2024 Volume 44 Pages 263-273
目的:がんのこどもと死別した母親が質的研究に参加する利益と負担を記述し,倫理的配慮を考察することを目的とした.
方法:こどもと死別した母親12名を対象とし,研究過程での対象者とのやりとりの記述,面接終了後に実施した質問紙調査結果をデータとし,研究参加の負担と利益の観点から分析した.
結果:研究参加による負担は,面接前の不安や溢れ出るわが子への思い,説明書の言葉への敏感な反応があり,面接前からケアとしての配慮を必要とした.一方,全員が研究参加はよい経験だったと評価し【心の内にしまっていた記憶の蓋をあけるきかっけ】,【改めて,死別したこどもに思いを馳せる時間】,【語ることによる生きる力の高まり】などの利益が抽出された.
結論:遺族研究は,適切な倫理的配慮により,対象に利益をもたらすケアとしての意味をもつ.研究者は臨床的センシティビティを高め,誠実に柔軟に対応することが倫理的な研究実践である.
Objective: This study investigated the benefits and burdens of participation in qualitative research experienced by bereaved mothers whose children died of cancer. The study also considered the ethical considerations of including these subjects.
Methods: Data from 12 bereaved mothers, descriptions of the interactions between the researcher and the participants during interviews throughout the research process, and responses to a questionnaire administered after the interviews were completed, were analyzed in terms of the benefits and burdens of participating in the study.
Results: The burdens of research participation included pre-interview anxiety, overwhelming feelings related to their children, and sensitive reactions to words within the research statements. Therefore, participants required compassionate care prior to the interview. However, all participants rated their participation in the study as a positive experience. Benefits of the study included “an opportunity to lift the lid on memories held in the heart,” “an opportunity to think about the bereaved child again,” and “increased strength to live gained through the telling of the story.”
Conclusion: Bereavement research is meant to be a form of care that, with appropriate ethical considerations, can bring many benefits to the vulnerable participants. In practice, ethical researchers should increase their clinical sensitivities, work with utmost integrity, and be flexible.
小児がん治療の進歩により,医療先進国での小児がん5年生存率は70~80%を達成した(国立がん研究センター,2023).一方,予後不良群など約2割のこどもは死の転帰をとり(細井,2016),日本では年間約350名のこどもががんで死亡している(厚生労働省,2023).小児のEnd-of-Life Care(以下,EoL Care)や緩和ケアは,母集団の少なさや倫理的課題の多さを反映し,研究・実践ともに発展途上の分野である.2017年の調査での日本の小児緩和ケアの国際的評価は5段階でレベル3と低く(Clelland et al., 2020),2023年の「第4期がん対策基本計画」でも,小児・AYA(Adolescent and Young Adult)世代のがん患者への緩和ケアは取り組むべき施策課題となっている.
この分野の発展には,こどもや家族の研究参加による経験の理解やニーズの把握が必要であるが,対象となるこどもや家族は脆弱性が高く(Hynson et al., 2006),研究には慎重な倫理的配慮が必要とされ,対象者が被る不利益の可能性から倫理的承認を得ることは容易ではない.その結果,ケアの探求の必要性と対象者の脆弱性への配慮の間にコンフリクトがある(Butler et al., 2018;Weaver et al., 2019).
先行研究では,こどもを亡くした家族の研究参加によるネガティブな影響(Casarett & Karlawish, 2000;Michelson et al., 2006)とポジティブな影響(Currie et al., 2016;Scott et al., 2002;Steele et al., 2014))が示されているが,遺族が被る不利益は,リクルートや研究者のインタビュースキルの不適切さに起因することが多い(Tomlinson et al., 2007;Butler et al., 2018).また,質問紙より面接調査の方が利益を受けやすく(Kreicbergs et al., 2004),その利益として「苦痛の緩和と肯定的な意味づけ」がある(Weaver et al., 2019).
今回,こどものがんの闘病過程でわが子の死を意識せざるを得ないなかを生きる親,こどもを亡くした後も生きる親へのケアの質向上をめざした研究の在り方を考えるため,本研究に着手した.本研究の問いは「脆弱性の高い人たちへのケアの質向上をめざした研究の実施による対象者の利益を最大にするためには,どのような倫理的配慮が必要なのだろうか」というもので,小児がんのEoL Careに関する質的研究における倫理的配慮を研究の焦点とした.
Weaver et al.(2019)の小児緩和ケア研究の利益と負担に関するシステマティックレビューに,「遺族研究において将来の研究対象者への倫理的配慮を考えるために,対象者の研究参加の利益と負担の評価を研究デザインに含める」という提案があった.それを受け,がんのこどもと死別した母親を対象とした『子どものがんの発病から死を迎えるまで子どもの病と闘った母親の生きる力の軌跡(以下,母親の生きる力の軌跡)』(平田,2021)というテーマで行った質的研究デザインに,文献検討結果に基づいて実施した倫理的配慮の評価とその考察を含めることとした.
本研究の目的は,がんのこどもと死別した母親が面接法による質的研究に参加するプロセスでの倫理的配慮と母親の反応を記述し,研究のリクルートから終了までの対象者の利益と負担,研究者が行うべき倫理的配慮を考察することである.本研究によって,対象者の脆弱性が高い領域の研究プロセスでの対象者の利益を最大にし負担を最小限にする方略を見出すことで,小児がん領域のみならず他領域の研究や実践の発展にも寄与すると考えた.
