2021 Volume 30 Issue 2 Pages 9-18
本研究は,当事者参加型シミュレーション教育プログラムの試みと,それによる学生の学びを探求することを目的とする.オプトアウトを経て同意を得た学生のレポートを質的に分析した.結果,精神障害を抱えた当事者から得る学び,リカバリーの視点による当事者理解,精神看護の実践と展望,精神看護におけるスキル,シミュレーション教育からの学びと期待,当事者参加型演習からの学生の成長,そして差別・偏見が存在する現実の7つのカテゴリー,22のサブカテゴリー,92のコードが抽出された.考察として,当事者参加型演習をシチュエーション・ベースド・トレーニングと位置付けたことで,精神看護学シミュレーション教育プログラムを発展させることができた.また,学生の学びとして,知識およびスキルが修得され,自信からの成長とともに態度の変容が明らかになった.自身を語ることについて,学生はリカバリーの視点で考えることができた.
The purpose of this study was to assess the results of a psychiatric nursing simulation education program involving persons with mental disorder and to investigate nursing students’ learning. Informed consent was obtained from participating students through an opt-out procedure, and the results of their self-reported evaluations were qualitatively analyzed. The analysis revealed 7 categories of learning; learning from persons with mental disorder; understanding of persons with mental disorder from a recovery perspective; practice and prospects of psychiatric nursing; skills in psychiatric nursing; learning and expectations derived from simulation education; student development through practicums with persons with mental disorder; and the reality of discrimination and prejudice. These categories consisted of 22 subcategories containing 92 codes. By using practicums with the participation of persons with mental disorder to provide situation-based training, it became possible to develop the psychiatric nursing simulation education program. Furthermore, in terms of learning, the students acquired knowledge and skills, and there were changes in the attitudes of the students as they developed confidence in themselves. The students were able to consider the narratives of persons with mental disorder from a recovery perspective.
近年,教育のパラダイムシフトとして,学習者の能力に基づいた教育(competency-based education)が強調され,看護学教育においてactive learningが注目されている.Active learningを引き出す教育方略の1つとして,シミュレーション教育がある(阿部,2016).シミュレーション教育は時間軸の自由度をあげることで,標準化された場面を,いつでも再現することができる.また,安心して再現できる場面を提供して,訓練を繰り返すことが可能となる.これらの特徴から,基本的な医療技術,救命・救急医療のトレーニングに功を成し,特にフィジカルアセスメント教育を展開する上で,臨地実習と並行してシミュレーション教育が必要とされている.
日常の看護臨床の状況を再現できることで,シミュレーション教育は着実に発展してきた.しかし,看護学の各領域においてその発展には温度差があり,特に精神看護学領域では遅れをとっていることは否めない(岩崎・山崎・柴田,2018).研究者らはこれまで「精神看護学にシミュレーション教育を導入することによる看護実践力を向上する教育方法」を開発してきた.タスクトレーニングとして,単元「体感幻覚を有する患者に対する援助」「暴言を呈する患者に対する援助」などで,基本的な精神看護技術を学生同士で行ってきた.また,アルゴリズム・ベースド・トレーニングとして,単元「希死念慮にあるうつ病患者に対する援助」では模擬患者を活用し,うつ病患者に対する看護援助を基盤に,目の前で死にたい気持ちを打ち明けられた際に,TALKの原則に基づく危機介入を行ってきた.また,模擬患者の養成については,ビデオ視聴や授業参観などの創意工夫により,年々,その演技の質は向上しつつある.学生は,模擬患者のリアリティの高い演技により,自信の高まりや,やりがいなどの学習効果の成果が出ている.これらの精神看護学シミュレーション教育に関する先行研究においては,学会発表などが多く,原著などの学術論文は守村・伊東・野呂田(2020)など数は少ない.
そのうえ,現段階での模擬患者参加型シミュレーション教育においては,精神症状に対する看護援助,つまり,タスクトレーニングあるいはアルゴリズム・ベースド・トレーニングに限局しており,精神症状により影響を受けている生活そのものについては対応出来ていない.実際,演習後の臨地実習において,精神症状とそれに影響される生活とを統合させるのに,かなりの時間を要する学生が後をたたない現状が続いている.現段階では,模擬患者に精神症状を呈する患者役に徹するよう求めることで精一杯であり,模擬患者参加型シミュレーション教育の課題と言える.
