2020 Volume 29 Issue 1 Pages 13-22
本研究は,情報伝達手段の多様化した昨今において,思春期にひきこもった当事者が,支援機関に通所するまでのプロセス明らかにすることを目的とした.研究対象者7名にインタビューを行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチにて分析した.また,分析の過程でスマートフォンやSNSなど,近年の情報伝達手段の多様化に伴う対人関係の変化を加味した.その結果,コアカテゴリである《同年代から受ける刺激に向き合う》をはじめ,12のカテゴリと30の概念が抽出された.当事者は《同年代から受ける刺激に向き合う》プロセスでひきこもり,その要因には,思春期という発達段階から生じる要因と,日本の社会文化的な要因が関連していた.また,看護への示唆は,当事者のひきこもる間の行動の意味を家族で共有すること.家族へ支援に関連する情報提供を行い,時期を見て当事者へ情報伝達できる体制を作ること,等が上げられた.
This study was intended to clarify a process to a support organization under the recent diversified way of communication to Hikikomori during adolescence. We have interviewed seven targeted persons and analyzed by the Revision Grounded Theory Approach. Also, we added the change of personal relationships with the diversification of the recent communication method including smartphone and SNS in the process of the analysis. As a result, based on the “Faced each other for stimulation to receive from the same age” as a core category, 12 categories and 30 concepts were extracted. The party concerned triggered to Hikikomori by the process of the “Faced each other for stimulation to receive from the same age” related to the factors that occurring from their stage of physical development during adolescence and sociocultural in Japan. Suggestions to nursing care to be appeared such as sharing the meaning of behavior of Hikikomori in the party concerned, reporting to their family with regards to supporting related information provision and setting up structure for communications to the party concerned at proper timing.
1990年代後半より,人と関わりが持てず長期間家庭内に留まり続ける社会的ひきこもり(以下;ひきこもり)が問題視されはじめ,日本には約54万人がひきこもり状態にある(内閣府,2016).ひきこもりの要因には,ひきこもり当事者(以下;当事者)の挫折体験やいじめ体験等の個人的要因と,日本の家を単位とした文化の影響等の社会文化的要因がある(斎藤ら,1996).ひきこもり始める平均年齢は19.5歳で,10歳から25歳にかけて集中している.ひきこもっていた期間の平均は10.4年でひきこもり期間の長期化が問題となっている(全国ひきこもり家族会連合会,2016).
厚生労働省はひきこもり対策推進事業において,都道府県・政令指定都市単位でひきこもり地域支援センターを設置し精神保健福祉士や保健師等によるひきこもり支援コーディネーターを配置した相談窓口やアウトリーチ型の支援の拡充を図り,ひきこもりへの早期介入・長期化防止に取り組んでいる(厚生労働省,2018).また,ひきこもり地域支援センターが当事者へより専門的な支援の提供のために紹介した機関の内,保健所と医療機関が全体の約20%を占めておりひきこもりの専門的な支援に看護師や保健師をはじめとした多くの看護職が関わっている.一方,当事者の親の相談体験に関する調査では,行政の窓口となる保健師の相談実数は多いが,「行政は踏み込んだ手助けがない,保健師は異動が多く相談しにくい」といった回答がみられ,提供している支援が親の満足感に繋がっていない可能性が指摘された(真壁ら,2014).また,2006年に行われた当事者の回復のプロセスに関する報告では,親の相談から支援が始まり,当事者が支援機関でコミュニケーションの練習を行い,就学・就労に至るプロセスが報告された(草野,2010).しかし,スマートフォンやSNSが普及した2008年以降は,情報伝達手段が多様化したことで思春期の当事者と社会とのつながり方も一様ではなくなった.看護職は医療機関,教育機関,行政等の活動の場が広く,当事者やその家族と接点を持つ機会が多い職種であると考える.よって時代の変化に即したひきこもりプロセスを明らかにし,看護職が理解することで当事者や家族への相談や支援の質の向上に寄与できると考える.そこで本研究の目的は,情報伝達手段が多様化した昨今において,思春期にひきこもった当事者が,支援機関に通所するまでのプロセスを明らかにすることである.
本研究は,情報伝達手段の多様化した昨今において,思春期の当事者がひきこもりに至り,そこから支援機関に通所するまでのプロセスを明らかにすることを目的とする.
