Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Effects of Expiratory Awareness During Stair Climbing Exercise on Post-exercise Respiratory Status and Lower Limb Fatigue Perception
Mahiro AokiYukine KuwabaraMiku ShimizuRiRika SuzukiRio NishidateMayu MizotaMiu MiyamotoKento MotojimaKahori YanagisawaKei HanawaMasayuki ChuKeiichi Uranaka
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2024 Volume 44 Pages 637-645

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Abstract

目的階段昇降運動負荷中に呼息意識呼吸を行うことが運動負荷後における呼吸状態および下肢疲労感に与える影響を明らかにすることである.

方法:準実験研究.大学4年生18名を対象とし任意呼吸(自然にしている呼吸)および呼息意識呼吸の2種類の呼吸様式で,Master2階段試験を実施した.テレメトリー式生体信号測定装置で呼吸数,脈拍数,呼吸状態(吸息呼息時間),SpO2,呼吸の回復時間,呼吸困難感,下肢疲労感を測定し比較した.

結果階段昇降運動負荷後の呼吸困難感(p = .012),下肢疲労感(p = .025)ともに任意呼吸に比べて呼息意識呼吸の方が有意に低かった.呼吸の回復時間は任意呼吸に比べて,呼息意識呼吸の方が有意に18.5秒短かった(p = .026).

結論:呼息意識呼吸は,任意呼吸に比べ,階段昇降運動後の呼吸困難感,下肢疲労感を軽減し,呼吸の回復時間を短縮させることが示唆された.

Translated Abstract

Objective: To compare respiratory status during voluntary breathing and expiratory awareness breathing based on subjective and objective indicators and investigate their effect on post-stair climbing exercise respiratory recovery.

Methods: In this quasi-experimental study, 18 university seniors underwent the Master’s two-step test in two breathing conditions: voluntary breathing (natural breathing) and expiratory awareness breathing. Respiratory rate, heart rate, respiratory status (inspiratory-expiratory time), SpO2, respiratory recovery time, breathlessness, and lower limb fatigue were measured and compared using telemetry-based physiological signal monitoring.

Results: According to post-stair climbing exercise Borg scale scores, breathlessness (p = .012) and lower limb fatigue (p = .025) were significantly lower in the expiratory awareness breathing condition than in the voluntary breathing condition. The respiratory recovery time was significantly shorter in expiratory awareness breathing by 18.5 s (p = .026) than in voluntary breathing.

Conclusion: Expiratory awareness breathing suggests a reduction in post-stair climbing exercise breathlessness and lower limb fatigue compared with voluntary breathing, along with a shortened respiratory recovery time.

Ⅰ. 研究背景

運動中に呼息を意識することで,運動負荷による患者の呼吸困難感の改善が期待でき,耐久性向上にも効果があることが明らかにされている.栢本ら(2008)の大学生を対象とした調査では,上肢運動中の呼吸方法の統制は換気効率を改善させ,その改善度合いは吸息よりも呼息意識呼吸の方がより大きい可能性が示唆されている.また,長谷川・弓永(2011)の研究では,呼息を行いながら運動療法を実施することで,EELV(呼息終末肺容量)が軽減し,吸気の増大に伴う肺活量増大が得られ,易疲労性によって運動の継続が困難な患者の耐久性向上に効果があることが明らかになっている.さらに,伊藤ら(2016)の報告では,運動負荷中の任意呼吸と呼息延長呼吸において,呼息延長呼吸の方が,収縮期血圧・脈拍数・呼吸数の数値の上昇が緩徐であったことから,運動負荷時の呼息延長呼吸は,任意呼吸より呼吸循環機能に対し低負荷での運動継続に繋がる可能性が示唆されている.

近年,増加している呼吸器疾患患者(厚生労働省,2019a, 2019b公益社団法人日本WHO協会,2020)の疾患に起因する呼吸困難感に対しては,呼吸筋トレーニングが呼吸リハビリテーションの一手段として推奨され(Ltters et al., 2002),呼息に特化した呼吸法について数多く報告されている.また,新貝・千住(2011)は,より長くより少ない疲労感での運動を可能にするため,呼吸困難感のみならず下肢疲労感を調査し,呼吸方法を検討している.主観的な呼吸困難感や下肢疲労感による評価も重要な指標であり,リハビリテーションや日常生活動作において,両方が軽減されれば,運動や動作を継続しやすくなることが考えられる.

