2025 Volume 45 Pages 434-443
目的:医療的ケア児をもつ母親の特別支援学校における付き添いの経験を明らかにする.
方法:医療的ケア児の母親11名に半構造化面接を実施し,グラウンデッド・セオリーにて分析をした.
結果:母親は【子どもに合う学校の選択】をしたが,【学校の医療的ケアへの戸惑い】を抱くことがあった.【子どもに適した学習環境づくり】に努めたが,戸惑いが続くと【現状への妥協】に至り,付き添いを継続した.一方,【教職員から受けた積極的な自立支援】を通じて【子どもの社会性への気づき】が促され,子離れを意識し始め,【子離れがもたらす自己再発見】に至った.付き添い中は【子どもの体調による心の揺れ】を抱え続け,他の経験と相互に影響していた.
結論:母親の付き添いは,子どもの学習環境を整え,母親自身の役割再構築の過程であった.子どもの健康状態や心理社会的発達,母親の心の揺れをアセスメントした上で付き添いの在り方を検討する必要がある.
Objective: This study explored the experiences of mothers accompanying children requiring medical care at special needs schools.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with 11 such mothers and analyzed using grounded theory.
Results: The mothers had “Choosing the Right School for the Child”. They sometimes felt “Uncertainty About School Support for Medical Care”. They made efforts for “Creating a Learning Environment Suitable for the Child”. However, when their questions remained unresolved, they ended in “Compromise with the Current Situation” and continued to accompany their children. On the other hand, through “Proactive Support for Independence received from the faculty”, “Awareness of the Child’s Social Development” was encouraged, and they began to be conscious of letting go, and reached “Self-Rediscovery through Letting Go of the Child”. Additionally, the mothers still had “Emotional Turmoil Caused by the Child’s Health Condition” while chaperoning their children, which interacted with other phenomena.
Conclusion: The mother’s accompaniment was a process of creating a learning environment for the child and reconstructing the mother’s own role. It is necessary to consider the nature of the accompaniment based on assessments of the child’s health status, psychosocial development, and the mother’s emotional fluctuations.
近年,医療的ケア児を取り巻く環境が整備され,通学する医療的ケア児は年々増加傾向にある(文部科学省,2019).2021年6月に成立した医療的ケア児支援法は,医療的ケア児を養育する家族の負担を軽減し,医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに,その家族の離職を防止することが目的とされ(厚生労働省,2021),学校では保護者が学校内で付き添う必要がないようにすることで,母子分離を円滑に進めることが求められている.
特別支援学校に対して保護者は,教員が実施できる医療的ケアの範囲拡大や看護師の臨機応変な対応など,学校内で付き添いを行わないことを前提としたニーズを持っている(盛岡・松浦,2017).しかし,学校における医療的ケアの実施範囲は自治体,特別支援学校の委員会,主治医との間で協議され,その決定基準は明らかにされていない(高田ら,2019).そのため,付き添いが長期化するケースが報告されている(北村,2022;大崎ら,2017).
医療的ケア児の中でも,呼吸ケアを必要とする重症心身障害児は,異常が生じた際の緊急性が高く迅速な対応が求められる.しかし,学校の看護師が呼吸ケアに関連する医療的ケア行為を実施することを制限している都道府県もある(高野・泉,2022).そのため,人工呼吸器の管理や気管カニューレ自己抜去時の再挿入などの実施を学校に依頼できず,保護者は昼夜問わずケアを行い心身の負担を感じながらも(笹井ら,2022),学校内で付き添わざるを得ない状況もある.
先行研究では,多職種連携に向け各職種の役割や専門性が明らかにされてきているが(丸山・村田,2006),母親は子どものケアについて学校と十分な相互理解が得られていないと捉えていることが報告されている(鈴木・中垣,2016).学校は,子どもが家族以外の他者と関係性を築く場であると同時に,医療的ケア児にとっては生活面でのサポートを得るために多職種と関係性を構築する重要な場であると考えられる.その中で母親は,学校と子どもをつなぐ役割を担っており,付き添いの在り方が子どもの学習と健やかな成長・発達を促進するものとなるよう検討する必要がある.こうしたことから,個々の医療的ケア児に対する支援体制をより充実させるためには,母親が学校内で子どもに付き添う意味をどのように捉えているか理解することが不可欠である.
そこで本研究では,医療的ケア児をもつ母親の特別支援学校における付き添いの経験を明らかにし,家族の負担軽減と医療的ケア児の健やかな成長・発達を促す支援の検討に役立てる.
