2025 Volume 45 Pages 478-489
目的:乳幼児健診で個別課題から地域課題の抽出と解決の検討を促すカンファレンスシートの妥当性と有用性を検証する.
方法:個別課題から地域課題を抽出し解決の検討を促すカンファレンスシートを作成し実際に使用した.カンファレンスで参加観察を行い,実践技術の要素を組み込んだシートの妥当性を検証した.また,質問紙調査を実施し,有効性と効率性の観点から有用性を検証した.
結果:28事例の検討で8件の地域課題の検討がされた.シート内容は要素との関連が認められ,妥当性が確認された.また,保健師の意識変化から【個別課題の共通性に気づく】【個別課題から地域課題を思考するプロセスが理解できる】【地域の環境に目が向く】【情報の可視化と伝達の効率化】など,有効かつ効率的に実用できるシートの有用性が示された.
結論:本シートは,個別課題から地域課題の抽出と解決の検討を促す有効なツールであり,妥当性と有用性が確認された.
Objective: This study aims to verify the validity and usefulness of a case conference sheet designed to facilitate the identification of community health needs from individual cases at health checkups for infants and toddlers, as well as the deliberation of potential solutions.
Methods: We developed and implemented a case conference sheet to facilitate the identification of community health needs in individual cases and the deliberation of potential solutions. The validity of the sheet, which incorporated elements of public health nursing competencies, was verified through participant observation during case conferences. Furthermore, a questionnaire survey was conducted to assess the sheet’s usefulness in terms of effectiveness and efficiency.
Results: Analysis of 28 individual cases led to the identification and examination of eight community health needs. The content of the form was found to be aligned with the elements of public health nursing competencies, confirming its validity. The usefulness of the sheet was demonstrated through changes in public health nurses’ awareness, who indicated it was an effective and efficient tool that helped them to recognize commonalities among individual cases, understand the process of conceptualizing community health needs from individual cases, pay attention to community environment, and improve the visualization and efficiency of information sharing.
Conclusion: This case conference sheet was confirmed to be a valid and useful tool for facilitating the identification of community health needs from individual cases and deliberation of potential solutions.
少子化や核家族化の進展,女性の社会進出の増加,地域社会の交流の希薄化など社会的環境の変化により,育児の孤立,育児不安,児童虐待など育児を取り巻く地域の健康課題は複雑化・多様化しており,予防的介入と早期発見が強く望まれている.
そのため,健康状態や虐待などのスクリーニングツール(厚生労働省,2017)や子育て支援の必要性の評価方法(松原ら,2017;武田・小林,2017),育児機能評価のアセスメントツール(中野ら,2003),心理社会評価及び助言・指導ツール(坂下ら,2022)などハイリスクアプローチのためのスクリーニングツールや育児支援の評価方法などが,これまでの研究で明らかにされてきた.しかしながら,健やか親子21(第2次)中間評価(厚生労働省,2019)では,いまだ子どもを取り巻く環境の格差が進んでいくことが懸念されている.環境格差から生じる健康格差を解消するためには,個別の問題だけでなく,個を取り巻く地域の健康課題を解決していくことが求められる.
しかし,課題解決のためには,保健師が意識的に個別事例を取り巻く地域の環境に目を向け,適切な手続きに基づいて課題を発見することが重要である.課題発見は,地域課題の明確化につながる重要なプロセスである.宮崎(2018)は,個別事例を通じて地域環境や住民の健康問題,その背景を検討し,優先的に取り組むべき地域の健康課題を明らかにすることが地域課題の明確化であると述べている.このことから,課題発見は地域の実態を把握し,対応すべき課題を導き出す過程といえる.
個別課題から地域課題を明確し課題解決を図る手法として,日常業務とは別の場で実施されている事例検討会(日本看護協会,2021)やOff the Job Training研修会を検証した(石田,2016)研究がある.しかし,保健師にとって保健活動の時間的な負担感がある中(日本看護協会,2024),日常業務内で効率よく地域課題の抽出と解決を検討できる方法が求められている.
保健師の日常業務の中で,乳幼児の全数把握ができ,「親子関係」「心の問題を含む保護者の問題」「虐待やDVの可能性」など親子を同時に観察できる利点を生かした課題発見の場(尾﨑,2003)として乳幼児健康診査がある.本研究では,個別対応を通じて得られた個の問題を地域の問題として捉えなおす重要な手段(都築・村嶋,2009)である乳幼児健診後カンファレンスに着目した.
カンファレンスでは,保健師が事例を通して,地域課題の抽出と解決の検討ができるよう,事例を取り巻く地域の環境へ段階的に思考を促す手順を示す様式が必要であると考えた.
本研究では,保健師が乳幼児健診後カンファレンスで,個別課題を検討するだけでなく,個別課題から地域課題の抽出と解決を検討することを促すカンファレンスシート(以下,シート)の妥当性と有用性を検証することを目的とする.
【用語の定義】
地域の健康課題(地域課題)とは,住民が生活する場(地域)において,保健師が個人の健康を阻害する社会的環境因子を予測し,予防的な手立てを必要とする課題である.
本研究は,解決又は理解する必要がある問題に着目して行う探索的記述的質的研究(黒田,2023)である.
2. 研究方法保健師が乳幼児健診後のカンファレンスで個別の課題から地域課題を抽出し,その解決を検討することを促すカンファレンスシートを作成し,実際のカンファレンスで使用した.
妥当性の検証では,保健師が個別課題から地域課題へ段階的に思考し,地域課題の抽出と解決の検討が可能であるかを評価した.また,カンファレンスで参加観察を実施し,実際の検討プロセスを通して,地域課題の抽出に必要とされる視点や意識などの実践技術の要素との関連性を分析した.これらの実践技術の要素は,保健師の思考過程を踏まえてシートに組み込んでおり,保健師の思考の流れと合っていたかを検証した.
有用性の検証では,シートが現場で実用的に機能するかを評価するため,カンファレンスにおいて,地域課題の抽出と解決の検討に実際に役立っているか(有効性),日常業務の中で負担なく効率的に活用できるか(効率性)の観点から検証した.検証は,自記式質問紙調査により行った.
