2024 Volume 2024 Issue 4 Article ID: JRJ20240401
このたび,JARI Research Journalでエッセイを載せることになり,その第1号を書くように担当から依頼があり,小職が少し思い出話を書くことにします.
今年の元旦に能登地方で大地震があり,大きな被害が出ました.お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに,被災された方々にお見舞い申し上げます.小職は2014年から輪島をフィールドとして活動してきたので,特に朝市通りの惨状を見るにつけ,胸が痛みます.
輪島では,ゴルフカート(現地では当初エコカート,後にWA-MOと呼ばれる)の公道走行の実現,ならびに公道での自動運転の実施に取り組みました.その状況等については,国際交通安全学会誌に物語風にまとめたもの1)があるので,参照されると幸いです.
私は,2009年に,東京大学で高齢者・高齢社会に関する研究を全学横串で運営するような組織:高齢社会総合研究機構を立ち上げ,その初代機構長に着任しました.そこでは,柏や福井といったフィールドにおけるアクションリサーチを実施するとともに,企業約50社でジェロントロジーコンソーシアムを構成し,2030年頃の姿を予想し,そこに至るロードマップの議論を行いました.(その成果については,2冊の書籍2)3)にまとめられています) そこでは,私の専門は自動車工学・交通なので,特にモビリティに関するWGの運営には勢力を注ぎ,参加企業も非常に前向きで良い議論ができ,コンソーシアムの発展形のジェロントロジーネットワークにおいては,2012年秋の合宿を,ヤマハリゾートつま恋で実施し,様々なモビリティの試乗会も実施しました.その翌年からは具体的なアクションをということで,東日本大震災の被災地でのモビリティ試乗会やモニター実験を行い,さらに柏の葉のマンション群の敷地でゴルフカートの自動運転の実証も実施しました.(後者の写真は,国の未来投資戦略2017に自動運転の事例として紹介されています)
そのころ,輪島では商工会議所がゴルフカートを公道で走らせたいが,なかなかうまく進められないでいるという話があり,2013年後半からヤマハ発動機の担当者と一緒にお手伝いすることになりました.当時の輪島商工会議所の里谷会頭は,市街地にゴルフカートの自動運転を運賃無料で走らせ,横に動くエレベータのようにしたいとの思いを持っており,その実現に向けて動き出していましたが,公道で走らせることはハードルが高く,公道封鎖してデモ的に走らせたり,特区申請をしたりしていましたが,なかなか進んでいませんでした.そこで,関係府省庁とのやり取りの中から,20 km/h未満であれば道路運送車両法が一部緩和になるので,そこに合うように車両の装備等の対応をしていけば軽自動車のナンバーが取れるのではということになり,それを目指すことになりました.軽自動車検査協会とのやり取りの末,やるべきことが見えてきて,2014年の秋口には何とかなりそうという形になりました.
輪島には黒塗り(輪島塗に合わせた)の2台,東大が東北の被災地支援用に使う1台の合計3台が2014年11月に完成し,無事ナンバー取得ができました.輪島では当初エコカートと呼ばれ,出発式は関係者が集まり盛大に催され,寒くなっていく時期でしたが,熱気に包まれました.(写真1,2) 商工会議所職員の運転での運行が始まり,翌年には2台が追加され,まちづくり会社が運転担当の観光コースも追加されました.当初は地元警察が,そんなに遅い車は交通流を乱すから駄目だと渋っていましたが,後ろ向きのドライブレコーダーを取り付け,東大の学生に分析させたところ,後ろに車が連なる場面はあるものの時間は長くない,また時々左に寄って停車して追い越させれば問題とはならないとの結果が得られ,納得してもらいました.市民の反応も,当初は遅いので無理な追い越しのケースもありましたが,存在を知られるようになったら,低速走行については理解が得られるようになりました.
写真1 出発式の模様
写真2 ふらっと訪夢前を行くエコカート
次に目指すは自動運転ですが,ゴルフ場では20年くらいの実績のある誘導線式の自動運転を実施するには,道路の誘導線を敷かなければならず,磁気ネイルを敷いて自動で動かしたトヨタ自動車のIMTSが軌道法に従うことになり,愛知万博では営業運転されたものの本格的な実用化には進まなかったことが脳裏に浮かび,関係省庁とどのようにやり取りすればいいのか悩みましたが,まずは非公道で実績を積み,社会的受容性を得てから公道走行を検討するのがいいのではというアドバイスを受け,輪島キリコ会館の駐車場に200 mほどの試験線を設けることにしました.大学の研究として科研費から予算を捻出し,2016年8月にお披露目をやることができました.マスコミや市民も多数参加し,自動でカートが動くことに皆さん興味津々で見てくれました.駐車場なので,他の車や歩行者などとの混在下での走行のため,速度は極低速としましたが,柏の葉でのトライアルと同様に特に違和感なく受け止められ,次につながる一歩となりました.(写真3,写真4)
写真3 キリコ会館駐車場での自動運転
写真4 コンセプトカーも自動で走行
公道での誘導線式自動走行は,まず道路に誘導線を敷くことを道路管理者に了解もらうこと,それから交差点や停留所での速度制御をどう考えるか,他車との混在の受容性はどうか,ドライバの運転介入をどのようにするか,などたくさんの課題がありましたが,やってみないと分からないのでまずはやってみようと前向きな反応を多数いただき,非公道の実証から半年足らずで12月に1kmの区間の公道自動運転を実現することができました.(誘導線敷設はヤマハ発動機の支援で実現) 車両側は,レベル2自動運転として,ドライバ介入により自動が解除されるように,ハンドル関係に手を加えました.(写真5)
このゴルフカートの公道自動運転は日本で初めてのものであり,その後,国交省道路局の道の駅自動運転や経産省のラストマイル自動運転といった実証事業が立ち上がることになり,輪島も後者の対象地の一つとなりました.ラストマイル自動運転事業では,遠隔監視システムを設けることと,LIDARなどで障害物認知を行い自動で減速・停止ができるように進化しました.