医療的ケア児をもつ母親の特別支援学校における付き添いの経験を明らかにする.
用語の定義
付き添い:保護者が子どものケアを迅速に行えるよう,子どもと行動を共にしたり,校舎内で日常的に待機することとする.
北日本の特別支援学校に通学し,呼吸に関する医療的ケア(吸引,気管切開部の管理,人工呼吸器管理など)を必要としている重症心身障害児の母親とした.また,子どもが就学後1年以上経過しており,子どもに学校内で付き添った経験をもつ者とした.
2. データ収集方法研究協力者に対して,1人につき1回60~100分程度の半構造化面接を実施した.面接内容は,学校の選択から現在までの健康状態の経過,就学後の困難,就学後の子どもの変化とその理由,母親自身の変化とその理由,学校の教職員との関わりとし,研究協力者の同意を得た上で録音した.データ収集とデータ分析は並行して行い,理論的に重要な概念を生成するために理論的サンプリングを用いた.理論的飽和に至ると判断する基準は,データから新たに重要な概念が生成されなくなり,カテゴリー間の関係の精密化と妥当性が確認される状態とした.
3. データ分析方法データ分析は,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Corbin & Strauss, 2008/2012)を用い,次の手順で行った.
1) オープンコード化録音した面接内容の逐語録を作成し,研究協力者が捉えた学校における生活の変化,捉えたことに対する判断,それらに対する取り組み,その結果として起こったことや変化に着目してコード化した.コード化したデータは,プロパティとディメンションを用いてデータの内容に即したラベルをつけた.類似性や相違性に着目しながらラベルをグループにまとめ,カテゴリーを生成した.
2) 軸足コード化カテゴリーを,〈条件〉〈行為/相互行為〉〈帰結〉の3つのパラダイムに分類した.カテゴリー間の結びつきを整理し,1例の中にある現象を把握した.各現象に関わるカテゴリーをグループ化し,主要カテゴリーを生成した.
3) 選択的コード化全ての主要カテゴリーに関連し,母親の付き添いの過程を説明できる中核のカテゴリーを選定し,最終的にその現象を説明するストーリーラインを記述した.
4. 倫理的配慮研究協力者に対して,研究者自身が研究の趣旨,本研究への協力は自由意思であること,研究協力に同意しない場合の不利益は一切生じないこと,研究協力への同意はいつでも不利益を被ることなく撤回できること,同意撤回による不利益は一切生じないことを口頭にて説明した.本研究は札幌保健医療大学研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号021012-2).本研究における利益相反は存在しない.
研究協力者および研究協力者の子どもの属性を表に示す(表1).研究協力者は11名,平均面接時間は92分であった.データ収集期間は2022年3月~2023年4月であった.
| 年代 | 付き添い期間 | 学校に依頼した主な医療的ケア | |
|---|---|---|---|
| A | 50代 | 5年 | 胃ろう注入,気管内吸引,酸素吸入(必要時) |
| B | 40代 | 6か月 | 胃ろう注入,鼻腔・口腔内吸引,発作時の与薬 |
| C | 50代 | 1週間 | 気管内吸引 |
| D | 40代 | 7年 | 胃ろう注入,気管内吸引,人工呼吸器(必要時) |
| E | 40代 | 4年 | 胃ろう注入,気管内吸引 |
| F | 40代 | 5年 | 胃ろう注入,気管内吸引 |
| G | 40代 | 4年 | 胃ろう注入,気管内吸引 |
| H | 40代 | 8年 | 胃ろう注入,鼻腔・口腔内吸引,酸素吸入(必要時) |
| I | 40代 | 3年 | 胃ろう注入,鼻腔・口腔内吸引,NPPV(必要時) |
| J | 50代 | 9年 | 胃ろう注入,鼻腔・口腔内吸引,吸入,発作時の与薬 |
| K | 40代 | 3年 | 胃ろう注入,気管内吸引,人工呼吸器(必要時),発作時の与薬 |
協力者の子どもの属性にバリエーションを持たせて面接を重ね,新しいカテゴリーが把握されないところで現象の主要な概念は把握できたと考えた.
