2025 Volume 2025 Issue 3 Article ID: JRJ20250309
高度経済成長期に整備されたニュータウンは,住民の高齢化と施設の老朽化が同時に進行しており,「オールドニュータウン問題」として社会的な課題となっている.本稿では,オールドニュータウンに居住する高齢者のWell-Being(幸福や健康で充実した状態)およびQOL(生活の質)の維持向上に焦点を当て,全国で実施されているモビリティ・リデザインの事例のうち,特徴的なものを四つ選び,調査・分析した.調査の結果,ニュータウン内での徒歩移動の制約,バス減便によるアクセス利便性の低下,階段が多い団地環境など,高齢住民の移動に大きな負担を与える要因が複数存在することが明らかになった.これらの移動困難問題を解決するために,各地で低速モビリティの導入が試みられているが,持続可能な形で継続している事例は現時点では少ない.成功事例の分析からは,以下の重要な知見が得られた:1) 低速モビリティなど移動手段の確保,2) 福祉施設や介護施設,住民交流のための休憩スペースなど,移動の目的となる設備の整備,3) 事業者や利用者が当事者意識を持って関与できるような事業規模の適切化.
1. はじめに
1950年代から1970年代の高度経済成長期において,日本の都市部への人口集中に対応するために,居住水準の向上を目的として都市郊外に多くのニュータウンが開発された.ニュータウンは近年,住民の高齢化と施設の老朽化が同時に進行し,「オールドニュータウン」と呼ばれている1).世界に先駆けて超高齢社会を迎えた日本におけるこの問題は,今後同様に課題に直面すると予想される諸外国からも注目されている.
オールドニュータウンでは,住民,とくに高齢者の外出機会減少が顕著である2).この状況は,1) コミュニティの活力低下,2) 高齢者の社会的孤立,3) 住民の健康状態の悪化,4) 地域経済の停滞,という問題を引き起こし,結果として住民のQOL(Quality of Life: 生活の質)の著しい低下を招いている.こうした背景を踏まえ,オールドニュータウンにおける高齢者の移動課題に対し,「小さな拠点の整備」と「それへの移動を支えるモビリティインフラの導入」が有効となる可能性に着目する3).
「小さな拠点」とは,徒歩圏内で商店や診療所などの生活サービスを集約し,それらを小型モビリティなどでつなぐ仕組みであり,人々の交流や地域の再生を目指すものである.また,拠点へのアクセスを支える多様なモビリティを生活に必要なインフラの一部として考えるモビリティインフラを整備することによって,高齢住民にとって新たな移動手段として機能し,QOLの向上に寄与する可能性があると考えられている4).実際に導入されている,または導入が検討されている移動手段としては,グリーンスローモビリティ(時速20km未満で公道を走ることができる電動車を活用した小さな移動サービス),電動カート,オンデマンドバス/タクシー(利用者の予約に合わせて運行経路や運行スケジュールが柔軟に変わる交通方式)などがある.
中山間地域と比べると,オールドニュータウンは高齢化の課題を抱える点では共通しているが,人口規模がやや大きく,住宅が集約されているため,よりコンパクトな形での拠点整備が可能と想定される.このため,小さな拠点の形成やモビリティ導入の実現可能性が高く,地域の活性化や高齢者の移動支援において効果的なアプローチとなると考えられる.
本稿の目的は,オールドニュータウンにおける小型モビリティの活用可能性の検討,移動の自由度が住民のQOL改善に与える影響の調査,オールドニュータウンにおける持続可能な生活環境実現のための提言作成等である.高齢者のWell-Being(幸福や健康で充実した状態)やQOLの向上には,モビリティインフラの総合的な改善と小さな拠点を結ぶ多様な移動手段を提供することが有効であるという仮説のもとに調査・分析を行った.
2. 現状と課題
オールドニュータウンは多くの課題を抱えており,以下に示す状況が顕在化してきている.ここに記した内容の構成要素間の関係性を図示したものを図1に示す.
