2024 Volume 44 Pages 228-238
目的:ラサター臨床判断ルーブリック日本語版(LCJR-J)の信頼性と活用可能性を検討する.
方法:学生7名のシミュレーションをLCJR-Jでレーター4名が評価し,レーター間の一致率を算出した.学生は自己評価を行い,学生とレーター間のLCJR-J得点を比較した.活用可能性をグループインタビューし質的帰納的に分析した.
結果:一致率を算出し,評者間信頼性は許容範囲を示した.LCJR-J得点の有意差は学生とレーター間の「評価・自己分析」以外では認めなかった.活用可能性は学生より【活用によるアドバンテージ】【継続的な学びの過程の可視化】【簡明な評価への志向】【レベルに応じた活用】【ポジティブな表現による学習支援】,レーターより【評価指標としての有用性】【臨床判断の思考の焦点化】【看護実践の開発支援】【臨床シミュレーションの評価】【妥当な評価への志向】を抽出した.
結論:LCJR-Jの評価は一定の一致率を認め,臨床判断の観点を共有でき,継続的な対話での活用により発達的なルーブリックとして活用可能性を有する.
Objective: This study examined the reliability and usability of the Lasater Clinical Judgment Rubric Japanese Version (LCJR-J).
Methods: The simulations of seven students were evaluated by four raters using the LCJR-J, and the rate of agreement between the raters was calculated. The students self-evaluated their simulations, and the LCJR-J scores given by the students and raters were compared. Group interviews were conducted to qualitatively and inductively analyze the LCJR-J’s usability.
Results: Calculating the concordance rate showed that the reliability between raters was within an acceptable range. No significant differences in LCJR-J scores were observed between students and raters, except for “evaluation/self-analysis.” Regarding usability, students identified “advantage through utilization,” “visualization of the continuous learning process,” “inclination toward simple evaluation,” “utilization according to level,” and “learning support through positive expression.” Meanwhile, raters highlighted “usefulness as an evaluation indicator,” “focusing on the thought of clinical judgment,” “support of development for nursing practice,” “evaluation of clinical simulation,” and “inclination toward valid evaluation.”
Conclusion: The LCJR-J evaluation demonstrates a certain level of concordance, facilitates sharing of clinical judgment perspectives, and has the potential to be used as a developmental rubric through its use in continuous dialogue.
看護師の役割と活躍の場の拡大に伴い,臨床判断能力の重要性は年々高まる傾向にある.米国のNational Council of State Boards of Nursing(NCSBN)は看護師の臨床判断のプロセスに寄与する個々の要因を抽出する調査を行い,本邦の看護師国家試験に相当するNational Council Licensure Examination(NCLEX)では,2023年よりケーススタディを用いた臨床判断能力の評価が導入されている(NCSBN, 2022).
本邦の看護基礎教育においても,第5次保健師助産師看護師学校養成所指定規則改正により臨床判断の基礎的能力の育成の必要性について言及され(厚生労働省,2019),看護基礎教育の各機関におけるカリキュラム開発は,臨床判断能力の育成を標榜した構築へと移行し,そのためのシミュレーション教育も多くの教育機関で導入されている.
看護実践における臨床判断のプロセスはTanner(2000)によりモデル化され,その後各国において臨床判断能力の育成の枠組みとして広く活用されている.臨床判断モデルは,目前の状況を知覚的に把握する「気づき」,対処する状況の理解を十分に深める「解釈」,その状況に適切と考えられる行為を決する「反応」,実施しているときに看護行為に対する患者の反応に目を向ける「省察」の4つの様相から看護師の臨床判断を説明している(Tanner, 2006).2022年に発表された改訂版の臨床判断モデル(Tanner et al.,2022)は,初版のモデルよりも具体的な要素が示され,それぞれの様相が明確になり,細田ら(2022)により邦訳もされている.
Lasater(2007)はTanner(2006)の臨床判断モデルに基づき,臨床判断のための評価指標としてラサター臨床判断ルーブリック(Lasater Clinical Judgment Rubric: LCJR)を開発した.LCJRは発達的なルーブリックであり,臨床判断の発達を評価するものである.LCJRは臨床判断の効果的な気づき,解釈,反応,省察の4つの様相を11の観点に分け,初歩的,発展途上,達成,模範的という4つのレベルを得点化して用いる.11のディメンションは,効果的な気づきの「焦点を絞った観察」,「予期されるパターンからの逸脱の認識」,「情報探索」,効果的な解釈の「データの優先順位づけ」「データの意味づけ」,効果的な反応の「冷静で自信のある態度」,「明確なコミュニケーション」「十分に計画された介入・柔軟性」「技能的であること」,効果的な省察の「評価・自己分析」「改善へのコミットメント」から成る(Lasater, 2007;細田ら,2018).米国においては,学部の教育に臨床判断能力の学習支援を導入し,その方法としてシミュレーション教育を行い,指標を明確にしたLCJRを使用している(田代ら,2015).また,LCJRは米国の学生のシミュレーション評価に用いられ,その信頼性と妥当性を評価し,測定用具としての活用の可能性が検討されている(Adamson et al., 2012).