しかし,運動中に呼息を意識することが,運動後の呼吸状態の回復および下肢疲労感にどのような影響があるかについての報告は見当たらない.そこで本研究では,実験的に任意呼吸と呼息意識呼吸下での運動後の呼吸状態を主観的・客観的指標に基づいて比較し検証した.

得られた研究結果は,運動負荷中の呼吸器疾患患者のリハビリテーションや日常生活動作における呼吸状態の回復・呼吸困難感の軽減を目的としたケアのエビデンス構築の一助となると考える.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,階段昇降運動負荷中に呼息意識呼吸を行うことが運動負荷後における呼吸状態および下肢疲労感に与える影響を明らかにすることである.

Ⅲ. 用語の定義

1. 任意呼吸

研究者による呼吸方法の指定がなく,対象者が自然にしている呼吸.

2. 呼息意識呼吸

研究者により,「呼息を意識して呼吸してください」と伝えられ,対象者がした呼吸.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究デザイン

準実験研究

2. 対象者

本研究について説明し,研究協力への同意が得られた女子大学生18名.選定基準は2日間,同時間での研究参加が可能な者,呼吸器疾患や循環器疾患の既往のない者,Master2階段試験に影響する運動器疾患の併存がない者,過去および現在喫煙をしていない者,上気道炎の症状から1週間以上経過している者,事前練習にてMaster2階段試験の動作が困難でない者とした.

3. 実験方法

1) 実験期間

令和4年8月~令和4年9月末日

2) 実験環境

実験場所はA大学看護学部の演習室とした.室内環境は,室温を24 ± 2°Cに設定し,湿度は55 ± 5%であった.

3) 実験のプロトコール(図1

対象者にテレメトリー式生体信号測定装置(以下,ResMo;Aimedic MMT,東京)(図2)を胸部に装着し,階段昇降運動負荷前に座位にて3分間安静とした.ResMoはCSセンサ(静電容量式)(図2)により,呼吸による胸郭の拡張収縮運動を静電容量の変化として検知し,拡張収縮の時間変化から呼吸数を算出し,デジタル信号に変換して通信モジュールからタブレットへ無線送信される.そのタブレットに表示される呼吸波形がResMoの測定可能範囲内に収まっていること,パルスオキシメータプローブ(図2 右腕)からのエラー信号が検知しないことを確認の上,測定を開始した.

図1  実験のプロトコール
図2  テレメトリー式生体信号測定装置装着例

対象者には,年齢・性別・体重から算出した回数のMaster2階段試験を1分30秒間で実施してもらった.階段昇降による負荷が,被験者の体型に合わせて一定になるように階段昇降のタイミングについてはメトロノームの音に合わせて行ってもらうよう規定した.運動負荷試験実施中は,他の対象者からの視線を遮るようパーテーションで仕切り,1日の研究実施者の人員数を最低限である3人以下にするといった対象者への配慮を行った.階段昇降運動負荷後は座位にて3分間の安静とした.対象者は,1回目の実験から24時間以上空けた同時間帯に2回目の実験を行った.1回目は任意呼吸に対し,2回目は呼息意識呼吸で階段昇降運動を実施してもらった.階段昇降運動負荷前から終了までマスクは装着せず,実習着の着用と靴は脱いで実施してもらった.

4. 調査項目およびデータ収集方法

階段昇降運動負荷前は,3分間安静の後に測定したデータで,運動負荷後は,運動負荷直後に測定したデータとした.

1) 属性

実験実施前に年齢,性別,運動習慣,運動経験の有無を無記名自記式質問紙にて収集した.身長(cm),体重(kg),体重に対する骨格筋割合(%)身長計,体重体組成計(OMRON, KRD-703T)を使用し測定した.

2) 主観的評価

対象者に,階段昇降運動負荷前後に呼吸困難感,下肢疲労感について修正ボルグスケールを用い,口頭で申告してもらった.修正ボルグスケール(Borg, 1982)は,主観的運動強度を測定する尺度で,「10.非常に強い~0.感じない」の12段階から成るリッカート尺度であり呼吸困難感,下肢疲労感の測定に用いられる(新貝・千住,2011).

3) 客観的評価

ResMoにて呼吸数(回/分),脈拍数(回/分),呼吸状態(吸息−1もしくは呼息1),SpO2(%),計測時間(秒)を測定した.

