Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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A Mechanism of Carbon-Cluster Strengthening though Atomic Simulations
Tomotsugu ShimokawaKiichiro YasuiTomoaki NiiyamaKeisuke KinoshitaHideaki Sawada
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2020 Volume 84 Issue 1 Pages 19-27

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Abstract

To investigate the reason why low-carbon steels with carbon-clusters shows the maximum strength during low-temperature aging, interactions between an edge dislocation and carbon clusters are performed through molecular dynamics (MD) simulations. Carbon clusters are modeled based on atom probe tomography (APT) observations. To express a transition process of carbon configurations from solid solution state to carbon cluster state to precipitation state during aging process, we reduce a carbon presence area with a fixed number of carbon atoms, i.e., the carbon concentration can be continuously increased. The MD simulations can represent the age hardening/softening tendency observed in the experiment and the carbon cluster state shows the maximum strength where the dislocation passes through the carbon cluster not by the Orowan but by the cutting mechanism. The MD analysis found that partial clusters in the carbon cluster act as the main resistance to dislocation passage; the biased distribution of carbon atoms is also confirmed in the actual observed carbon clusters by APT. A new interaction mechanism between dislocation and carbon clusters is developed based on the phenomena in the MD simulations and the availability is discussed.

1. 緒言

Fe-0.045C(0.21 at%)を溶体化処理した後に50℃で等温時効すると,約28 hでピーク時効を示すことが報告されている1).このときの硬度の変化は溶体化まま材で140 Hv,28 h時効材で200 Hv,128日時効材で180 Hvである.アトムプローブ(Atom probe tomography,APT)2,3)の観察によりピーク時効を示すときの炭素原子は,直径約10-20 nmの領域に約1-2 at%で濃化した固溶状態である炭素クラスターとして存在しており,その炭素クラスター間隔はAPT測定データの2次元的な視野ではおよそ20 nmで分布しており,個数密度とクラスター径を用いて正方格子分布を仮定するとおよそ30 nmで分布していることが明らかになっている1).つまり,これまでの観察結果からこの鉄鋼材料は時効中に,溶体化処理まま材の均質固溶状態から炭素クラスターへ遷移することでピーク時効を示し1,4-6),その後$\varepsilon $炭化物などへ形態を変えていき時効軟化を示していることが理解できる.しかしながら,なぜ炭素クラスターが最大硬度を示すのかについては未だ明らかになっていない.

炭素クラスターは濃化した固溶領域であり,それが不均質に材料中に分布している.このことが炭素クラスターの強化機構が従来の固溶強化機構や析出強化機構で説明できない理由の1つである.ここで,炭素クラスター群とある転位の相互作用を単純化して考える.転位の一部は濃化した固溶領域に強い抵抗を受ける.そして残りの部分は炭素クラスター間,つまり炭素濃度の非常に低い領域を運動することになり,炭素クラスターの抵抗力に応じて炭素クラスター間で張り出しを行うことになる.炭素クラスター内の炭素濃度が高くなると炭素クラスターの抵抗力は大きくなると考えられる.一方で炭素クラスター間の距離が大きくなると転位の張出距離も大きくなるので転位が炭素クラスターを乗り越えるときに,小さな外力で大きな駆動力を得ることができる.ここで,時効処理中に材料中の炭素原子数は基本的に変化しないため,炭素クラスターの濃度,言い換えれば,抵抗力と炭素クラスター間の張出距離は独立していないことは明らかである.つまり炭素クラスターの炭素濃度と抵抗力の関係,そして炭素クラスターの炭素濃度と炭素クラスター間距離の関係を理解することが炭素クラスターの強化機構を解明するためには必要であると考えることができる.

炭素クラスターの炭素濃度と転位運動に対する抵抗力の関係を調査するためには,その現象に対する原子レベルの解像度が必要である.原子レベルのコンピューターシミュレーションはこの解像度を提供できる1つの道具である.量子力学に基づく第1原理計算は異種原子間の相互作用を定量的に表現できる.そのため,近年の計算機能力の発展に伴い鉄の転位芯と溶質原子の相互作用を直接計算ができるようになり材料科学において重要な役割を担いつつある7-10).一方で原子間の相互作用を近似曲線で簡便化することで大規模な原子系を取り扱える分子動力学計算は,転位と様々な障害物(固溶体11-13),析出物14-18),粒界19-23)など)の相互作用を直接計算することが可能であり,実験観察のみでは得ることができない原子レベルの格子欠陥ダイナミクスを追跡することが可能である.今回着目する炭素クラスター群と転位の相互作用は不均一系の格子欠陥の発展現象なので,現時点では分子動力学計算によるアプローチが有効であると考えられる.

