Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Special Issue on Oxidation Mechanisms and Evaluation Method for High Temperature Corrosion-Resistant Materials Applied in Advanced Energy Plants
Thermodynamic Consideration on Steam Oxidation Resistance of Austenitic Stainless Steels Forming Intermetallic Compound
Norifumi KochiYoshitaka Nishiyama
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2017 Volume 81 Issue 9 Pages 427-434

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抄録

Steam oxidation resistance of Fe-20at.%Cr-30at.%Ni austenitic stainless steels with each of Nb, Mo, Ta and W added was respectively investigated by steam oxidation experiments at 700°C. Cr2O3 layer was uniformly formed at the boundary between an inner oxide scale and the metal substrate of the alloy with Nb, Mo and W addition, and inhibited the growth of the oxide scale and thus improved steam oxidation resistance. It was revealed that Cr2O3 layer formation is promoted as the precipitation of intermetallic compounds including Fe increases. It was assumed that the precipitation changed the chemical composition both of the substrate of the alloy and below the inner oxide scale, and thereby increased the Cr activity gradient. As a result, it was suggested that an increase in the Cr flux accelerated the formation of Cr2O3 layer.

1. 緒言

LNGや石炭を中心とした火力発電は我が国の発電量の半分以上を占めており,今後も重要なエネルギー源として位置付けられている.特に石炭は他の化石燃料と比較して,埋蔵量および可採年数が豊富であること,可採埋蔵地の偏りが比較的少ない等の利点が挙げられるが,一方で燃焼の際に温室効果ガスである二酸化炭素を多量に排出する.この問題に対する解決策として,火力発電システムを高効率化し,単位発電量における二酸化炭素排出量を削減する対策がある.火力発電システムの高効率化は,熱媒体である水蒸気を高温高圧化することで実現できるため,現在,先進超々臨界圧(A-USC: Advanced Ultra-Super Critical)発電プラントの研究開発が,日欧米を中心に進められている.A-USC発電プラントの操業条件としては,水蒸気の温度を700°C,圧力を 35 MPaにすることが目標として掲げられており,発電プラント用耐熱材料の開発も各国で進められている.

発電プラント用耐熱材料に使用される鋼もしくは合金には,高い高温強度と優れた高温耐食性の両方を有することが求められる.現在,発電プラント用耐熱材料としてオーステナイト系ステンレス耐熱鋼が適用されており,その高温強度を向上させるために析出強化が利用されている.TakeyamaらはFe-20%Cr-30%Ni(at.%,以降特に記述が無い場合,%はat.%を指すこととする)を基本成分とした合金に,高温クリープ強度の向上を目的として2.0%のNbを添加した材料の開発を進めている1,2,3,4,5.この合金を700~900°Cにて保持すると,金属間化合物として粒界にLaves相(Fe2Nb),粒内にγ”相(Ni3Nb)が析出する.TakeyamaはFe-20%Cr-30%Ni-2.0%Nb合金および既存実用鋼の高温クリープ強度を比較しており4,この合金は,Ni基合金であるInconel740には劣るものの,TP347H(Fe-18%Cr-12%Ni-Nb, mass%)よりも優れたクリープ強度を有することを示している.これは,粒界および粒内での金属間化合物の析出により,クリープ強度が向上したためであると説明されている.

一方で,発電プラント用耐熱材料の寿命を増加させるためには,管外面での燃料起因のClやSによる高温腐食,および管内面での水蒸気による高温酸化における耐食性を向上させることも重要となる.管内面においては発電用の熱媒体として水蒸気が存在するため,大気酸化の場合と比較すると材料の酸化は促進される6.水蒸気雰囲気においても優れた耐酸化性を維持するためには,保護性のあるCr2O3を,酸化の初期段階から材料の表面に均一に形成することが重要となる.Cr2O3を早期に均一形成するために,1.Cr濃度を高める7,2.合金の結晶粒径を細かくしCrの拡散を促進する8,9,3.表面にショットピーニング等による加工歪を付与しCrの拡散を促進する10,11,12,13,等の対策が取られている.上述したように,近年は発電プラントの操業条件の高温高圧化に伴い耐熱材料の高温強度を向上させるため,析出強化を目的として添加元素が積極的に使用されている.従って,添加元素による析出挙動の変化と,Cr2O3の形成を中心とした耐水蒸気酸化性の関係を理解することは,発電プラント用耐熱材料の開発において非常に重要である.しかしながら,このような析出挙動の変化と耐水蒸気酸化性の関係について系統的に考察された報告はない.そこで本研究では,周期表の第5族,第6族において金属間化合物を析出する元素として,Nb,Mo,Ta,およびWを対象として,水蒸気酸化挙動におよぼすこれら元素の添加による析出挙動の影響を明らかにする.

