2020 Volume 29 Issue 1 Pages 60-69
目的:精神科看護師が経験した慢性期統合失調症患者の予測困難な自殺から,入院中における慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点を明らかにする.
方法:慢性期統合失調症患者の予測困難な自殺を経験した精神科病棟に勤務する看護師10名を対象に,自殺の経験に関する内容について半構成的面接を行った.また,得られたデータは質的記述的に分析した.
結果:慢性期統合失調症患者の自殺を経験した精神科看護師が考える慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点は,【潜在化した精神症状】,【精神運動興奮への移行】,【患者の特有な感覚】,【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】であった.
結論:精神科看護師が,【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】を中核とした慢性期統合失調症患の自殺のリスク判断に必要な視点をもつ事で,慢性期統合失調症患者の自殺の予防や効果的な支援に繋がると考える.
Purpose: Based on experiences of psychiatric nurses with unpredictable suicide cases, this study aimed to analyze the viewpoints that are necessary to identify suicide risk among patients with chronic-stage schizophrenia.
Method: A semi-structured interview was conducted with 10 nurses working in a psychiatric ward, to obtain data related to the patients’ experiences with suicide; these nurses had experienced unpredictable suicide cases in patients with chronic-stage schizophrenia. In addition, the obtained data was subjected to qualitative and descriptive analysis was performed on the data.
Result: The following viewpoints were determined as necessary by nurses for identifying suicide risk in patients with chronic-stage schizophrenia: “latent mental symptoms”, “transition to psychomotor excitement, patient’s unique sense,” and “negative impacts associated with prolonged nurse–patient relationships”.
Conclusion: The approach that focuses on the “negative impacts associated with prolonged nurse–patient relationships” can lead to suicide prevention and effective support for patients with chronic-stage schizophrenia.
日本の精神保健医療福祉施策は「入院医療中心から地域生活中心へ」と移行し,精神科領域における社会的入院患者の地域への移行,国民の精神健康の保持増進が進められている.ところが,精神疾患をもつ患者の平均在院日数は依然として長期に及び,退院促進はそれほど積極的に進んでいるとは言い難い(厚生労働省,2014).精神看護領域における退院支援上の課題として,藤野・脇崎・岡村(2007)は,精神科長期入院患患者が「孤独への脅威」,「精神障害を抱えて生活する苦悩」,「社会適応能力の低下から生じる生活の困難性」,「実存性が脅かされることへの不安」,「自己受容性の低下に伴う苦悩」という苦悩や脅威を感じているとし,上野(1999)は,加齢によって日常生活行動能力が低下していること,奥村・渋谷(2005)は,社会資源や家族との関係など患者の抱える問題だけではなく周囲が抱える現状が存在すること,さらに岩本(2017)は,支援する側の看護者がケア上の困難さや課題を抱えていることを報告している.また,精神科入院患者のうち最も多くの割合を占めるのは統合失調症患者であり(患者調査,2017),精神障害者の地域生活への移行を推し進めるためには,統合失調症患者の退院促進が必要不可欠である.統合失調症患者の退院支援を阻む要因の一つに入院中の自殺があり(池淵・佐藤・安西,2008),統合失調症患者は入院中に自殺率が高まるとの報告も見られる(Balhara & Verma, 2012).さらに,自殺に至った統合失調症患者の入院期間が5年以上,罹患期間でみると平均で15.6年と長期であることから(上平,2012),自殺の問題は急性症状を呈している患者だけでなく慢性期にある統合失調症患者(以下,慢性期統合失調症患者)の問題でもあることがわかる.
このように,入院医療中心から地域生活中心への移行には,社会復帰施設や支援体制の整備が不可欠であることは言うまでもないが,同時に退院支援上の課題についても取り組む必要があり,日々患者と向き合っている精神科に勤務する看護師(以下,精神科看護師)が,長期入院患者の自殺という深刻な課題にも直面している現状は無視できない.