本研究では,医療的ケア児をもつ母親の特別支援学校における付き添いの経験を構成する7つの主要カテゴリーが把握された(表2).まず,ストーリーラインを説明し,次に現象を構成するカテゴリーがどのようなものか,その概要を説明する.以下,主要カテゴリーを【 】,カテゴリーを《 》,ラベルを〈 〉,協力者の語りを“斜体”で,補足説明を( )で示した.
| 主要カテゴリー | カテゴリー | ラベル | |
|---|---|---|---|
| 条件 | 子どもに合う学校の選択 | 子どもの社会性育成への志向 | 子どもと離れる機会 |
| 家族以外の人との交流 | |||
| 子どものペースを尊重した学校選択 | 子どもの発達状況に応じた学校選択 | ||
| 子どもの性格に応じた学校選択 | |||
| 子どもが落ち着ける学校の選択 | |||
| 手厚い支援がある学校の選択 | |||
| 生活背景に合わせた学校選択 | |||
| 子どもの可能性拡大への志向 | 子どもの好きなことを尊重した学校選択 | ||
| 工夫があればできるという確信 | |||
| 行為/相互行為 | 子どもの体調による心の揺れ | 子どもの変調による苦悩 | 子どものストレス反応への気づき |
| 子どもの体調変化による困惑 | |||
| 子どもの身体機能低下に対するショック | |||
| 子どもの体調安定による安心感 | 子どもの健康増進への安心感 | ||
| 子どもの楽しそうな様子への安心感 | |||
| 学校の医療的ケアへの戸惑い | 学校の規則への戸惑い | 行えないケアがあることへの戸惑い | |
| ケア方法が異なることへの戸惑い | |||
| 保護者付き添いへの戸惑い | |||
| 看護師の実践への戸惑い | 看護師の技術不足への戸惑い | ||
| 看護師としての判断の欠如に対する戸惑い | |||
| 子どもに関する看護師の理解不足への戸惑い | |||
| 子どもに適した学習環境づくり | 子どもへの理解の促進 | わが子の特徴の伝達 | |
| もしもの備えの共有 | |||
| 子どもの特性対応の要求 | 子どもが安心できる環境の要請 | ||
| 医療的ケア指示書の相談 | |||
| 教職員から受けた積極的な自立支援 | 教職員によるケアへの積極的な介入 | 教員による母子分離推進 | |
| 教職員によるケアの試行錯誤 | |||
| 教職員との感情共有 | 苦悩の分かち合い | ||
| 喜びの分かち合い | |||
| 教職員による子どもの自己肯定感の育成 | 子どもに伝わる学校の安心感 | ||
| 子どものペースで育まれた自信 | |||
| 支援を通じた子ども自身の挑戦 | |||
| 看護師による柔軟な個別ケア | 看護師によるケアの提案 | ||
| 看護師からのケア方法の相談 | |||
| 看護師の的確な判断 | |||
| 子どもの社会性への気づき | 子どもと社会との繋がりへの気づき | 子どもの意思表出 | |
| 意思伝達ができた子どもの喜びの察知 | |||
| 子どもと他者で築いた世界への気づき | |||
| 子どもの社会的自立への気づき | お母さん来ないで,という反応 | ||
| 子どもが見つけた自分の居場所 | |||
| 帰結 | 現状への妥協 | 気持ちへの折り合い | 妥協 |
| 努力の末の諦め | |||
| 付き添いの常態化 | 子どもから離れられない状況 | ||
| 子どもから離れることへの逡巡 | |||
| 居場所が保護者控室という錯覚 | |||
| 子離れがもたらす自己再発見 | 子離れの意識 | 子どもの年齢に応じた距離感 | |
| 子どもの選択の尊重 | |||
| 自己の役割の再構築 | 自分自身の見つめ直し | ||
| 家事や就労への志向 |
母親は【子どもに合う学校の選択】をしていたが,期待とは異なる学校の規則や看護師の実践に直面し,【学校の医療的ケアへの戸惑い】を抱くことがあった.そこで,教職員に対して子どもへの理解促進や特性に合わせた対応の要求を行い【子どもに適した学習環境づくり】に努めたが,戸惑いが続いた場合には【現状への妥協】に至り,付き添いを継続していた.一方で,ケアへの積極的な介入,母親との感情の共有,子どもの自己肯定感の育成や柔軟な個別ケアなど,【教職員から受けた積極的な自立支援】を通じて,母親は【子どもの社会性への気づき】を得るようになり,子離れを意識し始めた.この過程を経て,母親は【子離れがもたらす自己再発見】に至り,自身の役割やあり方を再構築する経験をしていた.また,付き添いの開始から終了までの期間を通して,母親は【子どもの体調による心の揺れ】を抱え続けており,その他の経験と相互に影響し合っていた(図1).