細田ら(2018)はバックトランスレーションを用いて,翻訳妥当性の検証されたLCJRの日本語版(Lasater Clinical Judgment Rubric Japanese Version: LCJR-J)を作成した.従来,国内においては臨床判断能力そのものを測定する指標がなく質的データやオリジナルの測定指標が用いられていたが,臨床判断の評価指標として国外において最も多く用いられているLCJRの日本語版であるLCJR-Jの活用が期待されている(羽入,2019).米国ではLCJRの信頼性・妥当性の検討が行われているが,本邦においてはLCJR-Jの評価に焦点をあてた研究は確認できなかった.Kirkpatrick & Dewitt(2020)は,評価ルーブリックの信頼性を立証するためによく使われる手法として,2名以上の指導者が合意された基準を用いて学生の実践を独自に評価し,レイティングを結合させ,スコア間の一致のパーセンテージで表される評者間信頼性を確認することを示唆している.本邦におけるLCJR-Jの評価に取り組むことは,その活用可能性を検討する上で重要な課題といえる.LCJR-Jの信頼性と活用可能性の検討により,看護基礎教育および継続教育における基礎的資料となり,本邦における看護学習者の臨床判断能力獲得の促進に寄与できる.
LCJRは学生と教員の共通言語となり,学生の臨床判断能力の発達と目標設定の進捗状況を評価する手段となる(Cato et al., 2009).しかしLCJRが開発された米国と本邦では,臨床の学習環境や教育制度の相違により看護学実習における経験の質も量も異なり,臨床判断モデルの「気づき」よりも前にある文化・社会的な背景の相違が存在する.この違いを踏まえ,本研究においては本邦の看護系大学の学生を対象としたシミュレーションを設定し,LCJR-Jの評価指標としての信頼性を検討し,その活用可能性を学生とレーターの側面から検討することを目的とする.
臨床判断能力とは,患者のニーズ,関心事,健康問題に関する理解や推論,その人の反応に応じて行為を起こす決定(Tanner et al., 2022)に関わる技量とした.
本研究は,量的データと質的データの収集を同一段階で並行して実施し(Creswell, 2003/2007),結果を確認し補強するために,並行的デザイン(坂下,2012)のミックスメソッドとした.
2. 研究参加者本研究の対象は便宜的に抽出した看護系大学3校から研究協力の同意の得られた4年次生7名と,5年以上の臨床における看護師経験を有するレーター4名であった.
3. データ収集法 1) リクルート方法参加者のリクルートは,学生に対しては大学の管理責任者に依頼文書を送付し,研究概要を記載した参加者募集のチラシの配布を依頼した.チラシを受け取った学生が二次元バーコードを読み取りWEBで申込みをする方法によって,参加者の研究協力の意向を確認した.レーターには研究の概要を文書により説明し,研究協力の同意を得た.
2) シミュレーションの設定 (1) オリエンテーションとブリーフィング学生にはシミュレーションの開始前に,ファシリテーターがLCJR-Jについて,配布資料を用いて7分程度のオリエンテーションを行った.その後8分程度のブリーフィングでシミュレーションの目標と課題を説明し,学生間で確認したり共有したりできるように働きかけた(付録1).
レーターには事前にシミュレーション方法とLCJR-Jの使用方法に関する30分程度のオリエンテーションを実施した.シミュレーションの課題設定は看護師として遭遇することが多く,レーターが模範的な看護師の臨床判断を想起しやすい場面を選択し,課題とLCJR-Jを照合し,理解を深める時間を取った.LCJR-Jの各ディメンションのレベルは,模範的(4点):多様,複雑な状況で判断ができる,達成(3点):大抵の状況で判断ができる,発展途上(2点):単純な状況で判断ができる,初歩的(1点):一般的な状況で部分的に判断ができる,(0点):判断ができない,以上の5段階でチェックするものであった(付録2).
また,学生とレーターには質問紙を配布し,各自の基本情報の記入を依頼した.
(2) シミュレーションオリエンテーションとブリーフィングを受けた後,学生は1名ずつシミュレーション室に移動し,シミュレーション実施中の注意事項について説明を受けた.
説明内容は,シミュレーション室内の物品の配置やシミュレーターで実施できる手技,使用可能な物品,注意事項であった.具体的には,シミュレーション室のベッドには多職種連携ハイブリッドシミュレーターSCENARIO®が配置され,シミュレーターは血圧,酸素飽和度,体温,呼吸音が測定可能であること,モニターには心電図が表示されており,体温や酸素飽和度は測定後に数値が表示されることであった.さらに,吸引器,血糖測定器,瞳孔計,聴診器が使用可能であり,シミュレーション中に学生が実施しようとする行為や測定した値などは声に出して表現するように伝えた.ベッドサイドに患者の家族役1名とシミュレーターの操作担当者1名の研究スタッフを配置した.病室の外のナースステーションに看護師役の研究スタッフ1名を配置し,学生はこの看護師に看護行為の報告や相談が可能であることの説明を受け,レーター2名は学生に圧迫感を与えない距離から学生を観察し,1人あたり10分程度のシミュレーションを実施した.
(3) デブリーフィングシミュレーションの終了後,研究スタッフがファシリテーターとなり,参加した学生全員による20分程度のデブリーフィングを行った.
(4) レーターによるレイティングと学生の自己評価シミュレーションでは,4名のレーターのうち2名ずつ学生のシミュレーション場面の観察を行い,LCJR-Jを用いてレイティングを実施した.学生はシミュレーションの実施後にLCJR-Jを用いて看護実践の場面を振り返り自己評価を行った.
