2024 Volume 44 Pages 1028-1037
目的:介護老人福祉施設における感染症発症時に看護職者が実践する高齢者への支援を明らかにする.
方法:介護老人福祉施設に勤務する看護職者11名に半構成的面接を行い,データを質的帰納的に分析した.
結果:介護老人福祉施設において看護職者は,前提となる支援として【要介護高齢者の感染対策に伴う機能低下を防ぐ】支援を行い,予防的支援として【医療面から高齢者の感染を予防する】【高齢者と状況を共有し一緒に感染予防に取り組む】支援を,感染症罹患時には【感染した高齢者を孤独にしない】【施設内感染への高齢者の不安に対応する】支援を行っていた.また,看護職者は支援の基盤となる【高齢者にとって安心できる生活を継続する】ための支援を一貫して行っていた.
結論:研究結果は介護老人福祉施設における高齢者への看護や,高齢者の施設生活の質の維持に寄与することが示唆された.
Purpose: To identify the assistance provided by nursing professionals to older adults during infection outbreaks in Welfare facilities for the elderly requiring long-term care.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with 11 nursing professionals working in Welfare facilities for the elderly requiring long-term care, and the data were analyzed using a qualitative descriptive approach.
Results: In Welfare facilities for the elderly requiring long-term care, nursing professionals provided basic assistance by “preventing functional decline of older adults requiring long-term care due to infection control measures” as well as preventive assistance by “preventing infection among older adults from a medical perspective” and “sharing the situation with older adults and working together to prevent infection.” When infections occurred, they provided assistance by “ensuring that older adults who contracted an infection did not feel isolated” and by “responding to their anxieties about infection within facilities.” Furthermore, nursing professionals consistently provided basic assistance by “ensuring the continuation of life,” which was reassuring for older adults.
Conclusion: The results of this study suggest that nursing professionals contribute to nursing care for older adults and to maintaining their quality of life in Welfare facilities for the elderly requiring long-term care.
高齢者は加齢による生理学的・免疫学的変化,合併する慢性疾患や治療等によって感染症に罹患しやすく重症化しやすい(八木,2017).また,近年は新型コロナウイルス(以下,COVID-19)の感染拡大にともない,高齢者の社会参加が長期間制限されることにより,うつや認知症,要介護等が高まることが示されている(木村ら,2020).特に,高齢者施設など集団生活の場においては,外因性感染症の流行期には面会者や職員からの持ち込みが問題となり,インフルエンザ等のアウトブレイクに関する報告もされていることから(脇坂・清水,2014),集団生活における感染拡大を最小限にすることは重要な課題となる(厚生労働省,2019a).
高齢者施設の一つである介護老人福祉施設は,在宅生活が困難な中等度の要介護者を支える施設であり,入所者の平均要介護度は約4.0と上昇傾向にある(厚生労働省,2020).また,96%の入所者が認知症を有するとされている(厚生労働省,2016).一方,看護職者の常勤職員は,入所者数50から130未満の施設は3人以上と定められ(厚生労働省,1999),常勤の医師が配置されていない施設が95%以上(厚生労働省,2019b)である.このように医師や看護師数が少ない介護老人福祉施設においては,感染症に関する知識や対策が共有されづらいといった特徴があると考える.
介護老人福祉施設における感染対策として,看護職者が感染予防に対して責任感等を抱いていることや(岡本・松田,2010),看護職者が感染管理システムに関する課題を認識していること等が示されている(松田ら,2018a).また,厚生労働省においても介護保険施設や事業所を対象とした感染管理認定看護師等による研修制度が進められ(厚生労働省,2022),2005年に作成された高齢者介護施設向け感染対策マニュアルの改訂(厚生労働省,2019a)などの対策がなされている.さらに,介護現場におけるCOVID-19感染拡大予防への示唆として,発熱患者に対しての診療体制等の制度について介護現場も理解を深め適切に活用することによって現場でのクラスター対策に努める必要性や(武藤,2021),認知症グループホーム協会の調査から認知症高齢者の心身に与える感染症の影響の大きさも指摘されている(宮長,2023).
