2024 Volume 2024 Issue 1 Pages 118-133
金山 幸平(北海道教育大学)
キーワード:語彙分析,子ども向けアニメ,多視聴教材
本研究の目的は,子ども向けアニメで使用されている語彙を分析して,英語初学者にとって利用可能な多視聴教材を選定することである。本研究は,分析対象となったアニメのスクリプトを作成することから始まった。その後,New Word Level Checker(水本,2022)を用いて,スクリプトを JET 2020という語彙リストを基に,各アニメの総語数,異なり語数,語彙カバー率を算出した。さらに,再生時間,発話速度,小学校レベルの語彙の頻度数などの観点も考慮して,子ども向けアニメが英語初学者に対して理解可能な音声インプットを与える教材となり得るのかを考察した。分析の結果,どのアニメも語彙カバー率には大きな差がなく,小学校レベルの約 600 語で語彙カバー率が 60%前後になり,固有名詞,所有格,数字,間投詞を含めても 80%に満たないが,中学校 1 年生レベルの約 900 語を加えると 90%前後に達することが明らかになった。総語数,異なり語数,再生時間,発話速度,小学校レベルの語彙の頻度数は各アニメよって大きく異なるため,これらの情報を基に暫定的に視聴難易度の順位付けを行った。本稿の最後に,分析した各アニメを視聴することの利点からどのような学習効果が得られるのか,また,視聴の際にはどのような点に注意を払うべきなのか,そして本研究を通して副次的に発見した子ども向けアニメの内容的特徴を考察する。
外国語を習得する場合,4 つの要素(Meaning-focused Input, Meaning-focused Output, Language-focused Learning, Fluency Development)のバランスを意識して学習することが推奨されている(詳細は,Newton & Nation, 2021)。語彙,発音,文法項目などの言語形式を意図的に学習する,Language-focused Learning活動だけではなく,言語活動の中で学習した項目を用いて相手に伝える,Meaning-focused Output 活動と,より流暢に外国語を使用できるようにするための Fluency Development 活動も重要である。しかし,言語インプットは第 2 言語習得に必要不可欠であるという主張が多くの研究者によって共有されているように(VanPatten & Williams, 2015),学習者は理解可能なインプットを大量に浴びて,その意味内容を処理することで目標言語の土台を固める必要がある。これは,音声言語を中心とした指導を行い,コミュニケーションの素地や基礎を養うという小学校英語の目標とも一致している(文部科学省, 2017)。したがって,4 つの要素の中でも Meaning-focused Input 活動を充実させることが最優先である。
実際に,小学校英語では,教師や ALT のクラスルームイングリッシュやスモールトークを聞く活
動,絵本の読み聞かせ活動,Input-based Task 活動(Total Physical Response に代表されるように,英語を聞いて,その指示に従って特定の行動を取る活動)など,児童が音声インプットを浴びて,その意味処理を繰り返すことで音声知識の土台を鍛える活動が行われている。しかしながら,小学校英語では 1 回あたりの授業時間が 45 分間であり,小学校 3 年生から 6 年生まで学習指導要領通りの授業時間数が確保されたとしても,合計で 210 単位時間(157.5 時間相当)程度にしかならないため,どれだけ効率良く教室内で理解可能な音声インプットを浴びせ続けることが出来たとしても,外国語活動と外国語の授業時間だけでは英語習得に必要なインプット量を確保することはできない。検定教科書内の QR コードを読み取ることで,児童は教室外でも様々な音声や動画教材を使用することができるが,その量にも限りがある。そこで本研究は,EFL 環境の英語初学者である日本の児童が授業時間以外でも理解可能な音声インプットを大量に浴びることを可能にする多視聴教材としての英語アニメに着目した。
理解可能なインプットを英語学習者に与える方法として,従来から,多読や多聴が人気を集めてい た。しかし,近年では,デジタル化の影響や学校のインターネット環境が整いつつあるおかげで, YouTube やスマートフォンのアプリなどを使った英語の視聴教材が教室内でも利用可能になっている。リーディングやリスニングの内容を理解するためには,使用されている語彙の 95%から 98%を理解す る必要があると言われているが(Nation, 2022),映画や TV 番組などの視聴教材の場合は,映像があるおかげで,たとえ音声を正確に聞き取れなくても映像から内容が推測可能になり,語彙カバー率が90%程度でも内容理解が十分可能だと言われている(Durbahn et al., 2020; Webb & Rodgers, 2009a; 2009b)。
視聴教材において,語彙サイズと語彙カバー率はどのような関係になっているだろうか。Webb and Rodgers(2009a)は,318 もの映画(アクション,ドラマ,アニメ,コメディー,ホラー,ロマンス, SF などのアメリカ映画とイギリス映画)で使用されている語彙を,RANGE と呼ばれる語彙分析ソフトウェアを用いて,BNC(British National Corpus)の語彙リストを基に分析を行った。アニメ映画の場合,上位 1000 語族(word family)と間投詞と固有名詞で語彙カバー率が 87.27%になり,上位 2000 語族を含めると 91.70%,さらに,上位 4000 語族まで含めると 95.55%になることを明らかにした。
Webb and Rodgers(2009b)は,Webb and Rodgers(2009a)と同様の方法で,ニュース,ドラマ,ホームコメディー,お年寄り向け番組,子ども向け番組,SF などの様々なジャンルから成る 88 つの TV番組のコーパスを作成して語彙分析を行った。子ども向け番組として 3 つの番組(Fraggle Rock, Mr. Rogers, Sesame Street)から合計 5 つのエピソードを分析した結果,上位 1000 語族と間投詞と固有名詞で語彙カバー率が 90.59%になり,上位 2000 語族を含めると 95.13%になることを明らかにした。