国の自動運転実証の動きも2017年頃から活発化しており,同年末には,運転席無人のものが基準緩和で認められるようになり,東京と愛知で第1弾が始まりました.(普通の車で車内に保安要員あり) 同様なものを輪島のカートで実施する際に,ラストマイル自動運転事業では車内無人をやりたいということとなり,調整が進められた結果,非常停止ボタンを持った人が自転車で追従するということで実施されました.この実証のスタートのテープカットでは,前日に大雪が降り,当日の飛行機が能登空港に降りられず小松空港に到着するというハプニングがあり,私は小松から輪島へレンタカーを飛ばして向かいましたが,担当するプレゼンには間に合わず,同行した国の職員は何とかテープカットに間に合ったという綱渡りも経験しました.(写真6)
写真5 公道での自動運転
写真6 ラストマイル自動運転での車内無人
その後,ラストマイル自動運転事業は軸足を永平寺に移すことになり,輪島は誘導線敷設範囲を広げたくらいで,国の事業は終了し,あとは自主事業でのトライが続くことになりました.国土交通省がグリーンスローモビリティという名称でカートや低速EVバスなどの普及促進を始めたのは2018年のことで,輪島では運転講習を自動車教習所で手伝うことなどがなされました.またヤマハ発動機の支援やトヨタモビリティ基金の助成などで,7人乗り車両の追加がはかられ,2019年には9台で市街地をくまなく走らせられないかといったトライも行われました.これは「のらんけバス」というコミュニティバスが走っていますが,本数が少なく,利用者も少ない割に市の補助金額が大きいので,その金額あれば車両数を4倍に増やし,本数ももっと増やして便利な交通にできるのではないかというコンセプトでの実証で,実施時期が11月と寒くなる頃だったので,利用数は伸び悩みましたが,バス代替の可能性への手ごたえを感じました.(便利になるという高評価がある一方で,エアコンが無いことで夏暑く冬寒いという低評価もあり,なかなか前進することができずじまいでした)(写真7,写真8,図1,図2)
写真7 8台一斉走行(マリンタウンで3方向集結)
写真8 8台一斉走行(ふらっと訪夢を同時出発)
図1 のらんけバスの路線図(能登輪島観光ポータルサイトより)
図2 一斉走行時のルート(輪島商工会議所 提供)
そして2020年からはコロナ禍となり,運行が休止され,その状態が続き,さらに今回の地震により全くめどが立たない状況になってしまっています.
今後に向けては厳しい状況ですが,輪島でのゴルフカートの一連の動きは,新しいチャレンジングなことを行うフロントランナーとしての勢いがあり,それにかかわった私としても非常にいい経験をさせていただきました.そこで得たことを記します.
・大きなゴールを描いて,それの必要性と具体性を常に言い続けると,本当に良いことであれば賛同者がでてくる.
・企業の担当者の個性にもよるが,チャレンジングなことをやりたいというモチベーションで,無謀と思われることも,検討を続けることで,実現の道が開けることがある.
・社会の受容性を得ることは,スタート時にはなかなか難しいこともあるが,思いを持ってやっていると理解者が増え,それが広がっていく.
・思いだけで突っ走るのではなく,冷静に議論武装していくことも重要で,ネガティブな意見を言う相手にたいして,粘り強く働きかけをしていくことも重要.
一方で,力不足で前進させられなかったことへの反省点も記します.
・行政は交通対策予算を従前以上の増やすことは厳しいので,その予算範囲内でのモビリティの改変について,粘り強く働きかけができなかった.(9台走行時に十分なアピールができなかった)
・ゴルフカートの特性上の欠点を補えることを十分できなかった.
・市民向けと観光客向けと,両用を狙ったため,どっちつかずになった面もある.
・住民への説明会等が不足していて,住民側に浸透していかなかった.
以上,輪島での思い出を記させていただきました.現地の復興には時間がかかりそうですが,何かお手伝いできることがあればやっていきたいと思っております.
文献