2. 研究デザイン(図1)本研究は,質的研究『母親の生きる力の軌跡』のリクルートのプロセス,質的研究そのもの,質的研究後の質問紙調査の全ての段階で得られた倫理的配慮に関することを研究データとし,対象が研究に参加する利益と負担に着目して分析するというデザインである.
3. 研究対象者研究対象者は,質的研究のリクルート協力者(以下,協力者)から研究者に紹介されリクルートのプロセスにのったもの,質的研究に参加したもの,質的研究後に質問紙調査に回答したものを含む(図1).
対象はがんでこどもを亡くした母親で,①こどもの診断時の年齢が0~18歳,②死亡時のこどもの年齢が20歳以下,③こどもとの死別後1年以上経過,④データ収集時の母親の年齢が20歳以上,⑤突然死や全く予期せぬ死でない,⑥EoLの時期をこどもと一緒に過ごした経験がある,⑦わが子のEoLを振り返ることが不利益になる可能性が極めて低いと判断したもの,⑧日本語での日常会話が可能であること,の適格基準を満たすものである.
4. データ収集方法対象のリクルートから研究終了までの研究者と対象者とのe-mail,電話での個別のやりとりの記録,半構造化面接で得た質的研究の記述データの関連箇所,質的研究の結果そのもの,面接終了後の質問紙調査結果をデータとした(図1).質問紙調査は表1 に示した5つの質問と自由記述で構成し,質問は5件法で「あてはまる」から「あてはまらない」で回答するものとした.
質問1 | 面接に同意してから面接までの間,不安だった |
質問2 | 面接を受けたことは辛い経験となった |
質問3 | 面接を受けたことはよい経験となった |
質問4 | このような面接をまた受けてみたい |
質問5 | このような面接は他の遺族にもすすめる |
注)上記の質問に対し,「あてはまる」「ややあてはまる」「どちらともいえない」「ややあてはまらない」「あてはまらない」の5件法で回答するもの
得られた質的記述データは,研究参加が対象者にどのような利益や負担を与えているかという観点から質的に分析し,質問紙調査の結果は単純集計を行った.また,それらの結果を『母親の生きる力の軌跡』の質的研究結果に記述した母親の体験と比較分析し,遺族を対象とした研究のあり方を考察した.
6. 倫理的配慮研究プロセスで実施した倫理的配慮は,代表的な倫理指針(厚生労働省・文部科学省,2021;国際看護師協会,2021)に則った配慮に加え,遺族である対象者の脆弱性への“ケアとしての配慮”を既存の知見や研究者の臨床経験をもとに実施した.倫理的配慮の実際は本研究の焦点となるため「III.結果」に示す.本研究は,筆者の所属する聖路加国際大学大学院の研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号19-A093).
『母親の生きる力の軌跡』の対象候補者(以下,候補者)として名前の挙がった母親は14名,リクルートのプロセスにのった母親は12名であった.質的研究『母親の生きる力の軌跡』には12名全員が参加し,研究終了後に渡した質問紙調査には12名全員から回答が得られた.
対象者ID | 面接時の年齢 | 死別後の経過年数 | こどもの性別 | きょうだいの有無 | こどもの診断名 | 診断時のこどもの年齢 | 死亡時のこどもの年齢 | 闘病期間 | こどもの死亡場所 | 研究者との過去の面識 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 60歳代 | 22年2か月 | 女 | あり | 骨肉腫 | 9歳1か月 | 12歳7か月 | 3年6か月 | 病院(個室) | あり |
B | 60歳代 | 14年7か月 | 男 | あり | 急性骨髄性白血病 | 12歳8か月 | 15歳2か月 | 2年6か月 | 病院(個室) | なし |
C | 40歳代 | 16年11か月 | 女 | なし | ウィルムス腫瘍 | 2歳6か月 | 3歳9か月 | 1年3か月 | 病院(個室) | なし |
D | 60歳代 | 22年0か月 | 男 | あり | 悪性リンパ腫 | 14歳6か月 | 15歳9か月 | 1年4か月 | 病院(個室) | なし |
E | 40歳代 | 5年7か月 | 男 | あり | 急性リンパ性白血病 | 9歳2か月 | 11歳10か月 | 2年8か月 | 病院(個室) | なし |
F | 50歳代 | 3年2か月 | 女 | あり | 分類不能型白血病 | 15歳1か月 | 20歳11か月 | 5年10か月 | 病院(個室) | なし |
G | 50歳代 | 7年7か月 | 男 | あり | ユーイング肉腫 | 13歳10か月 | 18歳4か月 | 4年6か月 | 病院(個室) | なし |
H | 60歳代 | 22年8か月 | 女 | あり | 骨肉腫 | 8歳6か月 | 10歳2か月 | 1年9か月 | 病院(個室) | なし |
I | 40歳代 | 3年10か月 | 男 | あり | 急性リンパ性白血病 | 1歳7か月 | 6歳1か月 | 4年9か月 | 病院(個室) | なし |
J | 40歳代 | 8年4か月 | 女 | あり | 脳幹グリオーマ | 3歳6か月 | 4歳2か月 | 7か月半 | 病院(個室) | なし |
K | 40歳代 | 7年5か月 | 男 | あり | 急性骨髄性白血病 | 9歳2か月 | 10歳10か月 | 1年8か月 | 病院(個室) | なし |
L | 50歳代 | 2年0か月 | 男 | あり | 脳幹グリオーマ | 10歳0か月 | 13歳11か月 | 3年11か月 | 病院(ICU) | なし |
対象の年齢は43~62歳,こどもの闘病期間は7か月~5年10か月,死別時のこどもの年齢は3~20歳,死別後の経過年数は2~22年で,全員がこどもの死を病院で迎えていた.研究者と面識があったものは1名で,大多数はリクルートの段階で初めて連絡をとり,質的研究の面接が初対面であった.