1) カンファレンスシートの作成手順保健師が乳幼児健診後カンファレンスで事例検討をする際に,地域課題の抽出と解決の検討ができるよう,事例を取り巻く地域の環境へ段階的に思考を促す手順を示す様式を作成した.
(1) シート項目の構成市町村保健師活動における地域の健康課題を抽出するための視点や意識の要素を示した「地域の健康課題発見の実践技術(以下,実践技術)」(斎藤・守田,2020)を基に,シート項目を研究者間で検討し作成した.実践技術は次の4つの要素と30の下位項目で構成されている.
4つの要素は,要素1〈住民の生活背景に焦点を合わせる〉,要素2〈データや生活状況を束ねる〉,要素3〈地域の健康課題を解決することに責任を持つ〉,要素4〈住民や関係者との信頼関係を構築する〉である.地域課題の抽出を促せるよう保健師の思考の流れを意識して,この4要素をシートに組み込んだ.
シートの項目構成に要素をどのように組み込んだかを次に示す.
まず,一般的な健診後カンファレンスの検討項目である①「個別ケースで気になったこと」に加えて,要素1〈住民の生活背景に焦点を合わせる〉や要素4〈住民や関係者との信頼関係を構築する〉ことを意識して検討できる項目として②「個を取り巻く地域全体でのフォロー(どう支えたらいいか誰がどう調整するか)」を設定した.
次に,要素3〈地域の健康課題を解決することに責任を持つ〉ことを確認する項目として③「フィードバック」を設定した.また,要素2〈データや生活状況を束ねる〉ことが効率的にできるようExcel表にし,パソコンで入力・管理できるようにした.
シート試案項目の構成は,①個別ケースで気になったこと②個を取り巻く地域全体でのフォロー(どう支えたらいいか誰がどう調整するか)③フィードバック(検討されたケースの課題がその後どうなったのか)の3項目とした.
(2) シート項目の修正A県で集団方式による1歳6か月児健康診査(以下,1.6健診)を自治体単独で実施しているB市の保健師9名を対象に,2020年11月~2021年12月にシートを試用した.月1回の1.6健診後カンファレンスにおいて,シート試案とシートの項目に沿った進行手順を示した進行ガイドを用いて13回実施した.その結果,個別課題から地域課題の抽出と解決の検討が4件確認された.2022年3月に参加保健師にフォーカス・グループインタビュー調査を行った.
シート記録・参加観察記録・健診担当者との確認記録・インタビュー逐語録のデータから,個別課題から地域課題の抽出と解決の検討を促す上での阻害要因を特定した.阻害要因の特定には,Damschroderらにより開発された実装研究のための統合フレームワーク(CFIR; Consolidated Framework for Implementation Research)(Damschroder, 2009/2021)を用いた.このCFIRは,I 介入の特性,II 外的セッティング,III 内的セッティング,IV 個人特性,V プロセスの5つの領域と39の構成概念から構成されている.特定の組織や集団,コミュニティにおいてエビデンスのある介入や取り組みを効果的・効率的に取り入れ,維持していく上で考慮すべき観点が網羅されている.“個別課題から地域課題を抽出し解決の検討をすること”を保健師が所属する組織や個人が効果的・効率的に実践するための阻害・促進要因を多角的に検討するためこのフレームワークを用いた.
阻害要因は,表1のとおり,I 介入の特性として課題を同時に見つける複雑性や視点の必要性は認識されているがどのような成果につながるか具体的な認識が語られていないことが挙げられた.また,V プロセスでは,個人の振り返りがなく,健診担当者以外の保健師に結果の共有がされず,効果の認識ができていないことが挙げられた.なお,II 外的セッティング,III 内的セッティング,IV 個人特性に該当する内容は抽出されなかった.分析データの内容を斜字で示した(表1).
| 実装研究の統合フレームワーク(CFIR)の領域と構成概念 | 阻害要因の主な内容 | シートの改善内容 | |
|---|---|---|---|
| I 介入の特性 | 複雑性 | ▶個別課題から地域課題を同時に見つける複雑性 ・個別課題と地域課題を一緒に見つけるのは難しい |
「②地区担当者が行う事後フォローアップ」の欄に『個を取り巻く地域全体でのフォローアップ(保健師が取り組むべき課題)』の説明を追記 |
| エビデンスの強さと質 | ▶個別課題から地域課題を思考することが地域課題の解決につながることの信念を裏付ける認識がない ・視点の必要性は認識されているがどのような成果につながるか具体的な認識が語られていない |
『具体的な地域の環境への働きかけ』の項目を追加 | |
| II 外的セッティング | 該当データなし | ||
| III 内的セッティング | 該当データなし | ||
| IV 個人特性 | 該当データなし | ||
| V プロセス | 振り返りと評価 | ▶個人の振り返りがない ・健診担当者以外の保健師に結果の共有がされず,効果の認識ができていない |
「④フィードバック」欄の意義と効用の説明 |
以上の結果を踏まえ,次のようにシートを改良した.個別課題と地域課題を同時に見つける複雑性を解消するため,個別課題の解決のために地域課題の解決に取り組む流れになるよう「②地区担当者が行う事後フォローアップ」の欄に『個を取り巻く地域全体でのフォローアップ(保健師が取り組むべき課題)』の説明を追記した.また地域課題を解決することが,具体的にどのような成果につながるのかを認識できる項目として新たに「③具体的な地域の環境への働きかけ」を追加し,「④フィードバック」で確認ができるようにした.プロセスにおける振り返りと評価では,「④フィードバック」欄の活用の意義と効用について,事前説明を十分に行うこととした.
改良したシート項目は,①個別ケースで気になったこと ②地区担当者が行う事後フォローアップ・個を取り巻く地域全体でのフォローアップ(保健師が取り組むべき課題) ③具体的な地域環境への働きかけ ④フィードバックの4項目となった.
また,事例の共通性を検討しやすくするために,「全体」の欄を設けた(図1).

A県内で研究の同意が得られたC町で改良したシートを用いて乳幼児健診後カンファレンスを行った.参加保健師は5名であった.
なお,C町では,隔月で1.6健診と3歳児健診が実施され,毎月,健診日とは別日にカンファレンスを実施していた.
