2024 Volume 44 Pages 78-89
目的:保健師による子どもネグレクト支援の決断のための個人・組織準備性評価尺度を開発し,信頼性および妥当性を検討する.
方法:文献検討や保健師の意見等より尺度原案を作成し,47項目5段階リッカート法にて母子保健・子ども家庭福祉に従事する行政保健師を対象に無記名自記式質問紙調査を行い,359名を分析対象とした.
結果:確証的因子分析による最終モデルの適合度はGFI = .952,AGFI = .931,CFI = .967,RMSEA = .046であった.【保健師個人の価値観・態度】【保健師個人のスキル】【職場内に対する認識・関係性】【関係機関に対する認識・関係性】の4因子15項目から成る尺度が作成された.尺度のCronbach’s α係数は.871,基準関連妥当性を示す相関係数は.465であった.
結論:本尺度の信頼性と妥当性が確認された.ネグレクト支援の決断のための保健師と組織の準備性を評価することができる.
Objective: This study aimed to develop the Individual and Organizational Readiness Assessment Scale for Public Health Nurses’ Decision-making to Address Child Neglect and examine its reliability and validity.
Methods: The study developed a scale draft using a literature review and public health nurses’ opinions. A 47-item, 5-point Likert-type questionnaire was administered to public health nurses engaged in maternal and children’s health and child and family welfare in Japan. In total 359 valid responses were included in the analysis.
Results: Regarding the goodness-of-fit indices of the final model of the confirmatory factor analysis, they were as follows: GFI = .952, AGFI = .931, CFI = .967, and RMSEA = .046. The scale comprises four 15-item factors, namely ‘Individual public health nurse values and attitudes’, ‘Individual public health nurse skills’, ‘Perceptions and relationships within the workplace’, and ‘Perceptions of and relationships with related agencies. The Cronbach’s alpha coefficient for the overall scale was .871, and the coefficient for criterion-related validity was .465.
Conclusion: The analysis confirmed the rating scale’s reliability and validity. The scale can be used to assess the readiness of individual public health nurses and organizations to make decisions for addressing neglect.
日本の児童虐待対応件数は令和3年度に207,660件となり過去最多となっている(厚生労働省,2023).わが国では,虐待を身体的虐待,心理的虐待,性的虐待,ネグレクトに分類される.そのうちネグレクトは,「養育者(保護者)が,故意に,あるいは常識を越えた配慮の不足によって,大人が援助すれば避けることができる危険に子どもをさらすこと,また,子どもの身体的,知的,情緒的な能力の発達に不可欠であると考えられているものを子どもに提供しないことを指し(Polansky et al., 1975),虐待全体の約3割を占めている.社会的養護の要因ではネグレクトが最も多く,虐待死の要因ではネグレクトが約半数を占める(厚生労働省,2020).
ネグレクトは子どもの生命に危機を及ぼす上に,愛着関係の欠如など心理的発達の問題,攻撃性や非行行動などの行動上の問題,学業不振や社会情緒的困難などの問題を引き起こす(Gaudin, 1993).子どもに重篤かつ長期的な影響を及ぼすことから,発生予防や早期発見・対応は重要である.
2016年の児童福祉法改正により,家庭養育優先原則が示され,分離しないケアが推進されており,予防的対応を中心とした在宅支援の強化が求められている.虐待対応件数の9割は保護者からの分離・保護の対象とはならず(上鹿渡,2021),在宅における見守り対象となった家族へは,必要時支援が行われている.地域において予防的な対応を中心に行う保健師は,児童虐待のハイリスク家庭に対する支援経験のあるものが8割を超え(小笹ら,2014),ネグレクトケースを担当することが多い(安部,2013).一方,子どものネグレクトケースの多くに長期間継続して関わる中,保健師の9割が困難さを感じている.その理由として最も多いのは「介入方法やタイミングの難しさ」(有本・田髙,2018)であり,支援の必要性やいつどのような支援を行うかといった支援の決断において困難さを抱いている.軽度から深刻な事例まで広く対応(安部,2013)が求められており,ケースによって様々な決断が求められることが困難につながると考えられる.