自殺企図と精神障害との関連はすでに示されており(後藤,2009),自殺既遂者の90%以上はなんらかの精神疾患に罹患していたと示す研究もある(張,2012).また,精神疾患をもつ患者の自殺のリスクを高める要因(Mauri, 2013)や,自殺のリスクが高い患者への医療従事者の個別的で専門性の高い介入技法(Neimeyer, Fortner, & Melby, 2001)などについても,徐々に明らかにされてきている.自殺予防に関する海外の施策については,自殺率が高いとされるフィンランドにおいて,予防的精神衛生ケアが開発され,国家プロジェクトとして取り組まれたことにより自殺率の低下に結びついている(山田,2006).このように,自殺予防に関する研究は進んできてはいるものの,自殺予防の介入効果のエビデンスに関しては未だ十分とは言い難い現状がある(山田,2008).
日本においては,精神疾患をもつ患者に“自殺予防を意識した”臨床対応が医療者に求められており(中村ら,2013),自殺防止には自殺の予兆を把握し,適切な時期に介入することが最も重要であるとも言われている(舟橋,2010).また,抑うつが主症状のうつ病患者に焦点を当てた自殺の危険因子については“自殺予防の十箇条”としてすでに明確に示されている(高橋,2014).
精神科看護師が実践する自殺予防に関して,抑うつと希死念慮をもつ患者に対し,その気持ちを受け止めながら希死につながる原因とリスクを査定していること(齋藤ら,2013),また自殺企図者に対しては,精神科看護師の援助が自殺企図の再発に直接関連していることなどが示されており(永島,2006),自殺のリスクがすでに高いと判断される患者への精神科看護師の実践については明らかにされている.さらに,精神科看護師は精神科領域外の医師や看護師と比較すると,自殺のリスクが高いと判断される患者に対して共感的な態度を示すとされる(Gask et al., 2008).このように,精神症状が表面化し,自殺念慮を明確に示す患者に対しては,適宜自殺のリスクを判断しながらの介入がなされており,これは精神科看護師の専門性として捉えることができる.
一方,統合失調症患者の自殺に関しては,抑うつ症状を有し,希死念慮が明確な患者のそれに比べると突発的な特徴を持ち,手段として致死的な方法が用いられる場合が多いとされる(Popovic et al., 2014).慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断は特に難しいとされ(池村・元村,1991),すでに明らかにされている自殺予防のための介入を用いてもなお,自殺の予防が難しい現状がある(Togay et al., 2015).また英国では,統合失調症患者の自殺は増加の一途を辿っており,深刻な課題とされるなど(Healy, Harris, & Tranter, 2006),統合失調症患者の自殺予防は急務である.加えて,“自殺の前兆”の把握が他の精神疾患と比較し困難であるとされながら,これまで慢性期統合失調症患者の自殺予防のための視点,すなわち自殺のリスク判断のために必要な視点について述べられた研究は国内外で見当たらない.
本研究では,入院中に実際に自殺に至った慢性期統合失調症患者に関わった対象者の経験を基に,慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点を明らかにしていく.そのことにより,自殺の予防における課題解決への示唆,ひいては入院期間が長引く慢性期統合失調症患者への退院の促進にも繋がると考える.
本研究の目的は,精神科看護師が経験した入院中における慢性期統合失調症患者の予測困難な自殺から,慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点を明らかにすることである.
1.慢性期統合失調症患者:精神疾患における「慢性な状態」について,現時点において統一された定義はない.本研究においては,長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会(厚生労働省,2014)において「慢性な状態」を入院期間1年以上としていることを踏襲し,慢性期統合失調症患者を「精神科病棟に1年以上にわたり入院している統合失調症患者」とする.
2.リスク:本研究においては「リスク」を,損害(自殺)の生じる可能性がある状態(岡田,2017)とする.
半構成的面接による質的記述的研究
2. 対象者入院中である慢性期統合失調症患者の予測困難な自殺を経験した精神科看護師10名.
