Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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2021 Volume 30 Issue 2 Pages 90-95

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私からは,ガイドライン班として行なったポータルサイト作成のプロセスとその経過を通じて多職種協働について学んだことを紹介します.

Ⅰ 社会貢献としての“知の移転”

まず社会貢献委員会のことを紹介します.社会貢献委員会は2019年に発足した若い委員会です.委員会の目的は,知の移転による社会貢献です.表1の8名で発足し,このあと紹介するガイドラインの作成に中心的に関わりました.

表1 社会貢献委員一覧
安保 寛明(山形県立保健医療大学)
松枝 美智子(星槎大学大学院)
稲垣 晃子(東京大学大学院)
高野 歩(東京医科歯科大学大学院)
高橋 葉子(山形県立保健医療大学)
増滿 誠(福岡県立大学)
光永 憲香(東北大学大学院)
山本 智之(くおーれ訪問看護ステーション)

※委員長,副委員長,委員(50音順)の順,発足当時の所属先を記載

先ほど「知の移転」という言い方をしました.私たち研究者は研究を通じて事実に近づくことを行いますが,知の生産の方向性とは異なり,研究や知見を実用化するために人々や組織に知を移して活用する過程をいいます.これは看護だけではなく,医学や薬学,リハビリテーション,公衆衛生の分野でよく見られる概念です.知の移転では,移転先の文化・文脈に合わせて知的な情報を取捨選択して介入に仕立て直すところが大きな特徴です.

ここに15年ほど前に提示されているアクションサイクルの図1がありますように,知の移転は円環モデルと考えられています.図1の下の部分から順に,課題の同定,知の格差の同定,必要な知の特定といったあたりで,その分野に存在するが知られていない知見や必要性を見つけます.その後,その新たな情報を使用するための障壁や調整要因をアセスメントします.図1の上部に進みますと実装化となります.昨年度の日本看護科学学会学術集会は社会実装がテーマでしたけれども,介入を選び,知の使われ方を観察して成果を評価し,変化が持続的になるように助ける,という円環モデルです.このモデルのように進めることが,私たち社会貢献委員会が行った活動の枠組みです.

図1

知の移転に関するアクションサイクル(Straus, Tetroe, & Graham[2009]より記載)

Ⅱ 遠隔相談ガイドラインの開発

今日のプレゼンでは,社会貢献委員会が2020年の春に行った「遠隔相談ガイドライン」の作成に関することを先に紹介します.

2020年春というのは,新型コロナウイルス感染症には未知の部分が多くあり,感染対策やワクチンなどの医療者を守る方法も限定的でした.そのため看護師を含む医療者の心理的負担が大きく,看護師向けのメール相談窓口が複数の機関によって開設されていました.これらのメール相談窓口には,感染対策に関する相談もありましたが,心理的支援が必要な事例が多く寄せられていました.一方でメール相談などの新しい相談支援のために整理された日本語のガイドラインが見当たらないこともわかりました.そこで,社会貢献委員長として社会貢献委員の皆さんに4月20日に私から提案を行い,4月27日に遠隔会議を行って,看護師の心理的支援のためのガイドライン作成班の運用が始まりました.

ガイドライン制作の過程では,最初に知見の整理や情報収集や項目だてを行ないます.社会貢献委員がそれぞれに情報収集をしまして,海外のガイドラインや論文,直接のヒアリング,国内外のニュースなどを整理しました.その結果,感染症対策に従事する看護師の心理的負担の例として,感染の恐怖,私生活に影響が及ぶこと,労働環境に関する心理的負担(例えば使用物品の増加や,コミュニケーションの制約)などが抽出されました.

これらを踏まえて,社会貢献委員会で何度か遠隔会議を行なって基本的なガイドラインに含む項目を整理しました.リモート相談の留意点,PFA(サイコロジカルファーストエイド)を原則とした支援方法を記載する(兵庫県こころのケアセンター,2021)ことの適切性,管理的な立場の人に対する支援の必要性の言及も明確化されました.さらに,支援者自身のケア,つまり相談に従事する看護職のケアに関する項目も持とうということで,7項目に整理して執筆をスタートしました.

2020年4月下旬の時点で信頼できる情報として集まったのは,国内外の51文献でした.この51文献には国際赤十字社のガイドラインなども含みますが,これらの文献をもとに執筆する際に,追加で議論をしていきました.

