Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Monitoring of Laser Quenching of the Carbon Steel by Acoustic Emission
Takeshi YasudaMakoto KaishoKoji NishimotoYoshihiro Okumoto
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2020 Volume 84 Issue 11 Pages 335-343

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Abstract

This study aims to establish fundamental knowledge for online non-destructive inspection in the laser quenching process utilizing acoustic emission. Acoustic emission is the transient elastic wave phenomenon due to release of strain energy in a solid material. And it is well known that the martensitic transformation can induce the acoustic emission. In this study, the acoustic emission monitoring of martensitic transformation during laser quenching experiment was conducted with the chromium molybdenum carbon steel (SCM440 in Japanese Industrial Standards) as the specimen. The experiment was carried out with seven kinds of laser irradiation power for different volume generation of heat-affected zone. After experiment, the martensite structure was confirmed at the heat-affected zone and the volume of the martensite structure within the zone was estimated. Only the specimen irradiated by the lowest laser power had no martensite structure. The acoustic emission waves were analyzed using parameters that showed the generation time duration and scale of source phenomenon. As a result, the relationship between the volume of martensite structure and information of acoustic emission was positive. It was suggested that the acoustic emission monitoring have application for the online non-destructive inspection for the laser quenching process.

1. 諸言

近年,レーザ技術の工業的応用が注目されており,その実用は材料の除去加工,溶融接合,あるいは表面改質など多岐にわたる1,2).表面改質においては,炭素鋼へのレーザ照射による局部加熱および炭素鋼の自己冷却能力による急冷から表面焼入れが得られるといったレーザ焼入れがある.これには,形状が複雑な製品であっても必要な部分にのみレーザを照射し,表面焼入れを施すことができるといった利点がある.焼入れ製品に対しては指定された基準を満たしているか,工程における検査が必要とされる.通常,焼入れ製品の検査では,抜き取り検査対象となった製品について,焼入れ部の断面をとり,研磨とエッチングを施し,その後,顕微鏡による断面観察から焼入れ後の熱影響部(heat affected zone,HAZ)に生成しているマルテンサイト組織などを確認し,さらに硬さ試験を実施して硬化層の品質が保証される.よって,生産工程には検査に対する時間と労力がかかり,また,全数検査は困難であると考えられる.表面焼入れ製品を対象として,超音波や磁気,渦電流,そして電位差による方法から硬化層深さを確認する非破壊検査法がある3).ただし,これらの方法はプローブの方式や形状の制限から,レーザ焼入れが用いられるような複雑形状の製品を検査することが困難となる場合も考えられる.

本研究では,固体が外力を受けて変形もしくは破壊する際に,それまで固体内部に蓄えられていた弾性エネルギーが弾性波となって周囲に放出される現象である,「アコースティック・エミッション(acoustic emission,AE)」4)の利用に着目した.炭素鋼の焼入れによる硬化は,オーステナイト状態からの急冷によるマルテンサイト変態によって生成したマルテンサイト組織によるものであり,このマルテンサイト変態は格子ひずみを伴う無拡散格子変態であることから,この変態中にもAEが発生することがよく知られている5).特に,AEはその発生源から固体内部を伝播し,やがて固体の表面まで届く弾性波であるため,AE発生源となった現象を非破壊的かつその場観察することが可能であり,また,検出方法を工夫すれば複雑な形状の製品検査にも適用できる可能性がある.そこで,本研究では,炭素鋼のレーザ焼入れに伴うマルテンサイト変態によって発生したAEを検出し,試料に生成したHAZすなわちマルテンサイト組織の体積と比較することで,レーザ焼入れの非破壊その場検査法を検討することを目的とした.この非破壊その場検査法を検討することができれば,製品単価が比較的高いと考えられるレーザ焼入れ製品について,生産工程における従来方式の抜き取り検査数の削減,破壊検査にかかる時間,労力などの削減,そして,非破壊その場検査法による全数検査の実現可能性につなげることができる.

