Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
Online ISSN : 2432-101X
Print ISSN : 0918-0621
ISSN-L : 0918-0621
[title in Japanese]
[in Japanese]
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 30 Issue 2 Pages 61-69

Details

第31回学術集会会長の安保です.

この講演では,以下の4つのことをお話しします.

・はじめての論文を書くまでのこと

・概念“コンコーダンス”のもつ意味

・病院精神医療から地域医療を経て精神保健へ―概念をかたちにする共創造―

・精神保健の時代の取り組み―誰も阻害されない社会に向けて―

Ⅰ  はじめての論文を書くまでのこと

自己紹介に代えて,私がはじめて論文を書くまでのことを紹介します.私は大学学部の卒業後に,病院で働く機会を持ちつつ大学院修士に進学をしました.このとき,私は研修として,デイケア,就労支援,訪問看護などの経験をさせてもらいましたが,この時に出会った当事者の方,職員の方々には人間的な魅力を持っている方が多くいました.

そこで,私は当時の指導教員である萱間先生に,訪問看護の利用者の方々にインタビューをする研究を行いたいと相談しました.当時は,グラウンデッドセオリーアプローチはまだまだ研究として認められている例がそんなに多くありませんでした.そこで,調査の相手を選び,調査をして,逐語録を作って,誰に調査をするか考える,と分析と調査のプロセスを繰り返しました.また,インタビューだけではなくフィールドワークの機会もいただきまして西は高知県,北は北海道浦河町までお伺いしました.

その結果,私は35人の方にインタビューを行い,訪問看護に対する当事者の重要な視点を見つけました.特に大きな発見は,情緒的な充足,つまり安心をもたらすことを当事者の方々が「とても良い」と言っていたことです.情緒的な充足の中には“言語化による後押し”とか,“察する・察したことを言葉にする”とか,“意思の表出を促す質問”とか,“一緒に笑う”などがありました.これらが安心をもたらす,情緒的充足をもたらすということは私にとっては大きな発見でした.

つまり,当事者の方が訪問看護を選ぶのは,前向きに生きる後押しをするからと言えそうです.このような修士課程での経験を経て,私の研究テーマは,「人が前向きに生きることを支える」となりました.

この経験が,その後に概念“コンコーダンス”との出会いにつながります.

Ⅱ  概念“コンコーダンス”のもつ意味

私は東北地方の出身ということもあって,東北地方で初めてACT(積極的地域支援)チームが立ち上がるところに携わりました.

このとき,いろんな方への訪問支援を行う際に,薬物療法や服薬が主体性の回復の壁になっている例によく会いました.日本では医療保護入院があるため,薬物療法との初めての出会いが,非自発性の象徴(医療保護入院の際の強制的な服薬)である場合が多かったのです.前向きに生きることと医療が相反しやすい現状を踏まえて,相互性やリカバリー概念を研究発表するあいだに,コンコーダンスという概念と出会いまし‍た.

コンコーダンス概念(図1)の基盤には,一致点の探索や相互性,そして合意形成と主体(権利擁護)の考えがあります.

図1

患者の意思決定を尊重する概念,コンコーダンス(Concordance:調和)

J. A.ミュア・グレイ:患者は何でも知っている―EBM時代の医師と患者,中山書店,2004をもとに安保寛明,武藤教志:コンコーダンス―患者の気持ちに寄り添うスキル21,医学書院,2010にて著者らが一部改訂

これを援助と意思決定のプロセスに変換すると,スノーデンによる調和モデルをもとに説明することができます(図2).一致点の探索,相互性,合意形成というのは,医療者と患者さんの間に調和という関係性を作る援助モデルです.価値観や目標といった前向きな側面で共通理解を積み重ねることで一致点を探索し,相互に理解が深まった関係を作ろうという意味です.

医療者と患者さんとで方向性が違う場合,薬は飲みたくない,副作用が心配だといった時には,いきなり飲むか飲まないかという相違点に注目するのではなく,共通理解と納得による関係構築を行います.人と会う時間を大事にしたいからお昼の薬は無しにしたいという場合には,価値観が含まれますし尊重できますね.このような共通理解が私たちの意思決定を円滑にしま‍す.

