2024 Volume 44 Pages 32-41
目的:九州圏内の救急領域の看護師における代理意思決定支援の実践状況とその実践に関連する要因を明らかにする.
方法:九州圏内の救命救急センター看護師603名に対し,救急・集中治療領域の終末期治療における代理意思決定支援実践尺度を含めた質問紙調査を行った.代理意思決定支援実践尺度を従属変数として解析した.
結果:分析対象者は123名とした.重回帰分析の結果,代理意思決定支援には道徳的感受性(β = .296, p < .001),看護師経験年数(β = –.203, p = .021),代理意思決定支援の困難感(β = –.183, p = .033),看護師有資格者からの支援体制(β = .189, p = .032)が関連していた.
結論:代理意思決定支援実践には,道徳的感受性,看護師経験年数,代理意思決定支援の困難感,専門看護師や認定看護師など有資格者からの支援体制が関連していた.
Objective: The purpose of this study was to assess surrogate decision-making support by nurses in the emergency medical field in the Kyushu area, and to clarify the related factors to it.
Methods: A questionnaire was conducted among 603 nurses in an emergency and critical care center in the Kyushu, Japan area. The survey items included a nursing practice scale for measuring support for surrogate decision-makers of terminal care in the intensive and critical care unit. A statistical analysis was conducted using the surrogate decision-making support practice scale score as the dependent variable and the other items as independent variables.
Results: There were 123 subjects in the analysis. A multiple regression analysis revealed that moral sensitivity (β = .296, p < .001), years of nursing experience (β = –.203, p = .021), difficulties with surrogate decision-making support (β = –.183, p = .033), and support from qualified nurses (β = .189, p = .032) related to the practices surrogate decision-making support.
Conclusion: The results showed that moral sensitivity, years of nursing experience, difficulties with surrogate decision-making support, and support from qualified nurses related to the practices associated with surrogate decision-making support.
救命救急センターでは,突然の病気や不慮の事故,災害などによって生命の危機的な状態となり,意思決定が困難な患者に多く遭遇する.医療者には患者の意思が不明な場合であっても患者にとって最善と考えられる選択を優先することが望まれる.意思決定が困難な患者に代わって移植医療や延命治療の差し控えの決断などの意思決定を行う(以下,代理意思決定)のは患者の家族の場合が多い.そのため,家族が救命救急センターという非日常的な環境,時間的制約や心理的に不安定な状態であっても,最善の決断ができるような看護支援(以下,代理意思決定支援)が求められる(樅山ら,2022).
一方,家族が生命の危機的な状態にある患者の代理意思決定を行うという状況では,家族だけではなく医療スタッフもともに葛藤や苦悩を経験していることが報告されている(Bucknall & Thomas, 1997;Breen et al., 2001;Workman et al., 2003).救命救急センターに勤務する看護師の代理意思決定支援に生じる葛藤には,家族に対する看護支援の必要性を認識しながらも知識・技術が無いことや十分な時間を確保できないこと(上澤・中村,2013),延命治療の意思決定に関わる家族に対する具体的な看護師の役割やあり方の明確な指針が確立されていないこと(伊勢田・井上,2003)が報告されている.
そのようななか,近年,代理意思決定支援についてのエビデンス構築にむけて,「救急・集中治療領域の終末期治療における代理意思決定支援実践尺度(以下,代理意思決定支援実践尺度)」が開発された(下地ら,2017).この尺度を用いることによって,救急・集中治療領域における代理意思決定支援の実践状況の定量化や,関連する要因が明らかにされ,代理意思決定支援を行う看護師への支援のあり方を検討することができると考えられる.これまでに本尺度を用いた代理意思決定支援に関する調査では,終末期ケアに対する困難度(松岡・河野,2022),上司や同僚からの知識の助言や精神的なサポートの頻度といった組織的な要因(小﨑・中村,2022)が代理意思決定支援と関連することが報告されている.