5. 分析方法

属性については記述統計を算出した.主観的評価項目は修正ボルグスケールをそのまま呼吸困難感,下肢疲労感のスコアとした.運動負荷前後の中央値と四分位偏差を算出し,運動負荷前後ごとの任意呼吸と呼息意識呼吸の比較には,Wilcoxonの符号付順位和検定を実施した.客観的評価項目については,運動負荷後の呼吸循環状態の回復時間(秒),呼吸数(回/分),脈拍数(回/分),SpO2(%),呼吸状態を呼吸循環状態の指標とした.呼吸循環状態の回復時間は,運動負荷終了後から運動負荷開始前の呼吸数に戻るまでの時間を秒単位で測定した値とした.呼息意識呼吸で実施した場合と任意呼吸で実施した場合とで条件を分け,運動負荷後の呼吸循環状態の回復時間(秒)についての2条件の比較には対応のあるt検定を用いた.なお,統計計算には統計解析ソフトJMP ver. 16(SAS Institute Japan,東京)を用い,検定は全て両側検定とし統計学的有意水準は5%とした.

6. 倫理的配慮

東京医療保健大学ヒトに関する研究倫理審査委員会の承認(承認番号:東立022-08,令和4年7月27日)を得て実施した.実験前に,研究協力への参加は自由意志であり,同意撤回しても大学の成績に一切関係しない,何ら不利益が及ばない旨を対象者に説明した.

Ⅴ. 結果

1. 対象者の属性(表1

対象者について,実験1回目の参加から2回目参加までの期間は最短3日,最長21日,平均8.1日であった.性別は,女性18名(100.0%)で,年齢は平均で21.4歳であった.身長は平均158.8 cm(標準偏差 [SD] ± 6.5)であった.体重は平均51.8 kg(SD ± 6.7)であった.BMIは平均21.1%(SD ± 3.2)であった.体重に対する骨格筋割合は平均25.5%(SD ± 1.3)であった.両下肢骨格筋割合は平均37.5%(SD ± 2.2)であった.運動経験が「なし」と答えた者は0名(0.0%),「あり」と答えた者は18名(100.0%)全員であった.運動習慣が「なし」と答えた者は11名(61.1%),「あり」と答えた者は7名(38.9%)であった.

表1 対象者の属性(n = 18)

項目 人数 % 平均 標準偏差
年齢 21.4 0.5
身長 cm 158.8 6.5
体重 kg 51.8 6.7
BMI % 21.1 3.2
骨格筋割合 % 25.5 1.3
両下肢骨格筋割合 % 37.5 2.2
運動経験 なし 0 0.0
あり 18 100.0
運動習慣 なし 11 61.1
あり 7 38.9    

BMI:Body Mass Index;体重(㎏)÷身長(m)2

2. 呼吸方法毎の階段昇降運動負荷中の吸息・呼息時間の比較(表2

任意呼吸では,平均I:E比が1:1.301であり,呼息意識呼吸では,平均I:E比が1:1.195であった.任意呼吸の平均吸息時間は39.1秒,平均呼息時間は50.9秒であった.呼息意識呼吸の平均吸息時間は41.0秒,平均呼息時間は49.0秒であった.任意呼吸に比べて呼息意識呼吸の方が,吸息時間が1.9秒延長していたが有意な差は認めなかった(t = –1.951, p = .068).

表2 呼吸方法毎の運動負荷中の吸息呼息時間の比較(n = 18)

任意呼吸 呼息意識呼吸 t p
平均吸息時間(秒) 39.1 41.0 1.951 .068
平均呼息時間(秒) 50.9 49.0 –1.951 .068
平均I:E比 1:1.301 1:1.195

任意呼吸条件下での運動負荷と呼息意識呼吸条件下での運動負荷における平均吸息時間について対応のあるt検定を実施した.また,平均呼息時間についても同様に対応のあるt検定を実施した.

I:E比(吸気時間呼気時間比)

3. 階段昇降運動負荷前後における任意呼吸と呼息意識呼吸の呼吸循環状態および下肢疲労感の比較(表3

運動負荷前の任意呼吸の修正ボルグスケールスコアの中央値および四分位偏差は呼吸困難感,下肢疲労感ともに0.0で,呼吸困難感および下肢疲労感(p = .625)の修正ボルグスケールスコアにおいて有意差は認められなかった.