さらに,コンコーダンスは広場型,パートナーシップ形成の概念モデルです.先ほどの図は二者関係の図ですが,福祉や行政の方のような関係者が増える場合でも,価値観や目標の共通理解を基盤すれば円滑に展開できます(図3).さらにその関係者は三者じゃなく四者になっても,例えばご家族とか当事者仲間が増えても,価値観や目標を共通理解とすれば円滑に展開していくことができます.

図3

コンコーダンスは広場型,パートナーシップ形成の概念モデル

コンコーダンスモデルは,ここまでに述べたような協働関係・パートナーシップに関するモデルですけれども,このことは,概念分析でも明らかになってきています.コンコーダンスモデルに関連してスノーデンが概念分析を行った結果(図4)があります.この研究ではフィッシャーの概念分析の方法を使ったまとめですけれども,ここにもパートナーシップであるとか自立性,双方向のコミュニケーションというような,相互性に関する概念が多く抽出される結果となりまし‍た.

図4

Concordance:概念分析

A. Snowden et al. Journal of advanced Nursing 70(1), 46–59, 2014. 演者による訳.

現在は,コンコーダンスはケアの核概念の一つと位置づけられてきています.コンコーダンス概念を研修で獲得した看護師が受け持った精神疾患の患者さんについては,QOLの向上や治療継続や医療への満足度などの複数の指標で効果があるということが相次いで報告されました.コンコーダンス概念は,セラピーというより援助職者がもつべきケアの核概念と言えます.

現在,コンコーダンスという概念は精神科だけでなく,高血圧患者の診療の際の中核概念の一つになっていますし,日本ではいくつかの中範囲理論の本に収録されることになりました(安保,2016).患者さんとのパートナーシップ形成の基盤概念としての位置づけが確立してきていると言えると思います.

Ⅲ  病院精神医療から地域医療を経て精神保健へ―概念をかたちにする共創造―

さて,このような概念を基に私は臨床で共創造の経験をすることができたので,そのことも紹介していきたいと思います.

私は,「未来の風せいわ病院」という盛岡市にある精神科医療機関で多くの経験をさせてもらいました.その時にはデイケアの拡充であるとか,家族教室の拡充とか,休職者の復職支援に関わることができました.それから地域で元気のある人や行政関係者と連動して,ラジオ番組を受託したり,各種の啓発活動を実施したりしました.このうちいくつかは,過去の学術集会で紹介させていただいていますので,この講演ではデイケアを通じた退院支援とアウトリーチのことを紹介したいと思います.

1. デイケアの拡充の過程

デイケアの拡充については過去の報告(安保,2015)に多くを記していますので,共創造に関することを紹介します.私は,WRAP(Wellness and Recovery Action Planning)やSST(Social Skills Training)のような患者さんたちが主体的に取り組む取り組みをデイケアに作っていくことで,主体性の喚起や安心できる場づくりについて一緒に取り組みました.また,卒業生と語る会やカフェで語る会という,今すでにデイケアで活動していない方々と一緒に語るプログラム,自分たちが街中の喫茶店に出かけて行くフィールドワークのプログラムもつくりました.これらも当事者の方々と一緒に知恵を出し合って,交流を深める,地域に出ていく,地域に枠組みを持ちまして,その意義をみんなと一緒に理解するということができました.学術的には社会的処方と言ったりすることがありますが,そのことは今日の本題ではないので言葉だけの紹介とします.

なお,先ほどは,WRAPについて紹介しましたが,WRAPはアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の考え方が尊重されているディシジョンエイドの一つと言えます.アドバンス・ケア・プランニング自体はメンタルヘルス以外のいろんな場で扱われていますが,WRAPはこのメンタルヘルスに関する専門的な考え方というふうに言うことができると思います.