母親は子どもの就学前に,わが子に合う学校であるか検討し,選択していた.デイサービスの利用が〈子どもと離れる機会〉となっていたと捉え,就学による〈家族以外の人との交流〉を期待しており,これらのような《子どもの社会性育成への志向》を持っていた.
“A学校を見に行ったら,障害の種別がけっこう幅広かったんですよね.寝たきりの子もいるし,動ける子もいるし.知的に軽度な子もいて.だから,いろんな子と交流して学び合えるんだったらA学校の方がいいかなって.”
また,母親は〈子どもの発達状況に応じた学校選択〉,〈子どもの性格に応じた学校選択〉,環境の刺激でパニックに陥らないよう〈子どもが落ち着ける学校の選択〉,子どもの反応を待ってくれるなど〈手厚い支援がある学校の選択〉,母親の就業やきょうだいの有無など〈生活背景に合わせた学校選択〉といった,《子どものペースを尊重した学校選択》をしていた.
“この子の性格でA学校に行っても…すごいビビりかな.一番最初にやることはすごく警戒するし.”
さらに,〈子どもの好きなことを尊重した学校選択〉や,社会生活においても〈工夫があればできるという確信〉のもと,《子どもの可能性拡大への志向》を持っていた.
“みんなと同じようにできないけれども,特別扱いではなくて,みんなと一緒にやっていけるよ,配慮があればできるよ,という.”
2) 行為/相互行為 (1) 【子どもの体調による心の揺れ】母親は子どもの就学後,子どもの体調の変化に伴い継続的に心が揺れ動いていた.また,その心の揺れが,母親自身の行為や教職員との相互行為と影響し合っていた.就学による環境変化により,子どもは周囲の音・動きなどの刺激に混乱し,逃避するような閉眼,パニック,痰や発作の増加,昼夜逆転といったことが起こり,母親には〈子どものストレス反応への気づき〉,〈子どもの体調変化による困惑〉があった.
また,子どもは成長に伴う形態機能の変化で,筋緊張の悪化,誤嚥とそれによる肺炎,側弯とそれによる呼吸状態の悪化や運動機能の低下が生じることがあった.母親は,これまで行えていた学習活動が困難になる姿を見て〈子どもの身体機能低下に対するショック〉を経験していた.これらのような《子どもの変調による苦悩》を抱えていた.
“(環境が変わり落ち着かない様子は)確かにありましたね.発作が多めだったんじゃないかな,いつもより.夜も朝も寝てて,いつ起きるんだろうという状態だったりとか,疲れきっているというか.他のものをシャットダウンするというかそういう感じで.”
“緊張したらサクションが頻回になっちゃうから.すごい頻回で,控室に行くまで距離が長いから,すぐ呼ばれるし.本当にひどかった.”
“できないことは多いけど,今まではできるようになってきてた積み重ねで,ちょっとずつ本人なりに成長してたところが,あ,ここまでなのかっていう,親も結構ショックだし,だけど,理解力とか知的な部分はどんどん成長の一途なんですよね.”
一方で母親は,教員,看護師,セラピストといった教職員や他の子どもたちとの関わりを通して,子どもの免疫力や体重の増加,吸引頻度の減少,生活リズムの安定に気づき〈子どもの健康増進への安心感〉を持っていた.また,〈子どもの楽しそうな様子への安心感〉を抱いていた.このような《子どもの体調安定による安心感》を経験していた.
“健康状態が落ち着いてきたのは3年生の頃からだったので,そのくらいから楽しむ余裕だったり,というのが本人出てきたかなっていう感じですね.”
(2) 【学校の医療的ケアへの戸惑い】母親は,就学前の経験や学校へ期待するケアと,学校で実際に行われたケアを比較し,その差に戸惑いを感じていた.戸惑いの1つ目が,《学校の規則への戸惑い》であった.子どもに必要と考えていたケアを学校側から断られたことや,学校ごとにケアへの対応が異なることに〈行えないケアがあることへの戸惑い〉があった.また,看護師が行うケアの方法が母親の経験と異なり,〈ケア方法が異なることへの戸惑い〉があった.さらに,長期間の付き添いや課外授業の付き添いを求められたことに対して〈保護者付き添いへの戸惑い〉があった.