アニメを視聴することでどのような学習効果が得られるだろうか。先行研究では,視聴と偶発的語彙習得の関係性を検証しているものが圧倒的に多い(Webb et al., 2023)。その理由は,映像や字幕を活用することで,L2 の音声形式(spoken form)や文字形式(written form)と L1 の意味のつながりが結びつきやすくなるという利点があるためである(Webb & Rodgers, 2009b)。例えば,puddle という語の意味を知らない学習者が,TV 番組を視聴中に,水たまりが映像内で目に見える状態で,映像内である
登場人物が大きな水たまりを見つけて,I found a big puddle.と発言すれば,たとえ視聴者が puddle の意味を知らなかったとしても,/pݞパdl/という音声を聞いたり,字幕を見たり,その場面を映像で見ること
で,「puddle = 水たまり」という推測が可能になり,結果として,形式と意味の繋がりがより形成され
やすくなる。つまり,映像内の視覚的ヒントや字幕などが偶発的語彙習得を促進するのである。子どもを対象にした先行研究では,英語母語話者の未就学児向けに制作された英語アニメが使用されることが多く,特に人気のアニメ教材は Peppa Pig である。Alexiou(2015)は,ギリシャの未就学児(4~ 6 歳児,n = 30)を対象に,1 か月に渡り Peppa Pig を 4 話視聴させて,どのような語彙が偶発的に習得されるのかを検証した。各エピソード約 5 分で構成されており,1 話に付き 4 回ずつ視聴したため,
その総視聴時間は 80 分(5 分 × 4 話 × 4 回)ほどになった。全 4 話視聴後に,21 点満点の語彙テスト(具体物を示す英単語の音声(e.g., /pおnke1k/)を聞いて,その意味に対応する絵を選択するテスト)を行った結果,平均点と標準偏差は,それぞれ 7.66 点と 3.12 点であったことから,Alexious は,Peppa
Pig を視聴することで 3 分の 1 ほどの目標語彙を偶発的に習得できたと結論付けている。
Arifani(2020)の研究では,インドネシアの小学校 3 年生の児童に自宅で Timmy Time を 14 話分視聴してもらった。Arifani は,字幕あり群(n = 15)の児童の保護者に字幕付きのエピソードを 1 週間に 1 話送って,14 週間に渡って各動画を児童に視聴させた。一方で,字幕なし群(n = 15)にも同様の方法で視聴してもらった。目標語彙は 30 語の名詞(e.g., tent, snacks)であり,視聴前後に語彙テスト(Vocabulary Knowledge Scale)を実施した。字幕あり群も字幕なし群もどちらも,視聴後の事後テストの成績が事前テストよりも有意に高くなり,その効果量も大きかった(d = 2.84, d = 1.10)。さらに,両群の事後テストを比較した結果,字幕あり群の成績が字幕なし群よりも有意に高く,その効果量も大きかった(d = 1.25)。したがって,字幕の有無に関わらずアニメの視聴によって偶発的語彙習得が起こるが,字幕がある方がより多くの語彙が習得されることが明らかになった。児童も保護者も英語学習歴がなかったため,児童は自力で動画の内容を理解する必要があった。このような状態でも,アニメの視聴を通して偶発的語彙習得が促進されたのである。
本研究の目的は,日本の児童に対して,理解可能な音声インプットを大量に与えるための多視聴教材として適切なアニメを選定することである。先行研究から,上位 1000 語族と間投詞と固有名詞を知っていると,アニメ映画の語彙カバー率が 90%近くになり(Webb & Rodgers, 2009a),さらに,子ども向け番組の場合は語彙カバー率が 90%を越えることを明らかにしている(Webb & Rodgers, 2009b)。しかしながら,小学校の 4 年間で学習するべき語彙は 600~700 語程度であるため(文部科学省,2017),それらの語彙をすべて習得したとしても語彙カバー率が 90%を越える可能性は非常に低いだろう。もしも,語彙カバー率が 90%を越えることが最適なアニメの条件の 1 つであるなら,どのようなアニメがその条件を満たしているかを分析する価値は大いにある。
本研究の目的から見た先行研究の問題点は,BNC を基にして語彙分析を行ったことである。BNCは,イギリスで使用されている,新聞,専門誌,小説などの書き言葉(90%)と日常会話,会議,ラジオなどの話し言葉(10%),合計 1 億語を収集したコーパスである。そのため,日本人英語学習者にとっての身近な語が,BNC でも高頻度語彙として扱われているとは限らない。例えば,penguin, zebra, squirrel のような動物を表す身近な語は,BNC だと上位 6000 語レベルと見なされる(Webb & Rodgers,
2009a)。同様に,cookie, pizza, Halloween も BNC では低頻度語彙に分類されている。このような現象は日本人英語学習者用に開発された語彙リストを用いたとしても起こってしまう。Let’s Try!や小学校の検定教科書に収録されている語彙は,動物,果物,施設,スポーツ,職業,図形,学校関連のようにトピック毎にまとめられていることが多い。その中でも,vet, aquarium, rectangle などは,小学校で導入される語彙であるにも関わらず,New JACET8000(大学英語教育学会,2016)や SVL12000(ALC, 2001)では高頻度語彙として扱われていない。New JACET8000 と SVL12000 は,どちらも日本人英語学習者のために開発された語彙リストではあるが,New JACET8000 は主に大学生を,SVL12000 は日本人全般を対象としているため,2 つの語彙リストは必ずしも小学校から高校までの日本の英語教育の実情を上手く反映しているとは限らない。このような問題を解消するためには,日本の英語教育の実情を的確に反映させた語彙リストを用いる必要がある。そこで,本研究では,JET2020(Japanese English Textbooks 2020)という語彙リスト(Mizumoto, 2021)を用いて分析を行う。
