2024 Volume 2024 Issue 2 Article ID: JRJ20240204
自動車線維持装置に関する規則(UN R157)では,車両に差し迫った衝突リスクが発生した場合,衝突の回避または被害の軽減を目的とした緊急操作(Emergency Manoeuvre:以下,EM)を行うことを求めている.本実験では,制動でのEM中におけるドライバの操舵介入を抑制(キャンセル)した場合の主観評価を調べるため,ドライビングシミュレータ実験を行った.実験条件はEM中に隣接車線に走行する車両がある条件とない条件とし,各条件に21名ずつ実験参加者を割当てた.操舵介入抑制を含むシステムへの満足度について,隣接車あり条件では,8人中4人(50.0%)が「やや満足」から「満足」と回答したのに対し,隣接車なし条件では,10人中7人(70.0%)が「不満」から「非常に不満」と回答した.また,ドライバの操作介入抑制に対する様々な意見が得られたため本資料に紹介する.
The regulation on Automated Lane Keeping Systems (UN R157) requires that in case of an event in which the vehicle is at imminent collision risk, the system is to perform an Emergency Manoeuvre (EM) for the purpose of avoiding or mitigating a collision. In this study, a DS (Driving Simulator) experiment was conducted to investigate the subjective evaluation when the override by the driver's steering during EM braking control was cancelled. Forty-two people participated in the experiment. Experimental conditions were with and without adjacent vehicles when EM was activated. Regarding the degree of satisfaction with the system, including the cancellation of override, under the condition “with” an adjacent vehicle, 4 out of 8 (50.0%) responded from "slightly satisfied" to "satisfied", and under the condition “without” an adjacent vehicle, 7 out of 10 people (70.0%) responded from “dissatisfied” to “very dissatisfied”. Various opinions were obtained on the suppression of driver intervention, and these are presented below.
1. はじめに
近年,自動車分野において,運転の自動化に関する議論が日米欧を中心に活発に進められている.運転の自動化については,システムとドライバの役割をもとに,レベル分けがなされている.SAE(Society of Automotive Engineers)の自動化レベルの定義1) によると,自動化レベル3では,運転に関連する対象物・事象の検知及び応答(Object and Event Detection and Response: OEDR)を含む,すべての動的運転タスク(Dynamic Driving Task: DDT)をシステムが担うものの,システムの作動継続が困難な場合には,介入の要求(Request to Intervene: RtI)が提示され,ドライバの対応が求められる.
自動運転に関する法整備については,2020年6月に国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)において,高速道路における「自動車線維持装置(Automated Lane Keeping Systems: ALKS)に関する規則」(UN R157)2) が成立し,自動化レベル3の市場化が可能となった.成立した当初,当該法規の適用範囲は高速道路内,60 km/h以下,かつ同一車線内での車線維持機能であったが,2022年6月のWP29において,上限速度を130 km/h以下に引き上げること及び車線変更機能を追加することが合意された3).
UN R157では,車両が5 m/s2未満の制動では回避できない差し迫った衝突リスクにさらされている状況において,システムにはその衝突を回避または緩和する目的で緊急操作(Emergency Manoeuvre: EM)することが求められている3).さらに,同規則には,EM中の場合,差し迫った衝突リスクが無くなるまで,システム解除を遅らせてもよいことや,EM中に関わらず,ドライバの操作による差し迫った衝突リスクを検出した場合,ドライバの操作による影響を低減または抑制してよいとの記載がある3).
EM中のドライバの運転行動については,制動による緊急操作(以下,EM制動)中に,ドライバが操舵による操作介入(オーバーライド)を行った結果,隣接した車線を走行する車両に衝突するケースや,システムによる制動が解除され,より高い速度で障害物に衝突するケースが報告されている4).このようなドライバの操作介入による影響への対策の一つとして,EM中のドライバによる操作介入の影響をキャンセルする方法が考えられる.しかしながら,そのような制御をした場合には,ドライバの意図した操作が実行(車両挙動に反映)されないことになるため,受容性を損ねる可能性がある.特に,操舵による操作介入(以下,操舵介入)の抑制は,意図した横方向挙動が生じず,ドライバの意図との乖離がより大きい可能性がある.そこで,本研究ではEM制動中を対象に,ドライバの操舵介入を抑制した時の主観評価をDS実験により調査した.なお,本実験は,補足調査の位置づけとして,他の目的による実験5) の後に実施したものである.