図1 オールドニュータウンにおける社会問題の構造
2.1 住民の高齢化と交通需要の変化
ニュータウンは,鉄道会社などが鉄道沿線の郊外に整備したものであることが多く,通勤・通学や日常の移動手段としてバスや鉄道が用意されていて,それら公共交通の利用者も多かった.しかし,若者が大学入学や社会人になる段階で地元を離れて都市部に流出し,地方部のニュータウンであれば,成人層は日常的に自家用車通勤や移動を行い,高齢者に関しては家族による移動支援に頼ることが多い.このような状況から,オールドニュータウン内外における公共交通の利用者が減り続けている5).
2.2 交通インフラの縮小
公共交通の利用者が減少しているニュータウン内外を結ぶ公共交通インフラは,経営状況の悪化が深刻である.さらに,運転手の高齢化や担い手不足といった問題も顕著となっている.このような状況に対応するために,路線の減便や廃止を行う事業者が増えている.
2.3 自家用車依存
公共交通機関の整備が不十分である地方部では,社会生活を送るうえで自家用車が必要不可欠であり,1人1台に近い保有率となるほど自家用車に対する依存度は高い.したがって,地方部では以前から公共交通を利用する機会は都市部に比べて低い状況にある.近年は地方部における高齢化,人口減少の影響で,さらに公共交通を利用する人が減っている.そのことで,ますます自家用車の依存度を高め,結果として,公共交通利用者の減少に拍車をかけるという負のスパイラルに陥っている.一方で,高齢化による認知能力や身体能力の低下によって安全に運転することが困難となり,運転免許を返納する人が増えている.現在運転できている人も数年後,数十年後には運転できなくなるときには公共交通が廃線になっている可能性もあり,自由に移動できない問題がより大きくなることは想像に難くない6).
2.4 移動手段不足と外出頻度低下の影響
高齢化が進行する中,移動手段が限られる地域では住民の外出頻度が低下し,社会的孤立や健康悪化が深刻な問題となっている7).
3. 事例調査
今回事例調査を行ったエリアの概要を表1に示す.モビリティインフラ要件を検討するにあたり,ニュータウンの規模が与える影響に着目して,異なる規模のエリアを複数候補に挙げてインタビューの打診を行い,規模の異なる四つのエリアを選定した.具体的には,小規模エリアとして四箇田(しかた)団地,中規模エリアとして季美(きみ)の森と法吉(ほっき)地区,大規模エリアとして泉北ニュータウンである.各エリアにおいて,現地視察を行うとともに,地域の外出支援に取り組んでいる企業・団体に対へのインタビューを実施した.インタビューでは,高齢者の外出,移動に関する課題や,モビリティを活用した取り組み事例について聞き取りを行い,調査を進めた.
表1 調査を行った四つのエリア
3.1 福岡県福岡市「四箇田団地」
3.1.1 概要
四箇田団地は,福岡市中心部である天神からバスで約50分の距離にあり,周辺は住宅地および田畑に囲まれている.独立行政法人都市再生機構が運営する高層住宅群より構成される団地で,1977年より入居が開始され,現在約1,000世帯,3,000人規模が居住している.団地内の高齢化率は41%,団地の敷地は約450,000 m2,敷地内で最長となる直線距離は約600 mである.歩道および歩行空間が整備され,徒歩が主要な移動手段となっている.なお,団地外への移動手段としては主に自家用車または路線バスが利用されている.四箇田団地バス停から最寄りの地下鉄駅である七隈線次郎丸駅までは路線バスで8分程度かかり,徒歩だと30分程度かかる(図2).
図2 四箇田団地と治郎丸駅の位置(出典:Open Street Map)
3.1.2 高齢者外出支援策
高齢者の外出支援策は「移動目的の創出」と「移動手段の手当て」に分けることができる.
