2024 Volume 44 Pages 188-198
目的:高齢者の看取りにおけるAHNの差し控え・中止をめぐる家族介護者の代理意思決定プロセスを明らかにする.
方法:9名の家族介護者へインタビューを行いM-GTAにより分析した.
結果:AHNの差し控え・中止をめぐる代理意思決定を行った家族介護者は,〈医療選択を迫られる動揺〉のなかで〈手がかりの探索〉を行い,〈胃ろう選択の回避〉や〈看取りの決心をかき乱す声〉から【いのちを見捨てるような自責】を抱え,〈時間を延ばすための点滴〉が〈治療なのか,延命なのか〉と自問しながら,『自然で穏やかな最期という望み』をもって,代理意思決定者としてではなく〈ただ家族であること〉から高齢者の最期を見守り,【不確かさと共に続く生活】のなかで代理意思決定の経験を意味づけようとしていた.
結論:家族介護者はAHNの代理意思決定に苦悩と葛藤を抱きながら高齢者を看取り,それぞれの関係性のなかで自身の代理意思決定の経験を意味づけようとしていた.
Objective: To identify family caregivers’ surrogate decision-making processes regarding withholding or withdrawing artificial hydration and nutrition in the end-of-life care of older adults.
Methods: Nine family caregivers were interviewed, and the data were analyzed using a modified grounded theory approach.
Results: Family caregivers searched for meaning in the turmoil of having to make medical decisions but felt distress when others’ voices disrupted their decision-making about the patient’s gastrostomy and end-of-life care. Respondents reported experiencing remorse, and the feeling that they were abandoning the patient’s life. Caregivers questioned whether the provision of intravenous fluids constituted a cure or a life extension, but they had hope for a natural and peaceful end to the patient’s life. Caregivers made sense of their experience of surrogate decision-making in an uncertain life, not as surrogate decision-makers but simply as family members watching over an older adult in their final days.
Conclusion: Family caregivers experienced anguish and conflict when making surrogate decisions about withholding or withdrawing artificial hydration and nutrition for older adult family members, and they tried to make sense of these difficult experiences in the context of their relationships with those family members.
2022年10月現在,日本における65歳以上人口は3,624万人,高齢化率は29.0%となった.高齢者人口の増大によって人口動態における死亡数は2040年まで増加し続けるとともに(内閣府,2023),認知症有病者数の増加も予想されている(内閣府,2016).高齢多死社会が到来するなか,人生の最終段階における質の高い医療とケアが提供されるよう,国や学会のガイドライン策定など体制整備が進められている(Ouchi et al., 2018;厚生労働省,2018a;日本老年医学会,2012).また,本人がどのような最期を迎えたいかを前もって考え,家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合う「人生会議:アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning,以下ACP)」の普及・啓発も図られている.しかし,国が5年毎に行っている意識調査では,死が近い場合に受けたい,あるいは受けたくない医療・療養について,家族等や医療介護関係者と話し合ったことがあるかという問いに対し,「詳しく話し合っている,一応話し合っている」と回答した一般国民の割合は29.9%であり,過去の調査結果である39.5%より低下している(厚生労働省,2018b, 2023).
医療・ケアの選択が必要な終末期高齢者の約7割が,自ら意思決定ができない状態にあるとの報告もあり(Silveira et al., 2010),多くの場合,そうした状況では家族による代理意思決定が求められる.医療の選択は生命予後を左右するものと捉えられ,本人の意向が明確でない場合の家族の心理的負担は大きく,その負の影響は数か月から数年間に及ぶこともある(Wendler & Rid, 2011).そのためACPの実践の拡大とともに,代理意思決定を担う家族への支援も必要である.医師が認知症末期で摂食困難となった患者の家族に「原則として毎回提示」する選択肢として多かったものは,「胃瘻」と「末梢静脈点滴」(52.7%),「経鼻経管栄養法」(44.0%)と報告されているが(会田,2012),人工的水分・栄養補給法(Artificial Hydration and Nutrition,以下AHN)の代理意思決定は,家族介護者にとって大きな困難を伴う経験の一つと考えられる(大西ら,2021;青木,2014).
高齢者とAHNの問題については,2000年以降になって胃瘻造設をめぐる合併症や倫理的課題に関する研究が増加傾向にあり(中村,2015),胃瘻造設を選択した家族の意思決定プロセスについても多くの報告がある(倉田・山下,2011;相場・小泉,2011;祢宜,2011;簑原,2018).この間,様々なメディアで終末期高齢者への医療の問題が報じられるなど,AHNに対する社会の関心が高まった.国内で行われた胃瘻造設数に関する調査では,高齢者人口の増加に伴う胃瘻造設数の増加は確認されておらず,80歳以上の虚弱高齢者への胃瘻造設が回避される傾向にある可能性が指摘されている(Hattori et al., 2022).
厚生労働省は「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」において,「医療・ケア行為の開始・不開始,医療・ケア内容の変更,医療・ケア行為の中止等は,医療・ケアチームによって,医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである」と,AHNを含む医療の差し控えや中止の判断についても言及している.しかし,AHNの差し控えや中止をめぐる高齢者本人の意思決定や,家族介護者の代理意思決定に焦点化した研究は乏しく,どのような意思決定支援が必要であるかの検討が求められてきた(牧野ら,2018).そこで本研究では,高齢者と家族介護者が直面する課題への理解を深め,人生の最終段階における良質な医療・ケアのあり方を検討するため,AHNの差し控えや中止をめぐる家族介護者の代理意思決定プロセスを明らかにすることを目的とした.
