Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Clues When Family Members of Patients With Malignant Brain Tumors Make Proxy Decisions—Focusing on Choices Related to Treatment Options and Caregiving Lifestyles—
Runa TokunagaFumiyo Ishikawa
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2024 Volume 44 Pages 668-677

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Abstract

目的:本研究は,悪性脳腫瘍患者の家族が治療方針や療養生活に関する代理意思決定をする際に,何を手がかりに決定に至ったのかを明らかにすることを目的とした.

方法:悪性脳腫瘍患者の家族7名に対して半構造化面接を実施し,回答を内容分析して「治療方針」と「療養生活」に関する決定の際の手がかりを抽出した.

結果:「治療方針」決定の手がかりでは6のテーマ,「療養生活」決定の手がかりでは7のテーマを生成した.手がかりの特徴として,過去に得られた患者の言葉や,様々な反応から推定した患者の意思,家族自身の価値観,就労や役割に関すること,家族が引き出した患者の思いを重視していることが挙げられた.

結論:悪性脳腫瘍患者の家族の代理意思決定に関わる看護師は,発症早期から家族とともに患者の小さな反応から手がかりを見つけ,それをチームで共有し,家族の援助行動につながるような手がかりを提供することが必要であると考える.

Translated Abstract

Objective: This study aimed to clarify what clues family members of patients with malignant brain tumors relied on when making proxy decisions regarding treatment options and caregiving lifestyles.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with seven family members of patients with malignant brain tumors to analyze the clues used during decision-making regarding “treatment options” and “caregiving lifestyles.”

Results: Six themes were generated for clues used in decision-making about “treatment options,” and seven themes were generated for clues used in decision-making about “caregiving lifestyles.” The characteristics of these clues included patient’s past statements, inferred patient preferences from various reactions, family values, employment and roles, and the patient’s expressed thoughts drawn out by the family.

Conclusion: Nurses involved in proxy decision-making for family members of patients with malignant brain tumors should start identifying clues from the patient’s early stages of onset, share them within the team, and provide clues that lead to supportive actions by the family.

Ⅰ. 緒言

悪性脳腫瘍は進行が速く,発症間もない時期から認知機能の低下を認めることがある.そのため,悪性脳腫瘍患者の家族は,患者が意思疎通困難となった場合,代理意思決定者としての役割を担うことになる(Fritz et al., 2020).国民を対象とした意識調査では,家族を看取った経験を持つ国民の多くが,患者の意向を把握できずに心残りを感じていると回答している(厚生労働省,2018).代理意思決定を要するまでの期間が短い悪性脳腫瘍患者の家族は,この報告以上に心理的苦痛を抱えているのではないかと推察される.

代理意思決定者が患者の意向を把握する支援の一つとして,アドバンスケアプランニング(ACP)がある.悪性脳腫瘍患者は,病状の進行により,周囲の人々との意思疎通が困難になるため(成田,2007),ACPのニーズは高いと考えるが,悪性脳腫瘍患者を対象としたACPの支援に関する国内の先行研究は,実態調査のレベルであり,その数も限られている.国外の研究では,悪性脳腫瘍患者のACPにおける対話と文書化の重要性,エンドオブライフケアにおけるサービスの利用,最期の療養場所などに関する報告がある(Wu et al., 2021).しかし,国外においても治療方針に関する悪性脳腫瘍患者の意向の共有は課題であり(Wu et al., 2021),療養生活の選択に関しては症例検討に留まっている.

悪性脳腫瘍患者の代理意思決定に関する研究において,家族は,患者の思いを代弁できるのは自分しかいないと自己存在の意義を信じ(鈴木,2011),代理意思決定を行う覚悟を決めている(宇美・吉田,2012).一方で,家族は患者の意思に確信を持てないまま代理意思決定に至っているが(横内ら,2007),患者の意思を汲み取る困難や(宇美・吉田,2012),患者との関係性の変化や責任に対する負担(Faithfull et al., 2005)が報告されている.これより,悪性脳腫瘍患者の家族は限られた時間の中で負担や戸惑いを抱えながら代理意思決定を行っているといえる.しかし,家族が何を手がかりに患者の意向を把握し,治療方針や療養生活に関する代理意思決定をしているのかは明らかにされていない.今後,患者の意向を反映したその人らしい生活をかなえるためには,ACPが必要といえる.しかし,現在,悪性脳腫瘍患者に対するACPは不十分であることから,その前段階として代理意思決定を経験した家族を対象に,代理意思決定に依拠する手がかりを明らかにする必要がある.