2. 『母親の生きる力の軌跡』の面接の概要(表3)面接の方法は対面面接10名,オンライン面接2名,面接場所は自宅9名,その他3名であった.面接の同席者は,配偶者2名,20歳を過ぎた病児のきょうだい1名で,9名は単独であった.面接の録音時間は平均2.87時間,対象者と研究者がともに過ごした時間は平均3.73時間,最も長いものは6時間45分であった.対面面接の母親10名全員が,闘病日記,こどもの作品や写真,死別後に読んだ本,契約解除ができず未だ契約更新中のこどもの携帯電話など思い出の品の数々を準備し,それらを共有しながら経験を語った.
対象者ID | 面接方法 | 面接場所 | 面接同席者 | 面接録音時間 |
対象者と研究者の過ごした時間 面接以外に一緒に行ったこと |
面接前に送られてきたもの 面接時に持参したもの 面接後に送られてきたもの |
---|---|---|---|---|---|---|
A | オンライン | 対象者は自宅 | なし | 2時間32分 |
2時間45分 面接後の談笑 |
母親が書いた雑誌記事(面接後に郵送) |
B | 対面 | 自宅 | なし | 2時間48分 |
3時間15分 面接後の談笑 こどもとの思い出の場所を訪問 |
幼少期から闘病中のこどもや家族・病院スタッフとの写真 こどもの使用していた携帯電話(面接時) |
C | オンライン | 対象者は自宅 | なし | 2時間04分 |
2時間15分 面接後の談笑 |
なし |
D | 対面 | 貸会議室 | なし | 1時間54分 |
2時間30分 会議室までの道中・面接後の談笑 |
幼少期から中学校卒業式までの写真,幼少期のこどもの姿掲載雑誌 死別後の新聞への投稿記事,孫の写真(面接時) |
E | 対面 | 自宅 | 配偶者 | 3時間11分 |
4時間30分 車での送り迎えの道中・昼食時の談笑 思い出の場所の訪問 面接後の主治医との面談 |
幼少期・闘病中・家族旅行などの写真,こどもの作品や絵,母親が書いた闘病日記 こどもが愛用していたもの,こどもの部屋(面接時) |
F | 対面 | 自宅 | 病児のきょうだい | 2時間59分 |
3時間45分 車での送り迎えの道中・面接後の談笑 |
家族全員で記した未来ノート,娘のスケジュール帳,遺書,取材掲載雑誌 こどもの作品,写真や思い出の品(面接時) |
G | 対面 | 自宅 | 配偶者 | 5時間15分 |
6時間45分 車での送り迎えの道中・昼食時・面接後の談笑 |
七五三写真,遺影,葬儀のときのメモリアル冊子,発病前の写真 治療合間の写真など(面接時) |
H | 対面 | 貸会議室 | なし | 2時間26分 |
3時間15分 会議室までの道中・面接後の談笑 |
母親が書いた闘病日記(面接前に郵送) 家族旅行の写真,その他の写真(面接時) 闘病中のこどものことが医師によって書かれた書籍の一部(面接後) |
I | 対面 | 自宅 | なし | 3時間2分 |
4時間15分 車での送り迎えの道中・昼食時の談笑 |
こどもの写真,母親が面接のために書いた闘病記録A4 12枚(面接前に郵送) 乳児期~闘病中のこどもの写真・動画,こどもの闘病中の作品 母親がこどものために作った作品,こどもが好きだったおもちゃ(面接時) |
J | 対面 | 自宅 | なし | 2時間35分 |
3時間30分 車での送り迎えの道中・昼食時の談笑 |
遺影,家族旅行の写真,母親作成のアルバム,母親の書いた闘病日記 家族の体験を記した書籍(面接時) |
K | 対面 | 自宅 | なし | 2時間34分 |
3時間30分 車での送り迎えの道中の談笑 面接後のきょうだいを交えた談笑 |
家族旅行の写真,保育士作成の闘病中のアルバム,幼少期からの写真の詰まった箱 こどもとの死別後に読んだたくさんの本,遺影,こどもの作った作品(面接時) |
L | 対面 | 大学会議室 | なし | 3時間9分 |
4時間30分 会議室までの道中・昼食時の談笑 面接後の主治医との面談 |
幼少期から闘病中の思い出の写真(家族旅行,入院中の姿,イベントの姿,最期のお誕生日など)(面接時) |
以下,本文中の“斜体”内は対象者の語り記述の生データ,【 】は本研究のデータ分析の結果抽出されたカテゴリーを示す.
