2020 Volume 15 Pages 14-26
本研究は造血幹細胞移植において看護師が困難感を抱える場面とその影響要因を明らかにすることを目的とした。文献調査を基に設定した17の困難場面と、基本属性、環境特性について、移植実施施設で移植に携わる看護師343名を対象に、自記式質問紙調査を実施した。結果、199名が分析対象となった(回収率58.3%、有効回答率99.5%)。困難場面は因子分析を行い、『やりたくてもできないという苦悩場面』、『移植の複雑さや難しさからくる情報提供や意思決定支援の難しい場面』、『患者、家族を含むチームとしての方針の統一や連携が難しい場面』の3因子構造が示され、「やりたくてもできないという苦悩場面」は最も困難感が高い場面として示された。カテゴリカル回帰分析の結果、困難場面は「看護師経験年数」や「ストレス対処能力(SOC-13)」等4変数との関連が見られ、分散の24%が説明された。以上から、経験が異なる看護師間でのコミュニケーションの活発化や、ストレス対処能力の獲得の重要性が示唆された。
The purpose of this study is to clarify the difficult situations which nurses face in hematopoietic stem cell transplantation (HSCT) and effect factors. We conducted a questionnaire survey on the 17 difficult situations, experience and working condition of nurses. 343 nurses engaged in HSCT in the Kanto area were targeted. 199 nurses became analysis targeted (Response rate: 58.3%, Ratio of valid responses: 99.5%). As a result of factor analysis of difficult situations, three factor structure was extracted. Nurse's distressed situation that they feel cannot do appropriate nursing they want to, Difficult situations in providing information or decision support for the patients due to complexity and difficulty of HSCT, Difficult situations in unifying or collaborating a team including patients and their families. Factor 1 was shown as the most difficult situation. As a result of categorical regression analysis, difficult situations are related to 4 variables, such as “years of nurse experience” and “soc-13”, and 24% of the variance was explained. It is suggested that activation of communication among nurses and acquisition of stress coping ability are important. Activated corporation among various experts in HSCT seems to ease the difficult situations which nurses face.
造血幹細胞移植(Hematopoietic Stem Cell Transplantation: 以下HSCT)は、血液癌や一部の疾患に対して根治を望める有効な治療手段である。近年、その治療成績は格段に向上し、移植件数も大幅に増加している(日本造血細胞移植データセンター、2017)。しかし、HSCTは大量の抗癌剤投与や全身照射(Total-Body Irradiation: 以下TBI)を行う侵襲性の高い治療法でもあり、現在でも患者が治療の中で命を落とすことは少なくない(日本造血細胞移植データセンター、2017)。それでも、これを最後の手段として治療に臨む患者も多く、今後は高齢者や再発患者などの高リスクの移植も含めて、件数はさらに増加していくことが予測される。