国外の感染看護に関する研究においては,高齢者にとって健康,医療,社会とのつながりを維持することは非常に重要とされ,隔離時の健康を支援するアプリケーションに関する研究や(Banskota et al., 2020),COVID-19のパンデミックによる制限を受ける高齢者の精神的健康に関わる要因の分析(McKinlay et al., 2021)等が進められ,高齢者は感染の影響を受けやすいことから感染拡大時にオンラインによるアドバンス・ケア・プランニングのトレーニングや情報源を得る(Harding et al., 2021)といった研究もなされている.また,COVID-19のパンデミックにおいて社会福祉に関わる最前線の職員が直面する課題として,入所者の不安や恐怖心,社会的距離を取ることの難しさを示した研究や(Nyashanu et al., 2020),高齢者施設におけるワクチン接種後の感染による死亡を予防するための多層的な戦略を早急に検討する必要性(Cuypers et al., 2023),COVID-19の流行に伴い高齢者施設においてパーソン・センタード・ケアの実践において倫理的課題が生じていたことなど(Jaarsma et al., 2023),感染症発症時には高齢者への特有の支援が必要となることが示されている.
このように,先行研究において介護老人福祉施設における感染対策として体制づくりや対応の必要性は示されているが,入所する高齢者に対して具体的にどのような支援を行うかは明確にされていない.感染症によって高齢者は日常生活様式を変更せざるを得ない状況となるが,急を要する業務が優先され高齢者に対する支援が後手になり,高齢者の生活の質が低下するリスクが高くなると考える.
そこで本研究は,介護老人福祉施設の看護職者を対象とし,感染症発生時に看護職者が高齢者に対してどのような支援を行っているかを明らかにすることを目的とした.本研究結果は看護職者が高齢者との相互作用において実践する支援を具体的に示すため,介護老人福祉施設における高齢者への看護や,高齢者の施設生活の質の維持に寄与すると考える.
介護老人福祉施設:介護保険法に基づいて介護保険が適用される介護サービスを受ける施設とし,地域密着型介護老人福祉施設も含めて介護老人福祉施設とする.
看護職者:保健師助産師看護師法に規定される看護師および准看護師とする.
本研究のデザインは半構成的面接による質的記述的研究とした.
2. 研究参加者人がある領域に精通するためには5,000時間ほどの時間がかかり,1日8時間を労働時間とすると2年とされている(中原ら,2007)ことと,パトリシア・ベナーのドレイファスモデルにおいて一人前とは似たような状況で2,3年働いたことのある看護師とされている(Benner, 1984/2005)ことから,介護老人福祉施設での就業期間が2年以上の看護職者を選定した.
また,介護老人福祉施設における実践経験に基づき,本研究課題について明確に話してもらうことができるよう,COVID-19のパンデミック中に高齢者に対する看護実践を経験している看護職者を研究参加者とした.
3. データ収集期間およびデータ収集方法2022年2月から2022年6月に,プライバシーが保てる個室において半構成的面接を行い,研究参加者の許可を得た上でIC レコーダーへの録音を行った.研究参加者の年齢,看護職者としての経験年数,介護老人福祉施設における経験年数といった基礎的情報を確認した上で,本研究における感染症はCOVID-19に限定していないことをインタビュー実施前に研究参加者と共有し,どのような感染症に対して,どのように高齢者への支援を行ったか等,感染症発生時における経験についてインタビューガイドを用いて自由に語ってもらった.
4. データ分析方法インタビューで得られた内容をもとに作成した逐語録より,本研究のテーマである介護老人福祉施設における感染症発生時に看護職者が実践する高齢者への支援について,研究参加者が語った内容をコードとして抽出した.また,意味内容の類似性に沿って質的帰納的にカテゴリー化を行った.カテゴリー等の相互の関係,全体としての統合性などを検討したうえで,さらなるカテゴリー等が見出せないことを確認した後,分析結果から結果図を作成した.分析の過程では質的研究に精通した研究者および老年看護学の研究者からスーパーバイズを受け,分析結果の精度がより高まるように努めた.また,研究参加者3名に個別にインタビューの分析結果を示し,データの解釈が妥当であるかを確認した.
