Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Invisible Nursing Practices Intentionally Performed by ICU Nurses: A Qualitative Comparative Analysis of Five Cases
Yoko Ushio
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2026 Volume 46 Pages 584-592

Details
Abstract

目的:ICU看護師が患者に触れない場面に着目し,行動と認識の両面から「みえない形での看護実践」の実態を明らかにすること.

方法:2018年5月~2019年3月に実施した参加観察および面接調査で得た13事例のうち,患者に触れない時間が観察された5事例(10場面)を対象に比較事例研究を行った.

結果:CMCを参考に分析し,「みえない形での看護実践」として3つの意図と6つの実践上の要点を抽出した.これらは,患者を動かさない,情報量を抑える,対人距離を取るといった関わりを通して刺激を調整し,循環・覚醒・心理状態の安定を守る看護実践であった.

結論:この実践が成立する条件として,患者状態の継続的評価,患者の反応に応じた介入の切り替え,患者への負荷(刺激)を最小化する判断目的の3つが重要と考えられた.本研究は,これまで看護行為として捉えられにくかったクリティカルケア看護師の実践を明文化した.

Translated Abstract

Purpose: This study aimed to elucidate the nature of invisible nursing practices by examining situations in which intensive care unit (ICU) nurses intentionally refrained from touching patients.

Methods: A comparative case study design was employed using data from participant observations and semi-structured interviews were conducted between May 2018 and March 2019. Among the 13 cases collected, 5 cases (10 scenes) in which periods of non-touching (approximately 60 minutes) were observed were selected for analysis. These cases were compared to explore how nurses perceived patients’ conditions and decided whether to intervene in situations in which direct care was intentionally withheld.

Results: The Case-based Meaning Construction (CMC) approach was used to identify three underlying intentions and six key practical points were identified as components of invisible nursing practices. These practices protected patients by regulating external stimuli through adjustments in timing and interpersonal distance, including avoiding unnecessary movements, limiting informational input, and maintaining personal space. Rather than representing an absence of care, these practices reflected deliberate clinical judgments aimed at stabilizing the patients’ physiological and psychological states while preventing unnecessary stimulation.

Conclusion: Three conditions were identified as necessary for these practices to function: continuous patient, readiness to adjust interventions based on the patient’s response, and a clear intention to minimize the burden (stimuli) placed on the patient. This study contributes to the articulation of critical care nursing practices that were previously been difficult to recognize as nursing actions.

Ⅰ. 緒言

クリティカルケア領域における看護実践は,患者の生命維持を最優先とする高度な医療環境の中で行われる.そのため看護師は,患者の循環動態や呼吸状態,意識レベルなどの微細な変化を継続的に評価しながら,その時々に必要な援助のタイミングや方法を判断している.Benner(1984/1992)は,こうした臨床実践における看護師の判断を,状況に即して行動しつつ考える実践知として捉え,熟練した看護実践は行為と認識が不可分に絡み合った判断過程であることを示している.このようなクリティカルケア看護における判断は,清拭や体位変換,処置介助などのように,行為として可視化されやすい直接的看護ケア(Kreuter, 1957)に限られるものではない.患者への介入がかえって過剰な刺激や負担となる状況においては,あえて直接的な働きかけを控えるという選択も,患者の安全や安楽を守るための看護実践として含まれうる.

一方で,このような介入を控える選択は,第三者からは看護師が患者に関わっていない,あるいは看護が行われていない場面として受け取られる可能性がある.また,患者自身にとっても,看護師の意図が十分に伝わらなければ,安心や安楽として体験されるとは限らない.一般に,目に見える仕事は文章化されやすく,正式な仕事として評価・承認されやすい一方で,目に見えない仕事は,何を仕事としてカウントするのかが曖昧になりやすいという指摘があり(Allen, 2015),看護には視認性の問題が多くある(Alex & Lopera, 2018).このような構造は,介入を控える選択といった,形態として可視化されにくい看護実践が,看護行為として捉えられにくい背景の一つとも考えられる.介入を控えることの結果として生じる行為,すなわち触れない,近づかない,刺激しないといった関わりが,どのような状況認識や考えのもとで選択されているのかを検討する必要がある.あわせて,どのような条件が整ったときに,それらの関わりが看護実践として成立しうるのかを明らかにすることも重要な課題である.

