Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Formation of Mullite Coating by Aerosol Deposition and Microstructure Change after Heat Exposure
Toshiki ShibuyaTaisuke MizunoAtsuhisa IuchiMakoto Hasegawa
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2019 Volume 83 Issue 6 Pages 186-192

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Abstract

In this study, the optimal parameters for aerosol deposition (AD) of mullite coating and the microstructure change of mullite coating after heat exposure in an air were investigated. Mullite, which is one of the component materials for environmental barrier coatings was deposited on glass, Al2O3 and Si by AD method. In order to produce a homogeneous mullite coating, the angle of the gas flow direction from the nozzle to the substrate plane should be 60°. Deposition rate increased with increasing gas flow rate, when the gas flow rate was in the range from 18 to 36 L/min. Further increase of the gas flow rate resulted in the formation of heterogeneous coating. The mullite coating formed by the optimized parameters was almost dense and crystalline. The chemical composition of the mullite coating was almost the same as the composition of the mullite raw powder used for the deposition. The coating was composed of mullite single phase. Delamination was not observed at the interface between the Si substrate and the mullite coating. Since the interface showed undulation, it was considered that the substrate and the coating were bonded due to the anchor effect. Heat exposure was carried out at 1573 K in a specimen in which the mullite coating was deposited on the Si substrate. When the specimen was heat exposed for 10 h, coating at the surface side and the coatings at the central part and near the interface between the substrate and the coating were composed of (Al2O3 + mullite) and (SiO2 + mullite) two-phase state, respectively. Further heat exposure formed an altered layer near the interface. The layer was composed of (SiO2 + mullite) two-phase state containing more than 80 mol% of SiO2. The thickness of the layer increased with increasing heat exposure time. Formation of the altered layer was due to the diffusion of Al present in the mullite coating to the coating surface and the diffusion of Si into the coating from the Si substrate.

1. 緒言

次世代航空機エンジンの高圧タービンなどに用いる高温部材として,軽量で耐熱性に優れるSiC繊維強化SiCマトリックス(SiC/SiC)複合材料の利用が検討されている.想定される使用環境は高温の酸素および水蒸気を含む燃焼環境下であるが,このような使用環境下ではSiC/SiC基材の酸化物や水酸化物が揮発し減肉することが知られている1).そこで,酸素遮蔽性に優れるムライトなどで構成された多層の耐環境性コーティング(Environmental Barrier Coatings,EBCs)の適用が検討されている.近年は結合層としてSi,酸素遮蔽層としてムライト,水蒸気遮蔽層としてRare Earth(RE)-silicateを用いた3層構造などが提案されている2)

従来のEBCsは,大気プラズマ溶射法により成膜されてきたが,この手法では膜がポーラスとなり,また成膜条件によっては非晶質な膜となることが知られている.そのため,高温環境下では焼結により膜が収縮し,界面方向に引張応力が発生することで膜に縦割れが生じる.膜の損傷は,環境遮蔽性能の低下や膜の剥離につながることから問題となっている3-5)

エアロゾルデポジション(AD)法は,室温にて緻密質かつ結晶質な膜が得られることが知られている6-10).この成膜方法の基本的な手法は,林らによって構築され11),その後,明渡らによって広められた6-9).加熱することなく数μmの厚さまで膜を形成する能力は,AD法の1つの利点である.AD法により作製された膜は,粒子の基材衝突時の破壊や塑性変形によって形成されると考えられている.この成膜原理は常温衝撃固化現象と呼ばれている7,8).また,粒子がノズルの壁面と擦れてノズル先端から基材へ投射されると,粒子は正に帯電しており,基材到達直前に基材側から負の電子が飛び,それが成膜ガスに当たることによってプラズマが発生して成膜されるという原理も提唱されている12,13).これまで,ZrO212,14,15),α-Al2O37,8,16-20),PZT21,22)やAlN8)などの多くの粉末による成膜がなされている.そのため,EBCsの構成材料であるムライトにおいてもAD法により成膜でき,高温環境下での使用においても安定な膜が作製できると考えた.しかしながら,現状では緻密質なムライト膜のAD法でのプロセス技術や耐酸化性は報告されていない.さらに,AD法により作製したムライト膜の微細組織に大気熱曝露が与える影響を把握することにより,優れた酸素遮蔽性を有する膜の作製条件を確立することも求められている.