5. 倫理的配慮本研究は三重県立看護大学倫理審査会の承認を得て実施した(通知書番号 213102).研究協力依頼の際には,研究への参加・不参加は自由意思であることを説明し,個人情報の保護,プライバシーの保護,研究参加による利益・不利益等の倫理的配慮についても説明した上で同意を得た.インタビューの日時等は研究参加者の希望に準じて設定した.
研究参加者はA県内の7施設に勤務する看護職者11名であった.平均年齢は55.2 ± 9.8歳であり,看護職者としての平均経験年数は26.8 ± 10.5年,介護老人福祉施設での平均経験年数は12.7 ± 5.8年であった.11名のうち2名が准看護師であり,全ての研究参加者が所属施設においてCOVID-19等の感染症の発生を経験していた.面接は1人につき1回実施し,1人あたりのインタビュー時間は34分~87分,平均56.9分であった.8名にインタビューした段階で,これ以上,重要な新しい概念やカテゴリーは抽出されないと判断し,さらに3名の研究参加者を加えた上で,新たな解釈がみられないことを確認した.
2. 介護老人福祉施設における感染症発生時に看護職者が実践する高齢者への支援看護職者から語られた内容を分析した結果,介護老人福祉施設における感染症発生時に看護職者が実践する高齢者への支援として,6カテゴリーと21サブカテゴリーが生成された.以下,【 】はカテゴリーとする.
介護老人福祉施設における感染症発生時に看護職者は高齢者に対して,【要介護高齢者の感染対策に伴う機能低下を防ぐ】支援を,すべての支援の前提として行っていた.また,予防的支援として【医療面から高齢者の感染を予防する】【高齢者と状況を共有し一緒に感染予防に取り組む】支援を行い,感染症罹患時には【感染した高齢者を孤独にしない】【施設内感染への高齢者の不安に対応する】支援を実施していた.このような支援以外に,看護職者は【高齢者にとって安心できる生活を継続する】ための支援を一貫して行っていた.この支援は介護老人福祉施設における感染症発生時に不可欠な基盤となる支援として,高齢者に継続して実施されていた.
カテゴリー,サブカテゴリー,主なコードを表1に,カテゴリーの関係を図1に示した.以下,それぞれの支援について結果を示す.〈 〉はサブカテゴリー,「 」(斜字)は研究参加者の語りであり方言が強い箇所は一部修正して記載した.
カテゴリー | サブカテゴリー | 主なコード |
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前提となる支援 | ||
要介護高齢者の感染対策に伴う機能低下を防ぐ | 感染対策に伴う高齢者の身体機能の低下を防ぐ | 感染症対策に伴いADLが落ちるので,刺激や体位交換や声掛けをした |
感染対策に伴う高齢者の認知機能の低下を防ぐ | その人の昔の良く覚えていることや誇りに思うことなど,頻繁に話しかけ認知機能の低下を防いだ | |
予防的支援 | ||
医療面から高齢者の感染を予防する | 高齢者の免疫力を高める | 紅茶がウイルスを殺すときいたので,すべてお茶を紅茶に変え,高齢者の免疫力を高めるようにした |
些細な感染徴候を早期発見する | 食事を食べないとか,元気がないとか,高齢者のちょっとした変化を観察し配慮した | |
高齢者の生活範囲を変更する | 感染予防のため居室中心の生活となるため,高齢者が自分の居室以外に入っていかないよう気をつけた | |
日常生活援助方法を変更する | 今までは食事は対面式だったが,感染予防のため並んで食べるしかないので横並びに変更した | |
受診の必要性を判断する | 高齢者に発熱,咳や痰などの感冒症状があった際に,早期に受診できるよう調整した | |
高齢者と状況を共有し一緒に感染予防に取り組む | 高齢者が実施可能な予防策を提案する | マスクが難しい場合は加湿に努めたり,うがいや手洗いを何回も言い続けたり,手洗いの方法を皆で練習した |
高齢者が理解できるように説明を工夫する | 今は,風邪が流行っているので自分の部屋にいてくださいと,高齢者に合わせて何度も丁寧に説明をした | |