また,代理意思決定支援は倫理的な課題を多く含むことから,倫理的活動が求められる.Fryらは,倫理的活動は,ある状況下に存在する道徳的課題を認識する人々の能力によるとし,道徳的課題に適切かつ効果的に対応することのできる能力には道徳的感受性,道徳的推論,道徳的動機,そして道徳的特性の発達が必要であることが述べられている(Fry & Johnstone, 2008/2010).なかでも,道徳的感受性は,倫理的感受性と同義語として「倫理的状況への遭遇体験に反応して感情が表れる主観的性質を持ち,倫理的問題への気づき,問題の明確な理解,問題に立ち向かおうとすることを総合した能力であり,対象者を中心とする医療者の役割への責任感が反映する」と定義されている(青柳,2016).すなわち,倫理的活動が求められる代理意思決定支援の看護実践には道徳的感受性が関連している可能性がある.さらに,代理意思決定支援は,主な対象が患者の家族であるため,家族看護実践といえる.家族看護実践に影響する要因としては,研修/教育や知識,臨床経験年数,領域などの個人的要因,管理者・同僚のサポート,多職種連携や標準化されたマニュアルなどの組織的要因が報告されている(隍ら,2019;伊東ら,2019).そのため,これらの要因についても,代理意思決定支援に関連している可能性がある.
以上より,これまでの救急領域における代理意思決定支援の実践状況やそれに関連する因子についての定量的な調査はまだ数少なく(松岡・河野,2022;小﨑・中村,2022),これらは看護配置体制が異なる集中治療室に勤務する看護師を含めた研究であり,救命救急センターの看護師だけに対象を絞った実態調査は見当たらない.そこで,本研究は,救命救急センターに勤務する看護師における代理意思決定支援の実践状況とその実践に関連する要因を明らかにすることを目的とした.本研究の結果は,看護師の代理意思決定支援実践における質の向上のためのアプローチを検討する上での資料となる.
先行研究での代理意思決定支援実践や家族看護実践に関連する要因を参考に,関係性が考えられる要因を整理した(図1).したがって,本研究は,Webアンケート調査法を用いた横断研究による探索的研究デザインとした.
日本救急医学会が公表する救命救急センター施設一覧に掲載されている九州8県の33施設に所属し,看護部長の承諾が得られた19施設の救命救急センターに勤務する看護師603名を研究対象者とした.
3. データ収集方法九州圏内の救命救急センターを有する33施設の看護部長に対し,研究説明書と同意書,返信用封筒を送付した.その後,救命救急センターに所属する看護師数が記載された同意書を受け取り,研究協力の承諾が得られた19施設の病院に研究対象人数分のアンケートのQRコードを記した研究説明書を送付し,研究対象者への配布を依頼した.
4. データ収集期間2021年12月1日~2022年1月31日
5. 調査内容 1) 基本属性年齢,性別,職位,看護師経験年数,クリティカルケア領域での看護師経験年数,最終学歴,救命救急センターにおける勤務場所,勤務する病院の病床数を把握した.
2) 代理意思決定支援に関する項目看護師の教育課程における意思決定支援の教育受講歴の有無,クリティカルケア領域における意思決定支援の研修会参加の有無,救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン(以下,3学会合同終末期医療ガイドライン)(日本集中治療医学会ら,2014)の認知の有無,人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン(以下,医療決定プロセスガイドライン)(厚生労働省,2018a)の認知の有無,代理意思決定支援での困った経験の有無,代理意思決定支援の困難感(「全く困難ない:1」~「大いに困難がある:10」の10段階評価)を把握した.また,所属における代理意思決定支援の支援体制として,代理意思決定支援についての医師の協力体制の有無,終末期における意思決定支援に関する手順書の有無,認定看護師・専門看護師の有資格者における意思決定支援体制の有無を把握した.
