Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Special Issue on Crystallographic Orientation Distribution and Related Properties in Advanced Materials II
Change of Microstructure during Thermal Fatigue at Maximum Temperature 1073 K in Nb-Added Ferritic Stainless Steels
Jun-ichi HamadaNaoki MorihiroHaruhiko Kajimura
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2017 Volume 81 Issue 12 Pages 527-535

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抄録

In this study, thermal fatigue tests at maximum temperature 1073 K were performed using 13%Cr-Nb-Si and 18%Cr-Nb-Mo steels as representative heat-resistant ferritic stainless steels for automotive exhaust systems. The changes in the microstructure, the crystal orientation and the hysteresis loop during thermal fatigue in the temperature range from 473 K to 1073 K were investigated. As a result of comparing thermal fatigue life under these conditions, 18%Cr-Nb-Mo steel with high temperature strength was found to have a longer thermal fatigue life than 13%Cr-Nb-Si steel. During the thermal fatigue process, the material was softened by reducing of the amount of solute Nb, and the coarsening of Nb precipitation. By this softening, the form of the hysteresis loops changed with the increase in cycles. By considering the softening of the material, the change in the hysteresis loops could be predicted to some extent. Furthermore, by EBSD analysis, it was recognized that the dynamic recovery and recrystallization accompanied by the uniaxial and fine grain formation occurred during the thermal fatigue process. From the viewpoint of change of the microstructure, the thermal fatigue damage was quantified by the ratio of the low-angle grain boundary, and the change of this index with the progress of the cycle in 18%Cr-Nb-Mo steel had a smaller than 13%Cr-Nb-Si steel. It was thought that this point was caused by the retardation of recrystallization by solute Mo.

1. 緒言

フェライト系ステンレス鋼は,高温強度や耐酸化性等に優れており,オーステナイト系ステンレス鋼に比べて熱膨張係数が小さいため,耐熱用途に多用されている1,2.例えば,自動車の排気部品であるエキゾーストマニホールドは,エンジンから排出される排気ガスの温度変動によって高温環境下で繰り返し歪を受けるため,使用材料の熱疲労特性が極めて重要となる1,2.従来,排気ガス温度の高温化や部品軽量化等に対応するため,熱疲労特性に優れたフェライト系ステンレス鋼が種々開発されてきた3,4,5,6,7,8.また,材料や部品に対する耐久性の評価および予測を目的として,熱疲労試験方法9,10,排気部品の耐久試験方法11およびFEM(Finite Element Method)を活用した寿命予測12,13の報告も成されている.

一方,適正な材料選定や高温耐久性予測のためには,熱疲労挙動や損傷を正確に評価することが重要である.最近では,各種金属材料の疲労やクリープ損傷について,後方散乱電子線回折(EBSD:Electron Back Scatter Diffraction)法を用いて得られる微視的な結晶方位差情報を指標とする余寿命診断が活発に研究されている14,15.しかしながら,フェライト系ステンレス鋼の熱疲労過程の組織変化や熱疲労損傷16,17,18,発生する応力-歪応答19についての報告例は少なく,鋼種比較や組織形成についての詳細な検討は成されていない.

そこで,本研究ではフェライト系ステンレス鋼の熱疲労過程の組織変化と応力-歪応答に及ぼす材質変化の影響を明らかにすることを目的とした.代表的な耐熱フェライト系ステンレス鋼である13%Cr-Nb-Si鋼と18%Cr-Nb-Mo鋼を用いて,最高温度を 1073 Kとした熱疲労途中止め試験を実施し,熱疲労過程の組織および応力-歪ヒステリシスループの変化を詳細に調査するとともに,結晶方位差の変化から熱疲労損傷の定量化を試みた.

2. 実験方法

2.1 供試材

商用の2種類のフェライト系ステンレス電縫鋼管(ϕ38.1×2 mm厚)および鋼板(2 mm厚)を用いた.Table 1 に示す様に,Steel Aは13%Cr-Nb-Si添加鋼,Steel Bは18%Cr-Nb-Mo添加鋼である.光学顕微鏡による組織観察から,両鋼ともフェライト単相組織である.

