2025 Volume 2025 Issue 1 Article ID: JRJ20250102
一般財団法人日本自動車研究所(JARI)は,電動・自動運転車の試験・評価に用いることができるシミュレーション基盤の構築を行っており,その一環としてタイヤ特性のモデル化に取り組んでいる.電気自動車1種の標準(純正)タイヤ1種および当該車両にて交換可能な市販タイヤ7種についてフラットベルト式タイヤ試験機を用いてタイヤ特性を計測し,実験近似式モデルであるMagic Formulaに基づいてタイヤ特性をモデル化した.本稿では,本事業におけるタイヤ特性の計測ならびにタイヤ特性のモデル化に関する取り組みについて紹介する.
1. はじめに
2020年10月,日本政府は,脱炭素社会の実現に向けて「2050年カーボンニュートラル」を宣言し,2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする目標を掲げた1).その実現に向けて,2兆円規模のグリーンイノベーション基金が国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に創設され,「グリーンイノベーション基金事業(GI事業)」の取り組みが推進されている.
このGI事業のプロジェクトの一つに「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」があり,自動車の利用段階のCO2排出量削減に向けた包括的な取組として,交通渋滞や,その原因となる事故の防止へとつながる自動運転の社会実装を目指している.一般財団法人日本自動車研究所(JARI)では,その中の研究開発項目の一つである「電動車両シミュレーション基盤」の研究開発(以下,本事業という.)を担当しており,自動車の電動化・自動化の中で開発体制の転換が求められるサプライチェーン全体の競争力強化のため,自動運転の試験・評価に用いることができる標準的なシミュレーション・モデルの開発を行っている2).
従来の自動車開発では,試作機を作ってテストし,それを評価して改良を重ねていくという開発手法が用いられてきたが,設計段階においてモデルを用いた検証を行うモデルベース開発(Model Based Development: MBD)が活用されはじめている.
本事業では,MBDに利用できる車両のモデルの作り方を確立し,車両モデルを作成して,自動車メーカーやサプライヤーに提供することで,車両や部品の開発の効率化に貢献することが目的となる.開発中の車両モデルは,クルマ単位ではなく部品単位(タイヤやサスペンション,ステアリング,ブレーキ,自動運転に必要なセンサーなど)で構成されている(Fig. 1).サプライヤーは自社が開発した部品をモデル化し標準モデルと入れ替えることでシミュレーション上での評価が可能になる.本稿では,部品モデルの一つであるタイヤ特性のモデル化に関する取り組みを紹介する.
Fig. 1 Overview of the vehicle model
2. タイヤ特性モデル化研究
自動車の車両挙動をシミュレーション上で再現するためには,前後力や横力などが再現できるタイヤモデルが必要となるが,モデルを作成するにはタイヤ試験機を用いた莫大な実験が必要となっている.また,車両挙動のシミュレーションでは使用するタイヤモデルが重要な要素となるため,車両性能差を適切に比較可能な高精度なタイヤモデルが求められている.
タイヤ特性モデル化研究では,まず標準タイヤのタイヤ特性をフラットベルト式タイヤ試験機で計測することで標準モデルを作成する.そして,路上タイヤ試験車および車両挙動計測装置を用いて実路(ドライ/ウェット路面)でのタイヤ特性を計測することで,タイヤモデルの実路再現性を検証する.実路におけるタイヤ特性データに基づきドライ/ウェット路面を再現できるモデルへ修正することで実路再現性を向上させ,シミュレーションの精度向上を目指す(Fig. 2).
本稿では,タイヤ特性計測およびモデル化に関する取り組みを紹介し,続報3)にて実路データ計測・実車検証および実路補正方法の取り組みについて紹介する.
Fig. 2 Improving the reproducibility of actual roads in the tire model
3. タイヤ特性の計測
タイヤの代表的な特性としては,車両の制駆動時に発生する前後力(Fx),コーナリング中に発生する横力(Fy),スリップ角がゼロ付近の横力の勾配であるコーナリングスティフネス(コーナリングパワー(CP)ともいう),垂直軸周りのモーメントであるセルフアライニングトルク(Mz)などがあるが,これらの特性はタイヤ温度で変化することが知られている4), 5).また,タイヤ空気圧によっても接地面積や接地圧分布が変化するためCPや最大横力に影響があることが知られている.このため,タイヤ特性計測時にタイヤ温度や空気圧をできる限り管理してタイヤ特性を測定した.
3.1 供試タイヤ
本事業では駆動方式の異なる4車両において車両モデルを作成する計画である.1台目の車両の標準(純正)タイヤはMichelin Primacy 3(225 / 50R18 95V)が装着されている.当該タイヤを基準として,タイヤの幅(215 / 225 mm),偏平率(50 / 60 %),リム径(16 / 17 / 18 inch),および転がり抵抗性能(A / AA)およびウェットグリップ性能(a / b)が異なる市販タイヤ7種を選定し,標準タイヤを含めて8種のタイヤについてタイヤ特性を計測した(Table 1).