1) リクルートから面接までの段階(図2) (1) 対象者としての内諾まで対象候補者への研究協力の意思確認は,候補者のこどもの闘病体験をよく知る協力者と協働し,図2のフローチャートに沿って進めた.協力者は,親の会の代表,EoL Careに従事している小児科医や小児看護専門看護師,EoL Careの研究者であった.
まず,リクルートのプロセスでは,遺族の研究参加がネガティブな経験となる予測因子(身体症状,不安や不眠,うつ,社会機能の低下など)(Dyregrov, 2004)を念頭に,研究者と協力者で候補者のリクルートの可否を慎重に検討した.具体的には,協力者からの紹介時点の候補者の心身の状態や生活の様子,闘病中の医療者との関係性,看とり時の様子,死別後の経過年数,協力者がとらえた印象(こどものことを話せる状態か,話をしたいと思っているか,経験を言語化できそうか)などの情報を共有した.その後,研究者と協力者で個々の候補者への研究協力の連絡が不利益にならないかを慎重に話し合った.連絡をするか否かの判断には,EoL Careの専門性が高く遺族との関わりの経験豊富な協力者のアセスメント力,研究者の臨床経験や専門看護師としてのアセスメント力を大いに活用した.その結果,“体験を語るには少し早いかもしれない”,“母親の特徴から経験を言語化するのが難しく研究参加は負担かもしれない”という懸念から,候補者として名前が挙がったが除外したものが2名いた.
候補者への初回アプローチは協力者が行い,研究者に気兼ねなく研究参加への気持ちを表現したり,断ったりできるようにした.研究説明文書の送付の承諾が得られた場合に限って,研究者から手書きの手紙を添えて説明文書を郵送した.手紙には,研究者が小児がん看護に関心をもったきっかけや臨床経験等を記した.文書の送付後1週間程度経過してから,候補者の希望の方法で研究者が候補者に連絡をとり,改めて研究の説明を行い,2週間程度考える時間をとってから研究参加の可否を決めてもらった.実際には,電話連絡が5名,e-mail連絡が7名で,電話の場合は全員がその場で参加の意思を表明した.e-mail連絡をした7名中6名は連絡後数日以内に承諾の意思表明の返信があった.1名は協力者に承諾の意思表明をしていたものの返信がなかったため協力者と研究者での話し合いのプロセスを経て,対象者に何らかの不利益を与えている可能性を鑑み,研究者からではなく協力者から再度電話するという計画外の連絡をした.その結果,研究説明文書の「End-of-Life」という言葉を「一巻の終わり」と訳し気分が落ち込み,研究参加を迷っていたことが判明した.その後の候補者と協力者のやりとりのなかで,“End-of-Lifeという言葉をどのような意図や意味で使用しているか知りたい”という希望が表出されたたため,研究者と候補者のやりとりが始まった.そのなかで“医療従事者の方々の研究になると,時間や時期,その間の医療方法などすべてにそれらを指す共通の名称が必要なのは理解しています(中略).先生や看護師さんは緩和であったり終末期医療を実行してくれていたと思いますが,家族は終末期とは考えていなくて,あくまでも結果としてお別れになってしまった.今となれば,終わってしまった以上終末期であって,End-of-Lifeだったのでしょう.傷ついたわけではないので気になさらないでください,立場によってとらえ方が違うことに戸惑いました”という思いが打ち明けられた.研究者よりEnd-of-Lifeという言葉に込めた意味を伝え,最終的には“このような経緯があってなおさら話がしたいと思うようになりました.あなた(研究者)のようにこれから私たちのような経験をした人に関わる人に,私の経験を聞いて役立ててほしい”という意思が伝えられ,研究参加の内諾に至った.この後,研究説明書を修正し「End-of-Life」という用語はなくした.
(2) 研究協力の内諾から面接まで研究協力への意思表明がされた段階で内諾とし,面接日や場所の決定に向けてやりとりを始めた.同時に,対象者のこどもの闘病の概要(診断名,闘病期間,治療概要,看とりの場など),こどもの年齢や性別,命日や記念日,こどもが生前好きだったこと等のフェイスシートへの記入を依頼した.フェイスシートから得た情報は,命日や記念日に配慮した面接日の設定,診断名や治療概要からこどもの闘病の状況の推測,その推測によって面接の導入の仕方や言葉選びなどの事前準備等,研究者が対象の負担を最小限にする面接方法を予め検討することに役立てた.内諾後の研究者と対象者とのやりとりは2~23回であり,そのなかで対象者は溢れ出るわが子への思いを打ち明けたり,闘病の経過を改めて記した文書や写真を研究者に郵送したりと,多様な反応を示した.それらの反応ひとつ一つに応じて面接日までやりとりを継続した.面接日の設定は,感情的になることが多い(Jonas et al., 2018)命日やこどもの誕生日を避けるように配慮したが,1名は“命日には毎年友人や家族とh(わが子)について話すので,その続きとして面接を受けたい”と語り,命日の翌日に面接日を設定した.