2. 方法
2. 1 実験計画および実験参加者
本実験では,自動運転のEM制動中における,ドライバの操舵介入を抑制した際の印象や受容性を調査するため,EM制動中の交通状況が異なる2条件(詳細は2.6参照)を設定した.実験は1名の参加者が1つの条件に参加する参加者間計画にて実施した.
実験参加者は日常的に運転をしている21歳から60歳までの一般財団法人日本自動車研究所(JARI)の職員42名であった.実験の参加にあたっては,事前に書面と口頭にて,実験内容や手順,注意事項などを説明した上で,任意に参加同意書への署名を求めた.なお,本実験は,JARIの実験倫理委員会による承認(21-005)を得た上で実施した.
2. 2 実験装置
走行環境および自動運転システムの模擬には,JARI所有の 全方位視野ドライビングシミュレータ(DS)を用いた.当該装置は,全方位スクリーンにより,運転視界を360度再現することが可能であり,6軸動揺装置機構により,車両運動に応じて生じる加減速度を模擬することが可能である.
2. 3 走行環境
直線およびS字カーブによって構成される,2車線の高速道路を模擬した実験コースを設定した.走行車線および追越車線の幅員は3.5 m,路肩の幅員は3 mであった.制限速度は100 km/hとした.自車は走行車線を走行し,自車線の前方には先行車が100 km/hで走行した.自車は自動運転システム(詳細は2.4参照)により,先行車に追従して走行した.追越車線では,他車両が相対速度10 km/hで走行車線の車両を追い越すように走行した.
2. 4 自動運転システム
(1) 定常走行
本実験ではSAEの自動化レベル3相当の自動運転を模擬した.ドライバがブレーキおよびアクセルペダルから足を離した状態で,ステアリングホイールの「自動運転レバー」を操作することで,自動運転システムが起動した.自動運転中は,100 km/hを目標に自動的に速度を制御し,先行車が存在する場合には,先行車との車間時間が2秒となるように,自動で速度を制御した.直線およびS字カーブともに,車両中心が車線中央を走行するよう自動で操舵を制御し,操舵制御中には操舵角に応じてステアリングホイールが回転した.車線変更が必要な際には,自動で方向指示器を提示し車線変更した.自動運転システムの解除(システムオフ)は,ドライバによるアクセルペダル,ブレーキペダル,ステアリングホイールのいずれかの操作量が解除閾値を超えることで可能であった.各操作による自動運転システムの解除閾値は,アクセルペダルが最大ストローク量の10%,ブレーキペダルが最大ストローク量の5%,ステアリング軸トルクが左右5 Nmとした.これらの解除閾値を超える操作量が検出された時点で,自動運転システムによる制御を瞬時にすべて解除した.
(2) 実験におけるEMの仕様
UN R157に従い,EMは「車両が5 m/s2未満の制動では回避できない差し迫った衝突リスクにさらされている状況において,その衝突を回避または緩和する目的」3) で作動するものとした.本実験で模擬したEMは,制動により衝突の回避または被害軽減を目指すものであり,システムの最大性能を想定し,対象物を検知してから制動を開始までに要する時間(検知時間)は0.3秒,減速度は9 m/s2,ジャーク(加速度の微分)は20 m/s3とした.
本実験では,EM中のドライバによる操舵介入を抑制した際の受容性を調査するため,EM制動中ドライバによる操舵介入がなされた場合には,その入力を抑制し,EM制動制御を継続する仕様とした.具体的には,EM制動中に操舵介入をした場合には,軸トルク最大15 Nmの反力でステアリングが中央に戻るよう設定した.
2. 5 EM場面
本実験のEM場面は,走行開始から約2分後,ドライバが前方を向いているタイミングで実験者の操作により発生させた.具体的には,自車が高速道路の直線部を速度100 km/h,車間時間2秒で先行車に追従して走行している最中に,先行車が事故車両に衝突して停車(瞬時に速度0 km/h)する状況を発生させた(図1).先行車停車から0.3秒後,衝突余裕時間(Time to collision: TTC)1.7秒の地点からEM制動が作動し,約3秒後に23 km/hで先行車に衝突した.EM作動時におけるドライバの周囲への監視状態を統制するため,前方を向いている状態でEM場面を発生させた.EM中における追い越し車線の交通状況は,実験条件(詳細は2.6参照)により異なった.