Table 1 Chemical compositions of steels used (mass %).
No.CSiMnCrMoNbTiN
Steel A0.0040.860.2413.3-0.47-0.008
Steel B0.0050.350.9918.41.80.480.100.012

2.2 熱疲労試験

鋼管を用いた熱疲労試験3,9は,排気部品の実環境に近い条件で評価ができるため,鋼管から管状試験片を作製して熱疲労試験に供した.管状試験片は,従来報告3,9されている試験片と同形状で,長さ 170 mm,中空部長さ 40 mm,中空部に空気を通風できる構造である.試験にはコンピュータ制御の電気油圧サーボ型疲労試験機を使用した.高周波誘導加熱を用いて試験片外面側から加熱し,冷却時は高周波誘導加熱の出力を制御するとともに,必要に応じて内面側から空気を通風した.管軸方向の歪を標点間距離 12 mmの伸び計で測定し,標点間距離内の温度分布は,円周方向も含めて±5 K以内に調整した.温度および歪のパターンをFig. 1 に示す.最高温度(Tmax)を 1073 K,最低温度(Tmin)を 473 K,最高温度での保持時間を 30 sとし,自由熱膨張歪(εth)に対する拘束率(η)が50%と一定になる様に試験片の温度と歪を逆位相に同期させた.ここで,熱疲労試験中の各温度において自由熱膨張歪の1/2を拘束する様に油圧サーボで制御している.すなわち,材料は各温度で熱膨張が妨げられる様に一定の拘束が作用するため,材料には圧縮歪(-ηεth)が作用する.そして本実験では歪制御の試験になるため,加熱時に圧縮,冷却時に引張の応力が作用する.本実験では,各サイクルにおいて応力と歪を計測しながら熱疲労寿命を得るとともに,寿命に至る前のサイクルで試験を中断する途中止め試験片を作製した.また,試験中に目視で亀裂の発生を確認した後,リークチェックにより亀裂の板厚貫通が確認された時点を熱疲労寿命とした.

Fig. 1

Waveforms of temperature and mechanical strain during 2 cycles.

2.3 組織観察

熱疲労試験片の断面組織観察および結晶方位分布測定をそれぞれ光学顕微鏡およびEBSD(加速電圧 25 kV,ビームステップ 1 μm)で行った.硬度は,板厚中心部においてビッカース硬度(荷重 1 kgf)を測定した.析出物に関して,電解抽出残渣分析による析出量測定,X線回折装置による同定および薄膜サンプルの透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)による観察を行った.これらの観察位置は,熱疲労試験の均熱帯における軸方向の中央部位とし,断面組織とEBSD測定については管内面側で行った.

2.4 高温引張試験

供試鋼板および 1073 Kで 360 ksの時効熱処理を施した鋼板に対して,大気中 473~1073 Kで高温引張試験を行い,0.2%耐力を測定した.この際,引張温度での保持時間は 900 s,歪速度は5×10-5/sとした.時効熱処理は,熱疲労試験での最高温度におけるNb系析出物の析出および粗大化による機械的性質の変化を測定するためのものである.

3. 実験結果および考察

3.1 熱疲労寿命と高温強度

Steel AおよびSteel Bの熱疲労寿命は,それぞれ1202サイクルおよび1644サイクルであった.Fig. 2 に熱疲労試験中の最低温度(Tmin: 473 K)で生じる最大引張応力の推移を示す.Steel Aに比べてSteel Bの方が最大応力は高く,両鋼とも繰り返し軟化挙動を示す.

Fig. 2

Changes in maximum tensile stress with increase of thermal fatigue cycle.

Fig. 3 に両鋼の高温引張試験における0.2%耐力の温度依存性を示す.いずれの温度域においてもSteel AよりSteel Bの方が高温強度は高く,主として固溶Moによる強化の影響と考えられる4,5.1073 Kで 360 ksの時効熱処理を施した後の高温強度は,両鋼とも時効熱処理を施さない場合に比べて低強度であるが,Steel BはSteel Aよりも高強度である.時効熱処理により主にLaves相の析出が生じて固溶NbおよびMo量が低減するとともに,析出物の粗大化が生じる4,5.時効熱処理により粗大化したLaves相は,すべり面において転位運動の弱い障害物として作用するものの20,固溶量低減のため時効熱処理を施さない場合に比べて低強度になると考えられる.