これまでの看護研究において,看護師の判断や実践知の重要性は繰り返し指摘されてきたものの,介入の非実施や関与の距離を調整するといった,形態として可視化されにくい看護実践は,必ずしも明確にされているとは言い難い.そこで本研究では,ICUにおける看護師の語りと参加観察のデータをもとに,看護師が患者に直接的に触れない場面に着目した比較事例研究を通して,看護師が意図して行っていた「みえない形での看護実践」の実態を明らかにすることを目的とした.なお,本研究は患者の体験を直接扱うものではなく,看護師自身がどのように状況を捉え,実践を判断・選択していたのかという実践認識に焦点を当てた.そのため,本研究で示す実践を直ちに「看護」として確定することを目的とするものではなく,看護実践がどのような判断のもとで選択されていたのかを記述し,検討することを意図している.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究デザイン:比較事例研究

本研究は,ICU看護師の実践を複数の事例から捉え,その特徴を比較しながら検討する比較事例研究のデザインを採用した.対象とした5事例はいずれも,看護師が患者に触れない場面を含む事例であり,これらを相互に参照することで,個別事例にとどまらない看護実践の特徴を明らかにすることを意図した.

2. 研究対象

本研究で扱う事例は,「ICUにおける看護師の触れること(牛尾,2022)」で得た13事例のうちの5事例である.13事例は2018年5月~2019年3月に2施設のICUで実施したフィールドワーク調査と看護師へのインタビュー調査であり,研究参加者はICU経験年数3~10年目の看護師10名とその受け持ち患者13名(呼吸・循環が不安定な者および18歳未満は除外)だった.13事例は「触れる場面」を主眼とした調査であったが,同時に「触れない場面」がデータとして蓄積されたものである.データは,患者と看護師が関わる場面を観察し「どのような状況で」「どのように触れ」「どのような結果をもたらしたか(帰結)」を一連のプロセスとして観察したものであり,「どのように触れ」の部分が「触れない時間の状況」として記録されている.また,参加観察中(インフォーマル・インタビュー)およびインタビュー調査にて,看護師の認識(思いや考え)が記録されている.

フィールドワーク調査後に作成した13事例の時系列概要表から,60分前後患者に触れない場面が1~複数回存在する5事例を選択した.「触れない場面」の操作的定義は,直接的に患者に触れないことに加え,患者との間に社会距離または公衆距離(約1.5~3.5 m以上)(Hall, 1966/1970)がとられていることとした.その理由は,看護師が患者のパーソナルスペースから一定程度離れており,第三者からみても患者に直接的に働きかけていないと判断できるからである.60分前後とした理由は,定期的なバイタルサイン測定間隔を1時間とした際の1サイクルである.

3. 分析方法

各事例の分析は,山本の「ケアの意味を見つめる事例研究(Case-based Meaning Construction: CMC)」を参考に(山本,2018;池田ら,2018;野口・山本,2018;山本・柄澤,2025),2022年1月~6月に実施した.CMCは,実践の中で行われているケアの意味を言語化し,他者と共有可能な形で可視化することを目的とした方法であり,本研究の「みえない形での看護実践」を明らかにするという目的に適していると考えた.CMCは①意識化/言語化,②メタファー化,③再ナラティブ化を通して,看護実践の知を共有可能にする取り組みである(山本・柄澤,2025, p. 14).①では,実践者自身が一人称で実践の意味を語り,問われ語りを通して実践を意識化・言語化しながら実践知を構成していくが,本研究ではすでに収集されたデータを用いた二次分析であるため,研究者がデータに基づき看護師の行動と認識を整理して言語化した.②では,CMC同様に,実践で意図されていたことを端的に示す「キャッチコピー」を作成し,「大見出し(実践の意図・判断)」「小見出し(意図を実現するための具体的なケアのコツ)」を考えた.「表」については事例の時間的経過を詳細に再構成するのではなく,各場面における看護師の認識と外形化していた行動を対応づけて整理し,外形的には見えにくいが看護師が意図して行っていた看護実践を整理した.③では,CMC同様に①②を踏まえ看護実践を明文化した.