海外において,家庭外養育(子どもを保護者から分離・保護するかどうか)の決断を行う児童福祉司を対象とした研究が行われている.支援開始の判断や支援内容が支援者間で一致しないことや(Fluke et al., 2020),他の虐待と比べ,リスクを低く見積もられやすい(Trocme et al., 2014)といった課題も指摘されている.その理由として,ネグレクトは複数のタイプから構成され重症度も様々であり,法的定義も国によって異なり,概念的,運用的に定義することの難しさがある(Dubowitz et al., 2005).そのためネグレクトを測定すること自体が難しく,リスクアセスメントツールも少ない(Haworth et al., 2022).また,ネグレクトの背景には,親の精神疾患や障害,DVや生活困窮など重複した要因(Stevenson, 2007)があることから,支援の決断プロセスも複雑,困難となる.それゆえ,ネグレクトケースの支援の決断はより困難で不確実となりやすい(Beckett et al., 2006).一方,児童虐待のリスクアセスメントツールは妥当性や有効性について限られた知見しか得られていない.ツールの性能への疑問視(Barlow et al., 2012)もあり,ケースの背景が複雑で多様な実践においては,リスクアセスメントのみでは限界があり,支援の決断のための新たな分析的補助手段の必要性が示唆されている(Hackett & Taylor, 2014).
このような背景から海外では,ケース要因以外の支援の決断の背景に着目され始めている.その1つに支援者による影響が指摘されている.例えば,支援者の過去に経験した又は支援の決断後に予測される情動や感情(Rodrigues et al., 2015)や,過去の情報や経験を適切に扱っているか(Beckett et al., 2006),質の高い情報収集(Dettlaff et al., 2015)や社会資源を十分活用できるかどうか(Hollinshead et al., 2021)といったケースマネジメントスキルなどが挙げられている.そのため,支援者は自分の態度や行動を自覚し,支援の決断にどのような影響を与えているのかを省みる必要性も指摘されている(Bartelink et al., 2018).
また,支援の決断は単独で行うことはほとんどなく,通常集団で行われ(Diaz et al., 2021),日本の保健師も組織としての支援方針に従って動いている(有本ら,2013).上司や同僚とのコミュニケーション不足など職場内のチームワークの習慣がないことは,支援者の感情面のコントロールに影響をもたらすことが指摘される(Maresca et al., 2022).また,ネグレクトは複合的な課題を持ち,保健医療福祉も含め様々な関係機関が関わる必要がある.専門職種間連携の実現の構成要素には共同による決断が挙げられ,分野を超えたチームワークが求められる(Phillips & Walsh, 2019).一方,共同による決断においては支援者間で相互作用が生じている(Ravit & Braian, 2022).以上より,支援の決断においては,職場内や連携・協働する関係機関といった組織による影響も大きいと考えられる.
これらの支援の決断の背景にある支援者個人や組織の要因や前提を認識することで,子どもへの影響を回避できる可能性が期待されている(Fluke et al., 2020).支援者はネグレクト支援の決断に影響を与える支援者側の要因を客観視し,準備性を高めることが重要である.しかしながら,日本・海外共に,ケースを対象としたスクリーニングやリスクアセスメントが中心となっており,支援者のアセスメントを可能とするツールは見当たらない(木嶋・大河内,2022).また,在宅支援の傾向が強い日本では,支援者の中でも,子どものネグレクトケースの多くの支援に従事する保健師に着目する必要があると考えた.
以上より,保健師に焦点をあて,ネグレクト支援の決断に影響を与える可能性のある支援者個人や組織の要因について客観視でき,支援の決断に向けた準備性を測ることができるツールの開発が必要である.
支援者とは,「子どもネグレクトのケース対応に従事する保健師,保健師の職場内,保健師と連携・協働する関係機関」とした.
子どもネグレクト支援の決断とは,「子どもネグレクトのケース対応において,必要な支援の方向性や内容・方法について,検討し判断すること」とした.
子どもネグレクトケースは,「子どもネグレクト(ハイリスク・疑い含む)の家庭」とした.
本研究の目的は,保健師による子どもネグレクト支援の決断のための個人・組織準備性評価尺度を開発し,その信頼性および妥当性を検討することである.