ひきこもり:ひきこもりは,様々な要因の結果として社会的参加を回避し,原則的には6ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態を示す現象概念である.また,ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とする(厚生労働省,2010).
思春期:本研究では,Blos. Pが提唱した前思春期から思春期後期までの定義に当たる10~18歳とした(Blos, 1962).
回復:本研究では,支援機関に通所し,周囲の人々と交際できるようになる状態とした.
研究デザインは,質的因子探索研究である.
2. 研究対象者研究対象者(以下:対象者)は思春期に6か月以上ひきこもり,その後医療機関やNPO等の支援機関に繋がっている男女とした.対象選定は,公開されている情報をもとに検索し,ひきこもりや不登校問題に特化したデイケアを有する医療機関(以下:A医療機関)を選定した.A医療機関のデイケアでは,仲間作りによる自己肯定感の促進を主眼に置き,体験活動やグループミーティング,就労・学習支援等の様々なプログラムが行われていた.研究の実施にあたり,研究者はA医療機関のデイケア参加者と信頼関係を築くために,計3週間デイケア参加者と同じプログラムに参加し,デイケア参加者が寄宿する寮にて共同生活を行った.そのうえで,研究者がデイケア参加者へ本研究の主旨や内容を口頭で説明し,研究参加の意思を示したデイケア参加者に対して,再度文書と口頭で本研究の主旨や内容を説明した.未成年の対象者については,親権者にも同様の説明をして同意を得た.
なお,ひきこもりは非精神病性の現象であるとする厚生労働省の定義に則り,本研究の全過程において精神疾患の有無や診断名は考慮せず,様々な要因の結果として社会的参加を回避した経験を持つ当事者という視点で研究を実施した.
3. データ収集方法データ収集は,インタビューガイドを用いた半構造化面接にて実施した.インタビューガイドは,①対象者の背景,②ひきこもる原因,③ひきこもっている間の生活と対人関係,④通所するようになったきっかけ,⑤支援機関に通所してからの体験,の5項目とした.
4. 調査期間2013年10月~2014年5月
5. データの分析方法本研究では,木下が開発した修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach:以下M-GTA)を用いて分析した(木下,1999;2003).収集したデータより,オープンコーディングを行い,カテゴリを作成し,カテゴリの関係から概念図を作成した.その概要を簡潔に文章化してストーリーラインを作成した.さらに,分析ワークシートを用いて分析の過程と内容を幾度も検討し,それ以上新たな概念が生成されなくなった時点で,理論的飽和に至ったと判断した.なおデータ分析と分析結果の厳密性を高めるために,質的研究の経験のある看護学研究者2名のスーパーバイズを得ながら分析を行った.
6. 倫理的配慮対象者には,研究目的と方法,研究にあたっての自由意志の尊重,公開に際しての匿名性と個人情報の保護,同意の撤回方法について文書を用いて説明し,同意書に署名を得た.本研究の実施に当たっては,横浜市立大学医学研究倫理審査会の承認(A140327013)を得た.
対象者7名の属性を表1に示す.男性5名,女性2名,インタビュー実施時の年齢は10歳代が3名,20歳代が4名であった.また,最終学歴は中学卒業が1名,高校卒業が3名,高等学校卒業程度認定試験合格者1名,高校在学中が2名であった.ひきこもっていた期間は最短6ヵ月から最長10年までで,平均は4.4年であった.また,クリニックのデイケアの利用開始時点で,気分障害や発達障害等の診断が対象者全員についていた.
対象者 | 年齢 | 性別 | 学歴 | ひきこもり開始年齢 | ひきこもり期間 | 被いじめ経験 | A医療機関への通院期間 |
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A | 20歳代 | 女性 | 高校卒業 | 10歳 | 8年 | なし | 1年6ヵ月 |
B | 20歳代 | 女性 | 高校卒業 | 17歳 | 4年 | なし | 3年 |
C | 10歳代 | 男性 | 高校在学中 | 16歳 | 1年 | あり | 1年 |
D | 10歳代 | 男性 | 中学卒業 | 15歳 | 1年6ヵ月 | なし | 1年6ヵ月 |
E | 20歳代 | 男性 | ※高卒認定 | 14歳 | 10年 | なし | 5年 |
F | 20歳代 | 男性 | 高校卒業 | 18歳 | 6年 | なし | 5年 |
G | 10歳代 | 男性 | 高校在学中 | 15歳 | 6ヵ月 | あり | 6ヵ月 |
※高等学校卒業程度認定試験合格
分析の結果,コアカテゴリである《同年代から受ける刺激に向き合う》をはじめ13のカテゴリが見いだされ,30の概念が抽出された.抽出されたコアカテゴリ,カテゴリ,概念の関係を図1に示す.以下,文中のコアカテゴリは《 》,カテゴリは【 】,概念は〈 〉,ヴァリエーションは「 」で表記する.