真実性と妥当性の確保のため,クリティカルケア看護の実践家に調査記録を確認してもらいながら,事例の分析を進めた.

4. 倫理的配慮

本研究は,日本赤十字看護大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号:2018-006)および対象者の所属施設の倫理委員会の許可と指示に従い実施した調査の事例である.看護師および患者とその家族に対し,研究の趣旨,個人情報保護,研究協力に伴う負担や不利益に対する配慮,研究協力及び途中辞退は自由意思により決定できること,不利益が生じないことを文書および 口頭にて説明し,同意を得ている.比較事例検討実施については,看護師の行動と認識が主体となるため,5事例の研究参加者(看護師)に同意を得た.

Ⅲ. 結果

1. 5事例の概要

5事例の概要(表1)と時系列概要(図1)を示す.看護師は女性4名,男性1名で,ICU経験年数は2~9年だった.受け持ち患者は女性4名,男性1名で,年齢は50~80歳代,ICU入院日数は2~8日だった.ICUの看護体制は2:1であるが,どの場面も1:1だった.触れない場面は10場面あり,事例4が1回,事例1・3・5が2回,事例2が3回であった.時系列概要は,各事例の触れない場面と場面番号を示している.

表1 事例の概要

事例 看護師 患者
番号 看護師 性別 経験年数
ICU/臨床
患者 性別 年齢 疾患名/治療 事例場面の
ICU在院日数
1 A看護師 女性 4/11 aさん 女性 80代 大腸癌/開腹切除術・ストーマ増設術 8日目(POD7)
2 B看護師 男性 9/9 bさん 男性 50代 心筋梗塞による心肺停止/蘇生・PCPS 3日目(POD2)
3 C看護師 女性 6/6 cさん 女性 70代 大脳腫瘍/開頭摘出術 2日目(POD1)
4 D看護師 女性 6/6 dさん 女性 60代 右腎臓癌/右腎摘出術 2日目(POD1)
5 E看護師 女性 2/6 eさん 女性 70代 突発性間質性肺炎急性増悪/保存治療 4日目

*POD:Post-Operative Day 術後

図1  時系列概要

2. 事例分析の結果

10場面の分析から,看護師が患者に触れない場面の3つの意図(大見出し)と6つの実践上の要点(小見出し)が抽出された(表2).大見出しは【 】,小見出しは〈 〉で示す.詳細場面を患者の状況,看護師の認識と行動,患者の帰結で記述する.フィールドノーツ記録は『 』,場面番号は[ ],インタビュー記録は「 」で示す.