そこで本論文では,分子動力学シミュレーションを用いて炭素クラスターの強化機構を探究することを目的とする.転位と炭素クラスターの相互作用の特徴を明らかにするため,均質固溶状態から炭素クラスター状態,そして析出物状態へと炭素集団の状態を連続的に遷移させ,各炭素集団状態と転位を相互作用させる.そして転位が各炭素集団状態を通過するために必要なせん断応力や通過機構を調べ,炭素クラスターと転位の相互作用を表現するメカニズムを提案する.本論文の構成は以下の通りである.第2章では,解析モデルと解析条件,特に固溶,炭素クラスター,析出状態へ遷移させるモデリングについて述べ,第3章では転位と炭素クラスターの相互作用シミュレーションの結果と実験との対応について述べ,第4章では転位と炭素クラスターの相互作用メカニズムについて考察し,第5章で結論を述べる.

2. 解析モデルと条件

2.1 炭素クラスターのモデル化

APTによる炭素クラスターの実測値は炭素濃度が1-2 at%,直径はおおよそ10 nmであり,クラスター間の中心間距離は約20-30 nmである1).そこで本論文では炭素クラスターの形状を直径Dの球体と仮定し,APTの実測に基づいたモデルを作成する.炭素クラスターモデルは,α-Fe内に直径Dの球体範囲を設け,範囲内の炭素の安定サイトにN個の炭素原子をランダムに配置することにより作成する.配置する炭素原子の個数Nは,APTの実測値の炭素濃度から算出した値(700個)を参考にして630-640個とする.なお,APTは炭素原子の空間座標の情報を有するため,その空間座標をそのまま炭素クラスターモデルに用いることも考えられるが,今回のAPTの検出率はおよそ0.38であり,全ての炭素原子の空間座標の情報は得ることが困難である.そのため本研究では,ランダム配置を用いる.

炭素クラスターを構成する炭素原子数Nを固定し直径Dを変更することで,炭素原子の存在領域と炭素濃度を変更することができる.本研究ではD = 20 nmを直径の最大値,D = 5 nmを最小値とし,実測値(D = 10 nm)を含めD = 20 nm,15 nm,12.5 nm,10 nm,7.5 nm,5 nmの6種類の炭素クラスターモデルを作成する.Fig. 1に代表的な炭素クラスターモデルの炭素原子配置と炭素濃度を示す.Fig. 1(b)よりD = 10 nmのモデルでは炭素濃度は1.37 at%であり,これは実験での実測範囲1-2 at%に整合している.直径Dの増加に伴い炭素濃度が減少していることが確認できる.なお,実際の炭素集合体の個数密度は時効時間とともに減少しておりOstwald成長していることが確認されているが1),本研究では炭素クラスターの個数密度は固定し,炭素クラスターを構成する原子数は一定値にしていることに注意が必要である.

Fig. 1

Carbon clusters with different diameters and concentration of carbon atoms. Carbon cluster of (b) corresponds to the cluster observed by atom probe tomography (APT).

ここで,APTにより実測された2つの炭素クラスターとランダム配置により作り出した炭素クラスターモデルの炭素濃度分布を比較することで,本論文の炭素クラスターモデルの再現性を考察する.Fig. 2に実測した炭素クラスターと作成した炭素クラスターモデル(Fig. 1(b))の各方向の炭素濃度分布を示す.測定領域は炭素クラスターの中心を含む5 nm × 5 nm × 20 nmである.四角と三角プロットがAPTにより実測した炭素クラスターの結果であり,丸プロットがランダムに炭素を配置した炭素クラスターモデルの結果である.2つの実測クラスターの形状は直径10 nm程度の球形であることが確認できる.また,炭素クラスター中央近傍の炭素濃度は実測クラスターとクラスターモデルの両方ともおよそ1.5 at%であり,ランダム配置したクラスターモデルは炭素濃度分布をよく再現出来ていることが確認できる.現実の炭素クラスターには短距離秩序構造の存在も考えられるが,未だ明らかになっていない現状である.そこで本研究では炭素クラスター内の短距離秩序構造の存在を意図的にモデル化することはしないことにする.

Fig. 2

Comparisons of carbon atomic concentrations between the measured clusters by APT and the simulated cluster with the diameter of 10 nm (Fig. 1(b)). Comparison region is 5 nm × 5 nm × 20 nm and comparison direction is (a)x, (b)y and (c)z directions, respectively.