本研究は修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach:以下,M-GTA)に基づく質的研究である.M-GTAは限定された範囲内での社会的相互作用を理解,説明,予測するための領域密着型理論の生成を目的とした研究方法である.理論として導かれた分析結果は専門的実務者や当事者と共有され,現実の場面での応用を通して,その有効性が評価される(木下,2017, 2020).本研究のテーマは,高齢者の看取りにおける家族介護者のAHNの差し控え・中止をめぐる代理意思決定であり,そのプロセスは高齢者本人や医療・ケアチームとの相互作用のなかで展開される現象であることから,M-GTAの採用が適切であると考えた.本研究論文はStandards for Reporting Qualitative Research guidelines(O’Brien et al., 2014)に準拠して報告する.
2. 研究参加者と選定方法研究参加者の募集のために作成したチラシには対象者を以下のように示した.1)亡くなった家族が80歳以上だった.亡くなった場所(病院・施設・在宅)は問わない.2)「生命の維持に関わる医療行為」について,医師や看護師等の医療・ケアチームから提案があったが「差し控える(実施しない)判断」や,すでに実施していた医療行為について「中止する判断」を行った.3)ご自身が亡くなったご家族の療養生活について代理意思決定を担う主たる介護者だった.「生命の維持に関わる医療行為」の例として,中心静脈栄養・経鼻栄養・胃瘻・末梢静脈点滴などの人工的水分・栄養補給法の他,人工呼吸器・酸素療法・吸引など呼吸に関わる医療処置,肺炎治療のための薬物療法,その他の薬物治療や外科的(手術)治療,本人への負担や苦痛が大きいと思われる各種の検査などを説明として加えた.
作成したチラシを市町村の社会福祉協議会が設置する家族介護者の会や,地域看護学,老年看護学の大学教員へ送付し,関心のある人々への配布を依頼した.家族介護者から電話・FAX・メールなどで,研究者に直接参加の意向が示された場合,電話で研究の趣旨と方法を説明し,詳細な研究説明書やインタビューガイドを郵送して検討を求めた.最終的な意向確認後,調査の日程や場所を調整した.
3. データ収集方法研究参加者の募集およびインタビュー調査の実施期間は,2018年9月から2019年3月であった.本研究代表者が各参加者に対して1回ずつ半構造化面接を実施した.インタビューの場所は参加者の居住地や希望を考慮して公的施設の会議室や自宅などを選定した.インタビューガイドには基本的な属性情報を整理する質問に加えて,①療養中や亡くなるまでの医療内容,②差し控え・中止された医療内容とその理由,③高齢者本人の意向およびその確認方法,④家族間の認識・価値観・意見の違い,⑤意思決定において医療・ケアチームとの話し合いの内容が含まれていた.全てのインタビューは参加者の許可を得てICレコーダーに録音し,逐語録として書き起こした.
4. 分析方法全ての研究参加者へインタビューデータを郵送して内容確認を依頼し,訂正を希望する部分や公開を希望しない部分を特定した上で,データを分析用として確定した.M-GTAの分析手順に従い,分析テーマを「高齢者の看取りにおけるAHNの差し控え・中止をめぐる家族介護者の代理意思決定プロセス」とし,分析焦点者を「80歳以上の高齢者の看取りにおけるAHNの差し控え・中止をめぐる代理意思決定を行った主たる家族介護者」と定めた.M-GTAの分析過程では分析ワークシートを使用した.これは「概念名」,概念の「定義」,概念生成の基となる語りの「具体例」,そして分析過程の思考記録となる「理論的メモ」から構成され,1つの概念に対し1つのワークシートを作成した.
分析の1例目として最もディテールが豊富だと思われる事例から概念の生成を開始した.概念の具体例が少ない場合,その概念は採用せず,類似例や対極例を継続的に比較しながら概念の生成を進めた.概念間の関係や動きを基にカテゴリーを生成し,概念やカテゴリー間の関係性を分析する際は,常に分析焦点者の視点と分析テーマに沿った解釈であるかを検証した.全体の統合性を確認するため,概念やカテゴリーの関連を示す結果図を作成した.M-GTAの理論的サンプリングとして,概念とカテゴリーの相互比較から新たな解釈上のアイデアを得た場合,そのアイデアが実際にデータに基づくものであるかの確認を重ねた.分析ワークシートによる概念生成の完成度,結果図と結果図の内容を文章化したストーリーラインの完成度を検討しながら,全てのデータを分析した.その時点で,既に解釈した内容の具体例が追加されるのみで,新たな概念やカテゴリーの生成に発展しない段階であったため理論的飽和化に達したと判断した(木下,2017, 2020).
5. 分析結果の厳密性の検討本研究のデータ収集と分析過程では「再帰性(Reflexivity)」(Denzin & Lincoln, 2020/2006)に注目し,インタビュー中の参加者と研究者との相互作用や,分析するデータと研究者との相互作用に注意を払い続けた.インタビューを行った本研究の代表者は博士後期課程在籍中の大学教員で,終末期高齢者への医療に関する調査経験から本研究の着想に至った.研究参加者の中には,研究代表者が以前にインターンシップ経験のあった家族介護者の会のメンバーや,研究者間のつながりから紹介を受け情報を入手した人々が含まれていた.そのため事前に得た研究代表者の情報や研究内容が,語りの内容に影響を与える可能性にも配慮した.さらに終末期高齢者への延命医療に対する研究代表者の先入観やバイアス,テーマや参加要件が参加者の反応に影響を及ぼす可能性も考慮した.つまり,研究者の先行調査や本研究から社会的・医学的に医療の差し控えや中止が望まれるといった理解がされることや,延命に関わる医療を批判するなど特定の立場から行われる調査との理解を避ける必要があった.本研究がテーマとする代理意思決定は,様々な文脈や状況に応じて,また家族の多様な物語のなかで独自に意味づけられる可能性を理解する必要がある.研究参加者の自由な思いの表出を躊躇させることや,医療を行ったこと/行わなかったことを否定的に捉えることのないよう,インタビュー中の研究者自身の言動や応答の仕方に留意し続けた.