Fig. 3

0.2% proof stress at elevated temperature of the sheets with and without aging at 1073 K for 360 ks.

3.2 ヒステリシスループの変化

Fig. 4 にSteel AとSteel Bの熱疲労過程におけるヒステリシスループの変化を示す.ここで,最低温度(Tmin: 473 K)において生じる歪を基準として,熱サイクル中に生じる歪を機械的歪(εt)として表わす.本試験条件では,加熱・冷却過程で圧縮歪が作用し,加熱時に圧縮応力,冷却時に引張応力が作用する.具体的には,最低温度からの加熱により圧縮の弾性歪および応力が発生し,材料が塑性域となる温度から圧縮応力が低減する.最高温度では歪一定下で保持されるため応力緩和が生じ,冷却過程では引張応力が作用しつつ圧縮歪が低減する.両鋼ともサイクルの進行に伴い引張応力および圧縮応力とも徐々に低下し,非弾性歪範囲(∆εin)が若干広がる様にヒステリシスループの形状が変化する.また,Steel Aに比べて長寿命を示したSteel Bの方が非弾性歪範囲(∆εin)は小さい.熱疲労寿命は,非弾性歪範囲との相関が強いことが知られており9,19,21,Steel BがSteel Aよりも長寿命であることと関連する.ヒステリシスループの形状に及ぼす材料特性の影響については,後に考察する.

Fig. 4

Changes in hysteresis loops with increase of thermal fatigue cycle in (a) Steel A and (b) Steel B, and (c) illustration of hysteresis loop.

3.3 金属組織と硬度の変化

Fig. 5 にSteel Aの途中止め試験片の金属組織を示す.Steel Aでは,寿命の30%程度のサイクルにおいて表面に複数の微細な凹凸および亀裂が観察される.これは試験片の表面観察において目視で観察された微小な皺に対応するものと思われる.サイクルの進行に伴い,複数の表面亀裂が板厚方向に進展している.また,熱疲労の初期~中期段階で不鮮明な結晶粒界が見られ,後期段階では微細な結晶粒が観察される.これらの現象はSteel Bでも同様であった.

Fig. 5

Microstructure of Steel A interrupted at (a) 5 cycles, (b) 372 cycles, (c) 576 cycles, and (d) 1202 cycles.

Fig. 6 に途中止め試験片の硬度を示す.両鋼ともサイクルの進行に伴い軟化しており,熱疲労過程で計測された最大引張応力およびヒステリシスループ形状の変化と併せて,本試験条件では熱疲労寿命が異なる2鋼種とも繰り返し軟化が生じることが確認された.

Fig. 6

Changes in hardness with increase of thermal fatigue cycle.

3.4 析出物の変化

Fig. 7 にSteel Aの819サイクル後に存在する析出物をX線回折で同定した結果を示す.Steel AではNb(C, N),Fe2Nbおよび(Fe, Nb)6Cであり,Steel Bでは(Ti, Nb)(C, N)とFe2(Nb, Mo)が同定され,いずれも主にLaves相が熱疲労過程で析出する.

Fig. 7

X-ray diffraction pattern of residues extracted from Steel A interrupted at 819 cycles.

Fig. 8 に抽出残渣分析で得られた熱疲労過程の析出Nb量と析出Mo量を示す.析出Nb量および析出Mo量は,熱疲労サイクルの初期に増加した後ほぼ一定であり,初期段階において主にLaves相の析出が進んで,固溶NbおよびMo量が減少することを示している.

Fig. 8

Changes in contents of insol. Nb and Mo with increase of thermal fatigue cycle.