前者の施策として四箇田団地内にコミュニティスペース「しかたの茶の間」8) が設置されている.同施設は,住民から「四箇田団地に住み続けたい」という要望を受けて,特定非営利活動法人なごみの家が2016年に開設したものである.図3に示す「しかたの茶の間」では日常的に各種イベントが開催されており,高齢者に外出の目的や機会を提供し,団地内の住民が自然に交流できる場として機能している.また,当該スペースの運営やイベント企画に住民が関与する事例も見受けられ,高齢者が地域の活動に主体的に関わることで,社会参画の機会が生まれ,地域の活性化にも寄与している.こうした取り組みは,高齢者が外出を通じて他者と関わり,自らの役割を見出す機会を増やすことで,Well-Beingの向上にもつながると考えられる.
さらに,高齢者,とりわけ認知症高齢者を含めた住民が企業の商品開発のモニターとして関与し,そのフィードバックが商品開発の一助となる取り組みも行っている.このような関わりを通じて,高齢者は自身の経験や知識が社会に貢献していることを実感し,誇りや喜びを得ることができる.それは,単に外出することにとどまらず,「社会の一員として役立っている」という実感をもたらし,高齢者の生きがいや自己肯定感の向上に寄与する重要な要素となっている.
図3 しかたの茶の間
「しかたの茶の間」は,食品スーパーや銀行等,生活に密接した施設が集積するエリアに位置し,多くの住民の目に触れやすい立地を有する.さらに,隣接地には特定非営利活動法人なごみの家が運営する小規模多機能型居宅介護施設「なごみの家」があり,24時間体制で高齢住民の一人一人に寄り添うきめ細かい介護を行っている.多くの介護施設では高齢者送迎が大きな負担となっているが,「なごみの家」では,介護利用者が団地内住民やその近隣住民ということもあって送迎業務が殆どなく,介護業務に専念できる.
移動手段の手当てとしては,徒歩での外出や移動に不安を感じる高齢者に対して,かご付きシルバーカーの貸与を実施しており,高齢者の自由かつ自立的な移動の助けとなっている.
3.1.3 考察
四箇田団地は団地内を徒歩で移動する前提で作られており,商業施設も団地内にあるために,基本的に徒歩で日常生活を送ることができる.困り事や相談事がある高齢者は「なごみの家」を利用し,交流を求めたい場合には,「しかたの茶の間」に行くことで他の住民といつでも交流できる.すなわち,「しかたの茶の間」と「なごみの家」という移動の目的となる“場”があることによって,団地内において高齢者の孤立を防ぐことができるだけでなく,介護職員や住民同士の交流もできるため,住民のQOL向上に効果的であると考えられる.
また,敷地内の移動は歩行が主となるため,高齢者の移動支援としては,歩行支援のためのインフラ整備が重要と考える.したがって,今後,団地内の段差の解消,手すり設置等のバリアフリー化などの整備や,シルバーカー,電動車椅子などの貸出しおよび走行路の整備,休憩スペースの設置をすることが良いと考えられる.さらに,重い荷物を持つ場合などに団地内に適する移動支援車両によるモビリティサービスなどの施策を行うことで,外出頻度が増加することが期待される.
3.2 千葉県大網白里市「季美の森」
3.2.1 概要
季美の森9) は,千葉県大網白里市と千葉市緑区の一部にまたがる丘陵地を開発して造成されたニュータウンである.最寄りとなるJR大網駅へはバスで15分程度,大網駅から東京駅までは京葉線通勤快速で60分という立地にある.また,高速バスを利用することで,東京駅まで1時間程度(渋滞がない場合)でアクセス可能である(図4).
住宅地の中に18ホールのゴルフコースが広がっており,その豊かな自然環境から,静かな住環境を求める中高年層やファミリー層を中心に人気を集めた.住宅街の中には,テニスコートやゴルフ練習場などを備えたスポーツ施設もある.1994年に分譲が開始され,全体で1,885区画を有し,総面積は約257,500 m2である.敷地内で最長となる直線距離は約1.6 kmである.エリア内にはコンビニエンスストアやカフェといった店舗が存在するが,日常の買い物については,多くの住民が自家用車で大網駅周辺などに出かけている10).