本研究では,AD法によるムライト粒子の成膜プロセス条件を確立するとともに,大気熱曝露がムライト膜の組織に与える影響を実験的に検討した.

2. 実験方法

Fig. 1にAD装置の概略図を示す.AD装置はエアロゾルチャンバーと成膜チャンバーの2室からなる.原料粉末をエアロゾルチャンバーに導入し,基材は成膜チャンバー内のXYステージに設置する.真空排気の後,エアロゾルチャンバーにキャリアガスを流入させることでエアロゾルを発生させ,同時に成膜チャンバーとエアロゾルチャンバーの圧力差により,ノズルを通してエアロゾル化した原料粉末を基材へ送り,成膜する.原料粉末はEBCs構成材料の1つであるムライト(Al6O13Si2)(KM101,共立マテリアル(株))であり,粉末の組成はムライトの化学量論組成(Al2O3 71.8 mass%)とほぼ同じ(Al2O3 71.9 mass%)(不純物:Fe2O3 0.013,TiO2 0.004,CaO 0.008,MgO 0.012,Na2O 0.012,K2O 0.008,ZrO2 0.001 mass%)であった.Fig. 2は成膜に用いた原料粉末をSEMにより観察した結果である.粉末のメジアン径(D50)は,1.63 μmであり,粉末は角ばっているものの,ほぼ等軸の粉末形状を有していた.粉末を#60のふるいにかけ,粉末の大きな凝集体を取り除く処理の後,523 Kで乾燥させて使用した.キャリアガスには,Heを用いた.また,基材としてガラス,Al2O3,Si単結晶を用いた.ノズル口の寸法(幅 × 厚さ)が5 mm × 0.5 mmあるいは20 mm × 0.5 mmの2種類のノズルによる成膜を行った.成膜に用いたパラメータは,「ガス流量」,「ノズルからのガス流と基材表面とのなす角度(ノズル角度)」,「ノズルと基材間の距離」,「走査速度」および「走査回数」であり,それぞれ,12~42 L/min,60または90°,3 mm,150 mm/min,30回であった.特にノズル角度とガス流量のパラメータに注目して成膜体が得られる条件を実験的に検討した.

Fig. 1

Schematic illustration of aerosol deposition (AD) apparatus.

Fig. 2

Scanning electron micrograph of mullite raw powders used for the AD coating process.

成膜した試料の膜厚は,接触式表面粗さ計を用いて測定した.また,XRDにより得られた膜の結晶構造を同定した.試料を1573 Kにて10,50,100 h,大気中にて熱曝露に供した.熱曝露前後のムライト膜の表面組織および断面組織について,光学顕微鏡,SEMによる組織観察を行うとともに,EDXを用いた組成分析を行った.

3. 実験結果および考察

3.1 ノズル角度がムライト成膜に及ぼす影響

5 mm幅のノズルによるムライトの成膜において,ガス流量を14 L/minと固定してノズル角度の違いによって成膜にどのような影響を与えるかを検討した.Fig. 3は,Fig. 1中に示すノズル角度$\theta$において60°または90°の角度でムライト粒子をAl2O3基材へ成膜した時の試料である.90°の場合,成膜後の基材に膜はほとんど残っておらず,成膜されていない(Fig. 3(a)).一方,60°の場合は,均質な膜ではないものの,アルコール中にて超音波洗浄を実施した後も膜が残存しており,成膜されていることが確認された(Fig. 3(b)).

