2024 Volume 44 Pages 463-472
目的:急性期病院看護師による後期高齢患者のインフォームドコンセント(Informed Consent: IC)に関わるアドボカシー実施状況と関連要因を明らかにすること.
方法:急性期病院4施設の看護師485名を対象とし,看護師の患者アドボカシー概念に基づく治療選択における意思決定支援力測定尺度得点の関連要因を重回帰分析にて検討した.
結果:有効回答は295名,尺度合計得点平均値は67.6 ± 8.9点であった.有意な関連を示した要因は,心理的安全性,個別的ケアの意識,IC時の同席,専門資格の4つであった.
結論:後期高齢患者のアドボカシー実施には,心理的安全性が高いこと,個別的ケアを意識している程度が高いこと,IC時の同席頻度が高いこと,専門資格を保有していること,以上4つの要因が影響していた.
Objective: We examined the status of acute care hospital nurses’ advocacy regarding the informed consent (IC) of patients aged 75 years or over and its factors, including psychological safety.
Methods: The participants were 485 nurses who were working in four acute care hospitals. We used a measurement scale for shared decision-making in treatment based on the concept of patient advocacy in nursing (scale). Multiple regression analysis was conducted to investigate the factors.
Results: Valid responses were obtained from 295 nurses (response rate: 60.8%). The mean total score of scale was 67.6 (SD = 8.9). Four factors were identified: psychological safety, awareness of individualized care, being present during IC, and having professional qualifications.
Conclusion: To further advocate regarding IC for patients aged 75 years or over more effectively, four elements are important; the improvement of psychological safety; the recognition of individualized care; an improvement in IC attendance rates and possess professional qualifications.
日本は現在,超高齢社会に入り,75歳以上の高齢患者(以下後期高齢患者)の入院数は増え続け,後期高齢患者の病床別入院割合は一般病床が最も高い(厚生労働省,2016).一般病床全体の9割以上が急性期医療を担う病院であることから(病院情報局,2022),後期高齢患者の多くが急性期病院で治療を受けていることが伺える.後期高齢患者の治療においては,他の年代と比較して複数の疾患を抱えている場合が多いこと,認知症やフレイルなど心身の特性があること,医療だけでなく介護の問題もあること,残りの人生をどう過ごすかといった視点も考慮する必要があることを踏まえ(厚生労働省,2007;厚生労働省,2019),医療者と患者が互いに情報提供し,話し合い,合意決定するプロセスであるインフォームドコンセント(Informed Consent:以下IC)を実施することが必須である(石垣・清水,2016).
ICにおいては,後期高齢患者の6割以上が治療方針の自己決定を望んでいる(西岡・荒井,2016).ところが,急性期病院においては,家族の意向が尊重され後期高齢患者が主体的に自己決定できていないこと(深山,2017),医師による後期高齢患者への理解度に合わせた説明不足(深山,2016),後期高齢患者本人に判断能力があるにも関わらず,家族にのみ医師が説明していること(大西ら,2016)などの課題が指摘されている.IC は患者を主体として実施されるべきだが(清水・伊坂,2005),入院中の高齢者は,高齢であること自体や心身の機能低下によりスティグマの対象となる可能性があり,他の年代とは異なる扱いをされやすく,アイデンティティの喪失や無力感を経験している現状が報告されていること(Bridges et al., 2020),医師と対等な関係になりにくく,遠慮し本音を言いにくいといった特徴から(宇野,2004;深山,2016),後期高齢患者が主体となるICの実現は難しさを伴う.したがって,患者と最も接する時間が長い看護師は,後期高齢患者のICにおいて医師と患者の対話や情報共有を支援し,患者の自律や権利が尊重されるよう行動するアドボカシーを実施する必要がある(石垣・清水,2016;Fry & Johnstone, 2005/2006;日本看護協会,2021).
しかし,アドボカシーの実施には障壁があることが報告されている(Nsiah et al., 2019;Hanks, 2007).Nsiah et al.(2019)は,看護師へのインタビュー調査の結果,医療者間の協力不足および予測される否定的な反応を障壁として明らかにしている.Hanks(2007)は,障壁の概念分析の結果,先行要件として,フラストレーションやバーンアウト,失業の恐れ,属性として,職場での利害の葛藤や支援不足,罰の脅威,結果として,アドボカシーが効果的に実施出来ていないこと,障壁に関して未解決な状態が続いていることを導き出している.すなわちこれらの結果は,障壁が看護師個人の努力だけでは克服できず,対人関係を危惧して,意見や相談をしづらい職場環境を整え直す必要性を示唆している.しかし,そのための具体策を提案する報告は見当たらない.