3) グループインタビューデブリーフィング後,デブリーファーとは別の研究者がファシリテーターとなり20分程度のグループインタビューを実施し,LCJR-Jの使い易さや使いにくさ,気になった点,改善点,活用上の工夫を聴取した.
4. データ分析方法LCJR-Jの評者間信頼性は,Kirkpatrick & Dewitt(2020)の評価ルーブリックの信頼性を検証する方法に準じ,学生7名のシミュレーションのラウンド別に2名のレーター間のレイティングの一致率(% Agreement)を算出した.また,Sideras(2007)は,LCJRのネスト化された構造を考慮し,一致率の基準を拡大し,LCJRの一段階のレベルの差は同等と見なすことを示しているため,拡大基準による一致率も算出した.LCJRディメンションについて,学生の自己評価とレーターのレイティングによるLCJR-J得点をWilcoxonの符号付き順位検定を用いて比較した.
シミュレーション後に実施したグループインタビューの内容を逐語録に起こし,臨床判断能力の開発,臨床判断の評価基準という観点からのLCJR-Jの活用可能性について質的帰納的に分析した.分析は3名の研究者がそれぞれQualitative Data Analysis Software NVIVO®を使用し,個別にローデータからコードを抽出しカテゴライズした後,各分析データを照合し内容を吟味しながら統合を進めることにより分析の信用性を確保した.統合されたデータの分析の精度を向上させるため,さらに別の3名の研究者を加えた6名による検討を実施した.分析プロセスにおいては,LCJRの開発者を含む米国の研究者2名による結果のレビューを行った.
5. 倫理的配慮本研究は,大阪府立大学大学院看護学研究科研究倫理委員会(申請番号:2019-60),静岡県立大学研究倫理審査委員会(申請番号:2-36)による審査を受け実施した.学生には研究参加の自由意思の尊重とプライバシーの保護,不参加でも不利益を受けないことや,成績には一切影響しないこと等,倫理的配慮と研究概要を説明し,研究協力の同意を確認した.研究参加後の同意の撤回も可能であることを保証した.レーターには研究の概要を文書により説明し,事前のオリエンテーションの際,研究協力の同意を確認した.LCJR-Jの使用にあたっては,米国のLCJR開発者と,本邦のLCJR-Jの作成者(翻訳者)より許諾を得た.
学生は看護系大学(3校)4年次生7名,年齢は21歳から23歳,平均年齢21.9歳,性別は女性6名,男性1名であった.
レーター4名の年齢は28歳から35歳,平均年齢32.3歳,性別は女性3名,男性1名であった.臨床経験年数は5年0ヶ月から12年6ヶ月,平均7.5年,全員が看護師資格と保健師資格を保有していた.最終学歴は大学院(修士課程)修了3名,大学(学士課程)卒業1名,取得学位は修士3名,学士1名であった.
2. LCJR-Jのレーター間の一致率学生7名のシミュレーションの各ラウンドを観察した2名のレーター間のLCJR-Jのレイティングの一致率を表1に示した.LCJR-Jのレーター間のレイティングの評者間信頼性は,90.9%が最も高く,次いで63.6%の一致率を示し,18.2%が最も低かった.Sideras(2007)の拡大基準では,4つのラウンドで100%の一致率を示し,最も低いもので81.8%であった.
一般の基準 % Agreement |
Siderasの拡大基準 % Agreement |
|
---|---|---|
ラウンド1 | 63.6 | 100.0 |
ラウンド2 | 63.6 | 100.0 |
ラウンド3 | 54.5 | 81.8 |
ラウンド4 | 90.9 | 100.0 |
ラウンド5 | 36.4 | 100.0 |
ラウンド6 | 27.3 | 81.8 |
ラウンド7 | 18.2 | 90.9 |
学生の自己評価では,効果的な省察の「改善へのコミットメント」の平均値が最も高く,次いで効果的な気づきの「情報探索」が高かった.一方,学生の自己評価が最も低い平均値を示したディメンションは,効果的な反応の「冷静で自信のある態度」であった.レーターによるLCJRの11ディメンションのレイティングでは,効果的な省察の「評価・自己分析」と「改善へのコミットメント」の平均値が上位2位を占め,最も低い平均値を示したディメンションは,効果的な気づきの「予期されるパターンからの逸脱の認識」と効果的な反応の「十分に計画された介入・柔軟性」であった.学生の自己評価とレーターのレイティングは,LCJR合計ではどちらも有意差はなかったが,効果的な省察の「評価・自己分析」でレーターのレイティングが学生の自己評価より有意に高かった(p < 0.05)(表2).
