2018 Volume 82 Issue 4 Pages 102-107
This paper discusses a theoretical approach to evaluating the statistical characteristics of Charpy absorbed energy to brittle fracture at low temperature. First, the probability distribution of fracture toughness for V-notch specimen was derived by combining a local fracture criterion and Weibull distribution. Second, a probabilistic model for the Charpy absorbed energy was derived by relating the fracture toughness and the Charpy absorbed energy based on the concept of Griffith-Orowan-Irwin. The Charpy absorbed energy was related to the material strength and the material constant, obeying the two-parameter Weibull distribution with a shape parameter of 2. Third, the Weibull analysis of the Charpy absorbed energy for V-notch specimen of high strength steel at lower temperature than Ductile-Brittle Transition Temperature (DBTT) and the statistical characteristics obtained from the model were compared. As a result, the proposed model was supported the statistical characteristics of the Charpy absorbed energy at a temperature sufficiently lower than DBTT.
建設や船舶分野では,構造用鋼やその溶接部のじん性評価を目的として,簡易なシャルピー衝撃試験が実施されている.衝撃試験から得られる吸収エネルギーは,品質保証のための相対的評価の指標として役割を果たしている.脆性破壊とシャルピー衝撃試験を対応させた最も古い研究は,米国における戦時標準船の脆性破壊事故調査と言われている1).船体用鋼板の脆性破壊回避の保証値として,シャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが 13~27 Jあればよいことが経験的に明らかにされてきた.その結果,平均値の 20 Jが脆性破壊防止の目安として広く使用されてきた1,2).現在ではJISG3106(2015)やISO630-1(2011),ISO630-3(2012)において溶接構造用圧延鋼材の脆性破壊防止の指標として吸収エネルギーが規定されている.例えばJIS規格のBグレードでは,0°Cで 27 J以上と規定されており,古くから明らかにされた値が利用されている.このように,脆性破壊防止に対する保証値には力学的意義がなく経験的に決定されている.その一方で,低温から延性脆性遷移温度(DBTT)近傍において吸収エネルギーは大きくばらつくことが知られており,規定値に基づく吸収エネルギーによる確定論的な品質評価では誤って評価をする可能性がある.そのため,脆性破壊に対する吸収エネルギーの力学的および統計的性質を明らかにすれば品質を定量的に保証できる.
既往の研究では,吸収エネルギーと破壊じん性値,J積分やCTODなど破壊力学パラメータと関連付ける研究が数多く行われてきたが,多くは半経験的な実験式に基づいている3).Tanabe4,5)は,力学的観点から結合力モデルやき裂エネルギー密度の概念を適用して脆性破壊に対する破壊じん性を導出してシャルピー衝撃値と関連付けている.統計的性質の評価に注目すると,Moskovicら6,7)およびPillot and Pacqueau8)は,Burr分布やワイブル分布に基づき吸収エネルギーと温度の関係を統計的にそれぞれ評価している.しかしながら,これら分布関数をあてはめた統計的処理による評価であるため力学的意味は十分ではない.Takashimaら9)は,FEM解析よりシャルピー試験片の切欠き先端の応力場は
その一方で,鉄鋼に限らず脆性破壊に関して広く注目すれば,典型的な脆性材料であるセラミックスの強度評価の研究が行われてきた.セラミックスに内在するき裂先端において,小規模降伏条件を仮定した応力拡大係数とワイブル分布に基づいて破壊力学的観点から確率論的に評価することを基礎としている10,11,12,13,14,15).
そこで本研究では,シャルピー衝撃試験から得られる脆性破壊に対する吸収エネルギーとその統計的性質を力学的に明らかにするために,セラミックスの強度評価に適用されてきた破壊力学的観点に基づく概念を適用して検討を試みた.はじめに,シャルピー衝撃による脆性破壊として,シャルピー試験片の切欠き先端において小規模降伏条件を仮定し,破壊クライテリオンを導出した.次に,最弱リンクモデルがシャルピー衝撃による脆性破壊において成立つことを仮定することでワイブル分布を適用し,破壊クライテリオンと組合わせることによって破壊じん性値の分布関数を導出した.その後,破壊じん性値と吸収エネルギーを破壊力学的観点から関連付けることで吸収エネルギーの確率論的モデルを導出した.これより,吸収エネルギーと材料強度や材料定数と関連付けることで力学的意味とその統計的なばらつきの程度を理論的に示した.次に本モデルによってどの程度までのシャルピー衝撃による脆性破壊を予測できるのかを検証するために,高強度鋼のシャルピーV字型切欠き(CVN)材の吸収エネルギーと温度の関係に対して,曲線近似法と本モデルを組合せて確率論的に予測した.その予測と実験値との比較より,適用可能な温度範囲におけるCVN吸収エネルギーの実験データを統計的に解析し,モデルから得られる統計的ばらつきの結果と詳細に比較した.これを通じて,JIS規格に規定されている脆性破壊の保証値 27Jに対して理論的に示した吸収エネルギーと関連付けることによってその力学的意義を論考した.
