Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Political Competencies Necessary for Education Programs in Prelicensure Nursing Education: Survey Results Using the Delphi Technique
Sachiko TanakaMasakazu NishigakiKyoko OyamadaMiyuki IshibashiMari IkedaMiho KatsutaYoko Nomura
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2024 Volume 44 Pages 286-296

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Abstract

目的:看護基礎教育において育成すべき政策コンピテンシーの優先順位を明らかにする.

方法:Webサーベイ・モンキーを用いたデルファイ法により,284大学で看護管理学や看護政策論等の科目を担当する教員を対象に,3回調査を行った.政策コンピテンシー8分類77項目について,看護基礎教育で修得する優先順位を7件法で尋ねた.

結果:35人からの回答があった.「社会の問題に関心をもつ」,「看護に関する法律を知る」「社会の変化に照らして医療の変化,患者の意識の変化に気付く」「問題意識を持ち考え続ける」「自分の発言・行動を振り返る」の優先順位が最も高かった.一方,経済学の知識,政治学の知識を持つこと等の優先順位は低かった.

結論:優先順位の高かった,これら政策的思考ができるための基礎となる知識,認識,態度に関するものを基本的な政策コンピテンシーとして看護系大学で教授する体制を整えていくことの重要性が示唆された.

Translated Abstract

Objectives: To clarify the priorities among political competencies to be fostered in nursing students during Prelicensure Nursing Education.

Method: Web surveys (through SurveyMonkey) using the Delphi technique were conducted three times to faculty members teaching nursing administration or nursing policy courses at 284 universities. Participants were instructed to answer 77 items across eight categories regarding policy competencies in terms of their priorities in learning during Prelicensure Nursing Education by seven-point scale.

Results: 35 responded to all three survey. The highest priorities were “have a keen interest in social issues,” “learn laws related to nursing practice,” “notice changes in medical care and patient awareness with reference to changes in society,” “keep relevant issues in mind and ponder for the solution,” and “be mindful and reflect on one’s own speech and behavior.” On the other hand, priority was low on having knowledge of economics, knowledge of political science, etc.

Conclusion: This study’s results highlight the significance of establishing an education system of basic political competencies with high priorities regarding knowledge, awareness, and attitudes that lay the foundation for political thinking in students at nursing colleges.

Ⅰ. 緒言

近年,超高齢社会に対応するため医療,保健,福祉,介護等の制度改革が頻回に行われており,看護職には健康弱者や生活支援を必要とする人々に対しアドボケーターとしての役割が求められている.予算や規制を含む保健医療政策は,保健医療制度の性質と機能に直接的,間接的に影響を与えるため(Mason et al., 2021),人々の健康を守る制度設計とその改革には,看護職が積極的に関与していくことが望ましいと考える.

米国では看護大学協会が示している学士教育の必須要素の1つに医療政策が挙げられ(American Association of Colleges of Nursing, 2009),政策に関連した教育内容が体系的に教授されている.Byrdらの研究(Byrd et al., 2012)では,政治的機敏さを測定する調査指標(Political Astuteness Inventory: PAI)を用いて300人の看護学生に,保健政策などの公共政策に関する①選挙行動,②専門職団体への参加,③保健政策に関する問題に関する気づき,④立法・政策過程についての知識,⑤立法者に関する知識,⑥政治過程への参加の6つの大項目からなる調査を学習活動に参加する前後において実施した.その結果,公共政策に関する学習活動後,対象学生の専門職団体への参加,保健政策問題に関する気づきや政治的機敏さが高まり,地域保健に関する政策立案において統治や政治のプロセスが不可欠であることの理解が高まった,と述べている.この結果から,Masonらは看護学生の政治的なスキルは,看護との関連性を提示されたときに効果的に習得されることや専門職組織等への参加を奨励することの重要性を指摘し,政策に関わる複雑な問題解決などのスキルを磨くためにこうした学習活動が有用であると述べている(Mason et al., 2021).

日本国内でも,看護職には医療・看護政策に関する情報が不足しており,それを理解する基礎的な学習をする機会が少ないこと(北爪ら,2014),さらには政策の決定過程に関する関心が低いことから,基礎教育の段階で医療・看護政策を学ぶことの重要性が指摘されている(田川ら,2013久常ら,2003).

