2024 Volume 2024 Issue 7 Article ID: JRJ20240701
本報告では,オープンソースソフトウェアであるOpenModelicaを用いて電気自動車のシミュレーションモデルを構築し,実車の試験結果を用いてモデルパラメータの同定および精度検証を実施した例について紹介する.また,モデル計算機能の拡張性を確認するため,簡易的にモータおよびバッテリの熱マネジメントモデルを追加した事例について概説する.
1. はじめに
昨今,自動車産業においてモデルベース開発(Model Based Development: MBD)の導入が積極的に進められている.一般財団法人日本自動車研究所(Japan Automobile Research Institute: JARI)ではMBDによる車両開発促進への貢献を目的とし,リアル評価とバーチャル評価を融合した車両性能の統合的評価および解析機能の強化を推進している.一例として自動車用内燃機関技術研究組合(The Research association of Automotive Internal Combustion Engines: AICE)の事業ではエンジン,排気後処理デバイス,車両等に関する研究事業に参画しており1),併せてモデル構築および予測精度の検証を実施している2).本報告では,さらなるMBDの活用を推進することを目的とし,OpenModelica3)を用いて電気自動車(Pure Electric Vehicle : PEV)のシミュレーションモデルを構築した事例について紹介する.
2. 電気自動車のベースモデル構築
モデル構築に際しては,OpenModelicaはv1.22.1,Modelica標準ライブラリ(Modelica Standard Library: MSL)はv4.0.0を使用した.表1に,電気自動車のベースモデル構築において最低限必要と考えられるコンポーネントモデルについて,MSLにおけるモデル取り扱い状況と本研究での対応を整理した結果を示す.必要なコンポーネントモデルとしては機械系ドメインとして車体,ギアおよびブレーキが挙げられ,電気系のドメインではモータ,バッテリおよびコンバータが挙げられる.また,車両制御やドライバといった各種制御系のモデル群も必要である.本研究では,将来的なMSLの発展を鑑みて基本的にはMSLを活用したモデル構築を進めるが,過度に詳細化されたモデルはパラメータの設定が困難となるケースが多く,計算負荷にも影響を及ぼすと考えられる.そのため,本研究では各種コンポーネントモデルについてMSLでの実装状況を確認し,必要に応じて簡略化した.図1に,各種コンポーネントモデルを統合して構築したベース車両モデルのダイアグラムを示す.
表1 電気自動車のベースモデル構築に必要なコンポーネントモデルとMSLでの取り扱い状況
図1 電気自動車のベースモデルダイアグラム
3. 試験データを用いたモデルの同定および検証
3.1 モデルパラメータの同定
モデル同定・検証用の試験データとして,シャーシダイナモにおいて取得した車両試験の結果を用いた.供試車両は量産の電気自動車であり,常温環境下でWLTP(Worldwide harmonized Light-duty Test Procedure)のPEV連続サイクル試験手順に従って一充電走行距離や直流電力量消費率を評価した.以下に,各種モデルの設定について概説する.
車体モデル
主要パラメータは車両重量,タイヤ半径および走行抵抗係数である.これらの値はカタログや試験結果をもとに設定した.
最終減速機モデル
主要パラメータは減速比および伝達効率である.減速比はカタログを参照して設定し,伝達効率は試験時におけるバッテリ電流値の測定結果をもとに同定した.
モータモデル
本モデルは回転数およびトルクに応じた効率マップが必要であるが,車両試験では当該データを取得していない.そこで,本研究ではMBD推進センター(Japan Automotive Model-Based Engineering center: JAMBE)のwebページ4)にて公開されているシリーズハイブリッド自動車用燃費モデルver. 1.0のモータ効率マップを使用した.
バッテリモデル
カタログのバッテリ諸元値を参考にセル数,単一セルの容量および電圧を設定した.なお,内部抵抗については試験時のバッテリ電圧変動をもとに同定したが,温度依存性は持たせていない.また,シャーシダイナモ試験結果をもとに推定されるバッテリ残量とバッテリ電圧の関係を整理し,開回路電圧(Open Circuit Voltage: OCV)と充電率(State of charge: SOC))の関係性を考慮した.
コンバータモデル
当該モデルは外部信号に応じて異なる電圧系の電気回路を接続する機能を有しているのみであり,パラメータの設定は不要である.