HSCT領域の看護に関する研究は、他領域と比較すると件数はすくないものの、移植件数の増加や生命予後延長に伴う研究課題の増加等で活発化している。先行研究を概観すると、その多くは HSCT患者の体験に着目し、患者が様々なニーズを抱えながら受療していることを明らかにしている。HSCT受療時に患者は、疾患や治療について大量で複雑な情報を提供され、それを理解した上で命をかけて受療するかどうかの判断を求められる。そして、移植までの時間は死への意識や再発への不安等、不安で不確実な状態で過ごしている(石橋、2002)。また、血縁者間の移植では、患者は治療への思いと、家族であるドナーへの遠慮等の間で葛藤し、ドナーもまた、幹細胞採取への不安や患者を助けたいという思い、周囲からの圧力など、多くの苦悩を抱えている(石田、石田、神田、2006: 成田、2009)。治療開始後には、患者は大量の抗がん剤投与やTBIの強力な副作用で身体的・精神的危機状態に晒され、苦しい局面を経験しながら治療を乗り越え、再発への不安を抱えながらも生活を再構築していく(山口、上岡、石倉、2007: 渡辺、吉村、矢野、1993: 大槻、2005: 大槻、2007: 石田、萩原、石田他、2005: 横田、上村、小田他、2011)。
こうした状況に置かれた患者や家族に対して、看護師は患者や家族に最も近い医療者として、多くの支援を求められている。しかし、看護師もまた、多岐にわたる患者支援の中で多くの苦悩や葛藤を抱えている。HSCTに携わる看護師は、移植医療に関する専門的な知識や技術を求められ、細密な輸液管理や感染管理など繁忙な中で、行いたい看護を十分に時間をかけて実践できない状況におかれやすい(高橋、松岡、簗場他、2010: 金芳、柴崎、鈴木、2010)。また、心理的支援や意思決定支援の難しさ、家族支援や多職種連携など、様々な場面で悩みや困難を抱えている(森、三角、福井他、2008)。さらに、こうした臨床現場での悩みや精神的消耗の蓄積がバーンアウトや離職に関連していることも指摘されており(久保、2004: 撫養、勝山、志田他、2015)、看護師への支援の重要性は高いといえる。しかし、これまでの研究では、HSCTに焦点をあて、看護師が困難感を抱える場面の実態や、その要因についてはまだ十分に検討されていない。
以上のことから、本研究では、HSCTにおいて看護師が困難感を抱える場面とその影響要因を明らかにすることを目的とした。これにより今後さらに多様性や複雑性がますHSCT看護において、現場で看護師が抱く困難感の現状と対策を検討することが可能となり、看護師への具体的な支援の示唆が得られると共に、より質の高い看護の提供に向けた教育及び管理的な視点からも示唆が得られると考えた。
先行研究に基き、【HSCTにおいて看護師が困難感を抱える場面】(以下、HSCT看護の困難場面)に関連する要因として、看護師の[個人特性]と[看護師特性]、看護師を取り巻く[環境特性]を設定した。なお、本研究では従属変数・目的変数を【 】、独立変数・説明変数の大項目を[ ]、下位尺度(因子)を『 』、変数の小項目を「 」で表記した。
本研究では、ドナーや移植法の種類に関わらず、造血幹細胞を移植する治療法のすべてを含む総称とした。
2. 困難感本研究では臨床場面において、看護師が「葛藤や苦悩を感じたり、難しいこと、苦しみ悩むこと、苦労を感じること」とした。
日本国内のHSCT実施施設のうち、研究協力が得られた17施設を対象施設とした。対象施設のHSCT実施病棟に所属し、HSCT患者を受け持った経験のある病棟看護師を研究対象者とした。
2. 調査方法無記名自記式質問紙調査を行った。対象施設へ書類の送付と電話連絡にて研究協力を依頼した。研究対象施設から研究協力への承諾及び同意書を得た後、当該病棟の看護師への質問紙の配布と回収箱の設置を依頼し、後日回収箱を回収した。
3. 調査期間2016年8月-10月
4. 調査内容質問紙は[個人特性]、[看護師特性]、[環境特性]、【HSCT看護の困難場面】を問う項目で構成した。
1)個人属性[個人特性]では「性別」、「年齢(年代)」、「ストレス対処能力」について尋ねた。「ストレス対処能力」については、信頼性、妥当性が検討された尺度である日本語版SOC(首尾一貫感覚:Sense of Coherence)-13尺度を用いた(Antonovsky A、1987/山崎、吉井、2001)。『処理可能感』、『把握可能感』、『有意味感』の3つの下位尺度からなり、全13 項目 7 件法で回答を求めた。尺度の使用については開発者により明示されている許諾方法及び使用方法に従った。
2)看護師特性[看護師特性]については、「看護師経験年数」、「移植病棟経験年数」、「他病棟経験」等10項目について単一回答法で求めた。
3)環境特性[環境特性]では「年間移植件数」や「合同カンファレンスの実施」等全5項目を単一回答法で求めた。