一方,精神保健医療福祉の改革ビジョン(厚生労働省 精神保健福祉対策本部,2004)の基本方針「入院医療中心から地域生活中心へ」により多くの入院患者が退院し地域生活を営むようになった.従来の医学モデルから生活モデルへと転換され,エンパワーメントの根底にもとづき,自分の病気や体験を語る当事者が増えてきた.当事者参加型授業は,精神障害者の内的世界への共感,当事者の視点から捉えるという機会を提供すると言われている(井上ら,2007).また,当事者参加型授業の概念モデルを構築し,学生・当事者・教員・関係者及び地域社会に影響する意義も考察されている(森川ら,2004).札幌市立大学においても開学以来,授業で当事者をゲストスピーカーとして招聘し自分の病気や体験を語ってもらっている.また,臨地実習では医療機関以外に社会復帰施設等の社会資源をフィールドとして,地域で生活する当事者の語りを重視する教育に重みを置いてきた.このような当事者参加型のフィールド授業は当事者にとって,ナラティブ・アプローチとして有用な効果があることが明らかになっており(石田,2009),自己治療・自己統治のツールである当事者研究などを基に,当事者に生活体験を語ってもらうことは,当事者のリカバリーを促進する効果も期待できる.
これらの経緯から,2019年度の精神看護技術論(3年次前期科目)において,ゲストスピーカーとして招聘した当事者を対象に,新規の単元「当事者への問診」を取り入れた.そして演習後には小レポート「当事者への問診」として課した.なお,小レポートは,シミュレーション教育で総合的評価が可能である精神運動領域(技能),情意領域(態度),認知領域(知識)について課したものである.
本研究では,小レポートに記載された内容を質的に分析することで,当事者参加型シミュレーション教育プログラムの試みと,それによる学生の学びを探求することを目的とする.また,本研究の意義として,精神看護学シミュレーション教育プログラム構築の一助となることが考えられる.
単元「当事者への問診」(2コマ,180分)の一般目標を,精神障害を抱える当事者への問診をとおして得た情報をアセスメントすることで,生活状況(全体像)を考え,リカバリーを促進することができる,とした.行動目標は,①患者の状況に合わせてコミュニケーションにより問診ができる,②患者の健康的な部分も含めたセルフケア能力をアセスメントできる,③LASMI(Life Assessment Scale for the Mentally Ill)評価尺度を用いて生活能力をアセスメントできる,④得た情報から生活状況(全体像)を考えることができる,の4点とした.精神症状とそれに影響される生活とを統合させるため,札幌市立大学精神看護学領域で基盤としている理論であるオレム・アンダーウッドによるセルフケア理論と,精神障害者社会生活評価尺度であるLASMIを用いることにした.
なお,本研究における「問診」とは,当事者にセルフケア要素の視点およびLASMI評価尺度を用いて質問することで,最終的に看護診断を下すことまでは求めていない.演習の一般目標および行動目標を達成するため,演習の一連の過程を総称して単元「当事者への問診」とする.
1) ブリーフィング個人情報保護のため,演習で得た情報は演習時間内のみで使用することを徹底した.個人情報保護に関しては臨地実習における扱いと同様にした.
その後,学生12~14名で構成する6グループをつくり,問診を行う看護学生役4名を選出した.各グループにファシリテーター1名を配属した.ファシリテーターは,精神看護専門看護師3名と精神看護学を専門とする教員3名の計6名とした.6名の経験年数は異なるが,日頃から臨床および教育研修などでグループの運営に携わっている.事前に,ファシリテーターのかかわり・留意点について「CHECK POINT」(阿部,2013)を精読し,互いに確認し合った上で演習に臨んだ.ファシリテーターは「教える」「教え込む」のではなく,学生および当事者と「ともに学び」,学生を「支援する」視点でグループを運営した.これらに20分確保した.
