2025 Volume 45 Pages 286-294
目的:本研究の目的は認知症高齢者の術直後の床上安静期において,高度実践看護師(老人看護専門看護師・認知症看護認定看護師)が実施している患者・看護師双方に安楽をもたらす看護ケアの工夫について明らかにすることである.
方法:急性期病院に勤務する高度実践看護師6名を対象に半構造化面接を実施し,質的内容分析を行った.
結果:【興奮や混乱に繋がる予兆への初期対応】【床上安静に伴う苦痛の低減】【身体拘束に頼らない術後管理の工夫】の3つのカテゴリーが抽出された.これらの工夫は,認知症高齢者にとって術後安静に起因する不快感や苦痛の低減,せん妄や混乱の軽減のみならず,看護師にとってもケアの困難感を軽減するものであった.
結論:安静に伴う不快症状を緩和し,薬の使用タイミングを見定め,疼痛緩和や術当日の睡眠の確保を図り,身体拘束の解除に力を注ぐことが患者・看護師双方に安楽をもたらす看護であることが示唆された.
Aim: The purpose of this study is to elucidate the care innovations practiced by advanced practice nurses (geriatric nurses and certified dementia nurses) on elderly dementia patients during the postoperative bed rest period to provide optimal rest for both patients and nurses.
Method: Semi-structured interviews were conducted with six advanced practice nurses working in acute care hospitals, and a qualitative content analysis was carried out.
Results: The analysis also clarified the three categories [early response to signs that may lead to agitation or confusion], [reduction of pain associated with bed rest], and [innovations for postoperative management that do not rely on physical limitations] to achieve these categories. These innovations not only reduced the discomfort and pain caused by postoperative bed rest, delirium, and confusion in elderly dementia patients, but also reduced care difficulties for nurses.
Conclusion: Nursing practices that address the discomfort associated with bed rest, determine the appropriate timing for medication, ensure pain relief and adequate sleep on the surgery day, and focus on removing physical restraints can provide comfort to both patients and nurses.
我が国の超高齢化に伴い,65歳以上の認知症の有病率は7人に1人と言われ,2025年には約5人に1人が認知症になると推計されている(内閣府,2017).人口構造の高齢化に加え,術中,術後の全身管理技術の進歩も相まって,後期高齢者や超高齢者に対する手術適応も拡大している(道又,2022).加えて,入院患者に占める認知症高齢者の日常生活自立度がI以上の患者の割合は急性期一般入院料等で25.5%を占めており(厚生労働省,2023),今後も認知症高齢者の入院患者数は増加の一途をたどることが予測される.
認知症高齢者は認知症のない人に比べて,せん妄を引き起こしやすく,入院期間の長期化,認知機能の低下などを引き起こしやすいと言われている(Margiotta et al., 2006).加えて,点滴の自己抜去や転倒転落のリスク,安静が守れないなどの理由により身体拘束が行われているのも現状である(柴田ら,2021).このような現状に対し,令和6年度の診療報酬改定では認知症ケア加算の見直しが行われ,身体的拘束の最小化およびせん妄のリスク因子の確認や対策に向けたチームアプローチが重要視されている(厚生労働省保険局医療課,2024).また,急性期病院における認知症高齢者のケアの質向上に向けて,認知症看護対応力向上研修や(大塚,2017),認知症看護実践能力育成プログラムの開発が進められており,パーソン・センタード・ケアを目指した意識や実践,倫理的感受性の向上といった成果が報告されている(鈴木ら,2022).
一方で,認知症症状により,患者は手術したこと自体を忘れてしまうことがあるため,安静保持が継続できず,看護師は術後の患者の変化に困惑し,対応方法に苦慮していることが報告されている.具体的には安全と負担を強いることへのジレンマや協力体制の限界(渡邊ら,2021),認知症看護の理想を学んだあとにできないと分かった時のジレンマや失望感といった座学の限界(湯浅,2017),認知症の中核症状や行動・心理症状(以下,BPSD)への対応に困難感を抱いていることが明らかにされている(川村ら,2020).