2. 実験方法

供試鋼の成分をTable 1 に示す.20%Cr-30%Niの基本成分にNb,Mo,Ta,およびWをそれぞれ最大2.5%まで含有するモデル鋼を作製した.供試鋼を真空溶解にてインゴットとして溶製し,1100°Cに昇温したのち厚さ 5 mmの熱間圧延材を作製した.その後,1080~1200°Cで 10 min~1 h溶体化処理することにより,結晶粒度をASTM GS No.で3~4.5に調整した.一部の溶体化処理材は,さらに大気中で700°C×200 hの時効処理を施した.各板材から 2 t×10 w×25 L mmの試験片を切り出し,水蒸気酸化試験に供した.試験片の表面の歪層を除去するため,エメリー紙で#2000まで湿式研磨を行った後,硫酸-りん酸溶液を用いて電解研磨を行った.水蒸気酸化試験は,溶存酸素濃度を 100 ppbに調整したイオン交換水を予熱炉で蒸気にして,横型管状試験炉に通気することで炉内を100%水蒸気雰囲気にして実施した.室温から約4°C/minの昇温速度で700°Cに昇温し,700°Cで 2~200 h保持した.酸化スケールおよび母材組織を,光学顕微鏡とSEM(ELIONIX製 ERA-8900FE)を用いて観察した.光学顕微鏡で表面近傍の断面を観察し,無作為に選択した10点について,内層酸化スケールの厚さを測定し,その平均値を内層酸化スケールの平均厚さとした.また,TEM(日本電子製200CX,JEM-2100)を用いて,内層酸化スケール/母材界面近傍の酸化スケールの同定を行った.さらにFE-EPMA(日本電子製 JXA-8530F)により各元素の分布を分析した.

Table 1 Chemical compositions of test alloys in at.%
RemarkCrNiNbMoWTa
Base20.030.2----
0.5Nb19.930.10.48---
1.0Nb20.130.10.98---
1.5Nb19.829.71.36---
2.0Nb19.929.92.06---
2.5Nb20.030.02.48---
0.5Mo20.030.05-0.50--
1.0Mo20.030.1-1.00--
1.5Mo19.930.0-1.50--
2.0Mo20.130.1-2.01--
0.5W20.030.1--0.50-
1.0W20.030.0--0.98-
2.0W20.030.0--1.97-
2.0Ta20.130.1---2.07

3. 結果

3.1 酸化スケール形成におよぼす添加元素の影響

一般に耐酸化性は酸化スケール全体の厚さで評価するが,水蒸気環境では外層酸化スケールが剥離して消失しやすいため,酸化スケール全体を測定することが難しい.そこで,本研究では供試鋼の耐水蒸気酸化性に対して,鋼表面に形成した内層酸化スケールの厚さで評価した.外層酸化スケールと内層酸化スケールの酸化挙動の違いを確認するため,0.5%Nbを添加した鋼について,残存している外層酸化スケールの厚さを測定し,内層酸化スケールの厚さと比較した.Fig. 1 から,両者の酸化スケールの厚さは加熱時間によらず同じで,ほぼ1対1の割合で成長することがわかる.すなわち,内層酸化スケールの厚さをもって耐水蒸気酸化性を評価することは妥当である.

Fig. 1

Thickness of the oxide scale for Fe-20%Cr-30%Ni-0.5Nb alloy exposed in steam at 700°C.

溶体化材を700°Cで 200 h酸化した後の内層酸化スケールの厚さと,添加元素の添加量の関係をFigs. 2, 3, 4, 5 に示す.20%Cr-30%Ni鋼の内層酸化スケールは約 16~20 μmの厚さとなった.NbもしくはMoを添加した場合,約0.5%まで添加しても酸化スケールの厚さの変化は小さいが,それ以上の添加で酸化スケールは添加とともに薄くなり,約2%の添加で 5~8 μmとなった.Wの場合,約0.5%の添加から酸化スケールは薄くなり,半分近くまで減少した.さらに,約1%以上の添加で酸化スケールの厚さは 5 μmまで薄くなった.但し,それ以上添加しても効果は発揮しない.NbおよびMo添加の場合と比較すると,酸化スケールの厚さへの影響は顕著であった.一方,Taは2.1%まで添加しても酸化スケールの厚さに変化はなかった.