Fig. 1 に示すように長さa,底半径ρの貫通切欠きを有する厚さtの切欠き材(シャルピー試験片)を想定する.モードIの負荷を受けたとき,aが切欠き底に形成されるプロセスゾーン寸法に比べて十分に長く,小規模降伏条件を満足することを仮定する.また脆性破壊を想定しているため,塑性変形による拘束はないものとする.このとき切欠き前方の応力σyは,切欠き底からρ/2 だけ切欠き内部に入った点Oとなす角度θ=0のとき,応力拡大係数KIを用いて1軸応力状態として近似的に式(1)にて表される11,12).
(1) |
A brittle fracture model for a notch root.
Fig. 1 の応力場は,切欠きからの進展開始時の臨界応力状態を表している.このとき,切欠き底からの臨界のプロセスゾーン寸法をroとすると,r′=ro+ρ/2 である.またroの位置における応力の臨界値をσcと表せば,式(1)より切欠き材の破壊じん性値
(2) |
次に,切欠き材のρが十分に小さいことを考える.すなわち,Fig. 2 に示すように長さaの貫通き裂を有する厚さtの無限板を考える.先に述べた仮定に基づけば,き裂前方の応力σyは,き裂先端の点Oとなす角度θ=0のとき,応力拡大係数KIを用いて式(3)に示すIrwinの式で1軸応力状態として近似できる.
(3) |
A brittle fracture model for a crack tip.
Fig. 2 の応力場はき裂が進展開始時の臨界応力状態を表している.このとき,臨界のプロセスゾーン寸法roの位置における応力の臨界値(固有強度)をσcと表せば,式(3)よりき裂材の破壊じん性値KICは,
(4) |
以上より小規模降伏条件下では,切欠きおよびき裂材の破壊じん性値との間の関係は,式(4)を式(2)に代入することで,
(5) |
(6) |
セラミックスの破壊や鋼のへき開破壊は最弱リンクモデルに従う挙動を示すことが知られている16,17).そこで,この最弱リンクモデルがシャルピー衝撃による脆性破壊においても成立つことを仮定する.すなわち,切欠きまたはき裂先端のプロセスゾーン内においては最弱リンクモデルに従い,どの位置を起点として脆性破壊するかは確率論的であることを考える.そこで,式(7)に示すワイブル分布を適用する.
(7) |
(8) |
(9) |
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(11) |
次に切欠き材の場合,式(6)に示した通り,き裂材の破壊じん性値KICと切欠き材の破壊じん性値
(12) |
き裂材のへき開破壊による脆性破壊の場合,破面形成のエネルギーとして単位面積あたりの表面エネルギーに加えて,単位面積あたりの塑性変形などに消費されるエネルギーが加わる.これらを含めて有効表面エネルギーΓとし,Griffith-orowan-irwinの条件20)を適用すれば,き裂材の破壊じん性値KICは,
(13) |
シャルピー衝撃試験の評価として,吸収エネルギーKVを断面積Aで除荷した衝撃値Icpが用いられる.脆性破壊の場合,Icpは先に述べた単位面積あたりの破面形成エネルギー
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(15) |
次に切欠き材を考える.2.1節で示した通り,切欠き材の破壊じん性値
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一方,前節で導出した式(12)は,き裂先端の塑性変形(HRR特異場)によらず適用できることを示した.したがって,式(12)の
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(19) |
式(19)は,Takashimaら9)の統計的モデルと形式上は一致するが,吸収エネルギーを材料強度や材料定数と関連付けている.すなわち,小規模降伏条件下を仮定した破壊基準とワイブル分布を組合わせることで導出しているため力学的意義が明確である.
Fig. 3(a)および(b)にLangenbergら22)とPillot and Pacqueau8)が調査した調質高強度鋼(P690Q)のCVN吸収エネルギーKVおよび延性破面率FAと温度Tとの関係をそれぞれ示す.なお,これらのデータは,ロッドが異なることを付記する.図中の実線と破線は,KV値およびFA値に対して近似した曲線であり,KVは次式に示す2つのモードを持つ近似法に基づき近似した.
(20) |
Constant parameters of Eq.(20) for data of Fig. 3(a) and (b).