個別的なケアニーズに対応するため,看護師は直面する課題に対し,認知症への備えやパーソン・センタード・ケアを実践しており(Dookhy & Daly, 2021),快適さや睡眠に対する行動アプローチの強化といった安楽なケアが期待されている(Yevchak et al., 2017).加えて,認知症をもつ人と医療者との関係性の構築や適切な刺激は不安や苦痛の軽減をもたらし,医療者にとってもストレスの軽減やケアに対する満足度に繋がることが報告されている(Karrer et al., 2023).このように認知症高齢者に対し安楽なケアを提供することは,認知症高齢者と医療者双方にとって肯定的な結果をもたらすことが示唆されている.しかし,急性期病院では治療優先の大命題の元,効率・スピードを求め,本人不在の医療者中心のケアが実施されていることが指摘されており(正木ら,2017),パーソン・センタード・ケアが実践できていない現状もある(鈴木ら,2013).中でも,生活環境の変化,検査や手術,床上安静といった様々な制限や苦痛が重複しやすい周手術期の床上安静期は課題が複雑化しやすく,術後せん妄,転倒・骨折などを引き起こし,入院期間の長期化,合併症が生じやすいことが懸念される.したがって,周手術期の床上安静期において認知症高齢者に対し,安楽をもたらす看護ケアを提供することは認知症高齢者の苦痛軽減や早期回復を図るうえで重要だと考える.しかしながら,先行研究において認知症高齢者の周手術期,特に急性かつ複雑な状況下において卓越した看護実践が求められる術直後の床上安静期を安楽に過ごすための看護ケアに焦点を当てた研究は見当たらなかった.
以上のことから,本研究では認知症高齢者の術直後の床上安静期において,認知症看護認定看護師および老人看護専門看護師(以下,高度実践看護師)が実施している患者・看護師双方に安楽をもたらす看護ケアの工夫について明らかにする.看護ケアの工夫を可視化することは,高度実践看護師のいない施設においてもより良いケアの工夫を見出すことに繋がることが期待される.さらに,ケアを通してもたらされる看護師の疲弊感や困難感の軽減は,認知症高齢者の術直後のケアの質向上に寄与することが考えられる.
術直後の床上安静期:手術を受けた術直後~術後1日目
認知症高齢者:認知症高齢者とは,認知症の診断の有無によらず,加齢や疾病等によって,日常生活の遂行に何らかの支障をきたすほどの認知機能の低下を示しつつも,潜在する力を有し,主体的に自分の人生を生きようとしている高齢者であり,コミュニケーション障害によりうまく表現できないとしても,自らの意思を有している人(一般社団法人日本老年看護学会,2016).
安楽をもたらす看護ケア:縄(2006)の定義を参考に,「認知症高齢者の身体的,精神的,社会的苦痛を軽減する直接的ケアと直接的ケアを効果的に実践するために行われる間接的な看護実践」と定義した.
本研究では認知症高齢者の術直後の複雑で変化を要する現象に対し,高度実践看護師の経験に根差した詳細で丁寧な看護ケアの記述が必要となるため,質的記述的研究を用いた.
2. 研究対象者研究対象者は認知症看護認定看護師もしくは老人看護専門看護師の資格を有し,急性期病院に勤務し,認知症高齢者の術直後の床上安静期の看護ケアに携わる看護師とした.高度実践看護師を対象としたのは複雑で解決困難な課題に対し,卓越した看護実践および知識を用いて認知症ケアの広がりと質向上を図る活動に携わっているからである(和田ら,2018;窪田・三品,2020;Griffiths et al., 2015).日本老年看護学会および公益社団法人日本看護協会のホームページに公開されている臨床活動中の老人看護専門看護師104名,認知症看護認定看護師811名の中から,研究者の交通アクセスを考慮し,8施設で活動中の老人看護専門看護師6名,認知症看護認定看護師6名を候補者とした.研究候補者が所属する医療施設の看護責任者に対し,文書による研究説明を行い,8施設の研究候補者のうち6施設(関東地区1施設,関西地区5施設)から承諾を得た.その後,文書および口頭にて研究説明を実施し,研究の同意が得られた老人看護専門看護師3名,認知症看護認定看護師3名の計6名を対象とした.