分析過程と分析結果については,老年医学や地域看護学の研究者,M-GTAを用いた研究経験のある研究者からのフィードバックを求めた.また,M-GTAの分析手順に従った分析ワークシートの作成,ストーリーラインや結果図の提示,データの詳細な記述を行った.それらを通してcredibility,transferability,dependability,confirmabilityなど,質的研究としての妥当性確保に努めた(Creswell & Creswell Baez, 2020/2022;Lincon & Guba, 1985;グレッグら,2016).
6. 倫理的配慮参加者へは,研究の目的,方法,個人情報の取扱い,およびいつでも研究から辞退できる権利について,書面および口頭で説明した.説明後,各参加者の同意を文書への署名により確認した.さらに,看取りの経験を語ることへの配慮として,参加者の身体的・精神的な疲労やインタビュー中の感情の変動を考慮し,必要な際にはインタビューを中止するなどの適切な措置をとることとした.本研究は甲南女子大学研究倫理委員会の審査・承認後に実施した(承認日:2017年11月6日,承認番号:2017019).
研究参加者の募集に対して応募のあった12名にインタビューを実施したが,インタビュー後に研究参加を辞退した1名,インタビューを通じて家族介護者によるAHNの差し控え・中止の代理意思決定が行われていなかったことがわかった2名は対象とせず,9名のインタビュー結果を本研究の分析対象とした.インタビューの平均時間は97分だった.研究参加者の平均年齢は68歳,亡くなった高齢者の死亡時平均年齢は91歳だった.研究参加者の専門的職業等の項目では研究参加者が医療・福祉系の専門職,家族会会員・役員等の場合は「〇」で示した.看取り時のAHNは死亡時点で持続的に行われていた内容,差し控えたAHNは,医療チームとの合意形成のなかで代理意思決定が行われた内容に限定した.「延命治療」という言葉が用いられ「AHN」が示唆された事例も含めた.中止したAHNは,看取りが近いことを前提として死亡時点までに中止された内容に限定した.
ID | 研究参加者の続柄・年齢 | 研究参加者の専門的職業等 | 看取りの対象家族 | 対象家族の死亡時年齢 | 対象家族の認知症有無 | 対象家族の死因 | 対象家族の療養場所 | 対象家族の死亡場所 | 介護期間 | 看取り時のAHN | 差し控えたAHN | 中止したAHN | インタビュー録音時間(分) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 長男の妻・50代 | ― | 夫の母 | 80代 | あり | 老衰 | 自宅 | 介護施設 | 10年 | ― | 点滴・胃瘻 | ― | 95 |
B | 長女・60代 | ― | 母 | 90代 | あり | がん・肺炎 | 自宅 | 搬送先病院 | 4年 | 点滴4日間 | 胃瘻 | ― | 103 |
父 | 90代 | なし | 老衰 | 自宅 | 搬送先病院 | 1年 | 点滴2週間 | 胃瘻 | ― | ||||
C | 次女・60代 | ― | 父 | 90代 | なし | 老衰 | 自宅 | 自宅 | 5年 | ― | 点滴・胃瘻 | ― | 106 |
母 | 90代 | なし | 老衰 | 自宅 | 搬送先病院 | 10年 | 点滴10日間 | 胃瘻 | ― | ||||
D | 夫・80代 | 〇 | 妻 | 80代 | あり | 肺炎 | 介護施設 | 介護施設 | 12年 | ― | 胃瘻 | 点滴10日間 | 101 |
E | 次男・60代 | ― | 母 | 90代 | なし | 老衰 | 自宅 | 病院 | 10年 | 胃瘻2か月※ | 胃瘻※ | ― | 86 |
F | 長女・60代 | 〇 | 母 | 80代 | あり | がん・老衰 | グループホーム | グループホーム | 7年 | ― | 点滴・胃瘻 | ― | 82 |
G | 長女・70代 | 〇 | 母 | 90代 | あり | 老衰 | 自宅 | 自宅 | 3年 | 点滴1週間 | 胃瘻 | ― | 112 |
H | 長女・60代 | 〇 | 母 | 90代 | あり | 老衰 | 介護施設 | 介護施設 | 8年 | ― | 胃瘻 | 点滴2週間 | 86 |
I | 長男・60代 | 〇 | 母 | 90代 | あり | 老衰 | 自宅 | 自宅 | 13年 | ― | 点滴・胃瘻 | ― | 100 |
※看取りが近いとの判断から胃瘻造設を差し控え経鼻栄養が選択されたが,経鼻チューブの挿入困難から急遽胃瘻造設に切り替えられた事例
以下は「高齢者の看取りにおける人工的水分・栄養補給法(AHN)の差し控え・中止をめぐる家族介護者の代理意思決定プロセス」の結果図(図1)を表したストーリーラインである.コアカテゴリーを『 』,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〈 〉概念を“ ”で表記して説明する.
高齢者の看取りにおける人工的水分・栄養補給法(AHN)の差し控え・中止をめぐる家族介護者の意思決定プロセスは,食事摂取量の減少と様々な身体機能の衰弱を感じながら“避けられない死が近いとわかる”ことから始まる.今後どのような医療を続けるのか医師から確認されるなかで,看取り経験のある家族介護者は“悔やまれる過去の看取りを想起”し,〈医療選択を迫られる動揺〉のなか,かつて看取った家族への「延命」を振り返る.