2.2 転位と炭素クラスターの相互作用モデル

Fig. 3に転位と炭素クラスターの相互作用解析に用いる解析モデルの概要を示す.体心立方格子においてらせん転位の運動はその材料の力学特性を理解するためには重要であるが,その転位芯構造に起因してパイエルスポテンシャルが非常に高いことが知られている.そのため,熱活性化過程を反映したらせん転位のダイナミクスを,分子動力学シミュレーションが取り扱える時間スケールで表現するのは困難である.そのため本研究では刃状転位と炭素クラスターの相互作用に着目する.自由表面の影響を取り除くため全方向に周期境界条件を適用する.周期境界条件を満足させるために解析モデルには1組の刃状転位対を導入する.そして1つの炭素クラスターを導入し,せん断ひずみγzyを加えることで左方の刃状転位をy方向に運動させることで炭素クラスターと相互作用をさせる.このとき,右方の刃状転位は−y方向に運動し,炭素クラスターと相互作用を生じてしまう.これを避けるために高炭素濃度(13.3 at%)の領域を導入しこの転位の進展を妨げる.

Fig. 3

Analysis model for investigating the interaction between an edge dislocation and one carbon cluster with the diameter D.

結晶方位はxyz方向でそれぞれ[$\bar 1 11$],[$1 \bar 1 2$],[110]である.実測された炭素クラスターの中心間距離は20-30 nmであるので,x方向の解析モデルサイズLxを20 nmとする.これにより20 nmの間隔で並んだ直径Dの炭素クラスター群を刃状転位が乗り越える過程を表現することができる.つまりD = 20 nmの炭素クラスターを配置した場合,周期境界条件を介して隣接する炭素クラスターに接することになるので転位が炭素クラスター領域に侵入すると固溶状態に近い状況になる.この状態からDを小さくしていくと,D = 10 nmで実測された炭素クラスター状況となり,更にD = 5 nmに向けて小さくすると炭素濃度が非常に高くなることから,析出物と転位の相互作用のような状況に近づくことが考えられる.つまり,Dを20 nmから小さくしていくことは,固溶状態から20 nmの間隔を保持して炭素が濃化していく過程を模擬していることに対応する.なお,実際の時効過程では固溶状態から炭素クラスター,析出物に遷移するときに炭素の存在領域の間隔はOstwald成長により変化することに注意が必要である.その他の解析モデルの寸法は,LyLzはそれぞれ160 nmと20 nmである.総原子数は約550万原子である.

原子の初期配置が決定した後に各方向のせん断応力が0になるように応力制御を解析温度1 Kで25 ps間実施する.その後$\dot \gamma_{zy}=5 \times 10^7$ 1/sの速度でせん断ひずみを解析モデルに加え,刃状転位と炭素クラスターの相互作用シミュレーションを実施する.

原子間ポテンシャルはHepburnらによるFe-C系のEAMポテンシャルを用いる24).また,分子動力学解析はLarge-scale Atomic/Molecular Massively Parallel Simulater(LAMMPS)25)を用いて並列計算を行い,原子情報の出力は可視化構造解析ツールOVITO26)を用いる.

3. 解析結果

3.1 炭素クラスター通過に必要なせん断応力

Fig. 4に各クラスター径Dの応力ひずみ曲線を実線で示す.点線は弾性域の応力ひずみ曲線の傾きを示す.D = 5 nm,10 nm,20 nmの応力ひずみ曲線に記したAからDの転位と炭素クラスターの相互作用の様子をFig. 5に示す.薄い原子は欠陥構造に属する鉄原子であり,黒色の原子は炭素原子である.点線で囲まれた内部の領域は炭素クラスターに対応する.なお,炭素原子はすべり面に隣接して存在している原子のみを示している.A,B,C,D,Eのときのせん断ひずみγzyはそれぞれ,0.25%,1.1%,1.35%,1.48%,1.5%である.Fig. 4に示すように,全てのモデルにおいてせん断応力τzyが100 MPa近傍で応力ひずみ曲線の傾きが小さくなる.これは解析モデル内に導入した転位対が動き始めることで塑性ひずみを獲得するためである.その後,転位がAの状態を通過し炭素クラスターと相互作用を開始してしばらくすると,Dが小さいモデルは再び応力ひずみ曲線の傾きは弾性域の傾きに近づき,その傾きを維持しながらτzyが増加する.つまりこの区間では転位の運動は炭素クラスターに拘束されていることになる.一方でDが大きくなると応力ひずみ曲線の傾きが小さい区間と大きな区間(弾性域と同じ傾き)が交互に現れる.つまりこの間では,転位は進展と停止を繰り返していることになる.Fig. 5に示す異なるクラスター径のBの状態を比較すると,D = 20 nmの場合の方がDが小さい場合よりも転位が進展していることが確認できる.

Fig. 4

Stress-strain curves under shear deformation of each analysis model containing the carbon cluster of diameter D. Open circles represent the critical shear stress for the dislocation to pass through the carbon cluster by either Orowan mechanism or cutting mechanism.