3. データ収集面接はインタビューガイドを用いた半構造化面接を行った.面接時間は1時間前後とし,時間は研究対象者の都合や業務に支障のない時間帯を調整した.面接は平成29年12月~平成30年2月に実施した.面接では,基本属性(年齢,看護師としての経験年数,スペシャリストの種類),認知症高齢者の術直後の看護ケアに際して病棟スタッフがケアに対する困難感を抱いた事例で,印象に残っているものを想起してもらい,その事例に対して実際に看護ケアのなかで工夫したことを語っていただいた.また,病棟スタッフが認知症高齢者の術直後のケアに対して困難感を抱くことに対し,どのように患者・看護師双方に安楽をもたらす看護ケアを実践しているか尋ねた.面接内容は研究対象者の許可を得た上でICレコーダーに録音した.
4. 分析方法本研究では質的内容分析を選択した(Elo & Kyngäs, 2008).面接内容は逐語録にして熟読し,認知症高齢者の術直後の床上安静期において,ケアの相互作用のなかで患者・看護師双方に安楽をもたらす看護ケアの工夫やその意図に関する内容を抽出し,意味内容を検討し,コード化し,類似性,相違性を比較検討した.さらに抽象度を上げ,サブカテゴリー,カテゴリーを抽出した.分析では,語られた内容の解釈や分析に偏りや誤認が生じないように研究者間で討議を重ね,分析結果の精度が高まるよう努めた.研究対象者は6名で認知症看護の卓越した経験から豊かなデータを得ることができたが,メンバーチェックの同意は得られなかった.老人看護の専門的知識と質的研究の経験を有する研究者から意見をもらい,妥当性の検証およびデータの飽和を判断した.
5. 倫理的配慮本研究は高知県立大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号15-64).研究協力施設の責任者と研究対象者には研究の目的,意義,方法,参加の自由意思と途中辞退の権利,個人情報の保護,匿名性の保障,情報の保管方法,結果の公表等について書面と口頭で説明した.なお,面接内容は看護ケアに関する内容であるため,事前に個々の看護実践を評価したり,批判したりするものではないことを説明した.場所はプライバシーの保てる個室で行った.
研究対象者は6名であり,老人看護専門看護師3名,認知症看護認定看護師3名あった(表1).年代は30代後半~50代前半であり,専門・認定看護師の認定を受けた後の看護師経験年数は平均16年,面接時間は平均66分であり,面接回数は各1回であった.6名全員が急性期病院に勤務し,そのうち1名が消化器外科・泌尿器外科,1名が脳神経内科,1名は地域連携室,その他3名は看護部に所属していた.6名のうち2名はせん妄ケアチーム,2名は認知症ケアチームにおいて活動していた.
| ID | 年代 | 看護師経験年数 | 専門・認定看護師の認定を受けた後の経験年数 | 資格内容(認知症看護認定看護師/老人看護専門看護師) | 院内における役割 | 面接時間 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| A | 40代前半 | 13年 | 8年 | 老人看護専門看護師 | せん妄チーム・認知症ケアチーム | 65分 |
| B | 40代前半 | 18年 | 12年 | 老人看護専門看護師 | せん妄ケアチーム | 62分 |
| C | 30代後半 | 13年 | 7年 | 認知症看護認定看護師 | 地域連携室・緩和・内科 | 56分 |
| D | 50代前半 | 32年 | 12年 | 認知症看護認定看護師 | 認知症ケアチーム | 87分 |
| E | 30代後半 | 14年 | 6年 | 老人看護専門看護師 | 地域連携室 | 64分 |
| F | 30代後半 | 19年 | 3年 | 認知症看護認定看護師 | 消化器外科・泌尿器科 | 62分 |
高度実践看護師が実施している患者・看護師双方に安楽をもたらす看護ケアの工夫として【興奮や混乱に繋がる予兆への初期対応】【床上安静に伴う苦痛の低減】【身体拘束に頼らない術後管理の工夫】が抽出された.カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは《 》,コードは〈 〉,語りは「 」で示す.以下,各カテゴリーについて説明したのち,本研究の特徴に通じるサブカテゴリーを中心に述べる(表2).
