JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
Research Activity
Emotional Changes Effect on Take-Over Performance
Joohyeong LEEHiroki NAKAMURASou KITAJIMA
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2024 Volume 2024 Issue 2 Article ID: JRJ20240206

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Abstract

ドライバーの感情状態は,安全運転のための重要なパラメータである.人間のパフォーマンスと感情状態の関係を明らかにするために,多くの研究が行われている.本研究では,自動車運転システム使用時のテイクオーバーパフォーマンスと感情状態の関係を調べるため,ドライビングシミュレーターを用いた実験を行った.実験では,快・不快の感情である「Valence」と呼ばれる特定の感情状態を対象とした.実験は,参加者内比較のため,実験参加者1名につき2回実施し,合計5人の参加者で行った.その結果,不快な感情はテイクオーバーパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があることを確認した.

Translated Abstract

A driver's emotional state is an important factor of safe driving. Many studies have been carried out to understand the relationship between human driving performance and emotional state. Meanwhile, Level 3 automated driving systems have only recently become practical. While safety is expected to improve year by year, the system suddenly requesting that the driver takes-over can be dangerous. Moreover, emotional states can affect the take-over situation. In this study, we introduce a study to investigate take-over performance according to the human emotional state.

1. はじめに

ドライバの感情状態は運転に影響を与える要因であると考えられる.特に,運転中の快・不快は危険な状況に対する回避能力に大きく関係があり,運転中の安全性の評価のために重要な要因である1).ここで,快・不快の感情とは,Fig. 1で示しているようにラッセルの感情モデルで定義された二つの軸の一つの軸であり,もう一つの軸は覚醒レベルである2).快・不快の感情は,ポジティブ・ネガティブな感情で定義し,覚醒レベルは眠気や興奮に関する指標として定義される.

それとは別に,実用化に向けて開発中のADS(Automated Driving Systems)は,交通安全を向上させるとともに,ドライバは運転のストレスから解放されることが期待されている.自動運転のレベルはSAE(Society of Automotive Engineers)が5段階のレベルにで分けている.レベルは0の手動運転からレベル5の完全自動運転まで定義され,レベル3からは部分的に自動運転となり,運転の主体がドライバから自動運転車両に代わる.レベル3のADSが作動している車両に乗車しているドライバは周囲の監視や制御から解放されるが,車両からRtI(Request to Intervene)が発せられた場合,ドライバは周りの状況を把握し,安全に制御を引き継ぐ必要がある.RtIが発生する理由は多くあるが,レベル3の自動運転車両は部分的な自動運転システムであるため,システムの運行設計領域(ODD: Operational Design Domain)が決められている.そのため,その領域を離脱した場合は,ドライバに手動運転を要請するRtIが発生する.また,システムやセンサーが故障や検知範囲外になることによる不作動・誤作動,車両に予想外の周辺環境が現れた時には,突発的なRtIが発生する可能性もある.

レベル3のADS作動中のドライバは,OTT(Over-The-Top)サービスを利用し,映画,ドラマ,電子書籍,ゲームなどのコンテンツに時間を費やすことができるようになる.これらのサービスは運転中のドライバの感情状態に大きく影響する可能性が高い.突発的なRtIに対しても,ドライバは適切かつ安全に運転を引き継がなければならないが,感情状態によっては悪い影響が生じる可能性も考えられる.したがって,より安全なレベル3のADSの普及のためには,様々な感情状態における運転引継ぎパフォーマンスを評価することが重要であると考えられる.

RtI状況における感情状態と運転引継ぎパフォーマンスに関しては様々な研究が存在されている3).しかし,周辺車両が混雑している比較的複雑なRtI状況において,感情状態が運転引継ぎパフォーマンスに与える影響に関する研究事例は少ない.実交通環境では,周辺車両が多い状況でRtIが発生した場合のドライバーがRtIに対して適切な反応を行わない場合に、事故のリスクが高まる可能性がある.

本稿では,感情状態と自動車運転パフォーマンスの関係を調査するためのドライビングシミュレータを用いた実験について紹介する.ドライビングシミュレータを用いた実験では,実験中の実験参加者にポジティブまたはネガティブな音源を聞かせて感情を誘導し,その時の運転引継ぎ行動に及ぼす影響を調査した.また,RtIは自車両の前方にある停車車両と右後方の追い越し中の車両に囲まれた状態で発生するように設定設計し,自車両と周辺車両の相対的なパラメータを用いて運転引継ぎパフォーマンスを測定定量化した.