Fig. 3

Optical micrographs after deposition of mullite powders on Al2O3 substrate by AD method in different nozzle angle. (a) 90°, and (b) 60°. Depositions were conducted on the square area given by the black dashed line.

AD法におけるノズル角度と成膜後の膜の状態との関係は,PZTやSm-Fe-N粉末において報告されている8,9,22,23).PZT粉末を対象とした場合は,同一成膜条件にて,ノズルと基材との間の角度を変化させて成膜を実施すると,本実験におけるノズル角度の定義において角度が90°~70°とした場合は,成膜レートはほぼ一定であるが,それ以上に小さい角度とすると成膜レートは低下している.さらに,ある臨界角度において,成膜される条件からエッチングされる条件へと変化することが報告されている8,9,22).また,ガス流量が大きいほど,その臨界角度は小さくなることも見出されている.Sm-Fe-N粉末における成膜でも傾向は同じであり,ノズル角度が90°~60°の範囲では,成膜レートに大きな違いは見られないものの,より小さくすると成膜レートの低下が見られる.さらに,膜の粗さについては,ノズル角度を小さくするほど小さくなる傾向を示している23).これは,ノズル角度が90°の場合には,ノズルからのガスの流れが基材へ衝突することにより乱れ,この基材近傍の乱れたガス流が均一な成膜を抑制するためと報告されている.一方,ノズル角度が小さい場合には,基材に衝突したガス流は基材近傍を一方向に流れるために成膜は乱されず,表面粗さの小さい均一な成膜がなされると考えられている.本研究においては,ノズル角度が60°の場合にはムライト粉末の成膜がなされているが,90°の場合には成膜がなされていないことから,PZTやSm-Fe-N粉末での成膜とは異なる傾向が得られている.

AD法による成膜にはコールドスプレー技術などと同様に成膜に必要な臨界速度が存在すると考えられている10).一般に,コールドスプレー法では大気圧下にて成膜がなされ,ノズルからの噴射直後のガス流は音速を超える.そのため,粒子の速度は十分に速いものとなる.しかしながら,ガス流は基材に衝突すると反射し大きく乱れ,これにともなって基材近傍では衝撃波が生じるため,急激に減速する24).このガス流の減速により粒子の速度は大きく低下することになる.一方,AD法においては減圧下にて成膜が実施されるため,基材近傍での粒子の減速の効果はコールドスプレー法よりも十分に小さいと考えられている6,9).しかしながら,AD法におけるノズルから噴射されるガス流の速度についてのシミュレーションでの報告では,ノズル角度が90°で噴射されたHeガスは,噴射直後には最大速度となり音速を超えるものの,基材にガスが接近すると急速に減速し,ノズルの中心部を流れる基材近傍のガスの速度はほぼゼロとなる6).これは,基材に衝突したガス流の影響と考えられている.また,ノズルの中心部を外れるとガスの流れは大きく向きを変えると言われている.

これらのことから,ムライト粉末は次のように成膜されたと考えられる.ノズル角度が90°の場合の成膜では,粒子を搬送しているエアロゾルガス流は基材に衝突することで基材から垂直な方向に押し返されることで圧力が生じる.その結果,粒子の基材への速度は低下し,成膜に必要な臨界速度以下になったため,成膜が阻まれたと考えられる.一方,ノズル角度が60°の場合は,基材に衝突したガス流が基材近傍を一方向に流れ23),90°に比べて基材から押し返される圧力は減少する.それゆえ,衝突速度も低下しにくくなり,成膜に必要な臨界速度以上の速度が保たれたため,成膜されたと考えられる.