一方,職場環境などの組織に関する研究では,意見や相談をしづらい職場環境に対し,率直に発言したり,懸念や疑問やアイディアを話したりすることによる対人リスクを人々が安心して取れる環境のこととされる心理的安全性という概念がある(Edmondson, 1999;Edmondson, 2019/2021).心理的安全性については,その程度が高い程職場におけるコミュニケーションが促進されることが報告されている(田原・小川,2021).したがって,心理的安全性が高まること,すなわちコミュニケーションが促進され率直な発言などの対人リスクを安心して取れる職場環境になることは,後期高齢患者へのアドボカシー実施を促進すると推測するが,その関係性の検証はなされていない.
また,国内におけるアドボカシー実施に関する量的研究は,アドボカシー教育の有無や民主的な環境などが要因とされるアドボカシーの理想と現実の認識および経験に関する調査(Davis et al., 2003;竹村,2009),専門資格有無や病棟での勉強会頻度などが要因とされる尺度開発を目的とした病院での実施状況の調査(松尾,2018),アドボカシーの内容を分析した調査(佐藤・布施,2013),医師との連携不足や時間的余裕の無さなどが要因とされる外来における実態調査(大桃,2014),卒後学習経験や在宅療養移行支援経験などが要因とされるがんや認知症など疾患を限定した調査(西尾・藤井,2011;梶山・吉岡,2018)にとどまる.これらの先行研究では,急性期病院の一般病床を対象としたものは見当たらず,後期高齢患者へのアドボカシー実施の実態は分からず,また後期高齢患者へのアドボカシー実施に特有の要因は明らかになっていない.
そこで本研究では,急性期病院一般病床に勤務する看護師を対象に,後期高齢患者へのICに関わるアドボカシー実施状況と関連要因を明らかにすることを目的とし,看護師による後期高齢患者へのICに関わるアドボカシー実施を促進するための示唆を得る.
先行文献(石垣・清水,2016;Fry & Johnstone, 2005/2006;日本看護協会,2021)を参考に,ICに関わる場面に焦点をあて「治療に関して,患者が納得して自己決定および意思決定できるために,医師と患者の対話や情報共有を支援し,患者の自律や権利が尊重されるよう行動すること」と定義した.
2. 研究デザイン本研究は無記名自記式質問紙調査による横断研究である.
3. 研究対象者急性期病院を選定するため,A県内にある診療群別包括評価支払い制度(Diagnosis Procedure Combination:以下DPC)を算定している病院とし,地域の偏りをなくすためA県内6つの地域より高齢化率および施設ごとに公表されている最新の令和2年度病院指標年齢階級別退院患者数を参考に,後期高齢患者が多く入院していると想定される施設を1つずつ選定し,看護部責任者に電話にて研究依頼を行い,サンプルサイズが想定に達したところで依頼を終了した.同意の得られた200床~500床の急性期病院4施設,計23病棟の一般病床に勤務する看護師(正規・非正規問わず)485名を対象とした.なお,日常的に患者ケアに携わっていない管理職は後期高齢患者との関わりも少ないと考え除外した.アドボカシーは看護の基盤となる概念であり,看護師経験年数で区切ることなく幅広く実施状況を確認するため,看護師経験年数には下限を設けず,新人看護師も対象とした.
4. 調査方法2022年8月8日から9月8日に無記名自記式質問紙調査を実施した.研究対象施設の看護部責任者に説明文書と口頭にて研究趣旨を説明したのち研究協力を依頼し,同意の得られた施設へ質問紙と研究説明文書および返信用封筒を送付した.対象者には記入した質問紙を病棟設置の回収袋またはポストへの投函を依頼し回収した.
5. 調査項目本研究では,従属変数をアドボカシー実施状況とし,看護師の患者アドボカシー概念に基づく治療選択における意思決定支援力測定尺度(松尾,2018)を用いて測定した.先行研究より,アドボカシーには個人要因と環境要因が報告されており,環境要因として心理的安全性も関連するのではないかと考えた.以上のことから,後期高齢患者へのアドボカシー実施に関連すると思われる個人要因および心理的安全性を含む環境要因計15項目を独立変数として設定した.