しかし,看護系大学の看護政策科目の調査(田中・菱山,2005)では,科目名に「看護」「医療」「保健」という言葉を使用した看護政策科目を開講しているのは11校のみで,そのうち看護職によって教授されているのはわずか6校であった.また,保健師に限定すれば行政職員として政策形成に従事することが期待されるため,大学院での教育におけるコンピテンシーの抽出(小澤ら,2022)や大学での教育プログラムの開発(平野ら,2012)が進められているが,看護師の基礎教育における政策に関する体系的な教育プログラムやコンピテンシーはほとんど報告されていない.

コンピテンシーとは,「ある職務または状況に対し,基準に照らして効果的,あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」とされ,人格に関わる中核的な特性に関わるコンピテンシーは開発が難しいとされるが,表層の知識とスキル,自己イメージに関わるコンピテンシーは訓練等によって開発し変容が可能とされている(Spencer & Spencer, 1993/2022).したがって,看護政策に関するコンピテンシーも多くは開発・変容できる可能性がある.しかし,体系的な教育プログラムやコンピテンシーがない現状においては,看護基礎教育における政策教育では,どのようなコンピテンシーを涵養する必要があるのかをまず明確にしていくことが必要である.

政策教育について看護学以外の分野では2015年に日本公共政策学会が作成した「学士教育課程における公共政策学分野の参照基準」(窪田,2020)があり,学士教育課程の公共政策学教育のカリキュラム,学習方法に関する現状やコンピテンシーが報告されている(村上・新川,2023).

野村ら(2021)はこの参照基準と看護政策に関わるステークホルダー(政治・行政関係者,団体等)への面接調査から看護基礎教育における政策コンピテンシー77項目(以下,政策コンピテンシー)を明らかにした.しかし,カリキュラムが過密な看護系大学においてそれらすべてを教育プログラムに適応することは困難であり,政策に関する教育プログラムを作成するには政策コンピテンシーをさらに精選する必要がある.

そこで,本研究では政策に関する教育プログラムの開発につなげるために全国の看護系大学で政策に関連する教育科目を担当する教員等を対象に,政策コンピテンシー77項目(野村ら,2021)から看護基礎教育における教育プログラムに必要な政策コンピテンシーを精選し,看護基礎教育において育成すべき政策コンピテンシーの優先順位を明らかにすることとした.

Ⅱ. 目的

看護基礎教育における教育プログラムに必要な政策コンピテンシーを精選し,看護基礎教育において育成すべき政策コンピテンシーの優先順位を明らかにする.

用語の定義

・政策に関連する教育科目:看護基礎教育において政策に関して教授する科目とする.例えば,慢性疾患看護学で,慢性疾患に関する政策を取り入れていれば,政策に関する科目とする.

・政策コンピテンシー:看護師としての政策展開に必要な能力・知識のうち,基礎教育において育成する必要がある能力・知識を指し,政策コンピテンシー77項目(野村ら,2021)とする.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン:Webサーベイ・モンキーを用いたデルファイ法

デルファイ法(Delphi method)は,専門家にアンケートによって意見を求め,これを集計した結果を再び,アンケートとして回答者に送り,その意見を集約するもので,数回にわたってアンケートの反復を行い,専門家の意見の収斂と分散を調べて分析する方法である.教育,運営戦略,看護や臨床医学の実践,人員計画,将来予測,組織など,保健・医療の各研究分野で広く活用されるようになってきており,インターネットを利用するために,地理的な制限を受けずに,少ない費用で多くの専門家から回答を集めることも可能である.また,デルファイ法は,質問紙で選択された回答を対象者からデータを収集することでコンセンサスを形成する目的・方法として全く適した方法である(Hsu, 2007Diamond et al., 2014横井ら,2019).

コンピテンシーの精選については都市部の診療所看護師が有するコンピテンシーとその構造に関する研究(國澤ら,2021)や産業衛生技術専門職に必要とされる総括的なコンピテンシーに関する研究(原,2021)など様々な職種を対象にデルファイ法を用いてコンピテンシーを検討する研究が数多くある(横井ら,2019橘ら,2011Kanda et al., 2016Nakayama et al., 2020小髙ら,2022Fujikawa et al., 2022栗原ら,2022大倉,2004作田ら,2021).以上のことから,デルファイ法は,コンピテンシーの精選に有効であると考え,研究デザインとして選択した.