感染予防に伴う高齢者の思いを受け止める | 家族が面会に来てくれないので,私はここに捨てられたという表現をする高齢者もいるため,よく思いを聞いた | |
罹患時の支援 | ||
感染した高齢者を孤独にしない | 行動制限に応じた援助を工夫する | 食事を食べる時には職員も一緒にいて見守ったり,夜眠るまではそこにいて見守った |
隔離に伴う孤独を和らげる | いつもより声掛けや訪室をふやし,歌をうたったりして,感染した高齢者の不安を軽減できるようにした | |
目が届きにくいことによる転倒・転落を防ぐ | 一人で起きようとすると転倒などの事故が起こりやすくなるため,見守りを強化し転倒・転落を防いだ | |
せん妄を防ぐために早期に隔離解除する | 隔離して数日たつとせん妄の症状が出たので,隔離解除して,いつもの生活に戻ってもらった | |
施設内感染への高齢者の不安に対応する | 施設内で感染した高齢者に対する感染していない高齢者の思いを受け止める | 一部の方が,死んじゃったんじゃないの?と聞いてきたので,風邪はひいたけれども快方に向かっていると伝えた |
自分も感染してしまうのではという不安を和らげる | 不安に対し,予防注射もしているし,感染してもうまく治るようにしていると,とにかく毎日説明して大丈夫と伝えた | |
基盤となる支援 | ||
高齢者にとって安心できる生活を継続する | 何気ない日常のコミュニケーションを続ける | 生活の場を基本とし,穏やかな雰囲気を残しながら,普段と変わらない声掛けや見守りに力を入れた |
高齢者にとって楽しみとなる活動を続ける | 気分転換で敷地内の外を散歩したり,レクリエーションをして楽しい時間を過ごそうという取り組みを継続した | |
高齢者が安心して過ごせるようにする | マスクをしていても目元は見えるので,いつもの職員だよというアピールをし,意識して声掛けを増やした | |
面会制限中の家族との関係性を調整する | 直接触れることはできなくても,窓越しでお互いの顔が見えるような面会ができるよう調整した | |
感染について介護職と統一した高齢者への支援を行う | このような場合どうしたら良いか文章化して感染症マニュアルを作成し,介護職と統一し高齢者へのケアを行った |
介護老人福祉施設における感染症発生時に看護職者は,高齢者との相互作用において「感染症対策に伴いADLが落ちるので,刺激や体位交換や声掛けをした」と〈感染対策に伴う高齢者の身体機能の低下を防ぐ〉支援を行っていた.また,同様に,認知機能を把握した上で「その人の昔の良く覚えていることや誇りに思うことなど,頻繁に話しかけ認知機能の低下を防いだ」と〈感染対策に伴う高齢者の認知機能の低下を防ぐ〉支援により,【要介護高齢者の感染対策に伴う機能低下を防ぐ】支援を行っていた.介護度の高い高齢者が入所する介護老人福祉施設の看護職者は,どのような状況においても,高齢者の機能を的確に把握し,日常とは異なる感染対策を行うことによって,高齢者の身体機能や認知機能が低下しないよう支援を行っており,この支援は全ての支援の前提となっていた.
2) 予防的支援介護老人福祉施設は医師が常駐していない施設が多いため,施設内で感染者が発生しないよう,看護職者は〈高齢者の免疫力を高める〉ことや〈些細な感染徴候を早期発見する〉予防的支援を行っていた.また,「感染予防のため居室中心の生活となるため,高齢者が自分の居室以外に入っていかないよう気をつけた」など,必要に応じて〈高齢者の生活範囲を変更する〉〈日常生活援助方法を変更する〉ことによって高齢者を支援していた.さらに,高齢者の〈受診の必要性を判断する〉ことによって,【医療面から高齢者の感染を予防する】支援を行っていた.
このような予防的支援を実践するためには,【高齢者と状況を共有し一緒に感染予防に取り組む】必要があり,「マスクが難しい場合は加湿に努めたり,うがいや手洗いを何回も言い続けたり,手洗いの方法を皆で練習した」など〈高齢者が実施可能な予防策を提案する〉〈高齢者が理解できるように説明を工夫する〉支援を行っていた.また,「家族が面会に来てくれないので,私はここに捨てられたという表現をする高齢者もいるため,よく思いを聞いた」と,〈感染予防に伴う高齢者の思いを受け止める〉ことによって高齢者を支援していた.