2) 問診とアセスメント看護学生役4名が交代で問診を計4回実施する.看護学生役1名が当事者へ問診し,残りの学生は観察学生役として問診内容を記録した.
各グループに当事者1名を招いて,第1回問診「セルフケア要素の視点による問診」,第2回問診「LASMI評価尺度による問診」を開始する.問診はそれぞれ7分とした.
次に,第1回問診および第2回問診で得られた情報からアセスメントをした.不足情報や,より深く知りたい情報についてグループメンバー間で話し合いを行った(作戦タイムと称する).アセスメントと作戦タイムを合わせて20分とした.
さらに,第3回問診「セルフケア要素の視点による問診」,第4回問診「LASMI評価尺度による問診」を行った.その際,第1回問診および第2回問診の続きからしても構わないことを告げ,それぞれ7分の問診を行った.
3) 生活状況(全体像)の作成と報告4回の問診が終わったらグループメンバーで集まり,最終的なアセスメントをして,当事者の生活状況(全体像)を模造紙に書き出した.作業時間を30分とした.書き上げた生活状況をボードに掲示して,グループ代表者が当事者へ報告した(3分程度).
4) フィードバックおよびデブリーフィング報告後,当事者からフィードバックを受けた.本研究におけるフィードバックとは,学生が書き出した生活状況の報告を受けた当事者が,可視化された自身の精神症状とそれに影響される生活とを客観的に振り返り,リカバリーの視点で学生に語ることを示す.リカバリーの視点で語ってもらうため,ファシリテーターがフォローアップをした.
その後,ファシリテーターと共に一般目標に沿ってデブリーフィングをした.本研究におけるデブリーフィングとは,そのフィードバックをもとにグループメンバーとのディスカッションをとおし,当事者にとってリカバリーが促進されることを考えることを示す.フィードバックおよびデブリーフィングを合わせて40分とした.
5) 総括最後にクラス全体で再集合し,総括をした.3名の学生を無作為に抽出して,演習の学びを発表してもらった.次に当事者の代表1名に,演習で再確認できた自身のリカバリーについて語ってもらった.最後にファシリテーター全員から総括としてコメントをした.所用時間を40分とし,後片付けをして演習を終了した.
また,演習終了後に,「当事者への問診」小レポートを課した.
6) 演習における当事者への依頼と配慮当事者への依頼として,学生からの質問に対して,答えることができる範囲で自分の体験を語って欲しいと依頼した.
当事者への配慮として,演習中に得た情報を口外しないことや,メモを含む記録物を教員が責任を持って回収することで,学生に対しての個人情報保護を徹底した.また,演習中に当事者が体調不良を起こした際には,直ちに演習を中断し,保健室で静養してもらうことにした.静養後も体調不良が戻らない時には,かかりつけクリニックへ受診するよう促すことにした.
2. 対象者学生は2019年度の精神看護技術論を履修した82名とした.また,当事者は授業のゲストスピーカーとして招聘したことのある3名と,その彼らが所属している北海道当事者研究ネットワークから紹介された3名の計6名とした.
本研究は学生から提出された小レポートのうち,研究対象者が拒否できる機会を保障する方法(オプトアウト)を経て同意を得たものを分析する.
3. 研究期間および調査期間研究期間を2019年10月1日から2020年3月31日とした.また,調査期間を倫理審査承認後の2019年12月16日から2020年2月14日とした.オプトアウト期間も調査期間に含まれている.
4. 調査方法以下の①~④の手順で調査を実施した.
①倫理審査承認後,「学生への研究依頼文書」を期限付きで掲示した.最低1ヶ月間を保証した上で,冬季休業期間を挟むため調査期間を長くした.②掲示する場所は研究対象者が必ず目にする学内掲示板とした.③拒否をした学生の学籍番号に合致する小レポートを対象から除外した.④掲示期限終了後に除外されなかった小レポートについて研究への同意を得たとみなし,分析の対象とした.