(3) 対象者が面接に参加することを決めた理由リクルートから面接までの対象者の語りや記述を分析した結果,対象者全員がわが子と似た病気のこどものために自分の経験を役立てたいという【誰かの役に立ちたいという気持ちの行動化】によって,研究参加を決めていたことが示された.また,“私の経験が誰かの役に立つのであれば,それはe(わが子)の願い”,“亡くなった娘もきっとそれを望んでいる”という語りが象徴するように,何かに貢献することをわが子の願いと考えて参加を決めたという【わが子の願いとしての他者への貢献】も抽出された.さらに,研究者からのアプローチを新しい出会いととらえ,それをもたらしたのも亡きこどもだという【わが子からの導きとしての新たな出会い】という意味をもって参加を決めていたものもいた.
2) 面接の段階面接の場は,対象者が希望する場を設定した.こどもと死別した遺族は面接は急かされることなくこどもの写真や部屋,思い出の品を見せたいと思っていることが多い(Currie et al., 2016;Dyregrov, 2004)と報告されている.そこで,対象者に思い出の品の準備を勧め,それを研究者に見せながら語れるように余裕を持った面接時間を確保した.対面面接をした10名全員が面接を行う部屋に,写真やアルバム,手記,こどもの遺書や作品などを準備していたり,面接が進む中で次々と押し入れなどからほかの思い出の品を出してきたり,スマートフォンの写真をスクロールして過去の写真を眺めたりした.また,面接後に研究者をこども部屋やこどもが好きだった場所,思い出の場所に連れて行った対象者もおり,泣いたり笑ったりしながらその場でこどもとの思い出を懐かしみながら語った.
面接中の休憩や終了のタイミング,面接の運びはすべて対象者に委ね,対象者自身に文脈を創りながら語ってもらい「語りきり感」(木下,2020)が得られるように,また苦痛の緩和や体験の意味づけを与えられるような(Weaver et al., 2019)ナラティブアプローチを心がけた.大多数の対象者はその日のスケジュールを自分で決め,こどもの闘病中の話が終わったら昼食とし午後から死別後の話をする,面接は病児のきょうだいの帰宅時間まで,面接は日課のスポーツジムからの帰宅後から,面接が終わったら一緒に思い出の場所に行きたいなど,自由に希望を伝えた.
3) 面接後の段階面接後は,対象者の希望に応じて協力者との面談を設定したり,数日後に連絡し心身の状態を研究者が確認し,関係終了が可能だと判断してから手書きの手紙で研究協力の終了を伝えた.
協力者がこどもの担当医であった2名は,面接後に担当医との面談を希望したため面談を設定した.対象者は,面談のなかで闘病中の経験を担当医と語り合ったり,感謝の気持ちを伝えたりした.面接後に身体・精神症状の出現の有無,睡眠や食事がとれているか等,心身の状況や生活の様子の確認も行った.その結果,12名全員,心身の不調や生活面への影響はみられていないことが確認された.面接後の研究者から対象者への連絡は,研究参加への御礼,対象者の語りがいかに研究データとして貴重であったかと同時に,語られた故人に対して研究者が抱いた個人的な思い,こどもの病とともに闘い続けた母親への尊敬の思い等,研究者という立場を超え一人の人間としての思いをe-mailや手紙にしたためて送った.その後対象者から研究者に研究協力への感想や感謝の思いなどを綴った手紙やe-mailが送られてくるなど,対象者の不利益と考えられる反応は認められなかった.
4. 質的研究後の質問紙調査の結果 1) 研究に参加することでの負担質問紙の問い「面接に同意してから面接までの間不安だった」に対する回答は,「ややあてはまる」が2名で,研究参加への同意後に不安を経験している対象者がいた.その理由として“うまく自分が話せるか心配だった”という記述があった.また,初回アプローチから面接までのやりとりは2~23回で,自分のなかにとどめておけない思いを文字や言葉にして伝えたり,こどもの写真や手記を面接前に研究者に送付したものが3名いた.
一方,「面接を受けたことはつらい経験となった」という問いに対しては,12名全員が「あてはまらない」と回答し,研究に参加したこと自体が辛い経験になったものはいなかった.
2) 研究に参加することの利益(表4)「面接を受けたことはよい経験となった」という問いには12名全員が「あてはまる」と回答し,面接が対象者にとってよい経験になったことが示された.自由記述の分析結果からは,研究参加が【心の内にしまっていた記憶の蓋を開けるきっかけ】となり,目を背けていた過去の経験の振り返りにつながったり,【改めて,死別したこどもに思いを馳せる時間】となったりしていたことが示された.そして,面接で亡きこどもを語るなかでこどものがんばりを再認識したり,涙を流して気持ちが楽になったりと,【語ることによる生きる力の高まり】という利益も抽出された.自分の経験を他者に話すと相手に負担をかけてしまうと感じていたり,心ない言葉に傷つくことがあったりして,こどものことを語れなくなっていた対象が多く,面接により【思い出すこと・語ることの大切さに気づく】ことにつながったという利益も抽出された.さらに【誰かに,何かに,貢献できる喜び】を感じながら面接を終えていることも示された(表4).