高齢者本人が意思決定できない状態にあっても,“過去を振り返り本人の思いを想像”し,“今の表情から本人の思いを想像”することを通して,代理意思決定のための〈手がかりの探索〉を行う.また,“身体に管をつなげること”や“身体に穴をあけること”への抵抗感と,“つけたら外せない”という不安から〈胃ろう選択の回避〉を行う.一方で家族介護者の様々な心情や,家庭,仕事の事情から看取りまでの少しの時間確保を望み,〈時間を延ばすための点滴〉の選択について“点滴はかえって苦痛を与える”という知識や,医師からの助言のなか“迷いつつ一時的な点滴を行う”.点滴をしたことを悩みながらも医師や看護師から“迷いのなかで選択を支えられる”ケアを受けたと感じる家族介護者は,その点滴を【延命ではない点滴】と意味づける.そうした点滴は忌避感を抱いていた「延命」とは異なるものとして肯定される.しかし医療・ケアチームからケアを受けなかったと感じ,“迷いの中で置き去りにされる”家族介護者は,自身の代理意思決定に意味を見出すことが難しく,選択する医療が〈治療なのか,延命なのか〉という自問を抱え続ける.
胃瘻と点滴の差し控えや中止を選択する家族介護者は,わき起こる“見殺しを責める内なる声”に向き合い,医療・ケアチームから何気なく向けられた言葉も“見殺しを責める専門職の声”として捉えてしまう.そのような〈看取りの決心をかき乱す声〉によって【いのちを見捨てるような自責】に苦悩する.代理意思決定によって行った医療や行わなかった医療に様々な葛藤をもちながらも,『自然で穏やかな最期という望み』から高齢者の最期を見守ろうとする.“本人に代わって尊厳をまもる”という思いと“代理意思決定を担う責任と覚悟”をもって,〈ただ家族であること〉から高齢者の最期を見守り,“眠るような最期だった”と高齢者本人が苦しまずに逝ったことに安堵する.
看取り後も自身の選択に対して“これでよかったのか”という自問がやむことはない.最期に高齢者本人が見せた表情や涙がこれまでの全てに対する“「ありがとう」だったのか”と振り返り,“共に生きた日々の回顧”から,家族としての関係性に新たな意味を見出そうとする.亡くなった家族との関係性や代理意思決定の経験を意味づけながら,【不確かさと共に続く生活】のなかで“これでよかった”と自身の選択を肯定しようとする.
3. 抽出されたカテゴリー,概念の定義と具体例(表2)分析の結果,21の概念,7のサブカテゴリー,3のカテゴリー,1のコアカテゴリーが生成された.抽出されたコアカテゴリーは『自然で穏やかな最期という望み』,サブカテゴリーは〈医療選択を迫られる動揺〉〈手がかりの探索〉〈胃ろう選択の回避〉〈看取りの決心をかき乱す声〉〈時間を延ばすための点滴〉〈治療なのか,延命なのか〉〈ただ家族であること〉,カテゴリーは【いのちを見捨てるような自責】【延命ではない点滴】【不確かさと共に続く生活】である.以下にプロセスを構成するサブカテゴリーやカテゴリーを中心に説明し,各概念の定義と具体例は表2に示す.
概念 | 定義と具体例 |
---|---|
避けられない死が近いとわかる(4) |
食事摂取量が減り始めるなど目に見えて衰弱が進み,死が近く不可避であることを認識すること. 「とにかく全ての機能が弱っていってるというのはわかりました(B)」,「認知症はもう明らかに(進行していて),認知症だけじゃなくて体力も弱ってきて,なくなっていってるなというのはわかるから(D)」,「体温が上がったり下がったりで,そんな急激なあれはなかったけどもありましたわ.ほんで,徐々に弱っていったんやろけども,食もだんだんと細くなってきて(I)」 |
悔やまれる過去の看取りを想起(5) |
過去の看取りで終末期の家族に施された侵襲的な医療を思い出すこと. 「父親の亡くなり方はかわいそうだったねみたいなことを(妹と)言っていたので(F)」,「(先に看取った)母の場合は,完全にあれは延命だったと思うんです.というのが,点滴で水ぶくれになって,ずっと点滴もあれして,ポートまではつけなかったんだけれど,でも,すごくかわいそうな状況でした(G)」,「(先に看取った)おやじも病院で亡くなったあれやから,もう,そういう亡くなり方は見たくないな,さしたくないなと(I)」 |
過去を振り返り本人の思いを想像(5) |
医療の差し控えや中止の判断を行う上で,本人の過去の言動を手がかりに思いを想像すること. 「親戚の人達を見て,ああいうのは嫌だっていうことを言いました.いわゆる植物人間って言ったらいいのか(B)」,「父なんか亡くなる何年か前にちゃんと財産ってそんなないですけど,分配のちゃんと取りそろえて,これああしてこうしてっていう話を.だからその時点で父は死を覚悟してたから(H)」,「あんなん,なりたくないな,管,入れられてというのはどこかで言うてたと思いますけど(I)」, |
今の表情から本人の思いを想像(3) |
本人の明確な意思表示はないものの,本人の表情からこれ以上の治療を望んでいないのではないかと想像すること. 「それで食べなくなった.拒否し始めた.それから1カ月,多分あれは母の最期の,自分自身の終わりを自分で決めたんかなっていうぐらいでした(G)」,「そのときの表情が,今までに開けたことのない大きな目をがあっと開けて,天井,こう,見て,もう,目で訴える表情やったんですね.もう,こんな所,嫌,私は早いこと家へ帰りたいいうような感情で(I)」 |
身体に管をつなげること(5) |