同年代から受ける刺激に向き合うプロセス
思春期の当事者は《同年代から受ける刺激に向き合う》プロセスでひきこもり,そこからデイケアに参加することで特定の集団内で他者と交流を持ち始めた.当事者は,いじめ等の【苦悩を生み出す対人関係】を経験し,同年代の若者に抵抗感や劣等感を抱く.そして,【ひきこもらないための努力】をするが徐々に【集団や社会から距離を取り始める】.さらに,ひきこもりに移行し,【安心できる環境の獲得】に至るが,同年代の若者に対する抵抗感や劣等感は消えなかった.そして次第に,【家族の介入】を受ける中で,当事者は家族から理解が得られない【苦悩しながらのひきこもり】に移り,その後もひきこもり続けた.その結果,同年代の若者と比較して焦燥感を抱き,ひきこもること自体に疑問を感じるようになる.当事者は【社会と接点を持つ準備】を行って【回復のための具体的行動】をとるが,しばしば【支援への疑念】を抱き,再びひきこもることもあった.しかし【社会と接点を持つ準備】【回復のための具体的行動】【支援への疑念】のプロセスを繰り返す中で,【ひきこもりからの脱却の決意】を固める.当事者は支援機関に通所することで時に【対人関係再構築での苦悩】を感じながらも,次第に他者と交流をはかって【デイケアでの満足感】を得るに至った.
4. ヴァリエーションを用いたカテゴリと概念の説明ここでは,ヴァリエーションを用いながらカテゴリと概念を説明する.《同年代から受ける刺激に向き合う》は〈同年代の若者と自身の比較〉,〈同年代メンバーへ抱く興味と恐怖〉から構成されていた.対象者は「私と同い年の友達は,学校や仕事とか社会で役目があって頑張っているのに,私は何もできなかった.」と〈同年代の若者と自身の比較〉することで社会での所属や役割がある同年代の若者へ劣等感や罪悪感,憧れを抱いていた.これらの感情は支援機関に繋がって以降も〈同年代メンバーへ抱く興味と恐怖〉という形で持続していた.このように対象者が同年代との若者と自分自身を比較することで生じる感情に関するカテゴリだった.
【苦悩を生み出す対人関係】は〈様々な挫折体験〉,〈家族内のパワーバランスの偏り〉から構成されていた.対象者は「部活でキャプテンをやっていた時に,スランプに陥ってしまって.」と〈様々な挫折体験〉をした.また,「親が医師だから,自分も頭がいいんじゃないかって思われていて,頑張らないとって思った.」と家族の社会的地位を意識し,〈家族内のパワーバランスの偏り〉としてプレッシャーを感じていた.このように対象者が人間関係で苦悩するカテゴリであった.
【ひきこもらないための努力】は〈対人関係の悪循環を断つための努力〉,〈集団からの一時な避難〉から構成されていた.対象者は〈集団からの一時な避難〉によって学校で保健室登校をする等対人関係の悪循環を断ち切り,学校に所属し続けようと努力していた.また,対象者は「進学の時に,保健室登校していることを知っている人が居ない学校に行きました.」と対象者が所属するコミュニティを変え,〈対人関係の悪循環を断つための努力〉を行い,社会とのつながりを保とうと努力するカテゴリであった.
【集団や社会から距離を取り始める】は〈集団組織を回避する〉,〈社会的恐怖が強まる〉,〈プライドが高いゆえに取り辛くなる対処行動〉から構成されていた.対象者は,「電車の中で,自分と関係のない人の話とか,笑い声が自分に対して向けられているように感じて,これが引き金で自分のエリアが狭まり始めた.」と,劣等感の増大や自尊心を低下させる体験をし〈集団組織を回避する〉ようになった.そして「外に出るってこと自体が怖い.何か見られてる気がしていた.」と〈社会的恐怖が強まる〉ようになった.このように対象者の自尊心が低下した結果,社会的恐怖が増加し,ひきこもりへと移行した.対象者がひきこもりに移行してからは「ひきこもりはかっこ悪いし,そういう自分はいやだから,知られないようにしていた.」と,ひきこもっていること知られたくないという思いが強く〈プライドが高いゆえに取り辛くなる対処行動〉に至った.このようにひきこもりに至り,ひきこもりが固定化していくカテゴリであった.