| カテゴリー | サブカテゴリー | コード |
|---|---|---|
| 興奮や混乱に繋がる予兆への初期対応 | 外来時から継続的にせん妄対策を施す | 生活歴や既往歴からせん妄リスクを予測する |
| 過去のせん妄発症時の経過を把握する | ||
| 術前の身体状況と手術侵襲から術後せん妄を予測する | ||
| 薬剤に起因するせん妄リスクを評価する | ||
| 対応が後手に回らないよう院内ルールを取り決める | ||
| 丁寧な説明を通して現状認識を促すと同時に認知力を査定する | 看護者であることを説明する | |
| 入院日に同じツールを用いてせん妄について説明する | ||
| 術前から視覚的に情報を掲示する | ||
| 覚醒直後の状況を丁寧に説明し状況理解を促す | ||
| 患者の理解度を確認し次のケア動作に移る | ||
| 個々の心身機能に応じて療養環境を整える | 普段用いている生活用品を身近に置く | |
| 驚かせない距離から声をかける | ||
| ベッド周囲の環境設定を工夫し混乱を取り除く | ||
| 認知機能に合わせ使い勝手の良いベッド環境に整える | ||
| 薬物調整は多職種の協力を得る | 薬剤師の協力を得て事前指示を調整してもらう | |
| 効果的な薬の使い方についてせん妄チームの精神科医に相談する | ||
| 床上安静に伴う苦痛の低減 | 外来時から継続的に患者像を掴む | 入院前の情報から患者像を掴む |
| 術前から親しみやすい関係づくりに努める | ||
| 躊躇わず早いタイミングで薬を用いる | 表情や反応から痛みを読み取り高齢者にとって安全な薬を用いる | |
| おかしいなと思ったタイミングで薬を使用する | ||
| 手術当日の睡眠を確保する | 落ち着いて眠れる環境をつくる | |
| 術後むやみに起こさないようにする | ||
| 睡眠薬を用いて苦痛を紛らわす | ||
| せん妄に囚われず全身観察を行い苦痛の原因を考える | 術後の症状マネジメントを図る | |
| 医療用テープの固定を工夫し不快感を軽減する | ||
| 術後安静によって生じる不動の痛みを緩和する | 表情や言動から苦痛の要因を探る | |
| ベッドセンサーの情報から患者の苦痛を把握する | ||
| 定期的に鎮痛剤を使用する | ||
| 同一体位に伴う圧迫感を取り除く | ||
| 安静期間の目途を伝える | ||
| 身体拘束に頼らない術後管理の工夫 | 手術日は柔軟な応援体制を組む | 手術日の病棟勤務者を調整する |
| 夜勤帯のスタッフで協力し合う | ||
| 院内で夜間の応援要員を準備する | ||
| 期間を区切り家族に付き添いを依頼する | ||
| ルート類は最小限にして安全を確保する | 夜間ルート類が抜けた場合の対応策を主治医に確認しておく | |
| ルート類が視野に入らないように創意工夫を施す | ||
| 体動で簡単に抜けないようにルート類を固定する | ||
| 身体拘束は解除することに力を注ぐ | 生命リスクと照らし合わせ必要な身体拘束は躊躇わず行う | |
| 早期にルート類を抜去するよう主治医と話し合う | ||
| 必要なくなればすぐに身体拘束を解除する | ||
| 個人や組織レベルで倫理的感受性を高める | せん妄や認知症に関する知識を高める | |
| 身体拘束を当たり前としない組織風土を醸成する | ||
| 多職種協働で術後の回復を促す | せん妄チームの介入を得て早期離床を図る | |
| 術後早期にリハビリに移行できるよう調整する | ||
| 院内デイやリハビリなど日中の活動性を上げる工夫をする |
看護師は既往歴や術前の身体状況などからせん妄リスクを予測し《外来時から継続的にせん妄対策を施(す)》していた.認知機能障害によって疾患の理解や状況判断が難しい人には《丁寧な説明を通して現状認識を促すと同時に認知力を査定(する)》し《個々の心身機能に応じて療養環境を整え(る)》ていた.そして,術後の表情や言動から注意障害が起こっていないか確認し《薬物調整は多職種の協力を得る》ことで【興奮や混乱に繋がる予兆への初期対応】に努めていた.