【心の内にしまっていた記憶の蓋を開けるきっかけ】 |
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“久しぶりに当時付けていたノートや日記に目を通すことができました.(中略)ノートに目を背けてきた私でしたが,自分でも感心するほどj(わが子)のことが書いてあり嬉しくなりました.このようことがなければずっと見ることはなかったと思います.” |
“亡くなってから20年以上が経ち,改めて少しずつ前に戻って思い出し,話せたことは,私にとっても大切なひと時となりました.” |
“正直,亡くなってから今まで,闘病中のことやc(わが子)の子育て,自分の気持ちをしっかり振り返って言葉にする機会はなかったので,面接の後は疲労感は全くなく,逆に気持ちが軽くなってよく眠れました.” |
“久々に息子のことを思い出し,お話しさせていただいたことはとても嬉しかったです.月日の流れとともに忘れていく記憶をまた思い出させていく良い日になりました.” |
【改めて,死別したこどもに思いを馳せる時間】 |
“私自身は,改めてf(わが子)との関係性を考え直すいい機会になったと思っています.” |
“思い出すことは辛いこともあるけれど,(今回の研究参加は)気持ちを整理して前に進みなよというb(わが子)の優しい配慮だったような気がしています.” |
“亡くなった娘のことを話す機会もそれほどない中,聞き上手でわかっている方にゆっくりお話しできて貴重な時間でした.” |
“面接は,時間を忘れるほど,充実したものでした.〇(研究者)さんのお優しい温かい雰囲気に包まれて,懐かしくいろいろなことを思い出し,j(わが子)にたくさん思いを馳せることができました.” |
“i(わが子)のがんばりのお話しする機会があったのはとても嬉しかったです.iが好きだったもの,iがはまっていたこと,iとお兄ちゃんとのこと,iとお別れしてからiをよく知る先生や看護師さんには会えなかったので,話ができないのを寂しく感じていました.” |
【語ることによる生きる力の高まり】 |
“なんだかスッキリした気持ちになりました.よしっ,またがんばるぞって思えました.” |
“あの時の状況に気持ちがざわざわになりましたが,同時にb(わが子)の頑張りがすごすぎて励まされた感じです.久しぶりの感覚です.” |
“(前略)面接の後は疲労感は全くなく,逆に気持ちが軽くなってよく眠れました.” |
“改めて思い出したり,息子を感じることができる時間を持ててよかったです.明日から生きることに力がわいた感じです.” |
“e(わが子)の話をして,涙を出すことができて,すっきりしました.今まで,泣かないように,泣かないようにしていましたから.” |
【思い出すこと・語ることの大切さに気づく】 |
“話すことで思い出すこと,自分にとっては大切だと改めて感じました.忘れてしまうのは本当に嫌なので.” |
“何年も経つと,私が話すと相手の方が泣いちゃうんです.だから,ここのところ誰にも話さず,頼らずにいました.話すことって大事なんですね” |
“誰かに頼る,頼れるってありがたい,大切だと思いました.” |
“気持ちをわかってもらえて話をできるのはとても心地よい時間でした.話すことって大切だなと思いました.” |
“こうやってどなたかに話すこともないと,dの思い出を薄いものにしてしまいそうでした.とはいえ,誰にでも話すことでもなく,○(研究者)さんのような現場での経験を積まれた方ですとなぜか安心して話せる気がしました.” |
【誰かに,何かに,貢献できる喜び】 |
“私のこんな話が,何かの役に立つんですか?だとしたらとても嬉しいです.自分もすっきりして,それが役に立つなんて….” |
“私たちが話すことが病気で苦しむお子さんや親御さんのためになれば,こんなに嬉しいことはないです.” |
表中“斜体”は生データより抜粋
「このような面接をまた受けてみたい」という問いに対しては8名が「あてはまる」,3名が「ややあてはまる」,1名が「どちらとも言えない」と回答した.「どちらとも言えない」と回答したものはその理由として,“今回の面接で気持ちを語り尽くせた”と記載していた.このことから,研究者が意図したケアとしての倫理的配慮によって,対象者が語りきり感を感じているものもいたが,もっと語りたいと感じているものも多いことが示された.
「このような面接を他の遺族にもすすめる」については回答が割れ,3名が「あてはまる」,5名が「ややあてはまる」と回答した.一方で,3名が「どちらともいえない」,1名が無回答で,「どちらとも言えない」と回答したものは,“話すのがまだ辛い人もいるかもしれないので,すべての人には勧められない”,“自分と同じような面接になるかどうかはわからない”と自由記述欄に記載しており,すべての時期,すべての遺族にとって利益になるわけではないことが推察された.
5. 『母親の生きる力の軌跡』の研究結果との比較分析ここでは,研究のプロセスでの倫理的配慮の実際・対象者の反応・質問紙調査の結果を,『母親の生きる力の軌跡』の研究結果に記述された母親の体験に照らして比較分析した結果を記述する.以下,本文中の《 》,〈 〉は『母親の生きる力の軌跡』の結果に示されたカテゴリー,概念名およびその定義を示す.