Fig. 5

Interaction between the dislocation and carbon cluster with diameter of (a)D = 5 nm, (b)D = 10 nm and (C)D = 20 nm under shear deformation. Gray colored and black colored atoms represent the iron atoms in disordered structures and carbon atoms, respectively. The numbers in (a) represent the shear strain γzy and underlined capital letters represent the critical states of each model.

その後,全てのモデルにおいて応力ひずみ曲線の傾きが急激に減少する.これは,転位が炭素クラスターからの束縛から解放されたためであり,転位の運動により大きな塑性ひずみを獲得するためである.このときのせん断応力を転位が炭素クラスターを通過するために必要なせん断応力τcとして丸プロットで示す.炭素クラスターの大きさがD = 20 nmから実測されたD = 10 nmに減少していくと(炭素濃度が増加すると),τcは増加していき,その後D = 7.5 nmからD = 5 nmに減少していくと,τcは減少していくことが理解できる.つまり,APTで実測された最大強度を示す炭素クラスター径と分子動力学シミュレーションで最大強度を示した炭素クラスター径は良い対応を示したことがわかる.

緒言で述べたように実際の実験における等温時効による硬度Hの変化は,溶体化まま材で140 Hv,28 h時効材で200 Hv,128日時効材で180 Hvである1).炭素の存在状態を,溶体化まま材を固溶状態,28 h時効材をクラスター状態,128日時効材を析出状態と仮定し,それぞれを本解析モデルのD = 20 nm,10 nm,5 nmの状態と対応させてτc/Hの比を計算したところ,5.1 MPa/Hv,4.8 MPa/Hv,4.8 MPa/Hvとなり実験値と原子シミュレーション値は良い相関を示していた.今回は刃状転位を対象とし,炭素クラスター間を固定しているにも関わらず良い相間が得られたことは興味深い結果である.

3.2 転位の炭素クラスター通過機構

前節では,実測された炭素クラスター(D = 10 nm)のときに最大強度を示すことが確認できた.そこで本節では,転位の炭素クラスター通過機構を検討する.Fig. 5は転位と炭素クラスターの相互作用している様子であり,下線の記号の状態が臨界状態(τc)に対応する.Fig. 5(b)(c)に示すようにD = 10 nm,20 nmでは転位は炭素クラスター内を運動,すなわちカッティングして通過していることが確認できる.一方でFig. 5(a)に示すようにD = 5 nmでは炭素濃度が高くなるため,転位は炭素クラスター内に侵入することができず,炭素クラスター間を大きく張り出していることがわかる.その後,臨界状態のCを超えて転位は運動を続けるが,刃状転位の進展方向と垂直方向に直線状のらせん転位対が形成される.このらせん転位対がお互い近づき対消滅を生じればOrowanループ27)を炭素クラスターの周囲に形成することが可能であるが,らせん転位のパイエルスポテンシャルが非常に高いため本解析時間内では対消滅は生じなかった.この傾向はこれまでの分子動力学解析でも確認されている14).しかしながら本研究ではこの通過機構をOrowan機構と見なすことにする.D = 7.5 nmも通過機構はOrowan機構であることを確認している.つまり,最大強度はOrowan機構からカッティング機構へ遷移する炭素クラスター径のときに現れ,実測されたD = 10 nmに対応する炭素クラスターモデルの通過機構はカッティング機構であることがわかった.

カッティング機構をより詳細に検討するために,Fig. 6γzy = 1.35%におけるD = 10 nmのスナップショットを示す.転位の張出形状と炭素原子群の関係から,転位は丸で囲んだ炭素原子集団を単位としてピン留めされていることがわかる.つまり,炭素クラスター内の炭素は部分クラスターを形成しており,その部分クラスターが転位の障害物として機能していることが考えられる.結果的に,転位と炭素クラスターの相互作用において,炭素クラスター間の大きな転位の張出と炭素クラスター内の小さな転位の張出が存在し,その2つの異なる張出現象が混在していることが,炭素クラスターの特徴的な通過機構として考えることができる.

Fig. 6

Partial clusters acting as obstacles to a cutting dislocation in a carbon cluster with the diameter D = 10 nm. Gray colored and black colored atoms represent the iron atoms in disordered structures and carbon atoms, respectively.

4. 考察

4.1 炭素クラスターの強化機構

第3章で転位と炭素クラスターの相互作用シミュレーションを通じて,1.炭素クラスター径の減少に伴うカッティング機構からOrowan機構への遷移,2.実測の炭素クラスター(D = 10 nm)はカッティング機構で最大強度を示すこと,3.炭素クラスター内に存在する部分クラスターによる転位のピン留め,4.炭素クラスター間と炭素クラスター内の2つの張出現象,が明らかになった.本章では,上記の知見に基づき炭素クラスターの強化機構のモデル化を試みる.