(1) シートの活用方法書記が1.6健診及び3歳児健診終了直後に,健診に関わった医師・歯科医師・看護師・保健師(嘱託・臨時含む)から要観察事項や申し送り事項を聞き,予めシート項目「①個別ケースで気になったこと」に整理し記載した.その後,健診後2週間以内に,統括保健師以外の4名の保健師が,記載されたシートを用いてカンファレンスを実施した.書記がその場でシートに記録した.
進行役は,シート項目順に①「個別ケースで気になったこと」を確認後,②「地区担当者が行う事後フォローアップの検討」の中で,「個を取り巻く地域全体でのフォローアップ(保健師が取り組むべき課題)」について検討を促した.次に,そのフォローを具体的に誰がいつどのように行うのかを確認しながら,③「具体的な地域の環境への働きかけ」を検討した.さらに,当日の全事例を通して「全体」での気づきについて発言を求め,地域課題として取り上げる内容や解決に向けた検討を行った.
翌月のカンファレンスでは,前月の検討内容について対応の結果を④「フィードバック」に記録した.
カンファレンスの振り返りを参加保健師・統括保健師・研究者で6回目の終了後に行った.シートを時系列に示して,研究者が具体的な地域の環境への働きかけを発言した保健師にその意図を尋ね,地域の環境への働きかけの経過などをフィードバック欄で確認しながら1時間程度話し合った.
(2) データ収集方法保健師が記録したシートは,毎回終了後にExcelデータで研究者に提供してもらった.参加記録は,研究者が毎回参加観察し作成した.振り返りの内容は,参加者の同意の下,録音した.録音したデータから逐語録を作成した(図2).

6回目のカンファレンス終了後に無記名自記式アンケート調査を実施し,保健師にカンファレンスの意義や地域の健康課題の検討についての意識を問うた.自由意思で協力いただき,強制ではないことを説明した.協力者には,アンケートを研究資料として使用することの同意欄にチェックをしてもらい,各質問項目の選択肢とそのように思われた理由を自由記述欄(80字程度記述ができる空欄)に記入するよう依頼した.
(2) 調査項目基本項目は,所属,保健師経験年数,カンファレンス参加回数,役割を尋ねた.
質問項目は,1.健診後カンファレンスの意義と機能についてどのように考えているか 2.新しく実施したカンファレンスについて 2-1.乳幼児健診で発見された疾病や発育発達上の問題,指導内容等を共有できたか 2-2.一職種や一個人では判断が難しいことの共有や検討ができたか 2-3.地域の問題へ気づくことができたか 3.新しいカンファレンスの方法は受け入れやすいものであったか 4.個別事例の課題から,地域の健康課題を明確化する方法として活用できそうか 5.明確化できたと思う健康課題とその事例の概要 6.地域の健康課題の明確化に向けた検討が 場に合っていたか 6-1.合っていない場合,他にどのような場が合っているか(複数回答) 7.明確化した地域の健康課題の解決に向けて検討することはこの場に合っているか 7-1.合っていない場合,他にどのような場が合っているか(複数回答)8.このカンファレンスを取り入れることは所属する組織の理念や価値観,風土にあっていたか 9.地域課題発見型カンファレンスを行う上で負担になったことはあるか 10.このカンファレンスを今後も続けていきたいか 11.事前研修で説明されたとおりに地域課題発見型カンファレンスを行うことができたかの11項目.
回答は,質問1は選択式,質問2(2-1~2-3)は,「できている」から「できていない」の4件法で尋ねた.質問3~11は,「そう思う」から「そう思わない」の4件法で尋ねた.質問2~11の理由を自由記述してもらった.
3. 分析方法シートの妥当性については,次の2点から内容の妥当性を検討した.1つ目は,記入されたシート記録から地域課題の抽出と解決の検討が行われていたかを確認した.2つ目は,検討プロセスにおける保健師の思考に着目し,質的記述的に分析した.具体的には,シートに組み込んだ実践技術の要素との関連から,保健師が地域課題を段階的に検討していたかを分析した.方法として,本研究で定義した地域課題の抽出と解決に関する内容をシート記録から抽出し,参加記録や振り返りの逐語録を用いて保健師の発言を分析した.検討内容と照合し,各地域課題に対して実践技術の要素が保健師の思考の流れと合っていたかを検討した.
シートの有用性については,有効性と効率性の2つの観点から検討した.有効性は,保健師が地域課題の抽出と解決の検討を行う上で,シートが実際に効果的に活用できたかを評価した.効率性は,時間的負担感を持つ保健師にとって,本シートが乳幼児健診後カンファレンスという日常業務の中で負担なく効率的に活用できたかを検討した.
なお,これらの評価には,保健師の実感を収集でき,実践の実情など掘り下げた質的データを用いた.具体的には活用後のアンケート質問2~11の回答理由の自由記述を分析対象とし,自由記述の設定がない質問1は除いた.自由記述の中から,「シート活用による変化」が書かれていた内容を一文ごとに抽出した.抽出した文章をシートの有効性と効率性の観点から類似する内容ごとに分類・カテゴリー化し,保健師の意識変化をもとに有用性を検証した.
4. 倫理的配慮本研究は,筆者が所属する大学の山口大学大学院医学系研究科保健学専攻医学系研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(管理番号777-1,777-2).シートには,性別や年齢など個人が特定される情報は記載しないことを予め依頼した.記載後,個人情報および行政情報として公開することが不適切な内容が含まれないことを確認した上で研究者へ提供してもらい,個人情報が含まれた場合は,匿名化又は削除した.
研究協力は自由意思に基づくもので,強制ではないことを明示し,同意書で同意を得た.再度振り返り場面の前に,研究者が口頭で説明した.録音データは,録音後3週間以降は分析のため同意撤回ができないことと結果は自治体名や研究対象者が特定されない形で公表することを書面にて説明した.
A県内C町は人口約5,000人,出生数43人(令和5年度)で,保健師5名(以下記号で示す)が参加した.対象者の基本属性は,保健師経験年数10年未満2名(B・E),10~20年1名(A),20年以上2名(C・D)で,役割は,母子保健担当(A)・健診事業責任者(B)・要保護児童対策地域協議会担当(C)・係長(D)・健診担当(E)であった.