Mizumoto(2021)は,現在施行されている学習指導要領に準拠した,小学校から高校までの英語の検定教科書を基に,特定の語彙を,「小学校レベル」「中学校レベル」「高校レベル」に分類する語彙リスト,JET2020 を開発した。この語彙リストには,合計 5424 語が収録されており,(1)中学校の教科書に収録されている語彙の内,小学校段階で学習したとみなされる 626 語を「小学校レベル」,(2)中
学校の教科書 6 社のうち,2 社以上に出現している 1759 語を「中学校レベル」,(3)上記に含まれていない語彙の内,New JACET 8000 の 3000~5000 語レベルの 3039 語を「高校レベル」として分類している。さらに,(2)に関しては,「中学校 1 年生レベル」(957 語),「中学校 2 年生レベル」(641 語),
「中学校 3 年生レベル」(161 語)の下位レベルにまで細分化されている。JET2020 が,それぞれのレベルごとに,626 語,1759 語,3039 語に区切られているのは,日本の英語教育の実情に合わせて作成された経緯があるからだろう。したがって,JET2020 は,本研究の目的に一致した最適な語彙リストと言える。なお,前述した,vet, aquarium, rectangle の 3 語はすべて小学校レベルに分類されている。また,子ども向けと謳われているアニメ教材を語彙分析した先行研究がほとんどないことも問題点 として挙げられる。児童の集中力の持続という観点から,アニメ映画のような長時間の視聴を強いる作品ではなく,短時間で視聴でき,かつ,身近なトピックと易しい英語を扱っているアニメが望ましい。先行研究の多くは,Peppa Pig を使用しているが,語彙カバー率の観点からは分析されていないた
め,本研究では,Peppa Pig を含めたその他の子ども向けアニメを分析対象とする。
本研究では,様々なアニメのコーパスを作成して,JET2020 を基に語彙分析を行う。その後,子ども向け英語アニメにはどのような特徴があるのかを,各アニメの総語数,異なり語数,語彙カバー率,再生時間,発話速度などの観点から分析する。さらに,偶発的語彙習得の観点から,小学校レベルの高頻度語彙の頻度数も分析する。本研究課題は,子ども向けの英語アニメにはどのような特徴があるのかである。本研究の意義は,児童に対して理解可能な音声インプットを大量に与えることができ,かつ,教室外でも活用できるアニメ教材を検証する点である。
本研究では,様々なアニメのコーパスを作成してから語彙分析を行う。分析する 1 つ目のアニメは,
CATOON NETWORK の作品の 1 つである Regular Show である。しばしば大人寄りのアニメだと言われており,adult-oriented humor, adult-oriented jokes, adult-sitcom, an adult show plainly made for adult audienceなどと紹介されている。子ども向けアニメとどのような差が見られるのかを比較するために,Regular Show を採用した。なお,分析対象としたのはシーズン 1 の 10 話分のエピソードである。
本研究では,教室外でも活用できる教材という条件を満たすために,YouTube 公式チャンネルが投稿している無料で視聴可能な子ども向けと謳われているアニメに限定する。1 つ目のアニメは Peppa Pig である。この作品は,2004 年から放送が開始されて,180 か国で視聴されてきた英語母語話者の末就学児に向けて作られたイギリスのアニメである(Alexiou, 2015)。各エピソードに付き 5 分ほどで構成されており,子どもの集中力の観点からも適切な教材である。シーズン 1 の全 52 話を分析対象にした。
2 つ目のアニメは,Ben and Holly’s Little Kingdom である。Peppa Pig の作者(Mark Baker and Neville Astley)が制作した末就学児向けのイギリスのアニメである。2009 年から 2013 年まで放送されていた。1 話あたり 10 分 30 秒ほどで構成されており,Peppa Pig よりも視聴難易度が高いことで知られている。シーズン 1 の全 52 話分を分析対象にした。3 つ目のアニメは,Timmy Time である。Arifan(i 2020)が使用していたアニメ教材であるが,語彙分析自体は行われていない。Arifani は,Timmy Time を 14話分使用していたが,それらは 2 種類に大別できる。1 つは,「Meet 00(キャラクター名)」というタイトルの 1 分ほどでアニメに登場するキャラクターを英語で紹介する動画である(以降,Meet シリーズ)。この作品は,登場するキャラクターの人数分だけ動画がある。Timmy Time は主に 13 種類のキャラクター(動物)が登場するため,その全 13 話分を分析する。もう 1 つは,Learning Time with Timmyシリーズであり,主人公の Timmy と一緒に語彙(e.g., blanket, truck, flag)を学ぶことを目的とした約 4 分 40 秒の動画である。YouTube で視聴可能な全 26 話を分析対象にした。
本研究課題を検証するために,New Word Level Checker(NWLC)を用いて語彙分析を行った。NWLCとは,日本人英語学習者のために開発された無料で使用できるウェブ•アプリケーションである(水本,2022)。NWLC を用いることで,スクリプトの総語数(Tokens)と異なり語数(Types)などを,日本人英語学習者用の様々な語彙リスト(New JACET8000,SVL12000,JET2020 など)に基づいて分析できる。
JET2020 を語彙リストとして選択することで,スクリプト内の語彙を「固有名詞,所有格,数字」
「小学校レベル」「中学校 1 年生レベル」「中学校 2 年生レベル」「中学校 3 年生レベル」「高校レベル」, JET2020 に収録されていない低頻度語彙,「NA(Not Available)」のいずれかに自動的に振り分けてくれる。さらに,本研究では先行研究(Webb & Rodgers, 2009a, 2009b)と同様に,「間投詞」という項目を手作業で加えることにした。
