Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Impact of the Experience of Eating Together on Long-Term Care Patients With Dysphagia and Their Families—Using Inclusive Foods—
Akiko MatsumotoMitsuyo MiyakeHiroshi AbeYuka MiyaokaYoko Honda
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2025 Volume 45 Pages 384-391

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Abstract

目的:嚥下障害をもつ長期療養患者と家族を対象とした共食体験が患者と家族,看護師にもたらした影響について明らかにし,今後の取り組みへの示唆を得た.

方法:取り組みに参加した看護師5名に対し半構造化面接法を用いた.分析は佐藤の質的データ分析法を参考に質的帰納的分析を行った.

結果:概念カテゴリーとして,患者には【潜在的な力の発揮】,家族には【かつての患者の想起】,看護師には【看護実践の再認識】が抽出された.また,影響の背景として【特別な環境】が抽出された.

結語:本取り組みは患者にADLの変化などをもたらし,患者の反応をみた家族が過去の患者に関することを想起していた.患者,家族の反応を通して,看護師は自分自身の看護実践を振り返っていた.今後は【特別な環境】に必要な要因の詳細について明らかにすると共に,患者の安全性と看護師の時間的,身体的負担に配慮した工夫の必要性が示唆された.

Translated Abstract

Objective: To study the effects of the experience of eating together on – long-term care patients with dysphagia, their families, and participating nurses, and to obtain insights for future efforts.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with five nurses who participated in the initiative. Qualitative inductive analysis was done with reference to Sato’s qualitative data analysis method.

Results: The following conceptual categories were extracted: [demonstration of latent power] for the patients, [reminiscence of former patients] for the family members, and [recognition of nursing practices] for the nurses. In addition, [special environment] was extracted as the background for the influence.

Conclusion: This project brought about changes in the activities of daily living (ADLs) of the patients, and family members who saw the reactions recalled things about the patients’ past. The nurses reflected on their own nursing practices through the reactions of the patients and their families. This study suggests the need to clarify the factors necessary for a “special environment,” to devise a way for ensuring safety of patients, and to lessen the time and physical burden on nurses.

Ⅰ. はじめに

国内では高齢化が進むにつれ,長期療養する高齢者は増加している.その中には加齢や疾患による嚥下障害をもつ患者も多く,医療機関において嚥下調整食が摂取されている.同時に,誤嚥の危険性が高いことから,ほとんどが医療者による介助や見守りが必要な状態である.さらに,ADLが低下している場合も多いことから生活面において多くの行動に制限があり,廃用症候群の悪化や行動意欲の低下などにつながる可能性も懸念される.

また,コロナ禍以降,いまだに多くの医療機関では面会制限が続いている.そのため,長期療養患者と家族が一緒に過ごすことができる時間にも限りがあり,とりわけ食事などの感染リスクが高い場面を共に過ごすことは困難であることが多いと推察される.長期療養患者は,免疫力の低下や自己での感染予防策が困難であることから医療者による感染対策のニーズは高い.しかし,一方で長期にわたり家族との時間の制限が続く現状は,長期療養患者の精神的なつらさや外的刺激の不足による認知機能の低下などにもつながる危険性がある.廃用症候群の悪化の可能性が高い長期療養患者の状態を家族が心配する場合も多く,時勢に合った家族との時間の共有が求められると考えた.

食事において,誰かと食事を共にする共食は食事摂取量の増加や抑うつの改善,QOLの向上などのメリットがあることは明らかにされている(Eto et al., 2022).高齢者にとっても類似した傾向が明らかにされており(Bjornwall et al., 2021),長期療養患者が家族と共食することは懸念される廃用症候群の予防にも効果的であると考えられる.また,2023年,東京都と東京大学,東京医科歯科大学の共同事業によりインクルーシブフードの開発がなされた(東京都,2023).インクルーシブフードとは,食事支援が必要な方や障がいの有無に関わらず,加工せずに一緒に食べられる嚥下調整食のことで,もともとは摂食嚥下障害がある子どもを起点に開発されたものである.嚥下障害のある長期療養患者と家族が同じものを安全性が確保された場で共食し,時間を共にすることは廃用症候群の悪化や行動意欲の低下の予防につながると考え,インクルーシブフードを用いた共食体験を開催することとした.

Ⅱ. 取り組みの概要

取り組みの実施にあたり,研究者の所属する機関の関連病院であるA病院の看護部に協力依頼を行った.A病院は900床規模の地域医療を担うケアミックス型の病院であり,取り組みの対象となる長期療養患者が多く入院しているためである.