児童虐待対応における決断の背景の枠組みとして,ケース要因(Case Factors)以外に,外部要因(External Factors),支援者の個人要因(Decision Maker Factors),支援者の組織要因(Organizational Factors)の4領域が提唱されている(Baumann et al., 2011).例として,個人要因は経験やスキル,価値観,態度,組織に対する認識など,組織要因は支援方針など組織文化,スタッフへの指示や関係性,時間と資源の制約,労働量などが挙げられるが,中身について具体的で詳細な提示はなされていない.そのため,まず個人要因と組織要因に関する文献検討を行った.海外のほうが研究が進んでいるため,Pubmedによるキーワード検索(検索式“decision making” and “child” and “neglect”)と雪だるま式検索により,支援の決断との関連が指摘される支援者個人や組織に関する内容の記述のある文献・書籍(2006年~2022年)に限定し,海外文献16件と海外の書籍2冊を選定した.
支援者個人や組織に関する記述内容を抽出し整理をしていく過程において,組織要因とされる時間と資源の制約は支援者個人がサービスを調整するスキルとして挙げられ,また労働量も支援者個人が支援に必要な時間を確保することができるなど個人要因にも該当していた.そのため,それらについては個人要因として分類することとした.また組織は職場内と関係機関のそれぞれについて記述されており分けることが望ましいと考えた.また,個人要因では学歴や人種など変えようがない内容は除外した.その結果,「保健師個人の価値観・態度」,「保健師個人のスキル」,「職場内に対する認識・関係性」,「関係機関に対する認識・関係性」の4次元に整理された.改めて抽出した内容について分類し類似した内容で項目の集約を繰り返しカテゴリ化し,カテゴリ内容をもとに尺度原案(48目)を作成した.
尺度原案について内的妥当性の検討として,子どもネグレクトケースへの支援経験のある保健師7名に半構造化面接を実施した.機縁法によりリクルートを行い,書面により所属長や対象者に説明し,同意を得た.子どもネグレクトケースへの支援経験を踏まえて,項目の妥当性,実用可能性,可読性,理解可能性など確認してもらい,追加修正を行い,次元の追加修正はなく,4次元47項目となった.追加修正した尺度原案について,内容の可読性,理解可能性について保健師5名,研究者2名から意見をもらい表面妥当性を検討し,設問の表現の修正を行った.調査期間は2022年8月から2022年12月であった.
2. 調査方法 1) 研究対象者母子保健あるいは子ども家庭福祉業務に従事し,過去3年以内に子どもネグレクトケースへの支援経験がある経験年数3年以上の行政保健師とした.
2) 調査手続き(データ収集方法・調査期間)因子分析における必要な標本数について,100以上かつ尺度項目×7倍以上(土屋,2015)と考え,回収率を20%と想定し,1,650通以上の調査票送付が必要と判断した.北日本・中部・関東・関西・中国・九州より2県ずつ,四国より1県を選定し,各県の市区町村の母子保健部門534か所を選定した.2023年1月から同年3月に郵送法による無記名自記式質問紙調査を実施した.534か所の母子保健部門に対し4通(町村には2通)の調査票計1,800通を郵送し,配布の協力に同意が得られる場合は,子ども家庭福祉部門に保健師が従事している場合は人数分渡してもらい,残りを母子保健部門に従事する保健師へ渡してもらった.所属長に研究の趣旨や目的・方法について文書で説明し,調査協力を依頼し,回収は対象者が個別に郵送で返送した.調査票の返送をもって調査参加への承諾とみなした.
3) 調査内容調査内容は,対象者の基本属性,保健師による子どもネグレクト支援の決断のための個人・組織準備性評価尺度の尺度原案47項目である.尺度原案の回答形式は,「全く当てはまらない」から「とても当てはまる」の5段階のリッカートスケールとし,それぞれ1~5点で得点化した.また,基準関連妥当性を検討するための,保健師の専門職務遂行能力尺度の対人支援能力5項目(佐伯ら,2003)を用いた.この尺度は信頼性・妥当性が検証されており,日頃の業務遂行を支障なく行えることを十分とし,保健師自身の能力を「十分」から「不十分」の4件法で回答するリッカートスケールである.「対人支援能力」「地域支援および管理能力」の2因子で構成され,個人・家族を対象とする「対人支援能力」は,本尺度の外的基準に適していると考えた.
