2020 Volume 84 Issue 10 Pages 311-317
The amount of solid solution hardening by some elements was investigated using Fe-25 mass%Cr ferritic steel and Austenitic steels. It was revealed that the hardening amount by Austenite-former elements was considerably larger than that by ferrite-former elements in Ferritic steel. Meanwhile the hardening amount by Ferrite-former elements showed higher value in Austenitic steel, which was a reverse tendency to Ferritic steel. The mechanism was discussed from the point of solubility limit of elements. As a result, the good correlation between the hardening amount and solubility limit was found and the predictive expression of the hardening amount from solubility limit was suggested.
純金属に母相と異なる溶質原子が固溶することで,固溶強化が生じる(低温では固溶軟化が生じる場合もある).古くから固溶強化に関する多くの実験データが採られ,その強化機構について議論されてきた.オーステナイト鋼を用いた固溶強化の実験データは,Pickeringらのグループの報告1)が知られている.彼らは置換型固溶元素のフェライト生成元素(Mo,V,W,Si)の強化代は,オーステナイト生成元素(Ni,Mn,Co,Cu)に比べて大きいことを報告している.このように固溶強化代がフェライト生成元素とオーステナイト生成元素で大別される点は興味深い.一方,フェライト鋼では,いくつかの報告2-4)があるが,固溶強化代とフェライト/オーステナイト生成元素の相関は認められていない.ただし,フェライト鋼で固溶強化を論じる場合には,固溶Cおよび固溶Nの固定,降伏点の抑制,結晶粒径,集合組織の制御など多くの注意点があるため,フェライト鋼においてフェライト/オーステナイト生成元素と固溶強化代を論じるには,より精緻な実験を行う必要がある.
一方,固溶強化機構については,溶質原子と転位との相互作用から検討されてきた.両者間の相互作用としては,弾性的相互作用,化学的相互作用,電気的相互作用などが考えられてきた.弾性的相互作用には,溶質原子と母相の原子サイズ差に起因する寸法効果と,溶質原子による剛性率変化に起因する剛性率効果があり,両効果ともに溶質元素による固溶強化代との相関が報告されている5-9).また寸法効果の基礎となる格子不整合度については,母相へ固溶したときの溶質原子の原子半径(有効原子半径)の算出が提案されている10,11).一方,溶質原子と転位との化学的相互作用については鈴木効果12,13)と呼ばれ,積層欠陥が生じやすい金属で検討されているが影響は小さいと考えられている.また電気的相互作用としては,価電子の大きい溶質原子と転位周りの電荷との相互作用が計算されているが,その影響代に対する見解は分かれている14,15).上記のように固溶強化に関する研究は多くなされているが,その機構について統一した見解が得られていないのが現状である16).特にオーステナイト鋼で認められたフェライト/オーステナイト生成元素による固溶強化代の差1)については原因が分かっていない.またフェライト鋼においては固溶強化代に及ぼすフェライト/オーステナイト生成元素の差は検討されていない.本研究ではFe-25%Crフェライト鋼を用いて,フェライト生成元素(Si,Al,Mo)およびオーステナイト生成元素(Mn,Ni,Cu)による固溶強化代を調べ,有効原子半径10,11)から算出される格子不整合度との相関を調べた.さらにオーステナイト鋼を用いたPickeringら1)のデータと合わせて,フェライト鋼およびオーステナイト鋼におけるフェライトまたはオーステナイト生成元素による固溶強化支配因子について考察した.
フェライト鋼において固溶強化を検討する際にはいくつか注意すべき点がある.まずCおよびNは固溶強化能が極めて大きいため,CおよびNを析出物として固定しておくことが必要である.また添加元素によるホールペッチ係数や集合組織への影響を極力取り除くために,結晶粒径をなるべく大きくし,冷間圧延を実施しないもしくは圧延率を低くして集合組織の発達を抑えることが好ましい.固溶強化を論ずる場合,指標として引張変形における耐力や最大応力,硬度などを用いることがあるが,今回は変形開始応力に及ぼす影響として0.2%耐力を指標として用いることとした.