LCJRディメンション | 学生 | レーター | Z値 | p値 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
Mean(SD) | Median(IQR) | Mean(SD) | Median(IQR) | |||
効果的な気づき | ||||||
焦点を絞った観察 | 2.14(0.38) | 2(2~2) | 2.14(0.69) | 2(2~3) | 0.000 | 1.000 |
予期されるパターンからの逸脱の認識 | 2.14(0.38) | 2(2~2) | 1.71(0.49) | 2(1~2) | –1.342 | 0.180 |
情報探索 | 2.29(0.49) | 2(2~3) | 2.00(0.58) | 2(2~2) | –1.414 | 0.157 |
効果的な解釈 | ||||||
データの優先順位づけ | 2.00(0.82) | 2(1~3) | 2.00(0.58) | 2(2~2) | 0.000 | 1.000 |
データの意味づけ | 2.00(0.00) | 2(2~2) | 1.86(0.38) | 2(2~2) | –1.000 | 0.317 |
効果的な反応 | ||||||
冷静で自信のある態度 | 1.57(0.54) | 2(1~2) | 2.00(0.58) | 2(2~2) | –1.732 | 0.083 |
明確なコミュニケーション | 2.00(0.82) | 2(1~3) | 2.29(0.76) | 2(2~3) | –1.000 | 0.317 |
十分に計画された介入・柔軟性 | 1.86(0.69) | 2(1~2) | 1.71(0.76) | 2(1~2) | –0.577 | 0.564 |
技能的であること | 2.00(0.00) | 2(2~2) | 2.14(0.69) | 2(2~3) | –0.577 | 0.564 |
効果的な省察 | ||||||
評価・自己分析 | 2.00(0.00) | 2(2~2) | 2.86(0.38) | 3(3~3) | –2.449 | 0.014* |
改善へのコミットメント | 2.57(0.54) | 3(2~3) | 2.57(0.54) | 3(2~3) | 0.000 | 1.000 |
LCJR合計 | 22.57(2.30) | 22(20~25) | 23.29(4.46) | 24(21~27) | –0.315 | 0.752 |
Wilcoxonの符号付き順位検定 *p < 0.05
学生のグループインタビューから,LCJR-Jの臨床判断能力の開発への活用可能性に関し,5カテゴリー,17サブカテゴリー,60コードが抽出された(表3).
カテゴリー(5) | サブカテゴリー(17) | コード(60) |
---|---|---|
活用によるアドバンテージ | 自身の位置するレベルの確認 | レベルの違いが明確で評価しやすい |
自分のレベルの再確認ができる | ||
自分の位置付けを確認しやすい | ||
できなかったことを自分で判断できる | ||
自身の強みと弱みの把握 | 自分の弱みと強みを知り仕事やその継続に活かせる | |
自分の得意・不得意がわかりやすく目に見える | ||
新人研修と2年目で使うと自分の強み弱みが見えてくる | ||
今後に向けての動機づけ | 自分に何が必要か一目でわかる | |
ステップアップの参考になる | ||
次のステップが具体的で明確に示されている | ||
頑張りに対して動機づけになる | ||
内面に焦点を当てた評価 | 行動面だけでなく内面にも焦点を当てることができる | |
他人から見えにくい自己の内面を考えることができる | ||
技術だけでなくコミュニケーションも評価できる | ||
継続的な学びの過程の可視化 | 経年的な自身の変化の見える化 | 経年的に使用することで自信を持つことができる |
4年間を通して段階的な成長をみる | ||
技能はその時ではなく長期的な自己を評価するとよい | ||
長期的に使用するなら評価の理由も記録するとわかりやすい | ||
学生から看護師への移行時の活用 | 学生から看護師の成長に繋げて活用する | |
現場に出てからも定期的に振り返る機会を持つ | ||
学生の間だけでなく臨床に出てからも定期的に振り返る | ||
学習形態を超えた一貫した使用 | 学内演習から実習まで継続して使用する | |
学内演習やシミュレーションで使用する | ||
臨床実習時も同じ様式で評価に使用する | ||
領域を横断した評価への活用 | 長期間の実習の評価に活用する | |
学習する専門領域を超えて共通の評価に活用する | ||
領域実習で同じルーブリックを共通して使用する | ||
各領域で共通の臨床判断の評価と目標を持つ | ||
実習各期一貫した目標の明確化 | 実習後に同じルーブリックを使用し,一貫した自分の目標を持つ | |
実習の初期から使用し目標を見えやすくする | ||
実習前に見て目標の確認をする | ||
簡明な評価への志向 | 言葉の明瞭化の必要性 | 言い切りの表現だとどちらに評価するか悩む |
日本語訳では微妙な程度の差異が曖昧になる | ||
データが何を指すのか明確な基準がない | ||
言葉が何を指すのか判断に迷う | ||
レベルの具体化の必要性 | レベルの間に当てはまるときがある | |
ディメンションのレベルに細かな段階があるとよい | ||
学生のレベルが解りやすいように段階に幅があるとよい | ||
学生のレベルに合わせ評価の幅を広げる | ||
評価の段階の幅を広げる | ||
初歩的を具体的に表現する | ||
評価内容の具体化の必要性 | 実習でよくある状況を更に詳細な項目としてリストアップする | |
実習でよくある状況の記載が望ましい | ||
高頻度で体験する実習場面や学内の技術項目が記されているとよい | ||
レベルに応じた活用 | 立場と経験による評価への作用 | 立場や経験年数により評価が困難な項目がある |
立場や経験年数により解釈の仕方が変わる | ||
教員と一緒に評価すると学生と教員の認識の差を判断できる | ||
個人のレベルに応じた取り組み | 現在のレベルを自覚し次の領域で個々を伸ばすという目標にする | |
模範的との比較で落ち込まないような救いを与える | ||
導入時に個人のレベルに合わせて使用するものだと説明し励ます | ||
導入の際に各自のレベルに応じて頑張るものだと説明する | ||
評価に関するオリエンテーション | 学生の到達レベルをオリエンテーションすると不安が解消される | |
レベルや点数に対応する年代や職種の説明が欲しい | ||
各レベルの名称が自己評価する際に影響する | ||
評価は長期的なものだと最初に説明する必要がある | ||
ポジティブな表現による学習支援 | 評価項目のポジティブな表現 | 評価内容をポジティブな表現にするとよい |
初歩的は具体的でポジティブな表現が望ましい | ||
達成や発展途上でもポジティブな内容の記載が望ましい | ||
ポジティブなフィードバック | ポジティブな要素を入れる | |
成長には救いのある言葉が必要だ |
カテゴリー【活用によるアドバンテージ】はサブカテゴリー〈自身の位置するレベルの確認〉,〈自身の強みと弱みの把握〉,〈今後に向けての動機づけ〉,〈内面に焦点を当てた評価〉から構成され,ローデータとして“内面的な部分,省察の部分では,自分の中でどういうふうに考えているかみたいな部分もあって,行動だけで評価せずに,内面の部分にも焦点を当ててる”という語りがあった.