1) 個人要因基本属性として,年齢,性別,看護師経験年数,看護師資格取得のための看護基礎教育課程,勤務病棟,病棟勤務年数,専門資格(専門看護師または認定看護師)の有無を尋ねた(竹村,2009;松尾,2018).また先行研究を参考に,後期高齢患者へのアドボカシーを実施する上で関連すると思われる要因を検討し,後期高齢患者との関わりに対する困難感の程度として「アドボカシーをする上で後期高齢患者との関わりに困難を感じることがあるか?:1.全くない~4.非常にある」(大桃,2014;萬徳ら,2016;川村ら,2021),後期高齢患者へ個別的なケアを意識している程度として「普段,後期高齢患者の特性や価値観,背景を考慮し個別的なケアを意識しているか?:1.全く意識していない~4.非常に意識している」(Josse-Eklund et al., 2014;深山,2016;厚生労働省,2019)を尋ねた.加えて,看護基礎教育課程におけるアドボカシー教育を受けた経験の有無(竹村,2009),アドボカシーまたは意思決定支援に関する卒後学習経験の有無(西尾・藤井,2011;松尾,2018)を尋ね,後期高齢患者のIC時の同席頻度として「後期高齢患者のICの場に同席しているか?:1.全くしていない~4.非常にしている」(大桃,2014;萬徳ら,2016)を尋ねた.
2) 環境要因(1)師長・上司のサポートの頻度として「病棟ではアドボカシーをする上で師長や上司からサポートがあるか?:1.全くない~4.非常にある」(竹村,2009),を尋ねた.上司は主任や副主任および看護部長など役職者を想定した.また,サポートについては定期的な面談や看護実践におけるサポートを想定した.加えて,病棟勉強会の頻度として「病棟ではアドボカシーまたは意思決定支援に関する勉強会はあるか?1.全くない~4.非常にある」を尋ねた(Water et al., 2016;松尾,2018).
(2)心理的安全性はPsychological Safety Scale日本語版7項目(丸山・藤,2022)を用いた.この尺度は心理的安全性(Psychological Safety)を評価する尺度であり,1因子から構成され,「このチームの中では,思いきったことをしても大丈夫だ」などの7項目で構成される.項目は「1 全くあてはまらない,2 あまりあてはまらない,3 どちらかというとあてはまらない,4 どちらともいえない,5 どちらかというとあてはまる,6 かなりあてはまる,7非常にあてはまる」の7件法で評価される.尺度得点が高い程,心理的安全性(Psychological Safety)が高いことを意味する.尺度合計得点範囲は7点~49点である.本尺度は,原著者であるEdmondson(1999)によるPsychological Safety Scale(α係数=0.82)から許可を得て日本語訳し,日本語版として同等性が得られており,α係数=0.80である.尺度使用に関しては,日本語版作成者より承諾を得た.
3) アドボカシー実施状況:看護師の患者アドボカシー概念に基づく治療選択における意思決定支援力測定尺度25項目(松尾,2018)患者が治療における選択肢の利点と欠点を理解し,自身の価値観に合った決定ができることを,看護師がどの程度支援しているかを測ることができる尺度とされ(松尾,2018),ICに関わるアドボカシー実施状況の測定に適していると考え,この尺度を選択した.この尺度は6つの下位概念,【I.選択肢の情報提供と価値観の明確化を支援する力】(5項目),【II.十分なサポートとよりよい決定を支援する力】(7項目),【III.不安や不確実性がないことを支援する力】(3項目),【IV.選択肢の情報提供と医師と協同して意思決定することを確認する力】(3項目),【V.医師からの意思決定支援を交渉する力】(4項目),【VI.選択肢の情報提供と意思決定の時期を説明する力】(3項目)で構成される.「1 まったくあてはまらない,2 あまりあてはまらない,3 あてはまる,4 かなりあてはまる」の4段階で評価し,合計得点が高いほど,「看護師の患者アドボカシー概念に基づく治療選択における意思決定支援力」が高いことを意味する.尺度合計得点範囲は25点~100点である.尺度全体のα係数=0.945であり,構成する6つの概念においても内的一貫性を有し,妥当性も得られている.尺度使用に関しては,作成者より承諾を得た.
6. 分析方法記述統計量算出後,従属変数であるアドボカシー実施状況得点および連続変数について,ヒストグラムとQQプロットを確認の上正規分布とみなし,2群の比較にはt検定,3群以上の比較には一元配置分散分析,相関はPearsonまたはSpearmanの相関係数を算出した.その後,アドボカシーの実施状況を従属変数とした重回帰分析を行い,単変量解析の結果,p < 0.2の変数を重回帰分析のモデルに投入した.重回帰分析はステップワイズ法を用いた(Katz, 2011/2020).加えて,多重共線性を考慮するため独立変数間での関連も検討し,相関係数が0.8以上の場合は一方の変数を除外した(Katz, 2011/2020).すべての統計的検定は両側検定を用い,有意水準は5%とした.統計ソフトはIBM SPSS statistics version.28を使用した.