表2 ICUにおいて看護師が意図した「みえない形での看護実践」

大見出し
(看護師の意図)
小見出し
(実践上の要点)
看護実践
(看護師の認識と状況)
事例場面番号
動かさないことで循環を整える 血圧が維持できるようあえて体位を変えない 認識:昇圧剤中止直後で除水が進行している状況から,循環動態は一見安定していても体位を変えることで,急変する可能性があると捉えていた.
状況:体位変換による前負荷低下のリスクを考慮し,看護師は体位変換を行わず,経過をみていた.その間,清拭などのケアも実施されず,看護師はモニターに時折目を向けながら,患者に触れたり近づいたりすることなくカルテを眺めていた.
1-1,2-1
血圧が揺らがないようケア後しばらく触れない 認識:清拭や体位変換後であり,ケアによる刺激により循環動態が一時的に影響を受けている可能性があると捉えていた.
状況:次のケアが予定されていたが,看護師はすぐに介入せず患者から離れた椅子に座り記録をし始めた.モニターの数値や波形は安定していたが,約1時間にわたり患者には触れず,記録を書いたりカルテやモニターみながら経過をみていた.
2-3
情報量を抑えることで意識・認知を乱さない 覚醒の反応がみえるまで声かけやタッチを控える 認識:覚醒過程において不要な刺激を加え,反応を引き出すこと自体が患者の負担になり,混乱や不穏を引き起こす可能性があると捉えていた.
状況:看護師は声をかけたり触れたりして反応を引き出す確認を行わなかった.離れた場所で他の看護師と会話をしながら患者の方を向いていた.患者の手足が動き出すと少しずつ近距離に近づいたが,患者の様子を静かに眺めていた.
1-2,2-1,2-2
興奮させないよう正面に立たず視線を外す 認識:認知や情動の反応が不安定であり,看護師が正面に立つことで興奮が強まる様子がみられたため,視線や接近が興奮を助長する可能性があると捉えていた.
状況:看護師は患者の正面に立たないよう位置を取り,視線を合わせず距離を保っていた.患者が大声を出す場面でもすぐには近づかず,少し離れた場所から様子を見守っていた.身体の動きがあるときは近づこうとしたが,問題なければすぐに離れた.
3-1,3-2
対人距離を取ることで精神的安楽を保つ 視線を気にせず休めるようベッドサイドから離れる 認識:覚醒しているものの疲労が強く,看護師の視線や接近,働きかけが休息を妨げる可能性があると捉えていた.
状況:看護師はベッドサイドに留まり続けず,距離を保ちながら室内を動いていた.ベッドサイドの前を通る際にチラリと患者の様子を確認するものの,患者に動きがないとすぐに目を逸らしてそのまま通り過ぎ,ベッドサイドには近づかなかった.
5-1,5-2
緊張を高めないよう空間に踏み込まず気配を抑える 認識:周囲の様子に敏感な患者であり,看護師の存在や動きが緊張や負担になる可能性があると捉えていた.
状況:看護師は必要最低限しかベッドサイドへ立ち入らず,カーテンの外側で患者に気づかれないよう静かにじっとしていた.物音を立てないようにしながら患者の様子を見つつ,他者がベッドサイドに来るとジェスチャーで近づかないよう伝えていた.
4-1

1) 【動かさないことで循環を整える】

〈血圧が維持できるようあえて体位を変えない〉

『患者は術後に腹膜炎を併発し,敗血性ショックを起こした80歳代の女性だった.2日前にショック状態から脱し,昇圧剤が中止された.身体侵襲と治療の影響により体内に水分が貯留し(体重+15 kg程度),持続的血液濾過透析(以下,CHDF)による持続的な除水(250 ml/h)が行われていた.人工呼吸器管理下にあり,鎮静中(RASS –3)で,血圧(以下,BP)は100~110 mmHg,心拍数(以下,HR)は75回/分前後,動脈血酸素飽和度(以下,SpO2)は96~99%で推移していた.看護師はバイタルサインと点滴交換の後,患者の足元にある電子カルテの前から動くことなく,電子カルテや生体監視モニターを見ているだけだった.周囲では他の患者のケア(体位変換や清拭)が始まっていたが,看護師はモニターに時折目をやりながら,患者に近づくことも触れることもせずに過ごしていた.[1-1]』

看護師は「一昨日,昇圧剤を切った」「アルブミン値が1.7(mg/dlで低い)」「除水を1時間で250 ml」という情報から「(血管内)脱水傾向があると静脈灌流の影響で血圧が変動する」ことを考慮していた.2時間後の「CHDFルート交換時にまとめてケアをする」ことを考え,「血圧が上がってケアしやすくなる(除水が中断する)」機会を待っていた.バイタルサイン測定時に「末梢が暖かいのはすごく悪い.(末梢血管が)開きすぎることで血圧が下がってきても嫌だ」と四肢の皮膚温から末梢血管抵抗の低下を考慮し,「今は敢えて触れない(動かさない)」という選択し,循環動態を見守っていた.

患者の血圧は変動することなく経過し,除水中止によってBP 130/-mmHg台となった.看護師は清拭や体位変換を実施し,循環変動なくケアを終え,再びCHDFが開始された.