【安心できる環境の獲得】は〈ひきこもる安心感〉,〈現実逃避のための娯楽への熱中〉,〈意図的な昼夜逆転生活〉から構成されていた.対象者は「ひきこもった当初は精神的に具合も悪かったし,学校も一杯一杯だった.どうしようもなく休学してホッとした.」と〈ひきこもる安心感〉を得ていた.同時に「ユーチューブを携帯のバッテリーが壊れるくらい見てた.とにかく部屋の中は退屈だったから,何かに没頭して現実を忘れたかった.」と時間を持て余すことへの対処としてインターネットやゲームをはじめとした〈現実逃避のための娯楽への熱中〉をしていた.また,「日中に自室にいると凄く罪悪感を感じるんです.日中私と同年代の人は社会で役目があるけど,私は何もないっていう現実が凄く辛い.辛い現実が見れないように,昼に寝て夜起きるようになった.」と対象者のひきこもる罪悪感は遷延しており罪悪感から逃れるために〈意図的な昼夜逆転生活〉をしていた.このように対象者がひきこもりに適応していくカテゴリであった.
【家族の介入】は〈当事者を理解しない家族の言動〉,〈家族に気を使われる生活〉,〈家族の介入の減少〉,〈家族から当事者への情報提供〉から構成れていた.対象者は家族から「昼夜逆転生活をしていた頃,親が夜にブレーカーを落とすんです.テレビもパソコンも使えないようにするために.」とひきこもりを止めるよう,〈当事者を理解しない家族の言動〉を受け,家族に反抗した.対象者と家族の関係は「私が物に当るから,兄弟は私の機嫌を常に伺うようになって,母は怒らせないように対応してきた.」のように〈家族に気を使われる生活〉へと変化し,最終的には「無理して学校に行かなくてもいいからって家族から言われた.」と〈家族の介入の減少〉するよう変化した.そして時間を経て「ひきこもる葛藤を抱え始めたタイミングで親が施設のパンフレットをくれて,それが施設に来る後押しになった.」と対象者がひきこもることへの疑問を抱いた時期に〈家族から当事者への情報提供〉が行われ,家族は対象者へ支援的に関わるようになった.このようにひきこもりに移行してから対象者が感じた家族との関係性のカテゴリであった.
【苦悩しながらのひきこもり】は〈家族への反抗と苦悩〉,〈ひきこもる意味を失う〉,〈身体的不調による通院〉から構成されていた.対象者は〈当事者を理解しない家族の言動〉の結果,「親と対面すると絶対喧嘩になるから,ご飯も一緒に食べなかった.」と〈家族への反抗と苦悩〉を抱き,家族関係が悪化する.そして次第に「起きて寝るまでの時間はただ過ぎていくだけ.言うなら無ってやつかな.早く一日が終われって必死で暇つぶしをする生活だった.」や「SNSで何を話したらいいかわからない.みんなと自分の環境が違いすぎるから」と対象者は〈ひきこもる意味を失う〉ようになった.また,対象者は「緊張するとお腹痛くなって,親に会うだけでも耐えられなくて,小児科に通った.」と体調を崩し〈身体的不調による通院〉をするようになり,ひきこもる弊害が明らかになるカテゴリであった.
【社会と接点を持つ準備】は〈ひきこもり脱却のための努力〉,〈理想の支援の具体化〉から構成されていた.対象者は【苦悩しながらのひきこもり】を経て,「このままでいいのかって思って.おばさんにも薦められて,フリースクールのホームページを調べました.」とこのままでいいのかと現状に疑問を抱いた時期に〈家族から当事者への情報提供〉を受け,〈ひきこもり脱却のための努力〉を始めた.また対象者は,「プログラムも見ましたけど,寮があることの方がメインだった.生活環境を変えたかった.」と主にインターネットを介して様々な支援を比較し,〈理想の支援の具体化〉に向けて行動していった.このように対象者がひきこもりから脱却するための準備を始めるカテゴリであった.