関係する先行研究として,YAGレーザによる炭素鋼への表面焼入れと焼入れ状態の評価にAE観察を適用した研究が発表されており,結論は「焼入れ部分の硬さを非破壊的に検査する方法として有効である」と述べられている6,7).しかし,レーザ焼入れ後に得られたマルテンサイト組織の体積などとAEの挙動との関係性については明言に至っていない.よって本研究では,レーザ焼入れによって生成したマルテンサイト組織の体積と観察されたAEの関係について調査することを目的とした.得られた知見を先行研究に付加することができれば,AEを用いたレーザ焼入れのための非破壊その場検査法をより価値の高いものとして提案することができる.これとは別に,過去に炭素鋼のスポット溶接部のマルテンサイト組織生成について,AE観察を実施した研究が発表されている8).炭素鋼の溶接継手部における溶接後のマルテンサイト組織の生成は,溶接継手部の延性低下をまねく恐れがあるため,AEなどを利用して観察することは有用であると考えられる.近年ではレーザ溶接技術が発展しているが,レーザ溶接継手部のマルテンサイト組織の生成にAE観察を用いた事例は少なく,本研究の成果によっては,レーザ溶接中のマルテンサイト変態に対する非破壊その場検査法の提案も期待できる.

以上の経緯から,本研究では,ファイバーレーザを用いたクロムモリブデン鋼への円形状レーザ焼入れ実験を数種類のレーザ出力条件のもとで実施し,各条件での実験においてマルテンサイト変態に伴うAEを観察した.試料のHAZ,すなわちマルテンサイト組織の生成を確認し,その推定体積を算出した上で,選定したパラメータでまとめたAEのデータと比較,検討したのでこれを報告する.

2. 実験方法

2.1 供試材料

本研究では,供試材料として焼入れ性が良いクロムモリブデン鋼(JIS G 4053機械構造用合金鋼鋼材SCM440)9)を用意した.830℃にて1 h保持後,空冷した焼ならし材であり,初期組織はフェライト・パーライトである.Table 1にSCM440の化学組成(規格値)と文献10)に掲載されたSCM440のCCT図から読み取ったAc3,Ac1,Msの各変態点,および上部臨界冷却速度を示す.例えば,焼入れの急冷時では5 s以内にAc3点からMs点に到達すれば,マルテンサイト変態のみ発生する.レーザ焼入れおよびAE検出実験に際し,寸法をFig. 1に示すとおり縦20 mm,横20 mm,厚さ12 mmに機械加工して試料とした.なお,試料にAEセンサが密着するよう,AEセンサ取り付け面となる側面にはエメリ紙およびバフ研磨によって鏡面とした.

Table 1

Chemical composition, transformation temperature10) and critical cooling rate10) of SCM440 used as the specimen.

Fig. 1

Size of specimen, location of laser irradiation and AE sensor position.

2.2 レーザ焼入れおよびAE検出実験

Fig. 2にレーザ焼入れおよびAE検出実験の概要図を示す.本実験では円形状ファイバーレーザを用いて試料に局所加熱を与え,加熱終了以降の試料自己冷却能力による急冷から焼入れを行った.実験は27.0℃の大気中にて行い,試料は縦150 mm,横150 mm,厚さ4.0 mmのアルミニウム合金(A5052)製ステージに設置した.試料におけるレーザ照射位置は,Fig. 1のとおり上面の中心とし,円形状ファイバーレーザは焦点外し距離を+34 mmとして3 s照射,その後即座に自動停止する設定とした.レーザ出力は275 Wを最大とし,275 Wから260 Wまでは5 W毎に,260 Wから230 Wまでは10 W毎に減少させた.本研究はレーザを走査させない局所加熱および焼入れとなるが,レーザを走査させて試料の任意領域を加熱し焼入れを施す場合についても今後検討する必要があると考えている.なお,レーザによる試料の加熱スポットの最高到達温度Tmaxおよびレーザ停止後Ms点まで到達する時間Δtを把握するため,CAEソフトウェアを用いた熱伝導解析を行った.Table 2にこれにより推定された値を示す.解析モデルには試料であるSCM440の他に,アルミニウム合金製ステージも含めた.

Fig. 2

Experimental setup for laser quenching and AE monitoring.

Table 2

Simulated maximum temperature and cooling time to Ms temperature of heated surface spot.