2. 調査方法

1) 調査の対象者

① 看護管理学や看護政策論など政策に関連する教育科目を担当する教員

② ①以外で政策的な内容を含んでいる教育科目を担当している教員及び政策に関連する研究を実施している教員

2) 調査方法

(1) 対象と方法

対象候補者のリクルートは,2019年10月現在で日本看護系大学協議会の会員校284校の看護学部長・学科長・学科主任等に郵送で調査協力を依頼した.協力が得られた大学に所属する教員で対象者の条件に合致する教員を対象にデルファイ調査をWebで計3回実施した.ほとんどのケースでは3回の調査の繰り返しによって必要な情報を十分集めることができ,コンセンサスに達するとされている(Hsu, 2007藤田ら,2018)ことから1回から3回のすべてに回答したものを対象とした.

(2) 調査項目

a.基本属性

看護教育経験年数,最終学歴,現在の職位,研究領域,大学での主な教授科目,大学で開講されている政策に関連する科目の有無とし,第1回目の調査時のみ記入してもらった.

b.政策コンピテンシー項目の優先順位

質問項目は,看護基礎教育における政策コンピテンシー(以下,コンピテンシー)8分類77項目(野村ら,2021)を用いた(表1,付録1).表1に抽出されたコアコンピテンシーとそのコンピテンシーを示した.それぞれの項目について,看護基礎教育で修得する優先順位を「7.とても高い」を最上位から「1.とても低い」を最下位,「4.どちらともいえない」を中間位とする7ポイント尺度で尋ねる形式とした.

表1 看護基礎教育における主な政策コンピテンシー

コアコンピテンシー コンピテンシー
1.政策の働きに関する基本的理解(全19項目) 社会の問題に関心をもつ
行政の役割を知る
看護に関する法律を知る
生活の中の素朴な思いを政策の要素に結び付けられる
市民感覚(社会の一員として社会に貢献する意識)をもつ
未来を考える態度を身に着ける
民主主義を基本に考える態度を身に着ける
2.政策に関する論理的思考と俯瞰的視点(全10項目) 看護と社会との関係を考えられる
社会全体を俯瞰する
立場の違う人からの意見を聞き,学べる
批判的に考える
3.政策が形成され廃止・修正されるまでのプロセスの理解(全3項目) 政策の意思決定にかかわる仕組みとプロセスを理解する
根拠を持って他者にわかりやすく説明する
4.政策過程に関する制度や組織の理解(全4項目) 実態把握のための適切な情報収集ができる
政策過程に影響を与えられる人物(キーパーソン)を選定できる
政策を実行するための方略や手段や組織を知る
5.問題を発見する力(全6項目) 現場のニーズから課題を把握する
制度の矛盾に気づく
現状を批判的に見て課題を発見する
問題意識を持ち考え続ける
6.政策課題として設定する能力(全7項目) 政策として扱うべき課題を理解する
現状の政策を分析して課題を見出す
政策に必要なデータを考えることができる
将来めざしたい社会の在り方を構想できる
7.政策課題対応に必要な能力(全25項目) 目的を達成するために抵抗があってもあきらめない態度を身に着ける
責任ある役割を覚悟を持って引き受ける
対話などを通じたコミュニケーション力
他者と良好な関係を維持する
自分の発言・行動を振り返る
状況に合わせて柔軟に方法を変更する
他者を信頼して任せる態度を身に着ける
8.その他(全3項目) 日ごろから考えている社会に必要な活動の機会を捉えたらやってみようと思える
看護師と住民(受益者)が一緒になって変化を創出していくことが大切と思える

(3) データ収集期間

2019年11月1日~2020年3月25日

3) 分析方法

政策コンピテンシー77項目について,優先順位(7を最も優先度が高く,1を最も優先度が低い)とコンセンサス形成度(回答の一致度)で,優先スコアを設定した.コンセンサス形成度は,3回目調査終了時の回答分布の第1四分位点(Q1),中央値,第3四分位点(Q3)の一致度に基づき次のように設定した.