認知機能の低下により,代理意思決定を要する状態に至る疾患としては,認知症や脳卒中がある.認知症者は長期的な介護負担も考慮する必要がある点で,悪性脳腫瘍患者の場合と異なる(牧野ら,2018塩崎ら,2020).脳卒中患者の場合は,家族が事前に患者の意向を確認することが難しく,短時間で生命維持に直結する選択を迫られる点で悪性脳腫瘍患者と異なる(鳥越・福原,2015飯塚ら,2020).そのため,悪性脳腫瘍患者独自の特徴を踏まえて,今後の代理意思決定支援の方法を検討する必要がある.

悪性脳腫瘍患者に関わる看護師には,患者が自分らしい時間を過ごし,家族の苦悩の軽減に向けた支援が求められる.しかし,患者の不確実な意向を汲み取って関わることは難しく(古川,2015野中,2016),悪性脳腫瘍患者に対する代理意思決定は,看護師にとっても課題である.

以上のことから,悪性脳腫瘍患者の家族に対する代理意思決定支援を検討するために,まずは,家族が治療方針や療養生活に関して代理意思決定をする際に,どのようなことを手がかりにしたのかを明らかにする必要がある.これにより,代理意思決定における家族の苦悩を軽減する援助の示唆が得られると考える.また,看護師にとっても,日頃の看護支援の中で意図的にその手がかりに結びつくケアの検討が期待できる.それが悪性脳腫瘍患者の自分らしさや尊厳を守ることにもつながるのではないかと考える.

Ⅱ. 研究目的

悪性脳腫瘍患者の家族が治療方針や療養生活に関する代理意思決定をする際に,何を手がかりに決定に至ったのかを明らかにすること.

Ⅲ. 用語の定義

本研究における「手がかり」は,広辞苑第7版(新村,2018)を参考に,「治療方針や療養生活の決定の際に,家族が判断のための拠り所にしたもの」と定義する.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究では,悪性脳腫瘍患者の家族の語りに基づいて,代理意思決定をする際の手がかりの一般化を目指す.そのため,研究デザインは観察研究とした.

2. 研究参加者

研究参加者は,成人期(18~64歳)にある悪性脳腫瘍患者の治療方針や療養生活に関して代理意思決定を行ったことがあり,研究参加に際して支障をきたすような心身の障害がなく,コミュニケーションが可能な家族とした.

3. データ収集期間

2022年6月~8月

4. データ収集方法

プライバシーを守ることのできる個室またはオンラインで,インタビューガイドに基づき,一人1回,30~60分の半構造化面接を行った.

5. データ収集内容

研究参加者と患者の基本属性,代理意思決定の場面で印象に残っていること,実際の決定,決定に至る手がかり,手がかりは研究参加者や患者にとってどのような意味があったかなどについて,治療方針と療養生活の2つの視点からデータ収集を行った.

6. データ分析方法

Graneheim & Lundman(2004)が示した方法に基づいて内容分析を行った.悪性脳腫瘍患者の家族の語りから,代理意思決定の手がかりを明らかにするため,内容分析が適すると考えた.得られたデータから逐語録を作成し,代理意思決定をする際の手がかりが読み取れる記述を,治療方針と療養生活に関することの2つに分けて,意味内容が損なわれないように整えたものをコードとした.抽出されたコードを意味内容に合わせてカテゴライズした.データの解釈と分析におけるバイアスを最小限にするために,研究者の主観を逐語録内に括弧付けで補い,研究者が単独でコードとサブカテゴリーを生成した.その後,質的研究の経験豊富な研究者とすべてのコード,サブカテゴリーを再検討し,解釈の合意に至るまで精錬した.同様のプロセスを踏み,カテゴリー,テーマを生成した.分析の過程では内容分析を熟知する複数の研究者よりスーパーバイズを受けた.これにより,分析の信頼性と妥当性の確保に努めた.

7. 倫理的配慮

本研究は,上智大学「人を対象とする研究」に関する倫理委員会の承認を得て実施した(受付番号:2022-04).また,研究協力団体の責任者に研究協力の承諾を得た.研究参加者には,研究の目的,個人情報の管理,研究参加の自由意思と同意撤回の権利について,文書と口頭で説明し,研究同意書に署名を得た.

Ⅴ. 研究結果

1. 研究参加者(表1

研究参加者は,成人期にある悪性脳腫瘍患者の治療方針や療養生活に関して代理意思決定を行ったことのある悪性脳腫瘍患者の家族7名であった.7名のうち5名は診断時から,2名は病状の進行により患者自らが決定することが困難となり,代理意思決定に至っていた.また,7名のうち6名は患者と死別後1年以上経過しており,1名は自宅療養中の患者をサポートしていた.インタビュー時間は,平均61分であった.