Fig. 1 Russell's circumplex model of emotion 2)

2. ドライビングシミュレータを用いた実験の紹介

突発的なRtIでの感情状態による運転引継ぎ行動の調査のためには,幅広い感情状態の誘導が必要である.感情状態は,一定の条件ですべての実験参加者の感情状態を制御することは難しく,制御したい感情状態のみ誘導することは不可能である.これは,人間の感情は「喜び」,「幸せ」,「怖い」などで独立している状態ではなく,様々な感情が複合的に連携しているためである2).ただし,実験による検証では検討対象とする変数を制御する要因以外の要因を統制しないと,得られた結果がどのような要因の影響を受けたかが把握できなくなる.

また,実験で検討制御する要因が連続的に表現できる要因であれば幅広く制御する必要がある.例えば,今回誘導したい感情状態である「快・不快」の感情が実験参加者に誘導されたとしても,「快」や「不快」の特定の部分のみの調査にとどまる場合,それは感情の限定された範囲での行動の調査に過ぎない.さらに,快・不快を幅広く調査するためには,実験参加者の最も快の感情や最も不快の感情まで誘導しなければならないが,複数の実験参加者に対して調査する場合は個人差により誘導の程度が異なる可能性が高い.したがって,ターゲットとしたい感情に集中して,幅広く誘導することは非常に難易度が高いと考えられる.

2.1 感情状態の誘導方法

人間の感情状態を誘導し,検証実験をするために,これまでに様々な心理学者たちが感情状態を誘導するツールを作成している.感情状態を誘導する方法は大きく分けると視覚情報による誘導方法であるIAPS(International Affective Picture System)4),と聴覚情報による誘導方法であるIADS(International Affective Digitized Sound System)5) が最も汎用的である.こちらのツールはそれぞれメリット・デメリットがある.例えば,視覚情報による誘導方法は,その効果が強いが6),複数のタスクを同時に行う実験では,その効果を継続させることが難しいと考えられる.一方,聴覚情報による誘導方法は効果が比較的に弱いが6),複数のタスクを実施しながら誘導することができるメリットがある.

本稿では,自動運転とはいえ,実験参加者はRtIが発生した場合には運転引継ぎを行わなければならないため,聴覚情報を使用して快・不快の感情を誘導した.快側の感情を誘導するために,リズムが速いポジティブな音源を複数選定し,不快側の感情を誘導するために,乳幼児の泣き声の音源を使用した7).ただし,ここで誘導を企図しても,実験参加者は感情が誘導されていないことも予想される,もしくは個人の特性により逆の方向に誘導される可能性もある.したがって,本稿では,結果的に誘導された感情状態を調査し,結果的に誘導された感情状態を基準として運転引継ぎ行動を分析した.

2.2 感情状態の評価

感情状態の評価は,生理指標の測定結果とアンケートの二つの手法を用いて行った.前述の感情状態の誘導方法の検証及び感情状態ごとの運転行動を調査するためには,感情状態の定量化が必要である.それぞれの評価手法は,下記で示す.

2.2.1 生理指標

感情状態を定量的に評価するために,実験中の心電図(ECG: Electrocardiogram)信号を調査した.ECG信号は眠気や人の感情を評価する時に多く使用されている.ECGの分析では,様々な方法があるが,眠気や感情状態の変化を調査するために,心拍変動(HRV: Heart Rate Variability)の分析が多く使用されている.心拍変動は時間当たりの心拍の変化量を,超低周波(VLF: Very Low Frequency),低周波(LF: Low Frequency),高周波(HF: High Frequency)で分け,周波数特性から定量的に分析する方法である.本稿では,LFとHFのバランスであるLF/HF指標を用いて分析を行った.LF/HFは,人が不快の感情や高いストレス感じる状況である場合に増加することが知られている8, 9).そのため,Fig. 2に示しているように,心電図のr波の間隔(r-r interval)からFFT(Fast Fourier Transform)を行い,周波数特性を定量化した.