実験中に発生したAEは,Fig. 1のように試料側面の上端中央に取り付けたAEセンサにより検出した.直径5 mmのAEセンサ受信面は接触媒質に高真空グリースを用いて試料に密着させ,バネによって押し付け荷重が一定となるクリップ状器具により確実に固定した.Fig. 2に示すように,AEセンサ(100 kHz-10 MHz広帯域型)により検出されたAE波信号はプリアンプによって40 dB増幅し,サンプリング周波数1 MHzにて高速デジタルレコーダに記録した.本研究ではAE信号と環境ノイズのSN比が比較的低くみられたため,実験時はしきい値を設けず,レーザ照射開始から停止の3 s,さらにその後の焼入れ過程1 s,以上合計4 sについてAEと環境ノイズを一括して高速デジタルレコーダのメモリに取り込み,実験後に改めてAEのデータを処理することとした.また,高速デジタルレコーダの別チャンネルにはレーザ照射および停止に伴う機器信号を同時に記録した.

2.3 試料観察および硬さ試験

レーザ焼入れ実験後,試料上面に生じたレーザ加熱跡である加熱スポットの外観観察およびスポット中心を通る試料縦断面(試料厚さ方向断面)の共焦点レーザ顕微鏡観察,そしてHAZ内部の走査型電子顕微鏡観察を行った.試料縦断面については,あらかじめ試料を長さ10 mmより僅かに大きくなるよう精密切断機によって切断し,光学顕微鏡により試料上面から見たスポットの半径を測定,その値を参考として平面研削盤によりスポットが正確に半円となるよう加工した.その後,この断面をエメリ紙およびバフ研磨によって鏡面とし,3%ナイタール液によりエッチングを施して組織観察を行った.レーザ焼入れによるHAZはFig. 3のようにこの試料縦断面内に弓形状に現れるため,HAZは球冠形状と考えられる.よって,本研究では組織観察の際に共焦点レーザ顕微鏡の測定機能を用いて弓形状に観察されたHAZの最大幅2aと最大深さhを測り,球冠体積の算出式,   

\[V = \frac{1}{6}\pi h(3a^2 + h^2)\](1)
からこのHAZの推定体積を求めた.
Fig. 3

Estimation of HAZ in vertical section of laser quenched specimen.

組織観察の後,HAZ中心およびHAZより十分に離れた部分において,マイクロビッカース硬さ試験を行った.

2.4 本研究において用いたAEパラメータ

本研究では,観察された環境ノイズを含むAEのデータを実験後に高速デジタルレコーダからパーソナルコンピュータに移動させ,オフラインにて分析を行った.詳細は次章にて述べるが,レーザ照射停止後の焼入れ過程におけるAEに着目している.しきい値をノイズレベルに設定し,AEパラメータとしてAEカウント数11,12)を用いた集計を行った.AEカウント数とは,Fig. 4(a)に示すようにAEの振幅がしきい値を超えた回数のことを言い,この累積数を時間軸でまとめるとAE発生現象の頻度をFig. 4(b)のように概ね把握できる.このAEカウント累積数の推移を参考としてAEの持続時間を特定し,この時間帯のAEについて実効値12)を算出した.この実効値はRMS(Root Mean Square)値とも呼ばれ,AEをf(t),AEの持続時間をT = t1-t0とすると次式,   

\[ V_{RMS} = \sqrt { \frac{1}{T} \int_{t_0}^{t_1} {[f_{(t)}]^2}{\rm d}t }\](2)
で与えられる.RMS値はAE発生源の程度すなわちエネルギーを把握することのできるAEパラメータである.
Fig. 4

Example of threshold, AE count and cumulative AE counts. (a) AE wave, threshold and AE count, (b) cumulative AE counts.

3. 実験結果と考察

3.1 レーザ焼入れ部表面および断面の観察とHAZの体積

Fig. 5に示すように,レーザ焼入れ実験を行った試料上面にはレーザ加熱跡であるスポットが生じた.各レーザ出力のスポット外観を目視検査し比較したところ,出力240 Wと230 Wの様相差は明らかであるが,それ以外については局所加熱の程度の差異が5 Wあるいは10 Wのレーザ出力差において把握しづらい.ただし,光学顕微鏡による測定からは,レーザ出力が大きいほどスポット直径が大きいことが確認された.Fig. 6は,2.3節にて述べた方法に従って行ったスポット中心を通る試料縦断面の共焦点レーザ顕微鏡観察およびHAZ内部の走査型電子顕微鏡による組織観察の結果である.出力230 Wを除き,試料縦断面内にはあらかじめFig. 3に示したような弓形状にHAZが現れた.そのため,HAZは球冠形状と考えられる.また,レーザ出力が高いほど,HAZの最大幅およびその深さも大きくなっていることが確認できた.Table 3にHAZが観察された出力230 W以外の試料について,HAZの最大幅および最大深さを式(1)に代入して算出した推定体積をまとめた.レーザ出力が大きいほどHAZの体積は大きいことが確認できる.