Table 1 Tested tires
3.2 タイヤ特性計測方法
タイヤの静剛性はFig. 3 a) に示すJARIの大和製衝製の静的タイヤ試験機を用いて測定した.動的特性は,Fig. 3 b) に示す株式会社エー・アンド・デイのフラットベルト式タイヤ試験機(最大荷重:10 kN,制駆動時Fx上限:6 kN)を用いてTable 2に示す試験条件ならびにFig. 4に示す試験手順で測定した.垂直荷重Fzはタイヤ試験機の上限負荷を超えない範囲で3条件を設定した.標準タイヤの空気圧230 kPaにおける最大負荷能力の40%(2600 N),55%(3600 N),70%(4600 N)を基本として,試験やタイヤによって微調整した.試験は,タイヤ1種類あたり3本のタイヤを用いて,タイヤの皮むき走行,暖機運転,および計測試験を実施した.計測前のコンディショニングは,最大負荷能力の80%条件にて60 km/hの一定走行を行い,タイヤ表面温度が安定(約35℃)してから計測を開始した.タイヤ空気圧は常に一定になるように調整した.
Fig. 3 Tire measurement systems
Table 2 Test conditions
Fig. 4 Test sequence
3.3 タイヤ特性計測結果
計測したタイヤ特性の一例として,標準タイヤの結果をFig. 5に示す.前後力および横力に対する垂直荷重,空気圧,あるいはキャンバ角などの影響を確認した.また,複合条件における摩擦円やコーナリングスティフネスに対する空気圧の影響なども確認した.
Fig. 5 Example of test results
4. タイヤ特性のモデル化
タイヤ特性を表現するモデルは,実験式モデルと物理モデルの2つに分けられる.実験式モデルは測定データをある数式にカーブフィットし,数式の係数を用いてタイヤの発生力とモーメントを計算する.物理モデルは,タイヤをばねと質量で表現するモデルや有限要素法(FEM)を用いたさらに複雑なモデルまである.ここでは,操縦安定性評価として世界的に広く使われている実験式モデルであるMagic Formulaタイヤモデル7) に基づいてタイヤモデルを作成した.
4.1 Magic Formulaタイヤモデル
Magic Formulaタイヤモデルは,タイヤ試験機によって得られた実験データに基づいてモデル中のパラメータを同定するもので,荷重やスリップ量に関する非線形性やキャンバ角の影響,コンバインド特性を細部まで表現できる(Fig. 6).Magic Formulaの基本式は式 (1) に示すようにsin関数とcos関数から構成される.本事業では,Siemens社のMagic FormulaモデルであるMF-Tyre 6.2(Magic Formula version 6.1.2.とほぼ同等)にてパラメータフィッティングを行った.
Fig. 6 Magic Formula tire model
4.2 タイヤモデルの同定精度
Fig. 7に前後力に関するタイヤ試験機の計測値(図中の凡例:TYDEX)とタイヤモデルの出力値(図中の凡例:MF)の比較を,Fig. 8に横力に関する計測値とタイヤモデル出力値の比較を示す.計測値とタイヤモデル出力値の差は,相対二乗誤差(RSE)[%],二乗平均平方根誤差(RMSE)[N],およびRMSEを絶対値の平均値で除したNormalized RMSE(N・RMSE)[%]を用いて評価した.RSEはいずれのタイヤにおいても1%以内(すなわち,決定係数R2が0.99以上)であり,精度よくパラメータを同定できたことがわかる.ここで,
Fig. 7 Comparison of test results and outputs of tire model(longitudinal force)
Fig. 8 Comparison of test results and outputs of tire model(lateral force)
5. まとめ
JARIでは,電動・自動運転車の試験・評価に用いることができるシミュレーション基盤の構築を行っており,その一環としてタイヤ特性のモデル化に取り組んでいる.本稿では,本事業におけるタイヤ特性の計測ならびにタイヤ特性のモデル化に関する取り組みを紹介した.以下に主な取り組み結果をまとめる.
タイヤ特性の計測にあたっては,フラットベルト式タイヤ試験機を用いて8種類のタイヤについてタイヤ特性を計測した.温度ならびにタイヤ空気圧を管理することで安定した実験データの計測を心掛けた.次に,自動車の車両挙動をシミュレーション上で再現するためタイヤモデルを作成した.タイヤ特性のモデル化にあたっては,当該タイヤ試験機試験の計測データを基に実験式モデルのひとつであるMagic Formulaタイヤモデル式のパラメータを同定した.その結果,計測データと同定したタイヤモデルの出力値の差は,本調査の範囲では,RSEが1%以内となる結果であった.このことから,計測データとの誤差が小さいタイヤ特性のモデル化の手順が構築できたと言える.
6. 今後の課題・展望
本調査で作成したタイヤモデルは,フラットベルト式タイヤ試験機で計測したデータに基づいて作成されていることからドライ路面での走行に相当するタイヤ力を再現できる.一方,リアルワールド(実環境)では自動車はさまざまな環境で使われることから走行する路面の状態も多種多様である.特に,ウェット路面では路面/タイヤ間の摩擦抵抗が減少し制動距離が延びるなど,路面状態はタイヤや車両運動に与える影響が大きい.今後は,自動走行車のシミュレーション評価に向けて,路面状態や温度などの影響因子を反映できる実路再現性の高いモデルの開発に取り組んでいくとともに,膨大な実験が必要となるタイヤモデルの作成を効率的に実施できる方法(計測条件およびパラメータフィッティングの最適化,タイヤ特性予測手法の開発など)にも取り組んでいく計画である.
謝辞
この成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「グリーンイノベーション基金事業/電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発/電動車両シミュレーション基盤/電動・自動運転車開発を加速するデジタル技術基盤の構築(JPNP21027)」の結果得られたものです.ここに関係各位への感謝の意を表します.