7. 倫理的配慮研究対象者には説明文書および質問紙において,研究への参加は対象者の自由意思に基づき,協力しないことによる不利益はないこと,個人の看護実践について評価するものではないことを明記した.また,看護部責任者には研究説明文書を用いて調査の目的および方法と,調査は任意であることをあらかじめ説明し,回収の際に枚数の確認は不要である旨伝え,強制力が働かないよう依頼をし,対象者への負担軽減に努めた.質問紙の同意欄に「同意する」にチェックのあったデータのみを分析対象とした.なお,本研究は公立大学法人横浜市立大学における人を対象とする生命科学・医学系研究倫理委員会(承認番号:F220300010)の承認を受けて実施した.
質問紙を485部配布し,301名より回答を得た(回収率62.1%).そのうち,従属変数またはPsychological Safety Scale日本語版得点に欠損があるもの,独立変数の半数が未記入のもの6名を除外し,分析対象は295名とした(有効回答率60.8%).
対象者295名のうち,女性は270名(91.5%),平均年齢は31.8 ± 9.3歳であり,平均看護師経験年数は9.1 ± 8.4年であった.看護基礎教育課程は専門学校が173名(58.6%)と最も多い回答であった.勤務病棟は混合が110名(37.3%)で最も多い回答だったが,外科系と内科系はほぼ同等の割合であり,平均病棟勤務年数は3.1 ± 2.5年であった.専門看護師または認定看護師資格に該当するものは18名(6.1%)であった.師長・上司のサポートは,「どちらかというとない」「全くない」合わせて43.7%であった.病棟勉強会は「どちらかというとない」「全くない」合わせて89.5%であった.心理的安全性の合計得点の平均値は32.6 ± 5.9点であった(表1).
N = 295
項目 | 内訳 | Mean ± SD |
---|---|---|
年齢(歳) | 31.8 ± 9.3 | |
看護師経験年数(年) | 9.1 ± 8.4 | |
病棟勤務年数(年) | 3.1 ± 2.5 | |
心理的安全性得点a(合計得点範囲7~49点) | 32.6 ± 5.9 | |
人数(%) | ||
性別 | 男性 | 25(8.5) |
女性 | 270(91.5) | |
看護基礎教育課程 | 専門学校 | 173(58.6) |
短期大学 | 35(11.9) | |
大学 | 87(29.5) | |
勤務病棟 | 外科系 | 89(30.2) |
内科系 | 96(32.5) | |
混合 | 110(37.3) | |
専門資格 | あり | 18(6.1) |
なし | 277(93.9) | |
関わりの困難感 | 全く感じない | 4(1.3) |
あまり感じない | 48(16.3) | |
やや感じる | 199(67.5) | |
非常に感じる | 44(14.9) | |
個別的ケアの意識 | 全く意識していない | 0 |
あまり意識していない | 30(10.2) | |
やや意識している | 228(77.3) | |
非常に意識している | 37(12.5) | |
アドボカシ―教育経験b | あり | 199(67.5) |
なし | 96(32.5) | |
卒後学習経験 | あり | 109(36.9) |
なし | 186(63.1) | |
IC時の同席 | 全くしていない | 27(9.1) |
あまりしていない | 56(19.0) | |
ややしている | 162(54.9) | |
非常にしている | 50(17.0) | |
師長・上司のサポート | 全くない | 28(9.5) |
どちらかというとない | 101(34.2) | |
どちらかというとある | 141(47.8) | |
非常にある | 25(8.5) | |
病棟勉強会 | 全くない | 124(42.0) |
どちらかというとない | 140(47.5) | |
どちらかというとある | 28(9.5) | |
非常にある | 3(1.0) |
SD:Standerd Deviation IC:Informed Consent
a:Psychological Safety Scale日本語版
b:基礎教育課程においてアドボカシーの教育を受けた経験の有無
アドボカシー実施状況合計得点平均値は,67.6 ± 8.9点であった.各下位概念得点平均値は,第1下位概念である「選択肢の情報提供と価値観の明確化を支援する力」は13.7 ± 1.9点,第2下位概念である「十分なサポートとよりよい決定を支援する力」は19.6 ± 2.6点,第3下位概念である「不安や不確実性がないことを支援する力」は8.4 ± 1.3点,第4下位概念である「選択肢の情報提供と医師と協同して意思決定することを確認する力」は7.7 ± 1.5点,第5下位概念である「医師からの意思決定支援を交渉する力」は10.5 ± 2.4点,第6下位概念である「選択肢の情報提供と意思決定の時期を説明する力」は7.7 ± 1.7点であった.