Fig. 5

Appearance of laser irradiated spot on upper surface of specimen.

Fig. 6

Microscope and SEM observation of HAZ in vertical section of laser quenched specimen.

Table 3

Estimated volume of HAZ.

Fig. 6右側にはHAZ内部の走査型電子顕微鏡観察を行った結果を示している.Table 1に記したSCM440のAc3点,Ac1点,Ms点の温度と上部臨界冷却速度,そしてTable 2に記した熱伝導解析による加熱スポットの最高到達温度およびレーザ停止後Ms点まで到達する時間の推定値から,レーザ出力260 W以上ではオーステナイトから,250 Wではフェライト・オーステナイトから,230 Wと240 Wではフェライト・パーライトからそれぞれ急冷がなされると考えられるため,230 Wと240 Wではマルテンサイト組織が生成しないと予想されたが,結果では240 W以上のレーザ出力において針状のマルテンサイト組織が確認された.また,レーザ出力250 Wの観察では,加熱時にオーステナイト化に至らなかったフェライトが確認されなかった.これに加えて,240 Wでもマルテンサイト組織が観察されていることから,実験では熱伝導解析による推定値よりも高い温度まで加熱されていたことが考えられる.レーザ光の反射,吸収は材料の表面性状の影響を受けるため,実験と熱伝導解析の結果に差異が出たと考えられる.なお,レーザ出力275~240 Wの試料HAZ外の領域および230 Wの試料の試料縦断面からは,フェライト・パーライト組織が確認された.

3.2 レーザ焼入れ部断面のビッカース硬さ

Table 4に,各レーザ出力の試料のHAZ中心およびHAZより十分に離れた部分にて行ったマイクロビッカース硬さ試験の結果を示す.ただし,出力230 Wの試料はHAZが確認されなかったため,スポット直下部分での実施に置き換えた.3.1節においてHAZ外の領域および230 Wの試料からは,フェライト・パーライトが観察されていることを述べたが,ビッカース硬さは全てHV = 200 MPa程度であり,改めて前述の組織であることを確認できた.HAZでは各レーザ出力でHV = 500 MPa以上の硬度となっており,JIS G 0559:鋼の炎焼入および高周波焼入硬化層深さ測定方法13)において指定されている有効硬化層の限界硬さ,炭素含有率0.33%以上0.43%未満の場合でHV = 400 MPa,あるいは炭素含有率0.43%以上0.53%未満の場合でHV = 450 MPa,を満たしている.よって,HAZではレーザ焼入れによるマルテンサイト組織の生成ならびに硬化がなされたと考えられる.

Table 4

Vickers hardness of HAZ and outer HAZ.

3.3 レーザ焼入れ実験中に検出されたAE波

レーザ焼入れ実験中に検出された波形ついて,代表例としてFig. 7にレーザ出力275 Wのものを示す.レーザ照射開始時から4 s記録したものである.また,AEセンサから取得した波形に加え,Fig. 7には矩形波状の信号も示している.これはレーザONおよびOFFを示す信号であり,縦軸と重なって確認できないがt = −3 sにレーザ照射開始の瞬間を示す矩形波の立ち上がり,そしてt = 0 sにてレーザ照射停止の瞬間を示す矩形波の立ち下がりがある.このレーザ照射による加熱中の3 sはノイズレベルよりも振幅の大きい連続型AEが観察された.局所加熱による挙動であると考えられる.そして,t = 0 sのレーザ照射停止と同時にこの連続型AEはなくなり,焼入れ過程においてマルテンサイト変態の情報を含むと思われるAEがおよそt = 0.1 sをピークに発生している.その後,AEはノイズレベルまで減少した.

Fig. 7

Observed all wave during laser irradiation start to 1 s after from laser irradiation stop in the case of 275 W experiment.