2. 地域課題の抽出と解決の検討結果2024年2月~9月で6回カンファレンスを実施し,28事例の検討がなされた.そのうち15事例は,「具体的な地域の環境への働きかけ」まで検討され,全項目に記入がされた.15事例のシート記載内容は表2のとおりである.「具体的な地域の環境への働きかけ」が未記入の事例は,地域の環境への働きかけがすでになされているか個人レベルの対応の場合であった.
| ①個別ケースで気になったこと | ②地区担当者が行う事後フォローアップ 個を取り巻く地域全体でのフォローアップ (保健師が取り組むべき課題) |
③具体的な地域の環境への働きかけ | ④フィードバック |
|---|---|---|---|
| 事例の概要 | |||
| 遊走精巣疑いで要精密,低身長で要経過観察の事例 | ・3ヶ月後経過を電話で確認する.経過観察だが受診していないのではないか. ・こども園へも情報提供することで普段気にかけてもらえるため,母親の不安軽減につながるのではないか. 年少3ヶ月(6月)に確認.こども園から連絡がない場合,保健センターから状況確認する. |
・こども園から内科健診や計測の結果を保健センターと保護者へ返してもらう | ・R6.7月母親に電話連絡.遊走精巣の受診できていない.再度9月中に確認予定. ・こども園に確認.低身長で医療機関受診を促すも,母親自身も低身長だったため気にしていないと話していたとのこと. |
| 第1・2子とも発達に遅れがあり,児の落ち着きのなさを心配している事例 | ・年少入園3か月後に様子を母親へ電話連絡で確認する. こども園へ情報提供する.集団での様子を保護者へ伝えてもらうことで不安の軽減になるのではないか. |
・こども園から集団での様子を保護者と保健センターへ伝えてもらう | ・R6.7月療育の予約を8月に取った. 結果を10月頃確認予定. ・こども園に確認.9月末に療育の診察のため受診予定. |
| 近くに友人がおらず,実母や義母と折り合い悪く話し相手が欲しい母親の事例 | ・母親へしんどくなったり何かあれば,保健センターへ相談できると紹介. 保健センター事業,計測会や母推の育児サロン紹介. |
・こども園から園の様子を保健センターへ伝えてもらう | ・母推育児サロンのスタッフより,対象年齢外の子どものため利用は難しいのではないかと断られる. ・計測時に母子保健推進員と気持ちを随時話すことができている. |
| 遊走精巣疑いで要精密.言葉の遅れで療育センターに通所中.貧血の治療後経過が心配される事例 | ・5月頃に受診状況を確認するため,母親へ電話連絡する. ・療育センターへ貧血のことを相談するよう助言. ・手帳・サービスは障害担当課へ相談するよう助言. ・スケジュール調整が多い.手術後必要になればまた受診しないといけないことも想定して貧血かどうか同じ医療機関に相談してみてはどうか. |
・障害担当課から情報提供してもらう | ・R6.5月連絡.転出. 児童発達支援サービス見学未実施.医療機関への受診もできていない. ・転出先の自治体へ相談するよう助言. ・転出先の保健センターへ情報提供実施. |
| 出生時より低身長の事例 | ・こども園の計測を通して経過観察してもらうためにも情報提供が必要. ・今後は,普段の計測結果を返してもらうことで母親の不安軽減につながるのではないかと考えられる. |
・こども園から計測の結果を保健センターと保護者へ返してもらう. 園の計測では成長曲線で伸びの状況を把握している. |
・こども園へ情報提供をしている. ・園の内科健診に保健センター職員が参加するので医師に声掛け予定. ・こども園確認.8月に計測実施. 低身長で要経過観察. |
| 言葉の遅れが気になる事例 第2子妊娠中で近く転出予定のある母親 |
・言葉は理解もあり,1つでているため,2歳頃確認をしたいが転出されるため,4月に一度確認.その際に転出時の妊婦健診等の手続きについて再確認予定. | ・発達について母親が不安に感じていれば転出先の相談先を伝える. ・また,転出先にも情報提供してはどうか. |
・R6.5月母親へ電話連絡. ・言葉増えてきている.不安も解消しているようだった. 気になることあれば,転出先の保健センターへ相談するよう伝える. |
| 言葉の遅れで療育センターと発達支援教室に通っている事例 | ・すくすく計測や地域子育て支援センターでの計測会を通じて様子確認予定. ・保護者の同意が取れれば療育センターへ療育の内容や母親の様子を確認してはどうか. ・地域子育て支援センターの担当者へ情報提供実施する. |
・地域子育て支援センターの様子を保健センターへ伝えてもらう. ・発達が気になる子のサークル利用時に児童発達支援センターとつながりが持てるのではないか. |
・書類が整えば5月頃入園を検討中. ・地域子育て支援センターに数回参加し,そこからは利用が無くなった.9月から入園予定となった. ・9月から毎日登園で来ている.母親も園の先生とつながりができ嬉しそうな表情であった. |
| 言葉の遅れがあり,落ち着きがない事例 中耳炎で通院中,今後手術予定あり |
・健診後のカンファレンスにて集団での様子が気になるとこども園より情報提供あり. ・耳の聞こえから発達の遅れがあるのではないか. 総合病院へそのまま相談することを提案してみてはどうか. |
・こども園の担任へ様子確認と手術での欠席等を確認. | ・R6.5月こども園の内科健診にて,体幹が柔らかく,片足立ちができず,要精密検査となった. ・5月に手術をし1週間で退院した.個人懇談を年少の初めにした際,母親が「この子には加配が付く感じですかね」と聞き,母親も気にはなっている様子. |
| 言葉の遅れを心配している転入事例 | ・事前に町外の保育園に見学に行き状況確認済. ・健診時,発達検査や療育等の相談について情報提供を行った一度検討されると持ち帰ってもらったため1か月後に確認する. ・母親の気持ちや今後の意向を確認予定. |
・こども園へも健診の結果を報告済み. ・前住所地から情報がないか確認.(A市,B市) |
・R6.6月母親へ電話連絡.発達支援センターのスタッフが園訪問を行い,長文は難しい等の助言をもらった. 発達相談等は受けなくていいと思っている.本児の遅れがあり受けた方がいいとはっきり伝えてもらったら受けるつもりと話す. ・8月に発達クリニック受診し,医療機関へつながった. |