本研究はアニメのスクリプトを作成することから始まった。スクリプトはインターネット上に掲載されている場合にはそれを参考にし,掲載されていない場合は YouTube の字幕の文字起こし機能を用いた。それに加えて,YouTube 公式チャンネルに投稿されていた各アニメの動画を実際に視聴しなが
らスクリプトの確認を行い,実際の音声と異なっていた場合には,音声情報を基にスクリプトを修正してから,NWLC を用いて語彙分析を行った。しかし,分析後に新たに問題が発覚したためスクリプ トを再修正した。例えば,I’d は分析上では 2 語としてカウントされたが,d は would ではなくアルファベットの d として分類された。同様に,’cause は because ではなく,NA として分類されてしまうことが判明した。さらに,’s は be 動詞の is の省略形,所有格の s,let us の省略形,has の省略形の場合が想定されるが,特に is と has の省略形を適切に分類できないことが多かった。これらの問題を解消するために,would や had の省略形(e.g., I’d → I would or I had),is や has の省略形(e.g., He’s → He has, Peppa’s → Peppa is),インフォーマルな口語表現(e.g., wanna → want to, gonna → going to, gotta → got to),アポストロフィーを用いた省略形(e.g., ’cause → because, playin’ → playing, c’mon → come on)などは元の形式に修正した。ただし,省略形でも問題なく分類できる場合には修正を行わなかった(e.g., isn’t, won’t, Let’s)。
さらに,キャラクターの名前が一般名詞と同じ場合には,固有名詞として分類できるように名前を加工した(e.g., Candy → Candyy, Strawberry → Strawberryy)。NWLC は,語彙を間投詞として分類する機能が実装されておらず,ほとんどの間投詞(e.g., ahh, uhh, yep, grr)は固有名詞か NA に分類されるため,最後に手作業でこれらの語彙だけを抽出して「間投詞」としてまとめた。ah と wow は中学校 1年生レベル,oh は小学校レベルに分類されるが,これらの語も「間投詞」として扱った。
表 1 は,各アニメの固有名詞と所有格と数字(固所数: 固有名詞 + 所有格 + 数字),間投詞,小学校レベル,中学校 1 年生レベル,中学校 2 年生レベル,中学校 3 年生レベル,高校レベル,JET2020に含まれていない低頻度語彙(NA: Not Available),各レベルの総語数(Tokens)と異なり語数(Types),各アニメの分析した全エピソードの総語数と異なり語数の合計,1 話あたりの平均総語数,1 話あたりの再生時間,1 分あたりの平均発話速度(WPM: word per minute)を示している。また,Tokens のカッコ内の値は累積語彙カバー率を示している。
表 1 から,Regular Show の 10 話分の総語数は 13239 語,異なり語数は 1364 語,1 話あたりの平均総語数は 1323.9 語だとわかる。固所数,間投詞,小学校レベルを合わせた語彙カバー率は 68.12%,さらに中学校 1 年生レベルまで含めると 87.84%に達する。1 話あたりの再生時間は 10 分 50 秒(650 秒)となり,したがって,平均発話速度は,122.21 語(13239 語 ÷(650 秒 × 10 話)× 60 秒)である。
表 2 は,各アニメの高頻度語彙上位 10 語とその頻度数を示している。表 2 から,Regular Show で最も使用頻度の高い語彙は you でその頻度数は 604 回であることがわかる。さらに上位 10 語の頻度数の合計は 3357 語となり,これは Regular Show 全体の 25.4%(3357 語 ÷ 13239 語)を占めることが明らかになった。表 3 は,各アニメの頻度数ごとの小学校レベルの異なり語数とその割合を示している。
例えば,Regular Show に登場する小学校レベルの全 262 語の異なり語の内,頻度数が 20 回以上の語は全体の 28.2%にあたる 74 語あり,同様に,頻度数が 15~19 回の語は全体の 3.8%を占める 10 語あることがわかる。
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52 | 52 |
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2611 (87.84) |
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13239 |
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1323.9 |
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注. Tokens のカッコ内の値は,累積語彙カバー率(%)を示している。注. Ben and Holly は,Ben and Holly’s Little Kingdom を指している。
注. Ben and Holly’s Little Kingdom のスクリプトを作成する㐣程でㄆ識できない語彙が 33 語見られたため,それらは XXX と⨨きえた。なお,表 1 ではそれらの語彙は分析に含まれていない。
表 2. 各アニメの高頻度語彙上位 10 語とその頻度数
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Ben and Holly |
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George (591) |