表1 研究参加者の概要

研究参加者 患者
年齢 性別 患者との続き柄 年齢 性別 同居家族 社会的役割 闘病期間 認知機能の低下 転帰
A 40歳代前半 40歳代 妻,子ども3人 会社員 3年 診断時から 死亡
B 30歳代後半 30歳代後半 妻,両親,子ども 会社員 2年11か月 診断時から 死亡
C 50歳代前半 10歳代後半 両親,姉 学生 7年2か月 病状の進行による 死亡
D 50歳代前半 50歳代前半 会社員 1年 診断時から 死亡
E 50歳代後半 60歳代前半 妻,子ども2人 退職後 4年6か月 診断時から 死亡
F 40歳代前半 60歳代前半 専業主婦 1年 診断時から 死亡
G 60歳代前半 20歳代前半 両親,弟,妹 学生 6年6か月 病状の進行による 療養中

2. 分析結果

得られたデータを分析した結果,代理意思決定をする際の手がかりとして,治療方針に関することは100のコードが抽出され,それらは類似性により22のサブカテゴリー,8のカテゴリーにまとめられた.最終的に【主治医から提示された治療方針】【情報源が少ない中で家族が得た病気や治療についての情報や知識】【症状の悪化から感じた生命の危機】【患者から発せられる治療についての言葉や反応】【患者の性格や生き方から推定する治療への希望】【患者にとってより良い治療であることを望む家族の思いや価値観】という6のテーマを生成した.また,療養生活に関することは163のコードが抽出され,それらは類似性により28のサブカテゴリー,14のカテゴリーにまとめられた.最終的に,【患者から発せられる暮らし方についての言葉や思い】【患者の反応や生きた過程から推定する暮らし方への希望】【患者の機能を最大限に活かすために患者自身でできること】【生活を送る上でできないことが増えていくことへの気付き】【残された時間の過ごし方への家族のベースにある思いや価値観】【療養の場についての家族員からの了承】【医療者からの自宅で生活する際に役立つアドバイス】という7のテーマを生成した.

以下,テーマは【 】,カテゴリーは〈 〉,サブカテゴリーは[ ],研究参加者の語りは「 」,語りの中にある発言は『 』で示す.語りにおけるA~Gの表記は研究参加者,語りの補足は( )を示す.

1) 治療方針に関することの手がかり(表2

代理意思決定の手がかりのうち,治療方針に関することとして生成された6つのテーマについて示す.

表2 代理意思決定をする際の手がかり:治療方針に関すること

テーマ カテゴリー サブカテゴリー
主治医から提示された治療方針 納得のいく治療方針の提示 信頼している主治医からの提案
標準治療に基づいた納得できるような治療方針の提示
それぞれの選択肢のメリットやデメリットについての説明
選択の余地のない状況や強い勧め 納得せざるを得ない主治医からの唯一の治療方針の提示
症状が急速に進行し治療の緊急性に迫られる状況
情報源が少ない中で家族が得た病気や治療についての情報や知識 情報源が少ない中で家族が得た病気や治療についての情報や知識 限られた情報の中で調べた結果
講演会や論文から得た医学的な知識
症状の悪化から感じた生命の危機 症状の悪化から感じた生命の危機 症状の悪化から感じた生命の危機
患者から発せられる治療についての言葉や反応 発症後に患者から伝えられた治療に関する希望 患者から伝えられていた今後の治療についての希望
患者の望む生き方
どこまで理解しているかわからない中でも得られる患者の言葉や反応 治療に対する意思の表出がないこと
どこまで理解しているのかわからない中でも得られる患者の肯定的な反応
患者から治療に対する否定的な反応がないこと
患者の反応から読み取ることができる治療の苦痛
患者の性格や生き方から推定する治療への希望 患者の性格や生き方から推定する治療への希望 患者だったらどうするだろうという問い
家族を病気で亡くしたという患者の経験
患者がより良い治療を受けることを望む家族の思いや価値観 患者がより良い治療を受けることを望む家族の思いや価値観 患者に苦痛や負担をかけたくないという思い
今ある機能を残したいという思い
家族自身の人生経験から得た治療に対する思い
わずかでも効果があるならという治療への望み
家族が考える患者にとっての幸せ
治療の効果が見えず治療の意味を見出せなかったこと

(1) 【主治医から提示された治療方針】

このテーマは,主治医から納得のいく治療方針を提示されたこと,緊急治療の必要性やほかに選択の余地がないと説明されたことを,治療方針選択の際の手がかりにしているということを意味しており,2つのカテゴリーで構成される.