(1) 《外来時から継続的にせん妄対策を施す》看護師は〈生活歴や既往歴からせん妄リスクを予測(する)〉し〈過去のせん妄発症時の経過を把握(する)〉していた.〈術前の身体状況と手術侵襲から術後せん妄を予測する〉とともに〈薬剤に起因するせん妄リスクを評価(する)〉し〈対応が後手に回らないよう院内ルールを取り決め(る)〉《外来時から継続的にせん妄対策を施(す)》していた.
「70歳以上の入院の人にせん妄のスクリーニングをかけて.そこで引っ掛かった人は必ず,術後せん妄を予測し,抗精神病薬の不穏時指示を入れてもらって.手術前から痛みや血尿が出ていたので,貧血の状態.意識障害が起こっていて,手術侵襲が加われば,せん妄になるっていうのは100%分かっているのでせん妄チームが入るなど」(Aさん)
(2) 《個々の心身機能に応じて療養環境を整える》看護師は治療に限らず〈普段用いている生活用品を身近に置く〉ことで急性期病院という非日常的な入院環境のなかでも穏やかに過ごせるように関わっていた.
「術後はどうしても視野が同じ天井しか見れていなかったりするので,普段使っている石鹸とかご家族に持ってきてもらって.『この石鹸,すごくいい匂いですね』とか言って,ちょっと何か違う方向に視線を向けてもらう.」(Fさん)
(3) 《薬物調整は多職種の協力を得る》看護師は〈薬剤師の協力を得て事前指示を調整してもら(う)〉ったり,〈効果的な薬の使い方についてせん妄チームの精神科医に相談(する)〉していた.
「早めに精神科の先生たちに診察していただいて今の認知機能を見ていただいた上で,術後のお薬を調整してもらう.術日から調整してくださることもあります.」(Fさん)
2) 【床上安静に伴う苦痛の低減】看護師は《外来時から継続的に患者像を掴(む)》み,安心感の得られるように関わっていた.さらに,術後は《躊躇わず早いタイミングで薬を用い(る)》《手術当日の睡眠を確保する》と同時に《せん妄に囚われず全身観察を行い苦痛の原因を考え(る)》《術後安静によって生じる不動の痛みを緩和(する)》し【床上安静に伴う苦痛の低減】を図っていた.
(1) 《躊躇わず早いタイミングで薬を用いる》看護師は術後疼痛の出現を見計らい〈表情や反応から痛みを読み取り高齢者にとって安全な薬を用い(る)〉〈おかしいなと思ったタイミングで薬を使用する〉ことで,術後せん妄の悪化や遷延を予防していた.
「薬剤師さんに相談しながら,副作用がマイルドなものとか,高齢者にとっても安全な薬を選択してきっちりと使うようにしています.ちょっとでも『痛い』という発言が聞かれたり,眉間にしわを寄せている時は,絶対そのままほっとかないように.」(Cさん)
(2) 《手術当日の睡眠を確保する》看護師は術後のハイリスク時に疼痛緩和とせん妄の誘発因子を取り除き,非日常的な入院環境のなかで個々に応じて〈落ち着いて眠れる環境をつく(る)〉り,〈術後むやみに起こさないように(する)〉しながら,手術侵襲の度合いに応じて〈睡眠薬を用いて苦痛を紛らわす〉ことにより術当日の混乱を取り除き,身体回復の促進に努めていた.
「術直後に患者さんは目が覚めてしまったら,より混乱するんです.患者さんにより負荷を掛けてしまうので,元々どれぐらいの睡眠リズムかを聞いて,どれぐらいの手術侵襲なのかによって痛み止めを使う.それで夜しっかりと寝てもらって,次の日から離床させていくと,本当に劇的にせん妄がなくなって.」(Aさん)
(3) 《せん妄に囚われず全身観察を行い苦痛の原因を考える》看護師は遂行機能障害によって不快な症状を上手く言葉にして伝えられない認知症高齢者の思いを推察し〈術後の症状マネジメントを図る〉とともに〈医療用テープの固定を工夫し不快感を軽減する〉などタイムリーに認知症高齢者のニーズに応えていた.