3. 調査期間2015年12月~2016年3月
4. データ収集方法研究協力が得られた対象者に,自殺の予測が困難だった慢性期統合失調症患者の事例について,その当時の詳細な状況と自殺のリスク判断に必要な視点に繋がる内容を,インタビューガイドを基に1時間程度の半構成的面接調査を実施した.インタビューガイドの構成は,患者の属性,診断名,実施していたケアの内容,自殺の状況の詳細,自殺の予測の有無に関するものとした.インタビューにより得られた内容は対象者の了承を得て,ICレコーダーに録音した.
5. 分析方法対象者へのインタビュー内容を逐語録に起こし,慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断と関連する言葉に注目しながら切片化し,適切なコードをつけた.そして,コード化したデータを他のデータと比較・検討していく過程で,類似すると思われるものを分類し,抽象度を上げ,サブカテゴリ,カテゴリを生成した.また,分析を行う上では真実性・厳密性を確保するために,精神看護学を専門とし,質的研究・指導経験豊富な大学教員2名,感情マネジメントを主な研究領域とする大学教員1名,精神科看護師として統合失調症患者に関わった経験を豊富にもつ看護師1名の4名が各々で検討し,その後意見を照らし合わせながら,一致するまで検討した.
6. 倫理的配慮研究の趣旨を理解した対象者に,データ収集・分析における個人の情報の保護及び不利益や負担が生じないように配慮する説明をし,同意を文書で得た.また,研究への参加は自由であること,対象者がインタビューに苦痛を感じ中断したいと思った場合はいつでも中断できること,参加しなくても不利益を被ることはないことを伝え研究協力への自発性を確保した.面接の場所はプライバシーが守られる個室とした.なお,本研究は研究者の所属大学の倫理委員会の審査を受け,承認を得た後に調査を行った(番号:924).
対象者は研究の同意が得られた民間3施設の単科の精神科病院に勤務する精神科看護師であり,男性2名,女性8名の計10名であった.平均年齢は51歳(33~63歳,SD = 8.4),看護師としての平均臨床経験年数は22.6年(10年~38年,SD = 9.2)であった.精神科看護師としての平均臨床経験年数は17.8年(1年~38年,SD = 11.9)であった.対象者の詳細については表1に示す.
対象者 | 年齢 | 性別 | 看護師 経験年数 |
精神科看護師 経験年数 |
介入患者の属性 (性別,自殺時の年齢・入院期間) |
---|---|---|---|---|---|
A | 30代 | 男性 | 10 | 10 | 女性,60代・6年 |
B | 60代 | 女性 | 30 | 20 | 男性,40代・5年 |
C | 50代 | 女性 | 36 | 36 | 女性,30代・5年 |
D | 40代 | 女性 | 19 | 17 | 女性,30代・5年 |
E | 40代 | 女性 | 10 | 2 | 男性,50代・1年 |
F | 50代 | 男性 | 38 | 38 | 男性,20代・6年 |
G | 50代 | 女性 | 23 | 1 | 男性,60代・20年 |
H | 50代 | 女性 | 18 | 15 | 男性,30代・10年 |
I | 50代 | 女性 | 18 | 15 | 女性,50代・5年 |
J | 50代 | 女性 | 24 | 24 | 女性,20代・5年 |
分析の結果,慢性期統合失調症患者の自殺を経験した精神科看護師が考える慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点として70のコード,12のサブカテゴリと4つのカテゴリが抽出された(表2).以下,カテゴリを【 】,サブカテゴリを《 》,また,対象者の発言を「 」で示し,末尾に対象者のIDを付記した.
