2024 Volume 2024 Issue 9 Article ID: JRJ20240902
JST S-イノベの活動を振り返って
鎌田 実
KAMATA Minoru
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)のS-イノベは次のように定義されています.「S-イノベ(戦略的イノベーション創出推進プログラム)は,科学技術の発展や新産業の創出につながる革新的な新技術の創出を目指したJSTの基礎研究事業等の成果を基にテーマを設定し,そのテーマのもとで実用化に向けて,長期一貫してシームレスに研究開発を推進することで,産業創出の礎となりうる技術を確立し,イノベーションの創出を図ります.」
東京大学の元総長の小宮山先生から,S-イノベの仕事を受けるにあたって,「課題解決にうまくつながるようなテーマ設定を高齢社会にからめて検討するように」と指示をもらい,ロボット技術を中心に10くらいのテーマ例を書いたメモをお渡ししました.その後のフォローは,私は研究を実施する側になりたいので,伊福部先生に領域代表のPO(プログラム オフィサー)をお願いして快諾を得てバトンタッチしました.
プログラムは2009年にスタートし,公募には54件が応募されたようですが,ワークショップやFS(Feasibility Study: 事業可能性の検証)などから8件に絞られ,幸いにして私が関係するもの2つが採択されました.
一つは「高齢者の自立を支援し安全安心社会を実現する自律運転知能システム」で,トヨタ自動車株式会社,株式会社豊田中央研究所,東京農工大学と東京大学で担当し,自動運転技術を活用した高度運転支援システムを研究開発するもの(図1).もう一つは「高齢者の記憶と認知機能低下に対する生活支援ロボットシステムの開発」で,日本電気株式式会(NEC),国立障害者リハビリテーションセンター,株式会社生活科学運営,東京大学で担当し,コミュニケーションロボットを研究開発するもの.いずれも,10年計画で,企業が製品を市場投入することがゴールとして設定され,後半はマッチングファンドとしてのプロジェクトです.ここでは前者について詳述することとします.
2009年当時は,自動車の運転支援として,自動ブレーキが出始めで,ACC(Adaptive Cruise Control:車間距離制御装置)やESC(Electronic Stability Control: 横滑り防止装置)があったくらいで,自動運転への取り組みが本格化したのは2013年頃なので,S-イノベ高齢社会の審査・評価の先生方に,われわれのやりたいことをご理解いただくのが大変でした.高齢ドライバの運転に欠けていることとして,周辺の十分な監視能力と先読みのスキルがあると考えていて,センサ等により周辺認識を高度化し,ベテランドライバの経験知をシステムに組み込むことで,高齢者にありがちな運転でも十分な安全を達成しようとしました.そういう形でスタートしましたが,途中でGoogleなどの自動運転車が出始めると,今度は評価の先生方からは,自動運転と何が違うのか,自動運転を目指せばいいのではないかとのご指摘が強く言われるようになりました.当時はまだ自動運転の基準などの制度面の議論が十分でなく,また事故等の責任論もまだまだで,さらに自動運転技術そのものも限定範囲で自動で走らせることは可能なものの技術的にはまだ未熟であり,商品化は遠い先であるといった話をさせていただきましたが,十分ご理解いただくのに難儀しました.
図1 高齢者の自立を支援し安全安心社会を実現する自律運転知能システム
研究プロセスは3つのフェーズに分けました.1番目は基礎研究と要素技術の開発,2番目は開発技術の車両への実装とテストコースでの評価,3番目は公道での被験者による実装評価.東京大学では,センシング技術とマップの検討,さらにDS(ドライビングシミュレータ)を用いた支援コンセプトの受容性の検討を第1フェーズでは実施しました.MMS(Mobile Mapping System: 車両搭載型測量システム)を用いて大規模な点群データから高精度3D地図を作り,SLAM(Simultaneous Localization and Mapping: 地図と位置の同時推定)により自己位置を認識しながら自動で動かすような自動運転システムがあります。しかし,計算機の能力や熱負荷問題,さらには通信のコストなどを考えると,もっとシンプルな形での実現が社会導入や普及を考えると得策と考えました。センシングにはカメラとミリ波と安価なLiDAR(Light Detection and Ranging: 赤外線レーザースキャナ)によりフュージョンとするものの,地図はカーナビ地図に車線情報を入れるくらいのシンプルなものとし,縦方向はランドマークによる位置決めと自律航行で自己位置推定をし,横方向はカメラとLiDARで位置推定をし,地図での先の情報と現在の走路での左右位置を見ながら自動で走りうる能力を備える技術を確立し,それをもとに運転支援の実施を考えました.運転支援のやり方については,先読み情報を用いて緩やかな操舵や加減速で走れるようなものを規範とし,それとのずれをドライバに操舵やペダル反力で気付かせるようなコンセプトを描き,DSを用いて被験者実験を行いました.まずは見通しの悪い交差点通過や駐車車両回避で,高齢ドライバがどのように運転するかのデータを採り,それをもとに,どのような支援(制御介入)がいいか,それのパラメータをいくつか振っての実験の計画を組み,実施しました.高齢ドライバは人によるばらつきが大きいですが,うまく制御を入れてあげることで,安全サイドにスムーズな運転になるようにすることができそうという手ごたえを得ることができました.