「医師から『(手術を)やったほうがよさそうかな』と話を聞いて.私もそれならと思って」(D)という語りにあるように,〈納得のいく治療方針の提示〉を手がかりとしていた.一方,「病院から言われていたのがその方法しかなかったので」(F)という語りにあるように,〈選択の余地のない状況や強い勧め〉で諦めにも近い納得感で治療方針を決定している家族もいた.

(2) 【情報源が少ない中で家族が得た病気や治療についての情報や知識】

このテーマは,同名のカテゴリーで構成され,悪性脳腫瘍の疾患の希少性,患者自身から発信される情報の少なさ,治療法の選択肢の少なさなどを背景に,アクセスできる情報源が少ない中で,家族が得た情報や知識を治療方針の選択の際の手がかりにしているということを意味する.

「インターネットとかで調べて,もしかしたら手術しかないんだろうなと.私は理解して,病院に行っていた」(E)という語りにあるように,〈情報源が少ない中で家族が得た病気や治療についての情報や知識〉を手がかりとして活用しながら治療方針を決定していた.

(3) 【症状の悪化から感じた生命の危機】

このテーマは,同名のカテゴリーで構成され,患者の症状の進行を目にして感じた命の危機を治療方針の選択の際の手がかりにしているということを意味する.

「どんどんどんどん悪くなっているのを見ていたので」(E)や「明らかに(症状の訴え方が)異常でした.命に影響があるからって思って」(F)という語りにあるように,〈症状の悪化から感じた生命の危機〉から治療の必要性を強く感じたことが治療方針決定の決め手になっていた.

(4) 【患者から発せられる治療についての言葉や反応】

このテーマは,患者が治療についてどこまで理解しているかわからない中で得られる患者の言葉や反応を治療方針の選択の際の手がかりにしているということを意味しており,2つのカテゴリーで構成される.

「『とにかく長く生きたいから取れるだけ(腫瘍を)取ってほしい』と.それは話していたので」(C)という語りにあるように,話し合いの機会を設けていたことで得られた〈発症後に患者から伝えられた治療についての希望〉に価値をおき,治療方針の選択をしていた.「薬(抗がん剤)を渡せば夫は飲んでくれるし,じゃあ頑張るのかなと」(A)という語りにあるように,〈どこまで理解しているのかわからない中でも得られる患者の言葉や反応〉を,言語を介して意思を伝えることが難しくなる患者からの唯一の意思表示と捉えていた.

(5) 【患者の性格や生き方から推定する治療への希望】

このテーマは,同名のカテゴリーで構成され,病状の進行により決定を迫られた時点で患者の明確な意向の確認が困難なため,家族が患者のこれまでの生き方を基に,患者の希望を推定し,それを治療方針選択の際の手がかりにしているということを意味する.

「想像するしかないんですけど,夫が病気になる前に,身内が亡くなったときの夫の様子とか」(B)という語りにあるように,〈患者の性格や生き方から推定する治療への希望〉を汲み取りながら治療方針の選択をしていた.

(6) 【患者にとってより良い治療であることを望む家族の思いや価値観】

このテーマは,同名のカテゴリーで構成される.家族は,より良い治療を,患者の苦痛や負担がなく,少しでも長く時間を共有できるような治療であると判断していた.この判断に基づき,時間や選択肢に限りがあり,かつ患者からの明確な意思表示が少なくなってきた時期の治療選択において,代理意思決定者としての役割を担う家族の思いや価値観を治療方針選択の際の手がかりにしているということを意味する.

「本人にとってどうなのか,それ(治療)が大きなマイナスにならないか」(D)という語りにあるように,〈患者にとってより良い治療であることを望む家族の思いや価値観〉に基づいた治療方針の選択がされていた.

2) 療養生活に関することの手がかり(表3

代理意思決定の手がかりのうち,療養生活に関することとして生成された7つのテーマについて示す.