図4 季美の森地図(出典:Open Street Map)
3.2.2 高齢者外出支援策
住民の高齢化が進む中で,自家用車に依存しない移動手段への期待が高まっている.そこで,「移動手段の手当て」として,2017年に超小型モビリティを活用した実証実験,2022年にオンデマンド型相乗りタクシーサービスの試験運用,2024年にオンデマンドタクシーおよび電動カートを用いたグリーンスローモビリティの実証実験が実施されている11)(図5).
図5 季美の森・第2回モビリティ実験(出典:株式会社東急不動産R&Dセンター)
これらの取り組みは,地元の住民組織および東急不動産ホールディングス株式会社,その子会社株式会社東急不動産R&Dセンターを中心に企画(2022年以降は株式会社東急不動産R&Dセンターが企画)・運営され,モビリティメーカやモビリティサービス事業者と共同で進められている.しかしながら,これまでのところ本格的な社会実装には至っていない.新たなモビリティインフラおよびモビリティサービスを地域に導入する際の課題として,事業の担い手である主体者の不在が挙げられるが,今後,季美の森において実装する場合は同様の課題が予想される.なお,「移動目的の創出」に関する施策は検討されたが,今回はフラットな形での運用方法および正確な需要を確認することを目的としており,見送りになった.
3.2.3 考察
季美の森は,最寄り駅である大網駅から少し離れた閑静で街並みも美しい居住専用エリアである.エリアの規模としては法吉地区と同レベルであるが,エリア内にスーパーはあるものの,日常的な買い物等は,多くの住民が自家用車でエリア外に出かけている.自家用車への依存度が高く,高齢化にともない将来の自動車の運転に対して不安を感じる住民は多い.そこで,東急不動産R&Dセンターが移動支援サービスの実証実験を行っている.実証実験は季美の森エリアとエリア外とを結ぶ移動支援が主目的となっているが,既存の交通事業者との棲み分けや調整等も社会実装に向けた課題の一つである.
3.3 島根県松江市法吉地区「リホープ」
3.3.1 概要
法吉地区は,JR松江駅の北西約3.5 kmに位置し,法吉団地,比津が丘団地,うぐいす台団地,淞北台(しょうほくだい)団地からなる比較的小規模な住宅団地が密集した地域である.面積は,法吉団地,比津が丘団地,うぐいす台団地を合わせて約330,000 m2,淞北台団地が約184,000 m2であり,合計で約514,000 m2である.丘陵地のため団地内には高低差がある.法吉地区から松江駅までは,最寄りのバス停まで1.5 kmほど徒歩で移動した後に,20分弱バスに乗る必要がある.1967年に淞北台団地の入居が開始され,現在の地区全体の人口は約2,600人である.法吉団地,比津が丘団地,うぐいす台団地は団地群を形成し,中央部にスーパーマーケットとカフェがあり,小さな拠点として機能している.この小さな拠点を中心に,概ね半径500 m内に団地群が存在する(図6).地区内の移動は主に自動車と徒歩となっている.
図6 リホープ運行エリア(出典:社会福祉法人みずうみ)
3.3.2 高齢者外出支援策
高台に位置する3団地の住民を対象に,2020年よりグリーンスローモビリティを利用したオンデマンドサービス「リホープ」という取り組み(図6, 図7)が行われている.この地区で社会福祉事業を営む社会福祉法人みずうみ12) がこのサービスを担っており,運行費用は主に地元企業と個人の協賛金および広告収入で賄われている.運転手は地域ボランティアだけでなく,みずうみの従業員も務めていることが特徴の一つとして挙げられ,以下のような運営上の利点が確認できる.
・人件費の軽減:「リホープ」の事業は,みずうみが社会福祉活動として取り組んでいる.みずうみ職員が運転手を務める場合には,みずうみの業務として対応するために追加で人件費を支払う必要がない.したがって,みずうみの職員以外のボランティアドライバに対する報酬は謝礼金程度に抑えることができる.
・運転負担の軽減:運転エリアを地元住民がよく知る小さな範囲に限定している.慣れた道を小型の電動低速車両(グリースローモビリティ,以下グリスロ)で運転するということで,運転手の精神的な負担を軽減できる.その結果,地域ボランティアが集まりやすい.