A(高いコンセンサス形成度):Q1,Q3の双方が中央値と一致

B(中程度のコンセンサス形成度):Q1,Q3のいずれかが中央値と一致

C(低いコンセンサス形成度):Q1,中央値,Q3が全て異なる

優先スコアは,コンセンサス形成度(A~C)+優先順位の中央値(1~7)の形式で示した.例えば,コンセンサス形成度がA,優先順位中央値が6の場合には「A6」と設定した.したがって,優先順位7で,かつコンセンサス形成度Aのコンピテンシーの際の優先スコアA7を最も高いと判定した.ここでコンセンサス形成度がBの場合には,Q1=中央値の場合とQ3=中央値の場合とで優先順位中央値の意味合いが異なるため,Q1=中央値の場合には「中央値+」,Q3=中央値の場合には「中央値–」と表記した.すなわち,コンセンサス形成度がB,中央値が6の場合,(Q1,中央値,Q3)=(6,6,7)の場合には「B6+」,(5,6,6)の場合は,「B6–」と設定した.

4) 倫理的配慮

文書で研究趣旨,協力の諾否によって不利益は被らないこと,対象者には,調査は匿名であり協力の諾否は看護学部長・学科長・学科主任等には知らされず自由に選択でき,それによって不利益はないことなどを説明した.本研究は名寄市立大学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号N2019-10).

1段階調査では,2回目以降の調査を依頼するためのメールアドレスを入力する欄を設けた.ただし,個人が特定できないよう,回答内容とメールアドレスは切り離して別々に集約し,個人の回答はID番号を付与して管理した.

Ⅳ. 結果

1. 対象者

1) 対象者数

第1段階の回答者は59名,第2段階の回答者は43名,第3段階の回答者は 35名であった.最終的に第3回まで回答した35名を分析対象とした.

デルファイ法の参加者90名を分割してその一致度を算出した調査では,参加者が18名以上であれば中等度以上の一致度を示し90名の結果と大きな違いはみられなかった(藤田ら,2018)ことから,分析にあたって本研究の対象者数に問題はないと判断した.

2) 対象者35名の属性

看護系大学教員の経験年数が5年未満の者は9名(25.7%),6~10年の者は5人(14.3%),11~15年の者が7人(20.0%),16~20年の者が6人(17.1%),21~25年の者が4人(11.4%),26年以上の者が4名(11.4%)であった.現在の職位は教授が18名(51.4%)で最も多く,看護系の博士の学位を有する者は20名(57.1%),看護系以外の博士の学位を持つ者は6名(17.1%)であった.専門領域(文部科学省科学研究費の分類による)は,基礎看護学が22名と最も多かった(表2).

表2 対象者属性

n = 35

教員経験年数 (人) 職位 (人)
<5年 9 教授 18
6~10年 5 准教授 12
11~15年 7 講師 4
16~20年 6 助教 1
21~25年 4
26年< 4
看護系学位 (人) 専門領域 (人)
博士 20 基礎看護学 22
修士 12 高齢看護学 2
準学士 2 生涯発達看護学 3
専門士 1 地域看護学 6
臨床看護学 2
その他の学位 (人) 政策科目
博士 6 政策科目あり(学部) 27
修士 1  うち,担当あり 24
学士 6 政策科目あり(大学院) 21
準学士 3  うち,担当あり 16

2. 政策コンピテンシー77項目の優先順位

政策コンピテンシー77項目のうち,最も優先順位が高いA7は5項目,次に優先順位が高かったのはB7–で11項目であった(表3).

表3 スコアごとの項目数

スコア 項目数
A7 5
B7– 11
A6 4
A5 2
B6– 12
B6+ 5
C6 1
B5– 7
B5+ 23
C5– 1
B4+ 5
B4– 0
C4– 1
77

各項目の一致度・重要度との位置づけを図1に示す.以下,コアコンピテンシーを【   】,コアコンピテンシーの下位コンピテンシーを「 」で示すこととする.

図1  スコア別政策コンピテンシー

A7は,【1.政策の働きに関する基本的理解】(以下,【1.政策の基本的理解】)の「社会の問題に関心をもつ」,「看護に関する法律を知る」,「社会の変化に照らして医療の変化,患者の意識の変化に気づく」,【5.問題を発見する力】(以下,【5.問題発見力】)の下位コンピテンシーである「問題意識を持ち考え続ける」,【7.政策課題対応に必要な能力】(以下,【7.政策課題対応力】)の「自分の発言・行動を振り返る」であった.