もう一つ私が取り組んだことは,長期入院患者さんの退院に「なじみの暮らしをつくる」というものです.長期入院からの地域移行で一番重要なことは,症状の改善だけでなくその人の人間関係,孤独や孤立からの改善です。あるとき突然すべての人間関係を一から作るというのでは,孤独の問題というのを解決することは難しくなるかもしれません.なのでこの時やっていたことは,長期入院の方々に少しずつ「なじみのくらし」や「なじみの人」をつくっていくというものです.

例えば,外泊したりデイケアに行ったりということを入院中から何度か繰り返していって,少しずつ人とのつながり,なじみの暮らしをつくっていくということをします.そのうえで退院していけば,いきなり孤独にすべての生活を作るということではなくて,私たちとのつながりがある状態で暮らしを楽しみに準備することができます.もちろんこれはデイケアでなくて就労支援だったり,福祉の方々とのつながりでもいいわけです.

さて,このような取り組みをしたことによって,長期入院の方の再入院というのが減りました.この一部は6年前にこの学会で発表させてもらったことですけれども(安保,2015),2013年の時には5年以上入院の患者さんの退院数を2倍にして,年間で55人の患者さんが退院していくことになりました.この55人という数字は1週間に1人,5年以上入院の患者さんの退院があったということになります.さらにそのことによって,せいわ病院の全体での患者さんの入院数というのは,5年以上入院の患者さんの割合が10年で20%減りましたし(安保,2017),入院総数が100人以上減ることになって病床数が減り,そのことによって地域に看護師の仕事の場所も病棟から訪問看護やデイケアに移行していくということができたんです.

2. アウトリーチ事業岩手チームでの取り組み

共創造という意味で私が紹介したいのは,アウトリーチ推進事業の岩手チームのマネジメントです.このアウトリーチ推進事業というのは,市町村の保健師さんから寄せられた精神的側面の援助の必要な方に対する家族支援や本人支援のプロジェクトです.医療中断やひきこもりの方への支援が多かったです.この事業のなかでは,精神医療のユーザー3名の方とチームを構成して行いました.治療ありきではないこと,それから課題解決を入院に頼らないチームアプローチの経験になりました.

アウトリーチチームはピアサポーターや福祉専門職,私たち看護師,養護教諭,臨床心理士,作業療法士などで構成しました(安保,2015).

この時私たちが重視していたことは,チームのマネジメントに意思決定の過程を導入したということです.チームの発足直後に,私たちは概念形成として自分たちの言葉を概念にしようということで,チーム結成から1週間の際に大事にしたいことを会議をして,私たちは何を大事にして仕事をしようかということを話し合いました.その結果,リカバリーに方向づけ,ストレングスの焦点を置き,そして地域に根ざすという三つのことを私たちは大事にしようというふうに決めたんです.

これらの概念を行動として確立する必要があるということで,行動と必要なことは何かということもチームメンバーで考えて具体的にしていきました.「精神科アウトリーチ論」というDVDの中で登場する場面の一つです(図5)が,担当ケースを手挙げ制にしている例です.この時私たちは,患者さんの主体性を重視するのですから,私たちも仕事として主体性を大事にしよう,そのためお互いが大事にするために担当ケースも誰かが決めるのではなくて,自分たちで決めようということで導入したんです.

図5

チームマネジメントに意思決定過程を導入

こういったチームマネジメントのプロセスにはスーパーバイザーの招聘が必要でした.当事者でしかも専門職の経験がある方をスーパーバイザーとして招聘したり,科学的学術的な立場からもスーパービジョンが必要ということで,この講演の座長である萱間先生からもスーパーバイズを受けて,私たちはこの臨床チームを作っていく経験をしました.

3. 概念を形にする経験

ここで,チームが概念をかたちにするプロセスを紹介したいと思います(図6).この図は,相談支援の分野で良く用いられている過程ですが,意思決定過程ということで三つの段階に整理されているもので,アウトリーチやデイケアでの援助過程を当事者の方々と一緒に構築するときに応用していきました.

かつて,援助と言ったら意思の実現に関する援助のことを意味していたと思います.例えば,働きたいという患者さんがいたらそこに選択肢を見せて選んでもらい,その実現に支援するというものです.就労継続A型ですか,B型ですか,それとも一般就労ですか,就労移行支援ですか,どんな業種がいいですか,というようなものです.