【回復のための具体的行動】は〈支援機関へのアプローチ〉から構成されていた.「もう家にいるのが限界になって,家にいちゃまずいって思った時に『A医療機関に行くから!』って言ったんです.A医療機関のことは前から気になってたので.」と対象者が十分な情報を手にした時,同年代の若者への劣等感や対象者が抱く焦燥感を原動力に〈支援機関へのアプローチ〉をとるカテゴリであった.
【支援への疑念】は〈支援の形態によって生じる抵抗感〉,〈支援機関へ行くことへの迷い〉,〈支援者への疑念〉から構成されていた.対象者は【回復のための具体的行動】をとるが,「電話相談へかけようと思わなかった.全く関係ない人に相談してもなって.」や「病院に行ったけど,薬出されてカウンセリングも無いようなのでは意味がないと思った.」のように〈支援の形態によって生じる抵抗感〉や〈支援機関へ行くことへの迷い〉を抱くことがあった.また,「施設が怖かったです.連れていかれて,見学して,この紙書いて入ってください.そんなことやられて,やばいなと思った.」と支援者の対応によっては対象者に〈支援者への疑念〉を抱かせてしまい,時に再びひきこもる要因になった.【支援への疑念】は,支援を受け入れる過程で対象者が抱く疑問や迷いに関連するカテゴリであった.
【ひきこもりからの脱却の決意】は〈従来のコミュニティから距離を取ることで感じる安心感〉と〈決意するきっかけ体験〉から構成されていた.対象者は「地元の施設は抵抗感があった.知っている誰かに会うんじゃないかと思って.だから環境を変えて誰も居ないところだったら頑張れそうだし,一番楽だって気づいた.」と知人に会わない環境のメリットに気づき〈従来のコミュニティから距離を取ることで感じる安心感〉を得た.そして「同年代の人が就職する時に,自分はって考えたら,ひきこもっていることにむかついてきた.それが,A医療機関に来た理由です」と対象者は〈同年代の若者と自身の比較〉が原動力になり〈決意するきっかけ体験〉をした.このように支援機関への通所の決断に至るカテゴリであった.
【対人関係再構築での苦悩】は〈偽りの自分を演じる〉,〈支援機関で対人関係が築けない苦悩〉から構成されている.対象者は支援機関にて対人関係の再構築を図るが,「常に気をつかったりとか,人の輪の中に入って行ってコミュニケーションを取らなければいけないと思ってました.けど,やっぱり疲労感も当然出てくるし,ぎこちないんですよね.」と無理にコミュニケーションをとろうと〈偽りの自分を演じる〉ことがあった.また「4年間も人と密接に接してないっていうのは,普通の生活を送るとすると大変.」というように〈支援機関で対人関係が築けない苦悩〉を抱き,対人関係の再構築の苦悩に関連したカテゴリであった.
【デイケアでの満足感】は〈安心できる人間関係〉から構成されていた.「関わるきっかけはスマートフォンのゲームアプリでした.ゲームを介して,施設に所属して友達が出来る安心感っていうのは大きかった.」というように対象者は支援機関のプログラム以外にゲームアプリ等をきっかけに支援機関で友人関係を築き,居場所と友人という安心できる人間関係の獲得をするカテゴリであった.
本研究の対象者は,同年代の若者へ劣等感や抵抗感を抱きひきこもりに至ったが,その背景には思春期という発達段階と日本の社会文化的要因が関係していた.当事者は【苦悩を生み出す対人関係】を経験しており,同年代の若者と仲間意識を醸成できずにいた.思春期の発達課題は同一性獲得であり,親友や恋愛対象との二者関係を得て,親からの分離不安を取り除くことで達成される(Erikson, 1989;原田,2004).対象者は,同世代の若者と親密な二者関係を築けず,同一性獲得を達成できずにいたと考える.また,対象者は〈同年代の若者と自身の比較〉において,同一性獲得を果たせない対象者と同年代の若者を比較し,《同年代から受ける刺激に向き合う》ことで,同世代の若者に対して劣等感や抵抗感を強めていった.