1. 参加者

A病院看護部により7名の患者と9名の患者家族,および患者の所属する病棟の看護師8名が参加した.患者は90歳代が2名,80歳代が4名,70歳代が1名で,男性が2名,女性が5名であった.選定は研究協力機関の看護部に依頼し,比較的誤嚥の危険性が低く,言葉や表情で苦痛を判断できる患者とした.また,家族との連絡が取りやすく状況の伝達が円滑であることも条件とした.主疾患は慢性心不全やアルツハイマー型認知症,パーキンソン病などの慢性疾患で半年以上長期療養されており,全員に中等度の認知症がみられた.普段の食事はペースト食~軟食を摂取されている方であり,6名は食事介助が必要なレベルのADLであった.参加に当たっては主治医の許可を得た.家族は患者の配偶者や子ども,嫁であった.

2. 食事環境と内容

場所はA病院のカンファレンスルームを使用した.病棟よりも広い十分なスペースが確保でき,窓が大きく外が見えて明るい開放的な環境とした.テーブルの様子や食事内容を写真1に示す.患者ごとにテーブルを用意し,ランチョンマットやトレイを用いた装飾をした.食事内容は参加者全員同じものとし,インクルーシブフードとして販売されているケーキと,介護食として販売されているゼリーやムースをカップにデコレーションしたものであった.飲み物は,患者にはトロミのついたコーヒーとお茶を用意し,家族にはトロミのないものを提供した.これらは事前にA病院へ提示し,許可を得てから提供した.ケーキについてはメニュー表を作成し,可能な患者は4種類の中から選択してもらった.時間は平日の午後1時間程度とした.

写真1  インクルーシブフードとテーブルの様子

3. 安全への配慮

参加者には感染の危険性を説明し,発熱などの健康上問題がない状態での参加を依頼した.患者ごとに1テーブルを配置し,テーブル同士の間隔を十分に確保した上で窓を開けて換気を促した.また,各テーブルに看護師を配置し,患者の食事介助や見守りを行った(図1).会場となったカンファレンスルームに隣接する病棟に吸引機を用意し,誤嚥が起こった際は速やかに対応できるよう配慮した.この対策により,本取り組みによる患者の誤嚥や感染症の発生はなかった.

図1  会場全体の見取り図

Ⅲ. 研究の目的

嚥下障害をもつ長期療養患者と家族を対象とした共食体験が患者と家族,看護師にもたらした影響について明らかにし,今後の取り組みへの示唆を得た.

Ⅳ. 用語の定義

1.長期療養患者とは,井上ら(2023)の長期療養高齢者の定義を参考に,何らかの慢性疾患をもち,急性期治療ではなく継続的な医学的管理や日常生活全般にわたり援助を要し,療養が長期に及んでいる患者とした.

2.インクルーシブフードとは,食事支援が必要な方や障がいの有無に関わらず,加工せずに一緒に食べられる嚥下調整食のこととした.

Ⅴ. 研究方法

1. 研究対象

本取り組みに参加し,研究協力の同意を得た看護師5名

2. 調査期間

2024年6月

3. データ収集方法

半構造化面接法を用いた.あらかじめ対象者には調査機関の看護部を通して依頼を行い,調査当日に研究者が本研究の目的と方法,倫理的配慮について書面を用いて口頭説明を行い,自署による同意書を得た.聞き取りは本取り組み終了後から1週間以内に,本取り組みが行われた調査機関のプライバシーが確保されるスペースで行った.

調査内容は,対象者の年齢,性別,看護師経験年数,役職の有無の基本属性の対象者の概要と,本取り組みが患者,家族,看護師のそれぞれの参加者にもたらす影響について調査した.

4. データの分析方法

対象者の基本属性は単純集計を行った.分析には佐藤(2008)の質的データ分析法を参考に質的帰納的分析を行った.分析手順としては,インタビューの逐語録を研究者間で読み込み,意味内容ごとに思いつくままにコードを書き込むオープンコーディングを行い,研究目的に沿う内容のものを抽出した.その後,より抽象度の高い比較的少数の概念的カテゴリーに対応するコードを選択的に割り振り,概念カテゴリー同士の関係について明らかにする焦点的コーディングを行った.また,コーディングの作業には,複数のコード間,コードとデータ間,複数のデータ間の関係について比較検討を繰り返しながら概念を形成していく継続的比較法を用いた.コードや概念的カテゴリーについては,摂食嚥下障害の患者への援助経験のある看護職を含めた研究者5名で検討を行った.