3) 代理意思決定支援実践代理意思決定支援実践尺度(下地ら,2017)を用いて測定した.本尺度は,4因子18項目から構成され,【他職種連携】【代理意思決定の準備】【偏りのない姿勢と説明の確認】【代理意思決定を考える促し】に分類される.各質問項目は4件法で,「している:4点」「時々している:3点」「あまりしていない:2点」「していない:1点」でそれぞれ点数化されている.得点範囲は18~72点で,合計得点が高いほど代理意思決定支援を実践していることを示す.各下位因子における得点率は,対象者の得点/下位因子の満点で算出した.なお,尺度全体および各下位因子の信頼性・妥当性は確認されている.尺度の使用にあたっては,開発者に連絡し使用許可を得た.
4) 道徳的感受性改訂道徳的感受性質問紙日本語版(Japanese version of the revised Moral Sensitivity Questionnaire,以下J-MSQ2018)(前田ら,2019)を用いて測定した.本尺度は3因子10項目で構成され,3因子は【道徳的強さ】【道徳的な気づき】【道徳的責任感】に分類される.各質問項目は,「全くそう思わない」から「強くそう思う」までの6段階のリッカート尺度により回答を求め,選択した回答に応じて1~6点を付与し,得点化する.得点範囲は10~60点で,得点が高いほど道徳的感受性が高いことを示している.本研究におけるJ-MSQ2018全体のCronbach’s α係数は.816で,各下位因子については,道徳的強さ.855,道徳的気づき.484,道徳的責任.785であった.
6. 分析方法全ての項目について,記述統計量を算出したのち,代理意思決定支援実践尺度の得点を従属変数とし,その他の調査項目を独立変数として統計的解析を行った.代理意思決定支援実践尺度については,尺度全体のCronbach’s α係数を算出し,内的一貫性を確認した.また,Shapiro-Wilkにより正規性検定を行い,正規分布を確認した.代理意思決定支援実践に関連する変数を検討するため,各独立変数との単回帰分析を行い,有意確率10%未満となった変数および先行研究で関連がみられている変数を用いて,強制投入法による重回帰分析を行った.なお,重回帰分析における残差の仮定は,Shapilo-Wilk検定(p = .937),ヒストグラムおよびQ-Qプロットにて正規性を確認した上でDurbin-Watson比(2.002)において残差の自己相関がないことを確認した.重回帰分析の変数の設定時には,Variance Inflation Factorは全て10未満(≦1.456)と,多重共線性に問題がないことを確認した.全ての解析には,統計解析ソフトIBS SPSS Statistics Ver.25を用いた.検定の有意水準は5%,信頼区間の信頼係数は95%とした.
7. 倫理的配慮研究対象者に,本研究の目的と概要および倫理的配慮について明示した研究説明書を配布し,その後研究対象者が研究説明書を確認の上,自由意思で,アンケートフォームを開き,Web上での同意ボタンの押下とアンケート回答の送信をもって同意が得られたとみなした.なお,本研究は長崎大学大学院医歯薬学総合研究科保健学系倫理委員会の承認を得て実施した(許可番号:21101407).
研究対象者603名のうち,看護師132名(回収率21.9%)から回答が得られ,調査項目の欠損があった9名を除いた123名を分析対象とした.年齢の平均±標準偏差(Standard deviation,以下SD)は35.4 ± 8.2歳であり,性別は女性が94名(76.4%),男性が29名(23.6%)であった.看護師経験年数の平均±SDは12.8 ± 8.0年,クリティカルケア領域での看護師経験年数の平均±SDは7.6 ± 5.4年であった.勤務場所は,救命病棟が57名(46.3%),救急外来が16名(13.0%),救命病棟と救命外来の両方に勤務しているが50名(40.7%)で,約8割の対象者が400床以上の病院に勤務していた.また,看護師の教育課程における意思決定支援の教育受講歴およびクリティカルケア領域における意思決定支援の研修会参加について,それぞれ約4割が教育を受けていた.3学会合同終末期医療ガイドラインおよび医療決定プロセスガイドラインの認知については,それぞれ約3割が認識していた.さらに,代理意思決定支援での困った経験を有と回答したものが約7割で,代理意思決定支援の困難感の平均±SDは7.0 ± 1.7であった.道徳的感受性については,J-MSQ2018全体平均±SDは38.2 ± 6.1点であった(表1).
