京都市文化観光局文化財保護課
1986 年 50 巻 5 号 p. 13-17
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小川治兵衞 (『植治』) は、明治中期から昭和初期にかけて、無隣庵 (山縣有朋別邸) をはじめとする数多くの別荘庭園を作庭した。そうした別荘庭園の代表的なものの一つである封龍山荘庭園について、『京華林泉帖』(明治42年)『日本美術と工芸』(明治45年) の記事などから作庭当初の構想、世評を考察した。その結果、借景、庭園の構成についての小川治兵衞の考え方及び本庭園の世評の高さが明らかになった。
造園學雑誌
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