“やっぱり学校って先生と勉強する場だから,そこに常に母親の姿があって世話をしているっておかしいでしょ,という気持ちでした.全然子どもの自立に繋がっていないというか…母親の姿を探しちゃうし,学校じゃないよねっていう雰囲気でした.せっかくの学びの場なのに全然親離れ・子離れしてないよね,という状況.”
2つ目が,《看護師の実践への戸惑い》であった.母親は,小児科勤務や吸引の経験がないという看護師に対して〈看護師の技術不足への戸惑い〉があった.また,母親は看護師が緊急性・重大性のアセスメントや判断を行うと考えていた.しかし実際には,母親から見て極めて些細な指示範囲の逸脱に対して,母親の判断を仰ぐ場面があり,〈看護師としての判断の欠如に対する戸惑い〉があった.
また,看護師が子どものSpO2や体温を一般的な正常値に当てはめ,子どもの普段の数値や関連する観察項目との総合的な判断をしていないと感じるとき,母親には〈子どもに関する看護師の理解不足への戸惑い〉があった.
“(看護師から)胃残が50 ml以上だったら少し遅らせて(注入)なんだけど,51 mlあるんだけどどうしましょうって言われて,…機械じゃないんだからって言ったんだけど,母が決めたことをやるって.”
“(体温が)高い時に判断できない.親はわかるじゃないですか.顔も元気だし,こもり熱だからちょっと冷やして下げられる.学校の決まりで37.5°C以上あったら帰ってと言われてるんですけど,やっぱり水分を摂ったり,涼しくしたら下がる子もいるので….”
(3) 【子どもに適した学習環境づくり】母親は,学校のケアに対する戸惑いや子どもの体調変化があった際に,子どもが安全に落ち着いて過ごせる学習環境づくりを行っていた.子どもの普段の様子,症状の緊急度,反応の意味について〈わが子の特徴の伝達〉を行い,発作や呼吸状態の悪化,気管カニューレの事故抜去など急変や緊急時のために〈もしもの備えの共有〉をするといった《子どもへの理解の促進》につながる行動をしていた.
“(吸引を)鼻にすると泣くし,痛いじゃないですか.(呼吸が)苦しそうではなかったらやらないでくださいって言う.慣れている看護師さんでも,この子の場合はこうなので,とちゃんと伝える.”
また,母親は子どもの性格や刺激に対する反応の特徴から,子どもが不快に感じる状況を作らないよう教職員に直接依頼をすることや,かかりつけ医療機関の地域連携室を通じて〈子どもが安心できる環境の要請〉を行っていた.さらに,子どもの特徴の範疇にある体調変化であるにもかかわらず,学校から早退を求められる場合や,胃残量と栄養注入量の指示において子どもの成長に不利益を感じる場合には,主治医に対して〈医療的ケア指示書の相談〉を行っていた.母親はこのように《子どもの特性対応の要求》をしていた.
“(子どもがパニックになったとき,他者からの)「大丈夫?」という声掛けが嫌いで.(大丈夫?と聞くということは)これから大丈夫じゃないことが起きるんだ(と不安になる),みたいな.先生に「大丈夫?」の声掛けはやめてくださいってお願いして,それをずっと(先生同士で)引き継いでもらって.(パニックになった時には)違うところ連れて行ってもらったりとか,配慮してもらいながらですね.”
“(栄養注入可能な胃残量が)50 mlまでという指示で.50 ml過ぎたら(残りの胃残は)引いて捨てる.今(栄養注入可能な胃残量を)90 mlまで上げてもらったけど.成長できないよね,捨てられたら.”
(4) 【教職員から受けた積極的な自立支援】母親は,自身と教職員,そして子どもと教職員の関わりにおいて,母子それぞれの自立を促す教職員の積極的な支援を経験していた.
また,母子一体化を避け保護者自身の生活も大切にするべきという〈教員による母子分離推進〉があったと捉えていた.さらに,ケアに関する学校の規則を守りつつ,母親の付き添いが不要となる環境を整えようとする〈教職員によるケアの試行錯誤〉といった《教職員によるケアへの積極的な介入》を経験していた.
“母子分離は大切ですと,それぞれの人生が大切です,ここでいいですよ,ってきっちり先生から言ってくれるんですよ.付き添いの期間は過ぎたので,次からは私たちでちゃんとやるから,安心して離れてくださいって言われるんです.”