表3 運動負荷前後における呼吸方法毎の呼吸循環状態の比較(n = 18)

任意呼吸 呼息意識呼吸 p
運動負荷前 運動負荷後 運動負荷前 運動負荷後
平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差
SpO2 97.5 1.7 95.1 3.4 97.8 1.1 95.8 2.3 .353a
脈拍数 84.9 9.1 82.3 23.1 96.8 10.3 93.7 25.9 .164a
呼吸数 22.6 3.7 27.9 4.8 27.3 7.3 26.4 6.2 .318a
中央値 四分位偏差 中央値 四分位偏差 中央値 四分位偏差 中央値 四分位偏差
呼吸困難感 0.0 0.0 3.5 1.1 0.0 0.0 3.0 0.5 .012b
下肢疲労感 0.0 0.0 2.0 1.0 0.0 0.0 2.0 1.0 .025b

a SpO2,脈拍数,呼吸数は,運動負荷後の任意呼吸と呼息意識呼吸とで対応のあるt検定を実施した.

b 呼吸困難感,下肢疲労感は,運動負荷後の修正ボルグスケールについて任意呼吸と呼息意識呼吸とでWilcoxonの符号付順位和検定を実施した.

運動負荷後の任意呼吸の修正ボルグスケールスコアについて,呼吸困難感の中央値は3.5,四分位偏差は1.1であった.下肢疲労感は中央値2.0,四分位偏差1.0であった.呼息意識呼吸の修正ボルグスケールスコアについて呼吸困難感の中央値は3.0,四分位偏差は0.5であった.下肢疲労感は中央値2.0,四分位偏差1.0であった.さらに,運動負荷後の修正ボルグスケールスコアにおいて呼吸困難感(p = .012),下肢疲労感(p = .025)ともに任意呼吸に比べて呼息意識呼吸が有意に低かった.

運動負荷前の任意呼吸のSpO2は平均97.5%(SD ± 1.7)であった.脈拍数は平均84.9回/分(SD ± 9.1)であった.呼吸数は平均22.6回/分(SD ± 3.7)であった.呼息意識呼吸では,SpO2は平均97.8%(SD ± 1.1)であった.脈拍数は平均96.8回/分(SD ± 10.3)であった.呼吸数は平均27.3回/分(SD ± 7.3)であった.さらに,運動負荷前の脈拍数(p < .0001)および,呼吸数(p = .012)に有意差が見られたが,SpO2では有意差は認められなかった(p = .573).

運動負荷後の任意呼吸のSpO2は平均95.1%(SD ± 3.4)であった.脈拍数は平均82.3回/分(SD ± 23.1)であった.呼吸数は平均27.9回/分(SD ± 4.8)であった.呼息意識呼吸では,SpO2は平均95.8%(SD ± 2.3)であった.脈拍数は平均93.7回/分(SD ± 25.9)であった.呼吸数は平均26.4回/分(SD ± 6.2)であった.さらに,運動負荷後のSpO2p = .353),脈拍数(p = .164),呼吸数(p = .318)について,任意呼吸と呼息意識呼吸との間に有意差は認められなかった.

4. 任意呼吸と呼息意識呼吸における呼吸循環状態の回復時間の比較(表4

任意呼吸および呼息意識呼吸における90秒間の階段昇降後の脈拍数および呼吸数が,運動負荷開始直前の数値に戻るまでの時間を回復時間として算出した.任意呼吸の脈拍の回復時間は平均34.4秒(SD ± 33.4)であり,呼吸の回復時間は平均27.2秒(SD ± 28.3)であった.呼息意識呼吸の脈拍の回復時間は平均23.9秒(SD ± 24.9)であり,呼吸の回復時間は平均8.7秒(SD ± 17.5)であった.また,呼吸の回復時間は,任意呼吸に比べて,呼息意識呼吸の方が有意に18.5秒短かった(p = .026).