一つめに議論されたことは,多くのガイドライン記載する「すべきこと・すべきでないこと」を明確に記載することの是非です.「すべきこと・すべきでないこと」という記法は読者には明快に伝えられますが,記載が命令調になってしまいます.心理的負担に関するガイドラインであること,さらに読者である看護職者である相談者にも心理的負担がある可能性が高い状況から,明快だけれども負担の生じやすい「すべきこと」の記載を行う必要があるかという点が議論の対象になりました.

二つめに議論されたことは,具体的な発言,例えばメールの返答例をどこまで具体的に書くかという点です.抽象的に書けば書くほど読者が応用する可能性が高まります.一方で,抽象的な工夫だけを記載していると,読者に具体的な返答が思い浮かばない可能性がうまれます.

さらに,他サービスにつなぐ選択肢をどの程度記述するかを検討しました.例えば外部の相談支援機関につなぐ必要がある事例の時に,それらの機関や場面をどこまで書くと使いやすいかという点を検討しました.

これらの三点は,文脈を適応させるためにすでに援助に関わっている方々に聞くことが望ましいという判断に至りました.実際に遠隔的支援をすでに行なっている方々に対してガイドラインの試作版を読んでいただいて助言をもらいました.その結果,具体例の記述量を明確化することができたり,選択肢の量を整理することができました.

その結果,去年の春の時期の遠隔相談に関するガイドラインは,最初の緊急事態宣言からおよそ1か月後の5月18日に学会のホームページで公開(日本精神保健看護学会,2020)し,翌日の19日に学会のSNSで拡散をしていくことになりました.その後,短期間で多くの方々からご活用いただくことになりました.51のユーザーによるシェア,そして6,000人を超えるユーザーにも届けることができました.具体的なダウンロードを含む活用では,1,000ユーザーほどのダウンロードなどによるコンテンツの活用を行いました.

その後,萱間理事長から英語バージョンをとの提案を受けて,ガイドラインの英語バージョン(日本精神保健看護学会,2020)を公開しました.さらに週刊医学界新聞で紹介をいただく(萱間,2020)ことになりました.長く活用いただいたガイドラインになったと思っています.

Ⅲ 厚労事業でのポータルサイト作成

そういった経験を踏まえて,2020年の秋から冬に,厚労事業でのポータルサイト作成に携わらせていただきました.ポータルサイトというのはテーマに沿って有益な情報をまとめたウェブサイトで,例えば厚生労働省の関連では「こころの耳」が代表的(厚生労働省,2020)です.

2020年の厚労事業では,9月に着手して12月に初版を公開し,3月まで更新を続けて充実を図りました.このポータルサイトには,先ほど武用先生から紹介があったとおり八つの関係性に関する記述があるほか,感染対策に関する記述を含めています.

ポータルサイトの作成の過程では,春におこなったガイドライン作成の段階を踏まえました.福祉事業者が読者となるために新たな知見の整理が必要でしたから,事例調査の結果を尊重することが重要と考えまして,文献の整理と事例調査の結果の収集を並行して行いました.

この過程で,福祉職員の心理的負担に大きくいくつかの特徴が見いだされました.まず,感染対策の情報に対する格差を緩和する項目が必要ということがわかりました.それから,職員のセルフケアを促進する必要性があること,そして職員間や利用者への対応に関する負担感を想定した項目を作成する必要性が見いだされました.

これらを踏まえて基本的な項目を六つの分野に構成したのち,先ほど武用先生から紹介のあった八つの関係性に応じた対応のガイドライン,つまり有益な情報を整理して公開するという方向で準備を進めました.

項目の分析の仕方としては,遠隔相談ガイドラインのように当初の項目を作成し,内容例と文献の対応をつけて記述の内容を整理していくということを行ないました.

今回の事業では,福祉関係の方々への支援に関する文献として国内外の108文献を収集して活用しました.実際に使ったものだけで108あり,収集したのはもっとあるんですけども,これらを通じた執筆を経てさらに議論を進めてきました.

ひとつは刺激語の整理です.使っていく方々は福祉職の方ですので,どういった見出し語であるとその情報にアクセスしたくなるかということをガイドライン班全員で議論していきました.看護関連用語の頻度や程度を用いるか,看護師だったらすぐわかるけれども福祉職員だったらもしかしたらなじみがない用語や概念を整理しました.

次に,推奨する方法の整理を行ないました.例えば「上司に声をかけづらい」という課題に対して推奨される行動を記述する量や方法の検討をおこないました.この段階では先ほど武用先生が紹介してくださった事例調査が大変有益で,事例調査の結果を尊重して具体例の記述量や根拠性の整理を行なうということでポータルサイトの記述を整理することができました.