| 斜視で要精密,多動の事例 | ・健診受診後1か月以内に受診し,結果を保健センターへ返すよう資料を渡した. ・1か月後結果の返しがない場合,保健センターから連絡. |
・園での様子を内科健診を通して確認予定. | ・園ではおとなしく健診を受診できていた. ・医療機関にて乱視を認めるが経過観察となる.就学時健診後に再検査をするよう主治医より説明を受けた. |
| 肥満で要経過観察の事例 | ・第4子出産.出産後の乳児訪問時に確認. どの程度食べているのか,内容の確認や今後の影響について状況によっては訪問時指導してはどうか. |
・こども園入園中. 園での身体計測も要確認. |
・こども園へ確認.8月の計測で正常パーセンタイル内に戻っている. ・今後も園の計測を通じて経過観察継続予定. |
| 言葉の遅れはあるが,理解力はある事例 第1子出産後メンタル不調のある母親 |
・2歳頃発語の様子を保健センターから母親へ確認予定. ・4月から園へ預ける等環境が変わっため,母親の様子も保健センターから確認する. |
・園での様子も随時確認. | ・担任に確認.指差しあり,伝える時は唸り声を出してアピールする.言葉以外は今のところ気にならない. ・R6.9,こども園へ確認.母親の様子は変わりなし.児の様子は変わらずでまねもしないため,担任が気になっている. |
| 長男に発達特性があり,精神疾患がある母親が発達の遅れを心配している事例 | ・本児の発達に長男の背景から不安がある様子.絵カードができていないため,2歳頃確認してはどうか. ・母親の不安軽減のため発達確認時母親の気持ち確認する. |
・こども園の担任に確認. | ・理解もよくできて言葉も出る.母親の育児不安について園の方も相談を受けたことがある. ・今後も園でも相談できるよう続けてもらう. |
| 乱視で医療管理中,排泄間隔が長い事例 | ・冬休みの受診結果を確認する. ・次回尿検査再提出. ・未提出の場合,こちらから連絡をする予定. |
・こども園担任に(乱視・排泄)確認.保護者から園に情報を伝えているのか確認. | ・9月こども園担任へ確認.乱視について2学期始まってすぐ母親より伝えてもらった.見えにくいのか横目で見ることは園でも確認している. ・排泄については,夏休み期間中おむつで過ごしており,パンツにかえて我慢していたのではないかとのこと. |
| 発音不明瞭で要経過観察の事例 | ・園での様子を返す方法を検討してはどうか. ・3か月後に連絡する旨伝えたところもう少し様子が見たいと保護者から4歳に状況確認する. ・連絡する期間が長いと保護者が忘れていることがあるため,連絡する際は「健診時母子手帳に記載をしている通り,連絡しました」とつなげる. |
・こども園担任に言語発達の状況,子どもの母親との関わりについて確認. | ・9月こども園の担任へ確認.かなり聞き取りにくい. ・担任から母親へ発音について聞くと,「療育を検討しているが,じっとしていられないため,療育が受けられないと思い,今は無駄だと思っている」 ・母親は末っ子だからかできないことがあっても気にしていない様子. |
カンファレンスでは,事例ごとに検討がされた後,事例全体での気づきの検討がされた.複数事例の共通性から8件の地域課題が抽出されると同時に,解決に向けた検討がされていた.その結果は,表3のとおりシートの全体欄に記載された.また,参加観察や振り返り記録から検討プロセスにおける発言者の思考を抽出した.
| 回 | シートの全体欄に記載された地域課題と解決の検討結果(※1) | 発言者の思考(※2) | ||
|---|---|---|---|---|
| 第1回 | ① | こども園へ保健センターから情報提供するばかりになっている.保護者からは園へ伝える意識が低いと感じる. | ・母親からも園へ伝えるように説明することが重要. ・健診後の精密検査のお知らせとして受診や結果を伝えること等を記載したものを配布することについて検討. |
・事例1~6を通じて,全体的に医療状況の確認の必要性があると思う.発達と発育を両方混ぜると混乱する.身体状況の整理も必要ではないかと感じた.(身体状況を)母親が受け止めて受診行動をしているか気になる.(振C) ・転居時の情報で他市との引継ぎに医療情報は必要ないだろうか.(振C) ・(医療機関からの)発育・発達の動きのフィードバックが必要.当事者の声が必須と思うので,保護者が自分で動けるようにするのが保健師か.(保護者の)同意が得られるとよい.母親だけの同意ではなく,夫婦に同意を取らないと母親に負担がかかってしまう.(振C) |
| ② | 母親ばかりが負担しているように感じる. | ・父親へも知ってもらう,父親の意見も確認することが必要. ・父親についてどの保健師が対応しても確認できるように健診票に記載できるようにするのはどうか. |
・スケジュール調整の負担が母親にあるのではないか.貧血の心配をしているので,遊走精巣と合わせてかかりつけ医療機関で確認できるようにして,親の負担感に配慮が必要ではないか.(振C) ・発達が気になった頃からの様子や今時点の困りごと,まだできてない発達サービスのことを転出先でフォローしてもらえないか.(参A) |
|
| 第3回 | ③ | 園の内科健診,年少児の気になるケースについて事前に伝えているのか.(こども園の内科健診医との健診情報の共有ができていない) | ・園の内科健診での医師への情報提供の在り方を検討する必要がある. | ・言葉ばかりで言うと母親が全部理解できない.医療側に伝える一つのツールとしてメモを渡すなら市にも控えをとって,管理台帳から落ちないようにする.双方向でつなげれるようにしないと,メモを渡したのに保健師が聞いてこないとなってもいけない.(振C) ・(保健センター保健師がこども園の内科健診の補助に行っており)ただの記録役ではなく,発達支援という健診後フォローの視点で情報連携し合う.5歳児健診の足掛かりにもなる.途切れないようにどれだけモニタリングできるかが重要である.(参C) ・発達相談の(専門)医師がいないけど,健診医や園医がいるので,医師から見てどうなのか,1場面1場面を生かすとよい.(参C) |
| ④ | 健診時の要精査になった子には資料を用いて説明をしたが,要経過観察には口頭説明となっている.統一するか検討が必要.(要経過観察児への説明方法が統一できていない) | ・健診後のカンファレンスで通知を配布するケースを確認し,事後手紙を送付してはどうか. ・管理簿の在り方を検討する. |