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12755 (22.9%) | 239 (41.5%) | 2414 (33.9%) |
注. Meet シリーズには同率 9 位の語彙が 4 語あるため,Total 内には全 12 語の総語数と語彙カバー率が示されている。
表 3. 各アニメの頻度数ごとの小学校レベルの異なり語数とその割合(%)
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20~ |
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12 (6.3) |
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19 (7.3) |
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14 (7.4) |
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262 (99.9) |
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80 (100.0) | 189 (99.9) |
注. 小数点第 2 位を四捨五入している都合上,合計値が 100%にならない場合がある。
Alexiou and Kokla(2018)は,Peppa Pig の 243 話分のエピソードを語彙分析した結果,総語数が 11 万 9033 語になったので,1 話あたりの平均総語数は約 490 語となる。また, Alexious(2015)の実験で使用した Peppa Pig の 4 話分の総語数は 1777 語なので,1 話あたり約 444 語となる。表 1 からPeppa Pig の 52 話分の平均総語数は 455 語であった。分析したエピソード数がそれぞれ異なるため,平均総語数は完全には一致しないが,それでもおおよその値は同じであることから,本研究における分析手法に問題はないだろう。
研究課題の考察
Regular Show の分析結果から,固所数と間投詞と小学校レベルの語彙を合わせると,語彙のカバー率は 68.12%になり,90%を大きく下回ることが明らかになった。Regular Showはもともと子ども向けアニメではないため,語彙カバー率が低いことは驚くべきことではない。他の子ども向けアニメの場合は,表 1 から,70.52%(Peppa Pig),73.96%(Meet シリーズ),76.17%(Learning Time with Timmy)であった。一方で,Ben and Holly’s Little Kingdomは 67.32%であり,Regular Show より低い値を示している。したがって,子ども向けアニメは Regular Show と比較しても語彙カバー率には大差がなく,仮に小学校レベルの 626 語と固所数と間投詞を知っていたとしても語彙カバー率は 70%前後にしか達しない。
さらに,表 1 から,中学校 1 年生レベルまでを含めると語彙カバー率は 87.84%(Regular Show),91.45%(Peppa Pig),87.84%(Ben and Holly’s Little Kingdom),92.36%(Meet シリーズ),92.9%(Learning Time with Timmy)となり,この段階で 90%前後に達することがわかる。そのため,もしも語彙カバー率が 90%を越えることが学習者にとっての最適な視聴教材であると仮定すると,本研究で分析した子ども向けアニメはすべて児童にとって最適な視聴教材であるとは言えないだろう。むしろ,小学校レベルの語彙(626 語)と中学校 1年生レベル(957 語)を合わせた 1583 語と固所数と間投詞で語彙カバー率が 90%前後に達することを踏まえると,これらのアニメは中学校 2 年生以降の生徒にとって最適な教材だと主張することができる。
本研究と先行研究(Webb & Rodgers, 2009a; 2009b)の分析結果を比較するためには,上位 2000 語と固所数と間投詞を含めた語彙カバー率を比較する必要がある。先ほどの 1583
語と固所数と間投詞に加えて中学校 2 年生レベルの 641 語を含めた 2224 語の語彙カバー率は 91.47%(Regular Show),94.78%(Peppa Pig),91.17%(Ben and Holly’s Little Kingdom), 93.23%(Meet シリーズ),96.01%(Learning Time with Timmy)となる。Webb and Rodgers (2009a)は,アニメ映画の語彙カバー率を 90%以上にするためには 2000 語族と固有名詞と間投詞が必要であることを明らかにしており,本研究の分析結果とも一致している。一方で,Webb and Rodgers(2009b)は,子ども向けTV 番組の語彙カバー率が 95%を越えるには上位 2000 語族と固有名詞と間投詞で十分であることを明らかにしたが,本研究では, 2224 語と固所数と間投詞で語彙カバー率が 95%を越えるのは Learning Time with Timmy のみであったため,結果が一致しない。これは分析した作品のジャンルが影響を与えていると考えられる。Webb and Rodgers(2009b)が分析した子ども向け TV 番組である Sesame Street や Fraggle Rock は,アニメではなく人形劇シリーズであった。一方で,Webb and Rodgers(2009a)は,分析対象が映画ではあったがアニメであったため本研究と一致する結果が得られたのだろう。
さらに,表 1 から,Peppa Pig の小学校レベルの総語数は 14835 語であるため,語彙カバ