Fig. 8はレーザ照射停止の瞬間であるt = 0 sから,t = 160 msまでを抜き出した各レーザ出力の波形である.Fig. 7(出力275 Wの例)にて着目したおよそt = 100 ms(0.1 s)にピークを有するAEの振幅が,レーザ出力の減少に伴ってノイズレベルへと近づき,出力230 Wでは確認できなくなった.3.1節にて示したHAZにおけるマルテンサイト組織生成や各レーザ出力による体積の変化を踏まえると,レーザ出力が大きいほどHAZおよびマルテンサイト組織の体積は大きく,HAZ内でのマルテンサイト変態がAE発生源であるため,これにAEの振幅が対応したと考えられる.Table 2に記したレーザ停止後Ms点まで到達する推定時間と比較するとやや遅いが,HAZ内部の組織観察から確認されたとおり実験では解析よりも加熱されている可能性があり,それに応じて冷却時間も長くなったことが考えられる.また,出力275 Wの場合t = 100 msであったピークの発生時間はレーザ出力の減少に伴って早まっており,出力240 Wの場合はピーク発生時間がおよそt = 40 msとなっている.レーザ出力が大きいほど試料への入熱は大きく,その分,焼入れ過程においてMs点への到達に時間を要するため,これがAEのピーク発生時間の変化に現れたと考えられる.Table 2の推定Ms点到達時間も同様な挙動である.今回の条件において最も遅かった出力275 Wの場合でもレーザ照射停止以降100 msにはAEが発生しており,マルテンサイト変態が発生する冷却速度としては十分と言える.

Fig. 8

Observed AE wave during quenching process, after laser irradiation stop.

これらのAEとは別に,出力275 Wではt = 40 ms程度まで,出力270 Wではt = 20 ms程度まで,突発型AEが目立って検出されている.出力265 W以下ではこれが顕著でない,あるいは明確に見られない.前述のレーザ出力およびマルテンサイト組織の体積に伴って振幅が変化したAEとは別の発生源に対応するものと考えられる.マルテンサイト変態によるものと判断したAEよりも早期から発生していること,また,レーザ出力条件のなかでも高出力のもののみで発生していることから,加熱部に発生した熱膨張が,レーザ照射停止後の冷却過程にて収縮に切り替わり,それによるエネルギー解放がこの突発型AE波の発生源となったと考えられる.これについてはより詳細な調査が必要であるが,例えばレーザ焼入れ工程中にマルテンサイト変態以外の意図せぬ現象が生じたことを知るための情報として活用できる可能性がある.

3.4 AEカウント累積数を参考としたAEのRMS値の算出とHAZの体積との関係

Fig. 9は,Fig. 8で示した各レーザ出力の波形に対してノイズレベルにしきい値を設定し,しきい値を超えたAEの振幅とAEカウントの累積数を経過時間に対してまとめたものである.プロットはしきい値を超えたAEの振幅,実線はAEカウントの累積数を示している.AEカウントの合計数は出力275 Wのものを最大として,やはり出力が小さい,つまりマルテンサイト組織の体積が小さいほどその数が小さくなった.出力230 Wの場合はレーザ照射停止時のAEがAEカウント合計数のほとんどを締め,以降t = 160 msまでに発生したしきい値を超えるAEは3つのみである.

Fig. 9

AE amplitude over threshold at noise level and cumulative AE counts.

Fig. 8の波形の観察だけでは,マルテンサイト変態の開始から終了までのAEの持続時間を判別しづらいため,Fig. 9に示されたAEカウント累積数が増加し始め,それが収束するまでの推移を参考にAEの持続時間を判断した.例えば出力275 Wの場合,AEカウント累積数の増加が開始されようとするt = 53.2 msよりプロットの振幅も増大を開始し,振幅がノイズレベルに減少したt = 149.2 msにて累積数も最大値に向かって収束している.よって,出力275 Wの場合はこの時間帯のAEがマルテンサイト変態によるものであると判断した.マルテンサイト組織の生成とAEが確認されなかった出力230 Wの結果を除き,その他の結果についても同様にマルテンサイト変態の開始から終了までの持続時間を判定し,それぞれ判定した時間帯のAEについて式(2)に基づきRMS値を算出した.そして,算出したRMS値をHAZ,すなわちマルテンサイト組織の体積に対してまとめるとFig. 10に示すようになった.一点,異なるプロット(▲)があるが,これについては次節にて述べる.マルテンサイト組織の体積とAEのRMS値が線形に近い関係となった.AEのRMS値は発生源のエネルギーを表すため,妥当な結果が得られたと言える.