4.1.1 炭素クラスターの3つの強化機構

本研究では転位と炭素クラスターの相互作用をできるだけ単純に表現することを試みるために,Fig. 7(a)に示す一般的な転位と障害物の相互作用モデルを用いる.障害物の抵抗力をFc,張出間隔をL,バーガースベクトルb,転位の線張力をTとし,転位が障害物を乗り越えるときの角度を$\theta_{\rm c}$ $(0 \le \theta_{\rm c} \le \pi)$とする.このときの外力を臨界せん断応力τcとし,以下のように求めることができる27).   

\[\tau_{\rm c}=\frac{F_{\rm c}}{bL}=\frac{2T\cos(\theta_{\rm c}/2)}{bL}\](1)
つまり,障害物の抵抗力Fcと張出距離Lを決めれば,臨界せん断応力τcが求まることになる.
Fig. 7

Three types of mechanisms to dislocation pass through carbon cluster with different diameters of D. (a)Critical shear stress for dislocation to pass through obstacles. Obstacles are (b)carbon clusters and (c)(d)partial clusters. Bow-out lengths are (b)(c)between carbon clusters and (d)between partial clusters.

第3章で得られた原子シミュレーションの結果に基づき3種類の強化機構モデルを考える.1つ目はFig. 7(b)に示すようにDが小さいときに観察されたOrowan機構である.このとき炭素クラスター全体が転位の抵抗力として作用し,その抵抗力は2T以上となる.また張出距離Lは,クラスター間距離をLCLとすればL = LCLDとして求めることができる.2つ目と3つ目はFig. 7(c)(d)に示すようにDが大きい領域で確認されたカッティング機構である.障害物として炭素クラスター内の部分クラスターが機能し,張出距離としてFig. 7(c)に示すようにクラスター間とFig. 7(d)のクラスター内の部分クラスター間の2種類が考えられる.これら3つの強化機構をDの関数で表現し,各Dにおいて最も小さなτcの強化機構がそのときに起動すると考える.つまり,これらの強化機構をモデル化するためには,「炭素クラスターの部分クラスター分類」を行い,「部分クラスター間距離」,「部分クラスターの抵抗力」を決定する必要がある.次項から各項目について検討していく.

4.1.2 炭素クラスター内の部分クラスター分類

Fig. 6に示すように炭素クラスターを構成する炭素原子は部分領域で濃化しており部分クラスターを形成していることが確認できる.そこで炭素クラスターを複数の部分クラスターで構成されているものとみなし,以下の手順に従って炭素クラスターを構成している炭素原子を部分クラスターへ分類する.部分クラスター化は以下のようにして行う.まず炭素クラスターに存在するある炭素原子に着目し,その原子からrcの距離以内にある炭素原子を登録する.次に登録された炭素原子に対して同様にrc以内の炭素原子を探索し登録する.そして登録された全ての炭素原子の近傍にrc以内の炭素原子がいなくなるまで繰り返し実行し,登録された炭素原子群を1つの部分クラスターとする.

Fig. 8(a)はD = 10 nmの炭素クラスターを部分クラスターへ分類した結果である.同色の原子が同じ部分クラスターに属しており,色は部分クラスターを構成する原子数Npを表している.本論文ではrc = 0.7 nmとした.これは$r_{\rm c}\approx 2.5b$であり,今回のrcの大きさは転位芯の大きさに対応していると理解できる27).炭素クラスターの直径Dと部分クラスターを構成する炭素原子数Npの関係をFig. 9(a)に示す.白丸は各部分クラスターのNpを示し,黒丸はその平均値である.Dが小さくなるにつれて,言い換えれば炭素濃度が高くなるにつれて,部分クラスターの最大Npは大きくなり,Npの平均値も増加していることが確認できる.D = 7.5 nmでは1つの部分クラスターのNpが500を超えており,炭素クラスターはほとんど1つの部分クラスターで構成されていることになる.原子モデルにより得られたNpとその平均値の情報を参考にして,DNpの関係を$N_{\rm p}=6(10/D)^5+1$とし,Fig. 9(a)に実線で示す.Dが20 nmより大きくなるとNpが1に漸近し,Dが小さくなるほどNpが大きくなる傾向を再現している.実測したNpの平均値よりも大きなNpを示すことになる.この理由については4.1.5項で説明する.

Fig. 8

Partial clusters in one carbon cluster with D = 10 nm. (a)Distinction of partial clusters in the whole carbon cluster. (b)Partial clusters of which constituent atoms exist near the dislocation-slip plane. (c)Representative atoms for each partial cluster connected by the Delaunay triangulation. Atomic color represents the number of carbon atoms in partial clusters Np.