カテゴリ | サブカテゴリ | コード |
---|---|---|
潜在化した 精神症状 |
表出されない 精神症状 |
気分を言葉にしない |
自身の状態を言葉では伝えてこない | ||
希死念慮について何も話さない | ||
「死にたい」という考えが潜んでいた | ||
意図的に隠された 精神症状 |
自身の症状を語らずに隠す | |
症状を上手に隠す | ||
表面的には平穏を装う | ||
表面上は何もないように装う | ||
幻聴があっても看護者には伝えない | ||
精神運動興奮 への移行 |
高揚感に左右された 言動の出現 |
突然現れる誇大的な考え |
高揚感からくる普段と異なる言動 | ||
本人にとって「良い」感覚である高揚感 | ||
攻撃性の出現 | ||
高揚感による理解力の低下 | ||
普段と異なる荒々しい言葉の出現 | ||
患者の変化として独語や空笑の増加 | ||
普段とは異なる多弁さの出現 | ||
患者を支配する高揚感 | ||
自身を尊大であると感覚 | ||
「自分ではない」 という感覚 |
「離人」という感覚の出現 | |
その人らしくない言動の出現 | ||
自分が自分ではなくなるという発言 | ||
自分が自分ではなくなるという感覚 | ||
患者が訴える「離人」という感覚 | ||
睡眠状態の 変化 |
睡眠状況の悪化 | |
睡眠状況への影響 | ||
患者の 特有な感覚 |
患者の目線で 捉えられない「退院」 |
防げなかった退院直後の自殺 |
患者の目線で退院を考えられなかった | ||
退院が現実味を帯びることでの患者の不安 | ||
本当は退院したくないという患者の気持ち | ||
患者の目線に立つことの困難さ | ||
患者の感覚に気づけていなかった | ||
退院に際する患者の苦しみ | ||
退院について患者が何を考えているのか分らない | ||
患者を早く退院させたいという看護師の焦り | ||
自殺という行為による 自身の存在のアピール |
目立つことが好きな性格 | |
死に至るまでの患者なりのストーリー | ||
自殺をして(新聞などにのって)目立ちたいという気持ちだったのではないか | ||
家族へのアピールの意味を持つ自殺 | ||
自殺で周りを驚かせたいという考え | ||
自殺企図を自慢げに話す患者 | ||
患者の「置いていかれる」 という感覚 |
病院外の環境の変化への戸惑い | |
取り残されるという感覚 | ||
患者が感じる“置いてけぼり”という感覚 | ||
時代の流れに沿っていけないという患者の状況 | ||
患者-看護師関係の 長期化に伴う弊害 |
看護師が抱く 「自殺はない」という 固定化された患者像 |
自殺という行動はその人らしくない |
自殺のリスクへの視点の不十分さ | ||
不明瞭な統合失調症と希死念慮との関連性 | ||
繋がらない患者像と自殺 | ||
まさかという自分を含めた周りの反応 | ||
患者は自殺しないだろうという思い込み | ||
予測を超えていた患者の行動 | ||
思いもよらない患者の自殺という行為 | ||
精神状態の慢性化という アセスメント |
患者に抑うつ症状はないというアセスメント | |
穏やかな状態というアセスメント | ||
患者の精神状態に変化がないというアセスメント | ||
穏やかなコミュニケーションから判断された精神状態の安定というアセスメント | ||
自殺に結びつく精神状態にはないというアセスメント | ||
症状の変化がないことから患者の状態は悪くないというアセスメント | ||
落ち着いているから問題ないというアセスメント | ||
患者の精神状態は改善しているという認識 | ||
抑うつの症状はないという患者の印象 | ||
患者-看護師間の コミュニケーションの減少 |
会話の頻度の減少 | |
退院を急ぐことで減少した患者との会話 | ||
患者の希望を聞きだす機会の無さ | ||
慢性化による患者との会話の減少 | ||
療養環境に対する 看護師の肯定的な考え |
万全なサポート環境であるという看護師の考え | |
保護室入室によって看護師が抱く管理できているという考え | ||
サポーティブな家族の存在による看護師の安心感 | ||
看護師が抱く保護室という環境への安心感 |
【潜在化した精神症状】には,「気分を言葉にする患者に対しては何らかの対応ができるが,全くそういったものを見せない(C)」のように《表出されない精神症状》への視点,「症状を上手に隠すんですよ(B)」,「本当に表面的にはすごく装う方だったので(D)」のように《意図的に隠された精神症状》への視点が含まれていた.