項目 | 人 | % |
---|---|---|
性別 | ||
女性 | 94 | 76.4 |
男性 | 29 | 23.6 |
年齢 | ||
平均(SD)歳 | 35.4 ± 8.2 | |
20代 | 35 | 28.5 |
30代 | 53 | 43.1 |
40代 | 29 | 23.5 |
50代 | 6 | 4.9 |
職位 | ||
スタッフ | 110 | 89.4 |
主任/副看護師長 | 13 | 10.6 |
看護師経験年数 平均(SD)年 | 12.8 ± 8.0 | |
クリティカルケア領域看護師経験年数 平均(SD)年 | 7.6 ± 5.4 | |
最終学歴 | ||
高等課程/専門学校/短期大学 | 75 | 61 |
大学課程/大学院課程 | 48 | 39 |
勤務場所 | ||
救命病棟 | 57 | 46.3 |
救急外来 | 16 | 13 |
両方 | 50 | 40.7 |
病床数 | ||
200~400床未満 | 20 | 16.3 |
400~800床未満 | 56 | 45.5 |
800床以上 | 47 | 38.2 |
看護師の教育課程における意思決定支援の教育受講歴 | ||
あり | 54 | 43.9 |
なし | 69 | 56.1 |
クリティカルケア領域における意思決定支援の研修会参加 | ||
あり | 49 | 39.8 |
なし | 74 | 60.2 |
3学会合同終末期医療ガイドラインの認知 | ||
知っている | 37 | 30.1 |
知らない | 86 | 69.9 |
医療決定プロセスガイドラインの認知 | ||
知っている | 40 | 32.5 |
知らない | 83 | 67.5 |
代理意思決定支援における困った経験 | ||
あり | 86 | 69.9 |
なし | 37 | 30.1 |
代理意思決定支援における困難感 平均(SD)点 | 7.0 ± 1.7 | |
道徳的感受性(J-MSQ2018) 平均(SD)年 | 38.2 ± 6.1 | |
医師の協力体制の有無 | ||
あり | 95 | 77.2 |
なし | 28 | 22.8 |
終末期における意思決定支援に関する手順書の有無 | ||
あり | 85 | 69.1 |
なし | 38 | 30.9 |
認定看護師・専門看護師の有資格者における意思決定支援体制の有無 | ||
あり | 72 | 58.5 |
なし | 51 | 41.5 |
代理意思決定支援実践尺度全体のCronbach’s α係数は.915で,尺度全体の平均は53.2 ± 10.2点,各下位因子については,第一因子(他職種連携).891,第二因子(代理意思決定の準備).885,(偏りのない姿勢と説明の確認).830,第四因子(代理意思決定支援を考える促し).793であった.さらに,各下位因子の得点率は,第一因子(他職種連携):78.5%,第二因子(代理意思決定の準備):63.8%,第三因子(偏りのない姿勢と説明の確認):79.4%,第四因子(代理意思決定支援を考える促し):73.5%であった(表2).