胃瘻や点滴などの医療行為は家族の身体に「管」をつなげ苦痛を与えることだという認識のこと. 「本人が何度もチューブをはずそうとしてるのを,やっぱり,束帯で留めて寝たきりの状態で寝てる,そういう方もご覧になったことあると思いますけど(F)」,「人間らしく生きるっていうのは,管につながれない医療っていうのは,自然に(自身の理解として)入ってきていたので(H)」,「そこで一番,衝撃的やったんは点滴というて,管,7本ぐらい,体に入ってんねんね.そういう人を見て(I)」 |
つけたら外せない(2) |
胃瘻など生命に関わるルート類は,一度つけると亡くなるまで外すことができないという理解のこと. 「胃ろうや何やいうたらはずしたら人殺しやから,胃ろう一旦して勝手にはずしたらあかんでしょ(D)」,「管につながれて.あれ,延命したらとれないですもんね.先生,もういいですからとってください言うたって無理なんでしょ,今は.あれは殺人行為になるんでしょ,その,延命装置,外すのは(I)」 |
身体に穴をあけること(3) |
胃瘻などの医療行為は家族の身体に「穴」をあけ傷つけることだという認識のこと. 「そんなに管につながれへんと,おなかに穴開けんと,看取りますいうことを伝えて(A)」,「穴あけたら痛いですよね,やっぱり.ほんで胃ろういうたら,あれですね.膿とかそんなんが必ず,ずっと出っぱなしになるもんですね.膿とか血とか(E)」,「できるだけ体に傷をつけないで,昔ながらで亡くなるほうが,死の苦しみも少ないんじゃないかなと思うんですね(F)」 |
見殺しを責める内なる声(2) |
医療の差し控え・中止を選択した後に自身の内側に現れる「見殺しにしている」という思いに苦悩すること. 「顔見ながら,おまえは見殺ししたんかって何か聞こえてくるように,いう気がしてしょうがなかったわ.うん.(点滴を)外してから後の11日間(D)」,「何もしない,見てるだけやから,看取りやなしに,見殺しやという気がするんですよね.でも,自分には,いや,これが,看取りやと自分で自分に言い聞かせて(I)」 |
見殺しを責める専門職の声(1) |
治療の差し控えや中止の選択に対する専門職の発言や評価で,家族か感じる自責感に触れる言葉のこと. 「せっかく針入ってんのに抜くんですか,みたいなことを言いはって,看護師さんはそういうつもりで言ったんじゃないにしても,家族にしたら命絶つんですかって言われてるみたいな感じがして,そう言われるとやめますとは言えないですよね.極端な言い方したら,殺すんですかって言われてるような気分になって(中略)看護師さんとしては選択肢の一つとしてのお話しだったと思うんですけど,家族はそうじゃない(H)」 |
点滴はかえって苦痛を与える(4) |
点滴による体内水分量の増加から呼吸苦や浮腫等を引き起こす危険性があるという知識や専門職の意見のこと. 「それは何にもせんのが一番楽やでと.点滴しても,腫れたり熱が出たりっていろいろ出るから,そこが何にもしなかったら,ほっといたら本人は楽やと(在宅医療の主治医が)おっしゃったんやね(D)」,「点滴で無理やり生かされているっていうのは,むくみがきたりっていうのはしんどいことなんだよみたいな話は(職場の看護師から)ちょっと聞いていたので(H)」 |
迷いつつ一時的な点滴を行う(3) |
点滴がもたらす苦痛や延命治療ではないかという危惧がありながら,家族介護者の希望で実施する点滴のこと. 「水ぶくれになるほど点滴してるわけじゃないし,病院でずっとそんな状態でもないし.ご飯食べなくなったから,少し点滴っていうのもありかなとか思って(G)」,「私が自然にっていう話はもう父のときからその主治医の先生とずっとしてたんですけど,「家族が駆け付けてくるまでの時間を持たせるぐらいのことはしてあげるよ」って言ってくれて(H)」 |
迷いの中で置き去りにされる(4) |
専門職から意思決定の背景にある考えや思いを尊重されず,迷いのなかで置き去りにされるように感じること. 「入院したときに看護師さんだったか何かがいろんなお薬の内容を聞いたり,日常生活を聞いたり,そういう中にそれがあったと思います.ただ,それだけのこと,延命治療しますかしませんかっていうことだけ(B)」,「ぼんと,看護師に言われた,『ここは急性期の病院やから,治ったら次の病院行ってもらいます』.看護師は毎日そんなこと,患者に言うてるか知らんけども(I)」 |
迷いのなかで選択を支えられる(4) |
代理意思決定の背景にある家族の考えや思いが尊重され,迷いのなかでの選択を専門職に支えられること. 「看護師さんが,お母さんにだってやりたいこと,まだやり残してること,あるかもしれないし,そんなかたちで,今のままの状態でいうのはよくないんじゃない,ちゃんとしたほうがいいと思うわよって言われて(G)」,「その先生としゃべることが心の支えになりますもの.自分の意見を支持してくださる.あとそういった判断の指標を示してくださっていたし(H)」 |
延命ではない点滴(3) |
「延命」のためではなく高齢者本人に対して何らかの良い結果をもたらす/もたらしたと意味づけている点滴のこと. 「1回点滴頼んだらすーっと楽になる言うてはって,水分がやっぱり,補給ができひんなんかしてね(C)」,「最小限,普通の点滴を続けてくださいと.本人が痛くない方法で,つらくない方法で終わらしたい(D)」,「延命じゃなかったよな,あの点滴はすごいよかったなっていうふうな,反対に.その思いしかなかったです.そういう点滴はいいんじゃないっていう(G)」 |