また対象者は,〈家族内のパワーバランスの偏り〉で日本の社会文化的要因の影響も受けていた.ひきこもりの要因には,いじめ等の個人的な要因の他に,日本の家を単位とした文化の影響,経済成長,メリトクラシーの崩壊,父親役割の変化等社会文化的な要因が介在している(諏訪,2006).対象者の家族には〈家族内のパワーバランスの偏り〉にあるように,医師等の高学歴者がおり,対象者自身も家族の社会的地位や役割を意識していた.また,対象者は将来同じような地位や役割を担うべきと家族の社会的地位の影響を感じ,高い理想を抱いていた.しかし対象者は,【苦悩を生み出す対人関係】を体験することで理想どおりにいかない現実に直面し,挫折を経験していた.対象者が親の社会的地位や役割を意識することは,親から家や仕事を受け継ぐといった日本の家を単位とした文化を始めとした社会文化的な要因から生じている.対象者は,同年代の若者との仲間意識の獲得と,家族の影響を受けての理想という2つの点において挫折を経験しており,両者の影響により同一性の獲得を果たせなかった結果同年代の若者への劣等感を抱き,ひきこもりに至ったといえる.
2. 家族関係とひきこもりの関連対象者は,ひきこもりに移行したことで一時的に同年代の若者から距離がとれ,安心感を抱いた.しかし,同年代の若者から物理的な距離を取って以降も《同年代から受ける刺激に向き合う》ことは続き,劣等感や抵抗感は遷延していた.これらの心理的な負担を減らすために,対象者は〈意図的な昼夜逆転生活〉によって同年代の若者が学校や職場で過ごす時間帯により強く感じる劣等感を回避し〈現実逃避のための娯楽への熱中〉によって夜間起きている時に抱く劣等感を減らすという2つの共通の行動をとっていた.このような娯楽への熱中は先行研究でも認められ,ひきこもりによる,処理しきれないような圧倒的な感情体験から身を守るための行動レベルの防衛手段であると明らかにされている(山根,2013;近藤,2011).つまり,本研究の対象者がとる共通の行動は《同年代から受ける刺激に向き合う》ことから身を守るためのコーピングであり,ひきこもりへの適応行動といえる.
一方で対象者の家族は対象者のコーピングや適応行動を阻止しようと,対象者がインターネットを使用できなくする等の行動をしていた.このような家族の行動について斉藤らは,当事者の母親は,ひきこもる前後の当事者の姿の齟齬を受け入れられず,混乱をきたすと述べている(斉藤ら,2013).よって,〈当事者を理解しない家族の言動〉は対象者の家族も対象者のひきこもる前後の姿の齟齬により混乱した結果であるといえる.さらに,家族が当事者へ就労就学の圧力をかけたことで,当事者はひきこもりという問題に直面し混乱をきたし,家族に不信感を抱くことで,より深くひきこもるとされている(斎藤,2004;斉藤ら,2013;内藤ら,2014).つまり対象者は,家族から就労就学に向けた圧力と共に,コーピングや適応行動の中断を強いられた結果,《同年代から受ける刺激に向き合う》ことを回避できない状況にあったと言える.また,《同年代から受ける刺激に向き合う》ことで劣等感が増強し,対象者と家族の関係のさらなる悪化を招く悪循環が生じた.この悪循環を防ぐことによってひきこもりの深刻化や長期化を回避できる可能性が生じる.そのため,看護職は当事者の家族へひきこもりの初期段階における心理的な背景の情報提供を行い,家族が抱く当事者のひきこもる前後の姿の齟齬による混乱を軽減する必要がある.同時に,情報提供により対象者に向けられる〈当事者を理解しない家族の言動〉のような圧力を減らし,家族間対立を予防することが重要と考える.
3. 回復に向けた環境の調整本調査の結果,対象者の回復にはインターネットの使用と【家族の介入】が関わっていた.対象者は〈現実逃避のための娯楽への熱中〉や〈安心できる人間関係〉にあるように,インターネットを使用することで,時に現実逃避をし,時に友人関係を築くきっかけとなる等様々な影響を受けていた.総務省の調査では,10歳代のインターネット使用の目的の特徴として,SNS・無料通話アプリ・動画投稿サイト・オンラインゲームの使用が多い一方,ニュースサイト等の情報収集を目的とした使用は少ないことが明らかにされている(総務省,2018).このような10歳代のインターネットの使用傾向の背景には,思春期の発達課題が関連していると考える.思春期にある対象者の発達課題達成に必要な親友や恋愛対象との二者関係をインターネット上でも求める傾向がみられ,その結果,他者との交流を目的にSNSや無料通話アプリの使用頻度が多くなると考える.思春期の若者がインターネットを使用し他者と交流することには,発達課題を達成する上で必要な二者関係構築のきっかけになりうる.そのため,インターネットは使用を禁止するのではなく,他者と交流をする機会と考え,回復への一助となるよう活用することが望ましい.