Fig. 9

Relationship among cluster diameter D, number of carbon atoms in partial cluster Np, dislocation bow-out length L and obstacle strength $\cos(\theta_{\rm c}/2)$ to estimate critical shear stresses for dislocation to pass through carbon clusters. (a)Np vs. D. (b)L vs. D. (c)$\cos(\theta_{\rm c}/2)$ vs. Np.

4.1.3 部分クラスター間距離

Fig. 6に示すようにすべり面を運動する転位は炭素クラスターに侵入すると部分クラスターから抵抗を受け,部分クラスター間で張出を行う.このときの抵抗力を評価するために,ここでは部分クラスター間の距離Lを求める.Lはすべり面に並ぶ部分クラスター間の平均距離として,$L=\sqrt{2\pi/3f}(d/2)$として求めることができる.ここで,dは部分クラスターの直径であり,fは炭素クラスターにおける部分クラスターの体積分率である.dは部分クラスターの炭素濃度をおよそ60 at%とすることで$d=0.247N_{\rm c}^{1/3}$として算出できる.ここで仮定した炭素濃度において平均炭素原子間距離は約0.2 nmとなる.dが決まると幾何学的にfを求めることができる.結果的に得られた部分クラスター間距離LDの関係をFig. 9(b)に示す.参考のために,炭素クラスター間距離も示しておく.これより部分クラスター間距離は$D \approx 10$ nmで極小値を取ることが確認でき,$D \approx 10$ nmまではDが小さくなるにつれて部分クラスター間距離も小さくなっていることがわかる.

得られた結果の妥当性を検討するために,原子モデルで作成した炭素クラスター内の部分クラスター間距離を実測する.Fig. 8(a)に示す炭素クラスター内の部分クラスターにおいて,その構成炭素原子がすべり面に隣接している部分クラスターのみを表示したものがFig. 8(b)である.すべり面に隣接した領域はFig. 5(b)に示した領域と同じである.つぎにFig. 8(c)に示すように,各部分クラスターにおいて,最も炭素原子と隣接している炭素原子をその部分クラスターの代表点とし,その代表点に対してDelaunay三角形要素分割28)を行う.これらの三角形要素の各辺の長さの平均値を部分クラスター間距離とする.Fig. 9(b)に黒丸で原子モデルにより得られた部分クラスター間距離をプロットする.これより,幾何学的に得られた実線と原子モデルの結果が良い対応関係を示しており,ここで構築した部分クラスター間距離LDの妥当性が確認できる.

4.1.4 部分クラスターの抵抗力

前項までで,「炭素クラスター内の部分クラスター分類」と「部分クラスター間距離」をモデル化できたので,本項では最後に残った「部分クラスターの抵抗力」のモデル化を行う.つまり,式(1)の部分クラスターの抵抗力を表す$\cos(\theta_{\rm c}/2)$と部分クラスターを構成する炭素原子数Npの関係を構築する.この関係を得るために,Fig. 10に示す1つの転位ループと8個の部分クラスターの相互作用シミュレーションを実施する.弾性論から得られる転位ループ周りの変位場を用いて直径30 nmの転位ループを導入する29).部分クラスターは転位ループのすべり面を中心としたある球状領域に炭素濃度が約55 at%になるようにNp個の炭素原子をランダムにOサイトに配置する.この炭素濃度は4.1.3項で得られた炭素濃度とほとんど同じ濃度である.部分クラスターの領域を変化させることでNpも変化することになる.解析温度は1 Kとし,転位ループの自己収縮力を用いて部分クラスターと相互作用を行わせ,各部分クラスターを通過するときの離脱角θcを実測する.部分クラスター3と4,7と8間は完全な刃状転位となり,部分クラスター1と2,5と6間は完全らせん転位となる.しかし,らせん転位のパイエルスポテンシャルが高いことからFig. 10の部分クラスター5と6間に示すように,転位の張出が生じない場合がある.そのため,今回は部分クラスター3,4,7,8に対するθcを対象とする.

Fig. 10

Interaction between a dislocation loop and small carbon clusters to evaluate the strength of partial clusters in the carbon cluster.

Fig. 9(c)に原子シミュレーションで実測した$\cos(\theta_{\rm c}/2)$Npの関係を黒丸で示す.これより,Npの増加に伴い部分クラスターの抵抗力が増加していることがわかり,Npが12近傍で離脱角θcは0となることがわかる.この結果をフィッティングした結果を実線で示す.得られた関係式は,$\cos(\theta_{\rm c}/2)=(N_{\rm p}/11)^{0.55}$であり,原子シミュレーションの結果をよく再現できていることが確認できる.