「症状をきちんと緩和する.熱が出ていたときには早めに解熱剤を使うとか.口も乾燥していた時には補液だけじゃなく,口から水分を補給するケアも.」(Aさん)
「同じテープでも貼り方で引っ張った状態で貼るのか,ふんわりのってるのかで違ったりすると思うので.スキントラブルの予防も苦痛を最小限にできる方法と思う.」(Fさん)
(4) 《術後安静によって生じる不動の痛みを緩和する》看護師は〈表情や言動から苦痛の要因を探る〉とともに〈ベッドセンサーの情報から患者の苦痛を把握(する)〉し,早めに苦痛を察知できるようにアンテナを張り巡らせていた.そして〈定期的に鎮痛剤を使用(する)〉し,ベッド上で背部のマッサージや関節可動域訓練などを行い〈同一体位に伴う圧迫感を取り除く〉ことで苦痛の軽減に努めていた.その際,認知症高齢者と共に床上安静期を乗り越えようとしていることが相手に伝わるように〈安静期間の目途を伝え(る)〉ていた.
「術後安静の期間ですと,廃用まではいかなくても,床上安静による痛みとかもあると思うので,逆に少し関節可動域訓練をしてとか,背部をマッサージしてとか.掛け物を工夫して,バスタオルを上に乗せて手を出して布団をかけるとか.」(Fさん)
3) 【身体拘束に頼らない術後管理の工夫】看護師は《手術日は柔軟な応援体制を組む》ことでケアの分散化を図り《ルート類は最小限にして安全を確保(する)》し,生命を脅かす期間を脱してまで不要な身体拘束が継続しないように《身体拘束は解除することに力を注(ぐ)》いでいた.そして,平時から《個人や組織レベルで倫理的感受性を高め(る)》《多職種協働で術後の回復を促(す)》し【身体拘束に頼らない術後管理の工夫】を実践していた.
(1) 《手術日は柔軟な応援体制を組む》看護師は事前に〈手術日の病棟勤務者を調整(する)〉し,術当日は〈夜勤帯のスタッフで協力し合(う)〉い,必要時は〈院内で夜間の応援要員を準備(する)〉し〈期間を区切り家族に付き添いを依頼する〉ことで《手術日は柔軟な応援体制を組(む)》んでいた.
(2) 《ルート類は最小限にして安全を確保する》看護師は〈夜間ルート類が抜けた場合の対応策を主治医に確認しておく〉とともに〈ルート類が視野に入らないように創意工夫を施(す)〉し〈体動で簡単に抜けないようにルート類を固定(する)〉していた.
「医師も術式から,疼痛や管が入っている期間の予測がついたりすると思うので,先生に『どのぐらいこの管は入ってますか』とか確認し薬を処方してもらったりとか」(Fさん)
(3) 《身体拘束は解除することに力を注ぐ》看護師は術後せん妄により〈生命リスクと照らし合わせ必要な身体拘束は躊躇わず行う〉とともに〈早期にルート類を抜去するよう主治医と話し合(う)〉い〈必要なくなればすぐに身体拘束を解除(する)〉していた.
「本当に抑制が必要なのかどうかのアセスメントと,抑制が必要な場合にはしっかりと毎日アセスメントするとか期限を切って抑制が必要なくなったときは完全に外すとか,そういうことが大事だと思います.」(Dさん)
(4) 《個人や組織レベルで倫理的感受性を高める》看護師は対応事例の振り返りや研修を通して〈せん妄や認知症に関する知識を高め(る)〉ていた.また,どのような状態に落ち着けば抑制しなくて済むのかという見方から入り〈身体拘束を当たり前としない組織風土を醸成(する)〉していた.
「看護師はドレーンがなくなったから身体拘束を外しましょうかというのはよく知っているけど,BPSDに近いものがあったら,どうなったら身体拘束が取れるのかというのは誰も知らないわけですよ.ご本人もなぜ身体拘束されているのか分からないので.理由を説明するっていうことがお互いに大切なのかと.」(Cさん)
(5) 《多職種協働で術後の回復を促す》看護師は〈せん妄チームの介入を得て早期離床を図(る)〉り〈術後早期にリハビリに移行できるよう調整する〉など《多職種協働で術後の回復を促(す)》していた.