団地の中心部から1.2 ㎞ほど離れた淞北台団地では,閉店した小型スーパーの跡地を活用して,地元のカフェで作られた惣菜などを販売する店舗があり,みずうみが運営している.結果として,住民の移動目的地の創出となっており,店舗までの移動を支援する手段として,グリスロの電動カートによるオンデマンド送迎サービスを店舗営業日時に合わせて提供していることが相乗的にプラスの影響を与えているといっても過言ではない.店舗での売上の一部が運行費用に充当されており,持続可能な運行体制の一翼を担っている.
また,県営アパートの空き家をリノベーションしたコミュニティスペース「おんぼらとステーション」(おんぼらととは島根の方言で,「おだやか」「ほんわかとした」という意)を開設しており,移動支援にあわせて外出目的を作り出す取り組みも行っている(図7).
図7 「リホープ」の概要(出典:社会福祉法人みずうみ)
3.3.3 考察
法吉地区では,みずうみの公益事業部門が推進役となって,地域の特徴を活かした小さな拠点づくりを進めている.地域の中に元々あった住民の移動目的地となりうる場所を洗い出し,それらを住民のアイデアで再生させている.たとえば,小型商店,カフェ,コミュニティスペースを活用することで,高齢者の外出先を創出している.さらに,外出先となる目的地をつなぐ移動支援もあわせて提供することで,コミュニティが活性化し,住民のQOLの向上につながっていると考えられる.
また,リホープの運用では,午前の利用は無料とし,午後の利用に対しては運賃100円を設定している.これにより住民に対して午前中の外出を促す仕掛けとなっている.これは,みずうみ側の人手確保など運営上の工夫とも連動しており,効率的な運用を実現しながら,高齢者の外出習慣の形成やコミュニティ内での交流促進にも寄与している.
さらに,みずうみが中心となって,地域企業,自治会,行政と連携・協同して地域運営組織を構築したことで継続的に活動できる体制となっている.このリホープの取り組みは,オールドニュータウンにおけるモビリティ・リデザインの成功事例の一つといえよう.成功の秘訣としては,地域の求心力となるキーパーソンがいること,移動範囲を小さなエリアとすることで既存の交通事業者との棲み分けができていること,地域の中で住民が集う“場”である目的地を多く創出していることが挙げられる.この成功事例を他地域へ展開することで,地域の移動課題の解決が期待される.
3.4 大阪府堺市泉北ニュータウン「泉北ぷらっと」
3.4.1 概要
1960年代に大規模な計画的市街地として整備された,大阪府堺市の南部にある大型ニュータウンで,面積は約13,400,000 m2である.都心部へのアクセスとしては,泉北高速鉄道で中百舌鳥駅まで行き,南海電気鉄道高野線や大阪メトロ御堂筋線に乗り継ぐことで,堺市内や大阪,梅田,難波へ行くことができる(図8).
人口は1992年に約16.5万人に達したあと減少に転じ,2023年末は約11万人,高齢化率36.2 %(2020年12月末時点)となっている.高齢化率は同年の全国平均28.8 %よりも高い.
図8 泉北ニュータウン(出典:大阪府堺市)
3.4.2 高齢者外出支援策
2021年に今後10年間の方向性や将来像を示す新たな指針「SENBOKU New Design」13)が策定された.この中で,主にモビリティの関連した外出支援策として,「高齢者の外出支援および公共交通の利用促進」,「スマートモビリティと公共交通機関のシームレスな接続」,「希望する行先まで乗車可能なオンデマンド交通の導入検討」が挙げられており,これらの取り組みを通じて外出支援や移動手段の多様化を目指している.