Fig. 2

Thickness of the inner oxide scale for the test alloys with Nb exposed in steam at 700°C for 200 h.

Fig. 3

Thickness of the inner oxide scale for the test alloys with Mo exposed in steam at 700°C for 200 h.

Fig. 4

Thickness of the inner oxide scale for the test alloys with W exposed in steam at 700°C for 200 h.

Fig. 5

Thickness of the inner oxide scale for the test alloys with Ta exposed in steam at 700°C for 200 h.

700°Cで 200 h酸化後の無添加鋼,2.5Nb鋼,2.0Mo鋼,および2.0W鋼の酸化スケールの断面SEM写真と,FE-EPMAによる元素のマッピング分析結果をFigs. 6, 7, 8, 9 に示す.いずれの鋼も外層はFe系酸化スケール,内層はFe-Crスピネル型酸化スケールと推察される二層構造を有した.無添加鋼は,外層/内層酸化スケールの界面で外層側にNiが濃化しているが,酸素が分布していないことから金属Niと考える.Crは内層酸化スケール中に均一に分布しているものの,内層酸化スケールと母材の界面において濃化は認められなかった.一方,Nb,MoおよびWを添加した鋼は,内層酸化スケールと母材の界面にCr濃化が認められる.Nb,MoおよびWは内層酸化スケール中に局部的に濃化した状態で検出された.さらに,Niは内層酸化スケール中に分散した形で検出した.

Fig. 6

Distribution of alloying elements in oxide scale on Fe-20%Cr-30%Ni alloy exposed in steam at 700°C for 200 h.

Fig. 7

Distribution of alloying elements in oxide scale on Fe-20%Cr-30%Ni-2.5%Nb alloy exposed in steam at 700°C for 200 h.

Fig. 8

Distribution of alloying elements in oxide scale on Fe-20%Cr-30%Ni-2%Mo alloy exposed in steam at 700°C for 200 h.

Fig. 9

Distribution of alloying elements in oxide scale on Fe-20%Cr-30%Ni-2%W alloy exposed in steam at 700°C for 200 h.

3.2 酸化スケールの成長の経時変化

Nbを0.5%および2.5%添加した溶体化材について,内層酸化スケール成長の経時変化をFig. 10 に示す.10 hまでは0.5Nb鋼と2.5Nb鋼のスケール厚さに違いは見られず,約 5 μm厚さであった.10 h以降,0.5Nb鋼は加熱時間に伴いスケール厚さが増加し,内層酸化スケール厚さは 50 hで約 14 μmに達した.一方,2.5Nb鋼は 50 h後も内層酸化スケールの厚さは約 5 μmのままであり,スケール成長が抑制されている.

Fig. 10

Comparison between thickness of the inner oxide scale of Fe-20%Cr-30%Ni alloys with 0.5%Nb and 2.5%Nb exposed in steam at 700°C for test duration from 2 h to 50 h.

鋼中の金属間化合物と酸化スケールにおけるCr濃度分布の経時変化を調査した.それぞれ 5 h,10 h,15 h加熱後の2.5Nb鋼の粒界組織写真と,その時の酸化スケールにおける断面Crマッピング分析結果をFig. 11 に示す.10 hで粒界に金属間化合物が析出し始め,時間とともに金属間化合物の量が増加した.一方,内層酸化スケールのCrは,5 h,10 hでは酸化スケール/母材界面で濃化は認められなかったものの,金属間化合物の析出量が増大している 15 hでは,内層酸化スケール/母材界面付近でCrが顕著に濃化し始める.

Fig. 11

(a)Back scattering images of the grain boundaries in alloy substrate and(b)distribution of Cr at the surface of Fe-20%Cr-30%Ni-2.5%Nb alloy exposed in steam at 700°C for 5 h, 10 h and 15 h.

3.3 時効材を用いた酸化スケールの成長挙動

時効により予め金属間化合物を析出させた2.5Nb鋼の水蒸気酸化試験を行った.水蒸気酸化における内層酸化スケールの厚さの経時変化をFig. 12 に示す.溶体化材は,前述の通り 10 hまで酸化スケールが厚く成長するが,それ以降の成長が抑制される.一方,時効材は酸化開始から溶体化材と比較してスケール成長が抑制され,20 h酸化においても内層酸化スケールは約 2 μmしか成長しない.これは,溶体化材の同時間における酸化スケール厚さの半分以下である.

Fig. 12

Comparison between thickness of the inner oxide scale of solution-treated and aging-treated Fe-20%Cr-30%Ni-2.5%Nb alloys exposed in steam at 700°C for test duration from 2 h to 20 h.