・要経過観察児の事後管理ができていない問題があり,管理簿で記入し,フィードバックできる方法を考えたい.(参A) | |
| 第4回 | ⑤ | 健診後の医療受診等に保護者に積極的に動いてもらえないか.(健診後の医療受診についての働きかけ) | ・健診時にフォローが必要になった場合,今後の影響についてより詳しく情報提供をしてはどうか. | ・受診勧奨も大切だが,保護者の情報処理が追い付かない.母子健康手帳に(記録し)集約した方がよい.(参C) ・健診のPDCAで考えると保護者側からは情報を一本化するとよい.健診で得た情報から保健師が総合的にアセスメントして手紙に書いて保護者に返すというベースを固める.(参C) ・結果のフィードバックを正確に返すことが大切.母子健康手帳に記入することは,児本人の記録を正しく残すことになる.保健師がどうしたらよいかではなく,主語を必ず「住民」にした方がよい.(参C) |
| ⑥ | 2歳のフォローが多い. | ・2歳児歯科検診中止をしたが,2歳児発達フォローが必要であれば再度検討が必要なのではないか. ・6歳児発達相談のような質問票等を検討してはどうか. ・園の担任の質問票も検討してはどうか. ・母子モ等も利用して情報提供をしていくことも検討が必要. |
・言葉とか母親の精神状態のフォローが多かった.(参E) ・フォロー対象の児もいつもより多い.母の精神不安が多いので,フォロー時にフォローが必要である.園の状況確認など双方向で漏れがないようにしたい.(参A) ・C町では,2歳児健診(歯科検診を主とした集団検診)をコロナで2~3年前からやめている.2歳前後でフォローが必要な児が多いなら,2歳児健診を復活させるか,全件総あたり(できる機会として)で企画し直してはどうか.(参C) ・5歳児健診は就学に向けての健診,3歳児健診は対象年齢が3歳半なので1.6健診後期間があく,間にフォローを入れてもよいのでは.(参C) ・園フォローもあるが,保育士からの視点になり,園を通すことが逆に良いのかなと思うことがある.(保健師が)保護者の声をキャッチすることが大切.(参C) |
|
| 第5回 | ⑦ | 全体的に母親の不安感の表出が薄い共通点があるのではないか. | ・身体的なフォローが必要な1か月以内になっているが,他のフォローが必要なものも期間を決めていく.マニュアル化を検討してはどうか. | ・母親の反応が薄いが,しっかり確認できることはして,信頼関係を築く.(参D) |
| 第6回 | ⑧ | 母親を育てる支援も必要なのではないか. | ・エコマップの関わりを検討,他の機関との関わりを母親からも聞けているのか. | ・今後保健センターも切れ目なく関わるけれども,学校とか上がっていく中で関わる方も変わっていくので,常に他の機関もいい所を,母親にとっていい人を探していく.またその母親への支援が保健師も地域の関係機関をより知る機会にもなる.そういった視点でエコマップをもう少し考えてみたらどうか.(振D) ・町内に資源が少ないので,町外にかなり求めないといけない.(振D) ・結構民間もいろいろ変わって新しいサービスが出てきたりもしているので,保健師も目を向けて,提供できるものを増やしていく必要がある.(振D) ・保健師が頑張るだけでない.眼科,小児科等どれだけ関わりがあるのか把握する.こども園だけでなく他の機関も意識し,母親を育てる支援も必要である(参D) ・サービスにつながっている人にはどうですかと聞き,サービスとのつながりを強める.サービス提供者が困り感を言語化してくれるかもしれない.(参D) |
※1 地域課題と解決の検討結果は,シート記録による.第2回は抽出されなかった.
※2( )内は,データ源と発言者番号.「振」は振り返り記録,「参」は参加観察記録.
地域課題の抽出と解決は,発言者の思考を基に次のようなプロセスで行われていた.以下に,地域課題の抽出を『 』,解決の検討を「 」,発言者の思考を斜字で示す.
地域課題①『(フォローアップが)こども園へ保健センターから情報提供するばかりになっていて,保護者から園へ伝える意識が低い』ことについて,医療状況の確認の必要性や(身体状況を)母親が受け止めて受診行動をしているか気になるためと意識し,「健診情報を母親からも園に伝えてもらう」そのために「健診後の精密検査結果を記載したものを配布する」という解決が検討された.
地域課題②『母親ばかりが負担している』について,(受診)スケジュール調整の負担が母親にあるのではないかと考え,「父親へも知ってもらい,父親の意見を確認するため健診票に記載できるようにする」.
地域課題③『こども園の内科健診医との健診情報の共有ができていない』ため,保健師がこども園の内科健診の補助に行く機会を使って,発達支援という健診後フォローの視点で情報連携し合う,途切れないようにどれだけモニタリングできるかが重要なので,「こども園の内科健診医への情報提供の在り方を検討する」.
地域課題④『要観察児への説明方法が統一できていない』ことから要経過観察児の事後管理ができていない問題に気づき,「管理簿で記入し,事後手紙を出す」.
地域課題⑤『健診後の医療受診についての働きかけ』について,受診勧奨も大切だが,保護者の情報処理が追い付かないので母子健康手帳に記録し集約した方がよいと考え,保健師が総合的にアセスメントして「今後の影響についてより詳しく情報提供する」.
地域課題⑥『(言葉や母親の精神状態不安定から)2歳のフォローが多い』ことに気づき,次の3歳児健診までの空白期間の長さを考え,コロナ禍で中止した2歳児歯科検診を「2歳児発達フォローの新たな相談の機会として検討する」.
地域課題⑦『母親の不安感の表出が薄い共通点がある』ことを挙げ,反応は薄いがしっかり確認できることはして信頼関係を築くことを考え「不安感の表出が薄い母親に対する健診後フォローマニュアル化の検討をする」.
地域課題⑧『母親を育てる支援も必要ではないか』という気づきから,保健師が母子に関わっている機関を把握し,こども園だけでなく他の機関も意識すること,学年が上がるごとに支援機関が変わっていくので母親にとって良い機関や人を捜すという視点で「エコマップで関係機関の関わりを確認する」ことが検討された.