5. 倫理的配慮

本研究は,筆者の所属施設の藍野大学教育研究推進委員会および研究倫理部会の承認を得て実施した(承認番号:10R-23033).研究目的,内容,方法,倫理的配慮について調査機関の担当者に説明を行い,研究協力への同意を得た上で,調査機関の看護部より研究対象者に調査協力を依頼した.調査への協力は自由であり,協力しなかった場合でも不利益を生じることはないこと,個人が特定されることはないことなど倫理的配慮の内容と,研究者の連絡先を文書で示し同意を得た.

また,本取り組みに参加した患者,家族は調査機関の看護部を通して選定を依頼し,主治医の許可を得た上で本取り組みの目的,内容,安全性の確保等の内容の説明を行い,倫理的配慮の内容と研究者の連絡先を文書で示した.調査当日に参加した患者,家族へ研究についての説明を再度行い,研究参加の可否の確認を行った.

Ⅵ. 結果

1. 対象者の概要

対象者の概要を表1に示す.対象者は5名すべて女性であり(以下,A~Eの記号とする),30歳代以上であった.役職者は3名,スタッフは2名で看護師としての経験年数は全員が10年以上であった.

表1 対象者の属性

対象者 年齢 性別 役職
A氏 30歳代 女性 スタッフ
B氏 30歳代 女性 スタッフ
C氏 30歳代 女性 師長
D氏 40歳代 女性 師長
E氏 50歳代 女性 副部長

2. インタビュー内容

インタビュー内容を表2に示す.インタビューの平均時間±標準偏差は11.53 ± 1.30分であった.対象者の発言であるデータは「 」内に,生成したコードは〈 〉内に,概念カテゴリーは【 】内に示す.また,調査項目の患者・家族・看護師への影響以外に,対象者の語りから患者への影響の背景にあるものが抽出された.

表2 概念カテゴリーとコード

項目 概念カテゴリー コード データ数
患者 潜在的な力の発揮 いつもと違う反応 3
ADLの向上 7
食事摂取量の増加 2
家族 かつての患者の想起 過去の出来事の想起 5
患者の反応への喜び 2
看護師 看護実践の再認識 食事援助に対する認識の変化 3
患者の認識の変化 3
患者への影響の背景にあるもの 特別な環境 日常との違い 5
患者自身が選ぶ 2

1) 患者への影響

12のデータを抽出した.その中で〈いつもと違う反応〉〈ADLの向上〉〈食事摂取量の増加〉という3つのコードを生成し,これらのコードについて【潜在的な力の発揮】という1つの概念カテゴリーを生成した.

〈いつもと違う反応〉は,「今までやっぱ病院食ずっと何十年も食べてらっしゃった患者さんだったので,やっぱりケーキを見て,ほんとに食べたいっていう意欲がすごい姿が見れた(A)」「飾りつけだったり,すごく感謝して流涙されて.あの人がっていうぐらい意外な反応ではあった(C)」といった普段の患者から得られない反応であったことに関する3つのデータで構成された.

〈ADLの向上〉は,「いつも食事介助でしかご飯食べなかった人が,自分でスプーンを持てて,逆にこぼすからやらせてもらおうと思っても全然やらしてくれない(D)」「いつもこうチューチュー吸うようなソフトゼリーを食べてらっしゃる患者さんだったんですけど,見た瞬間(スプーンを)持って,こうやって口に運んだりっていうことをしてた(A)」「メニューを選べて,すごい悩んで悩んだ上で選んだし,それを食べた.自分で食べた.自分のペースで(B)」といった普段の患者ではみられないADLや行動に関する7つのデータで構成された.

〈食事摂取量の増加〉は,「摂食意欲がなくて食事がちょっと少ない感じなんですけど,今日はもう4つ食べたらしいです(D)」といった患者の食事量に関する2つのデータで構成された.

2) 家族への影響

7つのデータを抽出した.その中で〈過去の出来事の想起〉〈患者の反応への喜び〉という2つのコードを生成し,これらのコードについて【かつての患者の想起】という概念カテゴリーを生成した.

〈過去の出来事の想起〉は,「入院前,コーヒーが大好きで毎日コーヒー飲んでた人は,コーヒーがやっぱ飲めたっていうね,その入院前の家族との関わりっていうとこらへんが思い出せる場でもあった(E)」「いつもこんなん食べてたよねって,入院前の話もされてたり(B)」「家族と患者さんと,やっぱり同じ目線というか,同じものを食べながらっていうところが,少し,自宅だったり,入院前の生活を回想させたりとか,言葉数,やり取りっていうのが増えるのかな(C)」といった患者に関する過去に関連した5つのデータで構成された.