シンプルな地図については,リーンマップ15) , 17) というコンセプトを掲げ,実際に地図を作成し,柏の葉の幹線や住宅地で,センサフュージョンの情報を盛り込み,自己位置の推定精度の目標を達成することができました.ランドマークについては,電柱などを目印にしたり,路面の速度や横断歩道などの表示を使うことにしました.前方カメラでは車両の加減速によるピッチング(縦揺れ)で精度がでないので,リアに下方に向けたカメラを設置しました.それだとピッチングの影響は少なく,高精度で路面表示を検出することができ,前後位置推定に用いることができました.(路面標示が多少かすれていても,認識できるように学生が工夫をしてくれました)
プロトタイプの車両は3代目プリウスをベースに各種センサを取り付け,パーキングアシスト用のステアリングアクチュエータを用いて,自動で走りうるレベルに仕上げ,トヨタ自動車株式会社東富士研究所の模擬市街路で自動での走行ができました.当時は360度LiDARは高価だったので,比較的安価なLiDAR,ミリ波レーダー,カメラで構成しました.(後に高価なLiDARも組み込み)(図2)
図2 S-イノベの実験車両のセンサ構成
参加各チームの分担と連携で,頻繁に実務者会議をやりつつ,毎月のように全員の集まる会議での議論を重ねながら,プロジェクトは進んでいきました.10年プロジェクトは非常に長く,途中で永井先生が東京農工大学から一般財団法人日本自動車研究所(JARI)に移り,JARIからも参加するようになり,PL(プロジェクトリーダー)の井上さんもトヨタから神奈川工科大学に移り,トヨタ側は後継の方になったりしましたが,企業と大学ががっぷり四つに組んでプロジェクトを実施したことにより,多くの成果を得ることができました.
公道評価用にはトヨタのコンパクトカー アクアを用いることとしました.制御を加えても,ドライバがオーバーライド(強制介入)でき,保安基準に適合した状態で,ナンバーを取得し,公道に出ました.安全に対する配慮は相当に念入りに議論を行い,十分な形を実現し,倫理審査をパスして被験者実験を行うこととしました.安全に対する対応と,事故等への対応などは,万全に準備していましたが,カメラで取得した画像の扱いは,学内の倫理審査の該当外で個人情報の問題と言われ,市や自治会への事前の周知と車両への掲示,さらにはHP上で実験の実施のアナウンスなどの対応をしました.厳密に管理し,外には映像を出さないなど,ドラレコ映像取得の時と同様,いろいろな手を打っていて,それで十分かは判断できない部分もありますが,このような形で進めました.柏警察に説明に行ったとき,たまたま警察庁のキャリア職員が柏に来ていて,その方が大学の研究室の学生の友人という偶然で話が弾んだということもありました.
10年プロジェクトは長く,その間にいろいろな形で成果を対外発表したり,受賞したりしました.特にずっと特任研究員として全体を切り盛りした伊藤君(現,東京大学機械工学専攻講師)は,苦楽をともにし,学生や株式会社トヨタエンタープライズからの派遣職員,さらには他チームの方々との調整や指導など,すべてにわたって対応してくれて,これだけの成果が出せ,貢献が非常に大です.このテーマを担当した学生たちもよく頑張ってくれて,いい卒業論文・修士論文ができました.それぞれいろいろな経験をすることで,ものすごく成長してくれたとも思います.
審査・評価の先生方は,ずっと自動運転との違いをご理解いただけず,同様のやりとりが続いていましたが,やっと最後の最後になって,われわれのコンセプトをご理解いただけるようになり,トヨタがそれを商品化に向けて進んでいることを非常に喜んでくださりました.(トヨタのプロアクティブドライビングアシストに,先読み情報による運転支援というコンセプトの一部が盛り込まれ,商品化されています.)
終わりに,ずっと見守ってご指導いただいた伊福部先生や評価の先生方に感謝申し上げ,また一緒にプロジェクトを実施してきた仲間にお礼を申し上げて結びといたします.
東京大学チームが中心となって実施した成果の論文のリストを記します.ご参考まで.