Fig. 9 にSteel Aの熱疲労過程において結晶粒内で観察されたLaves相のTEM像を示す.転位がLaves相に絡まっている様子が観察されるとともに,サイクルの進行に伴いLaves相の粗大化が生じ,転位密度の低下が認められる.この傾向はSteel Bでも同様であった.Nb含有フェライト系ステンレス鋼の高温強化機構は,固溶Nbによる固溶強化とLaves相による析出強化が挙げられている22,23.また,Steel Bと同成分の材料を用いた 1023 Kにおける引張変形過程の詳細な研究から,変形に伴い強化機構が遷移することも報告されている20.さらに最近では,3次元アトムプローブを用いて転位上へのNbの偏析が観察されており,Nbコットレル雰囲気の形成が高温での回復抑制や強度向上に関与している可能性がある24.熱疲労の場合は温度変化を伴うため種々の要因が複雑に作用すると予想されるが,本熱疲労試験条件下における繰り返し軟化の要因として,熱疲労初期においてはLaves相析出による固溶NbおよびMo量の低減,以降はLaves相の粗大化が主に影響していると考えられる.

Fig. 9

TEM micrographs of Steel A interrupted at (a) 5 cycles, (b) 372 cycles, (c) 576 cycles, and (d) 1202 cycles.

3.5 ヒステリシスループの変化に及ぼす材質の影響

熱疲労過程で計測される応力推移および途中止め試験片の硬度変化から,本試験環境では2鋼種ともに繰り返し軟化が生じ,サイクルの進行に伴いヒステリシスループ形状が変化することが認められた.熱疲労過程における軟化現象およびヒステリシスループ形状の変化は,拘束状態で長時間熱サイクルを受ける中でLaves相の析出による固溶Nb量の減少およびLaves相の粗大化が影響すると考えられる.以下にヒステリシスループ形状に及ぼす材料の軟化の影響を検討した結果を示す16,17,18.温度Tにおける全歪範囲(Δεt)は,次式で表わされる19,25.   

Δ ε t =αη(T- T min ) (1)
ここで,αは熱膨張係数である.また,加熱および冷却過程で生じる熱弾性応力(σt)は,それぞれ(2)および(3)式で表わされる.   
σ t = σ min -αη(T- T min ) E T (2)
  
σ t = σ max -αη( T max -T) E T (3)
ここでσminおよびσmaxは,それぞれ最低温度および最高温度における材料の0.2%耐力で簡易的に表わす.また,ETは温度Tでのヤング率である.塑性域では発生応力(σt)に対して各温度での0.2%耐力を用いれば,応力-歪ヒステリシスループは,温度,拘束率,熱膨張係数,0.2%耐力およびヤング率から求めることができる.Fig. 10 にSteel AとSteel Bに対して,時効熱処理有りとなしの材料物性値から計算したヒステリシスループを示す.これより,実測された様にSteel AよりもSteel Bの方が高応力で,非弾性歪範囲が小さいことがわかる.また,時効熱処理材の特性から得られるヒステリシスループは,時効熱処理なしの結果に比べて低応力化し,非弾性歪範囲が若干増加する.従来,著者らはSteel Aに対して,軟化によるヒステリシスループの形状変化を報告した16,17,18.今回,長寿命を示すSteel Bについても同様な解析で実験結果を定性的に表現出来たことから,材料の軟化がヒステリシスループ形状および非弾性歪範囲の変化をもたらすことが確認された.尚,本検討は十分に軟化させるために,360 ksの長時間時効熱処理を施した際の特性を用いた考察であるが,本熱疲労試験における最高温度での総保持時間は,Steel Aで 36 ks,Steel Bで 50 ks程度である.今後,材料物性値の連続的な時間変化を考慮することで,熱疲労過程のヒステリシスループ並びに非弾性歪範囲の推移を予測することが可能と考えられる.また,本試験の様に最高温度にて保定を行う熱疲労試験では保定時に応力緩和が生じることを確認しているが,本解析では考慮していない.ヒステリシスループ形状および非弾性歪範囲の厳密な予測のためには,応力緩和挙動の定式化が必要である.
Fig. 10

Calculated hysteresis loops with and without consideration of the softening of materials.