3.2 ガス流量がムライト成膜に及ぼす影響

20 mm幅のノズルによるムライトの成膜において,ノズル角度を60°としたときのガス流量の違いが成膜に与える影響をガラスを基材として検討した.Heガスの流量を変化させた際のムライトの成膜レートをFig. 4に示す.ガス流量を18,24,36 L/minとして成膜を行った場合,成膜レートは0.08,0.3,0.5 ${\rm \mu m}/{\rm min}\cdot{\rm c{m}^2}$となり,ガス流量の増加とともに成膜レートが増加することがわかる.しかし,流量をさらに増加させ42 L/minとすると,未成膜領域が点在する不均質な膜が形成されたため成膜レートを0 ${\rm \mu m}/{\rm min}\cdot{\rm c{m}^2}$とした.

Fig. 4

Relationship between deposition rate and gas flow rate.

AD法におけるノズル角度が90°でのガス流量と成膜レートの関係は,TiNやAl2O3の粉末での成膜において報告されている.いずれの場合も,ガス流量の増加とともに成膜レートが大きくなり,その後,最大値を示した後,低下する傾向を示している25,26).AD法による成膜は,粒子の基材衝突時の破壊や塑性変形により生じると考えられており,常温衝撃固化現象と呼ばれている7,8).ガス流量が少ない場合,多くの粒子は常温衝撃固化現象が生じるにあたっての十分な臨界速度が得られず,粒子が基材に跳ね返されるあるいは基材に到達できずに流されてしまう.そのため,成膜が基材上でなされないと理解されている.ガス流量が粒子の成膜に必要な臨界速度以上に達すると,基材への成膜が開始し,ガス流量の増加にともない,多くの粒子が臨界速度を超えることになる.それゆえ,本研究におけるムライトの成膜も同様の理由にて,ガス流量の増加にともなって成膜レートが大きくなったと考えられる.一方,ガス流量が多すぎる場合は,粒子の速度の増加にともなう粒子の膜表面への衝突による膜の摩耗に起因した成膜レートの減少が見出されている25).また,ノズルから噴射された直後の粒子速度は増加するものの,基材に反射されるガスはノズル角が60°であっても増加し,粒子の速度が基材付近では減速されやすくなるため成膜が阻害された可能性もある.さらには,増加したガス流によってエアロゾルチャンバー内で巻き上がる粉末も多くなる一方で,同時に巻き上がった粒径の大きい粉末が高速で膜に衝突することで,成膜体表面を摩耗させたとも考えられる10).これらの結果,ガス流量を42 L/minとして作製した成膜体においては,洗浄後に未成膜領域が残る不均質な膜になったと考えられる.現状では,ガス流量の増加により,より大きい粉末がノズルより吐出されるかは確認できておらず,今後,ガス流量の増加にともなって実際に粒径の大きい粉末が巻き上がり,ノズルより基材へ飛来するかをノズルから粉末を収集することで確認する.さらに,その大きい粒子が膜表面の摩耗に寄与するかについても検討していく.

本研究におけるHeガスを用いてのムライトの健全な成膜が可能なガス流量は30~36 L/minの範囲であり,粉末の種類やチャンバー圧力,ノズル形状などのパラメータにより異なるものの,AD法により成膜可能な最適流量が存在すると推測される.一般的にAD法の成膜可能な条件として基材へ飛来する原料粉末の粒子速度は150~400 m/sec程度の範囲にあると報告されており6),本研究においても同様な速度範囲が得られていると考えている.

3.3 成膜試料の膜組織

20 mm幅のノズルを用いて,ノズル角度を60°,ガス流量を30~36 L/minとし,EBCsにおける結合層と酸素遮蔽層を模してSi基材上にムライトを成膜した試料を作製した.Fig. 5には表面観察した時の試料外観と膜表面の組織を示す.試料の外観からは膜のマクロな欠損は見られず,マスキングした基材の両端以外の全面が成膜されている(Fig. 5(a)).また,SEMにより観察したミクロの表面組織でも,膜の表面にき裂や欠けは見られなかった(Fig. 5(b)).さらに,膜の表面の一部には粒子が衝突により潰れたような扁平な形状の領域が観察される.それゆえ,成膜時に粒子が基材に衝突して変形していると考えられる.Fig. 6はムライトの原料粉末および成膜後のムライト膜より得られたX線回折パターンの結果である.また,詳細な説明は3.4節に譲るが,大気熱曝露を1573 Kで100 h実施した後のムライト膜より得られた結果も示している(Fig. 6(c)).成膜した試料からは,Si基材からの回折線が見られるものの,それ以外の回折線はムライトの原料粉末からの回折線と一致している.しがたって,成膜試料は原料粉末と同様の結晶構造を維持していることがわかる.さらにアモルファス相によるブロードなパターンや基材界面の酸化を示すSiO2の回折線も確認されない.これらのことから基材の酸化は無く,均質で結晶質なムライトの成膜が可能であることが示された.