5. 分析方法データ分析の手法として,文字テキストデータに基づく「質的データ分析法」(佐藤,2008)を採用した.具体的には,①レポートに書かれた内容のトランスクリプト作成,②トランスクリプトの文章セグメント化,③文章セグメントの要約に基づく定性的コーディング化によるコード生成,④そのコードを類似性に基づいて分類し,抽象度を上げサブカテゴリー,カテゴリーを生成した.これらに過程を経て,小レポートの省察の分析および考察を行った.
これらの分析過程においては,質的研究に長けている共同研究者間で類似点や相違点を議論し,意見が同意するまで内容を吟味し検討を重ね,信頼性と妥当性の確保に努めた.
6. 倫理的配慮「学生への研究依頼文書」に以下の8点を明記し,期限付きで掲示した.
①研究の目的は,当事者参加型シミュレーション教育を加えた新たなプログラム構築と,それによる学生の学びを探求すること,②研究に同意しない場合も不利益にならないこと,③研究への同意は自由意思であること,④データは研究代表者が管理し,論文作成や関連学会への発表以外は用いないこと,⑤データは5年間施錠できる場所に厳重に保管し,研究終了後に研究責任者(研究代表者)が廃棄処分にすること,⑥掲示期間終了後の研究への協力の拒否はできないこと,⑦氏名などを表記せず,個人が特定できないようにすること,⑧既に成績が確定しているため,研究への協力は成績とは無関係であること,の8点である.また,研究に対して拒否する場合,共同研究者の助手に申し出ることにする.これは研究代表者(准教授)でも,科目責任者(講師)でもなく,職位的に学生に近い存在であり,申し出のハードルを下げる意味がある.
研究代表者が所属する札幌市立大学倫理委員会の承認を得た(No. 1932-1).
小レポートを提出した79名全員から同意を得た.小レポートの分量は,少ない学生で58文字,多い学生で794文字であり,平均すると169文字であった.1枚の小レポートから抽出したセグメントは1~9つであり,平均すると3つであった.分析の結果,7つのカテゴリー,22のサブカテゴリー,92のコードが抽出された(表1).カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを[ ]で囲み,ゴシック体で表記する.また,コードは斜字で表記する.
カテゴリー | サブカテゴリー ( )内はコード数 |
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精神障害を抱えた当事者から得る学び | 学生同士のロールプレイでは得られないリアリティ(8) 直接情報を得ることで知る潜在的な強み(3) 当事者からの助言の重み(6) 当事者の思いの共有と感謝(3) |
リカバリーの視点による当事者理解 | 目標に向かう前向きな生活(2) 当事者の障害受容(5) 当事者の思いを知る(4) 自分自身を知り,向き合いながらの生き方(3) |
精神看護の実践と展望 | 当事者が受けた看護を知る(2) 精神看護実践の可能性(5) 今後の看護への活用(6) |
精神看護におけるスキル | 精神看護におけるコミュニケーション(8) 精神看護におけるアセスメント(6) 当事者との関わり方(4) 当事者との関わりから自己を振り返る(4) |
シミュレーション教育からの学びと期待 | 観察者としての学び(2) 演習方法や内容についての改善や提言(5) |
当事者参加型演習からの学生の成長 | 学生が感じる演習への不安・緊張(5) 演習から自信の確立(2) |
差別・偏見が存在する現実 | 学生が抱く差別・偏見(3) 当事者が感じる差別・偏見(3) 世の中に蔓延る差別・偏見(3) |
以下,それぞれのカテゴリーについて,抽出されたサブカテゴリーをもとに,一部のコードを含めながら述べる.
1. 【精神障害を抱えた当事者から得る学び】普段では体験することのできないリアルな学習をすることができた,得た情報を本人に伝えることで自分が間違っていないかを直接確認できた,当事者のエピソードも交えて生活像を知ることができるため,より正しいアセスメントにつながると思った,実際に話してみないと当事者の方の人柄や感じていることなどの細かい部分が分からない,など[学生同士のロールプレイでは得られないリアリティ]を得た.
セルフケア能力や生活能力などの情報を得ていく中でその人にとっての強みをとらえることができた,その人自身の人柄や強みなど全体を理解していくことの大切さを大きく感じた,など[直接情報を得ることで知る潜在的な強み]を得た.