泉北ニュータウンにおけるモビリティの2024年度の実証実験・実装の状況を表2に示す.オンデマンドバスについては,泉北高速鉄道を運行する南海電気鉄道株式会社が2022年から実証実験を継続的に実施している.現在は3期目で,実施エリアも拡大し,早期の実装が期待されている.アシスト付自転車のシェアリングは,堺市が実施主体,モビリティシェアシステムを提供するOpen Street株式会社が運営主体となって泉北ニュータウンにもサービスが展開されている.その他にも特定小型原付や,歩行領域のモビリティに関するシェアリング実証実験も実施されている.さらに,2024年11月には複数の移動サービス(オンデマンドバスやシェアリングモビリティなど)と,飲食や物販などの生活サービスを集約した交流拠点「モビリティハブ」(通称「泉北ぷらっと」14))の実証事業も開始されている.
表2 泉北ぷらっと(モビリティハブ)(出典:大阪府堺市)
2022年度の実証実験において,南海電鉄はアプリ開発会社と連携し,「へるすまーと泉北」15) というアプリを開発した.このアプリは歩数などの活動データを記録することで,住民が飲食店などで利用できるクーポンを獲得できる仕組みとなっている.とくに,オンデマンドバスの利用者に着目した分析では,歩数の増加を促すことで,一人あたり年間約5,000円の医療費抑制効果があると推定される.
このようなデータ活用を通じた取り組みは,単に移動手段を提供するだけでなく,高齢者の健康増進を促し,QOLの向上に寄与する点で重要である.とくに,歩行習慣の定着や適度な運動の促進は,健康寿命の延伸に直結し,結果として健康面でのWell-Being向上にもつながると考えられる.
これらの取り組みは地域住民の生活利便性向上を図るとともに,持続可能なモビリティ基盤の構築も目指している(図9).
図9 泉北ぷらっと設置場所(出典:大阪府堺市)
3.4.3 考察
泉北ニュータウンにおけるモビリティ施策は,「SENBOKU New Design」に基づき,外出支援と移動手段の多様化を目的として推進されている.その中でも,オンデマンド交通の導入,スマートモビリティと公共交通機関のシームレスな接続といった取り組みは,従来の公共交通では対応が困難であった高齢者の移動課題に対する新たな解決策として注目される.とくに,南海電鉄が主導するオンデマンドバスの継続的な実証実験や,アシスト付自転車・特定小型原付のシェアリングといった多様なモビリティの導入は,高齢者だけでなく,幅広い世代の住民の移動の選択肢を拡充し,地域のモビリティ環境の変革に寄与している.
また,2022年度に導入された「へるすまーと泉北」のようなデータ活用の取り組みは,移動支援の枠を超え,住民の健康増進とWell-Beingの向上に貢献する点で意義深い.歩数データを基にした健康インセンティブの提供は,高齢者の外出機会を増やし,身体活動の習慣化を促進することで,医療費抑制という社会的課題の解決にもつながる可能性を示しており,似た取り組みは全国各地で行われている16).今後,このようなデータ駆動型の施策がさらに発展すれば,モビリティサービスとヘルスケアを統合した包括的な都市政策のモデルケースとなり,地方自治体でそれぞれの担当部署が異なることによる縦割りの弊害を解消することが期待される.さらに,2024年11月に開始された「泉北ぷらっと」のようなモビリティハブの整備は,移動サービスと生活サービスを統合し,地域住民の利便性向上とコミュニティの活性化を同時に実現する可能性がある.ただし,現時点ではモビリティハブで異なるモビリティ間の乗継ぎはあまりなされていない.今後,移動の目的地や中継地点を魅力的な交流拠点として機能できるように整備されることで,高齢者の外出意欲を向上させるだけでなく,モビリティハブの利用が増えて地域経済の活性化にも寄与することや,異なるモビリティ間の乗継ぎが増えることなどが期待される.
総じて,泉北ニュータウンにおけるモビリティ施策は,移動支援だけでなく,健康増進や地域活性化といった複合的な課題解決を目指す点で特徴的である.今後は,これらの取り組みの実装・拡大に向けて,行政・企業・住民が協力しながら,持続可能なモビリティ基盤の構築を進めることが重要となるだろう.