【精神運動興奮への移行】には,「日頃は口にしないような言葉を口にしていたりとか(B)」,「ものすごく自分尊大なんですよね.俺にかなうものはいないみたいな(H)」のように《高揚感に左右された言動の出現》への視点,「何か自分が自分じゃなくなっていくっていうことは言われてるので(D)」,「自分で離人症っていうふうにおっしゃって,自分が自分でないような,そういったような感覚に陥ることがある(E)」のように《「自分ではない」という感覚》への視点,「あれ,おかしいなって思うところが睡眠状態に出てくるんですよ.(C)」のように《睡眠状態の変化》への視点が含まれていた.
【患者の特有な感覚】には,「未だに患者の目線に立つことは難しい.(退院に関して)自分たちの目線で見ちゃいけないなっていつも思いますね(C)」,「退院させたいっていうのがあって,今考えると,こっちの思いばかりだった(I)」のように,《患者の目線で捉えられない「退院」》への視点,「私たちが想像するような悲観的な自殺念慮ではなくて,死に方のプロセスというかストーリーがあったのでしょうね.(H)」のように《自殺という行為による自身の存在のアピール》への視点や,「懐かしさというよりは,置いてけぼりを感じてるのかな(C)」,「もしかすると患者さんは取り残されていてたのかなって(I)」のように,《患者の「置いていかれる」という感覚》という視点が含まれていた.
【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】には,「自殺はその人らしくないというか(A)」,「なぜこの人が自殺するに至るのかなっていう感じはあったんですけど(F)」のように《看護師が抱く「自殺はない」という固定化された患者像》への視点や,「ほとんど精神状態に変化はなかったような状況ですね(A)」,「もう落ち着いてるから大丈夫だろうと(D)」のように《精神状態の慢性化というアセスメント》への視点や,「アセスメントにつながるようなことについては患者さんとそのときは話せてなかったのだろうなと思います(A)」,「その頃は多分私たちも,退院させなきゃというのが先に立って,話せなかったのかなって(I)」のように《患者-看護師間のコミュニケーションの減少》への視点,「バックアップとかサポートとかしたつもりだったので,これだけしておけば大丈夫じゃないか(H)」,「保護室にいたからやっぱり安心感があったのは確か(F)」のように,《療養環境に対する看護師の肯定的な考え》への視点が含まれていた.
以下に精神科看護師が考える慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な4つの視点についての考察を述べる.
1. 精神科看護師が考える入院中における慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点 1) 【潜在化した精神症状】本研究で語られた慢性期統合失調症患者の自殺についての事例は,いずれも精神科看護師にとって,自殺の予測が困難なケースであった.精神症状が表面化しない場合,そのことが自殺の予測の困難さに繋がる大きな要因であることが考えられた.また,慢性期統合失調症患者は,自分なりに症状と折り合いをつけて疾患と共存しているとされ(石井ら,2016),その結果,症状の慢性化と潜在化に繋がり,自殺のリスクが潜在化すると考える.さらに本研究においては,意図的に精神症状が隠されることによる自殺のリスクの潜在化の可能性が示唆された.精神疾患を有する自殺未遂者は主治医やその他の医療者への自殺念慮に関する本音を表出しない傾向にあり(長田・長谷川,2013),臨床場面において防ぎえなかった自殺の多くは,医療者が患者の「隠された自殺念慮」に気づけなかったことにより生じるとされる(松本,2016).このことから,【潜在化した精神症状】への視点は慢性期統合失調症患者の自殺予防に必要な視点であり,表面化しない隠された症状が潜在している可能性を常に精神科看護師の視野に含む必要があると考える.
2) 【精神運動興奮への移行】慢性期にある統合失調症患者の病態について,佐藤(1989)は,発作性,挿話性症状の体験内容を構成するものに自殺傾向,攻撃破壊衝動があり,動機がはっきりしない衝動的な自殺企図や暴力行為が出現することがあると述べている.また,攻撃性や暴力行為は精神科の長期入院による患者のホスピタリズムにも影響を受けるとされている(安永,2009).対象者がケアを提供していた患者においても,長期入院によるホスピタリズムから患者の高揚感や衝動性や異常体験の出現など,精神運動興奮と捉えることのできる状態に至り,結果的に自殺行為に繋がった可能性は否定できない.対象者の「患者の言動が普段とは違い,何かおかしいと感じながらも,自殺に至るとは考えなかった」という語りからも,長期入院によるホスピタリズムが精神運動興奮を引き起こし,自殺のリスクが高まるという認識が希薄だったことが伺えた.このことから,長期入院によるホスピタリズムが及ぼす慢性期統合失調症患者の【精神運動興奮への移行】への視点は,慢性期統合失調症患者の自殺予防に必要な視点であると考える.