母親はまた,子どもの体調やケアに関して強い戸惑いや葛藤があった際に,教職員による〈苦悩の分かち合い〉によってその苦しみが緩和されていた.他方では教職員が子どもの成長を母親に報告し〈喜びの分かち合い〉があった.このように,母親は《教職員との感情共有》があったと捉えていた.
“「お母さん一人じゃ大変だよ」って言って,分かち合ってくれたの.「分かるわ,あれは見てたら辛いわ」って.心が楽になった.”
母親は子どもの成長や特性に応じた教職員の関わりから,〈子どもに伝わる学校の安心感〉や,〈子どものペースで育まれた自信〉,〈支援を通じた子ども自身の挑戦〉を認識しており,これらのような教職員の積極的な支援によって《教職員による子どもの自己肯定感の育成》を捉えていた.
“ちょっとずつちょっとずつ子どもとの関係を築いて,自信をつけて成長させてくれていた.雰囲気作りなのかな.”
“姿勢の保持が本当に難しかったけど,子どもが見えなくなるくらい大人に囲まれて,それでも何かやらせてくれるっていう.その当時はありがたかった.すごく楽しそうだったので.”
子どもの体調や成長に応じて,〈看護師によるケアの提案〉や〈看護師からのケア方法の相談〉,さらに緊急時には〈看護師の的確な判断〉があった.母親には,これらのような《看護師による柔軟な個別ケア》の経験があった.
“私,注入のスピードがよくわからなかったんですね.注入の量が倍に増えた時に,そのまま単純に30分から1時間で倍にしていたんです.胃腸に問題なければスピードはもうちょっと速くてもいいはずなので,ちょっと医師にきいてみてと.その子に合ったアドバイスをしてくれるんです.向こうからしてくれるんです.”
(5) 【子どもの社会性への気づき】母親は,子どもが教職員や友達と関わる様子を見聞きするなかで,子どもの社会性が育まれていることに気づく経験をしていた.
母親には,目や眉で返事や自己表現をするなどの〈子どもの意思表出〉,〈意思伝達ができた子どもの喜びの察知〉があった.さらに,家族の知らない一面や子どもの成長,友達との支え合い,意思や考えがある様子が教職員から報告されることにより,〈子どもと他者で築いた世界への気づき〉があった.母親にはこのような《子どもと社会との繋がりへの気づき》があった.
“学校に行って先生たちから学ぶこととかがあったりとか,例えば家では分からなかったことがこんなこともできるんだとか,そういうのはすごくありましたね.”
“(子どもが)ありがとうって言ったよって言ってくれて.やっぱり子どもと看護師さんの世界っていうのがあるんだなっていうのを知った時にはすごい嬉しかった.”
母親が近づくと子どもが目をそらす,無表情になる,じろっと見る,声を出すなど,〈お母さん来ないで,という反応〉と捉えていた.また,母親は学校を〈子どもが見つけた自分の居場所〉と捉えていた.このような《子どもの社会的自立への気づき》があった.
“吸引してもらったらいいんじゃない?とか,余計なことを口出すと怒るというか,黙っててと.学校内で私からのケアは受けたくない.あと授業中も見に行ったりとか,ちょっと体調が悪い時とかは(傍で)付き添わなきゃいけないんですけれども,来ないでという感じで.”
3) 帰結 (1) 【現状への妥協】母親は,子どもに適した学習環境づくりに努めていたが,母の要望が検討されないときや子どもの体調への理解が得られない場合,教員や看護師の立場や考えを推察し〈妥協〉をしていた.また,自身の考えや思いは「わかってはもらえない」と察し,発信をやめるといった〈努力の末の諦め〉があった.母親はこのように自身の《気持ちへの折り合い》をつけていた.
“できることとできないことの線引きがものすごくて.ずっとそういう気持ち(不満)を持ち続けて.でもまあ,やってくれてちゃんとできるんだから良しとしようと思っていた.”
“子どもの体調が悪い時はわかる.でも母親の意見は聞いてくれないんですよ.後半は諦めですね.子どもが通いたいと思って,寝不足で運転なのに,ちょっとのことでもうすぐ帰った方がいいんじゃない?と言われると…(中略)もう頑張ってもダメなんだなと思って,わかりました,(子どもを連れて)帰りますって帰るようになったんですよね.”