表3 代理意思決定をする際の手がかり:療養生活に関すること

テーマ カテゴリー サブカテゴリー
患者から発せられる暮らし方についての言葉や思い 脳の働きが低下していく中で患者から発せられる言葉や思い 自ら語ることが少なくなる中で患者から発せられる言葉
患者から伝わる職場や家族への気遣い
患者が選択しやすいようにコミュニケーション方法を工夫して引き出した患者の思い イエス・ノーで答えられるような問いで引き出した患者の思い
患者が選択しやすいように具体的な選択肢を示しながら引き出した患者の思い
患者の反応や生きた過程から推定する暮らし方への希望 言葉として表出することができない患者の様子や反応 患者からの否定的な発言や強い希望がないこと
生活の中で患者が示す喜怒哀楽
療養生活を過ごす中で気付く患者の新たな一面
患者の大切にするものや生き方 患者の性格
患者の趣味や嗜好
患者が家族を優先していたこと
患者が今まで歩んできた人生のスタイル
患者の機能を最大限に生かすために患者自身でできること 患者の機能を最大限に生かすために患者自身でできること 日常生活を維持するために患者自身ができること
役割を維持するために患者自身ができること
生活を送る上でできないことが増えていくことへの気付き 日常生活や社会生活を営むことが困難になったこと 患者自身が感じていた機能の低下とサポートの必要性
仕事の継続が困難になったこと
飲み込みが難しく口から食べられなくなったこと
安全の確保や危険の回避が困難になったこと 介助をした方が安全性が高いということ
肺炎を起こすことへの恐れ
時間の限りや治療経過を踏まえた家族のベースにある思いや価値観 時間の限りや今までの治療経過を踏まえた家族として思う時間の使い方 多くの治療を乗り越えてきた患者にこれ以上苦痛や負担をかけたくないという思い
限られた時間であることを踏まえた患者にとってのより良さ
家族で過ごす時間の尊さ
食事の意味するところは栄養だけじゃないという思い 食事の意味するところは栄養だけじゃないという思い
病気や障害を理由に制限を感じないでほしいという願い 社会との接点を持っていてほしいという願い
病気や障害があることを気に病まないでほしいという願い
家族が期待するその年代として生きる患者のありよう 家族が期待するその年代として生きる患者のありよう
発症前にできることをしてもらえばよかったという家族の後悔 発症前にできることをしてもらえばよかったという家族の後悔
療養の場についての家族員からの了承 療養の場についての家族員からの了承 療養の場についての家族員からの了承
医療者からの自宅で生活する際に役立つアドバイス 医療者からの自宅で生活する際に役立つアドバイス 医療者からの自宅で生活する際に役立つアドバイス

(1) 【患者から発せられる暮らし方についての言葉や思い】

このテーマは,患者がどこまで理解しているかわからない中で,患者が発する言葉や伝わってくる思いを,療養生活に関することを選択する際の手がかりにしているということを意味しており,2つのカテゴリーで構成される.

「ちょっと動きづらくなっても,『なんとか役に立ちたい』と言っていました」(C)という語りにあるように,〈脳の働きが低下していく中で患者から発せられる言葉や思い〉を頼りに,患者が実施可能な日々の取り組みを選択していた.「失語症で,首を振ったりでコミュニケーションを取っていました」(B)という語りにあるように,〈患者が選択しやすいようにコミュニケーション方法を工夫して引き出した患者の思い〉を反映できるような選択を心掛けていた.

(2) 【患者の反応や生きた過程から推定する暮らし方への希望】

このテーマは,病状の進行から聴取することのできない患者の現在の思いを,患者の反応やこれまでの生き方から推定して,療養生活に関することを選択する際の手がかりにしているということを意味しており,2つのカテゴリーで構成される.

「本当にはっきり顔にでるんですよ,つまんないとつまんなそうにするし」(D)という語りにあるように,〈言葉として表出することができない患者の様子や反応〉や,「本人が元気だったときのことを思い出しながら」(B)という語りにあるように,〈患者の大切にするものや生き方〉には,患者の思いが反映されていると考え,これを療養生活決定の際の手がかりとしていた.

(3) 【患者の機能を最大限に活かすために患者自身でできること】

このテーマは,同名のカテゴリーで構成され,患者の今ある機能を最大限に活かした上で,日常生活や役割遂行のために患者自身でできることを療養生活に関することを選択する際の手がかりにしているということを意味する.

「入院前のぼけぼけのときも,お弁当は一生懸命作ろうとしていて,でも作り方はわからなくて.ただすごい意思を感じられて,やりたい意思」(F)という語りにあるように,〈日常生活や役割を維持するために患者自身でできること〉を探して,それを生活の中に組み入れられるように調整していた.

(4) 【生活を送る上でできないことが増えていくことへの気付き】

このテーマは,日常生活を行うにあたり,患者一人ではできないことが増えているという気付きを,療養生活に関することを選択する際の手がかりにしているということを意味しており,2つのカテゴリーで構成される.

