2024 Volume 2024 Issue 3 Article ID: JRJ20240302
ロボット安全試験センターの概要および安全性試験方法のアプローチとそれによる安全性試験,さらにこれらの試験を行う試験センター各エリアの設備を紹介する.
1. はじめに
少子高齢化に対してロボット技術の活用が期待され,人とロボットが共生し協働する社会の実現に向けて,製造現場だけでなく公衆・家庭など一般の人々を含むロボット技術の社会実装を目指している.すなわち,ロボットの性能面での開発に加え,従来の製造現場のようなロボットの物理的な隔離だけでなく人との共存を前提とした新たな安全方策が必要となる.国立研究開発法人産業技術総合研究所は,日本自動車研究所(Japan Automobile Research Institute: JARI)と共同で,2010年にサービスロボットの安全検証手法を開発し,開発手法の検証も同時に行う事が可能な施設として,茨城県つくば市(JARI内)に「生活支援ロボット安全検証センター」を建設した.同施設を利用し,JARIは2009年にスタートした独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)生活支援ロボット実用化プロジェクト1)から国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ロボット介護機器開発・標準化事業2) に至るまで,長期にわたり研究開発に参画し,世界初となるサービスロボット(産業用ロボットは含まない,人と協働するロボット)の国際安全規格であるISO 13482: 2014 Robots and robotic device - Safety requirements for personal care robots 3) の発行にも大きく貢献した.同施設は2018年10月にJARIに譲受され名称を新たに「ロボット安全試験センター」(図1)とし,引き続き介護ロボットをはじめ人と共存するロボットの安全にかかわる研究および標準化活動を継続している.本稿は生活支援ロボットなどの安全性試験方法について紹介する.なお,安全性試験のうち,筆者の専門分野であるEMC(電磁両立性)の安全性の試験方法と研究概要については続報にて詳細を紹介する.
図1 ロボット安全試験センターの所在
2. 安全試験方法
2.1 安全試験方法のアプローチ
さまざまな用途や使用環境のロボットに対する安全試験方法のアプローチとして大きくは二通りある.
一つ目は,国内JIS規格をはじめ,ISO,IEC,CISPRのような安全・試験の国際規格を引用して試験を実施している,家電,産業機械や医療機器などの工業界で実績がある安全試験を利用し,条件設定を最適化することでロボット用に適用させる方法である.例えば,携帯,放送波などの電波や様々な電磁環境下でロボットが不安全な動作をしないか確認するEMC試験では,従来の電気製品等と同様の試験規格をベースにするが,被試験ロボットが電磁環境下(イミュニティ)により危険な状態となったことをどのように計測するか,また電波(エミッション)においては被試験ロボットをどのように動作させた場合に最も外部への放射が大きくなるかなどの事前の検討及び計測への影響を低減するための特殊な治具の製作が必要となる.ロボット安全試験センターの取り組みについて表1に安全性試験の例,図2に試験エリアを示す.
表1 安全試験例
図2 試験エリア
二つ目は,まったく新しい安全試験方法を開発することである.ロボットの新たな機能は日々開発されるため,その安全性試験方法の妥当性確保と試験を実現するための試験装置を個々のメーカが開発することは開発工数を増加させ,大きな経営負担となる.例えばJARIはシルバーカータイプのロボットが提供する下り坂での抑速ブレーキ機能に対して,高齢者に適したブレーキの適性値を調査・研究し,抑速用ブレーキの要求基準を設定し,それを確認する試験装置を開発した.さらにその成果をISO TC173 WG1を通じ国際規格への提案を支援している.このように人間を対象にした実験を行い,今までは無かった安全の要求基準を開発することは,研究機能を持ち,かつ公平な中立機関としてのJARIに求められる役割となっている.
2.2 安全試験エリア
(1) 走行エリア
走行エリアでは,さまざまな路面(Pタイル,絨毯,フローリング,アスファルトなど)を走行させたり,10度までの傾斜路(幅7 m×傾斜7 m,幅3 m×傾斜15 mの二分割)を利用し,室内のバリアフリー環境や屋外の坂道を模擬したり,様々な走行安定性を試験できる大型設備がある. (図3)
図3 走行安定試験の例
(2) 対人エリア
人と共存する環境で動作するロボットの場合,衝突時に人にどれだけの危害が及ぶかを評価する必要があり,同エリアは危害の程度を数値的に評価可能な衝突用ダミー,衝突試験装置などを有するエリアである.
