抄録
The log angles of a rotation matrix are three independent elements of the logarithm of the rotation matrix. Nye’s lattice curvature tensor κij is discussed by using the log angles. For the change in a crystal orientation ΔR with the change in a position Δxi, it is shown that the elements of κij are written as κij=Δωi/Δxj using the log angles Δωi of ΔR. The log angles for the crystal rotation given by the axis/angle pair are also discussed.
1. 緒論
材料の強度に関する本質的な理解を得るためには,結晶内での塑性変形の進展や不均一性,つまり転位の運動や分布を調べることが必要である.結晶中に転位組織が形成されるとその状態に応じて方位が場所により変化するため,方位の場所による変化から塑性変形後の転位組織の状態を明らかにする試みが行われてきている.このような試みの出発点の一つはNyeの理論的な研究1)であり,結晶中での方位の場所による変化を格子湾曲テンソル(Lattice Curvature Tensor)κとして評価すれば,結晶中の転位密度を定量的に議論できることが記されている.この格子湾曲テンソルκとは,x1-x2-x3 直交座標を使って,結晶内での位置の変化δxjにともなうxi軸周りの方位変化の角度δφiをκij=δφi/δxjとまとめたものである.
上記のように,結晶粒内での方位変化から転位組織を議論するための理論的な枠組みは半世紀以上も前に提示されているが,方位変化を広い領域について高い精度で短時間に測定することができるようになったのは,比較的近年のSEM/EBSD法の急速な進展の後である.しかし,過去の研究には,SEM/EBSD法で得られるデータからκij=δφi/δxjを求める方法は必ずしも明確には記されていない.Pantleon2)やHeら3)は,結晶方位変化が単位ベクトルni周りの回転角ΔΦで示される場合,niとΔΦの積ΔΦniもベクトルであり,その成分ΔΦniが回転角のxi軸周りの成分であるとしている.しかし,Euler角のような異なる軸周りの連続回転では,回転の順番が異なると,それぞれの軸周りの回転角が同じ値でも連続回転の結果は一般に異なってくる4).これにより,ΔΦniを成分分解可能なベクトルとみなすことは自明ではないものの,Pantleon2)やHeら3)の論文にはΔΦniを回転角の成分とできる理由は書かれていない.よって,ΔΦniをxi軸周りの回転成分とみなすことができるならば,その理由を明確にすることには意味がある.
結晶の方位はある基準座標に対しての回転行列Rで記述することができる.Rは行列式の値が1である三次直交行列であるが,Rの対数ln Rもまた三次行列,特に三つの独立な実数成分を持つ歪対称行列(Skew symmetric matrix)になる4,5,6,7).これまでにRの対数ln Rは過去のいくつかの研究で議論されている4,6,7,8,9,10).林ら4)とOnakaとHayashi9,10)は,ln Rの三つの実数成分が回転Rの特性角度とみなせるとして,それらを対数角ωiと呼んだ.そして,対数角ωiの幾何学的な意味と結晶方位解析への応用について考察している4,9,10).
本研究では,結晶内での位置の変化Δxiにともなう方位回転ΔRの対数角をΔωiとすれば,変化Δωi/Δxjがκij=Δωi/Δxjとなることを示す.本研究の目的は,SEM/EBSD法で得られるような結晶粒内での方位変化の測定結果から格子湾曲テンソルκを求めるための操作について,その方法と意味を明確にすることである.塑性変形を加えた金属材料を観察対象にしての格子湾曲テンソルκの値の具体的な評価,そしてその結果を用いての転位密度や転位組織の変化について考察は,本研究の結果を用いて別途に行う.
2. 対数角
2.1 対数関数について
対数角の概要を記すに先立ち,対数の意味についてまとめる.よく知られているように,実数xについて,xとその指数関数exp xのあいだの関係は
expx=1+
x
2
2!
+
x
3
3!
+
x
4
4!
+...=
lim
p→∞
(
1+
x
p
)
p
| (1) |
と書かれる
11).この関係は,
y=exp
x(
y>0)とすると対数関数を使って,
y=
lim
p→∞
(
1+
lny
p
)
p
| (2) |
となるが,
Nを十分大きな正の整数とすれば,この式より
を得る.この
式(3)を使うと,変形を記述するための種々の変数についてより良い理解を得ることができる.
Fig. 1 は,棒状物体の長手方向に沿った変形を考えるための模式図であり,変形前の初期長さがL0の状態が上に,均一な変形によってL0がL=L0+ΔLへと変化した後の状態が下に示されている.この状況について,公称ひずみeの定義はe=ΔL/L0である.また,変形前後での物体の長さの比に注目するストレッチλの定義は
λ=L/
L
0
=(
L
0
+ΔL)/
L
0
| (4) |
であるので,
λ > 0なる
λは公称ひずみ
eと
λ=1+
eなる関係を持つ.
式(3)より
を得て,この式は
式(4)より,
L≈
L
0
(
1+
lnλ
N
)
N
| (5b) |
と書ける.対数ひずみ
εの定義は
であるので,
L0,
Lそして
εのあいだの関係は,この式と
(5b)より,十分大きな正の整数
Nを使って,
と書くことができる.