a) 隣接車あり条件
b) 隣接車なし条件
図 1 各条件のEM作動場面のイメージ
2. 6 実験条件
操舵介入を抑制する理由とその時の交通状況が一致しているか否かが主観評価へ及ぼす影響を調べるため,EM中の隣接車両の有無を実験条件とし,隣接車あり条件/隣接車なし条件とした.隣接車あり条件では,自車の右後方5.3 mの位置に100 km/hで走行する隣接車両を設定し,さらにその前方および後方に車間時間1秒で走行する車両を複数台設定した.したがって,ドライバによる右方向への操舵介入に対する抑制がない場合には,隣接車両に衝突する状況であった.隣接車なし条件では,EM中に追越車線を走行する車両はなく,ドライバによる右方向への操舵介入が抑制されなければ,先行車との衝突を回避できる状況であった.本実験では,両条件ともに操舵介入を抑制したため,前述の通りEM作動から約3秒後に23 km/hで先行車に衝突した.各条件への参加者の割付は表 1の通りであった.
表 1 各条件における実験参加者内訳
2.7 HMI(Human Machine Interface)デザイン
自動運転システムの作動状況(自動運転/EM/RtI(練習走行のみ実施))は,視覚表示および聴覚表示によりドライバに提示した.視覚表示はメータクラスタ内中央の約4 cm四方の領域に表示した.各作動状況における視聴覚表示の詳細は,表 2の通りであった.EM開始時には,聴覚表示とともに赤地に黒文字の「!」(表 2の「EM作動中」欄参照)が提示された.
表 2 各自車状態におけるHMI
2. 8 実験手順
実験は下記の手順にて実施した.なお,本調査資料のデータは,手順4にて取得したものである.
1. 教示(20分程度)
・ 実験説明および参加同意確認
・ 実験説明は,説明シートを用いて下記のように実施
自動運転中の走行方法:
- 「自動運転中は,システムが周囲の状況を確認して,ハンドル,アクセル,ブレーキの制御を行いますので,周囲の安全確認や運転操作を行う必要はありません.」
- 「自動運転中は,ハンドル,アクセル,ブレーキから手足を離して,リラックス(ただし,居眠りはNG)していてください.」
- 「自動運転をやめたい(手動運転を行いたい)ときには,ドライバがハンドル,アクセル,ブレーキのいずれかの操作を行うことで,自動運転システムがオフになり,いつでも通常の手動運転に切り替わります.」
各自動運転状態の意味とドライバに求める対応:
- 自動運転システム作動中:「自動運転システムが周囲の安全確認や,すべての操作を行っている状態ですので,ドライバの操作は不要です.」
- RtI:「自動運転が継続できなくなるため,ドライバの運転を求めている状態です.必ず対応が必要ですが,必要な操作内容は周囲の状況に応じて異なりますので,ドライバが判断してください.」
- EM作動中:「急な衝突リスクが発生し,自動運転が衝突を回避するための緊急操作を行っている状態です.衝突を回避できるか否かは,状況(周囲の車の動きなど)によって異なります.操作を行うか否かや,操作を行う場合の操作内容はドライバが判断してください.」
なお,EM作動中の操作介入の目安として,自動運転の緊急操作で衝突を回避できると思った場合には,操作を行わなくてよいが,衝突を回避できそうにないと思った場合には,操作を行ってよい旨を口頭で教示した.
・ 運転に関するアンケート
2. 練習走行(15分程度):手動運転および自動運転の練習
・手動運転での定速走行,車線変更
・自動運転起動の練習,自動運転での定常走行,車線変更,加減速の体験
・手動運転への運転引き継ぎ(RtI)の体験
3. EM操舵中のドライバ行動調査および主観評価聴取(15分程度)
4. EM制動中のドライバの操舵介入抑制に対する主観評価聴取(10分程度)
2. 9 主観評価内容
EM制動中に操舵介入を行った参加者に対し,アンケートシートを用いて主観評価を聴取した.
EM制動中のドライバによる操舵介入を抑制した際の満足度とその理由
EM制動中の操舵介入を抑制した際の満足度を調べるため,図 2の1~7のうち最も当てはまるものを回答するよう求めた.また,満足/不満の理由について,自由回答を求めた.
