JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
Research Activity
Introduction of Collaborative Research with the Kanazawa University Advanced Mobility Research Institute
Sou KITAJIMA
Author information
RESEARCH REPORT / TECHNICAL REPORT FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 2024 Issue 4 Article ID: JRJ20240402

Details
Abstract

我が国の物流や地域交通を支える職業ドライバ不足等の社会課題の解決が期待される自動運転技術の早期実現に向け,金沢大学高度モビリティ研究所と一般財団法人日本自動車研究所(JARI)自動走行研究部は2016年から共同研究を進めている.共同研究開始前の自動運転評価拠点の整備時に金沢大学から有用な知見の提供を受け,これが契機となって本共同研究の枠組みに発展している.本稿では,金沢大学とJARIの関係について3つのPhaseに分けて両者の強みを活かして取り組んできた内容を紹介する.

1. はじめに

2024年元日の「令和6年能登半島地震」では珠洲市・輪島市を中心に甚大な被害が発生し,被災された関係者各位に対して謹んでお見舞いを申し上げたい.緊急地震速報を報じる報道映像のなかで珠洲市役所周辺の家屋が倒壊する瞬間を目の当たりにし,公私併せて2010年と2017年の2度に訪れたこともあって極めて大きなショックを覚えた.

地震発生から約10日後の1月12日に石川県金沢市の金沢大学・角間キャンパスにおける講演が予定されていたが,この時期の現地訪問について中止すべきかどうかの判断が迫られた.しかし,自分としてはこのような状況であっても現地に赴いて微力ながら経済活動を応援したいとの思いから予定通りに訪れることを判断した.金沢滞在中にタクシーを利用する機会があり,その際に運転手さんから「元旦の地震で完全に経済がストップしていたところ,中止せずにお越しいただいて本当に感謝しています」との言葉をかけていただいた.筆者が2005年にJARIへ入所するまでは金沢市を含めて石川県に訪れる機会は全くなかったのだが,今では金沢市には年に1回~2回は訪問するようになり,訪問すればするほどその魅力に強く惹きつけられている.

このように変化した理由として,自動運転に関する金沢大学と一般財団法人日本自動車研究所(JARI)の関係性が挙げられる.この関係をあらためて振り返ってみると, 2014年頃からJARIに対して日本の自動運転技術開発の加速に資するテストコースを整備する期待が高まったことにたどり着く.経済産業省からのサポートも受けた整備を進めるにあたり,筆者(当時は自動運転に関する知見はほとんど有していなかったが…)は責任者に任命された.どのようなテストコースが望まれているのかを国内エキスパートに聞き取る活動の一環で2015年4月に金沢大学を訪問したことが最初である.JARIでは欧米を中心に海外のテストコースも調査を進めていたが,当時提供いただいた技術的なアドバイスは文献調査や視察では得がたい内容ばかりで,最終的なテストコース整備の基本方針に大いに反映されるほど重要で貴重なものであった.

このような経緯をふまえ,JARIが今後の自動運転に関わる調査・研究を進めるうえでは金沢大学との共同研究が重要であるとの考えに至り,2016年から共同研究がスタートした.本共同研究の当初の目的は,自動運転システムの安全性に関する標準的な試験法を研究することに定め,その後は自動運転の開発動向等をふまえて研究テーマを適宜設定しながら2024年現在も継続している.本稿では,これまでの金沢大学とJARIの関係を3つのPhaseに分け,それぞれの経緯と得られた成果を紹介するとともに,現在の取組み課題と今後の展望について述べる.

2. 金沢大学高度モビリティ研究所とJARIの関係

(1) 金沢大学高度モビリティ研究所・計測制御研究室の特徴

金沢大学の菅沼 直樹教授が主宰する計測制御研究室は,車載センサやコンピュータを駆使した自動運転技術の研究に1998年頃からいち早く取り組んでおり,25年以上経過した現在も国内外の第一線で活躍を続けている自動運転の代表的なエキスパートである.金沢大学においては研究開発用の自動運転自動車を1998年から開発しており,図1に示す通りに長期にわたって自動運転に必要なロジック(認識・判断・制御)のさらなる高度化に挑み続けている.