式(7)は,大きな変形の場合に合理的なひずみである対数ひずみの意味をよく示している.つまり,|ε|<<1とは限らない大きな変形の場合にも,その変形をN回の変形に分け,そのそれぞれにε/Nなる微小ひずみを加えたと考えれば,変形に伴い物体の長さが徐々に変化することも考慮して,変形全体のひずみをε=(ε/N)×Nとして考慮できる.これが,式(7)で与えられる対数ひずみεについての解釈である.式(5a)についても,λが変形をそのまま記述する値であることに対して,その対数ln λはその変形の程度を示す特性値と解釈することができる.
2.2 対数角の概要
三次直交行列であるRとその対数ln Rのあいだの関係は,Eを三次単位行列として,式(2)を数から行列に拡張した
R=
lim
p→∞
(
E+
lnR
p
)
p
| (8) |
で表現できる
12).ln
Rは実数を要素とする三次の歪対称行列になり
5,6,7,12),対数角
ωiはその要素として以下の様に定義されている
4,9,10).
lnR=(
0
-
ω
3
ω
2
ω
3
0
-
ω
1
-
ω
2
ω
1
0
)
| (9) |
Rからln
Rを計算する具体的な方法については本論文でも後に記す.
2.1のときと同じく,Nを十分大きな正の整数とすれば,式(8)より
を得るが,
式(10)を使ってこの関係を
δR=E+(
lnR
N
)
=(
1
-(
ω
3
/N)
(
ω
2
/N)
(
ω
3
/N)
1
-(
ω
1
/N)
-(
ω
2
/N)
(
ω
1
/N)
1
)
,
| (11b) |
と書き直す.すると,対数ひずみ
εのときと同じように,対数角
ωiの意味がわかりやすくなる.
先ず,十分大きなNに対して|ωi/N|<<1となるため,式(11b)の第三辺はδRが微小角度の回転であることを意味する4).このδRは,x1 軸周りに角度ω1/N,x2 軸周りに角度ω2/N,そしてx3 軸周りに角度ω3/Nという三つの連続回転と解釈でき,どの軸周りの回転角度も微小であるため,どのような順番での連続回転であっても,それらの回転行列の積は要素の二次以上の項を無視することで式(11b)の第三辺になる4).また,式(11a)は,δRのN乗,すなわちδRのN回連続する変換がRによる変換と同じになることを意味している4).よって,対数ln Rの要素である対数角ωiは,各軸周りの回転角度を微小量に分割して交互に回転を繰り返すという意味において,Rのxi軸周りの回転角度であり,Rの特性角度とみなせる4).
3. 結晶内での位置の変化にともなう方位の変化
Fig. 2 に示すように,位置のxiからxi+Δxiへの変化に伴い,結晶の方位がΔRだけ変化したとする.そして,この変化ΔRを,ΔR≈(δR)NとδRなる微小回転がN回連続したものとみなす.これは,xiとxi+Δxiのあいだでの方位変化ΔRを均一とみなした結果であるので,この考え方のもと,N分割された位置の変化分δxi=Δxi/Nに対する方位変化がδRとなる.
Fig. 2 に示されているように,微小な角度の回転δRにおけるxi軸周りの回転角度をδϕiとし,ΔRの対数角をΔωiとすれば,式(9)と(11b)からわかるように,
となる.よって,位置の変化分
δxiと方位の変化分
δϕiのあいだの関係は
δ
ϕ
i
/δ
x
j
=Δ
ω
i
/Δ
x
j
| (13) |
と書ける.つまり,
xiから
xi+Δ
xiへの位置の変化にともなう方位変化Δ
Rの対数角をΔ
ωiを求めれば,これらの結果からそこでの平均的な格子湾曲テンソル
κ1)は
κ
i
j
=Δ
ω
i
/Δ
x
j
,
| (14a) |
つまり,
κ=(
Δ
ω
1
/Δ
x
1
Δ
ω
1
/Δ
x
2
Δ
ω
1
/Δ
x
3
Δ
ω
2
/Δ
x
1
Δ
ω
2
/Δ
x
2
Δ
ω
2
/Δ
x
3
Δ
ω
3
/Δ
x
1
Δ
ω
3
/Δ
x
2
Δ
ω
3
/Δ
x
3
)
| (14b) |
と求めることができる.