これらの地域課題の抽出や解決の検討は,いずれも20年以上の経験年数の多い保健師からの発言がきっかけであった.
3. シート活用後の保健師の意識の変化(表4)表4のとおり,シート活用後の保健師の意識の変化は,有効性や効率性の観点から4つに分類された.
| 分類 | シート活用による保健師の意識の変化 ※( )内は,記載者の記号 |
|---|---|
| 【個別課題の共通性に気づく】 | ・シートを俯瞰してみることで共通している事柄に気づきやすかった.(A) ・類似の事例を見つけやすいのも利点だと思います.(D) ・他のケースにも同じような課題があることに気づけ,それが地域の問題でもあるという視点で考えることができた.(E) |
| 【個別課題から地域課題を思考するプロセスが理解できる】 | ・個別事例の課題が視覚化され,蓄積される.(A) ・項目ごとに考えることができ,スムーズにできたと感じた.(B) ・①個別ケースで気になったこと,②保健師が取り組むべき課題,③地域の環境への働きかけの順にケースの状況を整理することができた.(E) ・シートを使用する前は,明確に出なかった課題が,使用してからは意識して課題を考えることができた.(B) ・健診時の様子や状況から予測される課題について意見を出し合い,解決策について検討することができた.(E) ・カンファレンスシートを活用することで,情報を整理でき,具体的な地域の環境への働きかけについて検討し,実際に検討したことを改善し,その効果についても協議することができ,PDCAサイクルを回していると感じられた.(E) |
| 【地域の環境に目が向く】 | ・事例を深く見ることでエコマップも含め,関係機関へ視野を広げることができるようになった.(D) ・小人数の職場であり,雑談のようにケース検討できる環境でしたが,シートに情報整理する事前準備をし,日程調整して集まることで情報を深く掘り下げたり,今後の方針や地域課題について協議することの大切さと利点を全員が理解できたところがよかった.(D) ・個別カルテ,健診票など,別々な管理から台帳化へ試行中だったので,そこに地域に視点を向けることができる方法で,経験年数に関係なく地域を意識するのに有用だ.(D) ・情報整理,カンファレンスの進行など,担当者は役割をこなしながら,職員が一堂に会し協議することで,「健診事後」という時点に終わらず,共通する課題や関係機関との連携に目を向け,「この後,誰が何をするか」具体化しつつ,業務に向き合うことができるようになった.(D) |
| 【情報の可視化と伝達の効率化】 | ・疾病や問題,指導内容を分離してシートに落とし込むことで共有しやすくなった.(D) ・対象者,受診者とその家族の状態,生活背景等をアセスメントし,健康課題とそのアプローチ方法について共有することができた.(C) ・担当も意識して記入し,伝達する力がついた.(D) |
シートを俯瞰してみることで共通している事柄に気づきやすかった,類似の事例を見つけやすいなど【個別課題の共通性に気づく】.シート項目の①個別ケースで気になったこと②保健師が取り組むべき課題③地域の環境への働きかけの順で考えることができた,シートを使用する前は明確に出なかった課題が使用してからは意識して課題を考えることができたなど【個別課題から地域課題を思考するプロセスが理解できる】.事例を深く見ることで関係機関へ視野を広げることができるようになった,経験年数に関係なく地域を意識するのに有用など【地域の環境に目が向く】.疾病や問題,指導内容を分離してシートに落とし込むことで共有しやすくなった,担当も意識して記入し伝達する力がついたなど【情報の可視化と伝達の効率化】が図れた.(斜字は自由記述内容,【 】は分類名)
【個別課題の共通性に気づく】【個別課題から地域課題を思考するプロセスが理解できた】は保健師A,B,D,Eによる記述で,【地域の環境に目が向く】【情報の可視化と伝達の効率化】はC,Dによる記述であった.
28事例の検討を通じて,8件の地域課題の抽出と解決の検討が行われた.この検討結果を基に,検討手順やシートに組み込んだ地域課題発見の実践技術の要素との関連性を考察する.
シート項目順に沿って,個別ケースで気になったこと,地区担当者が行う事後フォローアップ・個を取り巻く地域全体でのフォローアップ,具体的な地域の環境への働きかけを段階的に検討し,1事例または複数事例から地域課題を見出し検討がされていた.
1事例からは見えなかった課題が,Excelシートで複数事例を蓄積して見える化することや全体欄を設けたことで,個別課題の共通性への気づきを促したと考える.他の親子にも共通する地域課題として捉えられ,実践技術の要素2〈データや生活状況を束ねる〉ことができていた.
また,「個を取り巻く地域全体でのフォローアップ」や「具体的な地域の環境への働きかけ」の検討の中で,「(フォローアップが)保育園へ保健センターから情報提供するばかりになっており,保護者から保育園へ伝える意識が低い」「他機関との関わりも把握し,母親を育てる支援も必要ではないか」といった地域の環境への働きかけの偏りを捉えていた.そして,母親を育てる支援を考える中で母親の強みや味方を増やすことを意図して,保健センター以外の他の地域資源に目を向ける必要性が提案された.健康課題解決のためには,地域自体が持つ対処力を検討することで,不足している対処力と活用できる対処力を明らかにできる(佐伯,2018)とされ,行政や民間,住民などそれぞれの力を知るために,実践技術の要素4〈住民や関係者との信頼関係を構築する〉ことを意識していることが伺えた.
次に,「個を取り巻く地域全体でのフォローアップ(保健師が取り組むべき課題)」で「母親ばかりが(育児)負担している」ことを発言した保健師の思考では,「(受診の)スケジュール調整の負担が母親にあるのではないか」と予測していた.これは,疾病や発達障害など複数の問題を抱える児の母親に共通して生じる恐れがある課題と見立て,課題の背後にある実践技術の要素1〈住民の生活背景に焦点を合わせる〉ことで,このまま放置していてもよい問題なのか優先度を判断していたと考える.保健師が行う課題解決は,今後も同様の課題が出た時にも解決できるようにシステムを改善する特徴を持ち,様々な人々と協働しながら組織的に課題解決に取り組む方法が明らかにされている(坪内,2009)ように,組織的に対応する課題すなわち行政保健師が取り組むべき課題として取り上げられたと考えられる.そして,その解決策として父親の情報を健診票に取り入れるなど,今後同様の事例にも対応できる汎用的な解決策の検討がされていた.