一方,当事者から講義で聞いたことをわかりやすく教えてもらえたので,絶対に忘れないと思った,「丁寧に聞いてもらえて自分のことを考えてくれている気持ちが伝わってきた」という助言を得た,など[当事者からの助言の重み]を感じ,当事者が徐々に心を開いてくれていることを感じることができた,実習前に当事者とコミュニケーションを取ることができたのは貴重な経験である,など[当事者の思いの共有と感謝]があった.
2. 【リカバリーの視点による当事者理解】自分で目標や楽しいことを見つけながら生活している様子が分かった,落ち込むだけではなく前向きに病気と向き合い生活していることがわかった,など当事者の[目標に向かう前向きな生活]を理解した.病気は辛いけどもう付き合い方はわかっている,自分の想像よりも当事者が病気に対しての付き合い方や対処法などを理解しコントロールしながら生活していることがわかった,など[当事者の障害受容]を理解した.また,当事者にとっては話を聞いて欲しい,自分に興味をもってくれることが嬉しい,など[当事者の思いを知る]ことができた.その上で,しっかりと自分を持って誠実に生きていらっしゃるといった印象を受けた,課題を解決しようと努力しながら生活している,など[自分自身を知り,向き合いながらの生き方]を理解した.
3. 【精神看護の実践と展望】看護師との関わりの中で助けられたことや,嬉しかったことなどを聞くことができた,統合失調症が回復したのも入院生活で,看護師などを信用できるようになったからというのを聞いた,など[当事者が受けた看護を知る]ことができた.そのことで,精神疾患を併せ持つ患者さんに対して適切なケアができる看護師を目指したい,精神障害をもった人へのよき理解者となれるような看護師になりたい,など[精神看護実践の可能性]を持つことができた.その理解を深めることで,接し方を学べ,実習へのイメージと結び付けることができた,今後の実習でもできるだけコミュニケーションを取ることを大切にしたい,など[今後の看護への活用]を考えることができた.
4. 【精神看護におけるスキル】関係性を築くことで相手に不快感を与えず触れにくい話まで聞くことができる,話を聞く中で患者の背景を捉えて話の聞き方などを工夫する必要がある,つらい想いや嬉しい思いを話された時には,しっかり声に出して共感することが大事だと感じた(声に出さないと伝わらない気持ちもある),など[精神看護におけるコミュニケーション]や,自分の助け方は本人が一番よく知っているということを聞いて,本人がどうしたいかを聞くことが重要であることが改めてわかった,生活能力をアセスメントし,その方に必要な援助を考えることが出来た,など[精神看護におけるアセスメント]を学ぶことができた.また,特別な構えは必要なく,普段通りに話して良いと思った,当事者の辛い経験を傾聴し,気持ちに寄り添うことが大切であることを学んだ,など[当事者との関わり方]を学ぶことができた.さらに,話を聞くたびに障害など関係なくとても素敵な方だなと感じたし,自分も見習わなければと思う場面がたくさんあった,自分と向き合うことがどれだけ大切なのかを学ばせていただいた,など[当事者との関わりから自己を振り返る]ことができた.
5. 【シミュレーション教育からの学びと期待】自分ならどうするか,どう感じるか,また,そのような患者にどう接するかを考える機会となった,観察者役でも十分に学びの深い経験をすることができた,など当事者へ直接問診をしなくても[観察者としての学び]を得た.また,最初の問診の前にも作戦タイムがあればもっと様々な項目について詳しく聞くことができた,ぜひ次年度の学年でも行ってほしい,など[演習方法や内容についての改善や提言]もあった.
6. 【当事者参加型演習からの学生の成長】何をどこまで深く聞いていいのか不安,当事者に対しての身構えにより,恐る恐る問診をしていた,など[学生が感じる演習への不安・緊張]を持ちながらも,この演習をとおして,当事者からのアドバイスにより自分への自信がついた,実習への自信になった,と[演習から自信の確立]された.