N = 295
Mean ± SD | |
---|---|
【I.選択肢の情報提供と価値観の明確化を支援する力】5項目(得点範囲:5~20点) | 13.7 ± 1.9 |
【II.十分なサポートとよりよい決定を支援する力】7項目(得点範囲:7~28点) | 19.6 ± 2.6 |
【III.不安や不確実性がないことを支援する力】3項目(得点範囲:3~12点) | 8.4 ± 1.3 |
【IV.選択肢の情報提供と医師と協同して意思決定することを確認する力】3項目(得点範囲:3~12点) | 7.7 ± 1.5 |
【V.医師からの意思決定支援を交渉する力】4項目(得点範囲:4~16点) | 10.5 ± 2.4 |
【VI.選択肢の情報提供と意思決定の時期を説明する力】3項目(得点範囲:3~12点) | 7.7 ± 1.7 |
尺度合計得点(得点範囲:25~100点) | 67.6 ± 8.9 |
SD:Standerd Deviation
a:看護師の患者アドボカシー概念に基づく治療選択における意思決定支援力測定尺度
各下位概念得点平均値では,第2下位概念である「十分なサポートとよりよい決定を支援する力」が最も高く,第4下位概念である「選択肢の情報提供と医師と協同して意思決定することを確認する力」と,第6下位概念である「選択肢の情報提供と意思決定の時期を説明する力」が他の下位概念と比べ低かった.
2. アドボカシー実施状況における関連要因(表3~表5)アドボカシー実施状況を従属変数とした単変量解析の結果,看護基礎教育課程(p = 0.032),専門資格(p = 0.001),卒後学習経験(p < 0.001)の3項目がp < 0.2であった(表3).また,年齢(r = 0.116, p = 0.046),看護師経験年数(r = 0.104, p = 0.075),病棟勤務年数(r = 0.112, p = 0.056),心理的安全性(r = 0.175, p = 0.003),病棟勉強会(r = 0.129, p = 0.027),師長・上司のサポート(r = 0.135, p = 0.021),個別的ケアの意識(r = 0.342, p < 0.001),IC時の同席(r = 0.297, p < 0.001)の8項目がp < 0.2となった(表4).以上p < 0.2であった11項目の内,多重共線性を考慮するため独立変数間の関連を検討し,年齢と経験年数のみ相関係数が0.8以上であったため,年齢を除外し10項目を重回帰分析(ステップワイズ法)に投入した.結果,アドボカシー実施状況においては,心理的安全性(β = 0.123,B = 0.184,95%信頼区間=0.029~0.340),個別的ケアの意識(β = 0.285,B = 5.310,95%信頼区間=3.339~7.281),IC時の同席(β = 0.215,B = 2.305,95%信頼区間=1.177~3.433),専門資格(β = 0.150,B = 5.549,95%信頼区間=1.711~9.387),の4つの変数と有意な関連が認められた(自由度調整済みR2 = 0.203)(表5).