「本当にものが飲み込めなくなっていて」(C)という語りにあるように,〈日常生活や社会生活を営むことが困難になったこと〉や,「ショートステイに行くとお風呂に安全に入れる」(D)という語りにあるように,患者の機能の低下により〈安全の確保や危機の回避が困難になったこと〉への気付きから,患者が安全に過ごすことができるような環境の調整をしていた.

(5) 【残された時間の過ごし方への家族のベースにある思いや価値観】

このテーマは,認知機能の低下により,患者から明確な意思に基づいた同意が得られるかはわからない中で,家族が時間に限りがあることを理解し,患者のことを考慮した家族の思いや価値観を療養生活に関することを選択する際の手がかりにしているということを意味しており,5つのカテゴリーで構成される.

「みんなから大切にされてるって思えるためにはどうしたらいいか」(D)という語りにあるように,〈時間の限りや今までの治療経過を踏まえた家族として思う時間の使い方〉,「食べさせてもらうよりは,自分で食べたほうがおいしいんじゃないかな」(E)という語りにあるように〈食事の意味するところは栄養だけじゃないという思い〉など,患者のより良さを考えて,日々の過ごし方や介助方法を選択していた.また,「みじめな気持ちにならず過ごしてほしい」(D)という語りにあるように,〈病気や障害を理由に制限を感じないでほしいという願い〉,「友達とか親戚が遊びに来てくれてて,治療の様子がわかる状態は避けたいなと」(C)という語りにあるように,〈家族が期待するその年代として生きる患者のありよう〉など罹患前の生活を維持しようという思いを基盤に持つ家族もいた.「もっとあの時,やりたいことをやってもらえばよかった,とかね」(E)という語りにあるように,〈発症前にできることをしてもらえばよかったという家族の後悔〉を活かした療養生活の選択もされていた.

(6) 【療養の場についての家族員からの了承】

このテーマは,同名のカテゴリーで構成され,家族員からの了承が療養生活に関することの決定の際の手がかりになっていたことを示す.

「家族の協力なしには(自宅での生活は)できないので,家族の一言でしたね」(B)という語りにあるように,〈療養の場についての家族員からの了承〉が自宅療養の選択に踏み切るための後押しとなっていた.

(7) 【医療者からの自宅で生活する際に役立つアドバイス】

このテーマは,同名のカテゴリーで構成され,医療者からの生活に役立つアドバイスが療養生活に関することの決定の際の手がかりになっていたことを示す.

「STさんに具体的に教えてもらったのが,すごく参考になりました」(A)という語りにあるように,〈医療者からの自宅で生活する際に役立つアドバイス〉を自宅環境や介助方法の調整に活かしていた.

Ⅵ. 考察

1. 悪性脳腫瘍患者の家族が代理意思決定をする際の手がかりの特徴

悪性脳腫瘍患者の家族が代理意思決定をする際の手がかりの特徴として,家族が推定した患者の意思,家族自身の価値観,医療者からの支援を用いていることが指摘できる.

1) 家族が推定した患者の意思

悪性脳腫瘍患者の家族は,認知機能が低下する前に得られた患者の価値観など,「過去の時点で」患者から伝えられた思いを,その先も長く手がかりとしていると考える.このことは,認知症者の場合と類似するが(牧野ら,2018),認知症者は意思決定能力が保たれている期間が長く,その間に本人の意思確認は十分に可能であるとされている(塩崎ら,2020).一方,悪性脳腫瘍患者では,認知機能が低下するまでの期間が短く(成田,2007田代・藤田,2019),得られる手がかりが少ないという点で認知症者の代理意思決定の様相とは異なっている.

治療方針に関する代理意思決定の際には,患者の急速な病状の進行に伴って感じる生命の危機的状況を手がかりとしていた.他のがん患者の家族では,治療について患者の意思を繰り返し確認する機会が増加する(田代・藤田,2019)のに対し,悪性脳腫瘍患者の家族は,短時間で治療選択を迫られるという違いがある.救急領域の患者でも同様のことがあるが,急性重症患者の場合は,発症後に患者と家族が話し合いの場を持つことが困難であることが多い(鳥越・福原,2015).悪性脳腫瘍患者の家族は,不確実でありながらも,診断後に患者と意思疎通を図りながら,意向を汲み取ることが可能である点で,救急領域での代理意思決定とは異なっている.

一方,療養生活に関する代理意思決定の際には,患者から発せられる言葉や反応など,患者から得られるサインが手がかりとして多く抽出された点が特徴的であった.これは,認知症者の場合にも,同様であった(相場・小泉,2011).悪性脳腫瘍患者と認知症者には,認知機能の低下が生活に大きな影響を及ぼす共通点がある.実生活に焦点を当て,生活状況や限定された条件の中で,患者のサインを手がかりとすることは,療養生活に関する代理意思決定の特徴的な点だと考える.