図4に示す衝突用ダミーは,ロボットが人へ衝突した際,どの程度の危害が及ぶのかを数値的に評価可能であり,頭部,胸部,腰部,大腿部,下肢などにセンサが組み込まれている.図に示した以外にも乳児など様々なダミーを有する.例えばドローンの水平飛行や落下による衝突に対して,エアバッグやパラシュート等,様々な安全対策が提案・検討される中,その有効性を客観的に評価できる可能性がある.他にも図5に示すように,電気エネルギーによる感電・火傷・火災リスクを評価するIEC電気安全の試験設備などがある.
図4 衝突用ダミー例
図5 電気安全試験設備例
その他の大型設備としては,ロボット用の衝突試験装置がある.試験装置にロボットを装着し, 20 km/hまで0.1 km/hの精度で再現性の高い衝突試験が実施できる.また,衝突バリアには荷重計が供えられ,衝突時の荷重も測定できる.また,静止しているロボットの安定性を確認する静的安定性試験装置などがある.
(3) 強度エリア
強度や耐久性の不足によって転落・転倒・活電部の露出による感電や火傷・火災などの危険事象が懸念される.その安全検証のために,耐久性や衝撃,静荷重,耐環境性,振動などの試験を行うエリアである.
例えば図6に示すように,超大型,大型の複合環境試験機は,温度・湿度・振動負荷を同時に印加し,過酷環境に対する耐性を評価することが可能である.
図6 複合環境試験機(温湿度・振動環境の複合)
(4) EMCエリア
安全性の観点からロボットのEMCを評価するエリアである.
主に図7に示す電波暗室内では,ロボットから発射される不要な電波の計測(エミッション試験)および,外界からの電波によりロボットが誤動作をしないように,あらかじめ想定される強力な電波をロボットに放射し試験を行う(放射・伝導イミュニティ試験).
その他,同エリアでは,静電気試験,バースト試験,雷サージ試験,磁界イミュニティ試験,電圧Dip・瞬停試験などが行われる.
EMCの安全性評価の試験方法と研究概要については,続報で詳細に紹介する.
W21.4 m × H11.6 m × D7.1 m(吸収体内面)
サイトアッテネーション: ±2.0dB以内
放射イミュニティ 26~80 MHz:20 V/m
80 MHz~6 GHz:30 V/m
電導イミュニティ 150 kHz~230 MHz:20 V
その他,
静電気試験,バースト試験,雷サージ試験,
エミッション試験などに対応
図7 10 m法電波暗室
3. まとめ
現在の生活支援ロボットの規格類は今後も検討が必要な状況であるため,安全検証の妥当性確認は依然としてメーカ主体の試験計画に依存する部分が大きい.JARIは妥当性のある検証方法とは何かを追求し,ロボットが引き起こす危害の研究と試験方法の開発を進めて国内メーカを支援してきた.この開発支援をさらに信頼性が高いものとするために,国内の第三者認証機関(ロボットの認証を行う機関)と生活支援ロボットメーカおよびロボット関連事業者向けの安全検証・認証方法に関して連携を強化した.これによりJARIのコンサルティング・安全試験などの技術サービスで得た知見や結果を認証取得準備に活かすことができ,国内メーカにより価値のあるサービスが提供できるようになった.
開発メーカが安心してロボットを市場に投入できる道筋を作ることが,人々が安心してロボットと共存する社会の実現に繋がると考え,今後もJARIは安全検証方法の研究・開発,標準化活動,第三者試験機関としての安全検証試験を通じて,メーカへの開発支援の活動を続けていく.
謝辞
なお,本投稿の一部は,AMED ロボット介護機器開発・標準化のための安全評価基準,効果性能基準,実証試験基準策定,開発補助事業支援,国際標準化および国際事業展開に関する研究開発の支援の成果を抜粋し記載した. (課題番号JP20he2002003)