カテゴリー【継続的な学びの過程の可視化】はサブカテゴリー〈経年的な自身の変化の見える化〉,〈学生から看護師への移行時の活用〉,〈学習形態を超えた一貫した使用〉,〈領域を横断した評価への活用〉,〈実習各期一貫した目標の明確化〉から構成され,ローデータとして“長期間の実習であれば今これぐらいかというのを自覚した上で,また次の領域でここは少しでものばせるんじゃないかっていう目標をもって実習するにはこういう評価を実習後に用いてもいいのかな”という語りがあった.
カテゴリー【簡明な評価への志向】はサブカテゴリー〈言葉の明瞭化の必要性〉,〈レベルの具体化の必要性〉,〈評価内容の具体化の必要性〉から構成され,ローデータとして“模範的っていうのが,看護師さんの実際に臨床に出てる方で,どれくらいの立場の方を想定されているのかがちょっとよく分からなくて”という語りがあった.
カテゴリー【レベルに応じた活用】はサブカテゴリー〈立場と経験による評価への作用〉,〈個人のレベルに応じた取り組み〉,〈評価に関するオリエンテーション〉から構成され,ローデータとして“本来,どのレベルでできてなきゃいけないのかなっていう,そのやはり不安とかにつながらないためにも,オリエンテーションをしっかりしていただければ”という語りがあった.
カテゴリー【ポジティブな表現による学習支援】はサブカテゴリー〈評価項目のポジティブな表現〉,〈ポジティブなフィードバック〉から構成され,ローデータとして“改めてこれを評価してってなると,ちょっと辛いってなってしまうところもあるのかなっていうふうには私も思ったので,ポジティブな要素は少し入れてもらった方が,やっぱ最初の年数の時にはもっとがんばろうっていうふうに思えるのかな”という語りがあった.
5. LCJR-Jの臨床判断能力の開発への活用可能性(レーター)レーターのグループインタビューから,LCJR-Jの臨床判断能力の開発への活用可能性に関し,5カテゴリー,15サブカテゴリー,55コードが抽出された(表4).
カテゴリー(5) | サブカテゴリー(15) | コード(55) |
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評価指標としての有用性 | ルーブリック評価の容易性 | 着目点が示されていて評価しやすい |
文章が具体的で状況にあてはめやすい | ||
具体的な例があり評価しやすい | ||
反応は学生の行動をみて評価できる | ||
評価の視点の拡がり | できているところに目を向けた評価ができる | |
学生と一緒に評価できると今後への指導になる | ||
臨床判断の評価のガイド | 臨床判断の各視点が評価のガイドになる | |
技術の達成度だけでなく,どう思考し判断したかを評価する | ||
臨床判断の思考の焦点化 | 臨床判断を評価する視点取得 | シミュレーションの評価における手順だけではない気づきの視点とする |
シミュレーション時に看護の手順だけでなく臨床判断の視点で評価する | ||
デブリーフィングで思考や判断のプロセスを評価をする | ||
思考の言語化への導き | デブリーフィングで気づきから反応までを言語化し,判断を明確にする | |
デブリーフィングの省察で自身の臨床判断を言語化する | ||
看護実践の開発支援 | 新人期の看護実践の手がかり | 新人看護師が受け持ち患者の看護を展開する際に活用する |
新人看護師が判断する視点をもつために活用する | ||
新人教育の一環として活用する | ||
新人看護師の段階的な成長のためのツールとして活用する | ||
新人看護師の判断力を伸ばすツールとして活用する | ||
急変時対応の省察の促進 | 緊急入院時や急変時の振り返りに使用する | |
重症や急変時の体験を有効に活用する | ||
急変時対応の視点や理解に活用する | ||
急変時対応のできていた点とできていなかった点を振り返る視点とする | ||
緊急入院,急変時対応の気づきやどこまでできたかの振り返りをする | ||
看護実践の振り返りへの活用 | 2年目の看護師との振り返り時にも使用できる | |
先輩看護師と一緒に看護実践の評価をする | ||
振り返りによって言語化をしていくように活用する | ||
臨床シミュレーションの評価 | 新人期のシミュレーション評価 | 新人の事例を用いたシミュレーションに活用する |
1,2年目のシミュレーション教育に活用する | ||
1,2年目のシミュレーションの個々のフィードバックをする | ||
シミュレーションのデブリーフィンクで気づきや省察を評価する | ||
急変や重症患者のシミュレーション評価 | 2~3年目看護師の重症度を付加したシミュレーションに活用する | |
急変時対応のシミュレーション演習に活用する | ||
妥当な評価への志向 | 評価スキルの向上の必要性 | 学習者の背景に左右されない必要がある |
評価の経験を重ねることで評価スキルが向上する | ||
複数者での使用により評価の視点を学習できる | ||
評価の一貫性が保てているかどうかが解らない | ||