1) 研究に参加することの意味対象となった母親たちは,【誰かの役に立ちたいという気持ちの行動化】によって研究参加を決めていた.これは,『母親の生きる力の軌跡』に示された《後悔を礎に変える:やり残したことを後悔しつつも,後悔をもばねにして生きる力としていくこと》,《病との闘いの体験の昇華:母親とこどもの病との闘いの経験を,同じ境遇にある人たちのために役立つように昇華させることによって,こどもの病との闘いの経験を意味あるものだと折り合いをつけていくこと》を象徴する母親の行動で,母親の生きる力を支えることにつながっていた.また,【わが子の願いとしての他者への貢献】も『母親の生きる力の軌跡』に示された《こどもからのレガシーが生きる道しるべ:こどもが遺した思いや言葉を想像し,それを母親自らの生きる指針として据えること》となっていたと考えられる.さらに,【わが子からの導きとしての新たな出会い】という意味をもって参加を決めたことは,死別後もなお母親のなかに存在する内在化したこどもからのメッセージへの応答で,《内在化したこどもを生かす:死別後のこどもの存在を近くに感じられるような母親の能動的な行為によって亡くなったこどもを内在的に生かし,それによって母親が生かされること》,《内在化したこどもと生きる:死別したこどもの存在を常に近くに感じながら,生前と異なる新たな社会的存在として位置づけ,その存在を支えに生きること》,という母親の生きる体験に裏打ちされた,研究参加にむけての心のありようだと考えられた.
2) 面接で体験を語ることの意味次に,面接で遺族が語ることの意味についての分析結果を記述する.対象者にとって研究参加は【心の内にしまっていた記憶の蓋をあけるきっかけ】となり,面接を決めてから研究者と共有する思い出の品を準備し,面接時も次々と準備してなかったものも押し入れ等から出して提示しながら,死別したこどもに思いを馳せるという行動を示した.母親が思い出の品を出しながら語ることは,自分の記憶を鮮明に呼び覚ますため,正確にわが子を語るための準備として必要な行為であり,面接前に思い出の品の準備を勧めるという働きかけは,語りの触媒になったと言える.
『母親の生きる力の軌跡』の結果で母親の生きる力を支えることとして,《こどもを語る:死別後に他者にこどものことを語ることで,実在していないこどもの存在を感じること》,《苦しみを語る:母親の体験している苦しみを第3者に語ることが,母親の苦しみを和らげ,その体験の肯定的意味づけにつながり,母親自身が一歩ずつ前進する道筋を形づくること》というカテゴリーが抽出された.これらから,研究に参加し語ること自体が,母親の生きる力の軌跡の一部をなしていたと言える.本研究の対象となった母親の研究参加のプロセスは,母親がわが子を育て,こどもの病と自らも闘った母親自身の経験の意味づけに変化をもたらしていた.
本研究の結果から,こどもを亡くした遺族を対象とした質的研究において,対象者の利益を最大にする倫理的配慮について多くの示唆が得られた.また,質的研究デザインに対象者の研究参加の利益と負担の評価を含めたことにより,『母親の生きる力の軌跡』の研究プロセスで,対象者の利益が負担を上回ったことを示すことができた.以下,対象者の利益を最大にする倫理的配慮について考察する.
1. リクルート協力者の存在と研究者との協働『母親の生きる力の軌跡』の研究プロセスでの倫理的配慮に重要な役割を果たしたのは,協力者の存在であった.対象者とそのこどもの状況を熟知しているものに協力者を依頼したことによって,厳密な候補者選定時のアセスメント,対象者への負担が予測された場合の迅速な対応,研究終了後の対象者の心身の状況の確認を達成することができた.これは対象者の負担を最小限にすると同時に,利益を最大にすることに大きく貢献した.Tomlinson et al.(2007)は,研究対象となる遺族のリクルート段階での負担として,初回アプローチ時の研究承諾に義務感を感じること,突然の連絡で研究参加を依頼され傷ついたことなどを報告している.本研究では,研究以前から対象者と関わりのある協力者が対象者に様子伺いの連絡をし,研究の話を切り出せると判断した場合のみ研究者からの連絡の可否を尋ねた.このように,対象者の視点で協力者と研究者の立場を見極め,段階を踏んで対応する人を変えながら対象者にアプローチすることは,対象者の不利益を最小限にすることにつながる.これらから,協力者の選択の条件や存在の意義,協力者と研究者間の密なコミュニケーション,対象者のアセスメントを繰り返す協働の重要性が明らかとなった.
2. 研究プロセスで対象者に使用する“言葉選び”『母親の生きる力の軌跡』の研究プロセスで対象者への不利益をもたらしたのは,説明書の「End-of-Life」という言葉であった.研究者は「End-of-Life Care」という言葉を,こどもの限りあるLifeを豊かに生きられるようにケアするという,生きることや質の高い生活を意図して使用していた.しかし,その意図に反して対象者には「一巻の終わり」という意味を想起させネガティブな感情を生じさせた.Price & Nicholl(2013)も「life-limited」という言葉の説明書への使用が対象に不利益を与えたことを報告している.専門家が日常的に使用している言葉でも,対象者がどのように感じるかを慎重に考慮する必要性が本研究でも改めて示された.脆弱性の高い対象者とのコミュニケーションにおける慎重な“言葉選び”は,研究の全過程で必要なことと言え,質的研究のみならず量的研究,当然のことながら臨床実践でも重要な倫理的配慮となる.