Ⅴ. 考察

優先順位が高いコンピテンシーは,コアコンピテンシー別にみていくと,【1.政策の基本的理解】,【2.政策に関する論理的思考と俯瞰的視点,】(以下,【論理的思考と俯瞰的視点】),【7.政策課題対応力】に多く含まれていた.また,優先度が高いものは,「社会の問題に関心を持つ」,「看護の法律に関心を持つ」などの看護を学ぶ上で基本的なものが多かった.一方,「政策を実行する方略や手段や組織を知る」,「現状の政策を分析して課題を見出す」などは,看護基礎教育においてはレベルが高く大学院であれば教授できる内容と考える.

次に一致度・重要度のレベルごとに看護基礎教育における政策コンピテンシーについて考察する.なお,項目ごとに一致度・重要度の高さがわかるようスコアを(  )で示した.

1. 重要度・一致度の高い項目(スコアA7)

重要度・一致度の高い項目(スコアA7)は,【1.政策の基本的理解】の下位コンピテンシーである「社会の問題に関心をもつ」,「看護に関する法律を知る」ことなど,【5.問題発見力】の下位コンピテンシーである,「問題意識を持ち考え続ける」,【7.政策課題対応力】の下位コンピテンシーである「自分の発言・行動を振り返る」など,政策的思考を深めるための基礎となる知識,認識,態度に関するものが挙がった.

看護は健康問題を有する患者や疾病の予防・健康増進を求める地域住民を対象として提供するもので,その根拠は憲法25条にある.国民の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(同法第25条1項),国の公衆衛生の向上および増進(同法同条2項)の一部を担う看護職の義務が根拠となっている.さらに看護制度の仕組みを知り,政策的な思考ができる看護師を育てることが重要であること,同時に看護サービスは制度の枠の中で実践されており,それを現代医療そして将来の医療提供体制において遜色のないものとしていくことが必要である(野村,2015).また,看護政策管理学の構成要素として,憲法の基本理念と法,社会保障・福祉制度のしくみ,保健医療福祉に関する制度などが挙げられており(北爪ら,2014),看護の根拠となる憲法,看護に関する法律,制度は政策的思考のための基礎となる知識といえる.公共政策学では「政策問題の解決」への寄与が重視されており(秋吉,2022),【5.問題発見力】としての「問題意識を持ち考え続けること」,「政策課題に対する自分の発言や行動を振り返ること」は,政策問題の解決に寄与する優先度の高いコンピテンシーといえる.このことから社会の変化に関心をもつことや看護に関する法律の理解は看護サービスの提供の基本になるもので,看護基礎教育において必要な看護政策を学ぶ上での基本的なコンピテンシーといえる.

2. 重要度高い・一致度やや低い項目(スコアB7–)

スコアB7–は,【1.政策の基本的理解】である「市民感覚を持つこと」や【2.論理的思考と俯瞰的視点】である「看護と社会との関係を考えること」など,スコアA7グループに関連した重要度の高いコンピテンシーが挙げられている.さらに「立場の違う人の意見から学ぶこと」や「自分の考えをわかりやすく表現・説明すること」,【7.政策課題対応力】である「コミュニケーション力」など人との関わりにおいて必要なコンピテンシーが挙げられていた.政策を進める中で自らの意見を説明し,他者の考えも受け入れ吟味しながら自分の考えを修正しつつ確固たるものにしていくことやリーダーシップを発揮しながら理解者・協力者・支持者を増やし協働して政策を推進していくためのコンピテンシーも重要度が高かった.公共政策学教育でも修得すべき知識・技能・能力の1つとしてリーダーシップ,コミュニケーションが挙げられている(新川,2015).