N = 295
項目 | 人数 | 合計得点(Mean ± SD) | p値 | |
---|---|---|---|---|
性別 | 男性 | 25 | 65.8 ± 7.8 | .299 |
女性 | 270 | 67.7 ± 9.0 | ||
看護基礎教育課程 | 専門 | 173 | 68.6 ± 8.1 | .032* |
短大 | 35 | 67.7 ± 8.5 | ||
大学 | 87 | 65.5 ± 9.1 | ||
勤務病棟 | 外科系 | 89 | 67.9 ± 8.8 | .394 |
内科系 | 96 | 66.6 ± 9.2 | ||
混合 | 110 | 68.2 ± 8.6 | ||
専門資格 | あり | 18 | 74.1 ± 10.1 | .001* |
なし | 277 | 67.2 ± 8.7 | ||
アドボカシー教育経験 | あり | 199 | 67.4 ± 8.7 | .682 |
なし | 96 | 67.9 ± 9.2 | ||
卒後学習経験 | あり | 109 | 69.9 ± 8.2 | <.001* |
なし | 186 | 66.2 ± 9.0 |
2群の比較はt検定 3群以上の比較は一元配置分散分析
SD:Standerd Deviation
*:重回帰分析に投入したp < 0.2の変数
項目 | r | p値 |
---|---|---|
年齢a | .116† | .046 |
看護師経験年数 | .104† | .075* |
病棟勤務年数 | .112† | .056* |
心理的安全性b | .175† | .003* |
病棟勉強会 | .129‡ | .027* |
関わりの困難感 | –.019‡ | .744 |
師長・上司のサポート | .135‡ | .021* |
個別的ケアの意識 | .342‡ | <.001* |
IC時の同席 | .297‡ | <.001* |
a:経験年数と相関係数0.8以上のため年齢を除外
b:Psychological Safety Scale日本語版得点
†:Pearsonの相関係数 ‡:Spearmanの相関係数
*:重回帰分析に投入したp < 0.2の変数
N = 295
β | B | p値 | 95%信頼区間e | ||
---|---|---|---|---|---|
下限 | 上限 | ||||
心理的安全性a | .123 | 0.184 | .020 | 0.029 | 0.340 |
個別的ケアの意識b | .285 | 5.310 | <.001 | 3.339 | 7.281 |
IC時の同席c | .215 | 2.305 | <.001 | 1.177 | 3.433 |
専門資格d | .150 | 5.549 | .005 | 1.711 | 9.387 |
R2 | .214 | ||||
調整済みR2 | .203 | ||||
Durbin-Watson | 1.967 | ||||
VIF | 1.022–1.065 | ||||
F値 | 19.706(p < .001) |
重回帰分析;stepwise法 β:標準化偏回帰係数 B:非標準化偏回帰係数
VIF:Variance Infation Factor
a:Psychological Safety Scale日本語版得点
b:個別的なケアを意識しているか
「全く意識していない=1,あまり意識していない=2,やや意識している=3,非常に意識している=4」
c:IC時に同席しているか
「全くしていない=1,あまりしていない=2,ややしている=3,非常にしている=4」
d:専門資格「なし=0,あり=1」
e:B:非標準化偏回帰係数における95%信頼区間
多重共線性についてはVIF = 1.022~1.065であり,年齢と看護師経験年数以外問題はなかった.また,残差を確認したところDurbin-Watson = 1.967であり,F値=19.760(p < 0.001)であることからモデルは妥当であった(表5).
本研究は急性期病院一般病床に勤務する看護師を対象に,後期高齢患者へのICに関わるアドボカシーの実施状況と関連要因を量的に初めて明らかにした研究である.本研究の対象者は全国の急性期病院一般病棟の高齢者看護に携わる看護師を対象とした調査結果で示されている,男性8.7%,女性90.3%,平均年齢33.60 ± 9.28歳,平均看護師経験年数10.97 ± 8.67年とほぼ類似する結果であった(川村ら,2021).このことから,本研究の対象者は,急性期病院に勤務し高齢者看護に携わる一般的な看護師が対象となったと推測する.
1. アドボカシー実施状況と関連要因アドボカシー実施状況については,本研究におけるアドボカシー実施状況合計得点平均値は67.6 ± 8.9点であり,松尾(2018)が行った全国の200床以上の病院に勤務する看護師を対象とした研究報告にある67.41 ± 9.98点とほぼ類似する結果であった.各下位概念についてもほぼ同等の結果であった.本研究では後期高齢患者の看護に携わり,一般病床に勤務する看護師のみを対象としたことが先行研究との違いであるが,本研究対象施設も200床以上の病院であったため,病床規模から看護管理体制や教育体制などが類似し,アドボカシー実施状況得点の類似につながったと考えられる.
また,本研究において平均点が低かった第4下位概念と第6下位概念は,治療における選択肢の情報提供を含む内容であり,看護師が選択肢の利点と欠点を把握し,患者が主治医と共に選択肢を選んだかを確認する項目や,看護師の説明力に関する項目が含まれる(松尾,2018).このことから,アドボカシー実施状況においては,後期高齢患者の治療における選択肢の利点と欠点を把握し,主治医と後期高齢患者の治療選択のプロセスを確認すること,選択肢の情報提供と意思決定の時期を説明すること,これらをより意識的に行うことが課題として示唆された.