4. Axis/angleペアーで示される方位回転の対数角
単位ベクトルni周りの角度Φ(0≤Φ≤π)の回転に対応する回転行列Rは
R=(
(1-
n
1
2
)cosΦ+
n
1
2
n
1
n
2
(1-cosΦ)-
n
3
sinΦ
n
3
n
1
(1-cosΦ)+
n
2
sinΦ
n
1
n
2
(1-cosΦ)+
n
3
sinΦ (1-
n
2
2
)cosΦ+
n
2
2
n
2
n
3
(1-cosΦ)-
n
1
sinΦ
n
3
n
1
(1-cosΦ)-
n
2
sinΦ
n
2
n
3
(1-cosΦ)+
n
1
sinΦ (1-
n
3
2
)cosΦ+
n
3
2
)
| (15) |
となる
9,13).この式より,Φが微小回転
δΦ<<1の場合の回転行列
δRは,
と近似して,
δR≈(
1
-δΦ
n
3
δΦ
n
2
δΦ
n
3
1
-δΦ
n
1
-δΦ
n
2
δΦ
n
1
1
)
| (16) |
となることがわかる.このとき,もとの回転軸,単位ベクトル
ni周りのもとで,
なる微小回転を
N回繰り返したと考えれば,
式(11a)と同じく,
Rと
δRのあいだの関係は
R≈(
δR)
Nとなるので,
式(9),
(11b)そして
(16)から,
式(15)の
Rの対数ln
Rは
lnR=(
0
-Φ
n
3
Φ
n
2
Φ
n
3
0
-Φ
n
1
-Φ
n
2
Φ
n
1
0
)
| (18) |
であり
5,6),
Rの対数角
ωiは
であることがわかる.誤解のないように付け加えれば,
式(15)で示される
Rの回転角Φが微小な値でなくとも,その対数ln
Rは
式(18)で与えられる.
以上より,単位ベクトルniとその軸周りの回転角Φというaxis/angleペアーで表現される回転行列の対数角ωiは,それらの積Φniに等しいことがわかる.よって,Pantleon2)やHeら3)が記しているように,結晶方位変化の回転角がΔΦの場合,niとΔΦの積ΔΦniは,対数角ωiと同じように,細かく分割した角度の総和という意味で,各軸周りの回転の成分とみなせ,これを使って格子湾曲テンソルκを評価することができる.
回転行列Rのその対数ln Rのあいだの関係は,式(15)と(18)からわかるように,Rの転置行列をtRとして,
lnR=
Φ
2sinΦ
(
R-
R
t
)
| (20) |
と書けることがわかる.この式が成立する証明は文献
13)にも記されている.また,Tr
Rを
Rの固有和として,Φは
より求めることができる
14).一般に,行列の対数は対角化に始まる手続きで決定され,Mathematica等の最近の数式処理ソフトウェアには行列の対数を求めるためのコマンドが実装されている.しかし,回転行列
Rの対数ln
Rについては,
式(20)と
(21)がその値を計算するために有用になる.
5. 結論
回転行列Rの対数ln Rの要素である対数角ωiを使って,結晶粒内での方位変化の測定結果から格子湾曲テンソルκを求めるための操作を考察した.Δxiだけの位置の変化にともなう方位の変化がΔRである場合,ΔRの対数角Δωiを使って,そこでの平均的な格子湾曲テンソルはκij=Δωi/Δxjとなる.結晶回転が単位ベクトルni周りの回転角ΔΦで示される場合,この回転の対数角はΔωi=ΔΦniとなるため,Δωiと同じくΔΦniもこの回転のxi軸周りの成分とみなせる.
謝辞
本研究はJSPS科研費JP16K06703の助成を受けて実施したことを記し,謝意を表します.
引用文献
- 1) J. F. Nye: Acta Metall. 1(1953) 153-162.
- 2) W. Pantleon: Scr. Mater. 58(2008) 994-997.
- 3) W. He, W. Ma and W. Pantleon: Mater. Sci. Eng. A 494(2008) 21-27.
- 4) K. Hayashi, M. Osada, Y. Kurosu, Y. Miyajima and S. Onaka: J. Japan Inst. Met. Mater. 79(2015) 9-15.
- 5) M. Saito: Senkeidaisu nyumon(Introduction to linear algebra),(University of Tokyo Press, Tokyo, 1984) pp. 203-223.
- 6) J. E. Marsden and T. S. Ratiu: Introduction to Mechanics and Symmetry, 2nd ed., (Springer, New York, 1999) pp. 283-308.
- 7) N. R. Barton and P. R. Dawson: Model. Sim. Mater. Sci. Eng. 9(2001) 433-463.
- 8) C.-S. Man, X. Gao, S. Godefroy and E. A. Kenik: Int. J. Plasticity 26(2010) 423-440.
- 9) S. Onaka and K. Hayashi: J. Math. Chem. 54(2016) 1686-1695.
- 10) S. Onaka and K. Hayashi: Scanning 2017(2017) Article ID 4893956.
- 11) K. Yoshida, K. Kitahara and T. Nishimura: Bibunsekibungaku no kiso(Fundamentals of Calculus), (Rigaku Shoin, Tokyo, 2003) pp. 1-52.
- 12) B. C. Hall: Lie Groups, Lie Algebras, and Representations: An Elementary Introduction, (Springer, New York, 2003) pp. 27-62.
- 13) A. Morawiec: Orientations and Rotations, Computations in Crystallographic Textures, (Springer, New York, 2004) p. 63.
- 14) H. Grimmer: Acta Cryst. A 40(1984) 108-112.