3.6 結晶方位の変化

Steel AおよびSteel Bについて,熱疲労過程の軸方向の結晶方位マップの変化をそれぞれFig. 11 およびFig. 12 に示す.両鋼ともに372サイクルの時点の結晶粒内において,局所的に結晶方位差が生じていることを示す色の濃淡および小角粒界の発生が観察される.また,サイクルの進行に伴い,微細結晶粒の形成が認められる.Fig. 11 およびFig. 12 では,結晶方位差が15°以上の大角粒界を黒線,15°未満の小角粒界をグレー線で示したが,結晶方位差をより明瞭に示すためにFig. 11 で測定した箇所の一部(パイプ内面の約 200~400 μm深さ)について大角粒界を黒線,小角粒界を赤線で描いたOIM像をFig. 13 に示す.熱疲労の進行に伴い初期結晶粒内に小角粒界を有する微細なサブグレインが形成され,中期から後期において一部に大角粒界を有する等軸微細粒が形成されている.光学顕微鏡の観察において,初期~中期段階で観察された不鮮明な結晶粒界は,微細サブグレインに対応するものと考えられる.また,新たに形成したと考えられる大角粒界を有する微細粒の内部に方位差15°未満のサブバウンダリーが存在する.Fig. 14 に本実験で得られた熱疲労過程の組織変化の模式図を示すが,粒内でのサブグレイン形成および大角粒界を有する等軸微細粒の形成という本特徴は,動的かつ連続的な再結晶の特徴26に類似している.但し,「連続」再結晶と「不連続」再結晶の違いは,再結晶粒の成長の有無であるため27,28,本実験における動的再結晶が厳密に「連続」か「不連続」であるかは断定出来ない.しかしながら,OIMから観察される新粒とサブグレインの粒径差は小さく,特定の結晶粒が成長する「不連続」再結晶よりも「連続」再結晶に近い組織形態であると思われる.動的再結晶の本質的な特徴は,新粒が大角粒界で囲まれており,その内部に転位下部組織が存在することであるが29,30,31,本熱疲労過程ではEBSDによって得られた結果から動的回復・再結晶が発現していると言える.熱疲労過程の結晶方位差分布のヒストグラムをFig. 15 に示す.図中にランダム方位の立方晶多結晶体において幾何学的に予想されるマッケンジー分布32を破線で示す.熱疲労試験前では,結晶方位差が5°程度に加えて45°近傍の頻度も高く,後者の高角側はマッケンジー分布に対応する.寿命の30%程度のサイクルまでは,転位境界やサブバウンダリーが形成されるため小角粒界の頻度が増加し,大角粒界の頻度が低下する.しかしながら,寿命の50%程度を超えた以降では,逆に小角粒界の頻度が低下する.寿命に至るまでにマッケンジー分布に対応した分布にはならないものの,15°以上の大角粒界の頻度は徐々に増加傾向にある.動的再結晶の発現(核生成)は,変形中に十分大きな方位差を持つ局所領域が形成されさえすれば,いかなる材料でも生じるとされている28.本熱疲労試験条件下で1サイクル中に発生するマクロ的な圧縮の機械的歪範囲は約0.4%程度であるが,試験中に絶えず繰り返し歪が作用し,本試験の寿命到達までの累積歪は真歪で2以上となる.この歪量は,超強加工(4以上)と呼ばれるレベルでは無いものの,フェライトの動的再結晶発現歪量33を参考にすると部分的に動的再結晶が生じる歪量である.また,亀裂近傍あるいは先端の局所領域ではさらに大きな塑性歪が生じ,十分大きな方位差を持つ局所変形領域が形成されていると予想される.熱疲労過程の母相組織の変化は,温度や拘束率等の条件に依存すると考えられるが,従来の動的再結晶の知見も踏まえ,本熱疲労環境下ではサイクルの進行に伴い動的な回復・再結晶が生じていると言える.