質問項目 | 平均(点) | SD | 下位因子 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
全体(α = .91) | 53.2 | 10.2 | 平均(点)(得点率) | SD | ||
第1因子 他職種連携 (α = .88) |
設問14. | 他職種と,患者にとって何が最善か話し合っている | 3.3 | 0.8 | 15.7(78.5) | 3.2 |
設問15. | 他職種と,患者の要望や価値観についての情報を共有している | 3.3 | 0.7 | |||
設問16. | 他職種と,家族の要望や価値観についての情報を共有している | 3.3 | 0.7 | |||
設問17. | 他職種と,終末期の重症患者家族への支援方法について話し合っている | 3 | 0.8 | |||
設問18. | 状況によっては,医療者側の考えを家族に提案することを,他職種と相談している | 2.9 | 0.8 | |||
第2因子 代理意思決定の準備 (α = .79) |
設問1. | 代理意思決定を行うキーパーソンの精神的負担について,前もって家族に説明している | 2.4 | 1.1 | 10.2(63.8) | 3.6 |
設問2. | 代理意思決定では,キーパーソンのみが責任を負うのではなく,医療者および家族関係者全員で,責任を連帯することを家族に伝えている | 2.6 | 1.1 | |||
設問3. | 代理意思決定の目標を前もって家族に説明している | 2.3 | 1 | |||
設問4. | 代理意思決定についての病状説明は,家族・近親者が複数で聞く必要があることを,前もって家族に説明している | 2.9 | 1 | |||
第3因子 偏りのない姿勢と説明の確認 (α = .83) |
設問10. | 病状説明に同席中,医療者の説明に強制感はないか確認している | 2.9 | 0.9 | 12.7(79.4) | 2.8 |
設問11. | 代理意思決定の家族支援を行う際,個人的な考えと,看護職としての考えを区別している | 3.3 | 0.8 | |||
設問12. | 病状説明に同席中,治療の選択肢それぞれのメリット/デメリットについて説明されているか確認している | 3.3 | 0.9 | |||
設問13. | 病状説明に同席中,治療の選択肢それぞれの予後について説明されているか確認している | 3.2 | 0.8 | |||
第4因子 代理意思決定支援を考える促し (α = .89) |
設問5. | 面会時,患者の要望について家族に尋ねている | 3.4 | 0.6 | 14.7(73.5) | 3.2 |
設問6. | 家族が何を質問したいか,考えをまとめる手助けをしている | 3.2 | 0.7 | |||
設問7. | 家族同士の話し合いの場に,医療者の参加が必要か家族に確認している | 2.4 | 1.1 | |||
設問8. | 病状説明に同席中,医療者が話すよりも家族の話す時間が増えるよう配慮している | 2.8 | 0.9 | |||
設問9. | 病状説明に同席中,さらに説明が必要な内容があると考えた場合,医師に質問している | 2.9 | 0.9 |
単回帰分析の結果,代理意思決定支援実践には,道徳的感受性(p < .001),看護師教育課程における意思決定支援の教育受講歴(p = .028),クリティカルケア領域における意思決定支援の研修会参加(p = .002),専門看護師や認定看護師などの有資格者からの支援体制(p < .001),医師の協力体制(p = .001),意思決定支援に関する手順書(p = .002)との有意な関連がみられた(表3).
変数 | 標準化係数(β) | t値 | P |
---|---|---|---|
年齢 | –.037 | –0.411 | .682 |
性別(基準:男性) | .003 | 0.034 | .973 |
職位(基準:スタッフ) | .077 | 0.849 | .398 |
看護師経験年数 | –.047 | –0.517 | .606 |
クリティカルケア看護師経験年数 | –.117 | –1.3 | .196 |
最終学歴(基準:高等課程/専門学校/短期大学) | .015 | 0.17 | .866 |
看護師の教育課程における意思決定支援の教育受講歴(基準:なし) | .198 | 2.222 | .028* |
クリティカルケア領域における意思決定支援の研修会参加(基準:なし) | .278 | 3.18 | .002** |
3学会合同終末期医療ガイドラインの認知(基準:なし) | .057 | 0.632 | .529 |
医療決定プロセスガイドラインの認知(基準:なし) | .194 | 2.174 | .032* |
代理意思決定支援の困難感 | –.081 | –0.89 | .375 |
医師の協力体制(基準:なし) | .294 | 3.38 | .001* |
意思決定支援に関する手順書(基準:なし) | .273 | 3.127 | .002* |
専門看護師や認定看護師などの有資格者からの支援体制(基準:なし) | .309 | 3.579 | <.001*** |
道徳的感受性(J-MSQ2018) | .350 | 4.117 | <.001*** |
単回帰分析(強制投入法による投入)*;p < .05,**;p < .01,***p < .001
強制投入法による重回帰分析の結果,調整済みR2は.343を示し,代理意思決定支援実践には,道徳的感受性(β = .296, p < .001),看護師経験年数(β = –.203, p = .021),代理意思決定支援の困難感(β = –.183, p = .033),専門看護師や認定看護師など有資格者からの支援体制(β = .189, p = .032)が代理意思決定支援実践に関連していた(表4).