Fig. 5

Micrographs of the mullite coating deposited on Si substrate. (a) An optical micrograph showing whole view of the as-deposited specimen, and (b) a scanning electron micrograph of the surface in the as-deposited condition.

Fig. 6

X-ray diffraction spectrums of mullite deposited on a Si substrate and mullite raw powder. (a) Mullite raw powder, (b) an as-deposited mullite coating, and (c) an mullite coating after heat exposure in an air at 1573 K for 100 h.

Fig. 7は成膜後の試料の断面組織およびその一部の領域を対象に元素分布をEDXにより調べた結果である.膜の厚さは15 μmであり,膜の断面には膜の厚さ方向によらず微細なポアが見られた(Fig. 7(a)).しかしながら,おおむね緻密な組織を有する膜と言える.断面組織を対象に元素マッピングを行うとSi,Al,Oが膜全体に均一に分布していることがわかる(Fig. 7(b)).また,ムライト膜の断面を対象に膜の表面,中央およびSi基材付近(Fig. 7(b)中の黄色い枠内)において定量的な組成分析を行い,AlとSiの割合からAl2O3とSiO2のモル分率を決定することで,ムライト膜の場所による相の状態を確認した.表面,中央およびSi基材付近におけるAl2O3の存在率は,それぞれ59.3,61.4,59.7 mol%となっており,ムライトの原料粉末におけるAl2O3の存在率である60.1 mol%とほとんど同じであった.これらのことから,膜の厚さ方向によらず,得られた膜は結晶質なムライト単相の膜であると判断した.Fig. 7(c)はSi基材とムライト膜の界面近傍での組織を示しているが,界面に剥離は見られず,成膜前においては平滑であったSi基材表面が成膜により300 nm程度の凹凸部が形成することが確認された.

Fig. 7

Micrographs and EDX map showing a cross-section of a mullite coating deposited on Si substrate. (a) A scanning electron micrograph in the as-deposited condition, (b) EDX mapping of Si, Al and O, and (c) a scanning electron micrograph at the vicinity of the interface between Si substrate and mullite coating. Measurements of chemical composition were conducted on the square area given by the yellow line shown in (b).

AD法の成膜原理に関する報告6-10)に示されるように,ノズルから噴射されたムライト粒子は,基材表面にアンカー層を形成しながら破砕・変形をともなって固着し,その後に次々と飛来する粒子が基材上の膜を押しつぶしながら破砕・変形を繰り返して成膜体を形成したと考えられている.本研究においては,成膜した試料の表面組織における粒子が衝突により変形したと考えられる扁平な形状の領域の形成と断面組織におけるアンカー層と考えられる300 nm程度の凹凸部の形成が組織観察により認められることから,同様の現象が生じていると考えられる.