 

図1 金沢大学自動運転自動車の変遷1)

2015年2月に国内の大学として日本で初めて一般道での公道走行実証実験を石川県珠洲市で実施2) したほか,同年4月に新学術創成機構・自動運転ユニットを設立して自動運転技術の高度化だけでなく,過疎地における新たな移動手段としての活用を提案し,多くのメディアから注目を集めた.2021年4月に自動運転ユニットの機能を維持しつつ金沢大学の全学的な組織として高度モビリティ研究所(所長:飯山教授,副所長:菅沼教授)を設立し,自動運転技術の研究開発,さまざまな乗り物の高度化,社会実装に向けた課題の整理,高度化された乗り物のさまざまな付加価値の提供を目指した総合的な活動に発展している.さらに,内閣府・経済産業省をはじめとする政府研究開発プロジェクトにも長期にわたって参画し,自動運転実現の政府目標の達成に向けて主に技術面で貢献している.

(2) 計測制御研究室とJARI自動走行研究部の関係性

計測制御研究室とJARI自動走行研究部は2016年から共同研究を開始し,表1のようにさまざまな課題を設定して現在も活動を継続している.前述したように共同研究前の2015年に日本の自動運転技術開発を加速するテストコース整備に向けて貴重なエキスパート知見を提供いただいたことが契機となった(Phase 0).

2016年から始まった共同研究は2つのPhaseに分けられ,Phase 1(2016年~2021年)は自動運転システムの標準評価法を開発することを目指し,Phase 2(2022年~)は内閣府SIP自動運転プロジェクトで得た知見をベースにJARIが開発中のマルチエージェント交通流シミュレーションを自動運転技術の高度化に活用することを目指して取り組んでいる.

各Phaseの取組み事項の詳細な内容に関して次章以降で紹介する.

表1 金沢大学とJARIの取組み内容一覧(2015年~2024年3月現在)

Phase 取組み内容・研究課題 時期
0 自動運転評価用のテストコース整備に向けたエキスパート知見の提供 2015年度
1

自動運転システムの安全性に係る標準評価法の開発

- 研究用の自動運転車の共同制作

- 公道実証実験で得られた技術課題のリストアップ

- 公道実証実験にのぞむ自動運転車の事前テスト法の開発

2016年度~ 2021年度
2

マルチエージェント交通流シミュレーションを用いた自動運転技術の高度化

- 自動運転システムとシミュレーションを接続する環境の構築

- 自動運転技術の高度化に資するテスト技法の研究(継続中)

2022年度~

3. 日本における自動運転評価拠点としてのテストコースの整備(Phase 0)

JARIの自動運転評価拠点(Jtown)は,産官学連携による自動運転技術の協調領域の課題解決と将来の評価法整備に取り組むため,経済産業省の2016年度の自動走行システム評価拠点整備事業の補助を受けて整備された3).約16万平方メートルの敷地に,雨・霧・日照等の環境条件を再現可能な屋内施設「特異環境試験場」,通信を利用した協調型自動運転システムの実験施設「V2X市街地」,さまざまな交差点形状を再現可能な「多目的市街地」の三つの試験エリアで構成される(図2).

Jtownの整備方針を策定するために,2015年に菅沼教授から公道実証実験を通して得られた認識・判断・制御のリアルな技術課題とその発生要因の解説をセットで提供いただいた.JARIでは国内の主要なエキスパートに対するヒアリングを継続し,Jtownに求められることを18種類の要素にまとめた(表2).菅沼教授から提供を受けた技術課題はいずれも具体的かつ明確なものであったために確実に反映することができた.およそ10年前の段階で金沢大学が公道走行可能な水準の自動運転システムを開発し,そのうえで公道走行実績を蓄積していたことの先進性に改めて気付かされる.

 

 図2 自動運転評価拠点(Jtown)(2017年4月竣工)

表2 自動運転評価拠点(Jtown)に求められた18要素の一覧

4. 自動運転システムの安全性に係る標準評価法の開発(Phase 1)

2016年度からスタートした共同研究では,研究用自動運転車の共同制作(2016年度~2017年度),公道実証実験に臨む自動運転車の事前テスト法の開発(2017年度~2018年度),複数の公道実証実験で得られた技術課題のリストアップ・更新(2016年度~2020年度),高度な認識・判断性能を評価するテスト法の開発(2020年度~2021年度)について取り組んだ.

このうち,2017年に警察庁が発行した公道実証実験に向けたガイドライン4) を反映した事前テスト法を共同で開発した際には,金沢大学が珠洲市の公道を走行する前に自動車教習所内で基本的な性能を入念に検証していた取り組みに着目した(図3,Step 1).