3. 分析方法統計解析にはIBM SPSS ver. 29,IBM SPSS Amos ver. 29を用いた.
1) 項目分析項目の除外基準は,通過率(平均点≦2.0),天井効果(平均+標準偏差≧5.0),フロア効果(平均-標準偏差≦1.0),歪度と尖度(絶対値≧2.0),反応の分布(肯定率・否定率が90%以上)とした.また,項目間相関分析では相関係数>.60の項目については内容を吟味しどちらか一方を除外した.上位G-下位P分析は各項目の上位群(75パーセンタイル対象)と下位群(25パーセンタイル対象)の2群間でt検定を行い,有意差のない項目は除外の対象とした.
2) 構成概念妥当性の検討確証的因子分析は,仮説に基づくモデルにデータが合致するかどうか,構成概念妥当性を検討するために行われる.本研究ではBaumannらの枠組みを参考に4次元に整理した尺度案を作成しており,因子構造は4因子が想定できると考えた.4因子構造のモデルを仮定し,確証的因子分析を行った.
モデルのデータへの適合性は,適合度の指標であるχ2検定,GFI,AGFI,CFI,RMSEAを用いた.GFI,AGFI,CFIは一般的に値が.90以上が望ましく,1に近いほど当てはまりが良く,CFIは.95以上,AGFIはGFIより低い値をとると当てはまりが良いモデルとされる(豊田,2007).RMSEAは一般的に.050以下が受容の目安とした(小塩,2015).
モデルの構成概念妥当性のためにはすべての標準化推定値が.50より高いことが推奨されており(Hair et al., 2009),.50を下回る項目は除外した.また,修正指数が高値の場合,項目間の誤差相関があり,項目間の重複の可能性が考えられる(Brown, 2003).誤差相関のある一連の項目を除外することで適合度が改善する可能性がある(星野ら,2005).そのため,修正指数が高い項目群について項目内容から除外する項目を検討し,モデルの修正を試みた.なお,モデルにおける標準化推定値の有意性は,非標準化推定値を標準誤差で除した値の絶対値が1.96以上(p < .05)を示したものを統計学的に有意とした.
3) 基準関連妥当性の検討保健師による子どもネグレクト支援の決断のための個人・組織準備性評価尺度の合計得点および各因子(下位尺度)の合計得点と保健師の専門職務遂行能力尺度の対人支援能力5項目(佐伯ら,2003)の合計得点との相関係数を算出した.相関係数の基準は,Cohenの小(.10~.29),中(.30~.49),大(.50~1.00)を用いた(Cohen, 1988).
4) 信頼性(内的整合性)の検討内的整合性を検証するため,尺度全体と下位尺度因子についてCronbach’s α係数を求めた.α係数の基準は.70以上が望ましいとされる(Schneider et al., 2003).
4. 倫理的配慮本研究は,熊本大学大学院人を対象とする生命科学・医学系研究疫学・一般部門倫理委員会(第2448号)の承認を得て実施した.研究対象者には研究の目的及び方法,無記名のため投函後は撤回できないこと,協力が自由意思であること,協力による利益と不利益,データの厳重管理等について文書で説明をした.調査用紙の返送をもって研究協力の同意とみなした.
回答者数は,372名(返送率20.6%)であり,有効回答者数は359名(有効回答率96.5%)であった.研究対象者は保健師経験年数15.9 ± 9.7年であった.連携・協働した関係機関は4.7 ± 2.6機関であり,医療・保健・福祉・教育・警察など12種類以上と多様であった.