でも,一方向的ではない支援であったアウトリーチやデイケアでの支援を構築する際には,私たちはじっくりその人と協働関係による意思決定の前のかかわりがあるという意味で,意思形成への支援ががあると言えそうです.つまり,“話せる相手がいる”とか,“希望を見出す機会がある”とか,“劣等感を生じない関係がある”などです.

これらのことは援助チーム作りにおいても同様です.概念として整理して言葉にして,概念の存在を明らかにしたうえで,自分たちの共通の価値観や基盤ができていき,その中核概念は扱いやすいものになります.チーム作りにおいても,援助においても,意思を話せる場があったり,希望や意思の翻訳がされやすくなります.

さて,アウトリーチチームでは,ここまで述べたような3つの重要な概念を定義してチームを構成していきました.一つめの重要視していた概念は,リカバリーです.リカバリーというのは,人生の選択の主体をその人が持てるようになるということです.WRAPで大事にするような概念を基盤に考えていく機会を何度も持ちました.

二つめに重要視していた概念は,ストレングスです.ストレングスはその人の可能性の源泉というにふうにしました.そこで大事にしていたことは,強みというより「魅力」というふうに考えて行動したということです.ストレングスというのはもちろん,萱間先生や他の先生がたくさん書籍などの形で紹介してくださっていまして,それでアセスメントは可能になります.そのアセスメントできたことを,私たちが言葉や援助を通じて本人や家族,ケースカンファレンスで扱うときには,関心や願望とか,資源と機会とか,社会関係のような能力の外側にあるものたちを無視しないで扱うことで可能性を広げることが重要でした.そうすると,“強み”と言うとどうしても個人がもつ能力のように聞こえてしまいますから,強みというより「魅力」と考えてその人を紹介する人として私たちが位置づくように考えたのです.

ストレングスに基づいた支援とチームを考えると,これから挙げるようなことが理解できます.

例えばアウトリーチチームでは,先ほど挙げたような職種や属性の人々がいます.看護師,作業療法士,ピアサポーターなどです.地域で連動する人も含めれば,就労支援の方,市町村の職員,グループホームの方などなどです.このように,資格や所属で考えていた地域の人材というのが,どんな魅力のある人がいるかと考えるともっと多角的なことがわかります(図7).例えば私たちの周りには,苦労の経験に寄り添える人がいるかもしれません.相手を大事にしてるという姿勢が伝わる人がいるかもしれません.心と体の関係に詳しい人,整理して考えることが好きな人がいるかもしれません.こういった方々の存在に気が付くことができれば,私たちはストレングスをもとにチームや地域をつくっていくことができます.

図7

所属や資格よりも,どんな魅力のある人か,の方が有効な事がある

つまり,ストレングスモデルは,援助が必要な人をリフレーミングするアセスメントモデルというだけでなく,自分たちのチームや地域を豊かに再発見するためのモデルでもあるのです.

三つ目の概念は,地域重視です.エコマップを図に示していますが,地域に基盤を置く支援というのは,おそらく「安心できる場をつくり,ふやす」ことというふうに考えることができます.

先ほどの図では,ひきこもっている方のご家族のご家族支援のことを念頭に置いた図89を入れました.図のような,家族と本人の間ではつながりが強くあるんだけども他の方とつながっていないという状況だと,おそらくこれは家族も孤立感があって責任感を背負い込んでいる状態ということができます.従来型の支援だったら,いきなり本人への訪問をしていたかもしれません.しかし,家族支援として家族会やNPOなどを紹介し,似たような経験のあるご家族と出会えるようにするという方法が取れるかもしれません.このような方法を取れば,家族の方の孤立感が減り,別なご家族が別の当事者の方を紹介してご本人ともつながりができたりします.

図8

家族にも家族支援を(孤立の状態)

図9

家族にも家族支援を(安心できる場がある状態)

複数のつながりを感じることができますと,義務感や責任感から少し解放されて,安心できる場が広がっていく経験をしやすくなります.このように,ネットワークができることによって,安心できる場を実感しやすくなりますし,私たちの援助にもケアやセラピーだけではない広がりが出るんじゃないでしょうか.