自動車教習時の仮運転免許のように公道で路上練習が可能な技能を確認する方法が自動運転車にも必要と考え,図4のようにJtwon内に場内検定に相当する課題を配置して自動運転システムとテストドライバの対応能力を確認するテスト法を提案した.自動運転システムに対して全ての課題をクリアすることは求めず,図5が示すようにシステムまたはテストドライバのどちらかが安全を確保するために適切に準備・対応できるかを重視した点が特徴である5).このテスト法は,2018年の自動車技術会春季大会学術講演会で公表し,公道実証実験をサポートする事前テストサービスとして大学・メーカー等に利用されている6)

図3 金沢大学の公道実証実験に至るプロセス(2015年)

  

図4 JARIの自動運転車の事前テスト課題(基本レベル)

図5 自動運転システムとテストドライバの対応内容の評価

5. マルチエージェント交通流シミュレーションを用いた自動運転技術の高度化(Phase 2)

2022年度から本共同研究は新たなPhaseに移行し,シミュレーション技術を活用した自動運転技術の高度化をテーマにした研究に着手し,2024年現在も継続中である.本テーマで活用するシミュレーション技術は,もともとは運転支援・自動運転システム普及時のインパクトアセスメント用のマルチエージェント交通流シミュレーション(以下,JA-Re:simという)である7).JA-Re:simでは,仮想的に再現した道路ネットワークを数百人~数千人のドライバや歩行者といった交通参加者がエージェントとして行動し,エージェント同士の相互作用が積み重なることで現実的な交通流と偶発的な交通事故を再現できる.

特定のエージェントの認識・判断・行動ロジックを開発中の自動運転システムに置き換えることによって,さまざまな状況に対して安全・円滑に走行できるか検証する環境を構築した(図6).ただし,金沢大学のような基本性能の高い自動運転システムの高度化は単純に置き換えただけでは実現できないことが判明した.そこで,図7に示すように,エージェント同士が遭遇した事故・ニアミス等の危険なシーンを忠実に再現する検証方式と,関与したエージェントの位置・速度・加速度等のバリエーションを拡張した検証方式を組み合わせたテスト技法の研究を進めている8).本研究のコンセプト・アプローチは世界的にもユニークであると認識しており,可能な限り早く成果を公表していきたい.

図6 マルチエージェント交通流シミュレーション(JA-Re:sim)と金沢大学自動運転システムの接続環境

図7 自動運転技術の高度化に資するテスト技法のコンセプト(2023年度の共同研究テーマ)

6. おわりに

本稿ではJARIの自動運転研究にとって重要な位置づけで進めている金沢大学高度モビリティ研究所計測制御研究室との共同研究活動について紹介した.自動運転評価拠点の整備に向けたエキスパートヒアリングをきっかけにして,研究用自動運転車の共同制作,公道実証実験に臨む自動運転車の事前テスト法開発,マルチエージェント交通流シミュレーション活用による自動運転技術の高度化等の様々なテーマについて共同研究を進めてきた.現在の研究テーマは金沢大学とJARIの相互の強みを掛け合わせて新たな価値を創出することを目指した取り組みであると考えている.

石川県にまつわるエピソードをまとめて本稿の結びとしたい.2010年5月の大型連休にJARI同僚とロードバイクで4日かけて能登半島を一周し,このときの金沢・輪島・珠洲・白米千枚田等の風景・体験は素晴らしいものばかりであった(図8).2017年には当時の永井正夫所長をはじめとするJARI一行として金沢大学の公道実証実験を視察するために能登空港から珠洲市へと向かった.JARIの出張記録によると筆者は石川県に計10回(金沢9回,珠洲1回)訪問しており,2023年11月には金沢市で開催された自動車予防安全に関する国際会議(FAST-zero’23)でBest Paper Awardを幸運にも受賞できた(図9).

米どころである北陸地方は上質な日本酒が多く,特に菅沼教授ご推薦の「宗玄」は訪問したら確実にオーダーするほど馴染んだ銘柄になっていた.ところが,珠洲市にある宗玄酒造は先日の地震で甚大な被害が発生して事業継続が危機的な状況に陥ってしまった.このような過酷な状況でも関係者は決して酒造再開を諦めることなく,3月13日には第三弾の「復興の酒」を販売している9).また,至る所に巨大な亀裂が生じた白米千枚田においても米作り再開に向けて有志が動き出しており,各地で復興に向けて懸命に歩む方々を少しでも応援できるよう本共同研究を引き続き発展させていきたい.

図8 2010年の能登半島一周ルートと 筆者愛車(ORBEA ORCA)

図9 Best Paper Award受賞(2023年)

参考文献

References
 
© Japan Automobile Research Institute
feedback
Top