5 h加熱した後の時効材の酸化スケール断面について,FE-EPMAによりCr濃度をマッピング分析した結果をFig. 13 に示す.時効材は 5 h酸化後にすでに内層酸化スケールと母材の界面に均一なCr2O3が形成していることが確認できる.

Fig. 13

Distribution of alloying elements in oxide scale on Fe-20%Cr-30%Ni-2.5%Nb alloy exposed in steam at 700°C for 5 h.

4. 考察

4.1 添加元素の酸化物による酸化スケールの成長抑制の可能性

Cr含有鋼では,酸化中に鋼中に含有されるCrが酸化され,均一なCr2O3の連続層を形成する.Cr2O3中の酸素の拡散係数は,Fe中およびNi中と比較すると少なくとも5桁以上小さいため14,15,16,均一なCr2O3の連続層を形成することで,酸化スケールの成長を抑制している.Nb,MoおよびWについても,Crと同様に,表面近傍に酸化物として均一に形成されることで耐水蒸気酸化性の向上に寄与する可能性がある.そこで,これらの元素の酸化物が耐水蒸気酸化性におよぼす影響について検討した.UedaらはNbを添加したオーステナイト系ステンレス鋼において,内層酸化スケールと母材界面にNbが酸化物として濃化することを報告17している.しかしながら,Nbの代表的な酸化物であるNb2O5中の酸素の拡散係数は,酸素分圧に依存して,4.0~8.3×10-15 m2/sであることがわかっている18.これは900°Cでの値であるものの,Fe中およびNi中と近い値であり,Cr2O3と比較するとNb酸化物による耐水蒸気酸化性への影響は小さいと考えられる.MoおよびWの酸化物中の酸素の拡散係数については調べられていないため,まずはこれら添加元素の酸化物の有無をTEMにより確認した.700°Cで 200 h加熱後の2%Mo鋼および2%W鋼の,内層酸化スケール/母材界面近傍のEDX定量分析と構造解析の結果をFig. 14 に示す.酸化スケールの最内層にCr2O3が形成しているが,内層酸化スケール/母材界面にはMo,Wの酸化物は確認できなかった.このことから,MoおよびW添加鋼における耐水蒸気酸化性の向上は,添加元素の酸化物によるものではないと言える.

Fig. 14

TEM images and quantitative analyses by EDX of oxide scale at scale/alloy interface of Fe-20%Cr-30%Ni alloys with(a)2%Mo and(b)2%W.

4.2 添加元素の種類と添加量による析出挙動の違い

20%Cr-30%NiにNb,Ta,Mo,Wのいずれかを2%含有する鋼について,Thermo-Calc.®により計算した700°Cでの母相に対する金属間化合物のモル分率をFig. 15 に示す.ここでモル分率とは,母相の組織中におけるモル体積の割合である.Nb添加鋼は,FeおよびNiの金属間化合物(Fe2Nb,Ni3Nb)をほぼ同じモル分率で析出する.MoおよびW添加鋼は,Feの金属間化合物(FeMo,Fe2W)のみを析出するのに対して,Ta添加鋼は,Niの金属間化合物(Ni3Ta)のみを析出する.この分類と添加元素による酸化スケール形成挙動(Figs. 2, 3, 4, 5)の関係から,酸化スケールの成長が抑制された鋼は,Fe系金属間化合物を析出する鋼であることがわかる.また,Fig. 11 およびFig. 13 によると,Fe系金属間化合物が析出したNb添加鋼では内層酸化スケール/母材界面に均一なC2O3の形成が確認できる.これらのことから,Fe系金属間化合物の析出がCr2O3の均一形成に影響をおよぼしていることが示唆される.

Fig. 15

Mole fractions of the precipitations in Fe-20%Cr-30%Ni alloys with Nb, Ta, Mo and W at 700°C calculated by Thermo-Calc.®.

Fe系金属間化合物を析出する元素であるNb,Mo,およびWをそれぞれ添加した鋼における,元素添加量と700°Cにおける金属間化合物のモル分率を計算から求めた(Fig. 16).Nb添加鋼およびMo添加鋼は,添加量が約1%以上で金属間化合物が析出し始めるのに対し,W添加鋼は,0.5%の添加から金属間化合物を析出する.Fig. 13Fig. 2 の比較より,各添加元素の添加量と析出量の関係は,添加量と内層酸化スケールの厚さの変化の傾向と良い一致を示す.以上の結果から,Fe系金属間化合物の析出が酸化スケールの形成挙動に影響をおよぼしていると推察し,その機構について拡散の熱力学から考察を行った.