以上のことを考慮し,供試鋼および試験片の製造条件を次のように設定した.基本組成はFe-25 mass%Cr-0.1 mass%Ti-極低C,Nとし,それにSi,Al,Mo,Mn,Ni,Cuをそれぞれ単独で1 mass%狙いで添加した合計7鋼種を準備した.Ti添加量は化学量論比でC + Nの5倍以上である.それぞれBase,Si添加,Al添加,Mo添加,Mn添加,Ni添加,Cu添加と呼ぶこととする.供試鋼組成をTable 1に示す.なおいずれの成分系においても脱酸にAlを用いているため最大0.05 mass%程度のAlが残存している.実験室の50 kg真空溶解炉にて溶製後,熱間圧延で厚み90 mmから5.0 mmまで圧延した.圧延後1100℃ × 1 minの熱処理により完全再結晶組織を得た.結晶粒径はいずれも約200 µmであった.結晶相はフェライト単相であり,オーステナイト相およびマルテンサイト組織は認められなかった.熱処理板より圧延方向に平行にJIS13号B引張試験片(平行部長さ60 mm,標点間距離50 mm)を採取した.引張試験はインストロン型引張試験機にて室温で引張速度1 mm/minで実施し,0.2%耐力を測定した.同一鋼種でn = 2で試験を実施し,0.2%耐力は2本の平均値を用いた.なおオーステナイト鋼の引張試験データはPickeringらのデータ1)を用いた.なお彼らはフェライト生成元素(Si,V,Mo,W)の影響はFe-16%Cr-25%Niを基本組成として,オーステナイト生成元素(Co,Mn,Cu,Ni)の影響はFe-18%Cr-10%Niを基本組成として調査している.このうちNiについては固溶軟化が生じているため今回の検討からは除外した.
Chemical compositions of used steels (mass%).
有効原子半径は合金中の部分モル容積を計算し求めた.A-B固溶体2元合金の場合,部分モル容積$\bar V_{\rm A}$,$\bar V_{\rm B}$は式(1)のように定義される.
\[V_{\rm m} = \bar V_{\rm A}x_{\rm A} + \bar V_{\rm B}x_{\rm B}\] | (1) |
Illustration of relationship between the molar volume of A-B solution and the partial molar volume, showing the derivation of $\bar V_{\rm A}$ and $\bar V_{\rm B}$.
Fe-25%Cr-X(X = Si,Al,Mo,Mn,Ni,Cu)で計算した元素Xの有効原子半径をTable 2に示す.Table 2には純金属の原子半径の文献値17)を最右列に記載している.ただし,文献値は元素種Xによって結晶構造が異なっているためBCC純鉄およびBCC純金属を母合金としたときのXの有効原子半径も合わせて示した.また溶媒の原子半径を最下段に記載した.Fe-25%Cr中での有効原子半径はBCC純金属中での値と若干異なるが,その差はわずかである.
Effective atomic radius (rX) in Fe-25%Cr steel and pure-Fe, and atomic radius (r0) in pure metal(X).
Baseにて測定した応力-ひずみ曲線の例をFig. 2に示す.降伏点を示さないで連続的な応力の増加(加工硬化)が生じている.いずれの鋼種においても降伏点は示さなかった.このことから固溶CおよびNは無視できるほどに低減されていると考えられる.なおひずみ約1%に見られる応力の急激な増加は,0.2%耐力測定後にひずみ速度を10倍に変化させたために生じたものである.0.2%耐力はFig. 2中の点線で示すように弾性変形域における傾きを歪0.2%位置に平行移動して求めた.各鋼種の0.2%耐力をTable 3に示す.表にはBaseの0.2%耐力との差も合わせて示した.いずれの元素を添加してもBaseに比べて0.2%耐力は高くなる.0.2%耐力はCu添加で最も高く,次いでNi添加,Si添加となり,Mo添加,Al添加,Mn添加は同程度である.溶質元素の添加量をat%に換算し,Baseに対する0.2%耐力の増加代Δτとの関係をFig. 3に示す.図の傾きが種々の元素による固溶強化代に対応する.同一at%添加辺りの強化代はCuで最も大きく,次いでNiとMoが同等であり,Mn,Si,Alの順となる.このように今回用いたFe-25%Crフェライト鋼においては,オーステナイト形成元素であるCuおよびNiによる固溶強化量が,フェライト形成元素に比べて大きい傾向があることが分かる.これはオーステナイト鋼で見られた結果1)と逆の傾向である.
The stress-strain curve of Base (Fe-25%Cr ferritic steel).
0.2% proof stress and the difference of 0.2% proof stress with Base (Fe-25%Cr ferritic steel).
Effect of solid solution elements on solid solution hardening in Fe-25%Cr ferritic steel.
Fe-25%Cr中における溶質元素の有効原子半径を算出し,格子不整合度εを式(2)から求めた.
\[\varepsilon = (\gamma_{\rm X}-\gamma_{\rm Fe25Cr})/\gamma_{\rm Fe25Cr}\] | (2) |
The relationship between increase of 0.2% proof stress by solid solution hardening in Fe-25%Cr ferritic steel and misfit parameter ε0 calculated from effective atomic radius.