2) 家族自身の価値観

悪性脳腫瘍患者の家族が代理意思決定をする際には,代理意思決定をする家族自身の価値観も手がかりとなっていた.悪性脳腫瘍患者の尊厳を守るために意思決定支援の重要性は指摘されているが,未だに家族が代理意思決定を迫られることが多い現状が報告されている(Fritz et al., 2020).認知症者に対する代理意思決定においても,家族の価値観が手がかりとされているが(相場・小泉,2011),その理由として見通しの立ちにくい状況の中で家族自身の生活や介護負担を考慮しなければならないことが指摘されている.一方,本研究では,介護期間が短いためか,家族の介護負担に関する語りはなく,同じ家族の価値観でも,それを手がかりとする背景は異なっていると考える.

また,家族自身の価値観の中でも,特に療養生活に関する代理意思決定においては,患者の就労や役割の継続に関することを手がかりとしていたことが特徴的である.成人期にある人は,職業役割の遂行や,経済的基盤の構築という発達課題を持ち(小松,2022),社会的責任が大きい(Havighurst, 1997/2004).そのため,たとえ就労・復職できなくても,患者が生活する過程を意味のある時間に感じられることが重要である.これらの理由から,家族は「患者の良い状態」に着目し,患者の年齢に応じた社会活動への参加をサポートしていたのだと考える.

3) 医療者からの支援

悪性脳腫瘍患者の家族が代理意思決定をする際の手がかりとして,医療者からの支援も抽出された.本研究の参加者の多くは“ぼんやりしている”という状態を捉えて,医療機関を受診し,短期間で代理意思決定が必要な場面に直面していた.家族は,患者の価値観の尊重という基本に根差し(厚生労働省,2018),医療者からの支援を頼りに,代理意思決定をしているのだと考える.これは,救急領域での予期しない状況における代理意思決定で言及される,医療者のサポーティブな主導に一致している(Leiter et al., 2018).しかし,悪性脳腫瘍患者の場合は,認知機能の低下はあるものの,患者の意思を汲み取る猶予があり,また,その代理意思決定の内容は,生命の存続に関することに限らない.そのため,悪性脳腫瘍患者の代理意思決定における医療者の支援は,家族とともに一緒に考えるという要素が色濃く示されたのだと考える.

本研究では,同じ医療者からの支援でも,治療方針に関する代理意思決定では,専門的な知識や判断を有する選択のためか(神徳・池田,2017),医療者からの提示という受動的な性質をもつ一方,療養生活に関する手がかりは,家族の抱える困難に即した能動的な側面を有していた.療養生活に関する代理意思決定の内容は,希望する生活をかなえるための留意点など,細かな内容が含まれるためだと考える.

2. 今後の看護への示唆

看護師には,代理意思決定者となる家族に対して,手がかりを共に見つけ,時には提供し,共有する支援が求められると考える.

代理意思決定の際,患者から表出されるあらゆる意思が手がかりになると述べられているが(厚生労働省,2018),悪性脳腫瘍患者の場合,患者の意思が必ずしも言葉として得られるとは限らない.そのため,看護師は,表出がないことすらも,手がかりになり得ることを理解し,家族が手がかりを見つけられるよう支援する必要がある.逆に,患者から得られた言葉や反応が本人の意思を正確に反映しているとも限らず,患者の反応を家族と繰り返し確認することも,患者の意向を反映した代理意思決定につながると考える.また,本研究では,就労や役割遂行の継続に関することも,手がかりとして重要視されていた.これは,成人期にある人がその人らしい時間を過ごすためには,仕事や後進育成を通して達成できる自己実現が必要である(Havighurst, 1997/2004)ことが背景にあると考える.そのため,看護師は,低次の欲求の充足だけでなく,自己実現に向けた患者のニーズを汲み取ることができるよう,患者の社会的背景や生活史を踏まえて,患者を生活者として尊重しながら関わる姿勢をもつことが必要である.

本研究では,医療者のアドバイスも手がかりとなることが示された.患者が自立した生活を送るために,患者の今ある機能から考えられる日常生活活動の介助方法や,患者に対する関わり方を選択できるような手がかりを提供することも必要だと考える.情報提供型の支援は,家族ができる支援を実施するために有効だと述べられているように(山本ら,2012),患者の機能を踏まえた介助方法の提示は,療養生活を営むための方略の選択を容易にすると考える.そのため,提示する手がかりの内容には,日常生活の援助を通して得られる患者の反応など,切れ目なく患者をケアしている看護師だからこそ見つけることのできるものが含められる必要がある.