評価者の知識や経験が評価に影響する | ||
見られているという状況を排除してレイティングする | ||
可能な限りストレスを排除した状況で評価する | ||
能動的なフィードバックの提供 | システムの中で前向きに振り返りができる機会を提供する | |
ニュートラルな姿勢でフィードバックする | ||
ルーブリックを理解する必要性 | 用語の捉え方が評価者によって異なる可能性がある | |
表現が解りにくく評価に迷うところがある | ||
複数の評価内容が含まれる項目は評価が難しい | ||
文章の理解に時間がかかる | ||
学生に活用するにはレベルを易しくできるとよい | ||
一定期間内での継続的・定期的な評価には限界がある | ||
事例による評価への作用 | 臨床判断に答えがある事象かどうかで評価しやすさが変わる | |
事例を示すタイミングがレーターのレディネスに影響する | ||
事例によって評価のしやすさが変わる項目がある | ||
事例に照らし合わせてルーブリックの視点が定まる | ||
デブリーフィングによる評価への作用 | デブリーフィングでの他者の発言に実施者が影響を受ける | |
学生の思考を引き出すデブリーファーの力が必要となる | ||
デブリーフィングでの発言がないと評価しづらい | ||
デブリーフィングまで行う必要がある |
カテゴリー【評価指標としての有用性】はサブカテゴリー〈ルーブリック評価の容易性〉,〈評価の視点の拡がり〉,〈臨床判断の評価のガイド〉から構成され,ローデータとして“何に着目すればいいのかっていうのが,文章として記述されているので,それと目の前の学生さんの動きを比較したときに,あ,これはここの学生さんのこのことを言っているんだなというのが把握しやすかった”という語りがあった.
カテゴリー【臨床判断の思考の焦点化】はサブカテゴリー〈臨床判断を評価する視点取得〉,〈思考の言語化への導き〉から構成され,ローデータとして“デブリーフィングをやることによって,最終的な省察もですし,気づきから反応までの所を振り返って,そのときにこういう判断をしたっていうことを実施者に自分で言語化してもらう事によって,より自身が行った判断っていうのをより明確にできると言いますか,より自分の中で,振り返りと取り込むっていうところができるんではないかと考えます”という語りがあった.
カテゴリー【看護実践の開発支援】はサブカテゴリー〈新人期の看護実践の手がかり〉,〈急変時対応の省察の促進〉,〈看護実践の振り返りへの活用〉から構成され,ローデータとして“こういうルーブリックの視点で振り返りとかができたら,ただ怖い,できなかったっていうところだけじゃなくて,こういうところはできたよねっていうできた振り返りもできるんじゃないかなと思う”という語りがあった.
カテゴリー【臨床シミュレーションの評価】はサブカテゴリー〈新人期のシミュレーション評価〉,〈急変や重症患者のシミュレーション評価〉から構成され,ローデータとして“シミュレーションを設定したスタッフが考えていた対応ができたかできてないかというところで評価されてしまいがちだと思うので,そういった所ではなくて,その手順だけじゃなくて,どこが見れていてどこが見れていなかったですとか,そういう視点で評価していくことができる”という語りがあった.
カテゴリー【妥当な評価への志向】はサブカテゴリー〈評価スキルの向上の必要性〉,〈能動的なフィードバックの提供〉,〈ルーブリックを理解する必要性〉,〈事例による評価への作用〉,〈デブリーフィングによる評価への作用〉から構成され,ローデータとして“フィードバックするときに,ネガティブにならないように,非常にニュートラルな姿勢で返すっていうのによって,非常に効果的に働くんじゃないかなって”という語りがあった.
LCJR-Jのレーター間のレイティングは,90%を超える高い一致率を示した一方で,20%に満たないものがあった.米国のLCJRを用いた研究において,学生のシミュレーションのDVDを観察したレーター間の一致率(% Agreement)は,最低9%~最高88%で,本研究と同様に一致率の幅が広い傾向が見られた(Sideras, 2007).LCJRのレベル達成に必要な具体的な行動は,状況をよく知っている人が考えることになるという(三浦・奥,2020).こうしたLCJRの状況依存性やネスト化された構造から,Sideras(2007)の拡大基準の適用は妥当であると考えられる.この基準を用いると,本研究の一致率はすべてのラウンドで80%以上となり,そのうち4つのラウンドでは100%を示した.Sideras(2007)の研究で最低57%~最高100%を示したLCJRの拡大基準の一致率より最低の一致率が高い傾向が認められた.評価ルーブリックの評者間信頼性における一致率の基準として,Kirkpatrick & Dewitt(2020)は,一致率が60%未満の場合,75%以上の一致率を得られるように各基準の具体性や明確性をさらに高めることを推奨している.Siderasの拡大基準によるLCJR-Jの評者間信頼性は,許容範囲を示したものと考えられる.