以上からA7と同様に政策的思考ができるための基礎となる知識,認識,態度が重視されているといえる.A7よりもやや一致度が低かった1つの要因として,看護学が実践能力向上を目指す教育を重視する傾向から“市民感覚”などの用語が,看護学の教員にはまだ十分には浸透していないこと,その重要性が十分に共通認識されていないことが考えられる.看護政策教育では,政策立案や決定過程への参画やそれを促すシティズンシップに関わる要素は基盤としてはあるが,前面には掲げられていない(勝田,2019)との指摘もある.今回の対象者は看護系の博士の学位を持つ者が20名(57.1%),看護系以外の博士を持つ者が6名(17.1%)と,教授する側の教育背景が様々であったことから政策についての認識にも幅があったことが考えられる.しかし,政策教育における市民性,いわゆるシティズンシップを他分野からみていくと,政治学分野の参照基準では,政治学を学ぶ学生が身に着ける基本的素養として,市民として政治を観察し,それに積極的に関わってゆくための思考力と判断力を身に付けること,より良い市民(シティズンシップ・市民性)の涵養が大学での政治学教育の中心課題(日本学術会議,2014),としている.また,公共政策学では政策教育は市民と政府,その他公共部門等との相互理解の促進と信頼関係の構築を目指すものであること,公共問題は政府だけが処理するのではなく市民や民間も担い手になるという市民の責務や役割を明らかにし,その自覚を促す教育を目指す(新川,2015),とされている.医療という極めて公共性の高い分野において市民性を涵養することは極めて重要なことといえる.したがって看護基礎教育における看護政策に関する教育内容についての検討を進め,市民性や市民感覚などの共通認識を深めた上で看護基礎教育における政策教育プログラムを整備する必要がある.

3. 一致度高い・重要度やや低い項目(スコアA6)

スコアA6には,【1.政策の基本的理解】として,「幅広い教養」,「政策を実現するための人々との協力」,【2.論理的思考と俯瞰的視点】として「必要な社会資源の活用」,【5.問題発見力】として「課題の本質を理解すること」が挙がった.幅広い教養は,社会の問題の背景や原因,解決策を検討するために必要なものである.公共政策学は,社会科学から自然科学までの関連学問分野の知識を総動員することが重要(秋吉,2022)であるとされている.社会資源の活用についてはすでに地域看護学などでその重要性は学習されており,看護学では社会資源を活用する中で「色々な人と協力すること」の重要性も学ぶことができていると考える.公共政策学教育における修得すべき知識・技能・能力の1つとして政策を考える力「政策的思考」が指摘されており(新川,2015),前述したように関連学問分野の知識を総動員してこそ政策的思考が涵養されると考える.したがって,これらはすでに看護基礎教育カリキュラム全体を通して,あるいは教養教育などの知識の総動員の上で涵養されるものであると考えられる.よって,デルファイ調査の回答者の特性,即ち,看護管理学や看護政策論など,看護専門科目において政策に関連する教育科目を担当する教員の立場から見れば,すでに学習していることを前提としている内容と捉えられた可能性があり,そうしたことが重要度を下げていると思われる.

4. 重要度・一致度共にやや低い項目(スコアB6+)

スコアB6+は一致度,重要度ともにやや低く,A6とB7–の中間に位置するコンピテンシーである.【5.問題発見力】の「現場のニーズから課題を把握すること」,「批判的に現状を分析し課題を発見する」,【2.論理的思考と俯瞰的視点】として未来を見据えて「多様な組織のあり方(メンバー・リーダー,組織の規模など)を知る」など目指すべき人材像が挙げられている.これらは「現場のニーズから課題を把握」すること,「現状を批判的に見て課題を発見する」ことなどの課題解決のベースになるもので,看護政策に特化せずとも他の科目でも強化していくことが考えられる.加えて現場のニーズや状況を把握するための情報探究に関するコンピテンシーはその他のコンピテンシーにも重要な働きをすると同時に数多くの職務において卓越したパフォーマーが共通して発揮する特徴の1つ(Spencer & Spencer, 1993/2022),とされている.それだけに情報探求のコンピテンシーは重要であるが,看護政策に特化せずとも看護の実践や看護管理など他領域においても重要なコンピテンシーといえる.

5. 重要度・一致度共に低い項目(スコアB6–,C6)

看護系の大学は看護師等国家資格を受験するための学習が詰め込まれており一般の人文社会系とは異なり学習する科目数は多岐に渡っている.そうした中,看護基礎教育で医療・看護に特化せず幅広く政策に関心を持ち,民主主義,福祉国家などを学ぶことには限界があることからこれらのコンピテンシーは重要度・一致度が高くなかったものと考える.したがって,【1.政策の基本的理解】の「政策に対する関心をもつ」,「公共の利益に関心をもつ」,【2.論理的思考と俯瞰的視点】の「社会全体を俯瞰する」などは看護専門科目というよりも教養教育科目に含めていくことが考えられる.【7.政策課題対応力】である「責任ある役割を覚悟を持って引き受ける」は,政策を立案し推進する過程において極めて重要なことであるが,どのように教授しコンピテンシーを高めるのか想像することが難しかった可能性がある.1つの教授方法として過去の事例を示して看護政策のプロセスを解説することが考えられる.また,「看護師の職能にプライドを持って政策過程で発言する重要性を知る」は,政策過程で発言するなどの経験のない教員が教授することは難しい可能性がある.代替案として現役の政治家や政策立案に関わっている団体の責任者などのゲストスピーカーを活用すること,そして実際の政策活動を見学することでコンピテンシーの涵養が可能と考える.