〈血圧が揺らがないようケア後しばらく触れない〉

『患者は心肺停止で救急搬送され,蘇生した50歳代の大柄な男性だった.昨日,経皮的心肺補助装置(PCPS)が抜去され,現在は昇圧剤使用にて循環の安定を図っていた.今朝,鎮静剤も中止されたが意識レベルはJCSでIII-100,BP 100/-mmHg台,HR 80回/分前後,RR 20回/分(人工呼吸器管理),SpO2 100%で経過していた.患者には看護師3人で全身清拭と陰部洗浄が実施され,実施中の血圧低下は認めなかった.体位を右側臥位に整えてケアは終了し,その後,BP 90/-mmHg台で推移した.他にも行うべきケアが続く予定だったが,看護師は電子カルテの前の椅子に座り記録を済ませると,生体監視モニターを眺めたりカルテを見たりしながら,1時間ほど患者を静かに眺めていた.[2-3]』

看護師は患者の状態を「昇圧剤使用中だが循環は安定している.呼吸も安定し,尿量も出ている,体の水も足りている」と患者の状態が概ね安定していると捉え,清拭を実施した.しかし「右側臥位にしてからは少し血圧が低め」であることに着目し,「他(心拍数など)が変わらず尿量も出ているので(血圧が低値なのは)おそらく許容範囲」と考えつつも,ケアの負担による循環への影響や体位の影響を査定し,患者に触れず,血圧の推移を見守っていた.

BPは90 mmHg台,HR 80回/分台で推移し,1時間後にBP 100 mmHg前後となった.血圧を確認し,看護師は次のケアを行う準備を始めた.

2) 【情報量を抑えることで意識・認知を乱さない】

〈覚醒の反応がみえるまで声かけやタッチを控える〉

『前出の2-3場面と同様の患者である.朝6時に鎮静剤が中止され,時間経過とともに患者は目を閉じたまま時折小さく頭や手先・足先を動かした.看護師はベッドサイドの確認が一通り終わると患者全体が見渡せる位置(患者の足元から1 mほど離れたところ)に立ち,5分程度,静かに患者を眺めていた.その間の患者の動きはほとんどなかった.その後,看護師はさらに離れた位置で患者が視界に入るようにしながら,他の看護師と話をしたりカルテを確認したりしていた.医師が意識レベルの確認にくると,ベッドサイドに戻り患者の反応を一緒に確認したが,反応しない様子を医師と確認し,また離れた場所から,患者を眺めていた.患者の手足が重力に抗う様子を見せ始めると,看護師は少しずつベッドサイドに近い位置に移動したが,静かに眺めるだけだった[2-1]』

看護師は「今日,(患者に)あまり声をかけていないと思うんです」と語り,その理由を「(患者が)まだ醒めかけで起きてはいない」状態であり,「下手に刺激して訳が分からず暴れてしまうのは怖い」とあえて刺激を避けていることを述べた.しかし「2~3 m離れたところでも視界は全部患者のもと」と全身が見渡せる場所から反応を伺い,「患者に変化が起きたらすぐに動けるようにしている」と常に患者に「アンテナを張って」いた.

1時間後の声掛けで,患者は目を閉じたままであったが,呼び掛けた方向に首をむけるようなしぐさを見せるようになった.看護師は「少しわかってきたかな」といって従命指示に対する患者の反応などを積極的に確認し始めた.

〈興奮させないよう正面に立たず視線を外す〉

『患者は左側頭部の大脳腫瘍(小範囲摘出)を受けた70歳代の女性だった.術後の深夜から強い不穏状態となり,朝方に改善がみられたが,ブツブツと独語を話し,人が近づくと興奮した口調になり何かを叫んだ.看護師はバイタルサインの確認を終えると,電子カルテのテーブルを患者から離し,ディスプレイの影から患者を見守った.患者が視線を上げて周囲を見回す素振りを見せると,顔を背けて視線を外し,さりげなく目線が合わない位置に移動した.患者が通り過ぎる人に対して大声を出しても,声を出すだけであれば患者に近づかず,患者の大声が収まる様子を2~3 m離れたところから静かにみていた.患者の背面がベッドから離れた際にはとっさに近づこうとしたが,しばらくして大声が収まりベッドにもたれかかると何もなかったようにベッドから離れた.[3-1]』

看護師は「患者との距離感が近い方で患者によく触れる」人であった.しかし,患者の「(興奮の)スイッチを入れると大変」と考え,「下手に近づかない」「目も合わせないようにした方がいい」と行動していた.この後に行われる検査時に患者が少しでも落ち着くよう「このまま休んでいてほしい」と考えての行動だった.しかし「認知症があるので,積極的に話を聴くことと刺激しないことのどちらがいいのか」と常に考えながら,患者の反応を見守っていた.