3) 【患者の特有な感覚】本研究の対象者が経験した慢性期統合失調症患者の自殺の一つの特徴として,“自身の存在を示したい”という精神科看護師にとっては想定困難な患者の感覚が自殺行為に影響した可能性が示唆された.國方ら(2006)は,統合失調症患者の精神症状は自尊感情に影響を及ぼすとしており,対象者が介入していた患者は,低下する自尊心をなんとか維持しようという葛藤した結果,自身の存在を他者に示すという目的を達成するための方法として,《自殺という行為による自身の存在のアピール》に至ったことが考えられた.このように,自殺に至る慢性期統合失調症患者の感覚は援助者側の想定を超える場合があることを常に意識する必要があると考える.
さらに本研究では,「退院」に対する患者-看護師間の感覚の違いが,患者の自殺のリスク判断を困難にしていることが考えられた.荻野・田代(2010)は長期入院に至る精神障害者は退院を希望しながらも不安を抱くという両価的な思いを抱くとし,吉村(2013)は,退院に向けての計画や介入は,時に患者に緊張や不安を与えることにも繋がり,退院支援を推し進めることは容易ではないとしている.対象者がケアを提供していた患者においては,「(周囲から)置いていかれる」という患者独自の感覚を抱いたが,対象者の「退院支援を推し進める際に,患者の退院に対して抱く感覚の理解が不十分だった」という語りからも,患者独自の感覚を精神科看護師が想定することが困難だったこと,さらには,この患者-看護師間の感覚の違いが,患者の自殺の予測を困難にしていることが示唆された.このことから,【患者の特有な感覚】への視点は,慢性期統合失調症患者の自殺予防に必要な視点であると考えられ,そのためには,精神科看護師自身が患者の感覚を十分理解できているか,また,自身のケアの方向性が患者の思いを置き去りにしていないかを常に確認し続けることが必要と考える.
4) 【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】慢性期統合失調症患者の自殺のリスクの潜在化には,病状の慢性化や,長期間にわたる入院生活の影響も否定できない.長期入院生活の影響に関して,上野・栗原(2005)は,長期入院している患者はすでに施設症となっており,一旦この状態に陥った統合失調症患者は自我機能の低下もあり,退院への意欲と希望が薄れてくることがあるとしている.対象者がケアを提供していた患者が施設症の状態であったかは定かではないが,症状の慢性化に伴い,患者の状態の変化の把握に困難さを感じていた.このことは,慢性期統合失調症患者の入院の長期化により,精神科看護師にとって患者の存在感が薄まり,それに伴い次第に長期入院に対する違和感が薄れていく現象(石川・葛谷,2013)が影響していると考える.山本・木村(2017)は,長期入院中の統合失調症患者を取り巻く療養環境について,医療者が決定した規則に則って療養環境が管理されることを述べており,木村・松村(2010)は,精神科看護師は業務に従事するうちに,身体抑制に関して,病状により必要であると感じるようになり,これは時間の経過による慣れから生じると述べている.本研究においても,患者が隔離室に入室しているという状況に対象者が「(隔離室に入室していれば)大丈夫だろう」という《療養環境に対する看護師の肯定的な考え》を抱いたことで,自殺のリスクが精神科看護師にとって潜在化してしまったことが考えられた.このことから,日々の関わりにおける精神科看護師の【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】への視点は,現在の症状や療養環境に対するアセスメントを適切に実施していくための慢性期統合失調症患者の自殺予防に必要な視点であると考える.
2. 入院中における慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点の関連慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点は,カテゴリ間を跨いで共通する内容が出現していた.これらの視点の関連を吟味し,構造化したものを図1に示す.
慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点の関連
【潜在化した精神症状】への視点の内容は,精神症状のアセスメントに関する内容を多く含み,【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】における《精神状態の慢性化というアセスメント》と共通していた.このことから,患者-看護師関係の長期化と精神症状のアセスメントとの関連が考えられた.【患者の特有な感覚】への視点の内容は,精神科看護師が抱く統合失調症患者へのイメージに関する内容を多く含み,【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】における《看護師が抱く「自殺はない」という固定化された患者像》,《療養環境に対する看護師の肯定的な考え》と共通していた.このことから,患者-看護師関係の長期化と精神科看護師が抱く統合失調症患者のイメージとの関連が考えられた.【精神運動興奮への移行】への視点の内容は,患者-看護師間のコミュニケーションに関する内容を多く含み,【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】における《患者-看護師間のコミュニケーションの減少》と共通していた.このことから,患者-看護師関係の長期化と患者-看護師間のコミュニケーションそのものとの関連が考えられた.
このように,精神科看護師が考える慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点は,【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】を中核として,【潜在化した精神症状】,【患者の特有な感覚】,【精神運動興奮への移行】の3つの視点で構成されると考えられた.これらの視点を踏まえた看護介入では,患者との関係性の長期化が自殺のリスク判断を困難にすることを念頭に置きながら,精神症状が潜在化している可能性,また患者の感覚を看護者自身の価値基準だけで判断していないか,さらには,精神科看護師が考えるケアの方向性が患者の思いや患者の置かれる状況等を置き去りにしていないか,ということを日々確認し続けることが重要であると考える.
希死念慮に関する明確な発言の存在は,自殺の重大な危険因子とされるが(Ronald, Guilherme, & Ellen, 1999),現実には希死念慮のある患者が,死にたい気持ちの表出を医療者に送っていても,医療者側が自殺の予測が困難な場合が多い(折山・渡邉,2009).特に,慢性期統合失調症患者は長期入院の場合も多く,自我機能の低下により毎日のルールにしたがって病院内の生活を営む特徴があり(上野・栗原,2005),そのことが自殺のリスク判断の難しさを助長していると考える.このように,自殺を未然に防ぐことは容易ではないが,この課題に,日々日常生活の支援を行う精神科看護師が向き合っていくことが,病状の個別性が高い精神疾患を持つ対象の自殺予防には不可欠であると考える.また,精神科医療においては機能分化が進んでおり,精神科看護師も専門性を発揮することが求められ,精神科看護師の実践は長期入院患者の退院促進の鍵であるともされる(川野,2007).本研究により,慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な4つの視点を明らかにしたことで,適切な時期での患者の自殺防止への介入,さらには入院期間が長引く慢性期統合失調症患者への退院支援への示唆が得られたと考える.
一方で,本研究では1年以上入院している慢性期統合失調症患者の自殺の経験という限定された選定条件もあり,対象者が10名と少人数であった.なおかつ自殺を経験した当時の状況を想起した上での語りであったため,語りの内容は対象者の記憶に依拠する部分も大きく,これは本研究の限界であると考える.今後は,客観的データを合わせながら分析していくことで,慢性期統合失調症患者への精神科看護師の具体的な支援について検討することが必要であると考える.
1.慢性期統合失調症患者の自殺を経験した精神科看護師が考える入院中における慢性期統合失調症患者の自殺のリスク判断に必要な視点は,【潜在化した精神症状】,【精神運動興奮への移行】,【患者の特有な感覚】,【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】であった.
2.精神科看護師が常に,【患者-看護師関係の長期化に伴う弊害】を中核とした自殺のリスク判断に必要な視点をもつことで,入院中における慢性期統合失調症患者の自殺の予防や効果的な支援に繋がると考える.さらに,個別性が高く,困難とされる慢性期統合失調症患者の自殺の予防には,日々日常生活の支援を行う精神科看護師が自殺のリスクに向き合っていくことが不可欠であると考える.
YIは研究の着想およびデザイン,論文の作成,データ収集と分析を行った.NFはデータ収集と分析,研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.
本研究における利益相反は存在しない.