ー率は約 62.7%(14835 語 ÷ 23661 語)だとわかる。他のアニメはそれぞれ,60.9%(Regular Show),61.9%(Ben and Holly’s Little Kingdom),55.2%(Meet シリーズ),66.8%(Learning Time with Timmy)である。つまり,600 語程度で語彙カバー率は 60%前後に達するのである。表 2 からは,さらに少数の語彙(上位 10 語)だけでカバー率が高くなることがわかる。各アニメに登場する高頻度語彙上位 10 語で語彙カバー率が 25.4%(Regular Show), 26.5%(Peppa Pig),22.9%(Ben and Holly’s Little Kingdom),41.5%(Meet シリーズは上位 12 語),33.9%(Learning Time with Timmy)となっている。中田(2019)が,高頻度語彙上位 10 語の大半は機能語であり,その 10 語だけで全体の語彙カバー率は 25%程度になると主張しているように,3 作品は 25%前後になっている。Meet シリーズとLearning Time with Timmy に関しては,分析対象となった総語数自体が少ないため,このような傾向が当てはまらなく 25%を越える語彙カバー率になっている。まさに,「英単語の世界はごく少数の働き者と,その他大勢の怠け者から成り立っている(中田,2019,p. 9)」と言えるだろう。小学校レベルの語彙だけでカバー率が 60%前後に達するのはこのような働き者の語彙のおかげである。
どのアニメも語彙カバー率に大差ないという事実は,視聴難易度も同等であることを意味するのだろうか。表 1 から,平均発話速度は,アニメごとに大きく異なることがわかった。平均発話速度が特に遅いのは,Meet シリーズとLearning Time with Timmy の 50 語前後である。Peppa Pig とBen and Holly’s Little Kingdom の平均発話速度は 100 語前後であり, Regular Show が最も速く 120 語程度である。英語母語話者の平均発話速度は 150 語程度であることを考慮すると(石川,2016),どのアニメもそれよりも遅い発話速度であることが明らかになった。ただし,視聴教材では,場面シーンが途中で切り替わったり,効果音などが挿入されたりすることで,発話がない状態が一定時間続くことがあるため,全体的に平均発話速度は遅くなる傾向にあることには注意が必要である。
1 話あたりの平均総語数も,アニメによってそれぞれ異なっていることが明らかになった。平均総語数は,再生時間や平均発話速度と深い関係にある。Meet シリーズの平均総語数が最も少ない理由は,1 話あたりの再生時間が短く,なおかつ平均発話速度が遅いためである。次いで,Learning Time with Timmy,Peppa Pig,Ben and Holly’s Little Kingdom, Regular Show の順番で平均総語数が多くなることがわかった。平均発話速度が速く,再生時間も長いと,必然的に 1 話あたりの総語数も多くなるため,その分,視聴難易度が高くなる傾向があることが示唆された。
ここまでの結果を踏まえると,Meet シリーズが最も易しい視聴教材だと思われる。しかしながら,表 3 から,Meet シリーズは,高頻度語彙の繰り返しが少ないことが明らかになった。小学校レベルの異なり語数は全部で 80 語あるが,そのうち 85%にあたる 68 語の頻度数が 1~4 回に収まっている。1 話あたりの総語数が少ないので,必然的に語彙の頻度数は少なくなるのだろう。Meet シリーズの全 13 話を 1 回ずつ視聴しただけでは,小学校レベルの高頻度語彙に繰り返し出会う機会は限られる。
次に,頻度数 1~4 回の割合が多いのは Regular Show である。小学校レベルの異なり語数は 262 語あり,全体の 45.0%を占める 118 語の繰り返しは 5 回に満たない。以降,小学校レベルの異なり語の頻度数 1~4 回の割合が高い順に,40.7%(Learning Time with Timmy), 32.1%(Peppa Pig),26.1%(Ben and Holly’s Little Kingdom)となった。一方で,この割合は高頻度語彙に繰り返し出会う機会が多いアニメも同時に示唆している。語彙が偶発的に習得されるには同じ語彙にどのくらい出会う必要があるのだろうか。リーディングを通して語彙を偶発的に習得するためには,同じ語彙に 6 回から 20 回ほど出会う必要があるとの報告がある(Uchihara et al., 2019)。リスニングの場合は,同じ語彙に 15 回は出会う必要があると言われている(van Zeeland & Schmitt, 2013)。これらの結果を考慮して,15 回以上の繰り返しで偶発的語彙習得が起こると仮定すると,その割合が最も高いのは Ben and Holly’s Little Kingdom の 47.2%であり,次いで,40.1%(Peppa Pig),32.0%(Regular Show), 30.6%(Learning Time with Timmy),7.5%(Meet シリーズ)の順番となる。したがって,小学校レベルの高頻度語彙の繰り返しという観点では,Ben and Holly’s Little Kingdom やPeppa Pig が最適な視聴教材であると言える。ただし,この結果は,各アニメのエピソード数が大きな影響を与えていることに注意してほしい。より多くのエピソードを視聴すると,必然的に同じ高頻度語彙に何度も繰り返し出会う機会が増えるため,表 3 の結果が得られたのだろう。
本研究では,子ども向け英語アニメの特徴を総語数,異なり語数,語彙カバー率,再生時間,発話速度,小学校レベルの高頻度語彙の頻度数などの観点から分析した。主な結果は,(1)どのアニメも小学校レベルの語彙だけでカバー率は 60%前後になり,固所数と間投詞を含めると 70%前後になること,(2)少数の語彙(上位 10 語)が語彙カバー率の多くを占めること,(3)アニメによって総語数,再生時間,平均発話速度がそれぞれ異なること,(4)視聴するエピソード数が増えるほど小学校レベルの高頻度語彙の繰り返しの回数が増えることが明らかになった。