患者の興奮は徐々に落ち着いていき,看護師に『お化けが来て怖かった』のだと語った(近づく人がお化けに見えていた).落ち着いてきた患者に対し,看護師は手をさすりながら話の傾聴を始めた.

3) 【対人距離を取ることで精神的安楽を保つ】

〈視線を気にせず休めるようベッドサイドから離れる〉

『患者は特発性間質性肺炎の急性増悪にて非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)中の70歳代の女性だった.患者は普段,目を閉じており,人が近づくと気配を察知して開眼するものの,またすぐに目を閉じていた.用があるときは頭を少し起こし,あたりを見回すようなしぐさをすることで,看護師が来るのを待っていた.看護師はベッドサイドを避けるように,離れたところで作業したり,物品整理をしながら病棟を歩き回っていた.患者のベッドサイド前を通り過ぎる際には必ずチラリと患者をみたが,患者の動きがないとすぐに視線を逸らしてそのまま通り過ぎ,ベッドサイドには近づかなかった.[5-1]』

看護師は,「自分の病状も治療もわかっている人」と患者を評価し,「意識レベルが清明な人のそばにいるのも」と,近くにいることが患者の負担になることを語った.近くにいなくても「見てますよという安心感はもってもらいたい」「何かあったら誰か来てくれると思ってくれたらいい」と考えており,「患者が出すサイン」を見逃さないよう,あえて離れた位置からサインに注意を払っていた.

患者の動きを察知すると看護師は患者に近づき,それ以上のサインがないとまた離れていた.患者が頭を上げた際には「どうしました?」と声をかけて近づき,患者の訴えを聞いて対応した.患者が目を閉じると再びベッドサイドから離れていった.

〈緊張を高めないよう空間に踏み込まず気配を抑える〉

『患者は右腎摘出後の60歳代の女性だった.午後には一般病棟への転床が決まっていたが,第一離床時に迷走神経反射が出現し,離床が中止された.症状が出ても「大丈夫です,すみません」を繰り返し,看護師の前では笑顔で対応し,一人になると表情が変わる様子から,気を張っていることが伺えた.看護師は一通りの観察を終えると,また後で来ることを伝え,周囲のカーテンを閉めて外に出た.その際,患者の向きと逆方向のカーテンに2 cm程度の隙間をあえて作った.カーテンから少し離れたところに電子カルテを移動させると,そのまま電子カルテの記録をはじめ,時折,隙間から患者に気づかれないように静かにじっと中の様子を伺っていた.音をたてないようにし,他の看護師がカーテンに近づこうとすると,声を出さずジェスチャーで制止したりしていた.[4-1]』

看護師は患者を「気を遣う人」と捉えており,「朝,会話をした感じや雰囲気」で感じ取っていた.そのため「逆にあまり近くにいるのは(良くない)」と思い,「一人にする時間も大事」と考えていた.しかし,迷走神経反射が起こったこともあり「血圧を気にしてます」と患者の様子や顔色が近づかなくても観察できる工夫をした上で過ごしていた.

最低限必要な処置やケア以外の時間は患者が一人になる時間が保たれた.休息した患者の表情は少し穏やかになっており,自分から看護師に話しかける様子が見られた.看護師は「優等生みたいな人,言ってくれれば楽なのにね」と,患者の性格を考慮していたことを語った.午後,時間通りに病棟に転床となった.

Ⅳ. 考察

触れない場面の分析から,直接的な介入が行われていない場面においても,患者の状態変化を見極めながら,介入の実施・非実施,関与の距離や刺激の量を調整し続ける看護師の看護実践が明らかになった.本考察では,この「みえない形での看護実践」の特徴と,それが看護として成立する条件について検討する.