変数 | 標準化係数(β) | t値 | P |
---|---|---|---|
道徳的感受性(J-MSQ2018) | .296 | 3.634 | <.001*** |
看護師経験年数 | –.203 | –2.345 | .021* |
専門看護師や認定看護師などの有資格者からの支援体制(基準:なし) | .189 | 2.174 | .032* |
代理意思決定支援の困難感 | –.183 | –2.162 | .033* |
医療決定プロセスガイドラインの認知(基準:なし) | .159 | 1.828 | .070 |
医師の協力体制(基準:なし) | .146 | 1.739 | .085 |
クリティカルケア領域における意思決定支援の研修会参加(基準:なし) | .129 | 1.400 | .164 |
意思決定支援に関する手順書(基準:なし) | .107 | 1.252 | .213 |
看護師の教育課程における意思決定支援の教育受講歴(基準:なし) | .090 | 1.058 | .292 |
性別(基準:男性) | –.059 | –0.751 | .455 |
R2 | .586 | ||
自由度調整済みR2 | .343 |
重回帰分析(強制投入法による投入)*;p < .05,**;p < .01,***p < .001
投入した因子:性別,看護師経験年数,看護師の教育課程における意思決定支援の教育受講歴,クリティカルケア領域における意思決定支援の研修会参加,医療決定プロセスガイドラインの認知,代理意思決定支援の困難感,医師の協力体制,意思決定支援に関する手順書,専門看護師や認定看護師などの有資格者からの支援体制,道徳的感受性(J-MSQ2018)
本研究は,九州圏内の救命救急センターで勤務する看護師に対し,代理意思決定支援の実践状況の把握に加え,その実践に関連する要因について明らかにした.
1. 九州圏内の救命救急センターに勤務する看護師の代理意思決定支援実践および道徳的感受性の特性本研究における対象者の代理意思決定支援実践尺度の平均得点は53.2 ± 10.2点であり,尺度開発の際の対象者の得点(下地ら,2017)や松岡らの救急・集中治療領域の看護師の結果である得点(松岡・河野,2022)よりも高い結果であった.これらの先行研究と本研究は,性別や年齢,職位,看護師経験年数等の対象者属性は類似していたことから,本研究対象者における代理意思決定支援実践度の高さがうかがえる.また,特に,本研究での下位因子「他職種連携」における得点率が,小﨑らの先行研究67.0%(小﨑・中村,2022)と比較して最も高かったことから,本研究対象者の代理意思決定支援実践における他職種連携に関する意識の高さがうかがえる.
次に,倫理的意思決定において,看護師が質の高い看護実践を行うためには,看護師自身の道徳的感受性が求められる.道徳的感受性の結果においては,今回の対象者のJ-MSQ2018の平均得点は,他の先行研究におけるがん診療連携拠点病院に勤務する看護師を対象とした結果(門脇,2019)や,精神科看護師および一般病棟看護師を対象とした結果(松浦,2023)とほぼ同様であった.したがって,本研究対象者の道徳的感受性は特異的ではないことが判断できる.