母親は,子どもの心身の状態が安定しないときや,看護師が多忙で迅速な対応が難しいとき,また看護師や教員がケアの判断に迷うことが日常的に生じる場合,〈子どもから離れられない状況〉となった.さらに,付き添いをやめる適切なタイミングを見極められず〈子どもから離れることへの逡巡〉が生じ,付き添いの期間が長期化し,次第に〈居場所が保護者控室という錯覚〉に陥っていた.このように,母親は《付き添いの常態化》を捉えていた.
“今も常時付き添いの学校あるんだ,みたいに他の地域から来た人に言われるんですけど,行ってると洗脳じゃないですけど,本当に麻痺して,これが私たちの居場所みたいになってた部分あったと思うんですよね.”
“私から去っていいのかどうかわからなくて,ズルズル居てしまったという.(中略)なぜ私がいるのかわからない,と思った.先生方もそうだったんだと思うんですよね.お母さんから去るって言わないから,じゃあ居たいんだなぁみたいな.”
(2) 【子離れがもたらす自己再発見】母親は,子どもの社会性に気づくと,学童期という発達段階に合わせ,〈子どもの年齢に応じた距離感〉を意識していた.また,子どもが教員や友達との交流を大切にしていることから,母親の選択ではなく〈子どもの選択の尊重〉をするといった《子離れの意識》をするようになった.
“今まで,ごはんを食べる(食べさせる)時間はすごく大事な時間として親子で思っていたけれど,子どもは友達や先生と一緒にいたい.お母さんだけがごはんというものにすごくこだわっているんじゃない?と気づいて.私がもう子離れしなければと自分で思った.”
母親は子どもの社会性が育まれていることを知り,一時的に付き添い控室を離れる機会を作った.子どもと離れた時間に〈自分自身の見つめ直し〉や,〈家事や就労への志向〉を持ち,《自己の役割の再構築》につながった.
“こんな風に子どもが学校行ってる時間は,家の片付けをしたり働いたり,自分の趣味の時間を持ったり,こういうふうにして暮らしてるのかなって,少しだけでも一般的な普通の生活を感じ取れる瞬間ができてきたかな.やっとできてきたかなっていう感じがしました.”
本研究は,医療的ケア児をもつ母親の特別支援学校における付き添いの経験を明らかにすることを目的としている.この過程の中核で他の相互行為と双方向の関係にある【子どもの体調による心の揺れ】と,付き添いの終了に至る【子離れがもたらす自己再発見】の2つの概念から,母親が捉える特別支援学校における付き添いの意味と,必要とされる支援について述べる.
1. 母親が経験した子どもの体調による心の揺れ障害のある子どもは環境の変化や刺激に敏感で,身体的反応がみられることがある.さらに,重症心身障害児は感染症に罹患すると重症化しやすく,成長に伴い筋・骨格,呼吸器,消化器等に様々な身体の変化が生じ,筋緊張が増強する場合もある(岡田,2015).体調不良が深刻な問題となりやすく,生命の危機と不可逆的な状態の悪化を意識せざるを得ないため,母親は子どもの変化を見落とさないよう気を配っていたことがわかる.
さらに,重症心身障害児は自己の苦痛を詳細に伝えることが難しいため,保護者は常に子どもの感情や思いを想像し,汲み取り,代弁しようとしている.また,特別支援学校入学後の母親の思いを明らかにした盛岡(2022)の研究と同様に,不十分な学校のケア実施体制や看護師の判断に基づく実施が不足している状況について,期待と現実との違いを感じていた.子どもに変調が見られた場合はさらにケアや判断が必要とされるため,十分に対応されない可能性の存在が,学校の医療的ケアへの戸惑いをより大きくすることが窺えた.これらのような子どもの健康状態や学習環境に対する母親の精神的負担,戸惑い,苦悩が付き添いの期間や介入の仕方に影響を及ぼし,子どもの心身の健康状態や成長・発達との相互作用が生じると考えられる.
そのため,本研究の結果でみられたように,看護師やセラピストが専門的な知識・技術をもとに,母親へ積極的に関わり,心の揺れに対する理解と共感によって,安心感を持たせることが重要であるといえる.また,子どもは健康状態が安定すると社会性の発達が促され,表情が豊かになり,楽しそうに過ごしていたことが捉えられていた.子どもの健康状態と社会性の発達が密接に関係していたことから,学校看護師は担任教諭や養護教諭,セラピスト等の多職種と連携し,適切な健康管理,体調不良や緊急時の迅速かつ適切な判断・対応とともに,医療的ケアを通じた心身の成長・発達を促す関わりについて検討し続けることが求められる.