英語初学者が最初に視聴するべきアニメ,つまり,本研究で分析した中で最も視聴難易度が低いアニメは,Timmy Time の Meet シリーズであると考えられる。このアニメは, Timmy Time に登場する動物のキャラクターの名前,特技,好きなことなどを紹介する作品となっている。再生時間は約 1 分間,平均発話速度は 44.3 語,平均総語数は 44.3 語であるため,英語学習最初期でも十分使用できると考えられる。しかしながら,13 話分を視聴しても,576 語分のインプット量にしかならないため,理解可能な音声インプットを十分に与える教材とは言えない。さらに,表 3 から,小学校レベルの高頻度語彙に繰り返し出会う機会が非常に少ない。その上,頻度数が 20 回を超えるのは不定冠詞の a と be 動詞の isの 2 語だけである。
これらの欠点を補うために,次いで,Learning Time with Timmy シリーズを視聴すること
を薦めたい。このアニメは,Meet シリーズと同じキャラクターが登場するため,背景知識を有した状態で視聴することが可能である。このシリーズでは,各エピソードに付き 3~5語程度の目標語彙が導入されて,その語彙が動画内で意図的に使用されるため,語彙学習に適したアニメである。例えば,Jungle Animals というエピソードでは,hat, camera, footprint, elephant, lion が目標語彙となっており,それらが映像内で目に見える形で登場し,さらに実際の使用場面を視聴しながら学ぶことになっている。footprint の場合,主人公の Timmyがゾウの大きな足あとを見つける場面で,Ah, there’s some big footprints.とナレーションが入る。筆者の知る限り,YouTube 上で視聴可能な動画は全部で 26 話あり,このシリーズを視聴するだけで,異なり語を 107 語学ぶことができる。しかしながら,全 26 話を視聴して
も,その音声インプットの総量は 7115 語にしか達しないため,さらに多くの音声インプットを浴びる必要があるだろう。
理解可能な音声インプットを大量に浴びるためには,1 作品のエピソード数が多く,かつ,視聴難易度も比較的易しい教材を視聴する必要がある。そのような条件を満たす最適な教材が,Peppa Pig シリーズである。Peppa Pig は,Learning Time with Timmy と比較して,再生時間はほとんど変わらないが,平均発話速度が速く,総語数も多いため,Learning Time with Timmy の次に視聴するアニメに適している。調査開始時点で Peppa Pig は,シーズン 8 の途中まで放送されており,各シーズン 52 話ずつで構成されている。そのため,単純計算にはなるが,シーズン 7 まで視聴した場合,16 万~17 万程度(455 語 × 52 話 × 7 シーズン)の音声インプットの確保が期待できる。
本研究で分析したアニメの中で最も視聴難易度が高いと考えられるのは,Ben and Holly’s Little Kingdom シリーズである。表 1 からもわかるように,1 話あたりの平均総語数,語彙カバー率,再生時間,平均発話速度の点で Peppa Pig よりも視聴難易度が高いことがわかる。このアニメは現在まででシーズン 2 まで放送されており,両シーズンともに,52 話ずつで構成されているため,すべてのエピソードを視聴した場合,11 万語程度(1069.4 語 × 52 話 × 2 シーズン)の音声インプットの確保が期待できる。
また,どのアニメにも共通して,視聴する場所が教室内外問わずに,視聴前に指導する価値のある語彙が含まれている。例えば,Peppa Pig に関して,表 1 から,語彙カバー率だけに着目した場合,Peppa Pig は児童に適した教材とは言い切れないが,視聴するエピソードに含まれる重要な語を事前に指導することで語彙カバー率を高くすることができる
(Webb & Rodgers, 2009a)。例えば,Peppa Pig の第 1 話(Muddy Puddles)は,固所数,間投詞,小学校レベルの語彙を合わせても語彙カバー率は 69.7%にしか達しない。しかし,このエピソードの,muddy(高校レベル)とpuddle(NA レベル)の頻度数は合計 27 回であるため,これら 2 語を加えるだけで,語彙カバー率は 77.8%まで上昇する。さらに,中学校 1 年生レベルである,dad(daddy)と mom(mummy)の頻度数は合計 15 回なので,これらの語彙を加えるとさらに 82.4%にまで達する。
ただし,頻度数が多いから指導価値があるとは限らない場合もあるので注意が必要であ
る。表 2 からもわかるように,各アニメの高頻度語彙 10 語のほとんどは機能語であるため,事前に指導したとしてもエピソードの内容理解を促進しないかもしれない。例えば, I found XXX in the YYY.という文では,機能語の in や the を知っていても,内容語の XXXや YYY を知らないと内容を理解することが難しいだろう。一方で,特定のエピソード内で XXX とYYY が 1 度しか登場しなかったとしても,それらの内容語は物語の内容を理解する上で重要な語彙になる可能性があるため指導価値は十分にある。
これらを踏まえると,教室内で指導する際には,教師が事前に内容理解に重要な役割を果たすと考えられる語彙を数語選定して指導することが可能であるが,教室外で視聴させる際には,児童がわからない語彙を自身で自発的に調べることができるように指導しておくことが重要である。「Weblio 英和和英辞典」や「英辞郎 on the WEB」のようなインターネット上で無料で使用できる辞書の活用方法について指導しておくと良い。
これらのアニメは授業中の帯活動として視聴することも可能であるが,本稿の最初で述べたように,小学校 4 年間で受けられる外国語活動と外国語の授業時間数には限りがあるため,これらは自宅学習として活用することを検討して欲しい。Webb(2015)が主張しているように,教室内での視聴の目的は,その有効性を学習者に意識させて教室外での自発的な視聴を促すことである。教室外でより多くの英語の音声インプットを浴びる機会を提供することが言語習得には欠かせない。例えば,Peppa Pig は,シーズン 1 からシーズン 7
まで 364 話(52 話 × 7 シーズン)あるので,1 日 1 本のエピソードを視聴する場合,約 1