Fig. 2 ECG signals pre-process for analysis

2.2.2 アンケート

感情状態の主観評価は,5段階スケールの形容詞のアンケートを使用して評価を行った.アンケートは感情を表す17個の形容詞を5段階スケールで構成されている.アンケートは走行開始前には実験参加者の現在の感情について回答してもらい,走行終了後にはRtIが発生する前の感情について回答してもらった.

2.3 実験参加者のタスク

2.3.1 メインタスク

実験参加者のメインタスクは,レベル3のADSを使用して運転し,RtIが発生した場合にシステムを引き継ぐことである.Fig. 3aは,実験でRtIが発生した時に実験参加者が遭遇する状況を示す.このシナリオでは,自車の前方で発生した事故によって停止した車両があることと同時に,後方の車両と隣接する車線の車両がともに自車に接近する比較的複雑な状況を再現している.

2.3.2 サブタスク

実験参加者は,複数の実験からの順序効果を最小限に抑え,また,レベル3のADSでの運転行動を再現するために,Fig. 3bのようにNDRT(Non-Driving Related Task)を実行した.NDRTは,ナビゲーション画面に1桁の数字がランダムに表示されるように設計され,実験参加者に対しては,直前に表示された数字と新たに表示された数字を加算し,一桁目を口頭で答えるように指示し,その後は,加算した数字の一桁目と新たに提示された数字を加算するように教示した.

Fig. 3 Tasks

2.4 ドライビングシミュレータ装置

本実験は,一般財団法人日本自動車研究所(JARI)の 全方位視野ドライビングシミュレータ(DS)を用いて実施を行った.Fig. 4は,本稿で使用されたシミュレータのイメージを示している.ドライビングシミュレータは球体状のスクリーンが360°に渡って設置され,周囲の交通状況を表示することができる.また,シミュレータキャビンにターンテーブルとそれにつながっているアクチュエータで現実的な運転を再現することができる.

Fig. 4 Driving simulator

2.5 実験結果と考察

2.5.1 ドライバの感情状態の評価

Fig. 5は実験前と実験中の実験参加者の感情状態変化を示す.図のマーカ(赤,青)は実験で用意された実験条件(音源)を,マーカのラベルは実験参加者番号,誘導条件,実験前後を示している.実験前のドライバの感情状態は実験条件による刺激がなかったため,全体的に幅広く散布していることが確認できる.ただし,覚醒度の幅は広く,快・不快の軸はやや快の方向に集中している傾向が確認された.実験中のドライバの感情状態のコントロールは不快に対する変化については全体的に高まる方向へ変化しているが,快に対する変化は見られにくかったについてはあまり効果的ではなかった.また,快の条件でも不快と感じた実験参加者が2名で,快の条件でも感情状態の変化があまりなかった実験参加者が2名いた.これらの結果から,ドライバ(もしくは人間)は本研究で設定した不快な刺激(赤ちゃんの泣き声)には敏感に反応する一方で,快という感情に誘導することは個人的な嗜好の差もあるために非常に難しいと考えられる.ただし,2章で述べたように,今回の実験では音源による条件の分類ではなく,最終的に誘導された感情状態ごとに運転行動を比較することを目的としている.今回のターゲット感情は快・不快の感情であるため,感情刺激後の快・不快の範囲が173%広がったことが確認されたことで,感情状態の誘導は成功しているといえる.次にさらに,アンケートの結果から得られた感情状態と,ECG信号を比較して,アンケートの結果が真の値に近いかどうかを検証した.

Fig. 5 Emotional status inducing results by PCA

Fig. 6は主成分PC1とPC3の観測変数(アンケートの形容詞項目)の寄与度を示している.この図から各成分がどのような意味を持っているか,その得点の方向性などを把握できる.ここで,PC1が快・不快の感情を示していて,負の値が快側,正の値が不快側の感情を示していることが分かる.また,PC3が覚醒度を示していて,負の値のほど覚醒・興奮を,正の値のほど眠い感情を示していることが分かる.

Fig. 6 Contribution of observed variables to principal components PC1 and PC3

Fig. 7は,LF/HF指数とPC1(快・不快)の散布図を示している.LF/HFの分析区間は,感情状態を誘発するために再生された音源の開始から,RtIが発生する前までの間とした.その結果,アンケートのPC1が増加(不快側)するにつれてLF/HFも増加(不快・ストレス側)することが確認され,アンケートの結果とドライバのLF/HFとアンケートで測定される感情状態が一致していることから,アンケート内容が信用できると考えられる.