7. 【差別・偏見が存在する現実】自分にも少なからず偏見があったのだと考えさせられた,当事者への先入観についても持たないようにして実習に臨むことができると感じた,など[学生が抱く差別・偏見]を認識し,当事者にしかわからない苦しみや恐怖があることがわかり,演習前よりも当事者側の思いや考えを理解することができた,精神障害についての差別を当事者さん自身が感じてきた,など[当事者が感じる差別・偏見]を突きつけられた.そして,世間には精神障害をもった人への理解がある人だけではない,外見でわからない分,当事者は周囲の理解が得られず辛い思いをしている,など[世の中に蔓延る差別・偏見]を改めて考えることができた.
シチュエーション・ベースド・トレーニングは,臨地実習で受け持つであろう患者の状態や状況を模擬的に再現して,看護に必要な情報の収集とアセスメント,そして,アセスメントに基づいて問題を明確化し一部技術の提供ができることと,実際の患者を想定した教材を通して思考の強化を目指すトレーニングである(阿部,2018).本研究の結果から次のようなことが言える.
【精神障害を抱えた当事者から得る学び】として,演習で問診とアセスメントを繰り返すことにより,セルフケア能力や生活能力などの情報を収集し,当事者のエピソードも交えた生活像を深めることができた.これらは[学生同士のロールプレイでは得られないリアリティ]から得られたものである.全員が看護学生役を体験できない状況のもと,観察者役でも十分に学びの深い経験をすることができた,などグループで実施して学びを共有することで,当事者へ直接問診をしなくても[観察者としての学び]を得た.特に,演習をとおして[直接情報を得ることで知る潜在的な強み]に注目することで,看護に必要な情報の収集とアセスメントに基づいて問題を明確化することができた.
また,当事者の理解を深めることで,接し方を学べ,実習へのイメージと結び付けることができた,など[今後の看護への活用]を考えることができた.このように,従来臨地実習で受け持つであろう患者を,当事者を活用したシミュレーション教育を行うことで,精神症状とそれに影響される生活とを統合させることが可能となり,【精神看護の実践と展望】という思考の強化につながっていた.単元「当事者への問診」は,まさに,シチュエーション・ベースド・トレーニングとして位置付けることができる.
これらをシミュレーション教育の構造(阿部,2018)に当てはめ,精神看護学シミュレーション教育プログラムをトレーニング毎に図式化してみた(図1).演習で重要視しているフィードバック,デブリーフィングをとおしてのgroup dynamicsを,チームの連携と考えることで学習効果が高めることができる.当事者参加型演習をシチュエーション・ベースド・トレーニングと位置付けたことで,育成する技術や能力をトレーニング別に使い分けることが可能となり,精神看護学シミュレーション教育プログラムを発展させることができると考える.
精神看護学シミュレーション教育プログラムの構造図
学生は当事者参加型演習により[当事者が受けた看護を知る]ことができ,よき理解者となれるような看護師になりたいと[精神看護実践の可能性]を持つことで【精神看護の実践と展望】を考えることができた.また,[精神看護におけるコミュニケーション],[精神看護におけるアセスメント]や気持ちに寄り添うなど[当事者との関わり方]のような具体的な【精神看護におけるスキル】を習得する必要性を学んだ.そして,[学生が感じる演習への不安・緊張]を持ちながらも,[演習から自信の確立]が生まれ【当事者参加型演習からの学生の成長】が見られた.
さらに,少なからず偏見があったのだと考えさせられたなど[学生が抱く差別・偏見]を認識し,精神障害についての差別を当事者自身が感じてきた,など[当事者が感じる差別・偏見]を突きつけられた.そして,世間には精神障害をもった人への理解がある人だけではない,など[世の中に蔓延る差別・偏見]をとおして,【差別・偏見が存在する現実】を改めて考えることができた.
「当事者参加型授業」によって,「知識」「技術」「感情」の側面の他,「価値観」の側面も含まれた学習成果が確認されている(森川ら,2004).授業と演習という学習形態の違いにより若干異なるものの,当事者参加による学習効果は共通している部分が多く,当事者との接触による学習の動機づけや関わり方を示唆するもの(森川ら,2004)と言われている.