本研究における学生の自己評価とレーターのレイティングの比較では,効果的な省察の「評価・自己分析」で有意差が認められ,学生の方が低かった.米国の学生の自己評価と教員のレイティングでは,効果的な省察の「評価・自己分析」を除き,4年次生の評価が教員より有意に高く,すべてのLCJRディメンションで3以上であった(Sideras, 2007).それに対し,本研究では学生のLCJRディメンションの得点は効果的な省察の「改善へのコミットメント」の2.57が最高であった.臨床判断に関する自己評価の違いは,日米の臨地実習の方法に相違があること(横田,2015)を鑑みると,日本の学生には看護学実習において臨床判断を求められる機会が少ないことが自己評価の低さにつながっていると推察される.
また,本研究におけるレーターのレイティングは効果的な省察の「評価・自己分析」の平均値2.86が最も高く,次いで「改善へのコミットメント」であった.米国の4年次生のシミュレーションのDVDを観察した教員のレイティングでは,効果的な省察の「評価・自己分析」の平均値2.85が最も高く,次いで,効果的な省察の「改善へのコミットメント」と効果的な反応の「冷静で自信のある態度」であった(Sideras, 2007).効果的な省察の平均値が高いことは,本研究の結果と共通していた.その一方で,米国の教員による4年次生の効果的な反応のすべてのレイティングが2.58以上であった(Sideras, 2007)ことに比べ,本研究のレーターによる評価では2.29以下と低い値であった.効果的な反応には,「冷静で自信のある態度」「明確なコミュニケーション」「十分に計画された介入・柔軟性」「技能的であること」が含まれ,日米の学生の文化や性質の違い,米国では臨地実習で薬物療法など多くの医療行為を患者に実施することができることは(横田,2015),日米のレイティングの違いに影響していると考えられる.
2. 学生からみたLCJR-Jの臨床判断能力の開発への活用可能性LCJR-Jの活用によるアドバンテージとして,学生にとってLCJR-Jの使用は,自身の位置するレベルを確認することができ,自身の弱みと強みを把握し,自分に何が必要か一目でわかり,今後のステップアップに向けて,頑張るための動機づけとなることが示された.米国の報告によると初年次の学生は,LCJRを使うことによって,臨床判断の〈初歩的〉レベルにいることがわかり,今後どのような方向に進んでいくのか,先の見通しをもつことができる(細田ら,2018)とされる.また,学生はLCJR-Jにより思考過程に焦点を当てた評価が可能となるという特徴にも気がついていた.LCJRは,学生の臨床判断力の成長を系統的に評価することができ,臨床判断力についての会話を可能にするための言語を提供し,臨床判断力の要素をより咀嚼できるようにし,自省的に使用することで,自己の専門的成長のための目標設定にも役立つ(喜吉ら,2016).LCJR-Jは学内演習から臨床の実習という学習形態を超えた評価や,領域を横断した評価が可能であり,大学4年間を通しての経年的な使用や学生から看護師への移行時の使用により,学生自身の変化の可視化と振り返りへの活用の可能性を有することが学生のコメントから類推された.
学生はLCJR-Jの評価レベルの特定や用語の解釈に戸惑うことがあり,立場や経験年数により評価が困難な場合や,解釈の仕方が変わる可能性があることも明らかにされた.学生は自己評価をした到達レベルに対し,自身の臨床判断能力の不十分さを認知し,そのような自己に対し不安を感じる場合もあることが示された.LCJR-Jについて,学部教育の卒業時には「達成」レベルに到達するのが好ましいとされていて,「模範的」のレベルまでは求められていないように(細田ら,2022),学生の期間だけで評価するものではなく,看護専門職としての発達という視点から長期的に行うものであることなど,十分なオリエンテーションを行う必要がある点を理解したうえでLCJR-Jを活用することが望ましい.
LCJRは学習者と教育者が臨床判断モデルに基づく臨床的な思考について話し合うための共通言語として開発されている(Lasater, 2007).本研究のLCJR-Jの臨床判断能力の開発への活用可能性についての,「教員と一緒に評価すると学生と教員の認識の差を判断できる」という学生におけるコードから,教員との対話による評価を行うための共通言語として活用可能があると考えられる.また,ポジティブな表現によるフィードバックは学生の自己効力感に影響する(Rowbotham & Owen, 2015)ように,LCJR-Jは各自のレベルに応じた取り組みをするためのものであることの学生への説明や,ニュートラルな姿勢によるポジティブな要素を入れたフィードバックの実施は,学生の臨床判断能力の開発に寄与すると推察する.卒後も継続して必要となる看護の学びにおいて,学生時代から,エキスパートの能力とはどういうものか,共通言語としてLCJR-Jを知ることはとても大切であり,卒後,経験を積んで学んでいくうえで,エキスパートになるための目標が具体的に理解できる(細田ら,2022).教員や教育指導者が学生の臨床判断を拓くための伴走者として学生の学習支援を行う際,LCJR-Jを共通言語として学生との対話の中で活用することにより,看護師がどのように思考しその行為を行うのかという判断が学生の思考過程に容易に浸透するものと考える.
3. レーターからみたLCJR-Jの臨床判断能力の開発への活用可能性本研究のシミュレーションにおいて学生の臨床判断のレベルを評価したレーターからも,LCJR-Jによる評価の容易性,評価の視点の拡がり,臨床判断の各視点が評価のガイドとなるという,評価指標としての有用性が示された.LCJRがあることで,学生にとって臨床判断のどの側面においてどの成長段階であるのか,表現しやすく,評価における客観度が増す(喜吉ら,2016).今できているところに目を向け,今後はどこを目指せばよいかを,教員や教育指導者が学生と一緒に評価することで効果的な活用が可能となる.