〈患者の反応への喜び〉は,「家族さんもすごい喜んでて,こんなところ見れたの嬉しい.みたいな感じで言ってて(A)」「この取り組みをやって,その患者さんの反応が良くなったり,家族さんもそれを見てやっぱ喜んではった(D)」という家族が本取り組みによる患者への影響を見たことに関連した2つのデータで構成された.

3) 看護師への影響

6つのデータを抽出した.その中で〈食事援助に対する認識の変化〉〈患者の認識の変化〉という2つのコードを生成し,【看護実践の再認識】という概念カテゴリーを生成した.

〈食事援助に対する認識の変化〉は,「患者さんにとっての食事の環境整えることっていうのがすごい大事なことだなっていうのは,改めて今日の気づくきっかけになった(A)」「今までそんな感じじゃなかった一面が新たに見れて,食べることの大切さと言いますか,やっぱ(患者にとって)自分の好きなものを,美味しいものを食べることっていいなって(D)」といった患者にとっての食事の意義に関する3つのデータで構成された.

〈患者の認識の変化〉は,「(患者の)いつもと違う一面が見えて,看護師も喜んでくれたっていうか(D)」「ずっとベッドにいる人だったんですけど,今回のこれをきっかけに(スタッフの)意識が芽生えたのか,昼(車椅子に)乗せてくれるようになって.ご飯もセッティングから始めるようにしてる(B)」といった患者の反応によって看護師の患者への認識が変化したことに関する3つのデータで構成された.

4) 患者への影響の背景にあるもの

7つのデータを抽出した.その中で〈日常との違い〉〈患者自身が選ぶ〉という2つのコードを生成し,【特別な環境】という概念カテゴリーを生成した.

〈日常との違い〉は,「普段病室っていうか,その病棟にいる方やから,こういう場所に来て,違うんだっていう,新鮮味はすごいあったかなと.場所を変えるっていうことで,なんかちょっとあったかな(A)」「普段と違うっていうのがすごくやっぱ患者様には刺激になると思う(C)」といった本取り組みの環境に関する5つのデータで構成された.

〈患者自身が選ぶ〉は,「自分でもそのメニューを見て,自分の好きなものを選んで食べれたっていうところも影響してる(D)」「メニューでなんか選んでもらうっていうのもよかったんです.4種類って,そんな多くない種類ではあるんですけどね,でも,その4種類もかなり悩んでたって.もしかしたら,いつも選ぶような状況じゃない人たちにとったら,4種類も多いんやなというのも私も気づけた(B)」といったメニューを作成したことに関する2つのデータで構成された.

3. 概念カテゴリー間の関係

焦点的コーディングを行った結果を図2に示す.本取り組みにおいて,普段過ごしている病室や病棟以外の環境で家族と同じテーブルで同じものを,自分で選んで食べるという【特別な環境】によって,患者のADLの変化などの前向きな変化である【潜在的な力の発揮】につながっていた.さらに,患者の変化をみた家族が過去の患者に関することを思い出し【かつての患者の想起】へつながっていた.取り組みによってもたらされた患者,家族の反応を通して,看護師は自分自身の看護実践を振り返り,【看護実践の再認識】へとつながっていた.

図2  概念カテゴリー同士の関係

Ⅶ. 考察

1. 共食体験がもたらした影響

長期療養患者の多くは身体的な機能の低下,活動の制限に加え,認知症に伴う行動心理症状を抱えており,効果的かつ複雑な環境に合わせたケアを提供する必要がある(Resnick et al., 2023).また,認知症の患者は言語表現に困難がある場合,自己の表出が常に可能であるとは限らないため,看護者の患者の状況評価には限界がある(Seignourel et al., 2008).本取り組みの対象となった長期療養患者は全て認知症高齢者であることから,意思が表面化しづらく,身体機能の低下も相まってケアが受動的になり,長期にわたりパターン化されている可能性がある.本取り組みである〈日常との違い〉〈自分で選ぶ〉といった【特別な環境】を取り入れたことにより,長期療養患者の療養環境に変化がもたらされたことが,患者,家族,看護師への影響の最大の背景であったと考えられる.また,井上ら(2023)によると,長期療養高齢者の苦痛は高齢者の尊厳を守るケアを提供することが重要である.本取り組みにおける〈自分で選ぶ〉ことや家族と共食することは,家族だけでなく患者にとってもかつての生活を想起させるものであり,家族間における自分の役割や尊厳を見出すことにもつながったと考えられる.このように,本取り組みの背景である【特別な環境】は,療養環境の変化に加え患者自身の認識の変化をもたらし,患者の〈いつもと違う反応〉や〈ADLの向上〉〈食事摂取量の増加〉といった【潜在的な力の発揮】を生じさせた可能性がある.さらに,このような患者の変化は家族にとっての〈患者の反応への喜び〉や,療養前の患者との〈過去の出来事の想起〉へとつながり,【かつての患者の想起】をさせるものであったと考えられる.