3) 罹患時の支援施設内で感染症に罹患した高齢者が出た場合には,看護職者は【感染した高齢者を孤独にしない】ために,〈行動制限に応じた援助を工夫する〉とともに,「いつもより声掛けや訪室をふやし,歌をうたったりして,感染した高齢者の不安を軽減できるようにした」と〈隔離に伴う孤独を和らげる〉ことや,〈目が届きにくいことによる転倒・転落を防ぐ〉とともに,「隔離して数日たつとせん妄の症状が出たので,隔離解除して,いつもの生活に戻ってもらった」と〈せん妄を防ぐために早期に隔離解除する〉支援を行っていた.
また,罹患時の支援は感染した高齢者だけでなく,施設内で感染者が発生したことによって,感染していない高齢者も不安を感じている状況に対して,「一部の方が,死んじゃったんじゃないの?と聞いてきたので,風邪はひいたけれども快方に向かっていると伝えた」など,〈施設内で感染した高齢者に対する感染していない高齢者の思いを受け止める〉ことによって,【施設内感染への高齢者の不安に対応する】支援を実践していた.
4) 基盤となる支援介護老人福祉施設における感染症発生時に看護職者が実践する高齢者への支援として,看護職者と高齢者の相互作用において基盤となっていた支援は,【高齢者にとって安心できる生活を継続する】ことであった.看護職者は,「生活の場を基本とし,穏やかな雰囲気を残しながら,普段と変わらない声掛けや見守りに力を入れた」と〈何気ない日常のコミュニケーションを続ける〉ことや〈高齢者にとって楽しみとなる活動を続ける〉よう支援していた.また,「マスクをしていても目元は見えるので,いつもの職員だよというアピールをし,意識して声掛けを増やした」と,〈高齢者が安心して過ごせるようにする〉といった支援を継続していた.また,感染症発生時にも家族との関係性を絶やさないように「直接触れることはできなくても,窓越しでお互いの顔が見えるような面会ができるよう調整した」と,〈面会制限中の家族との関係性を調整する〉といった支援を実践していた.
さらに看護職者は,「このような場合にはどうしたら良いか,文章化して感染症マニュアルを作成し,介護職と統一して高齢者へのケアを行った」と〈感染について介護職と統一した高齢者への支援を行う〉ことによって介護職ほか多職種間で連携し,高齢者が安心して日常生活を継続できるよう支援していた.
本研究の結果から,介護老人福祉施設における感染症発生時に,看護職者は高齢者との相互作用において,固有の身体機能や認知機能を把握し,その上で【要介護高齢者の感染対策に伴う機能低下を防ぐ】支援を行っていた.このような対応は,感染症発生時以外にも行われることではあるが,「介護現場における感染対策の手引き」(厚生労働省,2021)に示されるように,感染症発生時には高齢者の日常的な手洗い習慣の継続など,改めて生活習慣を見直す必要性が生じる.
特に,介護老人福祉施設の入所者の年齢階級は85歳から94歳が46.8%,障害高齢者の日常生活自立度は“屋内での生活に介助を要し日中もベッド上での生活が主で座位を保てる状態”を示すランクBが52.5%,認知症高齢者の日常生活自立度は“日常生活に支障をきたすような症状・行動・意思疎通の困難さがときどき見られ介護を必要とする”ランクIIIが37.5%(厚生労働省,2020)と,身体機能・認知機能ともに低い状況にある.
そのため,介護老人福祉施設では高齢者の個別の機能を十分に把握した上で,日常生活とは異なる感染対策の導入に伴い高齢者の身体機能や認知機能が低下しないよう支援することは,感染症発生時に前提となる高齢者への支援となると考える.