式(19)において,中央値(破壊確率F=50%)におけるKVが式(20)で表されるならばKVoは次式で表される.
(21) |
(22) |
Probabilistic prediction of CVN transition curves of QT-high strength steels(P690Q) shown in Fig. 3 (a) and (b).
Fig. 5 にFig. 3(b)に示したCVN吸収エネルギーKVのワイブルプロットを示す.ここで,R2値はワイブルプロットに対して直線近似したときの相関係数の2乗を示している.いずれのデータもR2値は0.8以上であり,よい相関を示している.特に-100°Cのデータについて,およそF=30%以下の領域では,ある下限値(約40J)が存在する.このような挙動を表現するためには2母数ワイブル分布よりも3母数ワイブル分布が適していると考えられる.以上の結果より,DBTT以下の脆性破壊が支配的なKV値のワイブルプロットは,ワイブル分布で近似できる.
Weibull plots of CVN absorbed energy of QT-high strength steel(P690Q) shown in Fig. 3(b).
Fig. 6 にCVN吸収エネルギーKV値のワイブル解析から推定した形状母数m値と温度差T-T27Jの関係を示す.ここで,データ8)はFig. 5 に示したP690Q材および寸法の異なるP690QL材の2種類から得ている.また図中の各実線と点線は,本モデルから得られた形状母数m=2とした場合の(1-α)×100%=99%信頼区間の上限KUmと下限KLmを示している.ここで,kUとkLは次式23)からデータ数Nの関数として推定した.
(23) |
Shape parameter m vs temperature difference T-T27J. T and T27J are temperature and transition temperature leading to 27J average impact energy, respectively.
図より27J以下(T-T27J≤0°C)でのKVに対して推定したm値は,信頼区間内またはそのごく近傍にデータが多く存在する傾向にある.しかしながら,27Jより大きい(T-T27J>0°C)場合,プロット数は少ないが,信頼区間からはずれる傾向にある.以上より,27J以下のm値のデータは本モデルを支持している.中には信頼区間からはずれている一部のプロットも存在するが,その原因として,式(19)中のα値(単位面積あたりの破面形成エネルギー
3.2節の結果より,27Jに対する参照温度以下の吸収エネルギーの統計的性質に対して本モデルが適用できることを示した.すなわち,27J以下では本モデルの仮定に基づく脆性破壊が起きていることを意味しており,破壊力学的に意義がある.一方で脆性破壊を起こすにもかかわらず27Jより大きい場合は,Fig. 5 に示したようにワイブル分布には従うが,Fig. 6 に示したように本モデルの形状母数2とした場合では従わない.一般に鋼の脆性破壊は劈開破壊型である.しかしながらDBTT近傍での劈開破壊に関する別の問題として,劈開破壊機構における塑性ひずみの影響が指摘されている.これまで多くの研究者によって変形した結晶中の劈開き裂発生は,ひずみによって生じにくくなることが示されている19).2節で示した通り,本モデルでは小規模降伏条件を仮定し,切欠き先端のプロセスゾーンにおける応力が材料強度に達すると,き裂が伝播する破壊クライテリオンに基づき導出している.ゆえに,塑性ひずみの影響を考慮していないため,十分に適用できなかったと考えられる.
以上より,DBTTより低い温度以下において吸収エネルギーのばらつきは本モデルによって評価できることを示した.また,本解析において用いた高強度鋼については27Jに対する参照温度以下のデータに対して適合できたため,本結果はJIS規格に規定されている脆性破壊の保証値27Jには力学的意義が存在することを示唆している.ただし,吸収エネルギーを材料強度や材料定数から定量的に評価して解析していないため,全ての鋼の脆性破壊を力学的観点から保証する値かは定かでない.このことは今後の課題である.
本研究では,脆性破壊に対するシャルピー吸収エネルギーについて破壊力学的観点から小規模降伏条件を仮定した破壊基準とワイブル分布を組合わせて確率論的モデルを構築した.シャルピー吸収エネルギーは,形状母数2のワイブル分布で表され,材料強度や材料定数によって決定される値であることを理論的に示した.次に,本モデルに基づき高強度鋼のDBTTより低い温度域におけるCVN吸収エネルギーの統計的性質を解析した.その結果,本モデルの結果を支持し,DBTTより低い温度域の吸収エネルギーの統計的性質は本モデルによって評価できることを明らかとした.特に,本解析において用いた高強度鋼についてはJIS規格に規定されている脆性破壊の保証値27Jに対する参照温度以下のデータに対して適合できたため,保証値27Jには力学的意義が存在することを示唆した.