Fig. 11

Inverse pole figure maps obtained by EBSD measurements for Steel A interrupted at (a) 5 cycles, (b) 372 cycles, (c) 576 cycles, and (d) 1202 cycles. The colors of measured points represent the crystal orientation parallel to the axial direction. The black and gray lines are the high-angle boundary (≧15 degrees) and the low-angle boundary (<15 degrees), respectively.

Fig. 12

Inverse pole figure maps obtained by EBSD measurements for Steel B interrupted at (a) 372 cycles, (b) 576 cycles, (c) 1202 cycles, and (d) 1644 cycles. The colors of measured points represent the crystal orientation parallel to the axial direction. The black and gray lines are the high-angle boundary (≧15 degrees) and the low-angle boundary (<15 degrees), respectively.

Fig. 13

Distribution of the high-angle boundary (≧15 degrees) and the low-angle boundary (<15 degrees) for Steel A interrupted at (a) 5 cycles, (b) 576 cycles, and (d) 1202 cycles. The black and red lines are the high-angle boundary and the low-angle boundary, respectively.

Fig. 14

Schematic view about the change of microstructure during thermal fatigue process.

Fig. 15

Histograms of the misorientation angle distribution for (a) Steel A and (b) Steel B during thermal fatigue test.

3.7 熱疲労損傷の定量化

高温クリープや疲労損傷の定量化および余寿命予測の方法として,破壊的評価法,硬さ法,電気抵抗法,ボイド観察法,超音波法,組織対比法,析出物粒間距離法等が挙げられている34.本実験で得た硬さ,析出物のサイズおよび結晶方位差の変化も損傷量を示す指標として挙げられるが,本研究では熱疲労過程で生じる動的回復・再結晶に起因した結晶方位差の変化に着目して,熱疲労損傷の定量化を検討した.熱疲労途中止め試験片のEBSD測定結果から,結晶方位差が15°未満の小角粒界の比率を求め,熱疲労試験前の小角粒界の比率で規格化し,熱疲労サイクルとの関係を調べた結果をFig. 16 に示す.熱疲労の初期では動的回復によって,規格化した小角粒界比率は増加するが,サイクルの進行とともに動的再結晶に伴う転位の再配列によって,規格化した小角粒界比率はほぼ直線的に低下する.熱疲労過程では,付与される歪量,結晶下部組織や析出物の変化,亀裂の発生や進展等の損傷因子が複雑に重畳し,サイクルの増加に伴い損傷が進行すると考えられる.小角粒界比率の変化は,上記の損傷因子に起因した組織的変化を結晶方位差情報として表したものであるが,サイクルとの間に概ね良い対応関係があることから,熱疲労損傷の定量的な評価に有用であると言える.鋼種間の比較を行った場合,Steel Aに比べて長寿命であったSteel Bはサイクルの進行に伴う小角粒界比率の減少が緩やかであり,動的回復・再結晶の遅延が生じていると考えられる.小角粒界比率の減少が生じているサイクルでは,Fig. 8 に示した様に両鋼ともNbやMoの固溶・析出量はほぼ一定であり,その固溶量を比較するとSteel AおよびSteel Bの固溶Nb量はそれぞれ約0.13%および約0.06%である.また,Steel Bの固溶Mo量は約1.4%である.このことから,Steel AとSteel Bの違いは固溶Moの影響が強いと推察される.従来からMoは再結晶を遅延させることが知られており,溶質Moの界面への偏析によるSolute drag効果が生じて界面移動が抑制される35,36.Steel Bにおいては固溶Moによる動的再結晶遅延が生じる結果,熱疲労過程で小角粒界比率の低減が遅くなると考えられる.溶質原子のみならず微細析出物も界面移動を遅延させる障害物となり,熱疲労過程における母相の動的回復・再結晶の抑制に作用すると推察されるが,Fig. 9 に示したSteel Aの析出状態と同様にSteel Bにおいても熱疲労過程でLaves相の粗大化が確認された事から,Steel AとSteel Bの組織変化の差異は固溶Moの影響が強いと言える.ここで,小角粒界比率の変化が損傷度を表すパラメータとした場合,Steel BはSteel Aに比べて動的回復・再結晶が抑制され,組織安定性が高いため長寿命化することになる.一方,先述した様にSteel BはSteel Aに比べて高温強度が高いため,熱疲労における非弾性歪範囲が小さい.具体的には,Fig. 14 に示した5サイクル目の時点でのSteel AおよびSteel Bの非弾性歪範囲は,それぞれ0.23%および0.18%である.これより,1サイクル当たりに受ける非弾性歪量の差異によって,Steel BはSteel Aよりも組織変化が生じがたい可能性も考えられる.固溶Moによる転位の粘性運動や上昇運動(回復)の抑制は,高温強度の向上およびそれに伴う非弾性歪の低減,熱疲労過程の動的回復・再結晶の抑制のいずれにも作用する.このため,固溶Moの効果は組織および機械的応答の変化のいずれに対しても長寿命化の効果を発現すると推察される.Fig. 14 の1200サイクル時点でのSteel AおよびSteel Bの非弾性歪範囲は,それぞれ0.27%および0.19%であり,上述した5サイクル目の非弾性歪範囲からの変化を考えるとSteel Bの方がサイクルの進行に伴う非弾性歪範囲の増加が少ない.これは,Steel Bの方が機械的応答の時間変化が小さい事を示している.すなわち,固溶Moに起因して熱疲労過程での回復・再結晶が抑制される結果,組織安定性が比較的高くなり,機械的応答の安定化ならびに長寿命化に繋がると解釈できる.