4. 共創造のふたつのあり方

さて,ここまで共創造の具体的な話をさせていただきました.画一的ではない人々,特に当事者経験のある方との共創造というのを私は経験しました.私の経験は,サービスの共同創造(Co-production)でもあるんですけども,概念を一緒につくっていくプロセス(Co-creation)ともとらえることができます.

つまり「当事者の方々とアウトリーチというサービスをつくりましたよ」ということとか,「当事者目線のデイケアをつくって地域移行しましたよ」という共同創造(Co-production)もたしかに重要です.ですが私たちの取りくみは,リカバリー,ストレングスそれから地域重視という概念に,当事者の方々と一緒に意味を吹き込んでいくという概念の明確化や具体化の過程(Co-creation)でもあったと思います.

概念の創造や具体的な方法の創出ができますと,アウトリーチ事業だからできたんだ,とか,未来の風せいわ病院だからできたんだ,とか,安保だからできたんだ,というような理由をつけて取り組まないことにはなりにくくなります.関心さえあれば,他の地域に,他の考え方に,他の臨床課題に,その共創造の結果を生かすことができます.もちろん,私はこの経験を,今の自分の仕事にも生かすことができています.

5. 共創造過程が学会と私にもたらしたもの

さて,最後の話題に入る前に紹介したいことがあります.実は,私がこのような共創造の経験を得て,さらに広がりを得る機会ができたのはこの学会のおかげということを紹介させてください.

私は2014年に横浜での学術集会で,2015年につくばでの学術集会で,当事者の方々と一緒にシンポジウムやワークショップの機会をもらいました.このことがきっかけとなり,2018年にイタリアで開催されたバザーリア法制定40周年のシンポジウムに日本の精神保健と医療に関する紹介をして欲しいといういう依頼があり,イタリアボローニャ市にてお話しする機会をいただきました.

そして,その経験はこの学会に戻ってきて,第31回学術集会での国際連携講演のきっかけになりました.講演だけでなく,何度もつながりをいただいていて,私の人生にも仕事にも充実と感動をもたらしてくれています.ありがたいなあと思っています.

Ⅳ  精神保健の時代の取り組み―誰も阻害されない社会に向けて―

さて,私は「前向きに生きることを支える」をテーマに学部卒業からの20年余りを過ごしてきました.最後に,現在の私の仕事や考えを紹介して,学術集会のテーマである“精神保健の時代をひらく”という観点で話します.

精神保健の時代とは,すべての人にとって精神保健は関心事であり,この世に生きるすべての人たちにとって生きやすい,やさしい地域社会ができることが目標であるという意味です.そのことは,精神保健の面で配慮や支援が必要な人に対する優しい地域社会を作るということにも地続きでつながります.

精神保健の面で配慮が必要な人の中には,社会的孤立や社会的疎外の危機に対するケアも含まれます.不登校やひきこもりの方に対する支援,職場のメンタルヘルスに関する支援,自殺対策に関する支援などが近年では注目が集まっています.これらに関して重要なことを,これまでの論を踏まえて提案いたします.

社会的孤立から社会的包摂への過程では,保健看護職者の機能が活かせるところがあり,それらを意識的に用いる必要があります.私たちの職業上の強み(ストレングス)の一つに,特性や特徴を理解したり尊重できる基盤リテラシーがあります.例えば,「幻聴が聞こえる」ということについても,ただ「幻聴が聞こえますね」って言うだけではなくて,それは「誰かと話しているときに余計な事が耳に入った感じがして集中できなくてしんどい」のような,その人にとっての物語性で理解することができます.このような物語性や主観を伴う部分を理解できることは,阻害されない関係性を構築するうえでとても重要で,周囲の人々と接するうえでの基盤リテラシーになりえますので,私たちはこの強みを持ち続ける必要があります.