Fig. 16

Mole fractions of precipitations in Fe-20%Cr-30%Ni alloys with Nb, Mo and W at 700°C calculated by Thermo-Calc.®.

4.3 Fe系金属間化合物の析出がCr2O3形成におよぼす拡散の熱力学因子

Cr2O3形成に影響するCrの外方流束は,一般に式(1)で表される.式(1)の化学ポテンシャルを活量で記述すると式(2)に変形することができ,Crの活量勾配とCrの外方流束の関係が求められる.   

J Cr =- D Cr eff C Cr RT μ Cr z (1)
  
J Cr =- D Cr eff C Cr    ln    a Cr z (2)
ここで,DCreffはCrの拡散速度,μCrはCrの化学ポテンシャル,aCrはCrの活量,zは内層酸化スケール/母材界面からの脱Cr層の距離である.Fe系金属間化合物の析出前後におけるaCrの変化について,Fig. 17 を用いて説明する.
Fig. 17

Cr activity in Fe-Cr-Ni ternary system at 700°C calculated by Thermo-Calc.®.

水蒸気酸化の初期段階では,鋼表面にFeおよびCrを含有する酸化スケールが形成し,酸化スケール直下(II)では,母材(I)に比べてFeおよびCr濃度が低下する.すなわち,スケール直下のCr活量(aCrII)は,母材のCr活量(aCrI)より小さくなり,両者の間にはCr活量勾配が発生する.次に,Fe系金属間化合物が析出すると,IおよびIIの領域ともにFe濃度が減少し,相対的にNi濃度が増加するため,I,IIの組成はそれぞれI′,II′に変化する.このとき,Ni濃度の変化量が同じとすると,スケール直下のCr活量の変化(aCrII-aCrII′)は母材のCr活量の変化(aCrI-aCrI′)よりも対数軸で大きく減少することがわかる.従って,Cr活量の勾配が大きくなりJCrが増加することで,合金表面における保護性のある均一なCr2O3の形成が促進される.以上の仮説を模式的に示すと,Fig. 18(a)析出前,および(b)析出後,のようになる.一方,Ni系金属間化合物を析出する場合,母材およびスケール直下でNi濃度が相対的に減少する.Fig. 17 のI,IIの組成からNi濃度が減少すると,図中の矢印と逆方向に組成が変化するため,Cr活量はほぼ変化しない.すなわち,Cr活量の勾配が高くならず,Cr2O3形成を促進しなかったと考える.以上のことから,Nb,Mo,およびW添加鋼がCr2O3の形成を促進した理由は,Fe系金属間化合物の析出によりCr活量の勾配が増加したためである.

Fig. 18

Schematic diagrams of chemical potential curves of Cr in the alloy at(a)before and(b)after precipitation of intermetallic compound including Fe.

5. 結言

20%Cr-30%Ni鋼において水蒸気酸化挙動を調べた結果,以下の知見を得た.

(1) 700°C,200 hの水蒸気酸化試験において,Fe系金属間化合物を析出するNb,Mo,およびWを添加した鋼では,添加量の増加に伴い内層酸化スケール厚さが減少した.一方,Fe系金属間化合物を析出しないTa添加鋼では,添加量増加による内層酸化スケール厚さの減少は確認できなかった.

(2) 溶体化材を用いた水蒸気酸化試験において,0.5Nbおよび2.5Nb鋼の酸化挙動は,加熱時間 10 h以降で差が現れた.2.5Nb鋼は 10 h以降でFe系金属間化合物が析出し始め,その後,均一なCr2O3が形成し,酸化スケールの成長が抑制された.

(3) 時効処理により予めFe系金属間化合物を析出した2.5Nb鋼は,加熱初期からCr2O3を形成して酸化スケールの成長を抑制した.

(4) Mo,Wは表面近傍に酸化物を形成しなかった.また,Nb2O5中の酸素の拡散係数は,Fe,Ni金属中の酸素の拡散係数と近い値である.これらのことから,耐水蒸気酸化性におよぼす添加元素の酸化物の影響は小さいと考えられる.

(5) Fe系金属間化合物を析出することで,Fe濃度が減少し,相対的にNi濃度が増加する.これにより,母材と酸化スケール直下の間でのCr活量勾配が増加し,Crの外方流束が増加することで,均一なCr2O3の形成が促進されたと考えられる.

引用文献
 
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