公共政策学では政策決定に利用される知識である“Inの知識”と政策のプロセスの構造と動態に関する知識である“ofの知識”があるとされ(秋吉,2022宮川,2002),ゲストスピーカーからは政策のプロセスの事例から本人の役割や使命,発言に至るプロセスの構造と動態に関する“ofの知識”を教授してもらうことが考えられる.米国では全米学生看護協会(National Student Nurses Association; NSNS)の保健政策・アドボカ シー委員会(Health Policy and Advocay Comittee)を通して,学生として政策に関する活動やアドボカシーを経験することができる.そうした活動に参加し,熟練したロビイストが政策立案者と交渉する様子を見学することは,政治的スキルを磨くのに最適であり(Montalvo, 2021),政策活動を見学することは“Inの知識”の涵養につながると考えられる.

6. その他

重要度が低いとされたものであるが,一致度には3つの段階がある.

1) 重要度が低いことが一致している項目(スコアA5)

A5には【4.政策過程に関する制度や組織の理解】として「政策を実行する方略や手段や組織を知る」,「現状の政策を分析して課題を見出す」が挙がっている.政策を実行するプロセスから方略を学び身に付けていくコンピテンシーである.しかし,日本の看護政策教育は法律や制度の仕組みや看護活動との関係についての理解に重点がおかれ,政策決定過程への働きかけに至るまでは展開されていない(勝田,2019)とされ,現状ではすぐに看護基礎教育で実施するには困難が予想される.一方,アメリカ看護大学協会では看護基礎教育の必須項目の1つにヘルスケア政策として,国,もしくは州の看護協会のロビー活動を見学することや,提案された保健政策に影響するような規制について検討し,意見を看護協会などに提出する(American Association of Colleges of Nursing, 2009)など政策決定への働きかけも取り上げている.したがって優先順位は低かったものの,看護政策の教育内容としては必要なものであり,諸外国の教育プログラムも参考にしながら教育内容を検討していく必要がある.

2) 重要度が低いが一致度にややばらつきがあった項目(スコアB5+)

B5+として,23個のコンピテンシーが挙がった.前述したように看護基礎教育では様々な専門科目が過密に組まれている.【1.政策の基本的理解】である「社会学の知識をもつ」「経済学の知識をもつ」(C5–)などのように1つ1つの科目を他の人文社会学の大学と同じように学ぶことは困難である.また,【2.論理的思考と俯瞰的視点】の「必要な社会資源を獲得する・創出する」などは看護基礎教育の中で個々の学生が平等に経験することは困難であることは容易に想像できる.「目標を達成するために抵抗があってもあきらめない態度」や「異なる意見を持つ人を説得する」なども学生が演習等で平等に経験することは難しい.加えて“説得”という表現は人の意見や思いをよく聴き受け入れる看護師の姿勢と必ずしも一致しない意味合いを持っている.そうしたことが一致度・重要度を下げているのではないかと考える.一方で,「海外の政策の事例を知る」,「政策の意思決定に関わる仕組みとプロセスを理解すること」,「政策が形成されるプロセスを理解すること」などは,既存の科目でも一部教授できているものもある.例えば,健康支援と社会保障制度において医療費や医療保険制度の国際比較を教授することや地域包括ケアシステム関連の政策過程,医療安全管理に関する制度のプロセスを解説することなどである.看護政策という科目立てに入れるのか,様々な科目で教授していくのか,大学の特性を活かして教授できるのではないかと考える.