2. 介護老人福祉施設における感染症発生時の高齢者への予防的支援感染症発生時の高齢者への予防的支援となる【医療面から高齢者の感染を予防する】ことは,介護老人福祉施設は多くの施設で常勤の医師が配置されておらず,看護師数も少ないため特に重要な支援となる.高齢者は感染症に対する抵抗力が弱く感染症が一旦発生すると集団発生となることも多い(厚生労働省,2021)ことや,高齢者の臨床的特徴として症状が非定型的であり,変化が微細な高齢者の健康状態について,高齢者の特性に応じた対応が難しい(松田ら,2018a)ことが指摘されている.特に感染症発生時には,高齢者の些細な感染徴候を早期発見するための観察を徹底し,医療的な判断を的確に行うことが,医師不在の中,唯一の医療職として介護老人福祉施設の看護師が担う支援となると考える.
また,介護老人保健施設の看護職者には,高齢者がより良い生活を送るために高齢者に適した様々な支援を考案していく力が必要とされており(山田,2015),感染予防対策においても,高齢者施設の看護責任者が中心的役割を果たすことが期待されている(鷲尾・高山,2018).集団生活の場である介護老人福祉施設において,看護職者が中心となって予防的支援を遂行するためには,生活している高齢者自身にも協力を得る必要がある.本研究結果で示した高齢者自身が実施可能な予防策の提案や,高齢者が理解できるような説明とともに,感染予防に伴う高齢者の思いを受け止めるといった【高齢者と状況を共有し一緒に感染予防に取り組む】ことが,効果的な予防的支援につながると考える.
3. 介護老人福祉施設における感染症罹患時の高齢者への支援施設内で感染者が発症した際には,区域を分けた個室管理が必要となるため(厚生労働省,2021),高齢者の施設生活はさらに変化を伴うこととなる.先行研究において,入居型高齢者施設の発熱がある利用者への対策として,大部分の施設が個室移動などの対応を実施していた(笹原ら,2021)ことや,COVID-19感染拡大時に,高齢者の要介護認定や認知症の発症に他者との交流が関与していたことが示されている(木村ら,2020).感染症への罹患により居室で過ごす時間が長くなるため,他の高齢者との社会的な交流が希薄となった高齢者への支援として本研究結果では,高齢者の孤独感や心情を察し普段よりも時間をかけて対応するといった【感染した高齢者を孤独にしない】支援が必要となることが示された.特に介護老人福祉施設では,感染した高齢者へのケアとして,日常生活動作が低下しないように生活を整え,寝たきりを防ぐための見守りや隔離された場合の対応などの工夫が必要であることが指摘されているため(松田ら,2018b),身体機能や認知機能が低下した高齢者が多く入所する介護老人福祉施設において,感染した高齢者を孤独にしないことは,罹患時の支援として不可欠であると考える.
また,施設内での感染症発生時には感染者だけでなく,感染していない高齢者の【施設内感染への高齢者の不安に対応する】必要があることが示された.先行研究では,COVID-19の感染対策に伴い,認知症高齢者が自身の不安やストレスを表現し他者に伝えることが困難となり体調不良という身体症状が生じた事例(淡路ら,2021)や,日常生活上の制限によって認知症高齢者に認知機能や意欲の低下,身体活動量の低下などが見られたことが報告されている(石井,2021).そのため感染拡大時には,感染の有無に関わらず,全ての高齢者の思いや不安を受け止め対応することが,特に重要となると考える.
4. 介護老人福祉施設における感染症発生時に看護職者が実践する基盤となる支援介護老人福祉施設において看護職者が一貫して実践していた高齢者への支援は,【高齢者にとって安心できる生活を継続する】ことであった.COVID-19感染拡大時には,8割以上の高齢者施設で施設外部との接触を減らすための外出制限や面会制限がなされ,レクリエーション活動を縮小・中止した施設が一定程度見られたとされている(石井,2021).また,高齢者にとって娯楽活動や社会活動が実施できない不活発な生活が継続することは身体活動量や運動機能などを低下させる可能性があることも明らかにされている(市戸ら,2021).このように感染症の発生は,高齢者にとって日常生活の制限や変化が強いられる状況となるため,本研究で示された何気ない日常のコミュニケーションの継続や,高齢者にとって楽しみとなる活動の継続は重要な支援であり,すべての支援の基盤となると考える.