本研究では,高度実践看護師が実施している患者・看護師双方に安楽をもたらす看護ケアの工夫を分析した.その結果,【興奮や混乱に繋がる予兆への初期対応】【床上安静に伴う苦痛の低減】【身体拘束に頼らない術後管理の工夫】の3つの主要な看護実践が明らかになった.特に,高度実践看護師による《身体拘束は解除することに力を注ぐ》《躊躇わず早いタイミングで薬を用いる》《手術当日の睡眠を確保する》の看護実践は,患者・看護師双方に安楽をもたらす有効な取り組みとして,重要な知見であると考えられた.
1つ目の看護ケアの特徴として,生命の危機にある時は十分なアセスメントを行ったうえで最小限の身体拘束を実施し,《身体拘束は解除することに力を注(ぐ)》いでいた.これは身体拘束を行うか否かという二極論的な立場ではなく,身体拘束の低減を図る意図を含んだものであった.さらに,患者に対しても身体拘束を行っている理由を説明していた.看護師は向精神薬の使用や身体拘束は行ってはいけないという前提のもとで懸命にケアを行うものの,結果的に身体拘束に頼らざるを得なくなり,その期間が長期化することで患者の安楽が阻害されるとともに,看護師自身のケアの困難感が増していることが報告されている(渡邊ら,2021).さらに,認知症高齢者は意思疎通ができない,指示が守れないなどとみなされ,適切なケアに結びつかないことが指摘されている(正木ら,2017).患者の認知力に応じて身体拘束の理由と期間を説明することは,何が起こっているかわからず一方的にケアを受けることで生じる混乱感を回避するとともに,患者自身がその場を乗り切る力を引き出す効果があると考える.また,身体拘束の理由を言語化することは,看護師にとっても不必要な身体拘束の常態化を防ぎ,身体拘束の脱却に向けた思考転換やジレンマの軽減に繋がることが期待される.一方で,身体拘束に対する考え方は組織風土や個々の価値観によって異なるため,一朝一夕で倫理的課題が解決することは難しいと考える.したがって,日々の看護実践を通して,時間をかけながら患者・看護師双方にとって安楽をもたらすケアとは何かを追究していく必要があるだろう.
2つ目の看護ケアの特徴として,看護師はルート類の自己抜去や興奮による治療の長期化,不要な身体拘束の常態化を防ぐため《手術当日の睡眠を確保する》ケアを実施していた.術当日は酸素マスクや心電図モニター,点滴やドレーンなどによる拘束感に加え,無機質な環境や疼痛の影響で,術後せん妄やBPSDの出現リスクが高まることが予想される.そのような状況の中,夜勤帯はスタッフの対応人数が限られるため,看護師は眠れない患者への対応や他の患者からのクレーム対応に困難を抱いていることが報告されている(川村ら,2020).また,身体拘束が必要と判断される理由には点滴などの自己抜去,転倒・転落のリスク,安静が守れないことなどが挙げられている(柴田ら,2021).こうした背景からも《手術当日の睡眠を確保する》ことは患者にとって心身の苦痛緩和につながるだけでなく,看護師にとってもBPSDへの対応や他患との調整負担を軽減する効果が期待される.
3つ目の看護ケアの特徴として,《躊躇わず早いタイミングで薬を用いる》ことは本研究の重要な知見である.認知症高齢者に対する薬の使用については「薬を追加しない方がよい」という認識と「治療遂行や安全・安楽のために薬が必要」という認識が存在している(藤井・長畑,2021).薬の使用は看護師の判断に委ねられるものの,初期対応の遅れはせん妄やBPSDの助長につながり,身体機能の回復に倍の時間を要する可能性がある.その結果,患者にとっては身体的・精神的・社会的な弊害が生じることが懸念される.さらにケアの効果が見出せなければ八方塞がりとなり,看護師は疲弊や無力感からケアへの士気が低下し,結果的に悪循環に陥る可能性がある.先行研究でも,看護師は認知症を持つ患者と関わる際にケアがリセットされることを虚しく思う,面倒が起こらないことを祈るといった苛立ちやもどかしさ(篠原ら,2022),および看護の達成感が得られにくいといった思いを抱いていることが報告されている(千田・水野,2014).つまり,薬の知識を兼ね備えたうえで,症状に応じて上手に薬を用いることができれば,薬の有害事象やせん妄の出現を最小限に抑えられ,患者にとっては早期離床や望む生活への移行に寄与することが期待される.このようなケアの効果は看護の充実感や達成感をもたらし,看護師のジレンマやストレスの軽減に寄与することが考えられる.