3.4 大気熱曝露後の膜組織

ムライト膜をSi基材上にFig. 5の組織を作製した条件と同様の条件にて膜厚15 µmまで成膜した試料を対象に,1573 Kで10,50,100 hの大気熱曝露を実施した.Fig. 8は,大気熱曝露した試料の表面を観察した時の結果である.大気熱曝露時間の増加にともなってムライトが粒成長している様子が見られる.また,50 h以上の熱曝露では表面は隆起したような状態になっており,100 h後の熱曝露では,膜の表面にき裂が見られた.Fig. 9は,種々の時間熱曝露した試料の断面組織とその一部の領域を対象に元素分布を調べた結果である.SEMによる断面の観察結果では分かり難いが,EDXの結果から熱曝露によりSi基材付近のムライト膜ではAlの割合が減少している.一方,Siの割合は増加していることがわかる.ムライト膜において,Alの割合が減少し,Siの割合が増加している基材近くの領域を変質層と呼ぶことにすると,変質層の厚さは,大気熱曝露時間の増加とともに増大していることが分かる.一方,ムライト膜の厚さは減少しており,ムライト膜と変質層の合計の厚さは増大している.さらに,得られた変質層は緻密質な層であることがわかる.大気熱曝露を1573 Kで100 h実施した後のムライト膜の相構成をFig. 6(c)の結果より確認した.SiO2とムライトの回折線が見られることから,ムライト膜と変質層を含めた膜の全体はSiO2とムライトの2相で構成していることがわかる.さらに,大気熱曝露にともなうムライト膜における膜厚方向の場所による相変化を把握するため,ムライト膜と変質層を含めた膜において,表面,中央およびSi基材付近(Fig. 9(b),(d),(f)中の黄色い枠内)の組成分析を定量的に行い,種々の熱曝露時間におけるAl2O3の存在率を求めた.Fig. 10は得られたAl2O3の存在率をモル分率にてプロットした結果である.また,Fig. 11はSiO2とAl2O3の状態図27-29)の一部である.本研究において用いた原料粉末のムライトの組成を破線にて示している.熱曝露前においてはムライト単相であったが,1573 Kにて10 hの熱曝露を実施すると,膜の表面近くではAl2O3のモル分率が71.8%となっており,状態図より(Al2O3 + ムライト)2相領域と判断できる.Al2O3とムライトの存在する割合は,それぞれ24.6と75.4 mol%であり,ムライト以外にAl2O3が25%程度を占める状況となっている.一方,膜の中央部およびSi基材付近においては,Al2O3のモル分率がそれぞれ52.0および43.0 mol%となっており,いずれも(SiO2 + ムライト)2相領域と判断できる.SiO2の存在する割合は,膜の中央部および基材付近では状態図より,それぞれ11.6および26.9 mol%であった.これより,同じ(SiO2 + ムライト)2相領域であっても,基材付近の方が膜の中央部に比べてSiO2が多く存在することが分かる.さらに熱曝露が50および100 hと進むと,膜のそれぞれの領域においてAl2O3のモル分率が低下している.Al2O3のモル分率は膜の表面および中央部付近ではおおむね45~55 mol%の範囲であり,Si基材近くでは,10 mol%程度となっている.これより,いずれの領域も(SiO2 + ムライト)2相領域と判断できるが,SiO2とムライトの割合は,場所により異なることがわかる.膜の表面および中央部付近でのSiO2の割合は,6.5~23.5 mol%の範囲であり,ムライトがSiO2よりも多く存在している.一方,Si基材付近では,SiO2の割合は83.0 mol%であり,SiO2はムライトの4倍程度多く存在している.これらのことから,熱曝露にともなって膜のいずれの領域においてもSiO2の割合が増加すること,また,Fig. 9に見られる変質層はSiO2が80%以上含まれる(SiO2 + ムライト)2相状態であることが明らかとなった.

Fig. 8

Scanning electron micrographs showing a surface of a mullite coating deposited on Si substrate. The specimens were heat exposed in an air at 1573 K for (a) 10, (b) 50, and (c) 100 h.

Fig. 9

Scanning electron micrographs and EDX maps showing a cross-section of a mullite coating deposited on Si substrate. EDX mapping is showing a distribution of the elements of Si, Al and O. Measurements of chemical composition were conducted on the square area given by the yellow line. The specimens were heat exposed in an air at 1573 K for (a, b) 10, (c, d) 50, and (e, f) 100 h.