4)HSCT看護の困難場面本研究では、HSCT看護に着目し、その中で困難感を抱いた場面やその影響要因を検討することを目的とした。しかし、既存の尺度ではこれを測定できるものが見当たらなかった為、質問項目を独自で作成した。HSCT看護の中で看護師が抱く困難感に着目した文献調査を行い、内容が損なわれず、且つこれまで明らかになってきた内容が網羅されるよう研究者間で検討を重ねて17場面を【HSCT看護の困難場面】の項目として設定した。各場面の内容や表記については、臨床経験5年目以上でHSCT看護の経験がある看護師4名の協力を得て、不適切な表現等が無いかを確認した。回答は困難感の程度を4件法(1:悩んでいない、2:ほとんど悩んでいない、3:少し悩んでいる、4:とても悩んでいる)で求めた。
質問紙全体の信頼性については臨床経験と看護研究経験をもつ看護師7名を対象にプレテストを行い、回答や理解がしづらい表現が無いことを確認した。
5. データ分析方法収集したデータは、本研究の概念枠組みに基づいて統計学的手法を用いて分析した。【HSCT看護の困難場面】は因子分析を行い、各変数との関連について単変量解析を用いて検討した上で、最終的にカテゴリカル回帰分析を行った。分析には、IBM SPSS Statistics ver.25を用い、有意水準は5%とした。
6. 倫理的配慮本研究は、首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認(承認番号: 16015)を得て実施した。研究協力は自由意思に基づくものであり、辞退しても不利益は生じないこと、匿名性を確保すること、質問紙の投函をもって研究協力への同意が得られたものとすること等について紙面を用いて説明した。
研究協力が得られたHSCT実施施設17施設の看護師343名に質問紙を配布した。その結果、200名から回答を得て(回収率58.3%)、記入不備のあった1名を除き、199名を分析対象とした(有効回答率99.5%)。
対象者は看護師経験年数9.5±7.5(平均値±標準偏差、以下同様)、移植病棟経験年数4.7±3.8年、他病棟での勤務経験がある者は107名(53.8%)であった。HSCTに関する研修を受けた経験がある者は141名(70.9%)、HSCT患者の看取りの経験がある者は173名(86.9%)であった。また、院内の緩和ケア病棟設置は有が66名(33.2%)、医療連携チームとの関わりは175名(87.9%)が経験しており、病棟での多職種との合同カンファレンスは有が194名(97.5%)であった。SOC-13の合計得点は51.8±8.6点であった。なお、今回対象としたHSCT受療患者に携わる看護師は、施設によって1年目または該当病棟勤務1年目から受け持ちを開始する場合と、該当病棟経験4年目以上から受け持ちを開始する場合など、施設間でその体制に差がみられた。
【HSCT看護の困難場面】の記述統計の結果、最も悩みの程度が高かったのは「日常業務が多忙で行いたい看護ケアがあっても患者に十分に提供できない」が3.1±0.7、次いで「病棟業務が忙しかったり家族と会える時間が限られていることなどで家族ケアが十分に行えていない」が3.1±0.6であった。度数分布では「治療を通して、患者が様々な身体的症状で苦しんでいても、その苦痛を思うように取り除くことができず無力感を感じる」で177名(89.0%)が「とても悩んでいる」または「少し悩んでいる」と答え、最も高い値を示した。
データに正規性が認められたため、最尤法、プロマックス回転で因子分析を行った。その結果15場面3因子構造に収束した。また、各因子の合計値を各項目数で割り、平均値を算出した。因子1は『やりたくてもできないという苦悩場面』と命名し、悩みの程度は2.9±0.5であった。因子2は『HSCTの難しさや複雑さからくる情報提供や意思決定支援の難しい場面』とし、2.5±0.6、因子3は『患者、家族を含むチームとしての方針の統一や連携が難しい場面』とし、2.3±0.6であった。Cronbach’sα係数は因子1が0.76、因子2が0.73、因子3が0.71、全体で0.83であった。
【HSCT看護の困難場面】を従属変数として、各変数と単変量解析を行った。その結果、因子1は、「年齢(年代)」(p=.012<.05)、「看護師経験年数」(r=-.25, p<.001)、「移植病棟経験年数」(r=-.22, p<.01)、「他病棟での勤務経験」(p=.001<.01)、「SOC-13」(r=-.144, p<.05)等9変数と有意な関連がみられた。因子2は、「年間移植件数」(r=.16, p<.05)、「看護師経験年数」(r=.25, p<.001)、「移植病棟経験年数」(r=.18, p<.01)、「HSCT患者の看取り経験」(p=.001<.01)等6変数と、因子3は、「医療チームとの関わり」(p=-.194, p<.01)、「SOC-13」(r=-.14, p<.05)等4変数と有意な関連がみられた。