シミュレーションの際にLCJR-Jを活用することにより,学生は手順だけではなく気づきの視点や臨床判断を評価する視点を取得し,その思考の言語化への導きとなることが確認された.臨床判断モデルは,臨床判断の様相を図式化しているため,教育者が学生への指導を行う際,臨床的思考を伸ばすためにその学生の弱いところを明確にし,具体的な学習活動を示す,という教育的意義をもつ(細田ら,2018).そのためのツールとしてLCJR-Jは活用可能性がある.さらにLCJR-Jは新人期の看護実践の手がかりとなり,急変時対応の省察や看護実践の振り返りへの活用,臨床における新人期のシミュレーションによるトレーニングの評価への活用可能性が示された.いずれも,新人期の看護師が先輩看護師と一緒に看護実践の評価をすることにより,看護実践能力の開発への寄与が可能となるものと考える.
本研究によりLCJR-Jによる妥当な評価を志向するうえで意義ある知見を得ることができた.シミュレーション・ベースの経験をデザインする際,評価のタイミング,信頼性の高いアセスメントツールの使用,および評価者としてのトレーニングは必須である(INACSL Standards Committee, 2016).臨床判断能力のアセスメントツールとしてLCJRは信頼性を有するが(Stuedemann & Thomas, 2017),レーターはレイティングまでにLCJR-Jの用語や表現をよく理解し,評価スキルの向上を図る必要がある.そうすることによりレーターの知識や経験による影響が排除され,一貫性のある評価が可能となると考えられる.
LCJR-Jをシミュレーションに使用する場合,事例の難易度や事例へのレーター自身のレディネスが評価に影響する可能性が考えられ,レーターとなる教員や教育指導者は事前に事例の内容を把握し,レイティングへの習熟が必要となる.LCJRは「発達的なルーブリック」としてこれまで臨床判断の発達を促進するツールとして活用されてきた(細田ら,2018).学生が自身の成長や変化を知るための自己評価尺度として使用する場合と異なり,学生間で順位付けを行うような相対的な成績評価の場合には,教員や教育指導者等のレーターによる影響要因が少なくなるようレーターの条件を統一する必要がある.
デブリーフィングは理解を深めるとともに,安全で質の高い患者ケアを促進し,学習者の専門家としての役割を高めるためのベストプラクティスに焦点をあてて知識,技能,および態度が変容することを助ける(INACSL Standards Committee, 2016).本研究においてはデブリーフィング時の他者の発言に実施者が影響を受けることが認められ,学生の臨床判断能力を拓くうえで,デブリーファーは学生の思考を引き出せるよう,対話する力を培うことが重要と考える.デブリーフィングプロセスをシミュレーション・ベースの経験に取り入れることで,学びが確かなものにされ,学習者の自覚と自己効力感が高まる(INACSL Standards Committee, 2016).学生には前向きに振り返りができるようなフィードバックを提供することにより,学生の省察が促進され臨床判断能力の開発を後押しする一助となる.
4. 本研究の課題と今後の展望本研究はシミュレーションという状況下において,シミュレーションを実施した学生と,それを観察したレーターが,LCJR-Jを活用し学生の臨床判断能力をレイティングし,LCJR-Jの信頼性と活用可能性を検討した.LCJR-Jの評価者間信頼性の検討では,一般の基準とSideras(2007)の拡大基準の一致率の両方を用いたが,ネスト化された構造に伴う拡大基準の妥当性を検証する必要がある.今後はLCJR-Jを活用する際のベンチマークとして学生が参照するための,到達レベルに関するデータの蓄積も求められる.シミュレーション環境と臨床の学習環境双方においてLCJR-Jの活用を試み臨床判断能力の変化を評価することにより,Hayden et al.(2014)が示すように,本邦においても一定程度の臨地実習をシミュレーションに置き換えることも検討可能となる.
LCJR-Jの評価には一定の一致率を認め,ルーブリックの評者間信頼性が確認された.LCJR-Jは本邦の看護学生の臨床判断能力をアセスメントするツールとして,自身の思考に焦点を当てたレベルを確認し,今後のステップアップの参考とすることができ,LCJR-Jを用いて振り返りを行い継続的に活用することにより,発達的なルーブリックとしての活用可能性を有する.事前に学生へのオリエンテーションを行うことにより評価時の戸惑いを低減する必要がある.LCJR-Jはレーターにとっても臨床判断のガイド,看護実践の評価の手がかりとなるものであり,LCJR-Jへの習熟と,デブリーファーとして学生の思考を引き出す力を培うことにより一層効果的に活用できる.
付記:本研究は第41回日本看護科学学会学術集会,第32回日本医学看護学教育学会学術学会,およびSigma’s International Nursing Research Congress 2022において発表した.
謝辞:本研究の実施にあたり,ご協力いただいた学生とレーターの皆様に深く感謝申し上げます.本研究はJSPS科研費JP19H03926の助成を受けた.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YH,KL,ANは研究の着想およびデザインに貢献,YH,YK,YK,MN,FAはデータ収集に貢献,YH,YK,YK,MN,YD,FAはデータ分析,原稿作成へ貢献した.すべての著者は最終原稿を確認し,承認した.