1. 「みえない形での看護実践」の特徴

本研究で明らかとなった「みえない形での看護実践」は,看護行為が存在していても,その実践が形態としてみえにくく,第三者からは捉えにくい実践である.この看護実践は,体位変換や声かけといった直接的なケアとして実施されるものではなく,「あえて行為を実施しないという選択」として現れていた.例えば,体位変換を行わない,声をかけない,視線を外す,ベッドサイドから離れるといった関わり方は,第三者から見ると看護師が患者に関与していないように見える場合がある.しかし実際には,看護師は患者の状態や反応を継続的に評価しながら,関与の仕方や介入のタイミングを調整しており,これらは意図をもって選択された看護実践であった.

「みえない形での看護実践」に共通するのは,患者に加わる外部刺激の量や質を調整することを目的としている点である.看護師は,患者の循環,覚醒,情動,認知などの状態を踏まえながら,刺激が患者の負担や混乱を引き起こさないよう,介入の実施・非実施や関与の仕方を調整していた.クリティカルケア領域において,患者への刺激のコントロールは重要である.清拭などのケアには体位変換が伴い,体位による血管部位の高低差は,前負荷の変化を通じて心拍出量や血圧変動を引き起こす(井上,2019).したがって,体位を変えないという選択は,循環動態を変動させないことに直結する.また,鎮静薬中止後の覚醒段階における不用意な刺激は,混乱や興奮,不穏を助長し,患者の不安やストレス,恐怖といった心理的因子を高める可能性がある.これらはせん妄の誘発因子とされており(Devlin et al., 2018/2019),刺激を調整し,覚醒・情動・認知を安定させることは,せん妄予防の観点からも重要である.さらに,オープンフロアでありプライバシーが保たれにくいICU環境では,患者自らが対人距離を調整することが困難である.意識レベルが清明な患者にとって,個体距離(Hall, 1966/1970)としてのパーソナルスペースの保持は重要であり,看護師が関与の距離を調整することは個人空間の侵害を避け,精神的な安楽や休息を確保する上で意味をもつ.健康な人であれば問題とならないような体位変換や声かけ等といった外部刺激であっても,脆弱な患者にとっては呼吸や循環の変動を引き起こし,身体的負担や苦痛に繋がる場合がある.加えて,ベッド上という空間から身動きが取りづらいICU環境では,接近する相手との空間的な刺激(距離感)等を患者自身で調整することが難しい.そのためクリティカルケア領域の看護師は,患者に加わる刺激の量や質を調整する役割を担う必要があると考える.

言い換えれば,「みえない形での看護実践」は患者に働きかけることで状態を変化させるのではなく,触れない,見ない,近づかないといった普段の看護行為とは逆になるような行為を通して「刺激の量や質を調整することで患者の状態を守る」看護実践であり,「介入を抑制することで患者を守る」看護実践として理解することができる.また,これらの看護実践は,「時間の調整と空間的な関与の仕方(距離感の制御)を通して患者に加わる刺激を調整する」看護実践として特徴づけられる.看護師は患者に加わる刺激を,動かさない,待つといった時間の調整と,離れる,視線を外すといった空間的な関与の仕方を通してコントロールしていたからである.

「みえない形での看護実践」は,生理学的脆弱性を抱えるクリティカルケア領域の患者に対し,さらなる負担が安全や安楽を脅かすことを考慮したものである.看護師は必要なケアによってバイタルサインの変動が予測される場合,身体的負荷の少ない方法へ変更したり,起こりうる反応を想像しながら介入を選択したりするなど,先を見据えた対応によって苦痛を最小限にするケアを行っている(西本・佐居,2023).このような「みえない形での看護実践」は,看護師の先を見据える判断能力に基づく実践であると考えられる.