関連要因については,心理的安全性,個別的ケアの意識,IC時の同席,専門資格の4つの変数が抽出された.心理的安全性については,本研究においてアドボカシー実施状況との関係性が初めて明らかとなった.アドボカシーの実施には,医師およびチームメンバーに対して確認する,患者から得た情報を伝える,調整するなどの側面がある(佐藤・布施,2013;松尾,2018).アドボカシー実施の対象である後期高齢患者は,認知症やフレイルなどの心身の機能低下が顕著に表れる年代でもある.入院中の高齢者はアイデンティティの喪失や無力感を経験しており(Bridges et al., 2020),医師による後期高齢患者への理解度に合わせた説明不足(深山,2017)など,意思決定の中心にいるべき後期高齢患者の自律や権利が侵害されている状況が少なからず推察される.このような状況に対して,心理的安全性がある職場環境であること,すなわちコミュニケーションが促進され率直な発言などの対人リスクを安心して取れる職場環境であることが,後期高齢患者の理解度に合わせ説明が十分になされているかを医師やチームメンバーに確認する,後期高齢患者が十分に理解できていない場合,医師やチームメンバーに伝え再度説明の場を調整するなど,医療者間で課題を指摘しやすい状況をもたらすと考える.したがって,職場において心理的安全性があることが,後期高齢患者の自律や権利を尊重するよう行動するアドボカシーの実施に影響したと考える.
個別的ケアの意識については,後期高齢患者に対して個別的ケアを意識することは,後期高齢患者の心身の特性,背景および価値観などを考慮し患者個々のニーズに応じたケア(Radwin & Alster, 2002;Papastavrou et al., 2015)を意識することであり,その意識があるからこそ,後期高齢患者本人の自律や権利を尊重するよう行動するアドボカシーの実施につながると考える.後期高齢患者は他の年代と比較して,認知症やフレイルなどの心身の機能低下やこれまでの生活背景から多様なニーズをもつことが想定される.故に,ルーティン化されたアプローチでは後期高齢患者のニーズを満たす可能性は低く(Bridges et al., 2020),後期高齢患者本人の視点に立ち,本人の理解度に合わせた説明や本人の意向を引き出し確認するといった個別的ケアを意識することがアドボカシーの実施状況に影響したと考える.治療に関して,様々な疾患があっても後期高齢患者本人がその人らしくその後の人生を送るために,個々のニーズを引き出しそれに応じて本人が納得し自己決定および意思決定することが重要と考える.
IC時の同席については,本研究で測定したアドボカシー実施状況得点は治療選択の場が想定されているが,療養の場の選択に関する調査でもIC時の同席頻度が要因として抽出されている(内田・青木,2021).どちらも後期高齢患者のその後の人生に大きく関わる重要な場面である.IC時に同席することは,後期高齢患者や家族が治療に関する説明を受けている際の状況や理解度を直接確認でき,アドボカシーが必要な状況であるかを判断する機会でもある.そのため,IC時に同席しているか否かがアドボカシーの実施に影響したと考える.
専門看護師または認定看護師といった専門資格については,先行研究でも明らかになっている関連要因であり(松尾,2018),専門資格保有者は,相談業務や倫理調整などの役割があることから,一般の看護師よりも後期高齢患者のニーズに合わせた看護実践を行っていることの現れとも推察された.特に後期高齢患者の治療方針決定の際には,倫理的な問題や葛藤が生じる場合があることから(厚生労働省,2018),専門資格保有者は,後期高齢患者本人や家族および医療者間での相談や調整の役割を果たしているとも捉えられる.加えて,専門資格取得に関しては5年以上の臨床経験が必要なこと,専門の教育を修了する必要があることから,ある程度の経験年数を積んだ後に教育を受けることで複合的に実践力が強化され,専門資格保有者に求められる役割を遂行しアドボカシーの実施につながっていると考えられる.
以上のように,本研究では4つの変数との関連が明らかとなったが,重回帰モデルの調整済みR2値が0.203と低いことから他にも要因の存在が考えられる.
