抄録
鼻咽腔の腫瘍殊に癌腫はその解剖学的な位置的の関係から, 鼻, 耳, 眼あるいは各脳神経領域等色々な部位に症状を現わして来る場合が少くないのであるが, 一面この局所が他の部に比べて視診に幾分不便なために咽頭癌のうち鼻咽腔(上咽頭)に発来するものは中咽頭, 下咽頭の癌腫に比べると発生頻度が上位にあるにも拘わらず, 初期に於て看過されやすく,診断の困難な場合もあるとされている.
その上, 下咽頭あるいは舌等に発生する癌腫が扁平上皮癌として出来て来る場合が多いのに対して, 鼻咽腔に於ては扁平上皮癌はむしろ少く, 基底細胞癌が多いということは一般に認められているところである.
私共は最近中村臨床に於て上咽頭(鼻咽腔天蓋)に発生した癌腫がほぼ手拳大に達し, 軟口蓋を圧排して口腔に著しい膨隆を示しながら, この軟口蓋部膨隆と, 閉塞性鼻声の他にはこれという症状を呈することなく, 手術所見もまた極めて特異な1例に接したので茲に報告する.