3. “語り”を支え続け,生きる力を支える『母親の生きる力の軌跡』の研究で,研究者が候補者(後の対象者)と連絡をとり始めてから関係終了までの間,対象者は様々な思いを巡らせていた.【誰かの役に立ちたいという気持ちの行動化】によって決めた面接でうまく話せるかという不安はそのひとつで,面接までの期間その不安な気持ちを支える人が必要であった.また,研究参加への意思決定がトリガーとなり,対象者が心の内にしまっていたこどもとの記憶が呼び覚まされ,面接までの間も故人への様々な思いが溢れ出てきたため,誰かにその“語り”を受け止めてもらうことを望んでいた.面接中も対象者の多くは泣いたり笑ったりと感情の起伏が大きく,研究者がその感情を表現する言葉や言葉にならない“語り”に耳を傾け,心を寄せ続けたことも重要な意味があった.Dyregrov(2004)はこどもを亡くした遺族が研究参加を肯定的にとらえた理由として,“自分の全てのストーリーを話すことが許されたこと(being allowed to tell their complete story)”を明らかにしている.本研究においては,データ収集の面接のみならず研究の全過程で対象の“語り”を支え続けたことが研究参加の利益を最大にする倫理的配慮であったことが示された.
本研究で対象者の自然な“語り”を引き出せたのは,思い出の品の準備を勧めたこと,面接の終了時刻などを予め設定せずに時間的余裕をもって研究者が面接にのぞんだことによると考える.特に思い出の品の準備は,対象者にこどものことを“語り切らせる”ために有用であった.また,遺族が故人を語る時間と場は,遺族にとって内在化した故人との再会,語りながら故人との体験を肯定的に意味づけていく機会となり,これは遺族という対象者の生きる力を支えることにつながっていた.本研究の対象となった母親がともにしたこどもの病との闘いは,母親にとっても紛れもない病いの経験である.Kleinman(1988/1996)は,病いの語りの聴き手は,語り手が自分の経験を整理するのに立ち合い,助けることによって,語り手の人生の意味づけにつながり,癒しという治療的意味をもたらすと述べている.脆弱性の高い集団を対象とする研究の全過程を通して,対象の“語り”を聴き手である研究者が関心を持って聴き,語りきるまで語らせられるか,それが本研究の問いのひとつの答え,対象者の利益を最大にする配慮だと考える.
4. “人間対人間”の関係質的研究における面接は,その研究自体の目的である対象の主観的な体験に関する知見を得るという研究的意義があり,臨床的な面接とは異なる.しかし,研究的意義と同時に,研究プロセスで対象者が語り研究者がその経験を聴くという両者の社会的相互作用は,対象者に利益をもたらす臨床的意義もある.特に対象の脆弱性が高いときは,研究者が臨床的意義を強く意識して研究にのぞむことが倫理的配慮になる.また,研究プロセスで使用する研究説明書や同意書,御礼状などは,対象の脆弱性に関わらず必要だが,対象の脆弱性が高いときは研究手続きを超えた相手を慮るような会話や手紙など,人間的なやりとりが重要な倫理的配慮となる.言い換えると,脆弱性の高い人を対象とする研究を行う研究者に求められる資質は,対象者と研究者との“人間対人間”の関係を構築し,研究のプロセスをともに歩んでいけるような臨床的センシティビティであることが,本研究で繰り返された対象者と研究者のやりとりによって明らかとなった.
本研究では,こどもを亡くした母親が質的研究に参加することの利益を最大にする倫理的配慮を記述することによって,遺族という脆弱性の高い対象が研究に参加すること自体が対象者に利益をもたらすことを明らかにした.本研究のサンプル数は12と少ないため,必要なすべての倫理的配慮は記述されていないが,倫理原則というのは具体的な内容を持たず,関連する情報があれば最適解が得られるようなものではない(宮坂,2023).研究結果に示されたように,倫理的配慮の全ては一般化できるような類のものではなく,原則はあるものの非常に個別的である.したがって,研究者は常に臨床的なセンシティビティを高めながら,誠実に,柔軟に対応することが倫理的な研究実践であることを示すことができた点で,意義ある成果を得たと考える.
今後,研究参加により不利益を被る可能性が高い集団を対象とする研究において,対象者に与える利益とリスクの評価を研究デザインに組み込む方法論を普及させていく必要がある.それにより,研究での倫理的配慮への洞察を深め,対象の利益を最大にすると同時に,リスクを最小にする研究の実践知が蓄積されていくと考える.今後の研究課題として,利益と負担を予測し,利益が負担を上回ると判断できるような倫理的アセスメントを可能にするツールの開発,ケアとしての倫理的配慮のガイドなどが求められる.
付記:本研究は,聖路加国際大学大学院に提出した博士論文の一部に加筆・修正したものである.また,一部を日本小児看護学会第32回学術集会にて口頭発表をした.
謝辞:本研究に協力下さいました研究対象者,リクルート協力者の皆様に心より御礼申し上げます.温かくご指導下さいました聖路加国際大学大学院の故木下康仁特任教授,小林京子教授に感謝申し上げます.そして,木下先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます.本研究は,研究前期は第29回公益信託山路ふみ子専門看護教育研究助成基金および第1回SGHがん看護研究助成,研究後期はJSPS科研費21K21143の助成を受けて実施した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.