4. 考察
本調査を通じ,地域ごとの外出・移動支援策が,各地域の特性や課題に応じた形で展開されていることが確認された.とくに,四箇田団地や法吉地区では,徒歩圏内での生活を前提としつつも,短距離移動を補助する形での支援がある.一方で,泉北ニュータウンや季美の森では,モビリティの選択肢を増やし,公共交通との連携を図ることで外出機会の創出に取り組んでいる.
また,移動支援とともに,住民の交流拠点(目的地)となる“場”を提供・整備・運営することが,QOL向上の重要な要素となることが明らかになった.法吉地区の「リホープ」のように,移動支援と目的地の整備を組み合わせることで,外出頻度の向上とコミュニティ活性化が期待できる.
さらに,持続可能な運営には,地域のキーパーソンの存在が不可欠である.四箇田団地ではNPO,法吉地区では社会福祉法人が推進役を担い,住民と密接に連携しながら運営している.対象としているエリアが広すぎず,住民とのコミュニケーションを取りやすく,その結果として住民が移動の問題を自分事として捉えることができるということが,持続可能な運営にとって重要であると考える.また,民間企業だけでの運営は収益を確保することが難しい.そこでリホープの事例のように,地域の企業や自治体との協力体制が鍵となる.とくに,福祉施設や介護事業との連携が,移動支援の持続性を高める可能性がある.福祉車両の遊休時間を活用した送迎サービスや,介護職員の送迎負担を軽減する施策は,今後の実装において有効な手段となるだろう.
以上の考察を踏まえ,持続可能な移動支援策の構築に向けて,以下の点が重要と考える.
・地域特性に応じて柔軟なモビリティ設計を行う
・徒歩圏を重視した外出支援が住民のつながりを強化する
・外出機会の創出と移動支援の組み合わせが住民の外出意欲を向上させる
・地域のキーパーソンと運営組織の形成が持続可能な体制構築の鍵となる
・運営組織と住民が円滑にコミュニケーションを取れるように対象地域を広げすぎない
・福祉・介護事業と連携した移動支援の仕組みを検討することが望ましい
今後の実装においては,各地域の特性に即した施策を展開し,移動支援だけでなく,外出先の整備や地域コミュニティの活性化と連動させることが,QOL向上につながる重要な視点となる.
5. 提言
本章では調査結果を基に提言を行う.高齢化が進むオールドニュータウンにおける移動課題の解決には,地域特性を十分に考慮したモビリティインフラの設計が重要である.移動手段が多様であることが理想的だが,必ずしも多くの選択肢が必要とは限らず,地域の実情に適した最低限の移動支援策が重要となる.また,移動手段を提供する際には,便利で楽だからといって必ずしも自宅前から目的地までドアツードアである必要はなく,出発地点や目的地の少し手前の道を徒歩で移動する部分を取り入れることがフレイル(加齢によって心身の活力や機能が低下した状態)予防や健康維持の観点では望ましいことも考慮しなければならない.たとえば,地域に1台の巡回カートを導入するだけでも,移動の選択肢を増やし,高齢者の外出機会を創出できる可能性がある.さらに,短距離移動を支援する電動カートや,需要に応じて運行するオンデマンドシャトルなど,住民の生活スタイルに即したモビリティを整備することで,より持続可能な移動支援が実現できる.
外出機会を増やすための目的地や人が集う“場”の創出とともに,その目的地をつなげる移動支援を統合的に進めることも必須である.具体的には,高齢者が頻繁に訪れる小さな拠点を計画的に整備し,拠点へアクセスするための移動支援サービスを整備することで,外出頻度が高まり,孤立を防ぐ取り組みとなる.このような取り組みは,買い物や通院といった日常生活を支えるだけでなく,高齢者の社会参加を促進することで,高齢者がコミュニティの中で生き生きと暮らすことができ,QOL向上の効果が期待できる.
地域コミュニティの活性化を図るためには,住民同士が自然に交流できる“場”を設けることが重要である.たとえば,小さな拠点への移動までの電動カート内では,ドライバや乗り合わせた住民とのコミュニケーションが生まれ,さらに,休憩スペースやコミュニティスペースを併設することで,日常的な会話や交流が生まれる環境を整えることができる.こうした“場”の空間の整備は,孤立感の解消や地域全体の連帯感の醸成に寄与する.