年間で全話視聴することができる。同様に,Ben and Holly’s Little Kingdom も全部で 104 話
(52 話 × 2 シーズン)あるので,仮に 1 週間に 1 本のペースで視聴すると,約 2 年間で全話視聴することができる。Arifani(2020)では,児童の保護者に Timmy Time の動画 1 本ごとにURL を送って,それを児童に視聴させていた。同様の方法を取ることで,児童に自宅で英語の音声インプットを浴びる機会を提供できるだろう。
本節では,筆者がアニメを実際に視聴しながらスクリプトを作成する中で偶発的に発見した子ども向けアニメの内容的特徴について考察する。本研究では,小学校で導入される語彙を知っていても語彙カバー率は 90%を大きく下回ることを明らかにした。もしも,最適な視聴教材の条件が語彙カバー率 90%以上であるなら,本研究で分析したアニメを児童が視聴しても内容が理解できないことになる。しかし,Durbahn et al.(2020)は,TV 番組全般に対して,語彙カバー率が 90%を越えることの重要性を主張しているのであり,決して子ども向けアニメに対する主張ではない点に注意が必要である。子ども向けのアニメでは,発話の短さ,同じ語の繰り返しの多さ,内容語の多さ,発音の明瞭さ,注意を向けさせるような言葉(e.g., look)の使用によって,英語初学者が英語を理解できるように発話内容が調整されていることが多い(Kokla, 2021)。それに加えて,物語の中では,今,目の前で起こっている事柄を扱う『今ここ(here and now)』の状況を指す言葉が多く使用され
ていることを本研究から発見した。そのため,たとえ語彙カバー率が低くても,エピソードの内容理解が可能であると考えられる。here and now では,目の前にある物事の状況について描写されることが多い(Nakahama, 2009)。例えば,あるキャラクターが家でケーキを食べている場面では,そのケーキに関することが話題の中心になるため,視聴者は何について話されているのか予測しやすくなる。しかし,一般的なアニメの場合には,過去の別の場所で起こった出来事(there and then)について話される場面も多くなる。例えば,あるキャラクターが家でケーキを食べながら,昨日学校で起こった出来事について話す場面を想像してほしい。here and now と比較して,there and then の内容を含んだ英語を理解するために視聴者に大きな認知的負担を強いるため(Nakahama, 2009),内容を予想することが難しくなるだろう。there and then を表す場面ではその言葉が示すように単純過去形が使用されることが多い。参考までに,各アニメの 1 話分のスクリプトから単純過去形の数を
算出した結果,Peppa Pig の第 1 話は,総語数が 330 語中,過去形は 0 語であった。同様に,Meet シリーズ(Meet Mittens)では,45 語中,過去形は 0 語だった。また,Learning Time with Timmy(Meet the class)では,247 語中,過去形は 1 語のみであった。子ども向けアニメの中でも難易度が比較的高かった Ben and Holly’s Little Kingdom の第 1 話(The Royal Fairy Picnic)は,総語数が 1104 語で,その内,過去形は 13 語であった。一方で, Regular Show の第 1 話(The Power)では,1403 語中,過去形は 30 語使用されていた。必ずしも単純過去形が,there and then を指すとは限らないが,子ども向けアニメでは過去形の使用率が低いことから,here and now を指す言葉が多く使用されていることが示唆される。
このような特徴を持つ子ども向けアニメでは,『トムとジェリー』に代表されるように, BGM や効果音だけでも大まかな内容を理解することができる。例えば,Peppa Pig の第 1話(Muddy Puddles)のストーリーは(雨が止む → Peppa とGeorge が泥の水たまりを飛び跳ねて楽しむ → Peppa が長ぐつを履いて再度飛び跳ねる → George も長ぐつを履いて泥の水たまりを飛び跳ねて楽しむ → 2 人が大きな泥の水たまりを見つける → Peppa がジャンプして跳ねた泥が George の顔にかかって George が泣き出す → 2 人して泥だらけになりながら水たまりで遊ぶ → 家に戻って父親に泥を綺麗に落とすように言われる → 最後に家族 4 人で泥の水たまりを飛び跳ねて楽しむ),here and now の内容で構成されており,それに加えて,ストーリー上で登場する,muddy, puddle, rain, boots, jump などのエピソード理解に重要なキーワードとなる内容語が,映像内で目に見える形で登場するので(泥の水たまり,雨,長ぐつ,泥の水たまりを飛び跳ねている様子),たとえ無音でも内容理解が容易になるだろう。
本研究では,子ども向けアニメのスクリプトを作成して,NWLC を用いた語彙分析を行
った。その結果,子ども向けアニメは,一般的なアニメと比較しても語彙カバー率に大きな差が生じないことを明らかにした。さらに,平均発話速度,再生時間,1 話あたりの平均総語数,小学校レベルの高頻度語彙の頻度数などはアニメによって大きく異なることがわかった。本結果を基に,どのように英語アニメを使用するべきかを考察した。
本稿の最後に,本研究の限界点と今後の展望を記す。1 つ目の限界点は,特定のアニメがどの学年の児童にとって特に適切なのかまでは検証できなかった点である。本研究で使用したJET2020 は,小学校レベルの語彙を特定してくれるが,さらに細かい学年レベル(中学年レベル,高学年レベルなど)の区別まではできない。中学年レベルまで,または,高学年レベルまでの語彙カバー率が算出できれば,学年ごとの適切なアニメを検証できるかもしれない。
本研究は JSPS 科研費(23K00764)の助成を受けている。ここに感謝の意を表する。なお,本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。
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