2. 母親が経験した子離れがもたらす自己再発見母親が自己再発見に至る過程では,子どもの社会との繋がりや社会的自立といった心理的な母子分離が見られ,母親が子離れの必要性を認識することにより自らの自己再発見につながった.母子分離は子どもが心理的・物理的に母親から離れることを指すが,重症心身障害児の場合,自らの意思によって物理的に離れることは難しい.しかし,母親は子どもの心理社会的な発達を見極め,子どもの心身の均衡を保つよう関わっていたといえる.
一方で,母親が子どもから離れられない帰結も示された.特別支援学校における母子分離は,特に重症心身障害児を持つ家族にとって重要な課題である.総務省行政評価局(2024)の調査では,保護者の付き添いが一定程度生じている理由に,就学相談がなく把握時期が遅れたことや医療的ケア実施者の不足が挙げられている.また,先行研究では,母親が特別支援学校卒業後に重症心身障害児を任せることに不安を持ち,子離れに逡巡することが報告されている(中山ら,2016).本研究の母親は,医療的ケア実施者の不足に加えて子どもの体調変化があったことや,学校側から付き添いの終了について相談がなかったことから,母親は子どもから離れることへの逡巡が生じ,学校側と母親が互いに相談できなくなっていたと捉えている.そのため,母親の戸惑いが解消されないまま子どもから離れられない現状に妥協し,付き添いの常態化につながっていた.こうしたことから,人的支援の確保と併せ,子どもの健康状態と心理社会的発達の状況,それらに応じた付き添いの期間や介入方法を検討することにより,重症心身障害児は母子分離という発達課題を達成し,さらには母親の自己再発見を促進する環境につながることが示唆された.
本研究の医療的ケア児における社会性の発達に着目すると,教員や友人,看護師,セラピストとの関係性を構築し,社会性を育んでいた.「親離れ・子離れ」に関連する先行文献では,障害をもつ思春期や青年期の親離れについて報告されており,子どもが学校で教員や友達との関係性を築き上げていくなかで,次第に親から離れていく姿を母親は感じ取っていた(汲田・山口,2016;中山ら,2016).また,本研究では「子どもの自立」「親の自立」といった語りがあった.知的障害者の「自立」について森口(2015)は,将来何かが達成されることが重要ではなく,親の予測や意図を超えて本人が他人と関係性を取り結び,本人のもつ世界が広がることが「自立」に向けた変化であることを述べている.本研究の学童期にある重症心身障害児が他者とともに世界を構築し,自らの意思を伝えるサインを発信できるようになることは,母親にとって子どもが自立を目指す姿と捉えられており,自己再発見において重要な意味を持っていた.教職員が子どもとの関係を深め,心理社会的発達の過程を母親に伝えていくことが重要である.しかし,教職員が子どものサインを短期間で理解することは容易ではなく,深い洞察が必要である.こうした中で,母親は教職員に対して子どもに関する理解を促す行動をとっており,子どももまた,自分の意思が教職員に伝わることに喜びを感じる様子が捉えられていた.子どもが自己の持つ力に自信をもち社会性を発揮できるようにするためには,子どもの反応の意味を家族や教職員間で共有し,継続的に関わることができる支援体制の構築が重要である.
特別支援学校における母親の付き添いは,子どもが集団の中で社会性を育むことを願いながら,個別最適な学習環境を整えるために様々な苦悩を乗り越える過程であった.また,親離れ・子離れを経験し,自己の役割を再構築しようとする母親自身の成長を遂げる過程でもあった.したがって,付き添い期間は,医療的ケア児だけでなく,母親の成長を後押しする期間でもあるといえる.医療的ケアの体制のほか,子どもの健康状態や心理社会的発達,母親の心の揺れをアセスメントした上で,個々の母子に応じた付き添いの在り方を検討する必要性が示唆された.
本研究では,限定した地域の特別支援学校に通う子どもの母親を対象としている.そのため,医療的ケアの実施範囲が異なる場合には,カテゴリーのバリエーションが増える場合があり,本研究で設定したサンプリングの枠を取り外してデータ収集し,本研究の結果に統合していくことが必要である.
謝辞:本研究にご参加くださりました研究協力者の皆様,研究にご協力をいただきました特別支援学校および障害児通所支援施設の管理者の皆様に深く感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:佐々木は研究全般を実施した.吉田は研究デザインの構想に貢献し,データ分析を行った.両著者は最終原稿を読み,承認した.