1. 急性期病院における認知症看護への示唆看護師は起こりうる術後のリスクを査定し《外来時から継続的にせん妄対策を施す》といった【興奮や混乱に繋がる予兆への初期対応】を行っていた.急性期病院の看護では認知症看護に関する学習よりも身体疾患や処置に関する知識が優先されており,認知症や認知症ケアに関する知識を持たない看護師も多いことが指摘されている(一般社団法人日本老年看護学会,2016).人生100年時代の到来のなかで,入院患者の誰もが認知症やせん妄を引き起こす恐れがあるという前提に立ち,認知症の知識を踏まえ,未然に起こりうるリスクを予測し,対処することは認知機能の低下予防,入院に伴う二次的合併症の予防,早期退院に繋がることが予測される.そのためには,《外来時から継続的に患者像を掴(む)》み,外来と病棟の連携強化を図る必要があると考える.これらの円滑な情報提供や事前準備は効果的なケアの提供につながり,看護師にとっても突如として発生する術後せん妄や認知症症状への戸惑いを軽減し,ゆとりをもった対応に繋がるものと考える.
本研究では全職種が一丸となり《多職種協働で術後の回復を促(す)》し《個人や組織レベルで倫理的感受性を高め(る)》ていた.術当日は術後管理や安全面に重きが置かれ,看護師は多重業務による時間的余裕のなさからケアの困難感や葛藤を抱えており(川村ら,2020;渡邊ら,2021),安楽なケアも狭小化しやすい傾向にある.先行研究においても人員不足,時間的制約など組織上の制約は患者中心の看護を提供するうえで障壁になることが指摘されている(Yaghmour, 2022).このような状況に対し《多職種協働で術後の回復を促す》《個人や組織レベルで倫理的感受性を高める》ことは多面的視点から患者の状態を捉えなおし,患者にとっては術後合併症や認知症進行を予防する効果が期待される.また,ケアの分散化は看護師が患者と関わる時間を捻出することに繋がり,業務に対する負担感やケアへの疲弊感を軽減するといった効果が期待される.
2. 研究の限界と今後の課題研究対象者にはせん妄ケアチームなどに所属している人も含まれるため,組織横断的なケアが抽出されたことは意義深い.一方で,本研究は対象者が少なく,一部の高度実践看護師の看護実践に限局されているため,ケアに対する価値観や研究対象者の背景もデータに影響していることが考えられる.例えば,脳神経外科では脳機能の脆弱性に加え,低酸素血症による意識障害や電解質の異常などによりせん妄やBPSDが特異的に出現する恐れがある.今後,本研究を基盤に対象施設や診療科を広げ,患者・看護師双方に安楽をもたらす看護ケアの工夫を具現化し,データの信憑性を高めていくことが課題である.
高度実践看護師が実施している患者・看護師双方に安楽をもたらす看護ケアの工夫として【興奮や混乱に繋がる予兆への初期対応】【床上安静に伴う苦痛の低減】【身体拘束に頼らない術後管理の工夫】の3つが抽出された.本研究の結果から,単に身体拘束や薬の使用の是非を問うのではなく,多様なケアを駆使することで患者・看護師双方にもたらされる安楽なケアを提供することの重要性が示唆された.これらの結果は令和6年度診療報酬改定における身体的拘束を最小化する体制の整備や取り組みに貢献することが期待される.
謝辞:本研究にご協力いただきました研究協力施設の方々および研究対象者の皆様に深く感謝いたします.本研究は,2015~2019年度文部科学省科学研究費基盤研究(C)課題番号(15K11772)の助成を受け行った研究である.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:MW,RSは研究の着想,計画,データ収集,分析,論文の執筆を行った.KTは,研究の計画,データ収集,分析,論文・研究プロセス全体の助言を行った.著者らは最終原稿を読み承諾した.