さらに,本研究では,代理意思決定をする際に家族自身の価値観も手がかりとなることが示された.家族が自身の中にある患者像と会話をする行動は,患者とのつながりを反映した家族間の関係性の再構築に有効であると述べられている(長谷川・吉田,2022).家族が患者の最善を考慮した上で自身の価値観を問い,それを意識化することは,家族として納得した選択のためにも重要である.そのため,看護師は,家族が意識化された価値観を表出できる場の調整を行うことが必要だと考える.

患者の意思を反映した,患者の希望する暮らしを実現するために,家族と共に見つけた,あるいは家族に提供した手がかりは,家族と医療者がチーム内で継続的に共有することが重要だと考える.患者や家族の意向は変わりゆくため(厚生労働省,2018),代理意思決定支援においては,経時的な変化や揺れ動く心情のダイナミズムを活かす必要がある.しかし,悪性脳腫瘍患者の場合,周囲が変わりゆく患者の心情を捉えきれない可能性がある.看護師が家族や他職種と患者の意思が反映された手がかりを共有することは,患者の変わりゆく心情を捉え,患者にとって最善で,家族にとって困難感や後悔が少ない代理意思決定の実施につながると考える.

一般に,看護師は患者の代弁者(多崎ら,2011),チームの調整役(柴﨑,2016)といった役割を持つ.看護師は,日常生活の援助を通して患者の意思を汲み取り,手がかりをチームに共有する代弁者,調整役の役割を発揮しながら,他職種と協働していく必要がある.悪性脳腫瘍患者の場合,言語や身体機能の低下が生じるため,特にリハビリテーションスタッフと協働することで,患者の今ある機能の理解や,それを踏まえた日常生活の援助方法など,家族にとってより具体的な手がかりを提供することができる.これにより,家族は患者の機能を最大限に活かした生活を営む方略を選択できると考える.さらに,他職種の視点からの助言については,患者のどのような意思を反映しているのか説明を受け,それを家族と共有することで,家族はより具体的で専門性の高い手がかりを得られると考える.そのため,看護師には,他職種からの提言をもらえる場の調整も求められている.

Ⅶ. 本研究の限界と今後の課題

悪性脳腫瘍は発生率が低く,研究報告も少ないため,今回収集したデータには意義があると考える.しかし,本研究で得られた結果はインタビュー調査により提供された情報のみに基づくものである.また,研究参加者と患者の続柄や年齢にばらつきがあり,結果に個人特性が反映されている可能性があることから,データの一般化には限界がある.今後は,本研究の結果をもとに,研究参加者の基本属性の違いによる手がかりの違いを検討しながら,治療方針や療養生活に関する代理意思決定の際の手がかりの全容を一般化するとともに,手がかりを見つけ,提供し,共有するために効果的な看護支援の具体的な方法を検討する必要がある.

Ⅷ. 結論

本研究は,今後の悪性脳腫瘍患者の家族の代理意思決定支援の示唆を得るために,成人期にある悪性脳腫瘍患者の家族が代理意思決定をする際,何を手がかりに決定に至ったのかを明らかにすることを目的として実施した.結果として,以下のことが明らかになった.

1.悪性脳腫瘍患者の家族は,過去に得られた患者からの言葉,小さな反応から推定した患者の意思,家族自身の価値観を,代理意思決定をする際の手がかりとしていた.特に,治療方針に関することでは,医師からの治療方針の提示や生命の危機的状況を手がかりとしていた.また,療養生活に関することでは,患者から得られるサインや就労や役割の継続に関することを手がかりとしていた.

2.看護師は,発症早期から家族と共に患者の小さな反応から手がかりを見つけ,それをチームで共有し,家族の援助行動につながるような手がかりを提供することが必要である.

付記:本研究は2022年度上智大学大学院総合人間科学研究科看護学専攻に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.本論文の内容の一部は,第43回日本看護科学学会学術集会および第61回癌治療学会学術集会において発表した.

謝辞:本研究に当たり,研究にご協力いただきました研究参加者の皆様,研究へのご理解とご協力を賜りました脳腫瘍患者家族会の皆様に深く感謝いたします.そして,故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます.

利益相反:本研究において,開示すべき利益相反はありません.

著者資格:RTは,研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,原稿の作成まで研究全体に貢献した.FIは研究の着想,デザイン,原稿への示唆に貢献した.

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