次にオーステナイト鋼について同様の検討を行った.固溶強化代のデータはPickeringらのデータ1)を用いた.有効原子半径から求めた格子不整合度と固溶強化代の関係をFig. 5に示す.格子不整合度εの増加に伴い,固溶強化代は増加傾向にあるが,オーステナイト鋼においてもフェライト生成元素とオーステナイト生成元素でその傾きが異なっている.フェライト生成元素による強化はオーステナイト生成元素に比べて約3倍大きい.Pickeringら1)は固溶強化量がフェライト生成元素とオーステナイト生成元素で異なるデータを示したが,格子不整合度で整理しても同様の傾向が認められ,両者の差が3倍あることが確認された.
The relationship between increase of 0.2% proof stress by solid solution hardening in Fe-18%Cr-10%Ni and Fe-16%Cr-25%Ni austenitic steel and misfit parameter ε0 calculated from effective atomic radius.
Fe-25%Crフェライト鋼の固溶強化代に及ぼす添加元素の影響を調査したところ,オーステナイト生成元素の強化量がフェライト生成元素に比べて大きく,オーステナイト鋼では逆の傾向が認められた.いずれも母相と異なる相の生成能を持つ溶質元素の固溶強化代が大きく,同一の格子不整合度で比較すると,フェライト母相では約10倍,オーステナイト母相では約3倍であった(Fig. 4およびFig. 5).これらのことは,固溶強化に溶質元素による寸法効果(格子不整合度)は影響するものの,フェライト/オーステナイト生成元素の差を論じるには他の因子を考慮する必要があることを示唆している.そこで溶質元素の粒内存在状態の安定性について考察する.
母相粒内における固溶元素の安定性の目安の1つとして固溶限が考えられる.Nakagawaら18)はFe-X 2元系の硬度とX元素の固溶限との相関を調査し,固溶限が小さい溶質元素ほど固溶強化に対応する硬度上昇代が大きいことを報告している.また固溶限は原子サイズ19,20)や電気陰性度21,22)など,固溶強化に影響を及ぼすと考えられている因子と相関することが知られており,このことからも固溶強化代との相関する可能性がある.そこで今回用いた元素の固溶限を計算で求め,固溶強化代との相関を検討してみる.Fe-25%Cr-X(BCC)およびFe-16%Cr-25%Ni-X(FCC),Fe-18%Cr-10%Ni-X(FCC)合金につき,1100℃における各元素Xの母相への固溶限を計算した.1100℃はFe-25%Crの熱処理温度である.Thermo-Calc(2019a)を用いてXの原子分率に対する相分率を計算し,母相からの析出が開始する分率を固溶限とした.溶質元素Xによる固溶強化代Δτ(1 at%添加辺りの0.2%耐力増加代)と溶質元素Xの固溶限の関係をFig. 6に示す.Fig. 6(a)フェライト鋼では,溶質元素がフェライト/オーステナイトのいずれの生成元素であるかを問わず,右下がりの1本の曲線で整理できる.このことは固溶限が小さいほど固溶強化量が大きいことを示している.またFig. 6(b)オーステナイト鋼においても,Cuを除いて1本の曲線で整理できる.このように固溶限を用いて固溶強化代を整理した場合,母相がフェライト/オーステナイトのいずれであっても溶質元素のフェライト/オーステナイト生成の区別なくほぼ1本の線で整理できた.
The relationship between increase of 0.2% proof stress by solid solution hardening and solubility limit, SL ((a) Ferritic steel, (b) Austenitic steel).
一方,溶質元素の固溶限が異なっている場合,添加量は同じであっても固溶限に対する割合は異なっていることになる.固溶強化は固溶限の範囲内ではたらくため,固溶強化を整理するときには,溶質元素の添加量ではなく固溶限に対する割合で整理する方が妥当と考えられる.そこで溶質原子の固溶限に対する割合(1/SL,SLは固溶限)を算出し,固溶強化代(0.2%耐力増加代)との関係をプロットした結果をFig. 7に示す.Fig. 7よりいずれも固溶限に対する割合が大きいほど固溶強化代が大きいことが分かる.なおFig. 7の横軸は溶質元素の濃度に相当するため,溶質濃度の影響についても検討した.固溶強化の濃度依存性に関する報告23-25)より,代表的な関係式を下記式(3),式(4)に示す24).
\[\tau_{\rm C} = c^{2/3}{f_0}^{4/3}T^{-1/3}\omega^{1/3}\] | (3) |
\[\tau_{\rm C} = c^{1/2}{f_0}^{3/2}T^{-1/2}\] | (4) |
\[\varDelta \tau = {\rm A} \cdot (1/S_{\rm L})^{1/2}\] | (5) |
The relationship between increase of 0.2% proof stress by solid solution hardening and the inverse of solubility limit, 1/SL ((a) Ferritic steel, (b) Austenitic steel).