2. 代理意思決定支援実践に関連する要因重回帰分析の結果,代理意思決定支実践には道徳的感受性が最も強く関連していた.救急領域における看護師の代理意思決定支援は様々な倫理的な問題を含んでおり,適切かつ効果的に対応するための倫理的活動が求められる.また,道徳的感受性によって看護師は患者のニーズを把握し,看護師が持つ道徳的価値観に基づいたケアを提供することができると述べている(Biyun et al., 2022).したがって,看護師が持つ道徳的感受性は,看護実践の基本である患者のニーズの把握に影響し,代理意思決定支援実践に影響したことが考えられる.また,道徳的感受性は,個人の人生経験や生育環境に影響を受けるほか,受けてきた,あるいは受ける教育にも影響すると述べられている(Fry & Johnstone, 2002/2005).他にも,倫理教育により,看護師の道徳的感受性を高めることが報告されている(Bagherzadeh et al., 2021;Kwisoon et al., 2020).これらのことからも救命救急センターに勤務する看護師を対象に倫理教育を行い,道徳的感受性を高めていくアプローチが代理意思決定支援の実践を高めていく上で重要になるといえる.
次に,本研究では,代理意思決定支援実践と看護師経験年数が関連していた.吉岡らは,経験年数の高まりは,役割の高度化についていけず,できていない自分を情けなく感じること,経験年数を重ねてもそこで培われる力以上の仕事を要求され,できるようになったことを自己評価しにくいと報告している(吉岡ら,2017).また,ICU看護師を対象とした調査において,すべての年代において患者家族への対応に不安を抱いて悩んでおり,4~10年目の看護師は優先すべき処置や検査があり,余裕がなく十分な家族対応ができていなかったこと(赤坂ら,2013),ICU経験10年以上が家族ケアへの困難感を高める要因であった(長岡・市村,2021)という報告がみられる.本研究対象者の看護師経験年数は12.8年であったことから,看護師経験の高さに相応する救急領域における家族ケアの困難感や不安,自己評価の低さが,代理意思決定支援実践尺度得点の低さに関連した可能性がある.
さらには,看護師の代理意思決定支援の困難感が高いほど,代理意思決定支援は実践できていない結果であった.救急領域の終末期ケアの実践の中で様々な葛藤や心理的負担があったことが報告されている(佐竹・荒尾,2018).救急領域においては,救命が第一義とされ,患者の予後予測が見えにくい中で,医療者間の見解の相違からも対立や葛藤が生じやすい.そのような背景において,代理意思決定支援の高実践群は低実践群に比べ,終末期ケアに対する看護師の困難感は低かったことが報告されている(松岡・河野,2022)ことからも,看護師が抱く困難感は,看護実践の心理的負担につながり,代理意思決定支援実践に関連していたと考える.
救命救急センターに勤務する看護師の代理意思決定支援においては,代理意思決定支援実践と認定看護師・専門看護師など有資格者からの支援体制が関連していた.代理意思決定支援の看護実践においては,看護師がひとりで悩むことなく実践できるよう看護チームで協働した連携をとり,看護の高度実践家である専門看護師や認定看護師を活用できるような支援体制の構築が必要とされる(樅山ら,2022).クリティカルケア領域の代理意思決定場面において,急性・重症患者看護専門看護師は代理意思決定と看護師のジレンマの両方向に支援する必要性を捉え,医療チーム内で看護師の代弁者となっていたこと(宮岡・宇都宮,2018)や,認定看護師は医療者からの支援が家族へ継続的に行われるように医療者間で情報を共有し,スタッフに対して家族への支援ができるように調整や自らがロールモデルとなって教育を行い,家族支援が継続的に行われるように管理していることが報告されている(犬飼・渡邉,2021).したがって,専門看護師,認定看護師の実践は,看護師にとっての役割モデルとなり,さらには,看護師にとって最も身近な相談者となり,実践のための手助けとなっていたと考える.