介護老人福祉施設の看護職者は高齢者が安心して生活できるように,高齢者や家族,多職種に対して十分な説明を行う役割があり(長谷川,2004),入所者の安全で安楽な生活が継続できるよう介護職を間接的に支援することは介護老人福祉施設ならではの看護実践能力であることが示されている(笹谷・長畑,2019).本研究結果においても,看護職者が感染について介護職と統一した高齢者への支援を実践していたことが示された.介護老人福祉施設においては,看護職者の力だけで健康課題をもった高齢者を支援することは困難で介護職との連携が不可欠であり(小林ら,2015),連携病院との情報交換といった地域連携が重要とされている(松田ら,2018b).また,感染対策のマニュアルの修正や作成といった感染対策の評価・管理は介護老人福祉施設の看護職者の役割の一つとされている(松田ら,2018b)ことから,家族との関係性の調整や,介護職をはじめとした多職種間の連携による高齢者への支援は,看護職者と高齢者の相互関係において欠かせない支援となると思われる.
さらに,本研究で示した高齢者への支援は,感染した高齢者へのケアという個人を対象とした支援とともに,周囲の高齢者を含めた生活を共にする集団を対象とした支援も含まれていた.高齢者福祉施設の感染症の発症予防や蔓延防止のための対策の充実に向けた保健所保健師の活動として,高齢者福祉施設職員への感染症に関する基礎知識の啓発の充実や,保健所の役割機能の啓発の充実,感染症集団発生への支援経験の保健師間での共有・検討の充実が必要であることが示されている(村井・安田,2016).そのため施設内の連携だけでなく,公衆衛生の視点も含め施設外の専門職者との連携も行い,最善策を検討する必要があると考える.
加えて,介護老人福祉施設における感染症発生は,高齢者にとって生命を脅かす事態ともなるため,【高齢者にとって安心できる生活の継続】が支援の基盤となると考える.介護老人福祉施設の特徴として,76.1%の入居者が死亡により契約を終え,そのうち58.3%の入居者に対し看取りケアが提供されていたとされている(三菱UFJ&リサーチコンサルティング,2020).また,COVID-19流行下における介護関連施設での看取りに関する先行研究において,施設職員は看取り期の面会緩和の時期に対するジレンマをかかえ,看取り期の家族の寄り添いの方法を模索していたことが示されている(大谷ら,2023).介護老人福祉施設における高齢者の日常生活の質の担保は極めて重要であり,感染症発生時においても,高齢者のエンドオブライフ・ケアを視野に入れ,高齢者を孤独にせず,穏やかな生活を安心して継続できるよう支援することが重要となると考える.
このように本研究では,介護老人福祉施設における感染症発生時に看護職者が高齢者に対してどのような支援を行っているかを具体的に示した.これらの内容は実際に感染症の発生を経験した看護職者の語りから抽出したものであり,通常のケアと思われる内容であっても,感染症という有事の状況下においては,通常のケアが見落とされることや優先順位が下がることもあると思われる.また,常勤の医師が配置されていない施設が多く看護師数も少ない状況でありながら,介護度の高い高齢者が入所する,集団生活の場としての介護老人福祉施設の特徴をふまえた結果を示したと考える.このような高齢者との相互作用をふまえた支援のあり方は,感染症に関するマニュアル等においても明示されていないのが現状であるため,本研究結果を活用し高齢者への支援を実践することは,介護老人福祉施設における高齢者の施設生活の質の維持につながると考える.
本研究の研究参加者はA県内の7施設の看護職者と限られた地域における分析結果であるため,さらに地域や対象を広げて検討していく必要がある.しかし本研究は,介護老人福祉施設の看護職者の語りから,感染症発生時の高齢者への支援を具体的に示したため,研究結果はどのような感染症の発生においても,介護老人福祉施設の高齢者に対する支援として活用できると考える.そのため,本研究結果を活用することによって,高齢者にとって安心できる日常生活の継続につなげることができると思われる.
付記:本研究は,三重県立看護大学大学院看護学研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.
謝辞:本研究を進めるにあたり,快くご協力くださいました研究参加者の皆様ならびに介護老人福祉施設の皆様に深く感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:MSは研究の着想および研究デザイン,データ収集,分析,論文執筆の全てを行った.MK,TMは研究への示唆および研究全体への助言を行った.全ての著者は最終論文を確認し承認した.