図 2 満足度に関する質問および選択肢
EM制動中のドライバによる操舵介入を抑制した際の許容度
EM制動中の操舵介入を抑制した際の許容度を調べるため,図 3の1~3のうち最も当てはまるものを回答するよう求めた.本実験では,ドライバの操舵介入を抑制した結果,衝突速度は低減されるものの,結果的に停止車両に衝突する場面であった.そこで,衝突の有無による許容度の違いを把握するため,衝突を回避できた場合を想定してもらい,同じ質問への回答も求めた.
図 3 許容度に関する質問および選択肢
ドライバの操作介入を抑制することに対する心配点
上記に加え,「ドライバーの操作が受け付けられないことによる,最も心配な場面(心配なこと)を教えてください」との質問を行い,自由回答を求めた.
3. 結果
各条件21名のうち,操舵介入を行ったのは,隣接車あり条件で8名(38.1%),隣接車なし条件で10名(47.6%)であった.これらの参加者を対象に主観評価を聴取した.
3. 1 EM制動中のドライバによる操舵介入を抑制した際の満足度
隣接車あり条件では,8名中4名(50.0%)が,「やや満足~満足」と回答したが,隣接車なし条件では,満足側の回答は,「やや満足」の1名(10.0%)であり,「やや不満~非常に不満」との回答が10名中7名(70.0%)に上った(図4).不満の理由として,「衝突した」・「右車線に回避したかった」との回答が複数見られた.満足の理由として,条件に関わらず「右車線での二次被害を起こさずに済む」との回答が見られた.
図4 EM制動時のドライバの操舵介入抑制に対する満足度
3. 2 EM制動中のドライバによる操舵介入を抑制した際の許容度
隣接車あり条件では,8名中6名(75.0%)が,ドライバの操舵介入を抑制する理由がある場合には許容可能(=図中の「理由があれば許容可能」)としたが,隣接車なし条件では,その割合は10名中6名(60.0%)であり,わずかではあるが,隣接車あり条件の方が,許容できる割合が高かった(図 5a).結果的に衝突を回避できたと想定した場合には,隣接車なし条件においても,「理由があれば許容可能」とする割合が高くなった(図 5b).
図 5 EM制動時のドライバの操舵介入抑制に対する許容度
3. 3 ドライバの操舵介入抑制に対する心配点
参加者の自由回答から得た,EM制動中の操舵介入を受け付けないことに対する心配点をまとめた(表 3).システムの技術や精神面への影響に関する心配が複数得られた.具体的には,急な割り込みなどの事象が発生した場合には,人間の介入が必要ではないかとの意見が得られた.また,現在の技術レベルでは,システムの性能が完璧ではないため,介入を抑制されるのが不安との意見も得られた.一方で,これらの回答者からは,技術レベルの向上によっては,介入の抑制を許容できるとの回答も得られた.精神面への影響については,自分の操作が受け付けられず,システムの操作により自分や他者が死亡してしまうことに対する心配が挙げられた.その他の意見として,緊急場面以外で介入が抑制されることは危険といった意見が得られた.また,隣接車両に衝突した方が,先行車への衝突と比べて被害が小さいのであれば,介入を抑制しなくても良いのではないかといった意見もあり,中には,どちらに衝突した方が,事故の被害(死者が発生するか否か)が小さくなるかを判断してくれると良いといった意見もあった.
表 3 ドライバの操作介入を抑制することに対する心配点
4. まとめ
本実験では,自動化レベル3相当の自動運転システムによるEM制動中を対象に,ドライバの操舵介入を抑制した際の主観的な受容性や心配点を調査した.その結果,ドライバの操舵介入を抑制した理由と交通状況が一致している場合(隣接車への衝突を防ぐため,操舵介入を抑制)には,許容できるとの回答が複数見られたものの,抑制した理由と状況が一致していない場合(隣接車がないにも関わらず,操舵介入を抑制)には,許容できる割合は低かった.また,ドライバの介入が受け付けられないことに対する心配は多岐に渡ることが分かった.本実験で得られたコメントも踏まえると,システムの性能の向上により,ドライバの操作を許容または抑制した場合の衝突リスクを交通状況に応じてシステムが予測し,介入可否を判断することで,より受容性が高まることが示唆された.一方で,緊急場面でのドライバの操作介入が衝突リスクを高める4) ことも考慮すると,EMの目的やドライバの操作介入を抑制することの意図を周知するなど,操作抑制に対する社会的な受容性の醸成を図ることも重要であると考えられる.