本人に代わって尊厳をまもる(3) |
本人の意向確認はできないが,本人にとっての最善を考え医療を選択し尊厳を守ってきたという思いのこと. 「ここまで頑張って生きはったんやから,そんなひどいことせんととか思いますよね.そんな穴開けたり,長い間生きてやれんでもいいのかなって(A)」,「そんなことをして本人が喜ぶかどうかわかれへん(中略)そんなもう延命処置やわ,要はね,それはもうしたくない(D)」,「だから母の意思は聞いていないけれども,私の中では母の尊厳っていうのは母に代わって守ってきたつもりではあるので,今回の話して振り返ったときに(H)」 |
代理意思決定を担う責任と覚悟(3) |
様々な選択があることを認識しながら,自身が医療の差し控え・中止の選択をするという責任と覚悟をもつこと. 「まあ女房っていうか妻のことは,わしは決めるしかないと.それでも,まあ,あんまり人には話ししないけども,生い立ちというかなれそめというか,夫婦になった過程からのことっていうのはやっぱり最期に(関係している).(中略)要は2人の困ったことや悩みやそんなものを言ってくとこなかった,われわれ2人はね(D)」,「全部自分で決めましたけど,一応子どもだちとか身内には報告だけしました.こうこうこうだから,もう胃瘻はしませんからねって(H)」 |
眠るような最期だった(5) |
侵襲的な治療は行わず,眠るように穏やかな最期だったことに安堵すること. 「もうすっと,眠るように亡くなり,朝方です.いや,もう多分,お母さんが横に寝てても気づかへんやろいうて言われたけど,ほんまに気づかなかったです(C)」,「最期,本当にすうっと亡くなったんですね.で,そういう亡くなり方を私初めて見ました(中略)枯れるように亡くなるっていうのはこういうことなんだなと.だから本当に,点滴も全くしたことがなく(F)」 |
これでよかったのか(4) |
医療に関する代理意思決定を行ったものの,その選択が正しかったのかと自問すること. 「延命はあんまりええことないいうことね.(中略)そんなしんどい状態で(仕方なく)胃ろうとかそんなんしたのがどうかな(E)」,「積極的治療をしようという気はないんですけど,今でもないんですけど,本当にそれが最善だったのかなっていう(F)」,「本当は自然に枯れていってほしかったんだけど,ちょっと最後こっちの都合で(点滴をしたこと),そこは申し訳なかったなと.でもそこは家族のために生きてくれてありがとうっていうところですよね(H)」 |
「ありがとう」だったのか(4) |
最期に見た様々な表情や様子から,自分自身に感謝の言葉を残してくれたのではないかと感じること. 「もう手握ってこうやって(手を振るように)し始めやったし,ありがとうでしょうね.毎回しゃべれるときは全部ありがとうでした(A)」,「後で思ったら,もうあかん,ありがとういうような顔してはったから,あーと思ったんですけど.もう,ありがと言わはらへん人やったから(C)」,「最後の涙がありがとうやったんか,なんか知らんけども,涙で訴えたという感じですよね,お礼を言ったというか(I)」 |
共に生きた日々の回顧(4) |
家族としての関係性や共に家族として過ごしてきた日々を振り返りながら,それらに自分なりの意味を見出そうとすること. 「私がもし(がん闘病を経験せず)元気で勤めていたら多分こんなに親身な介護はしてないと思いますね.もっと冷たかったかもしれない(A)」,「母を施設に入れる前,ちょっと母との関係が悪かった,よくなかったので,もう疲れ切ってたんですね,自分自身が母と一緒にいることに(F)」,「(母の死後に)母の手帳,読みながら,なんとなくいろんなものがつながってきたという感じがしました(G)」 |
これでよかった(6) |
代理意思決定の経験に自分なりの意味を見出しながら,穏やかな最期に至ったその選択を肯定しようとすること. 「何か自分たちがこういう病気をしたからやと思うんですよ,主人も私も.してなかったら多分(介護や看取りの選択肢も)違う(A)」,「先生にああ,理想やなって言っていただいたので,それはすごくうれしかったですね(H)」,「ビー玉みたいな大きな涙を1滴,ぽっと溢して,にこっとして息を引き取りましたわ.ほんで,その,見た瞬間,これでよかったなと(I)」 |
治療なのか,延命なのか(4) |
本人にとって医療を行うことが「治療」なのか「延命」なのかを迷いながら選択し意味づけていくこと. 「それ(酸素療法)をするんだったらもう病院治療ですって言われたので,たぶん在宅で看取るということは,それをしないということ(F)」「「それ(誤嚥性肺炎治療のための抗生剤投与)は延命じゃなくて治療じゃないのって私はすごく思ったんですけど,でもそれ考えていくうちに,治療が延命になるということ.だから私は父が亡くなった後に振り返って,輸血したのも延命やったなと(H)」 |
このサブカテゴリーは,いよいよ高齢者本人の死が避けられない段階となり,治療では回復が見込めないと認識する状況を示す.家族介護者自身の観察や気づきによって認識する場合と,医師から明確に,あるいは暗に示される説明によって認識する場合がある.また,AHNについての考えを求められるのもこの時期であるが,看取りへの覚悟を抱いていた家族介護者であっても,それとは異なる代理意思決定という責任に動揺する.家族や親族の看取り経験がある場合,選択を迫られる動揺のなかで悔いの残る過去の看取り経験を想起することがある.