モータ制御モデル
本モデルのパラメータはアクセルペダルおよびブレーキペダルの操作ゲインであるが,車両試験では各ペダル開度のデータを取得していない.そこで,本研究では目標車速に対して実車速が十分に追従する値に設定した.
ブレーキ制御モデル
車両減速時における回生ブレーキ量はバッテリSOCに応じて変化するため,不足分の車両制動力についてはメカニカルブレーキで補う必要がある.ブレーキ制御モデルはメカニカルブレーキを制御することで間接的に回生ブレーキ量を制御する役割を担っており,パラメータとして走行時のバッテリ電流値をもとにSOCと回生トルク制限値の関係を同定したテーブルデータを使用した.
補機モデル
車両試験では,停車時において駆動バッテリから補機類へ電力が供給されている様子が見られた.そこで,実験結果をもとに一定電流で電力が消費される簡易的な補機モデルを構築し,ベースモデルにおけるバッテリモデルに対してコンバータモデルを介して接続した.
3.2 モデルの検証
図2に,連続サイクル試験を対象とした実験結果とモデル計算結果の比較を示す.なお,バッテリ電流については1サイクル分の比較を示しており,本図においては正が回生であり負は力行を意味する.いずれの項目においても,実験結果と計算結果はおおむね一致していることが確認された.表2に,主要項目に対する実験結果と計算結果の比較を示す.本節では,使用可能なバッテリエネルギ(Usable REESS energy : UBE),航続距離(Pure electric range : PER)および直流電費(Electric energy consumption : ECDC)について予実差を検証した.低速フェーズに関しては走行距離や電費の誤差が10%程度と幾分大きいものの,おおむね3%以内の精度で実験結果と計算結果は一致することが確認された.
当該車両モデルについてさらなる高精度化を試みる場合には,バッテリ,モータ,インバータといった各種コンポーネントのユニット試験などを実施する必要がある.一方で,代表的な条件について実験結果を表現する車両モデルの構築という観点では,本研究のように車両試験の結果のみである程度の精度を有したモデルを構築可能なケースも存在すると考えられる.モデルに求められる予測精度や適用範囲はモデルユーザにより多種多様であるため,さまざまなモデル活用事例を想定したコンポーネントモデルの拡充および計算事例の創出が重要と考えられる.
図2 連続サイクル試験を対象とした実験結果とモデル計算結果の比較
表2 主要項目に対する実験結果と計算結果の比較
4.モデルにおける計算機能拡張の検討
上述の同定した車両モデルに対してモータおよびバッテリに関する熱マネジメント計算機能の追加を検討する.整備書5)を参考にモータおよびバッテリの熱・流体回路を簡易的にモデル化し,制御モデルと併せてベースモデルに統合した.図3に熱マネジメント計算機能を追加したPEVモデルのダイアグラムを示す.
図3 熱マネジメント計算機能を追加した電気自動車モデルのダイアグラム
図4に,連続サイクル試験におけるモータ冷却水温度およびバッテリ温度を対象とした実験結果と計算結果の比較をそれぞれ示す.なお,バッテリ温度について実験結果はバッテリパックの表面温度であり,計算結果はバルクの温度である.実験結果をもとに熱伝達率制御モデルのパラメータである制御温度や熱伝達率値を同定することで,モデルにおいてもおおむね同程度のオーダで温度挙動を再現することができた.本モデルをベースにバッテリやモータといった各コンポーネントにおける温度依存特性を考慮することで,環境温度の違いによる航続距離や電費への影響を評価可能なモデルへと計算機能を拡張することが可能と考えられる.
図4 連続サイクル試験を対象とした実験結果と計算結果の比較
(モータ冷却水温度とバッテリ温度)
5. まとめ,今後の展望
5.1 まとめ
5.2 今後の展望
昨今,PEVではシステム全体のエネルギマネジメントが重要性を増している.とりわけ,環境温度が変化した際の実用電費においては,ヒータやエアコンシステムの寄与度が大きくなるため,モータやバッテリと併せて車両全体でのエネルギ消費量を最小化するシステムの検討が求められる.このような事例に対して,不足するコンポーネントモデルについて継続的に拡充することに加えて,具体的なモデル活用事例を創出することがMBDの活用推進に繋がると考えられる.
また,さまざまな事例に対してモデルを構築するために必要となるデータの取得方法やパラメータ同定手順といったノウハウの蓄積や人財の育成にも継続的に取り組む予定である.