n = 359
項目 | n | % | 平均値±標準偏差 | |
---|---|---|---|---|
保健師経験年数(年) | 15.9 ± 9.7 | |||
年齢(代) | ||||
20代 | 48 | 13.4 | ||
30代 | 103 | 28.7 | ||
40代 | 136 | 37.9 | ||
50代 | 61 | 17.0 | ||
60代 | 11 | 3.1 | ||
最終学歴 | ||||
大学 | 205 | 57.1 | ||
専門学校 | 108 | 30.1 | ||
短大 | 32 | 8.9 | ||
大学院 | 9 | 2.5 | ||
その他・不明 | 5 | 1.4 | ||
自治体人口規模 | ||||
20万人以上 | 133 | 37.0 | ||
5万人以上20万人未満 | 132 | 36.8 | ||
5万人未満 | 94 | 26.2 | ||
所属部署 | ||||
母子保健部門 | 213 | 59.3 | ||
子ども家庭福祉部門 | 63 | 17.5 | ||
母子保健部門と子ども家庭福祉部門を兼ねる | 13 | 3.6 | ||
その他(母子保健部門と他部門を兼ねる) | 70 | 19.5 | ||
連携・協働した関係機関(数) | 4.7 ± 2.6 | |||
連携・協働した関係機関(種類)* | 児童相談所 | 293 | — | |
産婦人科 | 183 | — | ||
小児科 | 165 | — | ||
精神科 | 138 | — | ||
助産院 | 36 | — | ||
保健所 | 63 | — | ||
保育園・幼稚園 | 295 | — | ||
小・中学校 | 170 | — | ||
子育て支援センター | 96 | — | ||
児童家庭支援センター | 87 | — | ||
精神保健福祉センター | 14 | — | ||
母子生活支援施設 | 38 | — | ||
その他自由回答(警察,訪問看護,福祉サービス事業所,教育委員会,子ども食堂,婦人保護施設,他課など) | 62 | — | ||
— |
*重複回答
通過率,歪度と尖度は該当する項目はなかった.天井効果・フロア効果では,フロア効果は該当なし,天井効果は4項目該当した.G-P分析ではすべての項目について有意差を認めた(p < .01).反応の分布では,否定率は該当なし,肯定率は3項目該当した.項目間相関では相関係数が.60以上を示すペアが25ペア37項目あり,似た意味内容を含んでいた17項目を除外対象とした.天井効果に該当していた2項目は,項目間相関あるいは反応の分布の除外対象と重複していた.これらの結果から,計22項目を除外し,25項目が残った.
3. 構成概念妥当性の検討項目分析後の4因子25項目のモデルIを仮定し,確証的因子分析を行った結果,標準化推定値が.50未満の項目が3項目あった(図1).この3項目を除外し,4因子22項目でモデルIIを仮定し,確証的因子分析を行った結果,適合度は受容できる値が得られなかった(表2).修正指数が高い項目群を確認し,項目内容の類似性から除外する項目を検討し,7項目が除外された.λ1からζ1における例を挙げると,除外されたq9,q11,q12は経験の適切な活用や切り離しなど経験に基づく価値観や先入観に留意する内容であり,類似するq7の先入観にとらわれないに集約された(表3).作成されたモデルIII(4因子15項目)の確証的因子分析を行った結果,モデルIIIは,GFI = .952,AGFI = .931,CFI = .967,RMSEA = .046,χ2 = 146.90,df = 84,p = 0.000となり,他のモデルと比べてすべての指標において許容できる値が得られた(図2).標準化推定値の有意性は,すべて1.96(p < .05)以上であった.モデルIIIは統計学的許容水準を満たし,構造的側面から妥当性が検証された.