2) 〈手がかりの探索〉このサブカテゴリーは,家族介護者が過去の高齢者本人の言動を振り返り,本人がどのような最期を望んでいるかを想像しようとすること,また目の前の高齢者本人の表情や様子から言葉にならないメッセージを受け取ろうとしながら,本人が望む最期の迎え方を想像しようとすることを示す.それらを通して,本人の思いを尊重しているという思いを支えにしながら,いのちに関わる医療を代理意思決定する苦悩に対処している.
3) 〈胃ろう選択の回避〉このサブカテゴリーは,食事摂取量の低下や経口からの水分・栄養補給が困難となり,医師から胃瘻や点滴などのAHNを提案される状況での家族介護者の思いを示す.胃瘻は高齢者本人の身体に管をつけたり,穴をあけたりする処置であり,本人の苦しみを長引かせ,一度行った場合は後戻りのできない選択だと認識している.胃瘻を差し控える選択を行った場合であっても,別のAHNとして点滴を行うかどうかという選択に迫られる.
4) 〈看取りの決心をかき乱す声〉胃瘻や点滴を差し控える選択をした家族介護者は,自身のなかにわき起こる「見殺し」ではないのかという思いに苦悩する.また,医療・ケアチームから向けられた何気ない言葉も,「見殺し」だと責められているように感じるほど追い詰められている.このサブカテゴリーでは,たとえ医療を差し控えるということが『自然で穏やかな最期という望み』からの選択であっても,家族介護者のなかには【いのちを見捨てるような自責】を抱えることがあるというプロセスを示す.
5) 〈時間を延ばすための点滴〉このサブカテゴリーは,胃瘻を差し控える選択をした場合も,看取りに向き合う中での思いや家庭と仕事などの様々な事情のなかで,家族介護者があと少し看取りまでの時間があればと望み,点滴を行う選択をするプロセスを示す.看取りが近い高齢者に点滴を行う身体的な不利益について,事前知識や医療・ケアチームによる助言があるため,そうした点滴も本人を苦しめる「延命」なのではないかと迷いながら行う.AHNの差し控えや中止を望みながらも選択した点滴がどのように意味づけられるのかは,その後の医療・ケアチームによる支援のありかたによって異なっていく.
6) 〈治療なのか,延命なのか〉このサブカテゴリーは,〈治療なのか,延命なのか〉という家族介護者の葛藤が,医療・ケアチームの支援のあり方によって変容するプロセスを示す.家族介護者は医療・ケアチームから代理意思決定の背景にある考えや思いを聞いてもらい支持してもらうことで,支援を受けたと感じることができる.支援を受けたと感じられた家族介護者は,迷いながら行った点滴を【延命ではない点滴】と意味付け,高齢者本人の看取りを支えるものだったと肯定する.しかし,医療・ケアチームから支援を受けなかったと感じる家族介護者は,〈時間を延ばすための点滴〉が家族介護者本位の選択だったのではないかと自問し続ける.
7) 〈ただ家族であること〉このサブカテゴリーは,〈手がかりの探索〉〈胃ろう選択の回避〉〈看取りの決心をかき乱す声〉〈治療なのか,延命なのか〉におけるプロセスを経て,家族介護者が『自然で穏やかな最期という望み』をもちながら,「代理意思決定者」としてではなく〈ただ家族であること〉から本人の最期を見守ろうするプロセスを示す.本人に代わって尊厳をまもる決意や代理意思決定を担う責任と覚悟から看取りと向き合い,高齢者本人が眠るように苦しまずに最期を迎えたということに安堵しながら,介護と看取りの役割を終える.
8) 【不確かさと共に続く生活】このカテゴリーは,高齢者本人が穏やかな最期を迎えたことに安堵しながらも,代理意思決定の正しさをめぐる自問が看取りを終えても続いていることを示す.しかし,最期に本人が見せた表情や涙が,これまで共に過ごしてきたことへの感謝だったのではと振り返り,介護や看取りの経験を肯定的に受け止めようとする.そして,家族として共に生きた日々を思い,長い確執や様々な後悔なども乗り越えようと,それぞれの関係性のなかで自身の代理意思決定の経験を意味づけようとする.
高齢者の看取りにおけるAHNは生命を維持するための医療であると同時に,高齢者本人のQOL低下や身体的苦痛を生じさせる可能性も示唆され,その代理意思決定は複雑で困難なものとなる.AHNのなかでも人工栄養に対して,医療従事者の倫理的ジレンマが生じやすいことが報告されているが(Pengo et al., 2017),一般国民への意識調査でも「口から水が飲めなくなった場合に点滴を望む」という回答は56.2%であるが,中心静脈栄養では19.4%,経鼻栄養では11.8%,胃瘻では7.6%と人工栄養を望む割合は減少する(厚生労働省,2023).
医療現場の倫理的問題から生じる社会的懸念に対し,2012年以降各国で終末期医療に関するガイドラインが整備され始めた(Mayers et al., 2019).しかし,他国と比較して日本では終末期の意思決定,患者の権利,治療やケアを支える法的枠組みなどが整備されていない.そのため,AHNが導入されやすい要因として訴訟などの法的リスクの回避,経済的利益,長期療養施設移行の容易さなどの背景が指摘されている(Aita et al., 2007).また,家族介護者がAHNの差し控えを望んでも,医療・ケアチームが「餓死」といった言葉で高齢者本人の苦痛を示唆することでAHN導入を促すといった事例も報告されている(Maura et al., 2019).そうした先行研究と比較すると,本研究では胃瘻造設をめぐる代理意思決定の苦悩についての語りは少なく,胃瘻造設は行わないという意思をもち,関わった医療従事者からもその思いを肯定的に受け止められた経験をもつ人々が研究に参加されたと考えられる.一方,先行研究で取り上げられることが少なかった静脈点滴については,その選択も「延命」であるかどうかを葛藤し,一時的に行った点滴も悔やむような語りがみられた.終末期がん患者への輸液の効果は,QOL向上や生存日数の延長などにおいて限定的であるとされているが(日本緩和医療学会,2013),メディアを通して過剰な点滴が浮腫や気道分泌物の増加を招き,非がん疾患の終末期高齢者にとっても,苦痛を増大させるといった理解も広がっている.家族介護者の判断には専門家からの情報提供,他の家族介護者との情報交換や相談,自己学習や情報収集などが活用されるが(Su et al., 2020),本研究参加者には家族会での活動経験や,医療・介護・福祉分野での就労経験をもつ人々もいる.そのため判断に用いられる情報の量や質が他の家族介護者とは異なり,医療の導入に対してより慎重な態度で臨むことで,末梢静脈点滴のリスクにも強い不安を抱いていた可能性がある.