Fig. 10

Variation of the mole fraction of Al2O3 as a function of the heat exposure time.

Fig. 11

A portion of the SiO2-Al2O3 phase diagram27-29). Black dashed line indicates the composition of the mullite raw powder used in this study (60.1 mol% Al2O3).

高温下において,ムライトやAl2O3ウェハの上下面に酸素分圧勾配が付与された場合,Oが酸素分圧の高い側から低い側へ透過していくのに対して,Alはその逆の低酸素分圧側から高酸素分圧側に拡散することが報告されている30-33).本研究においては,Si基材上のムライト膜表面周辺の大気を高酸素分圧下,Si基材とムライト膜の界面近傍を低酸素分圧下であると考えると,上記の報告と同様の現象が生じていると推察される.すなわち,Si基材とムライト膜の界面近くからAlが高酸素分圧側である膜表面へ拡散する.これによりAlの濃度が膜の表面付近において増加するとともに界面近くからは減少することになる.それゆえ,1573 Kにて10 hの熱曝露をSi基材上にムライトを成膜した試料について実施すると,Alがムライト膜表面へ向かって拡散することにより,膜の表面付近においてはAl2O3がリッチとなる(Al2O3 + ムライト)2相領域となり,中央部とSi基材近くはSiO2リッチとなる(SiO2 + ムライト)2相領域へと遷移したと考えられる.さらなる大気熱曝露においては,SiO2の割合が全ての領域において増加していることから,基材からのムライト膜内へのSiの拡散が生じていると考えられる.このように,ムライト膜中のAlの膜の表面への拡散とSi基材から膜へのSiの拡散により変質層が形成したと考えられる.

変質層に含まれるSiO2は膜の性能低下につながることが知られている5,34).それゆえ,変質層の形成を抑制するためには,今後,結合層としてSiではなくAlの供給が可能なAlを含む材料によってムライトの分解を防ぐ必要がある.さらに,Siが含まれる材料を結合層とする場合には,結合層中のSiが膜へ拡散しにくい材料系を選択することも求められると考えられる.

4. 結論

AD法を用いたムライト膜の成膜プロセス条件および成膜した試料を対象とした大気熱曝露の実施によるムライト膜の組織変化を実験的に検討した結果,以下のことが明らかとなった.

(1) ノズル角度が90°の場合は,ムライト成膜体は得られなかった.一方,ノズル角度を60°とすることで基材への膜の形成が確認された.

(2) ガス流量が18~36 L/minの範囲では,流量の増加とともに成膜レートも増加した.しかし,ガス流量が42 L/minとより大きくなると未成膜領域が点在する不均質な膜が形成された.

(3) Si基材上に成膜したムライト膜は,おおむね緻密質であり,原料粉末との間に組成のずれがほとんど無い,均質で結晶質なムライト単相の膜であった.また,成膜後のSi基材とムライト膜の界面では剥離は無く,界面は凹凸を呈していることからアンカー層の形成が膜の基材への接合に寄与していると考えられる.

(4) Si基材上にムライトを成膜した試料を対象に1573 Kにて10 hの大気熱曝露を実施したところ,膜の表面付近は(Al2O3 + ムライト)2相状態,膜の中央部および基材と膜の界面付近は(SiO2 + ムライト)2相状態となった.さらに大気熱曝露が進むと,界面付近からSiO2が80%以上含まれる(SiO2 + ムライト)2相状態の変質層が形成された.大気熱曝露時間の増加とともにその層の厚さは増加した.変質層の形成は,ムライト膜中のAlの膜の表面への拡散とSi基材からの膜へのSiの拡散が原因と考えられる.

本研究は,総合科学技術・イノベーション会議SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)【革新的構造材料】(管理法人:国立研究開発法人 科学技術振興機構)によって実施された.ここに記し,謝意を表する.

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