df | χ2 | GFI | AGFI | CFI | RMSEA | |
---|---|---|---|---|---|---|
モデルI(項目分析後の4因子25項目) | 269 | 576.60** | .885 | .861 | .906 | .056 |
モデルII(Iより標準化係数0.5以上を除外した4因子22項目) | 203 | 461.95** | .896 | .870 | .912 | .060 |
モデルIII(IIより修正指数を参考に7項目を除外した4因子15項目) | 84 | 146.90** | .952 | .931 | .967 | .046 |
** p < .01
n = 359
項目番号 | 項目内容 | モデルI | モデルIII |
---|---|---|---|
q2 | わたしはケースが暮らす地域の文化や価値観を考慮している | λ1 | |
q7 | わたしはケースについて先入観にとらわれないようにしている | λ1 | ζ1 |
q8 | わたしはケースに感情移入しすぎないようにしている | λ1 | |
q9 | わたしはケース対応と自身の私生活での経験は切り離すようにしている | λ1 | |
q10 | わたしはケースの変化に焦らず向き合うようにしている | λ1 | ζ1 |
q11 | わたしはケース対応に過去の他部署での経験を活かしている | λ1 | |
q12 | わたしはケース対応に過去のネグレクト対応の経験を活かしている | λ1 | |
q14 | わたしはケース対応における自身の感情をコントロールしている | λ1 | ζ1 |
q15 | わたしはケース対応における自身の判断について不安はない | λ1 | |
q21 | わたしはケースの今後のリスクを予測している | λ2 | ζ2 |
q22 | わたしはケースの強みを把握している | λ2 | ζ2 |
q23 | わたしはケースのアセスメントを定期的に再評価している | λ2 | |
q24 | わたしはケースに必要な支援を把握している | λ2 | ζ2 |
q26 | わたしはケースの問題解決の優先順位をたてている | λ2 | |
q27 | わたしはケース対応の判断の経緯と根拠を明示している | λ2 | ζ2 |
q28 | わたしはケース対応のために必要な時間を確保している | λ2 | ζ2 |
q29 | わたしはケースと良好な関係性を保っている | λ2 | |
q30 | わたしはケースの現状を把握できるように見守り体制を整えている | λ2 | ζ2 |
q31 | わたしはケースを支えるインフォーマルなサービスを把握している | λ2 | |
q32 | わたしはケースを支えるフォーマルなサービスを把握している | λ2 | ζ2 |
q37 | わたしは職場内から精神的なサポートを得ている | λ3 | ζ3 |
q38 | わたしは職場内でケースに対する認識や見立てについて共有している | λ3 | ζ3 |
q41 | わたしは関係機関にケース対応について自ら相談している | λ4 | ζ4 |
q43 | わたしは関係機関とケースとの関係性について把握している | λ4 | ζ4 |
q45 | わたしは関係機関とケースに対する認識や見立てについて共有している | λ4 | ζ4 |
本尺度,各因子(下位尺度)と,保健師の専門職務遂行能力尺度との相関分析の結果,尺度全体(rs = .465,p < .001),ζ1(rs = .362,p < .001),ζ2(rs = .486,p = .001),ζ3(rs = .141,p < .001),ζ4(rs = .291,p < .001)となった.
尺度の合計得点と保健師の専門職務遂行能力尺度との合計得点の間に有意な中程度の相関を認められ(rs = .465,p < .001),妥当性が確認できた.各因子について,小~中程度の正の相関が認められた.
5. 信頼性(内的一貫性)の検討尺度全体のCronbach’s α係数は.871であった.因子内は,ζ1 = .743,ζ2 = .813,ζ3 = .758,ζ4 = .803であった.Cronbach’s α係数は.70以上を示し,本尺度は高い値を示しており,内的整合性を確保できた.
4因子15項目で構成されるモデルIIIの保健師による子どもネグレクト支援の決断のための個人・組織準備性評価尺度について,確証的因子分析の結果,すべての適合度指標は設定した決定基準の範囲内であった.
モデルIとモデルIIIの異同について,λ3とζ3,λ4とζ4は項目が同一であり,ζ1とζ2はλ1とλ2から項目数が減少したが,主に類似項目が除外されたと考えられた.
モデルIIIの信頼性は,Cronbach’s α係数により内的整合性が確認できた.また,専門職務遂行能力尺度との有意な相関が認められ,基準関連妥当性が確認できた.特にζ2は他の因子と比べケース支援のスキルの視点も含んでいるため,保健師の専門職務遂行能力尺度との相関が高くなったと考えられる.
以上より,モデルIIIの本尺度の構成概念妥当性が確認され,本尺度の実用可能性が示された.
2. 保健師による子どもネグレクト支援の決断のための個人・組織準備性評価尺度の構成要素【保健師個人の価値観・態度】はケース支援に従事する際の保健師自身の価値観や態度を整える概念を仮定していた.ζ1は感情面や価値観をコントロール,マネジメントする内容で構成されており,仮定と概ね合致すると考えられた.支援者の同情的心疲労の増加は,アセスメント内容や,ケースからの離脱との関連があり(Denne et al., 2019),支援者のメンタルヘルスはケース対応に影響する.海外の子どもに関わるソーシャルワーカーの約半数に同情心疲労の高さが報告され(Conrad & KellarGuenther, 2006),日本の保健師においても同様のリスクが推測される.支援者が自分自身の感情面への対処方法を持つことはバーンアウトや同情性心疲労の発生に影響することが指摘されている(Maresca et al., 2022).項目の「ケース対応における自身の感情をコントロールしている」「ケースの変化に焦らず向き合うようにしている」により,保健師が自身の心身の状態を把握し,マネジメントすることができると考えられる.ネグレクトのケース対応においては長期にわたり精神的な負担や不安感を抱くことが予想されることから,心疲労の増加やバーンアウトの予防のために必要な要素であると考える.また,ケース対応における支援者の価値観に依拠した主観的な解釈(Stokes & Schmidt, 2012)が課題とされているが,「ケースについて先入観にとらわれないようにしている」のように自身をマネジメントすることにより防ぐことが期待できる.