表4 呼吸方法毎の運動負荷後の呼吸循環状態の回復時間の比較(n = 18)

任意呼吸 呼息意識呼吸 t p
平均 標準偏差 平均 標準偏差
脈拍の回復時間(秒) 34.4 33.4 23.9 24.9 –1.167 .259
呼吸の回復時間(秒) 27.2 28.3 8.7 17.5 –2.433 .026

対応のあるt検定

回復時間:運動負荷終了時の心拍・呼吸数から運動負荷開始直後の脈拍・呼吸数に戻るまでの時間

Ⅵ. 考察

1. 任意呼吸と呼息意識呼吸の相違

結果から,統計学的な有意差は無かったが任意呼吸と比較して呼息意識呼吸の吸息時間が延長傾向であった.連続した下肢運動に伴い,筋肉群における酸素の需要が高まり,呼吸回数が上昇する.しかし,呼息を意識して呼吸することによって,普段より呼吸筋を使った呼息が行われた.胸郭拡張差と最大吸気量は正の相関があり,最大吸息を促すことで一回換気量が増加する(小池ら,2017).本研究では呼息意識呼吸によって最大呼息を促し,それに伴って一回換気量が増加し最大吸気量が増加した結果と推察される.そのため,吸息の時間は延長するが,呼息については時間が延長しなかった.その原因として,運動呼吸同調現象の発生が考えられ,呼吸状態が階段昇降のテンポの影響を受けた可能性が挙げられる.運動呼吸同調現象とは,歩行や自転車運動,車椅子駆動といった一定のテンポで行う四肢の運動と呼吸リズムが影響を受け,お互いのテンポが同期化していく現象である(Bernasconi & Kohl, 1993).本研究では,運動呼吸同調現象の発生により,呼息および吸息時間の比の差が縮まり,吸息時間が延長したと考えられる.

2. 脈拍数について

運動負荷前の脈拍数,呼吸数はいずれも高値であった.しかし,複数人に観察されながらの実施や呼息意識という日常生活と異なる呼吸を実施したことによる緊張が脈拍数や呼吸数の高値に影響していたと考えられる.呼息意識呼吸では,主に心臓の副交感神経活動の賦活化による脈拍数上昇に対する抑制が加わる(松本ら,2008).本研究においても呼息意識呼吸による運動負荷後は脈拍数が減少していたことから,松本ら(2008)の先行研究結果を支持する結果となった.

3. 呼息意識呼吸が呼吸困難感・下肢疲労感に与える影響

本研究において,任意呼吸と比べて呼息意識呼吸は呼吸困難感が有意に低いことを示した.この要因として,肺の動的過膨張が関連していると推察する.運動によって換気量や呼吸数が増加するに従い,十分な呼出ができなくなるため,吐き残した空気が肺に連続的に蓄積される.この空気のとらえ込みによって肺の動的過膨張が生じると言われている(O’Donnell et al., 1999).Sibuya et al.(1994)は,肺の動的過膨張が生じることで,横隔膜の運動制限が生じ,運動制限された横隔膜は吸息筋として十分に働くことができなくなると報告した.また,横隔膜以外の吸息筋が動員されることで呼吸仕事量が増大し,横隔膜以外の吸息筋の呼吸仕事量が増大することで吸息補助筋は過緊張を引き起こす.胸郭運動に関係なく持続的な張力を発生させることで,呼吸層においては胸壁筋紡錘からの求心性刺激が生じ,呼吸困難感が発生することを明らかにした.これらの先行研究から,本研究での呼息意識呼吸による呼吸困難感の軽減は,呼出の促しで肺の動的過膨張が抑えられたことによるものと考えられる.動的過膨張が抑えられた結果,横隔膜が制限なく運動でき,吸息筋の過緊張や胸郭運動への張力の発生も抑えられ,結果的に呼吸困難感を発生させる胸壁筋紡錘からの求心性刺激が減少したと推察される.

下肢疲労感においても,任意呼吸と比べて呼息意識呼吸の方が有意に低いことを示した.本来,運動時には筋グリコーゲン(糖)を分解してエネルギーを供給する過程で乳酸が生じる(横山ら,2002).乳酸の生成過程で発生する水素イオンの影響により筋肉のpHバランスが酸性に傾くことと,エネルギー源である筋グリコーゲン(糖)の蓄えが少なくなることが筋肉疲労の原因と言われている(和田ら,2006).しかし,運動強度が低負荷で酸素需要量と呼吸による酸素摂取量が平衡状態にある場合,乳酸の生成過程でピルビン酸がTCA回路に入り,酸素によって酸化され,乳酸を生じない場合もある(横山ら,2002).本研究においても,呼息意識呼吸を行うことによって,一回換気量が増加し,また体重あたりの酸素摂取量も増加したことで,酸素摂取量が酸素需要量と平衡状態になり,呼息意識において下肢疲労感の有意な低下を示したと考えられる.