固溶限は母相内に存在できる上限を意味しており熱力学計算で算出できる一方で,固溶強化代は転位の移動に対する溶質原子の影響を総じて示している.今回の検討により両者の相関が認められたものの,その機構については不明な点が多い.今回提案した溶質元素の固溶限は考慮されるべき1つの指標として示されたに過ぎない.また固溶限を計算する温度(今回は1100℃)については,引張変形を室温で実施したことを考えると検討の余地があると推察される.
ここで結晶粒径の影響について考える.今回の実験においては,結晶粒径を十分大きくすることで,ホールペッチ係数変化による影響を取り除くことを試みたが,結晶粒径を通した影響代を考えてみる.FeにCr,Si,Niを添加することでホールペッチ係数が変化することは知られている26,27).これらの元素の中ではNiによるホールペッチ係数への影響が最も大きく,3%添加でホールペッチ係数は約1.9倍である.今回の実験における添加量は1 mass%であるため,ホールペッチ係数がNi添加により1.3倍に変化したと仮定して今回の結晶粒径(200 µm)における耐力への影響を計算すると約3 MPaとなる.この値はNi添加による耐力の変化代(67 MPa,Table 3に記載)に比べて十分小さいため,結晶粒径を通した影響は極めて小さいレベルとみなせる.またホールペッチ係数は転位移動が結晶粒界によって阻害される影響を表しているため,今回検討した溶質原子による転位への影響と強化機構が異なる.したがって両者の強化代は,合算できるものと考えられる.
また本論文内で検討してはいないものの剛性率は固溶強化代と相関があるとの報告がある5-8).しかしフェライト/オーステナイト生成元素による固溶強化代の差を剛性率で説明することは難しいと考えられる.なぜならば溶質元素の存在により変化する剛性率は,母相がフェライト相かオーステナイト相かによって,同一の溶質元素の剛性率が逆転するとは考えにくいためである.
最後に固溶強化機構に関する課題と展望について述べる.本論文では添加された溶質元素の安定性に着目して考察を行い,今後検討すべき課題として,「溶質元素の分布」および「転位の種類」が考えられたため,以下に述べる.まず「溶質元素の分布」であるが,固溶強化を取り扱う際,固溶限内で存在する溶質元素の分布は均一と仮定している.溶質元素が転位と相互作用(引力または斥力)を持つ場合,転位周辺での溶質元素濃度は平均濃度とは異なることが予測される.すなわち溶質元素が転位と引力作用を持つ場合,転位近傍では転位の移動の障害となる固溶原子の濃度が高くなる可能性がある.析出強化のように析出物が電子顕微鏡や3DAPで観察できる場合には,分布状態を知ることが可能となり,その大きさおよび密度などから強化代を定量的に議論できる.一方,固溶強化に寄与する溶質元素の存在位置の観察は現状の解析装置では難しいと言わざるを得ない.
もう1つの課題は「転位の種類(刃状転位およびらせん転位)」である.母相に原子サイズの異なる溶質が固溶した場合,寸法効果から考えると原子サイズの差による静水圧ひずみが生じる.刃状転位には圧縮および引張の静水圧成分が存在するため,溶質原子は刃状転位芯が安定位置となり,転位が移動する際に応力場を乗り越える必要があるため転位移動の障害となると考えられている.一方,等方弾性体を考えれば,らせん転位では静水圧成分が無いため,原子サイズの異なる溶質元素と相互作用を持たない.すなわち溶質元素による寸法効果は,転位種によって異なる.
上記のような課題の解決には,今後の計算技術,解析技術の進歩が不可欠と考えられる.前者としては転位と溶質元素の相互作用計算技術や第一原理計算の適用,後者は溶質元素と転位の位置関係の把握,転位種の明確化などである.上述のような技術進歩とともに固溶強化代機構の議論が進展すると予測される.
Fe-25%Crフェライト鋼を用いて種々の元素による固溶強化代を調べた.またオーステナイト鋼の固溶強化に関する既存データと合わせて,引張試験で得られる固溶強化代に及ぼすフェライト/オーステナイト生成元素の影響を調査した.
(1) 有効原子半径から算出される格子不整合度で整理すると,フェライト鋼ではオーステナイト生成元素の固溶強化代がフェライト生成元素に比べて約10倍大きかった.一方,オーステナイト鋼ではフェライト生成元素の固溶強化代がオーステナイト生成元素に比べて約3倍大きかった.
(2) フェライト鋼およびオーステナイト鋼において,母相中への溶質元素の固溶限が小さいほど固溶強化代は増加した.固溶限から溶質元素による固溶強化代を簡便に予測する式を提案した.
本研究の遂行にあたり,ご議論いただき有益なご助言を戴いた高木節雄博士(前九州大学教授)および潮田浩作博士(金沢大学教授)に深く感謝いたします.