刺激語の整理の結果を表2で紹介します.刺激語は関係性と流行期にわけて整理されました.自分のケア,自分と利用者の間のケア,自分と利用者の家族の間で起きることのケアなどの関係性,地域で流行しているときのケア,身近なところで濃厚接触者が発生したらどうするか,流行が収まってきた段階という時期に合わせた刺激語の整理を行いました.

表2 事例調査を踏まえた記載事項の整理
関係性 段階 困りごと
個人としてのあなた A.感染予防の段階 A1:自分でできる感染対策
A2:感染するのではないかという過度な心配への対処
B.濃厚接触者や感染者の発生の段階 A1:自分でできる感染対策
A2:感染するのではないかという過度な心配への対処
A3:外出の自粛によるストレスへの対処
A4:眠れないときの対処
A5:気分がすぐれないときの対処
C.流行が収まってきた段階 A1:眠れないときの対処
A2:気分がすぐれないときの対処
A3:自分だけが取り残されたような感覚になったときの対処
A4:誹謗・中傷の場面がよみがえるときの対処
あなたと利用者 A.感染予防の段階 A1:組織の特性に合わせた利用者の感染対策
A2:感染対策による利用者(児)のストレスへの対応
B.濃厚接触者や感染者の発生の段階 利用者に関すること
A1:組織の特性に合わせた利用者の感染対策
A2:感染対策による利用者(児)のストレスへの対応(ストレスと対応に分けて解説)
A3:濃厚接触者や感染者になった利用者への対応(プライバシーの面,具体的な対策方法)
あなたに関すること
A4:通常のケアができず利用者に申し訳ない気持ちが強くなったときの対処
A5:差別的な言葉やかかわりをされてつらいときの対処
C.流行が収まってきた段階 利用者に関すること
A1:利用者が眠れないときの対応
A2:利用者が気分がすぐれないときの対応
あなたに関すること
A3:自分が取り残されたように感じて仕事の効率が悪くなったと感じるときの対処
A4:自分が誹謗・中傷の場面がよみがえるときの対処
あなたと利用者の家族 A.感染予防の段階 A1:通所先や入所先で感染しないか家族が過度な心配があるときの対応
A2:入所している利用者と面会できないことへの不満のある家族への対応
B.濃厚接触者や感染者の発生の段階 利用者の家族に関すること
A1:施設から感染者がでて施設の対応に心配なときの対応
A2:クラスターにより施設を利用できないことによる家族の負担への対応
あなたに関すること
A3:クラスターにより利用者が通所できなくなったときの利用者や家族へのサポートの方法
C.流行が収まってきた段階 A1:家族からみて利用者がいつまでも眠れないときの対応
A2:家族からみて利用者がいつまでも気分がすぐれないようにみえるときの対応
あなたと上司 A.感染予防の段階 A1:組織の特性に合わせた利用者の感染対策
A2:利用者のケアの保証の在り方
A3:感染対策による利用者(児)のストレスの把握の仕方
A4:マスコミへの対応
B.濃厚接触者や感染者の発生の段階 A1:濃厚接触となった職員や感染した職員への対応(ホテルなどの手配を含む)
A2:自宅待機中の職員への対応
A3:人員不足による応援要請の方法
A4:職員がホテルや保育園を利用できなくなったときの対応
A5:マスコミへの対応
C.流行が収まってきた段階 上司に関すること
A1:上司の感染対策に対する理解を得るための方法
あなたに関すること
A2:いつまでも眠れないと訴える職員への対応
A3:いつまでも体調がすぐれないと訴える職員への対応
A4:仕事のやりがいが低下や離職希望のある職員への対応
A5:死にたいと訴える職員への対応
A6:クラスタ―後,世間の信頼感を回復していくための方法
あなたと部下 A.感染予防の段階 A1:組織の特性に合わせた利用者の感染対策
A2:利用者のケア
A3:感染対策による利用者(児)のストレスの把握の仕方
A4:マスコミへの対応
B.濃厚接触者や感染者の発生の段階 部下に関すること
A1:感染した職員への対応(ホテルなどの手配を含む)
A2:自宅待機中の職員への対応
A3:人員不足による応援要請の方法
A4:職員がホテルや保育園を利用できなくなったときの対応
A5:マスコミへの対応
あなたに関すること
A5:感染してしまったことで過度に自分への罪の意識が強いときの対処
C.流行が収まってきた段階 部下に関すること
A1:いつまでも眠れないと訴える職員への対応
A2:いつまでも体調がすぐれないと訴える職員への対応
A3:仕事のやりがいの低下や離職願望のある職員への対応
A4:死にたいと訴える職員への対応
あなたに関すること
A5:クラスター後,世間の信頼感を回復していくための方法
A6:組織のことを考えると死んでしまいたいと思ってしまう
あなたとあなたのご家族 A.感染予防の段階 A1:家族にハイリスク(基礎疾患がある,高齢者である,妊娠している)の方がいるときの仕事の配慮の方法
A2:自分が家族に感染させないか過度に心配している部下への対応
B.濃厚接触者や感染者の発生の段階 A1:濃厚接触者や感染者となったときの家族への対応
C.流行が収まってきた段階 家族に関すること
A1:いつまでも眠れないと訴える家族への対応
A2:いつまでも体調がすぐれないと訴える家族への対応
家族が,職員である家族員への対応で困ること
A3:いつまでも眠れないと訴える家族員への対応
A4:いつまでも体調がすぐれないと訴える家族員への対応
A5:仕事のやりがいの低下や仕事を辞めたいという家族員への対応
A6:死んでしまいたいと口にする家族員への対応
医療機関・連携機関など A.感染予防の段階 A1:保健所との連携方法
A2:他の事業所との連携方法
B.濃厚接触者や感染者の発生の段階 A1:保健所との連携方法
A2:他の事業所との連携方法
A3:濃厚接触者や感染者が発生した時の対応
A4:クラスターがおこったときの施設のサービスの具体的な調整
C.流行が収まってきた段階 A1:気分がすぐれない職員が利用できる資源
A2:次の感染の波に向けてできること
地域住民・メディアなど A.感染予防の段階 A1:組織の感染対策に関する指針の作成方法(マスコミにすぐに出せるように)
A2:取材時の個人情報の取り扱いの指針の作成方法
A3:職員を二次被害から守る方法
B.濃厚接触者や感染者の発生の段階 それぞれの立場でのマスコミ対応について
A1:記者会見の方法と注意点
A2:行き過ぎた取材や報道で利用者や職員が傷ついたときの対応
A3:自分自身が心ない対応をされて傷ついたときの対処
C.流行が収まってきた段階 A1:マスコミ取材によりいつまでも苦しんでいる利用者やその家族,職員への対応
C.流行が収まってきた段階(風評被害) A1:風評被害後,社会の信頼を回復するための方法