Fig. 10

Relationship between volume of HAZ and RMS value of AE wave.

以上の結果と見解から,レーザ焼入れ中に発生したAEを観察および抽出し,これをRMS値にまとめることによって,生成したマルテンサイト組織の体積を推定することができると言える.なお本研究では,AE発生源すなわちマルテンサイト変態を生じたHAZの体積と,そこでのエネルギーに相関するRMS値をパラメータとして結果をまとめているが,AEカウントの合計数やマルテンサイト変態を示すAEの持続時間についても,AEパラメータとしてマルテンサイト組織生成に関する情報を含むものと考えられる.

3.5 相当レーザ出力が不明となった試料の検討

実験を進めるなかで,設定したレーザ出力に対して焼入れ結果が正常でないと疑われる1件の事例が生じた.この試料のスポット外観をFig. 11に示す.実験時はレーザ出力を270 Wと設定していたが,試料上面のスポット直径の測定からFig. 5にある270 Wのものと比較して小さく,レーザ出力250 Wのものに近い.この事例の原因としては,レーザ本体の誤作動,レーザ制御系の誤作動,人為的な誤操作,あるいは試料上面の部分的な光沢により生じたレーザの反射による加熱不足などが考えられ,相当レーザ出力が不明となった結果と言わざるを得ない.このように偶然得られた試料についても,Fig. 12のように試料縦断面内のHAZの観察および最大幅2a,最大深さhの測定による体積算出,そしてマイクロビッカース硬さ試験を実施した結果,針状のマルテンサイト組織生成が確認され,体積V = 0.0440 mm3,ビッカース硬さHV = 577 MPaとなった.体積の値で判断すると,これは本研究における実験条件において出力250 Wの結果に近い焼入れである言える.また,Fig. 13に観察されたAEを,そしてFig. 14にAEカウント累積数を示す.これらをもとに,3.4節と同様の方法によってRMS値を算出すると,VRMS = 7.39 mV・msとなり,AEの情報からも出力250 Wに最も近い焼入れであったと判定できた.前節にて示したFig. 10には,この相当レーザ出力が不明となった試料のRMS値プロット(▲)を含めている.

Fig. 11

Appearance of laser irradiated spot on upper surface of error specimen.

Fig. 12

Microscope and SEM observation of HAZ in vertical section of error specimen.

Fig. 13

Observed AE wave during quenching process, after laser irradiation stop in the case of error specimen.

Fig. 14

AE amplitude over threshold at noise level and cumulative AE counts in the case of error specimen.

このような事例に対して,AEの観察からマルテンサイト組織の体積推定が可能であることが示されたと考えられる.

4. 結言

本研究では,SCM440にファイバーレーザを用いた円形状レーザ焼入れを施し,工程中のマルテンサイト変態に伴うAEを観察する実験を実施した.得られた結言を以下に記す.

(1) 円形状レーザ焼入れ実験の結果,球冠形状と考えられるHAZが生成し,組織観察およびマイクロビッカース硬さ試験の結果から,その内部はマルテンサイト組織と確認された.なお,本研究において最小のレーザ出力条件である230 Wの場合,HAZおよびマルテンサイト組織の生成は確認されなかった.

(2) レーザ焼入れ実験により生成したマルテンサイト組織の推定体積を算出したところ,実験条件であるレーザ出力が大きいほど,体積も大きくなることが確認された.

(3) レーザ焼入れ実験中に検出されたAEから,レーザ照射停止以降の焼入れ過程において特徴が見られ,これはレーザ出力の減少,すなわち生成するマルテンサイト組織の減少に伴って減少した.ノイズレベルにしきい値を設定してまとめたAE振幅とAEカウント累積数を参考として,この特徴ある部分の持続時間を判定し,この時間帯のAEについてRMS値を算出したところ,マルテンサイト組織の体積の増大に対応してAEのRMS値も増大する妥当な結果が得られた.

(4) 相当レーザ出力が不明となった試料について,得られたAEの情報からマルテンサイト組織の体積を概ね推定できた.

本研究はJSPS科研費JP19K05087の助成を受けたものであり,ここに深く感謝の意を表します.

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