従来,偏見は共通の目標を追求する多数者集団と少数集団との接触によって減少する,というAllportが提唱した接触理論が謳われていた(山内,1996).看護学生の精神障害者への態度に関する先行研究として,看護学生が精神看護学実習後に精神障害者のイメージが肯定的になる(小坂・文,2011)など接触体験により受容的で好意的態度であったという報告がある一方,学生の多くは精神障害者との接触体験を持ちながらも拒否的・否定的イメージを有していた(藪田・山下・伊関,2016)など逆に否定的であったという報告があり,接触体験の影響については十分に明らかになっていない.つまり,接触体験そのものが学びに関与するのではなく,接触体験は学びの媒介に過ぎないことが分かる.
当事者参加型演習をとおして,学生は自分自身に少なからず偏見があったのだと再認識することができた.そして,当事者自身も差別や偏見を感じていることを直接聞くことが出来た.さらに,学生は,現実問題として当事者は周囲の理解が得られていない社会生活を余儀なくされている,三重構造の【差別・偏見が存在する現実】を学ぶことができた.
昨今,精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者が増えてきている状況を考えると,これらの学びは精神看護学領域だけに留まらず,全ての看護実践に応用することが期待される.
3. 当事者の語りから考えるリカバリーと学生へのインパクト単元「当事者への問診」のフィードバックでは,可視化された生活状況(全体像)により,当事者が自身の精神症状とそれに影響される生活とを客観的に振り返ることができ,ファシリテーターによるフォローアップのもと,リカバリーの視点で学生に語ることができる.そして,一般目標に沿ったデブリーフィングでは,そのフィードバックをもとに当事者を含めたグループメンバーとのディスカッションをとおして,当事者にとって自らの生き方を再認識することでリカバリーを意識することができる.さらに総括では,当事者は演習で再確認できた自身のリカバリーについて語ることができていた.
患者は自らが病いの語り手になることを通してはじめて自らの身体および声を取り戻し,病いを自らの人生の中に位置づけることができる(中井,2008),と言われているように,語り(ナラティブ)をとおしてリカバリーを表現できるようになる.このようにシミュレーション演習では,問診を受ける当事者から,リカバリーを語る当事者へ変えることができる.
一方,学生は,【リカバリーの視点による当事者理解】として,次のようなことが言える.
目標や楽しいことを見つけながら,落ち込むだけではなく病気と向き合い[目標に向かう前向きな生活]や,病気は辛いけどもう付き合い方は分かっている[当事者の障害受容]について問診をとおして聴くことで,[当事者の思いを知る]ことができた.さらに,課題を解決しようと努力しながら生活し,当事者のリカバリーとして[自分自身を知り,向き合いながらの生き方]を理解した.当事者の理解を深めることで,接し方を学べた,など[今後の看護への活用]を考えることができた.
そして,当事者から講義で聞いたことをわかりやすく教えてもらえたので,絶対に忘れないと思う,など彼らの語りは[当事者からの助言の重み]を感じ,[当事者の思いの共有と感謝]として表現された.
このように当事者はシミュレーション演習をとおして,自分の生き方を客観的に振り返り,再認識し,自らの言葉で語ることでリカバリーを意識できた.学生はその語りの重みを感じられるほどのインパクトを受け,今後の看護への活用をリカバリーの視点で考えることができることがわかった.
本研究は当事者を活用した初めてのシミュレーション演習であり,精神看護学シミュレーション教育プログラムの発展性に寄与することができた.また,学生の知識,スキル,態度の変容に関する学びも得られた.
しかし,演習の一般目標である,「リカバリーを促進することができる」の部分については,十分に検証することはできなかった.今後は演習に参加した当事者のメリットとしてリカバリーを促進できるよう教育プログラムを検討していく必要性がある.
本演習にご協力くださった精神障害当事者6名の皆様に感謝申し上げます.
また,2020年3月末まで日本精神保健看護学会員および本学看護学部助手として従事した野呂田美菜子氏には,演習の準備および運営全般,そして共同研究者として多岐にわたって協力いただいたこと深く感謝申し上げます.
HMは,研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,論文作成,KIはデータ分析,論文作成を行った.2人の著者が最終原稿を読み承認した.
本研究における利益相反は存在しない.