属性,帰結に関する内容を実践上の看護師の認識とすり合わせて検証する必要があると考える.

Ⅵ. 結論

本研究では「看護師の自己犠牲」を「看護師としての肯定的な価値づけに基づいて,身を粉にしてでも患者のために自身を差し置いてとる行動」と定義した.本概念は,職務において闇雲な自己犠牲は愛他心とは異なる立ち位置であると捉え直す機会の提供や心身の健康を脅かす恐れのある組織風土の変革への有用性が示唆された.

しかし本概念を直接的に論述した文献は限られており,看護実践上で自己犠牲がどのように認識されて生じているのか具体的な状況は明らかにはならなかったことから,今後は本研究で示された結果を実践上の看護師の認識とすり合わせて検証する必要があると考える.

付記:本論文の内容の一部を,第41回日本看護科学学会学術集会にて発表した.

謝辞:本研究に関してご協力いただきました皆様に深く感謝いたします.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

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