5. 【HSCT看護の困難場面】の影響要因(表5)単変量解析で関連が見られた変数を中心に、多重共線性を確認の上、選定した8変数を説明変数、【HSCT看護の困難場面】を目的変数として、カテゴリカル回帰分析を行った。その結果、【HSCT看護の困難場面】は 「看護師経験年数」(β=.40, p<.001)、「移植病棟経験年数」(β=-.41, p<.001)、「SOC-13」(β=-.29, p<.05)、「緩和ケア病棟設置」(β=.20, p<.05)との関連が見られた。調整済みR²は0.24であった。
【HSCT看護の困難場面】は3因子構造で説明され、Cronbach’sα係数の結果により、質問項目の信頼性は概ね検証されたと考える。
因子分析及び記述統計の結果から、因子1の『やりたくてもできないという苦悩場面』は、3因子の中で最も困難感が高く示された。これは先行研究で示されてきた内容とも合致するが(金芳、柴崎、鈴木、2010)、場面によっては「とても悩んでいる」または「少し悩んでいる」と答えた看護師が約9割に上るものもあり、より困難感の高い現状が示されたといえる。前述したように看護師は、輸液管理や感染管理等に加え、症状管理や心理的支援、家族支援など、常に患者に寄り添い、多岐にわたる看護を実践している。その一方で、それでも取りきれない身体的・精神的苦痛や、限られた時間と、治療に伴う多くの制限の中で行いたい看護をやりきれない状況に、多くの看護師が困難感を抱えている現状が示されたと考えられる。
他方、因子3の『患者、家族を含むチームとしての方針の統一や連携が難しい場面』は、最も困難感が低い結果であった。本調査では、全ての施設で、病棟での多職種合同カンファレンスが行われており、医療チームとの関わりも9割に近い看護師が経験していた。しかし、1998年に行われたHCT実施病院の実態調査では、移植前から多職種による話し合いの場が設定されていたのは全体の1~4%、HSCT受療患者を精神的にサポートする心療内科医などのスタッフが設置されていたのは18.6%のみであった(岩戸、1998)。こうした結果からも、HSCT現場の医療連携はここ十数年で非常に活発化しており、チームが連携するシステムや環境も十分に整ってきたことが看護師の困難感の低値にもつながったのではないかと考えられる。
なお、今回の調査では、因子分析の際に除外された「血縁ドナーとなる患者家族が、患者への遠慮や周囲からの影響で適切に自己決定が行えていない」の場面が17場面の中で最も困難感が低い結果であった。しかし、本研究の調査では、血縁者間同種造血幹細胞移植が行われている施設や、血縁ドナーと直接関わる場面を経験した看護師が限られており、該当しなかった対象者が多かった可能性がある。先行研究でも血縁ドナーの意思決定には、生体間臓器移植と同様に、レシピエントとなる患者自身やドナーにも多くの葛藤や倫理的課題が内在していることが指摘されている(石田、石田、神田、2006: 成田、2009)。今後これらの記述統計調査を加え、血縁ドナーとの関わりに焦点を当てた調査を以て十分に検討していく必要があると考える。
2. 【HSCT看護の困難場面】の影響要因各変数と【HSCT看護の困難場面】の関連を検討した結果、各因子で特徴的な関連が見られた為、以下因子ごとの結果から考察する。
因子1の困難感は、看護や移植看護の経験年数が長くなるほど軽減傾向を示していた。このことから、専門性の高い移植看護の経験や知識の蓄積、技術の熟練化が困難場面への予測や対処を可能にし、「やりたくてもできない」という困難感軽減につながったのではないかと考えられる。加えて、「HSCTに関する研修への参加」にも有意な関連がみられたことから、経験年数の少ない看護師でも、研修への参加を通して知識や技術を習得し、困難感が解消される傾向が示され、HSCTに関する研修の有用性が示されたと考える。また、「他病棟での勤務経験」がある者ほど困難感が高い傾向も示されており、一般病棟で経験を積んできた看護師でも、無菌室看護等を含むHSCT看護の特殊性の高さから、「やりたくてもできない」という困難感を抱きやすい可能性が考えられた。以上から、因子1では、経験の蓄積や研修を通してHSCT看護の知識や技術を習得することが困難感軽減の一助となる可能性に加え、経験年数や病棟経験など経験値の異なる看護師同士での積極的な情報共有やコミュニケーションの重要性が示唆された。