3. 救急領域における代理意思決定支援の課題解決に向けての示唆本研究において,代理意思決定支援実践尺度の得点は他の先行研究と比較して高い傾向にある一方で,約7割の看護師が代理意思決定支援で困難な経験をしたことがあると回答していたことからも,救命救急センターに勤務する看護師は代理意思決定支援を困難と感じつつも実践している現状がうかがえる.近年の状況から,救命救急センターにおいては,意思決定支援の手順書の設置や医師の協力体制など組織的な支援整備は進んできているものと思われるが,意思決定支援における研修会の参加率が約4割であったことや,2つの終末期医療に関するガイドラインの認知がなかった者が約7割いたことから,未だに教育支援は進んでいない状況が見受けられる.そのため,救急領域における代理意思決定支援強化のはじめとして,教育支援体制の充実化が重要となる.具体的には,道徳的感受性を育む倫理教育を含めた教育プログラムの構築および策定や終末期医療に関するガイドライン等の普及に関連する研修会の開催が求められる.また,近年の本邦における代理意思決定支援の調査において,3学会合同終末期医療ガイドラインで推奨されている繰り返しの家族会議や多職種の関与が,日本では十分に行われていない(立野ら,2019)ことが報告されており,今回の調査で明らかになった資格を有する看護師による支援体制の整備を含めた多職種連携を強化していくことが重要になる.
昨今,米国では,患者の意思決定が困難となる場合を想定し,リビング・ウィルなど事前指示書の法制化が行われている(三浦,2011)が,本邦では運用実績はあるものの,法律や制度の整備は十分でない.また,厚生労働省の人生の最終段階における医療に関する意識調査において,“終末期医療について家族等と話し合ったことがない”と回答した一般国民の割合は約55%で,約70%がリビング・ウィルなどの事前指示書の必要性は理解しているものの,実際に作成している一般国民の割合は約8%という結果であった(厚生労働省,2018b).さらには,代理意思決定者の48.8%は,患者が何らかの形で医療に関する事前の意思を表明していたことを認識していなかったことが報告されている(Tanaka et al., 2021).このことから,本邦においてはACP(Advance care planning)が普及されていない現状がある.今後,患者や家族の意向に沿った方針を目指すためには,国民に対するACPの推進やリビング・ウィルの法制化といった政策などの充実化を図っていくことに加えて,看護師の代理意思決定支援の専門的な知識やスキルの獲得および組織的な代理意思決定支援に関する整備が代理意思決定支援の課題解決のためには必要である.
4. 研究の限界本研究の分析対象者は,九州圏内8県の救命救急センター19施設に勤務する看護師123名と少なかったため,本研究の結果が一般化できるとは言い難い.また,全体のサンプル数が少なかったことに加えて,施設分類ができない調査項目を含む研究デザイン上の問題からマルチレベル解析ができず,組織背景による推定エラーが生じている可能性は否定できない.さらに,J-MSQ2018については,全体として高い信頼性は得られているが,下位尺度の「道徳的気づき」において信頼係数が低い値であったため,下位尺度結果の解釈には慎重な検討が必要である.
本研究において,九州圏内の救命救急センターに勤務する看護師の代理意思決定支援実践には,道徳的感受性,看護師経験年数,代理意思決定支援の困難感,専門看護師や認定看護師など有資格者からの支援体制が関連することが明らかになった.
付記:本論文は長崎大学大学院医歯薬学総合研究科に提出した修士論文に加筆・修正したものである.尚,本稿の一部は,第42回日本看護科学学会学術集会において発表した.
謝辞:本研究にご協力いただきました九州圏内病院の救命救急センターに所属する看護師の皆様ならびにデータ分析でご指導いただきました埼玉医科大学リサーチアドミニストレーションセンター山口拓允先生に心より御礼申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:筆頭著者THは,研究の着想およびデザイン,調査実施と統計解析,論文執筆まで研究全体のプロセスを中心に行った.KYは研究の着想およびデザイン,調査実施,論文執筆等の研究全体の助言を行った.YI,MT,YOは研究デザイン,分析解釈,論文執筆への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み承認した.