3) 重要度が低く,一致度も低かった項目(スコアB5–,B4+,C5–)

B5–として7つ,B4+として5つ,C5–として1つが挙がった.「政策過程に影響を与えられる人物(キーパーソン)を選定できる」のように,かなり具体的に到達点が表現されており,看護政策の各論ともいえるコンピテンシーが挙げられている.これらは政策過程を教授できる教員が限られていること,看護基礎教育の過密なカリキュラムの中でどこの大学でも取り入れられるものではないと考える.加えて「政治学」「経済学」など個々の社会科学に関する科目も優先順位は低かった.前述したように個々の政策問題解決のためには,歴史的経緯や背景状況という当該問題の特有のコンテクストの分析が重要であること,社会科学から自然科学までの関連学問分野の知識を総動員することが必要である.したがって,政治学や経済学は決して不要なものではなく,看護学の過密なカリキュラムの中においては優先順位を踏まえつつ,教養科目の中で教授することが考えられる.

以上より,重要度,一致度共に低い項目であっても,今後,看護基礎教育における政策教育グラムを考案する際には,大学の教育理念やカリキュラムの特性を見据え,教養科目など他の科目で取り入れながらカリキュラム全体を構成する等,政策的思考を涵養する看護教育プログラム導入のための方法論の開発が課題になると考える.

7. 本研究の限界

本研究の対象者は,看護管理学や看護政策論などの他,政策的な内容を含んでいる教育科目の担当者を対象とした.先行研究で明らかなように看護基礎教育において政策に関する科目を直接教授している教員は多くはないこと,専門領域を特定できなかったため,今回は調査対象者を幅広く選定した.立場の違いが,政策教育プログラムに考え方の相違をもたらす可能性が否定できない.

また,対象者が35人と少なく,個人的な認識が結果に大きな影響を与えた可能性がある.また,コンピテンシーの1つである「市民感覚をもつ」のように公共政策学の教育にとって重視される言葉の意味が対象者に十分に共通認識されていないコンピテンシーが他にもあった可能性がありそうしたことが優先順位を下げていることが考えられるが,十分には分析できなかった.看護基礎教育において政策科目を教授している大学の事例を交流集会等で紹介し,看護基礎教育における政策教育プログラムの重要性と教授方法を啓発することで対象者をさらに増やしていくと同時に,対象者の条件も明確にした上で調査すること,コンピテンシーを形成しているキーワードにも着目して分析することが必要である.これらは今後の課題としたい.

Ⅵ. 結論

77項目のコンピテンシーについて優先順位を調査した結果,以下のことが明らかになった.

1.優先順位が最も高いA7は,「社会の問題に関心をもつ」,「看護に関する法律を知る」,「社会の変化に照らして医療の変化,患者の意識の変化に気づく」,「問題意識を持ち続け考え続ける」,「自分の発言・行動を振り返る」など,政策的思考ができるための基礎となる知識,認識,態度に関するものであった.

2.「海外の政策の事例を知る」「政策の意思決定に関わる仕組みとプロセスを理解すること」「政策が形成されるプロセスを理解すること」などは,優先順位は高くなかったが,既存の科目でも教授できているものもあり,政策の科目に入れ込むか,様々な科目で教授していくのか,大学の特性を活かして教授できる可能性が考えられた.

3.「現状の政策を分析して課題を見出す」などの政策を立案・実施するためのコンピテンシーは看護基礎教育ではレベルが高く優先順位は低かった.

以上のことから,最も優先順位の高い,政策的思考ができるための基礎となる知識,認識,態度に関するものを看護の政策を学ぶ上での基本的な政策コンピテンシーとして看護基礎教育において教授する体制を整えていくこと,優先順位の低いものについては大学のカリキュラムの特性を見据えて導入すること,もしくは教養科目など他の科目で取り入れていくことの重要性が示唆された.

付記:本研究の一部は第40回日本看護科学学会学術集会で発表した.

謝辞:本調査にご協力くださいました皆様に心から感謝申し上げます.本研究は,文部科学省科研費基盤研究(C)18K10160(研究代表者:野村陽子)の研究成果の一部である.

利益相反:本研究に利益相反はない.

著者資格:STは,調査の実施,データ解釈と原稿の作成,MNは,データの集計と解析,KOは,研究デザイン,データ解釈,MIは,研究デザイン,データ解釈,MIは,データ解釈,原稿への示唆,MKは,データ解釈,原稿への示唆,YNは,研究デザイン,研究プロセス全体への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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