4.1.5 強化機構の適応性

これまでの検討により,Fig. 7に示す3種類の炭素クラスターと転位の強化機構の臨界せん断応力を求めることが可能となった.そこで,この3種類の強化機構により原子シミュレーションで得られた結果を再現できるかを検討する.Fig. 11に臨界せん断応力τcと炭素クラスター径Dの関係を示す.黒プロットがFig. 4で得られた原子シミュレーションによる臨界せん断応力である.破線がOrowan機構(抵抗力:炭素クラスター全体,障害物間距離:炭素クラスター間),実線がカッティング機構1(抵抗力:部分クラスター,障害物間距離:炭素クラスター間),一点鎖線がカッティング機構2(抵抗力:部分クラスター,障害物間距離:部分クラスター間)である.導出過程からわかるように,カッティング機構2は通常の固溶強化理論27)と同じである.転位の線張力Tを求めるために必要な値は,α = 0.278,μ = 80 GPa,b = 0.247 nmとした.

Fig. 11

Prediction of critical shear stresses for dislocation to pass through carbon clusters with different diameters by three types of dislocation-carbon cluster interaction mechanisms.

まず原子シミュレーションでOrowan機構で炭素クラスターを通過したDが小さな範囲に着目する.D = 5 nm,7 nmの原子シミュレーションによるτcがOrowan機構でよく再現できていることがわかる.さらにDが小さい炭素クラスターを追加計算したところ(白丸プロット),Orowan機構で通過し,そのτcは理論値でよく再現できていることがわかる.

次に,D = 20 nmの大きな領域に着目する.この領域では隣接する炭素クラスター間が接しているので炭素クラスター間距離は存在しておらず,また部分クラスターを構成する炭素原子数Npはほとんどが1個であることから,固溶強化状態である.そのため,一点鎖線の固溶強化を表現するカッティング機構2で表現できる.カッティング機構2の妥当性を確認するために,D = 20 nmで炭素濃度を0.06 at%に減少させた追加計算を行った.ここで炭素クラスターを構成する炭素原子数が減少したので,炭素原子数を一定とした他のモデルと比較ができない.そこで他のモデルと同様に炭素原子数を一定に保ったまま炭素濃度を0.06 at%に減少させるために必要な炭素クラスター径Dを見積り,そのDを用いてFig. 11に白四角でプロットした.結果的に炭素濃度を薄くした炭素クラスターもカッティング機構2でよく再現でき,固溶強化機構で説明できることがわかる.

最後に,D = 10 nm,12.5 nm,15 nmの領域に着目する.この領域の原子シミュレーションで得られたτcは,Orowan機構や固溶強化機構では説明できないことがわかる.この領域を最もよく表現できたのは,実線で示したカッティング機構1である.つまり,炭素クラスターを構成する部分クラスターが転位の障害物として機能し,転位の張出は炭素クラスター間で生じるモデルである.実験においてピーク時効を示す炭素クラスターの状態をAPTの情報を用いて,今回は直径D = 10 nmの原子モデルで再現をしている.つまり,ピーク時効を示した炭素クラスターの強化機構は,炭素クラスター内の炭素の偏りにより生じた部分クラスターにより説明できる可能性を示した.

4.1.1項で述べたように,Fig. 9(a)に示すNpDのフィッティング結果は,原子シミュレーションで得られた結果の平均値よりも大きな値を示している.これはFig. 11に示す炭素クラスターの強度の実測値と予測値をフィッティングさせた結果である.このことは,実際に強度を担っている部分クラスターは,Npの平均値よりも大きなNpを有する部分クラスターであることを意味している.また,Fig. 11に示すカッティング機構1とカッティング機構2の遷移の際に実測値には出現しない強度のピークが存在する.これは,カッティング機構1において炭素クラスター直径Dが20 nmに近づくと転位の張出距離が0に近づくため臨界応力が発散するためである.実際には,炭素クラスター内の部分クラスターは必ずしも炭素クラスター領域の端には存在しないため張出距離は有限長さを示し,また,転位張出時に自己相互作用30,31)(張出時に向かい合った転位間に生じる弾性相互作用により転位の張出応力は減少する)が生じているので,これらのことを考慮したモデル化をすれば実測値をさらに精度高く再現できると考えられる.