2. 介護と看取りの経験を家族の「物語」のなかで意味づけていくこと代理意思決定を担う家族介護者にとって自身が選択した医療が延命であったかどうかは,先行研究でも重要なテーマとして語られている(眞浦・伊藤,2017).家族は自らの選択の「正しさ」を意味づけるため,個人史や家族史に沿った選択を行い高齢者本人の人生の物語の一貫性を尊重しながら,選択の視点を高齢者本人の病状に合わせ自律性から有益性へと移行させる(Elliott et al., 2009).家族介護者の葛藤の背景は複雑であり安易にその答えを提示することはできない.しかし本研究で複数の研究参加者によって語られた「最期は眠るように穏やかだった」,「最期に感謝を伝えようとしていた」といった捉え方は,代理意思決定と看取りを意味づけるために家族が見出した一つの答えだと考えらる.
ACPの実践で継続的な対話が求められているのは,意思決定支援が選択のための情報提供だけでなく,選択の意味を共同生成するプロセスでもあるためである.「理想的な最期だった」という主治医の看取り後の言葉に安堵したという語りからも,医療・ケアチームの支持的な態度は家族の経験の意味づけに意味をもつと考えられる.家族介護者は様々な医療・ケアチームと関係性を築きながら介護を行うが,看取り後は支援も撤退し,介護者としてのアイデンティティも失うなど「二重の喪失」(Harrop et al., 2016)を経験するため,看取り後の効果的なフォローアップも必要とされている.療養型病棟で終末期高齢者をケアする看護師を対象とした調査では,看護師も同様にケアへの不確かさに直面し,患者の死後に家族から向けられたケアへの感謝と肯定的な反応によってはじめて,自らの実践が適切だったと受け止められたことが報告されている(Odachi et al., 2017).看取りをめぐるケアの不確かさは,家族介護者と医療・ケアチームのどちらにも共通する課題だと考えられる.
日本におけるACPの実践では,他者との関係性のなかで本人の自律性を捉えること(Miyashita et al., 2022),生物学的な生命を基盤としながら「物語られるいのち」を豊かにすること(The Japan Geriatrics Society Subcommittee on End-of-Life Issues et al., 2020)などが提言されている.「物語られるいのち」とは自身の人生を物語として経験して意味を持たせるプロセスであり,経験や思い出,他者との関係性,価値観などを通して,自己のアイデンティティや存在を意味づけることを指す(会田,2020).本人や家族と対話を重ねる医療・ケアチームのアプローチは,高齢者本人や家族介護者が自らの経験を意味づけるための支援であると同時に,医療・ケアチームが自らの実践に伴う不確かさの意味に向き合う機会にもなる可能性も指摘されている.
3. 本研究の意義と看護実践への示唆本研究の意義はいまだ報告が少ない高齢者の看取りにおけるAHNの差し控え・中止の代理意思決定について,家族介護者の経験を明らかにすることを試みた点にある.AHNをめぐる問題では,これまで胃瘻造設に対する倫理的課題が議論されてきたが,本研究では胃瘻だけではなく静脈点滴の選択に対する家族介護者の葛藤や苦悩も語られている.さらには,医療・ケアチームの対話的な実践が,代理意思決定の経験に対する肯定的な意味づけに関与していた可能性も示唆された.代理意思決定を担う家族介護者がその選択を家族の物語のなかで意味づけようとするプロセスを対話的な実践で支えると共に,看取り後もそれぞれの関係性を振り返りながら不確かな経験に向き合い続けている家族介護者への継続的な支援が必要と考えられる.
本研究は高齢者の看取りにおける生命維持に関わる医療行為に対して,何らかの問題意識をもつと思われる研究参加者自身の応募により得られた9名の語りを分析対象とした.代理意思決定に関わる家族介護者の多様な経験や医療選択の可能性について明らかにするためには,年齢,続柄,家族関係,医療選択内容などの属性を検討するなど,対象者の拡大とさらなる分析が必要と考えられる.
家族介護者はAHNの代理意思決定に苦悩と葛藤を抱きながら高齢者を看取り,それぞれの関係性のなかで自身の代理意思決定の経験を意味づけようとしていた.代理意思決定を行った家族が胃瘻や点滴などの差し控え・中止の経験を家族の物語のなかで肯定的に意味づけていくプロセスには,医療・ケアチームの対話的な実践が関与していた可能性があることが示唆された.
謝辞:本研究の実施にあたってインタビューにご協力くださり,介護と看取りの経験をお話しいただいた皆様に心より感謝申し上げます.本研究は2017~2019年度JSPS科研費17H07280の助成により実施した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YMは研究の着想,デザイン,データ収集と分析,執筆の全てに貢献;KKは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言に貢献した.全ての著者は最終原稿を読み,承認した.