Fig. 7 Scatter plot of PC1 (Valence) and ECG (LF/HF) signal

2.5.2 感情状態における運転引継ぎパフォーマンス

ドライバの運転引継ぎパフォーマンスの良否に及ぼす感情状態の影響を調査するために,RtIが発生した状況を理解する必要がある.今回の実験でのRtIは,自車の前方で衝突が発生し,そのために前方の車(OV1)が停止したために発生している.そのため,ドライバはこの場面を安全に対応するために,隣接車線に車線変更を行うか,車両を停止することが求められる.しかし,大型トラック(OV3)が自車両に後方から接近し,隣接車線から接近する車両(OV2)が自車より速い速度で接近している.したがって,この状況では,ドライバは車両の前後の状況を確認し,次の二つの行動のいずれかをとらなければならない.

1. 徐々に減速して車両を停止する

2. 隣接する車両に接近し減速して車線変更する

そのため,運転引継ぎパフォーマンスを評価するために,運転引継ぎまでの時間,減速度,横方向加速度,他の車両とのTTC(衝突までの時間)をFig. 8, 9のように分析・評価した.

Fig. 8 Closest position between ego vehicle and other vehicles

Fig. 9 Evaluation parameters of each other vehicle

Fig. 10に示されるように,快・不快の変化による運転引継ぎパフォーマンスを調査した.これらの指標のうち,運転引継ぎまでの時間,最大減速度,および前方の車とのTTCは,ドライバの快・不快による差は確認されなかったいない.これらの指標は,ドライバの前方にある車両との衝突を回避するために重要であり,感情状態の変化が発生しても前方の状況に対して大きく影響することはなかったと考えられる.一方,ドライバの快・不快の感情によって後方の車両とのTTCや横の車線から接近する車両とのTTC,車線変更する時の横加速度は傾向が変化することが確認された.これらの結果から,快の感情を感じているドライバは衝突を回避するための運転引継ぎパフォーマンスが不快の感情に比べて上がる一方で,不快の感情を感じているドライバは周囲環境に対する状況認識がややおろそかになっているという結果が示された.

感情状態(快・不快)影響は,すぐに回避行動を取らないと衝突してしまう高い水準のリスク(前方車両との衝突)に対して影響があるほど大きくないことが考えられる.ただし,不快の感情が高いほど,追い越し車両があるのにも関わらず急な車線変更行動をとっている,さらに,追い越し車両との距離も近くなることから,周辺環境への認識の遅れへの影響もしくは,攻撃的な運転行動に影響がある可能性が考えられる.このような運転行動の変化は,前方車両との衝突回避のために,接近している隣の車線の車両事故につながる可能性がある.

Fig. 10 Take-over behaviors related to an event at the front-side and rear-side

3. まとめ

本稿では,自動運転を利用中のドライバの感情状態と運転引継ぎパフォーマンスの関係に着目し,特に快・不快の感情からの影響を調査する研究を紹介した.具体的には,本稿ではドライビングシミュレータ実験を行い,快・不快に影響する音源を用いて実験参加者の感情状態を誘導した状態で運転引継ぎパフォーマンスの測定・分析を行った.

以下は,本稿で得られたまとめである.

1)ドライバの快・不快の感情により,運転引継ぎパフォーマンスが異なることが確認された.

2)不快の感情は,運転引継ぎパフォーマンスを低下させることにつながり,快の感情の時は,不快の感情の時より高いパフォーマンスにつながる可能性がある結果が得られた.

3)不快の感情は,運転引継ぎ時にドライバの周辺状況の確認をおろそかにすることでややリスクのある運転行動を引き起こす可能性がある.

今後は実験で得られた結果の信頼性と妥当性向上のために,追加実験を行う予定である.また,人間の感情は一つの軸(快・不快)に分割して議論することはできないため,今後の研究では 2次元及び3次元の感情モデルを考慮した実験の実施や結果の分析を実施していく予定である.

                 

References
 
© Japan Automobile Research Institute
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