4.2 部分クラスター化

本論文では炭素クラスターと転位の相互作用の原子シミュレーションを実施し,炭素クラスターの部分クラスター化が転位の運動に対する強い抵抗源として機能することを示し,これにより実験で観測された時効硬化と時効軟化を説明できることを示した.つまり炭素原子の不均質な分布が重要である.本解析モデルでは炭素原子をランダムに配置し,その後1 Kで25 psの緩和計算を行い構造緩和を実施したが,炭素原子の拡散は実質的に生じることが難しい条件であり,炭素原子の不均質性はランダムな初期配置に起因することになる.つまり本解析モデルのクラスター化は確率的な側面が強く物理的な駆動力がほとんど寄与していない.そこで,この実際の炭素クラスターにおいても部分クラスター化が生じているかを検証するために,実際にAPTで計測された炭素原子データに対して4.1.2項で実施した部分クラスター分類を行い,原子シミュレーションの結果と比較を行う.Fig. 12に各炭素濃度における部分クラスターを構成する炭素原子数の平均値を示す.大きな黒丸が原子シミュレーションの結果であり,大きな白丸がAPTの結果である.参考のために,様々な炭素濃度になるようにランダムに炭素を空間に配置し緩和計算を実行していない炭素原子集団に対するNpを小さい黒丸で示す.まず大きな黒丸の原子シミュレーションと小さな黒丸のランダム配置の結果は,炭素濃度の増加に伴いNpが増加していることがわかる.つまり,ランダムに炭素を配置するだけで炭素原子配置の空間的な偏りが生じ,部分クラスター化が生じていることが確認できる.つぎに白丸のAPTで実測された2つのクラスターの結果に着目する.それぞれ炭素が濃化している領域を中心に直径5 nmの球領域を解析対象としている.APTのNpは原子シミュレーションやランダム配置のものと同様な傾向を示すことがわかる.今回のAPTの原子検出率は0.38であり,検出率が解析領域で一定であると見なせれば,実際の炭素クラスター内の炭素原子も空間に偏りが生じ,部分クラスター化していることになる.実際は時効時間に伴い固溶状態から炭素クラスター,そして炭化物へと遷移するため,炭素原子間の直接的な相互作用や弾性場を介した間接的な相互作用により何らかの秩序構造を形成している可能性は高いと考えられる.そのため,今後は上記の影響を考慮した解析32)を通じて炭素クラスター内の部分クラスター化のメカニズムを明らかにする必要があるが,今回の解析を通じて実際の炭素クラスターにも炭素原子の不均質な分布が生じており,部分クラスター化が炭素クラスターの強度に強く影響を与えている支配因子であることが理解できる.

Fig. 12

Comparison of average number of carbon atoms consisting of partial clusters Np between experimental results by APT (large open circles) and atomic simulation results (large solid circles). Np obtained by random carbon distributions is shown in small solid circles.

4.3 今後の展望

本研究は刃状転位と炭素クラスターの相互作用を解析し炭素クラスターの強化機構に関して多くの知見を獲得したが,最後に,強化機構を更に検討するために今後考えるべき事項を以下に挙げておく.

4.3.1 部分クラスターを形成するメカニズム

原子シミュレーションにより炭素クラスター内の部分クラスター化が炭素クラスターの強化機構の支配因子であることを見出し,APTにより計測された炭素クラスターも部分クラスター化している可能性を確認したが,その形成メカニズムについては今後の検討課題である.

4.3.2 部分クラスターの抵抗力の発現メカニズム

部分クラスターを構成する炭素原子数の増加に伴い部分クラスターの抵抗力が増加することを原子シミュレーションにより明らかにしたが,その発現メカニズムの起源を詳細に調査する必要がある.

4.3.3 らせん転位の高いパイエルスポテンシャルの影響

本論文では刃状転位と炭素クラスターの相互作用を検討したが,鉄鋼材料においてはらせん転位の運動が実質的には強度に密接に関係していると考えられる.そのため,らせん転位と炭素クラスターの相互作用について検討を加える必要がある.

4.3.4 有限温度の影響

刃状転位と炭素クラスターの相互作用を1 Kの解析温度で実施したため,その相互作用に関する有限温度の影響が全く考慮されていない.そのため,固溶状態,炭素クラスター状態,析出状態の各状態に対する温度依存性を検討することは実際の有限温度下にある鉄鋼材料の強度を理解するためには重要である.

5. 結言

本研究では,鉄鋼材料の時効時に出現する炭素クラスターがピーク強度を示すメカニズムを検討するために,APTによる実測された情報に基づく炭素クラスターと転位の相互作用を分子動力学シミュレーションにより実施した.時効に伴う炭素原子の存在状態の遷移過程を表現するために,炭素数を一定とした存在領域の大きさを変更することで,固溶状態,炭素クラスター状態,析出状態をモデル化した.得られた結果を以下に示す.

(1) 実験の時効硬化曲線をMDシミュレーションにより再現でき,炭素クラスターがピーク強度を示した.

(2) 炭素クラスターを構成する炭素原子の偏りが,炭素クラスター内に部分クラスターを形成し,その部分クラスターが転位の抵抗力として機能することを示した.

(3) ピーク強度を示す炭素クラスターを転位はカッティングすることで通過することを明らかにした.

(4) 炭素の存在する領域の大きさに応じて強化機構が変化することを見出した.

(5) APTにより実測された炭素クラスター内も炭素原子は偏っており,部分クラスター化している可能性を示した.

文献
 
© 2020 The Japan Institute of Metals and Materials
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