【保健師個人のスキル】は,ネグレクトのケース対応に関するスキルを仮定していた.ζ2はケースリスクの予測や強みの把握,サービスの把握や見守り体制を整える等ケースのアセスメントとマネジメント,ケース対応に必要な時間の確保や,判断の根拠の明示といった業務のマネジメントに関する内容で構成されており,仮定と概ね合致すると考えられた.子どもネグレクトは多重に課題を持ち,課題解決に時間がかかるため地域での継続した関わりを必要とし,当事者が困っておらず生命の危険性もないとして,地域での見守りが長期間経過していく状況が見受けられる(池田,2017).そのため,本研究で開発した尺度項目にあがっているようなケース対応能力について定期的な再評価を行っていくことは重要である.また,家族レベルではなく地域資源の枠組みの中で考慮する必要性が指摘され,資源を活用してリスクを低減していくことが期待されており(Morrongiello & Cox, 2020),本研究の尺度項目にあるようにケースを支えるフォーマルサービスを把握し,必要時調整することは重要である.ネグレクトのケース対応の特徴を含んでおり,必須のスキルといえる.また,「必要な時間を確保している」のように,アセスメントや対応には時間が必要である(Fluke et al., 2020).時間の確保には,保健師自身だけでなく職場内も含めた業務の適切な管理が求められるのではないかと考える.また「判断の経緯と根拠を説明できる」は,誤った判断を防ぎ,かつ優れたリスク管理の証明にもつながる(Fluke et al., 2020).業務のマネジメントに関するスキルはケースへの対応に影響するため重要である.
【職場内に対する認識・関係性】はケース対応に関する職場内との協働に対する認識,保健師と職場内との関係性の概念を仮定していた.ζ3は担当ケースについて保健師が職場内の同僚とケースに対する見立てを情報共有し,自身のケース対応について共通認識が持てているか,精神的なサポートを得られているかという内容で構成されており,仮定と概ね合致すると考えられた.職員間のビジョンの共有に関する評価の高さ(Fluke et al., 2016)や,上司や関係機関など重要な他者からの承認(Rodrigues et al., 2015),報告義務があるシステムや現任教育の機会の有無(Nouman et al., 2020)がケース対応に関連することが指摘されている.また,支援者が支援の決断において迷いがある場合,職場内のサポートにより対応の遅れを防ぐ可能性も指摘されている(Beckett et al., 2006).そのため,保健師個人による影響を防ぎ,さらに意見交換により方向性を見出すためにも,職場内で情報共有し共通認識がもてるよう職場内の同僚に働きかけることがまず重要である.そして,職場内の受容や協力は支援者の精神面を支えるために大切であり(Biggart et al., 2017),安定したチームワークにより安心感も得られ,ひいては精神的なサポートを得ることにつながると考えられる.
【関係機関に対する認識・関係性】はケース対応における関係機関との協働に対する認識,保健師と関係機関の関係性の概念を想定していた.ζ4は保健師が連携・協働する関係機関へ自ら働きかけ,対応について情報共有ができているか,ケースと関係機関との関係性を把握できているかといった内容で構成されており,仮定と概ね合致すると考えられた.子どもネグレクトの背景には,親の精神疾患や障害,生活困窮など重複した要因(Stevenson, 2007)により生じ,対応にはアセスメント・アプローチ・サービス提供の各段階において多様性が必要となるため(実方,2014),多職種による連携・協働は重要である.本研究の結果においても,医療・保健・福祉・教育機関など多様で複数の関係機関と対応していることが明らかとなった.しかしながらネグレクト支援の困難の背景として,関係機関との連携・協働の難しさも挙げられている(有本・田髙,2018).組織間の連携が上手く機能する因子として,明確な役割と責任,良好なコミュニケーション,相互尊重,ポジティブな評価などが挙げられている(Konijnendijka et al., 2019).本尺度のζ4に含まれる関係機関へ「ケース対応について自ら相談している」ことで,「ケースに対する認識や見立てについて共有している」が可能となり,組織間の連携・協働を促進すると考える.