ポータルサイトは12月20日に完成して翌21日に公開いたしました(日本精神保健看護学会,2020).その後3月まで更新を続けました.公開から3月末までで6,000以上のユーザーによって1万回ぐらいのアクセスがあります.今年4月から5月末まででさらに2,000ぐらいのアクセスがありました.多数の方の閲覧をいただいたという意味で一定の有益性があったのではないかと考えています.

このポータルサイトの作成から,私たちが学んだことがあります.

一つは,読者である福祉職の方々が置かれた状況を推察することの重要性です.福祉職の方々が,例えば家族関係や仕事の状況や職場の人間関係としてどのように感じているかを推察して執筆する必要があり,相手の文化を考えて記述することの経験になりました.

例えば,私たちは医療職なので自分たちこそが感染対策の意味でも最前線と考えがちですが,福祉職の方々も人々の暮らしを支える最前線の機関であるという感覚を強くお持ちでした.その感覚が心理的負担につながり得ることも事例調査の結果から得られまして,その感覚を尊重しながらポータルサイトの構成や記述を作成するかを考える経験になりました.

もう一つは,関係性の図に代表されるような,システムに注目することの重要性も,改めて経験しました.表3に示す12名が中心的に作成を行いましたが,誰か一人が欠けてもできない事業であったと思います.

表3 ガイドライン班一覧
安保 寛明(山形県立保健医療大学)
森 千鶴(筑波大学)
松枝 美智子(星槎大学大学院)
稲垣 晃子(東京大学大学院)
武用 百子(和歌山県立医科大学)
高野 歩(東京医科歯科大学大学院)
高橋 葉子(山形県立保健医療大学)
増滿 誠(福岡県立大学)
光永 憲香(東北大学大学院)
山本 智之(くおーれ訪問看護ステーション)
福島 鏡(聖路加国際大学)
瀬戸屋 希(聖路加国際大学)

※報告書掲載順,事業実施当時の所属先を記載

この事業を通じて協働した方々に感謝申し上げます.

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