また,社会的包摂の時代には,越境することが大事です.看護という枠組みのなかだけではなく地域の方々とつながる必要があり,その際に私たちは人間的魅力も含めたストレングスが必要です.そしてそのストレングスによって,人とのつながりによって,社会的な障壁を緩和したり解決したりするという方法を私たち自身が知る必要があります.この講演では,前半にコンコーダンスの話もしてきました.相互性や意思決定,権利と主体性に対して価値付けることとの関係があります.セラピーでもケアでもなく,関係性の多さによってその人が自発的に安心を獲得して回復していくことを,私たちは理解する必要があります.

関係性によって回復する過程では,援助者は“保護者”から“支援者”“理解者”に転換する必要があります.ひきこもりや不登校のことをイメージすると理解しやすいのですが,援助者は社会的規範を意識してしまうことで,援助者としての責任に関心を置きすぎてしまう危険性があります.責任に関心を置きすぎると,責任を果たしたいという援助者ニーズから保護者意識がうまれ,当事者の権利を剥奪する危険があります.

このように,援助者の孤立は,かつての保護者制度が持っていたような,権利の剥奪につながるような家族関係や援助者関係をもたらしてしまう危険があるので,“保護者”ではなく“理解者”に私たち自身も転換していく必要があります.

私たちを含めた援助職者が理解者であるためには,私たち自身が安心できる環境が必要です.これは私が家族向けに話している表現ですが,「命綱を持つような緊張感で当事者の方を援助するのではなく,ハンモックの一部になるようなつながりを私たちがもって,たくさんのつながりでその方の安心を作りましょう」と話しています.そうすることで私たちだけが緊張感や気負いを持つのではなく,私たちも安心してやっていく必要があるのではないかと思います.

例えば,私は県のひきこもり支援者研修を担当していますが,いろんな職種の方を対象にしていて,後半で必ずグループワークの機会を持って,支援者同士がつながりを持ってもらうように研修を運営しています.また,不登校やひきこもりの家族支援に関する研修を行わせてもらうことがあります.それらの研修でも,基本的には講演よりも対談や対話の時間が主役になるようにしています(図10).そうすることで,相互尊重とか権威勾配の少なさという考えが場を通じて伝わります.つまり,私が一方的に「相互尊重が大事ですよ」と言うよりは,相互尊重されている場を目にする方が一貫性があって効果的です.

図10

家族,地域の方々むけの啓発の例

Ⅴ  おわりに

この講演では,共創造について話してきました.共創造というのは越境によって見えない障壁を緩和する取り組みと言えます.精神保健の分野では,無理解が社会的排除を生んできてしまったかもしれません.もしそういった背景があったのなら,なおのこと,知によって社会的包摂をもたらす必要があります.そこで,最後に私から,期待していることをお話ししたいと思います.

ひとつめに,私たちは,社会的包摂の機会になるような継続学習の環境をつくることが効果的かもしれません.今回の学術集会では,WRAPやリカバリーカレッジを扱うワークショップがいくつか挙がっています.芸術やスポーツなども含めて,当事者の方々と権威勾配の少ない関係性による社会的包摂の経験をもつころが,卒前または卒後の教育において必要になるのではないかと思います.

ふたつめに,狭義の“職業”の範囲では病院臨床の方などは共創造が難しい場合も多いですので,職場外での経験を有する人に対する職場での評価を確立するというのも,精神保健看護を仕事にする人に対しては必要なことだと思います.

三つめに,社会的包摂や相互性が精神保健面での成果をもたらすことを証明する必要もあるでしょう.コンコーダンスモデルや家族支援,多様性のあるチームの活動などについて私たちは研究をしていく必要があります.概念的には社会的包摂や関係性による援助が回復を促進することは合意形成されつつありますが,研究として結果を出し,行政機関や私たち自身が自信をもって根拠として使えるようにしていく必要があります.

以上のとおり,「精神保健の時代をひらく共創造」として話をしてまいりました.

皆さんとも,共創造の機会をこの学術集会を通して,また学会を通してできたらいいと思っています.ご静聴ありがとうございました.

文献
 
© 2021 Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
feedback
Top