Fig. 16

Relationship between thermal fatigue cycles and ratio of the low-angle-boundary.

熱疲労損傷に対して,高温強度が関連する機械的応答と動的回復・再結晶が関連する組織変化のいずれが支配的であるかを明確化する事は今後の検討課題であるが,著者ら18は規格化した小角粒界比率の変化を寿命比で整理し,本2鋼種とも同一関係になることを報告している.その結果は,母相の結晶方位差変化が余寿命診断の指針になる可能性を示唆している.従来のEBSDを用いた疲労やクリープ損傷に関する研究では,対応粒界頻度37,GAM(Grain Average Misorientation)38,KAM(Kernel Average Misorientation)39,GROD(Grain Reference Orientation Deviation)40およびOD(Orientation Distribution)41等の指標が提案されている.これらは,EBSD測定ピクセル間の方位差のパラメータで,結晶方位差という組織情報を基本としている点では同じであるが,熱疲労損傷に対する指標を見極める事は高精度な余寿命予測に繋がるであろう.また,本研究では1条件の熱疲労環境における組織変化について述べたが,熱疲労損傷は温度,拘束率,構造体の形状因子ならびに亀裂進展の影響も受けると予想されるため,種々の要因の影響を系統的に検討する必要がある.

4. 結言

フェライト系ステンレス鋼の熱疲労過程の組織変化と応力-歪応答に及ぼす材質変化の影響を明らかにすることを目的とし,代表的な耐熱フェライト系ステンレス鋼である13%Cr-Nb-Si鋼と18%Cr-Nb-Mo鋼を用いて最高温度 1073 K,最低温度 473 K,拘束率50%で熱疲労途中止め試験を実施した.その結果,以下のことがわかった.

(1) 13%Cr-Nb-Si鋼に比べて高温強度が高い18%Cr-Nb-Mo鋼の方が,本熱疲労試験における非弾性歪範囲が小さく長寿命である.

(2) 本試験条件では,両鋼とも繰り返し軟化挙動を示し,熱疲労過程の固溶Nb量の減少とNb系析出物の粗大化が影響していると考えられる.これによる材料の軟化を考慮することによって,熱疲労過程のヒステリシスループ形状並びに非弾性歪範囲の変化を定性的に予測できる.

(3) 本試験条件では,熱疲労サイクルの進行に伴い母相の動的回復・再結晶が生じて等軸微細粒が形成する.13%Cr-Nb-Si鋼に比べて18%Cr-Nb-Mo鋼は,サイクルの進行に伴う小角粒界比率の変化が小さく,固溶Moによる動的再結晶遅延の影響と考えられる.

引用文献
 
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