一方、因子2では、看護師の経験が長くなるほど困難感も上昇し、患者の看取りなど様々な経験が困難感の増大に影響していた。前述したように、看護師が経験を積み熟練するほど、因子1のような 「やりたくてもできない」場面の予測や対処が可能となり、困難感は軽減する。しかしその一方で、 表在化していない患者のニーズをくみ取ったり、意思決定場面に潜む倫理的問題等をとらえることが可能になることで、因子2のような困難場面に直面する機会が増えたとも考えられる。こうした困難場面への気づきや困難感の抱きは、看護師にとっては精神的負担に成り得る。しかしそれは、正確な患者のニーズ把握やより良い看護実践への模索にもつながり、質の高い看護を見いだすきっかけにもなっているとも考えられる。今後、患者の多様性の増加に伴い、情報提供や意思決定支援の難しい場面はさらに増えていくと予測される。困難感を持ちながら、それでもより質の高い看護を求められる看護師を支えるために、この困難感が看護にどのような影響をもたらすのか、そしてどのような支援が必要なのかをさらに具体的に模索していく必要がある。
因子3においては、医療チームとのかかわりの有無が困難感に有意な関連を示し、医療チームという多職種連携の場が、困難感を抱く機会にもなっている可能性が考えられた。しかし医療チームとの関わりの中でも、連携システムや関わる機会の頻度、構成職種等、対象者や施設によって一部差があることが想定され、これについてはさらに項目を加えることでより具体的な対処について検討が可能であると考える。
また、全因子において共通して関連を示したのは「SOC-13(ストレス対処能力)」であり、ストレス対処能力が高いほど困難感が有意に軽減されている傾向が示された。これまで、複数の領域で行われてきた先行研究においても、SOCの強化は看護師のバーンアウトの予防等に有効であることが示されている(Antonovsky A、1987/山崎、吉井、2001: 伊、赤澤、原田、2010)。本研究の結果から、改めて様々な要因が関わる困難場面であっても、その対策としてストレス対処能力の有効性が示唆され、その獲得や強化に向けた支援の重要性が示されたものと考える。
上記の結果を踏まえ、最終的に多変量解析を行った結果、【HSCT看護の困難場面】は、「看護師経験年数」、「移植病棟経験年数」、「SOC-13」、「院内の緩和ケア病棟設置」の4変数が影響要因として説明された。
多変量解析を通して抽出された「院内の緩和ケア病棟の設置」においては、緩和ケア病棟の設置がある施設の対象者は困難感が有意に低い傾向が示された。しかし、緩和ケア病棟の設置が直接的に困難感を軽減したというよりも、緩和ケア病棟の設置のある病院は大規模病院が多いことや年間移植件数も多く、緩和ケアチームの設置、多職種連携が円滑に行われている可能性があり、これらが間接的な影響を及ぼしていたとも解釈できる。今後はこの結果を踏まえて、より詳細な項目を追加し、その関連の様相を探求していく必要がある。
以上より、【HSCT看護の困難場面】において、実務経験や研修を通してHSCT看護の知識や技術を習得していくことや、経験の異なる看護師間でのコミュニケーションの活発化、さらにストレス対処能力の獲得が看護師の困難感の軽減の一助になる可能性が示唆された。また、緩和ケア病棟の設置等に係る環境要因も、困難感の増減に影響をもたらしている可能性が示唆された。
3. 本研究の限界と今後の課題本研究は、HSCT実施施設の中の17施設の病棟看護師のみを対象としており、一般化には限界がある。また、本研究で用いた【HSCT看護の困難場面】はこれまでの先行研究の結果を基に作成しており、近年の移植の急増や対象者の拡大に伴う新たな困難場面が生じている可能性を考えると、継続的な内容の検討と調査を行う必要がある。
本研究の結果、新たな知見として困難場面の影響要因が抽出されたが、 調整済R²は全般的に低い結果であった。今回の調査では、基礎調査として対象看護師が経験した具体的な事例を限定せず、これまでの経験を総合的に尋ねる形をとっている。【HSCT看護の困難場面】には、経験した各場面での患者との関係性や患者の年齢、病期、家族構成など患者個々の要因や、上記で述べた各施設の細かな環境要因も影響していると予測される。その為、今後は細かな状況設定や項目を多角的に加えながら、調査を重ね、困難感や影響要因の全貌を明らかにしていくことが課題である。
1. 【HSCT看護の困難場面】は3因子構造が示され、中でも『やりたくてもできないという苦悩場面』は最も困難感の高い場面として示された。
2. 【HSCT看護の困難場面】の影響要因には「看護師経験年数」、「移植病棟経験年数」、「SOC-13」、「院内の緩和ケア病棟の設置」が挙がり、分散の24%が説明された。
著者のCOI(Conflict of Interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし。
本研究にあたり、御多忙の中調査にご協力下さいました看護師の皆様、並びに対象施設の看護管理者の皆様に心より感謝申し上げます。