また,調査対象であった看護師は患者の反応について〈いつもと違う反応〉と捉えており,【潜在的な力の発揮】は看護師にとって予測されるものではなかったと考えられる.看護師は患者を長期に渡りケアをしていたが,本取り組みを通してもたらされた患者の新しい反応を通して〈患者の認識の変化〉が起こったと考えられる.また,そのような新たな反応をもたらした背景である【特別な環境】を振り返ることで,看護ケアとしての食事環境を整えることの重要性へ立ち返り,〈食事援助に対する認識の変化〉につながった可能性がある.認知症高齢患者の看護実践においては,患者と看護師との感情共有や共感の重要性が示されてきた(上岡・小山,2022).本取り組みは看護師にとって,約1時間にわたり食事援助を通して患者と家族と向き合う時間となった.普段のように複数患者を同時に担当するケア以上に多くの時間を患者と家族と過ごしたことは,互いの感情の表出を伴ったコミュニケーションの機会となったと考えられる.看護師は患者の健康状態の観察や安全性の確保だけでなく,いつも以上に患者や家族の行動や感情に関心を寄せケアを実践したことで,自身の援助を振り返る機会となり【看護実践の再認識】へつながった可能性がある.

2. 今後の取り組みへの示唆

患者・家族への食事内容としてインクルーシブフードを使用した.インクルーシブフードは嚥下障害への配慮だけでなく,見た目や味なども障害の有無に関わらず摂取できるように作成されている.そのため,患者の〈食事摂取量の増加〉の一助になったと考えられるが,患者と家族が同じものを共食したことに関するデータは抽出されなかった.飲み物にコーヒーを取り入れたことは,普段病院では提供されないことと,患者がかつて摂取していたことから家族の〈過去の出来事の想起〉へつながったと考えられる.取り組みが及ぼした影響の最大の背景は【特別な環境】であった.インクルーシブフードのような病院で提供されないものを用いた食事内容は,普段とは異なった環境をもたらす要因ではあったものの,患者や家族の反応にはそれ以上に長期療養患者と家族が共食する機会そのものによる影響が大きかったと考えられる.そのため,【特別な環境】には参加者の過去の生活背景や健康状態,家族関係など個別的な背景に加え,患者の普段の病棟での過ごし方が大きく影響することが示唆された.病棟では提供された食事を床上などで介助によって摂取するなど,療養が長期化するにつれてその患者に合わせた援助がルーティン化している場合が多いと考えられる.参加者の情報に合わせた環境を整える必要が示唆された.

さらに,感染や誤嚥のリスクへの対策も十分に行ったことから患者の安全性は確保された状態で行うことができた.感染リスクの高い状況は継続しているが,長期療養患者の【潜在的な力の発揮】は家族や看護師へ大きな影響を与えており,患者の様々なリスクを鑑みても実施する意義はあったと考える.また,看護師は本取り組みが【看護実践の再認識】となっている一方で,患者の準備や多忙な勤務の中での長時間の時間的拘束が発生していた.データとしては抽出されなかったものの,看護師の負担は取り組みの継続を阻害するものである.そのため,今後は【特別な環境】に必要な要因の詳細について明らかにすると共に,患者の安全性と看護師の時間的,身体的負担に配慮した工夫の必要性が示唆された.

3. 本研究の限界と課題

本研究の限界として,看護師の主観的評価のみの視点であることや,一施設の取り組みであることから一般化するには限界がある.今後は患者の行動や家族の意見などの複数の視点の導入や,患者選定における詳細な基準の統一などを行い結果の精密化を図ることを課題とする.

Ⅷ. 結論

嚥下障害をもつ長期療養患者と家族を対象とした共食体験が患者と家族,参加した看護師にもたらした影響について,患者には【潜在的な力の発揮】,家族には【かつての患者の想起】,看護師には【看護実践の再認識】が抽出された.また,影響の背景として【特別な環境】が抽出された.

【特別な環境】に必要な要因の詳細について明らかにすると共に,患者の安全性と看護師の時間的,身体的負担に配慮した工夫の必要性が示唆された.

謝辞:本研究を行うにあたりご協力頂きましたA病院看護部と取り組みにご参加いただいた患者,ご家族の方々に感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:AMは研究の着想からデザイン,データ入手,分析,解釈,原稿作成を行った.YM,MM,HAはデータ入手,分析を行った.YHは分析,解釈,研究全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み承認した.

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