4. 呼息意識呼吸が運動後の呼吸回復に与える影響

本研究の結果では,任意呼吸に比べて,呼息意識呼吸による呼吸の回復時間は有意に短縮していた.横山ら(2002)は,横隔膜呼吸や口すぼめ呼吸の指導により換気効率が改善し,呼吸困難感軽減に有用であることを明らかにした.また,慢性呼吸不全患者に対する腹式呼吸訓練により,安静時一回換気量増加・呼吸数減少・換気効率上昇等の効果がある(Muller et al., 1970Sergysels et al., 1979)ことが分かっている.これらの横隔膜呼吸,口すぼめ呼吸,腹式呼吸訓練は呼息延長呼吸であり,呼息を意識させる呼吸である.横山ら(2002)の先行研究では,呼気ガス分析器等を使用し,呼息意識呼吸による一回換気量の増加や換気効率の向上について明らかになっている.本研究においても,吸息時間が延びていることから換気効率が向上していると考えられる.そのため,運動中に体内の二酸化炭素が効率よく排出され,多くの酸素を供給することができ,運動後の回復時間が短縮したと考える.

5. 本研究の強みと限界

本研究では,運動後の呼吸状態の回復に着目して実験を行った.階段昇降運動負荷にMaster2階段試験を取り入れることで,簡便にかつ実生活に近い運動で,呼吸方法の違いによる呼吸状態を客観的に比較することができた.修正ボルグスケールによる主観的評価に加えて,呼息,吸息を厳密に比率化せず,対象者には呼息意識呼吸を促すという臨床場面でも実践可能な介入によって呼吸状態の回復時間の変化について明らかにすることができた.リハビリテーションや日常生活において,運動に伴う負荷がかかる状況で,患者が呼吸困難感や下肢の疲労感を自覚している場合,呼吸を意識的に行うことで,運動中だけでなく運動後の呼吸状態の回復を促進できる可能性がある.このような場合に呼息意識呼吸を促すことで,呼吸困難感や下肢の疲労感によって生じうる患者のリハビリテーションに対する意欲低下を防いだり,日常生活援助時に安楽な方法で実施することに繋がったりすることが示唆された.しかし,本研究は対象者全員が健常な女子大学生で,人数が少なく十分な統計解析が実施できなかった.また,全員に運動経験があったことから,結果にはセレクションバイアスがかかっていることは否めず,本研究の結果の一般化可能性には検討の余地が残る.さらに,本研究の被験者において運動呼吸同調現象により呼吸が安定していた可能性もあり,運動呼吸同調現象の発生の有無を捉える実験を行っていく必要がある.

6. 今後の課題

今後は,対象者の年齢層や運動経験,呼吸器疾患への罹患歴を偏りなく選定し,研究することが望まれる.高齢者や呼吸器疾患患者のリハビリテーション等への本研究結果の実装や更なる一般化に向け,上記の課題を克服して実験研究を進めていく必要がある.

Ⅶ. 結論

運動負荷中に呼息意識呼吸を行うことが運動負荷後における呼吸状態および下肢疲労感に与える影響について以下の二つを明らかにした.本研究結果から,呼息意識呼吸は,任意呼吸に比べて,運動後の呼吸困難感,下肢疲労感を軽減し,呼吸の回復時間を短縮させることが示唆された.

1)運動負荷後の修正ボルグスケールにおいて呼吸困難感(p = .012),下肢疲労感(p = .025)ともに任意呼吸に比べて呼息意識呼吸の方が有意に低かった.

2)任意呼吸に比べて,呼息意識呼吸の方が呼吸の回復時間が有意に18.5秒短かった(p = .026).

付記:本研究は,東京医療保健大学東が丘看護学部に提出した卒業研究論文に加筆・修正を加えたものである.本論文の内容の一部は,第43回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞:本研究における実験にご参加いただきました18名の大学生の方々に厚く御礼申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:AM,KY,SM,SR,NR,MM,MU,MK,YK,HKは研究の着想およびデザイン,データの入手に貢献した.KY,SRは統計解析の実施,AM,KY,SM,SR,NR,MM,MU,MK,YK,HKは草稿の作成,CM,UK は原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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