以上より,モデルIIIは,仮定した概念を説明していると判断した.
3. 保健師による子どもネグレクト支援の決断のための個人・組織準備性評価尺度の活用可能性と意義ケースのリスクアセスメントのみでは,支援の決断や虐待の予測と必ずしも一致せず(Fluke et al., 2020),リスクアセスメントと支援の決断は区別するよう指摘されるが(Baumann et al., 2011),ケース以外については評価するツールが存在しなかった.本研究において,ネグレクトの支援の決断に影響を与える可能性のある支援者の要因について客観視できる尺度が開発された.本尺度により支援の決断に向けた準備性を評価することが可能となる.本研究で開発した尺度と専門職務遂行能力尺度との関連が示されており,本尺度の点数が高いほど,支援の決断を行う保健師と組織の準備性が整っており,一方で点数が低くなるほど支援者側による影響を与える可能性が否定できない.点数が低い場合,改善のためにアプローチする対象が保健師自身なのか,職場内や関係機関との協働や関係性なのか明確化でき,改善を図ることで支援者による影響を回避することが期待できる.また,対象ケースのリスクアセスメントと本尺度を併用することにより,支援の決断の根拠をより明確化できることが期待できる.
保健師は様々なネグレクトケースと関わり,ケースによって対応状況や連携・協働する関係機関は異なることが考えられる.支援の決断の過程においてケースごとに用いることが望ましいと考える.
4. 本研究の限界と今後の課題再検査信頼性について実施・確認できていないことや,反応性・解釈可能性は,時間における変化をみる必要があり,今後,介入研究を行い確認する必要がある.また,標本について,自治体における配布方法に基準がなく,事前に各自治体の母子保健担当者の人数の把握をせず4名に限定したため,オーバーサンプリングやアンダーサンプリングが生じている可能性がある.そして,返送率が20.6%と低く,特定の保健師層からの回答に偏っている可能性があるため,標本の偏りが考えられる.再検査信頼性の確認のため今後再テストを実施する際には,1都道府県に絞り母子保健担当者を把握した上で行う必要がある.
本尺度は4側面に限られるため,その他にも存在することが考えられる.また,異文化間妥当性について,本尺度は日本での活用を考えて作成されたが,海外でも活用できるか日本と海外の国で比較するなど検討が必要である.
また,本尺度の合計得点の高さが子どもネグレクト支援の質と関連するか,この尺度の活用により保健師のケース対応に変化や効果があるのか検証し,尺度の有用性を示すことが必要である.本尺度は他の虐待にも使用できる可能性があるが,身体的虐待のように生命へのリスクが高く緊急性を有するものや性的虐待などよりセンシティブなものについては他に必要となる項目の存在も考えられる.他の児童虐待や保健師のみでなく他職種への汎用可能性が考えられるかが今後の課題である.
本研究により,【保健師個人の価値観・態度】【保健師個人のスキル】【職場内に対する認識・関係性】【関係機関に対する認識・関係性】の4因子15項目からなる保健師による子どもネグレクト支援の決断のための個人・組織準備性評価尺度を開発した.本尺度の信頼性・妥当性が確認された.
付記:本論文の内容の一部は,第26回日本地域看護学会学術集会にて発表した.
謝辞:本研究に快く調査協力頂きました保健師の皆様に御礼申し上げます.本研究はJSPS科研費JP19K19762,JP23K10258の助成を受けたものである.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:AOは本研究の発想,研究計画の作成,その計画に基づいた研究の実施,得られた研究結果の解釈,研究論文の執筆を行った.AI-Oは研究の着想および研究計画の作成,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.全ての著者は最終原稿を読み,承諾した.