これらの取り組みを持続可能な形で運営するためには,地域住民,行政,企業が連携し,地域の実情に即した資金調達や運営体制を構築することが不可欠である.ただし,営利を目的とする企業にとって,単独での事業運営は採算が合わないケースが多く,地方特有のネットワークや官民連携の枠組みを活用することが現実的な選択肢となる.たとえば,地域の民間企業が広告費として支援する形や,自治体との強い関係性を活かした寄付金の確保など,地域に根ざした仕組みづくりが求められる.とくに,介護関連ビジネス業者の参入は有望であり,介護が必要となる前から地域と関わることで,高齢者の生活を包括的に支える仕組みを構築できる.たとえば,社会福祉法人が保有する福祉車両を,未使用の時間帯に地域住民の移動支援に活用する取り組みが行われている.また,一部の介護施設では,職員の送迎業務の負担軽減と事故防止を目的に,移動支援を外部の介護タクシー事業者に委託するケースも見られる.このように,移動支援単体では採算が取れない場合でも,介護事業と統合することで,持続可能な運営モデルを構築できる可能性がある.さらに,官民連携による事業運営モデルや,地域住民による協働型の仕組みを導入することで,より安定した運営が可能となる.運営体制の透明性を高め,地域住民の信頼を得ながらプロジェクトを推進することも重要である.
こうした活動を進めるうえで,地域密着型のキーパーソンが重要な役目を担っている.既にキーパーソンがいる地域は後継者を育成し,いない場合は育成・支援していくことが重要である.キーパーソンは地域の特性や住民のニーズを把握したうえで,プロジェクトを円滑に実施する役割を担う.そのため,キーパーソンの能力向上を図るための研修や,活動を支援するための資金提供などの取り組みが必要である.こうした人物の存在は,地域社会の課題解決に向けた取り組みを着実に進めるための鍵となる.
さいごに,住民が現状の問題を自分事として捉えて,主体的に参加するように促す仕掛けも極めて重要であると考える.
6. おわりに
本調査では,高齢者のWell-BeingやQOLの向上におけるモビリティインフラの重要性について仮説を立て,検証を行った.その結果,小さな拠点をつなぐ多様なモビリティ手段を提供することが,高齢者の移動課題の解決や社会参加の促進に有効であることが示唆された.また,地域特性に応じたモビリティサービスの設計や,外出機会の創出と移動支援の統合,さらには地域コミュニティを活性化するための空間整備が,住民のQOLを向上させるために重要な要素であると明らかになった.一方で,これらの施策を実現するには,持続可能な運営体制の確立が必要であり,その中で介護関連ビジネス業者の参入に新たな可能性が期待される.彼らが早い段階から地域社会に関与し,移動支援を含む総合的な生活支援を提供することで,住民の健康寿命の延伸やWell-Beingの維持が可能となる.
本調査で得られた知見は,オールドニュータウンだけでなく,同様の課題を抱える他地域にも適用可能である.しかし,今回の調査では,四つの事例を対象とした分析に限られており,さらなる知見の蓄積が求められる.今後は,より多くの事例を対象とした調査を実施し,持続的に成功している事例のサンプルを抽出することで成功モデルの要件を明確化し,提言を行うことを目指したい.
上記プロセスを通じて,地域特性や状況に応じた柔軟な対応策を精緻化するとともに,課題解決の具体的な実現手段を提示することが可能となるだろう.これにより,高齢化が進む社会において,持続可能な地域社会の実現と住民の幸福で充実した暮らしの両立に向けた貢献が期待される.
謝辞
本調査は以下の団体にアンケート,インタビューへご協力頂きました.ここに記して感謝申し上げます.(順不同)東急不動産株式会社,福岡市認知症支援課,特定非営利活動法人なごみの家,株式会社AMANE,社会福祉法人みずうみ
参考文献