例えば,【社会と接点を持つ準備】で,当事者が積極的にインターネットを活用していたことに注目し,思春期の若者が多く使用するSNSへの支援関連情報を発信することが挙げられる.SNSの特性としては,双方向性の情報交換が可能であり,支援者から当事者への一方的な情報提供ではなく,SNS内で当事者同士や支援者当事者間の双方向性の情報交換が可能となる.よって,思春期に重要となる他者との交流の場を設け,支援情報の提供や支援情報の交換が行えるインターネット上の環境整備が必要と考える.また,詳細な情報を取る場合に使用する可能性がある行政や医療機関等のインターネットサイトでは多様な支援の情報の一括掲載や,関連サイトへのリンクを設ける等の提示方法の工夫が有効となる可能性がある.しかし,あくまでもインターネット上の情報は,当事者が能動的に検索をしないと得られない.そのため,〈家族から当事者への情報提供〉にあるような現実のコミュニケーションから得られる情報も重要であり,インターネット上のコミュニケーションと現実のコミュニケーションのバランスを保つことが重要である.
最後に,当事者が同年代の若者と自身を比較して抱く焦燥感や劣等感への配慮について考える.当事者は同年代の若者との関係性の中で焦燥感や劣等感を抱きひきこもったが,【ひきこもりからの脱却の決意】にあるように,劣等感や焦燥感は,脱却の決意を固める後押しにもなっていた.しかし,対象者にとって同年代の若者は劣等感を強める原因には変わりない.そこで対象者が支援機関に通所し始める際に感じた〈従来のコミュニティから距離を取ることで感じる安心感〉に着目する.対象者は支援機関に通所し始める際,対象者のことを知る人が多いコミュニティから距離をとることで,同年代の若者から受ける劣等感が軽減された体験をしていた.このことより,看護職が当事者の相談を受ける際は,当事者のコミュニティ以外にある支援機関の紹介,あるいは同年代の若者の通勤通学時間を避けた通所の提案や,当事者が同年代の若者と適度な距離を設けられるよう配慮を行うべきである.これにより,当事者が【ひきこもりからの脱却の決意】を固める段階に,支援機関へつながることが出来る可能性を高められることが期待できる.
4. 本研究の限界と今後の課題本研究は対象施設が1施設ではあるが,対象者と事前に信頼関係を築いた上で調査を実施し,情報伝達手段の多様化した昨今において思春期にひきこもり,そこから支援機関に通所するまでのプロセスを明らかにした.しかし,対象者が支援機関に通所して以降,就労就学等社会参加の次の段階においていかなるプロセスを経るのかは未知数である.今後はより多様な対象者にて調査を進め,本研究によって示されたカテゴリと概念の構造を確認していく必要がある.
思春期の当事者がひきこもりに至りそこから支援機関に通所するまでのプロセスは,コアカテゴリである《同年代から受ける刺激に向き合う》をはじめ,12のカテゴリと30の概念から構成された.対象者は《同年代から受ける刺激に向き合う》プロセスで,同一性獲得を失敗するような挫折等がきっかけでひきこもりに至る可能性がうかがえた.また,ひきこもりにはコーピングや適応行動の意味を有することが示唆された.さらに,看護への示唆としては,当事者がひきこもる間にとる行動の意味を家族で共有し家族関係を良好に保つこと.看護職が家族に対して支援に関連する情報提供を行い,時期を見て当事者へ情報伝達できる体制を作ること.当事者がインターネット上で多様な支援機関の情報を,比較検討しやすいインターネットサイトの構築,当事者の居住するコミュニティ以外にある支援機関を紹介すること等が上げられた.
本研究の実施に当たり,御協力いただきました,対象者様,支援機関のメンバーの皆様,施設スタッフの皆様には,心より御礼申し上げます.なお本論文は平成25年度横浜市立大学大学院医学研究科看護学専攻修士課程における修士論文を改編したものである.
STは,研究の構想およびデザイン,データ収集,データ分析,論文作成を行った.TM,NKは,データ分析,研究プロセス全体に貢献した.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.
本研究における利益相反は存在しない.