「フィードバック」は,7割の事例で記入され,健診後のフォロー結果や地域課題の解決の対応が保健師間で共有された.忙しい業務の中でこの記録を確実に行うことは,実践技術の要素3〈地域の健康課題を解決することに責任を持つ〉姿勢につながると考えられた.
以上のとおり,シートを活用することで,保健師が乳幼児健診後カンファレンスで,個別課題の検討にとどまらず,地域課題の抽出と解決の検討を行っていたことが確認された.今回は,8件の地域課題での限られた検討内容ではあるが,個別事例から地域課題の解決へ段階的に検討するプロセスが明らかになった.研究者が事例を取り巻く地域の環境へ段階的に思考を促すことを意図してシートに組み込んだ実践技術の要素は保健師の思考の流れと合っていた.
これらの結果から,本シートについて,個別課題から地域課題へ段階的に思考を促し,地域課題の抽出と解決の検討を可能にする内容の妥当性が確認された.
2. カンファレンスにおけるシート活用の有用性活用後の保健師の意識変化の内容から,シートが実際の場面で有効かつ効率的に活用できたかという観点から考察し,シートの有用性について述べる.
シートを活用したカンファレンスでは,【個別課題の共通性に気づく】【個別課題から地域課題を思考するプロセスが理解できる】【地域の環境に目が向く】【情報の可視化と伝達の効率化】という保健師の意識の変化があった.
具体的には,【個別課題の共通性に気づく】では,シートはExcel表で事例を蓄積できる様式になっており,「全体」の項目で類似の事例や共通課題に気づくことができ,それが地域課題でもあるという視点で考える思考になっていた.地域課題は,日常的にかかわっている事例の問題の中で発見し,共通して解決できることが地域課題であると考えていた.保健師が地域課題を明確化する地域診断では,「時間がない」「方法がわからない」といった実践上の課題(高橋・高尾,2007;村松・須田,2015;五十嵐ら,2020)が未だ解消されていない.しかし,このシートの活用により,日常業務である乳幼児健診で把握した個別事例から共通の課題を見出し,地域課題の解決の検討ができたことは,課題の明確化の効率化と迅速な課題解決につながる可能性が示唆された.
また,シート項目の①個別ケースで気になったこと②保健師が取り組むべき課題③地域の環境への働きかけの順で考えることができることは,項目の順序が個別課題から地域課題を思考するプロセスに合っていたと考える.使用前は明確に出なかった課題が使用してからは意識して課題を考えることができた,検討したことを改善しその効果について協議したことで保健師活動のPDCAサイクルの展開を感じるなどシート項目を意識した検討により【個別課題から地域課題を思考するプロセスが理解できる】ようになっていた.後者は特に,「フィードバック」欄で,地域課題を検討し,対応結果を組織全体で共有することで改善効果を具体的に認識できたのではないかと考えられた.地域づくりにおける保健師のマネジメント能力の開発・発展には,“次の活動につながる課題を整理する”“活動を随時批判的に振り返り意味づける”ことが有効(両羽,2010)とされ,保健師の主体的な成長を促し,次の実践に活かせる可能性が示唆された.
さらに,関係機関へ視野が広がった,地域に視点を向けることができた,地域を意識するのに有用である,共通する課題や関係機関との連携に目を向け,誰が何をするかを具体化できるなど【地域の環境に目が向く】変化は,守田(2019)の“保健師は対象者の「個人」に関連する事柄に関わりながら,「地域の環境」にも同時に働きかけ,地域の健康レベルを向上させる”ことにつながる.保健師が地域の環境に目を向け地域課題解決が認識できるように設定した「具体的な地域の環境への働きかけ」の項目は,設定どおりの効果が確認できた.しかし,この変化は経験年数の多い保健師の記述内容であったことから,この効果を経験の少ない保健師にも認識できるようにするには回数を重ねることが必要である.経験年数の多い保健師と少ない保健師が一緒にシートを活用していくことが有効であると考える.
【情報の可視化と伝達の効率化】では,個別事例の問題や指導内容を分離してシートに落とし込むことで(情報の可視化ができ)共有しやすくなったことや書記が項目を意識して記入し伝達する力がつき,伝達の効率化が図れたと考えられた.
以上のことから,実際にシートを活用した保健師の意識変化により,個別課題から地域課題へ段階的に思考を展開する上で有効に機能し,日常業務の中で効率的に活用可能であることが示され,シートの有用性が確認された.
本研究では,乳幼児健診後カンファレンスでシートを活用し,その妥当性と有用性の検証をしたが,人口規模が小さく検討事例数も少ない1自治体で,従事する保健師数も少数であったことから,他の自治体への適用には限界がある.今後は,カンファレンスの参加職種や保健師数,受診児数の異なる自治体での検証が必要である.
また,アンケート調査の対象者数が少数で限定されることから,研究者と対象者の関係により匿名性・恣意性の問題を生じる可能性も否定できない.
本研究は研究終了時点での評価にとどまっており,シートの継続的な活用に向けて,カンファレンスの運営方法の違いも踏まえつつ,保健師の意見を反映して,適宜改良を行う必要がある.シートを用いたカンファレンスの実践方法の検討は今後の課題である.
乳幼児健診後カンファレンスシートは,保健師が個別課題から地域課題の抽出と解決の検討を促す有効なツールであり,妥当性と有用性が確認された.
付記:本研究の内容の一部を,第13回日本公衆衛生看護学会ワークショップにて発表した.
謝辞:長期間にわたり,本研究に御協力いただきました自治体保健師の皆様に深謝申し上げます.本研究はJSPS科研費20K110948を受けて実施した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:MSは本研究の発想,研究計画書の作成,その計画に基づいた研究の実施,得られた研究結果の解釈と考察,研究論文の執筆を行った.TMは研究の着想及び研究計画の作成,実施,得られた研究結果の解釈,考察を行った.全ての著者は最終原稿を読み,承諾した.