2. 看護師による後期高齢患者へのICに関わるアドボカシー実施促進のための示唆本研究で初めて関連が明らかとなった心理的安全性は,職場におけるリーダーの関わり方が重要であることが指摘されている(Newman et al., 2017).リーダーとは指導者でもあり,病院全体での指導的立場にある看護部長や病棟での指導的立場にある師長や主任などの看護管理者が想定される.したがって,看護管理者が率先して病院全体および病棟における心理的安全性を高める環境を構築することで,アドボカシー実施促進につながる可能性が示唆された.また,個別的ケアについては,看護実践環境における内発的な仕事への意欲などで高まることが報告されており(Papastavrou et al., 2015),個々の看護師が後期高齢患者に対して個別的ケアを意識するとともに,個別的ケアを意欲的に実施できるよう周囲のサポートも重要と考える.ただし,本研究では職場における師長・上司のサポートについて,「どちらかというとない」「全くない」合わせて43.7%と半数近くであった.この結果から,まずは普段から身近に接する師長や主任といった病棟の看護管理者が,定期的な面談や看護実践におけるサポートなどを積極的に行うことで,アドボカシー実施促進につながる可能性が示唆された.さらにIC時の同席について,後期高齢患者の6割以上が治療方針の自己決定を望んでいるが(西岡・荒井,2016),本人に判断能力があるにも関わらず,家族にのみ医師が説明していることが報告されている(大西ら,2016).したがって,看護師は後期高齢患者との関わりの中で本人の希望を確認しながら,後期高齢患者不在のまま医師と家族のみで治療方針が決まることのないよう,積極的にIC時に同席することでアドボカシー実施促進につながると推測される.また専門資格については,専門看護師および認定看護師資格保有者は全国に約2万5千人しかいない現状があり(日本看護協会,2022),多くの病院で専門資格を保有する看護師がいない状況も考えられる.そのため,アドボカシー実施を促進するためには,専門資格保有者だけでなく個々の実践力の強化が必要と考える.本研究においては,病棟勉強会が「どちらかというとない」「全くない」合わせて89.5%であったことや,アドボカシー実施状況得点において選択肢の説明力に関する項目が低かったことから,今後は各病棟での勉強会や研修会を行うなど,現任教育を推進し専門資格保有者だけでなく個々の実践力を強化することで,アドボカシー実施促進につながる可能性が示唆された.
本研究の限界について,まず第1に横断研究であり因果関係までは明らかではないことである.第2に,重回帰モデルの調整済みR2値が0.203と低いことから他にも要因の存在が考えられる.第3に,研究計画段階で出来うる対応はしたが,質問紙の回収率(62.1%)から,調査に積極的に参加する対象者に偏った応答バイアスが考えられる.また,質問内容の捉え方や勤務病棟によっては後期高齢患者との関わる頻度に違いが生じ,想起バイアスなどがあった可能性も否めない.第4に,対象施設が4施設と限られており,結果の一般化には限界がある.本研究における対象施設は200床以上の病院であったが,一般病床を持つ国内の病院は200床未満の病院が7割以上であり(厚生労働省,2012),病床規模の違いは,看護管理体制や教育体制などの違いにもつながり,アドボカシー実施状況得点に影響が出る可能性が考えられる.第5に,本研究は「看護師の患者アドボカシー概念に基づく治療選択における意思決定支援力測定尺度」を用いて得られた結果であり,アドボカシー実施状況として解釈するには限界がある.ただし,本研究ではアドボカシー実施状況得点の第4下位概念と第6下位概念の平均点が低かったことから,後期高齢患者の治療における選択肢の利点と欠点を把握し,主治医と後期高齢患者の治療選択のプロセスを確認すること,選択肢の情報提供と意思決定の時期を説明することをより意識的に行うことが課題と考えた.以上のことから,今後は200床未満の病院を含む幅広い急性期病院での調査を行い,他に考えられる要因を再精査した上でアドボカシーの実施を促進する予測因子の検討が必要である.
本研究では,アドボカシーの実施状況と関連要因を調査した結果,アドボカシー実施状況得点では,「選択肢の情報提供と医師と協同して意思決定することを確認する力」と,「選択肢の情報提供と意思決定の時期を説明する力」が低かった.また,心理的安全性が高いこと,個別的ケアを意識している程度が高いこと,IC時の同席頻度が高いこと,専門資格を保有していることがアドボカシー実施状況得点に影響していた.これらの結果から,職場の心理的安全性を高めること,後期高齢患者の特性を考慮しながら個別的ケアを意識して行うこと,後期高齢患者のIC時には同席すること,専門看護師または認定看護師といった専門資格保有者だけでなく現任教育を推進すること,以上が後期高齢患者のICに関わるアドボカシー実施促進につながる可能性として示唆された.
付記:本論文内容の一部は,第49回日本看護研究学会学術集会において発表した.また,本研究は横浜市立大学大学院医学研究科看護学専攻に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.
謝辞:本研究にご協力いただいた対象病院の看護部責任者,看護師の皆様に心より感謝申し上げます.また研究のご指導をいただいた横浜市立大学医学部看護学科老年看護学領域の先生方に,厚く御礼申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:MFは本研究を着想し,データ収集,分析,論文執筆を主に担った.MDおよびYKは着想から分析までの研究プロセスを確認し,すべての著者が最終原稿を確認した.