2. 「みえない形での看護実践」が成立する条件

本研究から,「介入の量や頻度=看護の質」という単純な図式では捉えきれないクリティカルケア領域の看護実践が示された.これは,ICUという高侵襲環境において患者の安全と負荷の最小化を両立させるための看護実践知の一側面を明らかにしたものと位置づけられる.本研究は,「触れないこと」や「介入しないこと」自体を看護として主張するものではない.あくまでも看護は患者を近くで見つめ,声をかけ,触れてケアすることが原則である.その上で,「介入の非実施」「距離を取る」「刺激を与えない」といった行為が看護として成立するためには,以下の条件が揃う必要があると考える.

条件の1つ目は,患者の状態や反応に対する継続的な評価が行われていることである.看護師らによって,患者の循環動態,覚醒・情動・認知の状態,休息状態,心理・精神面の状態は常に見極められていることが重要であり,看護師は患者の変化やサインにアンテナを張り,常に気づける体制があることが重要である.看護師が患者の状態を継続的に評価しながら関与を調整する過程は,看護師の臨床判断の特徴としても指摘されている(Tanner, 2006).条件の2つ目は,介入の可否や方法が,患者の反応に応じて切り替え可能な状態にあることである.介入の非実施,距離をとること,刺激を与えないことは「しない」と決めて固定されるものではなく,患者の条件が変われば即時に介入できる準備がなされている.言い換えれば,「介入しない」のではなく,「いつ介入するか」を見極めているプロセスであるとも言える.状況の中に身をおき,状況との対話を続け,状況を読み取り,患者の状態の変化やニードに柔軟に反応する力は,優秀な臨床家が持つ能力の1つである(Benner et al., 1999/2005).条件の3つ目は,患者にとっての負荷(刺激)を最小化するという明確な判断目的があることである.これは看護師の都合によって行われることではなく,患者の生理的・心理的耐性を基準としている.みえない形での看護実践は,刺激をコントロールするという動的で複合的な判断であり,その本質は「何もしない」ことではなく,「患者の状態を変えないためにあえて介入を抑制する判断」にある.そのために看護師は,患者の状態を評価し,リスクを予測し,介入のタイミングを調整し,「今はしない」という選択をしている.つまり,看護師が患者のために「今,何をするか」ではなく,「今,何をしないことが最適なのか」という臨床判断を,患者の繊細な回復を阻害しないための看護実践として明文化したことに本研究の独自性がある.「みえない形での看護実践」とは,看護師が患者の状態や状況に関わりながら評価・予測を行い,行為の実施・非実施を含む関与の仕方をその都度調整し続ける,行動と認識が不可分に絡み合った動的で複合的な判断過程と言える.

3. 研究の限界

本研究は,看護師の認識と行動に基づき,みえない形での看護実践を具体的かつ精緻に明文化することを目的としている.また,看護師の認識と行動に基づいたデータの二次分析であることから,患者の受け止めに関しては直接検討できないという限界がある.患者体験が加わった場合,看護師の「判断と評価」が患者に意図通りに伝わっているのか,あるいは意図とは異なる形で受け止められているのかによって,評価が変わる可能性がある.したがって,今後は看護師の判断過程と患者の体験を往還的に検討する研究が必要であると考える.

Ⅴ. 結語

・本研究では,ICUにおける触れない場面の分析を通して,看護師が意図して行っていた「みえない形での看護実践」を明らかにし,その3つの意図と6つの実践上の要点を明文化した.

・みえない形での看護実践とは,患者の循環,覚醒,情動,認知,安心感を同時並行で評価し続けながら,外部からの刺激をコントロールするために,介入の実施・非実施や関与の距離,刺激の量を調整し続ける,動的な看護師の判断過程である.

・さらに,この実践が看護として成立するためには,患者に対する継続的な評価,介入の可否を患者の反応に応じて切り替え可能な状態,患者にとっての負荷(刺激)を最小化するという明確な判断目的という3つの条件が不可欠であり,本研究は,これまで看護行為として捉えられにくかった関与のあり方を整理し,クリティカルケア看護における実践知の可視化と共有に示唆を与えるものである.

付記:本論文の一部は第42回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞:本研究にご協力いただきました研究参加者の皆さま,分析にご助言いただきました看護師の皆さまへ心より感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

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